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カテゴリー「イギリス軍」の記事

2020年9月20日 (日)

1980年代前半のイギリス空軍(RAF)

今回は1980年代前半のイギリス空軍(RAF)です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では1981年末時点におけるRAFの戦力概要について。

戦闘機飛行隊:推定9個:
マクダネル・ファントムFGR.2飛行隊 x 5個(No19. 23. 29. 56. 92.の各飛行隊)
マクダネル・ファントムFG.1飛行隊 x 2個(No43. 111.の各飛行隊)
BAC・ライトニングF.6飛行隊 x 2個(No5. 11.の各飛行隊)

ファントムFGR.2装備の飛行隊は、イギリス本土にあって旧航空支援コマンドのNo38グループ指揮下で戦術偵察任務に当っていたNo41飛行隊が1977年に解散、イギリス本土防空任務のNo111飛行隊が79年10月に海軍から移籍のファントムFG.1に機種改編された結果、実戦飛行隊は5個に減少しています。
配備はRAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)の制空防空任務に二個飛行隊(No19. 92.の各飛行隊)、イギリス本土防空任務に三個飛行隊(No23. 29. 56.の各飛行隊)です。
またファントム機種転換部隊にNo228OCUが、有事の際にNo64飛行隊として実戦任務に就く「シャドースコードロン」なのは1970年代から引き続いています。
なおフォークランド紛争後はNo29飛行隊が1982年10月にフォークランドのポートスタンレー飛行場に防空任務で展開しています。
この任務追加でイギリス本土の防空飛行隊の一部を派遣することになって本国防空に穴が開くのを防ぐ為、アメリカ海軍の中古F-4Jを急遽購入してRAF仕様に改修の後、84年10月にF-4J(ファントムF.3)装備のNo74飛行隊が再編されています。

元々はイギリス海軍の艦上戦闘機として導入が始まったファントムFG.1のRAFにおける配備は、それまでの一個飛行隊(No43)に加えて、前述のように79年秋に更に一個飛行隊がFGR.2からの改編を実施して二個飛行隊体制、いずれもイギリス本土防空任務に就いています。
1970年代末からは、ブリティッシュファントムの持つ低空要撃能力にマッチした新型のレーダー誘導型空対空ミサイル「スカイフラッシュ」(但し原型はアメリカ製のスパローミサイル)が配備を開始しているので、RAFのファントム部隊はいよいよその本領発揮という感強しです。
しかし84年には次期迎撃戦闘機トーネードADVの作戦転換部隊No229OCUが編成されて、ブリティッシュファントムの時代も終わりが見え始めていたのです。

1960年代初めから配備を開始したイギリス最初にして最後の純国産超音速迎撃戦闘機ライトニングは、77年にRAFG指揮下の二個飛行隊がファントムに機種改編して以降、実戦飛行隊として残るのはイギリス本土防空任務に就く二個飛行隊のみとなりました。

爆撃機・攻撃機飛行隊:推定20個:
アブロ・ヴァルカンB.2飛行隊 x 5個(No9. 35. 44. 50. 101.の各飛行隊)
SEPECAT・ジャガーGR.1飛行隊 x 8個(No2. 6. 14. 17. 20. 31. 41. 54.の各飛行隊)
ブラックバーン・バッカニアS.2飛行隊 x 4個(No12. 15. 16. 208.の各飛行隊)
ホーカーシドレー・ハリアーGR.3飛行隊 x 3個(No1. 3. 4.の各飛行隊)

