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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2016年4月30日 (土)

プリンス氏提供の楽曲とバブル絶頂期の「TIME the MOTION」

去る4月21日、世界中のミュージシャンに多大な影響を与えたカリスマ、プリンス・ロジャーズ・ネルソン氏が亡くなられました。
享年57歳、若すぎる死です。
ご冥福をお祈り致します。

・・・とは申しましても、私は洋楽にはほとんどノータッチなので、プリンス氏の楽曲はテレビやラジオで流れているのをイージーリスニングする程度。
それよりは小比類巻かほるさんのアルバム「TIME the MOTION」に楽曲を2曲提供している方が印象に残っているのです。
「TIME the MOTION」は、小比類巻かほるさんがSonyからTDKに移籍して最初のアルバムで1989年11月のリリース。
私は発売当時は何故か買いそびれてしまって、2007年7月にこのブログで小比類巻かほるさんに関する記事を書いてから本格的に探し始めてゲットしたのです、リリースから実に20年後の事(恥)。

プリンス氏が提供したのは「TIME the MOTION」11曲中の2曲で、5曲目の「MIND BELLS」と6曲目の「BLISS」。
ブックレットの巻末2Pで、この二曲に携わったスタッフについて名前を列記してあり、当時の熱の入れようがわかります。
しかしこの2曲が傑作かと言われると、あくまで私の個人的な感想としてはうーむ・・・。
私はこの二曲はmp3化していません。
つまり日頃聴くことはないということ。
一言で言えば平板で単調なんですな。
「TIME the MOTION」の他の曲、特に去年惜しくも亡くなられた大内義昭さん提供のメロディアスな楽曲と比べると、ギャップが有り過ぎてアルバムの統一感を乱しちゃってる感強しなのです。
小比類巻さんに元々あちらの音楽に対する親和性が高かったのに加えて、発売当時は日本もバブル最高潮でギョーカイもおカネ持ちぞろいでしたから、その辺のイケイケな事情もあったのかなぁと思いますけれどね。

小比類巻かほるさんと言えば、前回(と言っても9年前の話)記事を書いた後、色々探索を続けて、「TIME the MOTION」に加えて「FRONTIER」と「KOHHY 2」も中古ショップでゲットに成功。
これで80年代~90年代の彼女のアルバムはライブ盤を含めて全部入手出来ました。
近年はベスト盤やSONY時代のアルバム4枚再版もあって、私の聴く音楽といったら、小比類巻かほるさんと宇宙戦艦ヤマト関連で埋め尽くされています。
昔は渡辺美里さんの方が聞く機会が断然多かったのですけれど、歳取れば取るほどに、小比類巻さんに急速傾倒しちゃってます。
個人的に順不同で10曲挙げろと言われたら、

”Hold on Me”
”I’m Here”
”Only You Can Save My Song”
”TIME FLIES”
”TONIGHT”
”MOVING ACTION”
”TIME GOES BY”
”FORGET THE MEMORY”
”SUPER HERO”
”Only You My Way”

このあたりです。

2016年4月17日 (日)

熊本地震

去る14日の夜に、熊本県で最大震度7という大きな地震が起きました。
熊本同様に内陸活断層型の新潟中越地震で最大震度7を記録した新潟県に住む私にとっては、千キロ以上離れた土地の天災とはいえ、とても他人事とは思えずその後の様子を注視していたところです。
また個人的にも学生時代の悪友に熊本出身の者がいたので、九州では唯一縁があったのが熊本なのです。
翌15日は比較的落ち着いたようにも見えて、これで順次収まってくれればと願っていたのですけれど、16日未明の再度の大きな地震、その後頻発する地震、移動する震源・・・。
気象庁によると、こういう地震活動は過去に例が無いとの事で、今後が大変に気がかりなところです。
被災された方々並びに御家族、御親戚、御友人の方々、これしか言えない自分が歯がゆい限りなのですが、心よりお見舞い申し上げます。
余震は頻発してはいるものの、一回当たりの規模は小さくなってきているようにも見えます。
このまま少しつづでも確実に減っていってほしいと、今はひたすら祈るのみです。

2011年7月30日 (土)

阿賀野川もはんらん危険(平成23年)