かつてのRAFボマーコマンドの主役であったヴァルカン爆撃機はRAFストライクコマンドの長距離戦術核攻撃用として6個飛行隊に配備され、依然としてまとまった勢力を維持していますけれど、既に後継となる英独伊共同開発の可変翼超音速攻撃機パナピア・トーネードが機種転換部隊に配備されて実戦配備に向けて着々と準備している状況です。
1982年に入るとヴァルカンの退役は急速に進んで、3月末にNo35飛行隊が解散、フォークランド紛争最中の5月にはNo9飛行隊が解散しています。
4月2日にアルゼンチン軍が南大西洋のイギリス領フォークランド諸島に侵攻したことで勃発したフォークランド紛争においては、現役の各部隊から選ばれたヴァルカン爆撃機が中部大西洋の孤島アセンション島の飛行場に展開し、そこからアルゼンチン軍に占領されたフォークランドの飛行場や防空レーダーなどに対する往復一万三千キロ弱という超遠距離爆撃を実施する「ブラックバック作戦」が五回実施されています。
この作戦はヴァルカン単機で実行されるものでしたが、ヴァルカン一機が搭載できる1,000ポンド爆弾は21発です。
海軍機動部隊から出撃するシーハリアーやRAFのハリアーの場合、搭載できる1,000ポンド爆弾は他に増槽一個を搭載するとして四発なので、ヴァルカン一機でハリアー五機分以上の火力を発揮できるのです。
機動部隊が運用するシーハリアーとハリアーは合わせて38機で、28機が二隻の空母に展開するシーハリアーは艦隊防空や攻撃機の護衛にも使われるので対地攻撃に使える機数はごく限られてしまいます。
空母「ハーミーズ」に乗艦しているRAFのNo1飛行隊ハリアーは10機で、こちらは対地攻撃専従にするとしても一度の出撃で飛ばせるのはせいぜい4機。
それを考えると、超遠距離飛行をして単機で突入して爆撃など一見効率的には見えないこの「ブラックバック作戦」も当時のイギリスにとっては実効性のある合理的作戦であったと申せましょうか。
またこの作戦に対してアルゼンチン軍は過剰に反応して、ヴァルカン爆撃機によるアルゼンチン本土爆撃を警戒して主力戦闘機のミラージュを本土防衛任務に貼り付けた結果、イギリス艦隊に対する攻撃はA-4攻撃機が戦闘機の護衛なしで行わざるを得ない状況が多々生じるというイギリス側にとっては実に好都合な思わぬ副産物を産んだのでした。
ともあれヴァルカンにとってはこの紛争が唯一の実戦参加で最後の花道となり、この年の末に最後の爆撃飛行隊No44が解散しています。
しかし次期空中給油機VC10kの導入が遅れた為、VC10k戦力化までの繋ぎとしてヴァルカンに白羽の矢が立てられて応急改造型のヴァルカンK.2がNo50飛行隊に配備され、82年6月から84年3月まで運用されています。
なお、ヴァルカン飛行隊として解散したNo9飛行隊はそれから約三ヶ月後の82年8月に、RAF初のトーネードGR.1実戦飛行隊として再編されています。
翌83年にはNo15. 27. 617.の三個飛行隊がトーネードGR.1飛行隊として再編、84年にはNo16飛行隊(再編)とNo20及び31飛行隊(ジャガーGR.1から機種改編)、85年にはNo14及び17飛行隊がジャガーGR.1から機種改編してトーネードGR.1飛行隊になっています。

フランスとの共同開発によって74年から実戦配備を開始したジャガーGR.1戦術攻撃偵察機は8個飛行隊を擁してRAF戦術攻撃力の主柱に成長しています。
配備はRAFGに五個飛行隊(No2. 14. 17. 20. 31.の各飛行隊)とイギリス本土の旧航空支援コマンド(No38グループ)に三個飛行隊(No6. 41. 54.の各飛行隊)です。
RAFにおけるジャガー攻撃機の勢力はこの時が最盛期で84年からはトーネードGR.1への機種改編が開始されて、前述したように85年までにNo14. 17. 20. 31.の四個飛行隊がジャガーを手放してトーネード飛行隊に転じています。

1960年代半ばから後半にかけてキャンセルされたTSR2とF-111Kの代替としてアブロ・ヴァルカン爆撃機と共に超低空侵攻戦術核攻撃任務を担ってきた海軍由来のバッカニアS.2攻撃機は、RAFGの戦術核攻撃用としてNo15及び16飛行隊、イギリス本土近海における対艦洋上阻止任務にNo12及び208飛行隊が任務に就いています。
これら従来からの飛行隊に加えて、海軍の空母「アークロイヤル」退役に伴ってRAFに移籍するバッカニアの受け入れ先として1979年7月にNo216飛行隊が再編されていますけれど、この飛行隊は79年から80年初めにかけて相次いだバッカニアの墜落事故、その原因である主翼のダメージの問題から他の飛行隊へ健在な機体の拠出をせざるを得なくなって翌年には解散しています。
バッカニアもヴァルカン同様にこの後減勢が始まって、83年にはNo15飛行隊が、84年2月にはNo16飛行隊が解散してその後にトーネード飛行隊として再編。
以後、現役で残るのはイギリス本土に展開するストライクコマンド隷下のNo18グループ(かつてのコースタル・コマンド)に所属する二個飛行隊のみとなりました。

世界初の実用V/STOL戦術攻撃機であるハリアーは、GR.3装備の飛行隊を三個擁しています。
配備はRAFGに二個飛行隊(No3及びNo4飛行隊)、イギリス本土の旧航空支援コマンドのNo38グループに一個飛行隊(No1)です。
これらのうち、機動運用任務のNo1飛行隊はフォークランド紛争勃発に伴い、かなりの損耗が予想される海軍のシーハリアーを補って艦隊の防空任務に就くために大型輸送船「アトランティック・コンベア」に増援用のシーハリアーと共に乗船し、作戦海域で空母「ハーミーズ」に移動して実戦投入されています。
実戦投入に当ってサイドワインダー空対空ミサイルの運用能力を付与されたハリアーGR.3ですが、懸念されたシーハリアーの損耗が予想を遥かに下回るものであったことから本来の十八番である地上攻撃任務に投入されました。
対地攻撃に使用する場合、シーハリアーが運用能力を持っていないレーザー誘導爆弾をRAFハリアーは使用可能というのが強みでしょう。
またフォークランド紛争終結直後は現地防空用にNo1453フライトが編成され、82年10月にファントムFGR.2装備のNo23飛行隊が現地に駐留して防空任務を開始すると対地攻撃任務に戻って、85年6月までハリアー装備の各飛行隊のローテーション派遣で6機常駐体制を続けています。

偵察機飛行隊:推定2個:
アブロ・ヴァルカンB.2(MMR)飛行隊 x 1個(No27飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.9飛行隊 x 1個(No39飛行隊)

RAF唯一の長距離偵察機ヴァルカンB.2(MMR)を装備するNo27飛行隊は1982年3月に解散しています。
高高度偵察任務に就くキャンベラPR.9を装備するNo39飛行隊は82年6月に解散して機材は新編されたNo1PRU(写真偵察ユニット)に引き継がれていますが、この部隊についてはよくわかりませんでした・・・。
わざわざユニットと呼称するからには、保有する機体定数は飛行隊よりも少なくなってはいるのでしょうが。

空中早期警戒機飛行隊:1個:
アブロ・シャクルトンAEW飛行隊 x 1個(No8飛行隊)

第二次大戦におけるRAF爆撃機の象徴と言えるアブロ・ランカスターの最後の末裔がシャクルトンAEWで、72年以来イギリス本土周辺の早期警戒任務に就いています。

海上哨戒機飛行隊:推定4個:
BAE・ニムロッドMR.2飛行隊 x 1個(No206飛行隊)
BAE・ニムロッドMR.1飛行隊 x 4個(No42. 120. 201.の各飛行隊)

1971年から実戦配備を開始したジェット海上哨戒機ニムロッドMR.1は、77年に地中海マルタ島に展開していたNo203飛行隊が解散した結果、配備されているのはイギリス本土のみになっています。
なおニムロッド飛行隊は全てが前述のNo18グルーブです。
79年秋にNo206飛行隊が対水上レーダーやソノブイシステムのアップグレードを行ったニムロッドMR.2に改編していて、82年から83年にかけて他の三個飛行隊も次々にニムロッドMR.2に改編していきます。

戦術輸送機飛行隊:推定4個:
ロッキード・ハーキュリーズ飛行隊 x 4個(No24. 30. 47. 70. の各飛行隊)

1970年代半ばには6個飛行隊に配備されていたC-130ハーキュリーズは、イギリス軍のスエズ以東からの戦力撤退に合わせるように2個飛行隊が相次いで解散して、4個飛行隊体制に落ち着いています。
この時期には最初の導入型C.1(66機)のうち約30機に胴体をストレッチする改造を行ったC.3が配備されているのですが、どの飛行隊がC.3装備なのか特定できませんでした。