水曜夜より降り始めて以来、信濃川水系を中心に新潟・福島両県で猛威を振るう豪雨と決壊氾濫する河川・・・。
各地で避難指示が出されるなど、2004年以来の水害に見舞われております。
避難されている方々、また被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

私の住まいは阿賀野川に近いのですが、こちらは信濃川水系ほどの重篤な状態には幸いにして立ち至っておりません。
13年前に起きた8.4水害では我が家も床下浸水するなど、新潟市内は終日完全マヒ状態になってしまいましたが、今回は幸い鉄道以外大きな問題は生じておりません。
しかし私の住まいの地域にも本日早朝「避難勧告」が発令されて、コレを書いている現在も解除されておりません。
テレビのデータ放送の河川水位情報を見ると、我が地域に一番近い「満願寺」は水位が下がりつつあるものの依然「はんらん危険水位」であります。
阿賀野川が氾濫寸前で避難勧告が出されたのは、私がこの地に住み始めて以来恐らく初めての事で、今回の豪雨が特に上流で凄まじいものであったか
よくわかります。
雨が止み久しぶりに太陽が顔を出した本日午後、阿賀野川の状況を見に行って参りましたけれど、いや全くもって凄い有様・・・。

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堤防道路と河川敷。

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県道泰平橋方向を見る。
手前は本来河川敷公園です。


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JR白新線阿賀野川橋梁。

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これが平時の様子。

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泰平橋と阿賀野川鉄橋。

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泰平橋の中間地点から上流方向を見る。
増水した茶色い水が轟々と音を立てて流れており、下を見ると恐怖を覚えるほど。
流木多数も確認。

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これが平時の様子。

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泰平橋中間地点から北区新崎方面を見る。

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これが平時の様子。

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泰平橋中間地点から東区大形方面を見る。

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これが平時の様子。

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下流を見る、茶色く流量の大きい様子は南米の大河を連想させます。

しかしこの水害にあっても、民主党政権から何のシグナルも聞こえてこないのは実に遺憾な限り。
大震災や原発対応でもああですから、それに比べれば取るに足らない水害など歯牙にもかけないのかもしれませんが。
我が県の衆院小選挙区は全て民主党ですが、被災地域が選挙区のセンセイ方は復旧や今後の水害対策に動いてくれるんでしょうね?
特に4区のインドネシアエステの黄色いおなご先生と5区の大先生令嬢様!
当然地元の為に骨を折り汗をかいてくれるのでしょうね?
選挙民はよーく見ていると思いますよ!

2011年3月21日 (月)

東北関東大震災

去る11日に発生した東北関東大震災において被災された方々に、心より
お見舞い申し上げます。

ここ新潟市では震度4~5弱ほどで、中越地震の時よりは揺れ自体は幾分
緩やかではあったものの、五分ほど大きな横揺れが続き、これは尋常な
地震ではないなと感じました。
帰宅後、被災地の惨状、特に津波被害の甚大さには声を失いました・・・。
余りの酷さに思考停止してしまいそうな・・・。
実際にあのような体験をした方にとってあの恐怖がいかばかりのものか、
それを思うと・・・とても言葉に出来ません。
私の住まいも某大河の川岸にあって河口からの距離もさほど離れてはいな
いので、今回同様の津波に襲われその時家にいたら逃げきれるかどうか
わかりません。
それを考えるとなおの事です。

またその後原発の問題、これは新潟にも多大な影響をもたらす可能性が
あって、福島第一原発と新潟市は直線距離で180km、福島県境の阿賀
町だと120~30kmしか離れていないのです。
東京よりもずっと近いのです。
最悪の事態が生じた場合は、少なからず被爆の可能性がある距離です。
またそうなってしまったら日本は一体どうなってしまうのか。
地震発生後、最初の数日は津波被害の悲惨な状況と頻発する余震
(宮城や茨城で震度5級だとこちらの震度は3です)、その後は原発の毎日
が綱渡りな危機的状況に、とてもブログを書く心境ではありませんでした。

原発については関係各位の決死的な作業によって、最悪の事態だけは
避けられそうな気配なので、こうしてブログを書く余裕も出来たのですが、
避難を余儀なくされた方々のご苦労を思うと(新潟はお隣という事もあり福島
から避難された方を最も多く受け入れています)・・・。
放射性物質の完全な封じ込めに成功しない限り、原発周辺地域にお住まい
の方が帰郷されるのは正直かなり難しい事でしょう。