なお、輸送ヘリコプター部隊については、ウェストランド・ホワールウィンドやウェストランド・ウェセックスを装備していた50年代後半から70年代にかけては、例え輸送ヘリコプター(HC)装備であっても実際は捜索救難任務を兼任していたりして、イギリス陸軍の作戦を支援する純粋な戦術輸送任務に就いている飛行隊を特定することは困難でした。
そういった任務であると特定できたのは64年から80年までウェセックスHC.1を装備して、ライン駐留イギリス陸軍(BAOR)の支援任務に就いていたNo18飛行隊だけです。
1980年代に入ってようやく純粋に戦術輸送任務に就くヘリコプター部隊が特定できるようになり、それが81年8月に再編されたNo18飛行隊と82年9月に再編されたNo7飛行隊で、両飛行隊共にボーイング・チヌークHC.1を装備しています。
No18飛行隊は再編当初はハリアー装備のNo1飛行隊などと共にNo38グループの指揮下にありましたけれど、後にドイツ駐留になって97年までかの地に展開していました。

空中給油機飛行隊:推定2個:
ハンドレページ・ヴィクターK.2飛行隊 x 2個(No55. 57.の各飛行隊)

かつての戦略爆撃機ヴィクターB.2を空中給油機に改造して誕生したヴィクターK.2は、元相棒のヴァルカン爆撃機による超遠距離爆撃作戦「ブラックバック」を全力支援。
この爆撃作戦の成功はヴィクターK.2があってこそのものと言えましょう。
空中給油機の近代化施策としては、元旅客機のピッカースVC10を空中給油機に改造して任務に当らせることになりましたが、その就役が遅延したために応急策として前述のようにヴァルカン爆撃機を空中給油機に改造して短期間運用しています。
VC10k装備のNo101飛行隊は1984年5月に再編されて、ヴァルカンに代わってRAF第三の空中給油飛行隊として任務に就いています。
フォークランド紛争後、元民間機のロッキード・トライスラーを改造して空中給油/輸送機として空中給油能力をさらに向上増強することになって1984年11月に本機装備のNo216飛行隊が再編されていますけれど、部隊再編時点ではトライスターの改造機はまだ配備されておらず書類上の飛行隊と言えます。
この飛行隊が実働部隊になるのは改造を完了したトライスターKC.1/K.1を受領する86年からのようです。

またRAFが管理運用するエリアディフェンス用の地対空ミサイル部隊は、ブラッドハウンドMkⅡ地対空ミサイル装備の飛行隊が二個(No25及び85飛行隊)があって、この時期はNo25飛行隊がRAFG、No85飛行隊がイギリス本土に配備されていたようです。

2020年9月 6日 (日)

1970年代のイギリス海軍航空隊(FAA)

今回は前回「1970年代後半のイギリス空軍(RAF)」に続いて、1970年代のイギリス海軍航空隊(FAA)とその活躍の舞台であるイギリス海軍の空母の状況についての概要です。
これまでと同様に、ウィキペディア英語版と英語サイト「ウィングス-アビエーション」、雑誌「世界の傑作機」を情報ソースとして纏めてみました。

では最初に1971年末時点でのイギリス海軍航空隊の800番台実戦飛行隊の概要です。

戦闘飛行隊:2個
マクダネル・ファントムFG.1飛行隊 x 1個(892飛行隊)
デ・ハヴィラント・シーヴィクセンFAW.2飛行隊 x 1個(899飛行隊)

イギリス海軍航空隊唯一のファントムFG.1の母艦飛行隊892NASは1969年春に編成されて、1970年半ばに空母「アークロイヤル」が改装を終了して現役に復帰すると乗艦して1978年秋に終了する最後の航海まで行動を共にします。
遷音速全天候複座戦闘機のシーヴィクセンFAW.2は、最後の母艦飛行隊899NASが空母「イーグル」に展開。
しかし「イーグル」は翌72年1月に退役してしまい、それに伴って最後のシーヴィクセン飛行隊も解散します。
なお899NASは1980年3月にシーハリアー戦闘攻撃機の機種転換飛行隊として再編されています。