東北電力管内でも計画停電は予定されており(これまでは電力需要が予測
を下回り実施されませんでしたが)、太平洋岸の被災火力発電所が復旧する
までは、こちらも綱渡りの状況が続きそうです。

2007年7月22日 (日)

I’m Here・小比類巻かほるさん

人間、相応の歳になってまいりますととかく昔の事を懐かしむ心境に入ってまいるものですが、私も御多聞に漏れずそのような境地にしばし入っては嘆息のここ最近にございます。

私のソレは、KOHHYこと小比類巻かほるさんの歌声。
(一般的にはCITY HUNTERの初代主題歌や沢口靖子さん主演ドラマの主題歌゛Hold On Me゛や゛TONIGHT゛が知られているかと)
ずーっとCDラックの奥に眠っていた彼女のアルバム、ふと気が向いてよっこらしょっと引っぱり出し、久々に聞いて見た事。
「SO REAL」「小比類巻かほるBEST」「DISTANCE」「Silent」「Silent(ライブ版)」・・・私所有の彼女のアルバムはこの5枚なんですが、なんかもう聞き惚れてしまって、私の小虫のごとく感受性も潤いもないささくれ立った魂も追憶の青く深い水底にふーっと静かに漂い落ちていくような感覚にしばし浸っておりました。
彼女の歌を聴き始めた頃の色んな出来事や思い出を、彼女のあの頃そのままの歌声と共に想起してはノスタルジーが止まらない・・・。

小比類巻かほるさんは、私が初めて自発的に聞き始めたシンガーでありまして、学生の頃に悪友の家で゛I’m Here゛という曲を聴いて圧倒されてしまったのがその馴れ初め。
ちょうど周囲で色々不幸が続いて凹んでいた時期でしたので、あの曲の

いつかは今日もあの日になって 笑える日がくるよ

愛してるよ 今、素直に言える

ここにいるよ 思い出は消えない

・・・この辺の詩と彼女のソウルフルな歌声が見事にシンクロして私の心を優しく癒してくれましたね・・・。

また私の家は結構スパルタ&硬派で、いわゆるアイドル総出演の番組や「ザ・ベストテン」などは「くだらない」と一切見せてもらえずに育ちました故、一般の歌謡曲や流行歌には全く興味が無く、歌と言えば「特撮ソング」「アニメソング」もしくは「軍歌」(高校生の時既に゛海~の漢だ艦隊勤務゛とか唄ってたしw)という極端な振幅ぶりを見せて周囲を思いっきり引かせていたものですが、この゛I’m Here゛を聞いて世界観がコペルニクス的大転換を遂げましたね、やっとフツーの若者になれたと言えましょうか。
その後渡辺美里さん、HOUND DOG、尾崎豊さん、浜田省吾さんと続けて自発的に聞き始めましたからねぇ、カラオケに行ってもチョイスは今なお概ねこのメンバーからだし。
そういう点でも私の人生において、一つの転機を与えてくれたのが小比類巻かほるさんなのであります。
゛I’m Here゛を聞いてなかったら、多分あの極端な振幅のままでカラオケに行ってもバカにされるかドン引きされるかのどちらかだったのは請け合いw。

事程左様に、私の世界観に多大な影響を与えた小比類巻かほるさんですが、だいぶ前からそのお姿、歌声をテレビやラジオで見聞する事がなくなりました。
それで私の中では彼女が「思い出のひと」になっているのが、前述の「懐かしさ」を強く感じさせる要因になっているんですけどね。
「渡辺美里」「HOUND DOG」(色々モメてアレだけど)という作品はまだ完結していないけど、「小比類巻かほる」という作品は、私の中では既に完結した
作品に思えるんですよ(勿論御本人は今も健在で活動しておられますけど)。
美里嬢はじめ小比類巻かほるショックの後で聞き始めたシンガーは、亡くなった尾崎さん以外はいまだパリバリの現役ですから、彼女、彼らを聴き始めた頃の曲を聴いてもそれほどノスタルジックな想いは抱かないんですよね。
御本人たちは現在進行形でメジャーに活動されているので、過去の曲も例えて言えば長期連載中の小説の第一巻を読んでいる感覚に近いかなぁ・・・。