攻撃飛行隊:2個
ブラックバーン・バッカニアS.2飛行隊 x 2個(800. 809.の各飛行隊)

イギリス海軍の誇る超低空高速侵攻用の艦上攻撃機バッカニアS.2は空母「アークロイヤル」に809NAS、空母「イーグル」に800NASが展開していますが、800NASは翌72年1月の「イーグル」の退役でその役目を終えて、72年2月に解散しています。
800NAS解散後はFAA唯一のバッカニア飛行隊となった809NASは、892NAS飛行隊のファントムFG.1とのコンビで「アークロイヤル」最後の航海まで共に任務に就いています。
なお800NASは1980年3月にシーハリアー戦闘攻撃機初の実戦飛行隊として再編されています。

早期警戒飛行隊:1個
フェアリー・ガネットAEW飛行隊 x1個(849飛行隊)
艦隊空母に通常4機を派遣して空母部隊の防空の要として機能していた849NASですが、空母「イーグル」退役でその所要数は最低限になりました。
849NASも「アークロイヤル」最後の航海まで同艦に乗艦しています。

対潜ヘリコプター飛行隊:推定5個:
ウェストランド・シーキングHAS.1飛行隊 x 3個(819. 824. 826.の各飛行隊)
ウェストランド・ウェセックスHAS.3飛行隊 x 1個(820飛行隊)
ウェストランド・ワスプHAS.1飛行隊 x 1個(829飛行隊)

海上自衛隊でも「HSS-2」シリーズとして長年第一線にあった傑作中型ヘリコプターのシーキングは、我が国同様イギリスでもライセンス生産と独自の改良が施されています。
対潜型の最初のタイプであるシーキングHAS.1は1970年から実戦部隊への配備が開始されて、1971年末時点では推定で三個飛行隊が戦力化しています。
それまでの対潜ヘリコプター、ホワールウィンドやウェセックスと比べて飛行性能は勿論のこと、単機で捜索攻撃が可能な自己完結性を持っているのがこのヘリコプターの一大特徴と言えましょう。

輸送ヘリコプター飛行隊:推定2個:
ウェストランド・ウェセックスHU.5飛行隊 x 2個(845. 846.の各飛行隊)

イギリス海兵隊(コマンドー)輸送用のヘリコプター飛行隊はさらに一個(848NAS)がウェセックス装備で存在するのですが、この飛行隊は実戦用飛行隊の時期とヘリ訓練飛行隊の時期があってこの頃にはどちらの任務に就いているのか特定できませんでした。
訓練部隊になるのなら700番台のナンバリングにすればいいのに、実任務用の800番台を振り続けているのでややこしい話になるのです。

続いてこれら飛行隊の活躍の舞台となる空母の1971年末の状況はというと、
現役の艦隊空母は「アークロイヤル」と「イーグル」の2隻のみで、しかも「イーグル」は翌年1月に退役してしまいます。
「1966国防白書」で新型空母CVA-01計画が中止された引き換えに「アークロイヤル」と「イーグル」のファントム運用改造を行う計画だったのですが、1968年にスエズ以東からの軍事力撤退が決定されてイギリス海軍艦隊空母の存在意義は激落し希薄になってしまいます。
そんな中でも「アークロイヤル」の改装工事は進められて1970年半ばに再就役するのですけれど、「イーグル」は1970年に改装を断念する決定が下されてしまったのです。
元々「イーグル」の船体の状態は、建造中断による店晒しの期間が長かった「アークロイヤル」よりもずっと良かったそうですが、「アークロイヤル」の場合はオーバーホールと近代化改装を始めて間もなくファントム運用改修が追加されるという幸運に恵まれました。
「イーグル」は「アークロイヤル」の改装終了を待ってドック入りする予定だったのに、たまたま「アークロイヤル」が先にドック入りしていたせいで明暗がくっきり分かれることになってしまって気の毒で仕方ないのです・・・。
また「イーグル」の去就に関しては海軍当局の一部に相当な未練があったようで、当時改装コスト高と乗組員の多さが問題になっていた対潜ヘリコプター巡洋艦「タイガー」と「ブレイク」の代わりに「イーグル」を現役に留めよという主張や、予備艦になった「イーグル」に基幹乗組員を配置して有事の際には半年ないし一年程度で現役に復帰させる体制にしてはどうかという提案もなされたとの事。
後者は具体的な検討が行われたのですが、やはりこの種の話について回るコストの問題と、搭載する戦闘機シーヴィクセンの旧式化による戦力的価値の低下などの理由で却下されてしまったそうです。
攻撃機が旧式化したというのなら、かつてバッカニア攻撃機の運用能力が無い空母「セントー」でシーヴィクセンが攻撃機の役割も果たしていたやり方も出来ましょうが、戦闘機が旧式化しているのではその手は使えません。
旧式化した戦闘機を予備役飛行隊で維持するのも思いのほかコストがかかりそうです。

「イーグル」では退役前にRAFのハリアーの運用試験を行い、その結果は極めて有効でのちのFAAのシーハリアー装備に繋がっていきます。
それで妄想を逞しくすれば、RAF航空支援コマンドに所属するNo1飛行隊(ハリアー装備)にサイドワインダー空対空ミサイルの運用能力を付与して現役復帰した「イーグル」に展開させて戦闘機としての役目を担わせるという手があるわけですが・・・。
1982年のフォークランド紛争では空母「ハーミーズ」にRAFのハリアーGR.3装備No1飛行隊がサイドワインダーの運用能力を緊急に付加された上で展開して作戦に従事しているので、1970年代初頭においてもそういう運用はあり得ると思うのですよ。
しかし結局「イーグル」延命は成らずに退役後は「アークロイヤル」の部品取り用に維持された後、1978年にスクラップ売却されました。

一方、コマンドー母艦は「ブルワーク」と「アルビオン」の2隻で、「ハーミーズ」が艦隊空母からコマンドー母艦への改造中です。
「アルビオン」は1973年に退役しすぐにスクラップ売却、代わりに改造を終えた「ハーミーズ」が加わってコマンドー母艦二隻体制を維持しています。

引き続いて1976年末時点でのイギリス海軍航空隊800番台実戦飛行隊の概要です。

戦闘飛行隊:1個:マクダネル・ファントムFG.1装備の892NAS
攻撃飛行隊:1個:ブラックバーン・バッカニアS.2装備の809NAS
早期警戒飛行隊:1個:フェアリー・ガネットAEW装備の849NAS

これら飛行隊はイギリス海軍唯一の艦隊空母「アークロイヤル」に展開しています。
上述のように、これら飛行隊は「アークロイヤル」の78年秋に終了するファイナルクルーズまで乗艦し続けます。
「アークロイヤル」退役後は、ファントムとバッカニアは空軍に移籍、ガネットは退役になりました。

対潜ヘリコプター飛行隊:推定6個
ウェストランド・シーキングHAS.1飛行隊 x 5個(814. 819. 820. 824. 826.の各飛行隊)
ウェストランド・ワスプHAS.1飛行隊 x 1個(829飛行隊)

1971年末時点で唯一のウェセックスHAS.3飛行隊だった820NASは72年末にシーキングHAS.1に機種改編して、これで対潜型ウェセックスはイギリス海軍の第一線から退きました。
829NASのワスプHAS.1は、戦後イギリス海軍フリゲートの傑作と呼ばれるリアンダー級を主な活躍の舞台として運用継続中です。

輸送ヘリコプター飛行隊:推定2個
ウェストランド・ウェセックスHU.5飛行隊 x 2個(845. 846.の各飛行隊)