今回再び彼女の世界に浸ったのも何かの啓示なのだろうと、まだ聴いた事のないアルパムを求めて中古CDショップを覗いて、得意の目ざといアンテナを
びんびんに働かせてキャッチに成功! その数2!!
(つーか、たった二枚と言った方が正しいが)
1988年リリースの「HEARTS ON PARADE」と94年リリースの「KOHHY-1」の二枚を目出度くゲットしましたが、投資額は僅か金250円ナリ。
「HEARTS ON PARADE」はたったの50円でしたよ・・・いくらなんでも安過ぎですわ。
盤に傷も少ないし経年を考えれば非常にコンデション良なんだけど、彼女の一般的な知名度の低さが起因しているんだろうなぁ、この安さは。
(余談ですがモー娘やミニモニ、プッチモニが二束三文で売り飛ばされていたのには笑ってしまったw。渡辺美里さんのアルバムが数年前の作品で
¥1600とか結構な値が付いていたのと対照的。オリジナルの世界観を持たないビジュアル重視の流行モンは飽きられるのも早し)

価格のあまりの安さに色々複雑な思いを抱きつつ帰宅して早速鑑賞。
~っ・・・やっぱりKOHHYは良いなぁ!
切々と謳いあげるバラードも、硬派でワイルドなロックも。
特に「KOHHY-1」の゛MISTER~今なら素直に言える~゛は聴かせてくれるぜまったく・・・(惚)。

例えば渡辺美里さんだとアルバムの曲の好みがはっきり分かれちゃったりするんだけど(気に入った曲はマイベストに焼いて繰り返し聴くんだけど、そうでない曲は一度聴いたっきり二度と聴かない)、小比類巻かほるさんのアルバムの場合は美里さんと比べて何度も繰り返して聴く曲の数は少ないながら、反面二度と聴く気にならない曲も非常に少ないので、アルバムとしてのトータルなリスニング率は高いって事を「KOHHY-1」に接して今更ながら認識したところです。
来週の日曜は選挙行った後でKOHHYの未聴アルバムを求めて市内の中古ショップ行脚というのに決定ですねっ!

2007年7月16日 (月)

なぜ中越地方ばかり・・・

・・・我が街ではしばらく地震がなく、中越地震以前には小さな地震がよくあったのと比べてどうも変だなぁ、大きいヤツがいきなりドカンとこなけりゃいいが・・・と思っていたここ最近でしたが、本日AM10:13、ついにきちゃいました・・・。
NHK教育の「忍玉乱太郎スペシャル」を見ながら遅い朝食を摂っていたらまず軽い眩暈のような感覚、アレッ?と思い上を見た途端、照明が大揺れし始めて・・・。
周期の長い横揺れで、報道では40秒程と言っていましたが、私の感覚では二分程度揺れが続いててたような。

我が街の震度は5強だったとの事。
前回中越地震の時よりも揺れ自体は強かったのですが、今回は前回の揺れと余震があまりにも衝撃的だったのに比べれば、今までのところ大きな余震もなく
切迫した恐怖感は感じておりません・・・が、揺れ方が特異だったので現在船酔いのような状態です、昼飯はこの分じゃ食べられそうにないです。

震源は柏崎市沖、柏崎市の震度は6強!
中越地震の惨禍からようやく立ち直ってきた矢先に、そこからいくらも離れていないところでまた・・・。
何故天はあの地方にこうも試練を与えるのか、神様がもしいるとしたら、何故なんだと抗議の声を強くあげたい気持ちです、本当にやるせない・・・。
倒壊家屋や怪我人の情報が少しずつ報道され始めておりますが、どうか大きな被害が生じておりませんように、心から願うばかりです。

2007年5月27日 (日)

それはアナタよ、シンポ先生~

季節は皐月、秋と並ぶ学校の運動会や体育祭シーズンが盛を迎えつつある
昨今にございます。
私の棲む街でもあちらこちらで小学校の運動会が行われ、いたいけな子供たち
の黄色い歓声が田植えを終えたばかりの田園に響き渡っております。

運動会というと私が現役小学生の頃、六年間この時期に叩き込まれたのが

「あかぐみげんじのいきをみよ~! あかぐみげんじのいきをみよ~! 
うぅでをふるうはいまなるぞ~、ふれーふれっふれっふれーっふれっ! 
ふれーあかふれーあかふれっふれっふれっ! 
ふれーあかふれーあかふれっふれっふれっ! わぁー~おー!!」

という応援歌。

この応援歌、私の母校では未だに使われているようですが、昔から
気になって気になって仕方のない事が・・・。
それは「げんじ」っていう言葉の意味。
「げんじ」と聞いてピーンと脊髄反射するのは「源氏と平家」の源氏ですけど、
史実に基づいて「源氏」が勝利者で縁起がいいので使っているなんてのは、
小学校における道徳教育上あまりよろしくないのかしらんと思ったり・・・。
いくさに勝った=強い=正しいという単純な図式を精神世界に構築しがちだもん、
小学生の頃って特に。
小学校にはいわゆる「シンポ先生」「主体先生」と言われる方々もまだまだ頑張って
おられると思いますが、そういう方々が彼らのいう「悪しき歴史観(日本の歴史はこと
ごとく悪の歴史)」の視点から、「日帝軍国主義の始祖たる武家政治の棟梁」である
「源氏」の名を未来ある子供たちに連呼させるっていうのは抵抗ないんですかね?

私が「シンポ先生」「主体先生」の立場なら応援歌のフレーズをこう変えろと、
職員会議で猛烈に主張しますがねw。

せんぐんせいじのいきをみよ~! せんぐんせいじのいきをみよ~! 
ちょっぱりどーもはミナゴロシ! 殺れ!殺れ!殺れ!殺れ!殺れ~!
しょうぐんしょうぐんばんばんざーい! しょーぐんしょーぐんばんばんざーい!
ま~んせぃ!!

こういう民主主義人民的フレーズを六年間、水を吸うスポンジのような柔軟性を持つ
学童の純白な脳髄に叩き込み、骨の髄まで「シンポ的人間」「主体的人間」に改良し、
もって来るべき「日本解放闘争」のシンパ・尖兵として社会に送り出すのが、今だに
平壌参りをしては元帥サマ、将軍サマの偉大さと共和国の発展ぶり、人民の豊かな
生活に感激の涙を流すシンポ先生、主体先生の義務であり名誉であると愚考致し
ますがいかに?

私が学生の時分には、今から考えると結構いましたよ、「シンポ先生」や
「主体先生」が・・・。
中学の時の担任にモロ「主体先生」がいましたからね、雑談で韓国をメチャクチャに
罵ったかと思ったら北朝鮮を激賞するのが常で、当時すでに軍ヲタでしたが政治
思想的には真っ白だった私は頭の中が???でしたけど。
高校の時には広島・原爆資料館に修学旅行で行った折の感想文を書かせて、
皆「広島の人は可哀想」とかありきたりの感想しか書かないところに、そういう方面に
多少知恵が回るようになってきてどういう風に書いたら気に入られるだろうかと
スケベ心丸出しで書いた私の文章(噴飯モノの稚拙な反米・反体制主張)
を激賞して学校新聞に載せたシンポ先生もいらっしゃいましたっけ・・・。
大学の時には五千円近い値段のテキストを授業で使うからと買わせておいて(その
先生の著書です、田舎から出てきたばかりの世間知らずのバカ学生をこんろり
騙して印税で小遣い稼ぎ、こういうのをシンポ的発想といふのでせう)、授業開始の
間際になって別のテキストを買わせてそちらを使わせるというシンポ的な先生
(今でも国連やら何やらの問題で、したり顔でアジアは中国にまかせよみたいな意見
を吐く御仁、五千円のテキストの中身は徹底してソ連・中国の擁護、冷戦は全て
アメリカのせい。ページ毎に必ず「米帝国主義」「日本軍国主義」の二大フレーズが
踊る香ばしい本)もいらっしゃいましたなぁ、もともとサヨクが幅を利かす学校でした
けど、アレは図抜けたヒドさでしたよ・・・。

2007年5月25日 (金)

最狂のネタキャラ兄弟・望月源治と柿崎源造

人間、記憶の片隅に引っ掛かっていて、折に触れ思い出しては「あれはなんだったんだろー・・・?」という事が一つや二つはあるものです。
現実世界での出来事なら実生活上の経験を通じて思い出していく、ハッと閃くなんて事もありますが、フィクションの世界のそれだと現実と断絶された閉じた世界での問題ゆえ、思い出せずに時に悶々と・・・なんて夜の車中もございます。

私がごく最近まで
「アレは何だったんだろうか・・・?」
と時折思い出しては、記憶の断片をまさぐってみる映像がございました。
それは、
「明け方か夕刻か、蒼暗い空を背景に雪の斜面を必死の形相で逃げる刑事と女、そしてその背後から凄まじい形相でケモノのように吠え喚きながら、手に持つ鉈に殺意をギラつかせて追いかけてくる動物の毛皮をそのままなめしたような上着を着た粗野な男」の映像。
刑事ドラマの一シーンである事は確かで、一緒に見ていた母親が「またコイツ出てきたよ、何度死んでも生き返るんだね」という趣旨の事を面白そうに喋っていたのを覚えております。

覚えているのはそのシーンだけで前後のストーリーも映像もさっぱり思い出せず、あの鬼気迫る異常なまでのテンションは一体どんなドラマだったんだろうかと、時折フラッシュバックのように突発的に思い返しては首を捻る長き年月にございました。

ホントについ先日までそんな状態だったのですが、ただの偶然かはたまた天の配剤か、ふと訪れた2ちゃんの某スレで記憶の糸口に辿りついたのです。
人間、生きてると何があるかわかんないよねーと、こんなちゃっちい出来事にも生きてる意味をかみしめる不肖みさっちにございます。

さて、私の記憶の断片をつなぐ糸口になったのがこの書き込み。

>896 :どこの誰かは知らないけれど:2007/04/16(月)
20:36:16 ID:ku1eR/mv
>>895
俺もそうだね。
蟹江敬三は今とは正反対というか真逆の役を1970年代とか1980年代は 主にやってたからね。
どの作品に出るにしても悪役が主でいわゆる「怪演」というやつをやっていた。
星人ブニョや牛神男の役なんかほんとこの「怪演」の他ナニモノでもないし…。
他に大人向けのドラマ、なかでも刑事ドラマでは「怪演」がものすごく多かった。
「Gメン’75」という刑事ドラマがあってこれに蟹江氏は出ずっぱりだったんだが、
「長野県黒谷町」というホラーシリーズの「望月源治」役なんか、これ以上のものは 考えられない魔物のような「怪演」だった。
まともな役を演じるようになっても、気味の悪い何考えてるか分からない印象を植え付ける には十分過ぎる、存在感ある「怪演」だった。

>「長野県黒谷町」というホラーシリーズの「望月源治」役なんか、これ以上のものは 考えられない魔物のような「怪演」だった。

・・・そうそう、アレって山奥の秘境みたいな町だか村が舞台だったもんね、うーむ、なんか段々思い出してきたゾ。

ここで注目するキーワードが「Gメン‘75」と「望月源治」。
これらを検索してみたところ行き当たったのが、「蟹江さん演じるこの野卑な男が鉈を振り回して追いかけてくる基地外みたいなヤツ」

・・・でもこの話での望月源治という男、
「動物の毛皮をそのままなめしたような上着」
は着ていないっぽいんだよね~。
一度は繋がりかけてパズル然となった記憶の断片もまたグシャグシャ!?
で、もうちょっとディープに調べると望月源治には双子の弟・柿崎源造という者がいて、彼のファッションというのが
「季節柄かケモノの皮で作ったベストを着用」
どうやら私の記憶の断片、
「凄まじい形相でケモノのように吠え喚きながら、手に持つ鉈に殺意をギラつかせて追いかけてくる動物の毛皮をそのままなめしたような上着を着た粗野な男」
はこの柿崎源造氏と見て間違いないようです。
しっくりと手に馴染んだ殺しの得物は鉈ではなく手斧だったようですね。
放映日は1982年3月6日、舞台は長野県の山奥。
一面雪景色での光景だったでしょうしね、ロケーションもぴったりです。

・・・しかし調べてみるとこの望月源治と柿崎源造(彼らの家系はまさに呪われているとしか思えないどいつもこいつも極め付きのDQNぞろいだそうです、ビバ!基地外一家!)、劇中での暴れっぷりは尋常ではないまさにナチュラルボーンマーダー・・・。
彼らを紹介しているサイト様いわく

>“「源治はとにかく凄い」としか言いようがない・・・”とか、"人間から理性をとったらこうなるのではないか、というのが望月源治なのかもしれない”とか・・・。

あまりにもぶっ飛んだ衝撃的な人物像に、私はモニターの前で涙を流して大爆笑してしまいましたよ(完全に笑いのツボにハマってしまって読み返す毎に大爆笑、ハライテェw)、読み返す度。蟹江さんのあの風貌、あの雰囲気でこういう濃いキャラクターですからね、あぁ、実物が見たい・・・w。

2006年1月31日 (火)

道遥かか日沿道

1/28付の朝日新聞地方版によると、新潟県は未開通の日本海沿岸東北自動車道(通称・日沿道)中条-朝日間(30km)について、高速道路会社が
建設する「有料道路方式」だけでなく、国と県による建設方式「新直轄方式」の採用も検討しているそうです。
要望書を近く国に提出、来月7日の国交省の会議で、どちらの方式により建設を進めるか決定される模様。

当該区間は現在「有料道路方式」で建設が進められておりますが、公共事業に逆風吹き荒れる昨今、ともすれば「不要不急」の烙印を押されかねない厳しい状況下であり、県負担(建設費の1/4、残りは国の負担)をしてでも早急の開通を求めたいのでしょう。
山陰自動車道の建設是非でも論議されておりましたが、広域救急医療の問題で、これからの高齢化時代を鑑みて医療過疎地域と地域中核都市を結ぶ高速道路は絶対に必要という観点からの建設推進論があり、こちらも同様の観点から・・・のようですが、「有料道路方式」でのそのような主張は少々無理があるとも感じられ、地域福祉の向上を高速道建設の目的の重要な要素として掲げるのであれば、地域の福祉=自治体の責務として応分の地元負担を伴う「新直轄方式」のほうが、理屈には合っております。

この方式だと、建設費回収「有料道路方式」は高速道路会社が建設費を全額負担する為、通行料による回収が必要)の必要がないので、基本的に通行料は無料になります。
まぁ実際のところ、建前はそうでも、県財政の逼迫度から考えると建設費負担分相応の料金設定は必要かもなぁとは思いますが・・・。
ちなみに当該区間の総事業費は1300億円(MD能力無しのイージス艦と同額程度、ラプターFMSで7機程度・・・距離を考えると高いんだか安いんだかビミョーな感じ・・・)で、県負担は320億円程、コスト削減と交付税措置で、実質負担は20億円程と我が県のお役人様はおっしゃっておいでですがね・・・。

日沿道沿線の他県も、「新直轄方式」での建設に切り替えておりますが、いずれも「自県内区間」のみ。県境区間はいずれも未着手のまま。
福祉云々は別にして、高速道本来の目的は広域高速ネットワークの確立。
それなのにこれじゃあなぁ・・・。地元負担でバイパス整備やってるようなもの。整備新幹線や空港整備もそうだけど、もう少し「マクロ的な視野」を各自治体に
は持っていただきたいところ。
特に我が県は従来より「対東京一辺倒」。県の地勢的位置の特異さ(東北とも北陸とも断言できかねる曖昧さ)から、周辺各県との連携はなんだかなぁ~な印象だし。
このような懸案を奇貨として、周辺各県との一層の対話、連携の強化に繋げていただきたく思う次第です。
県境区間の建設が、「新直轄方式」方式で自治体間の負担割合を巡る攻防がいつしか泥試合に、または自己負担のない「有料道路方式」に固執した
あげく、事業計画見直しで計画自体お蔵入りなんて事態はご勘弁願いたい。
県境区間の朝日-温海間、山形県側の温海-鶴岡間とオールインワンの1セットとして、山形県と徒党を組んで国と談判するぐらいの度量があっても
いいんじゃないかなぁ。
日沿道沿線各県相互交流の交通ツールは実に乏しく、鉄道は新潟-酒田(山形県)間の在来線高速化が基本方針として定められた程度で実質放置
プレイ状態、航空は相互間の路線なし・・・。
これまでいかに交流がなかったかを雄弁に物語っておりますが、今まではソレ、これからはコレ。
日沿道の早期全通という共通の目標達成の過程を通じて互いの紐帯を確かなものとし、きたるべき環日本海時代を体現する不動の礎と成れ!・・・なんて、
青臭い書生論をちょっと吼えてみますたw。

 

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