これら航空隊の展開する空母は、艦隊空母「アークロイヤル」とコマンドー母艦「ハーミーズ」の二隻です。
「ハーミーズ」は76年にNATOの要請で対潜能力を付与されて、対潜コマンドー母艦になっています。
もう一隻のコマンドー母艦「ブルワーク」は1976年3月に予備艦になっていて、その後ペルー海軍に売却すべく交渉がもたれますが結局成立せず。
ペルーがこのようなコマンドー母艦(ヘリコプター強襲艦)を保有しても、国威発揚にはインパクトに欠けてそのくせ維持コストは多大。
ペルーにとっては美味しい話でなさそうなのに、何故このような交渉の席が設けられたのか色々と想像を逞しくしてしまいますな。
海外売却が不発に終わった「ブルワーク」は、かねてより建造中の全通甲板型巡洋艦「インヴィンシブル」の就役遅延を補うために79年2月にコマンドー母艦としてではなく対潜ヘリ母艦として再就役を果たします。
就役遅延の「インヴィンシブル」はNATOの一員としてソ連海軍の特に潜水艦への対処を重視する新たな国防方針に沿って建造を開始した艦ですが、建造途中で設計を変更し、当初の対潜ヘリコプターのみの航空機運用からV/STOL戦闘攻撃機シーハリアーとの混成運用艦とするための所要の追加改装(スキージャンブ甲板の設置など)が行われて、1980年7月に竣工しました。
この他にシーキング対潜ヘリコプターを搭載する大型艦として、巡洋艦「ブレイク」と「タイガー」が在籍しています。
1969年に大改装を終えて再就役した「ブレイク」に引き続き、同型艦の「タイガー」も1968年から72年まで大改装を受けて、対潜ヘリコプター巡洋艦として再就役しています。
大型対潜ヘリコプター4機を集中運用するこの巡洋艦の対潜任務に関する評価は高かったものの、乗組員数の多さ(二隻で約1,800名)は予算削減で兵員数の減ったイギリス海軍にとっては痛い問題で、費用対効果を考えれば前述の「イーグル」維持(代わりに巡洋艦二隻を予備艦もしくは破棄)という主張が出てくるのもやむを得ないところ。
結局、「タイガー」は再就役から6年後の78年に退役、「ブレイク」は再就役から10年後の79年に退役になっています。

2020年8月30日 (日)

1970年代後半のイギリス空軍(RAF)

今回は前回から引き続いて、1970年代後半のイギリス空軍(RAF)です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では1976年末時点におけるRAFの戦力概要についてです。

戦闘機飛行隊:推定10個:

マクダネル・ファントムFGR.2飛行隊 x 5個(No23. 29. 41. 56. 111.の各飛行隊)
マクダネル・ファントムFG.1飛行隊 x 1個(No43飛行隊)
BAC・ライトニングF.6飛行隊 x 2個(No5. 11.の各飛行隊)
BAC・ライトニングF.2A飛行隊 x 2個(No19. 92飛行隊)

1969年からRAFへの配備が開始されたファントムFGR.2は、配備当初はイギリス本国の航空支援コマンドとRAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)における戦術攻撃及び戦術偵察任務でしたけれど、それら部隊は1974年から配備を開始した英仏共同開発の戦術攻撃偵察機ジャガーに逐次機種改編や再編を行って、この時点ではファントムはRAFGからは一旦退いて五個飛行隊全てがイギリス本土にあり、イギリス本土防空任務にストライクコマンド指揮下のNo11グループ(かつてのファイター・コマンド)所属で四個、同じくNo38グループ(かつての航空支援コマンド)に一個(戦術攻撃任務)の配備状況になっています。
このうちNo38グループ所属のNo41飛行隊は77年春に解散の後すぐにジャガーGR.1飛行隊として再編されています。
またRAFG向けにはライトニングF.2A戦闘機の後継として77年前半にNo19とNo92飛行隊が制空迎撃戦闘機として再配備が行われています。
なおブリティッシュ・ファントムの作戦転換部隊No228OCUは、有事の際にはNo64飛行隊として実戦任務に就く「シャドー」スコードロンになっています。

海軍の余剰機であるファントムFG.1を空軍に移管して編成されたNo43飛行隊は、本土防空用としてNo11グループ所属で再配備されたファントムFGR.2と共に引き続き任務に当っています。
79年には空母「アークロイヤル」の退役によって余剰になったファントムFG.1が空軍に追加移管され、ファントムFGR.2を運用していたNo111飛行隊がFG.1に機種改編しています。

この年までにイギリス本土防空の主役の座をファントムFGR.2に譲り渡したライトニング戦闘機は、この時点でNo11グループ所属でイギリス本土防空任務に就くF.6装備の二個飛行隊、RAFGの制空迎撃任務用にF.2A二個飛行隊が配備されています。
RAFG指揮下の飛行隊は前述のように翌年前半に相次いでファントムFGR.2に機種改編していますが、イギリス本土防空任務の二個飛行隊はその後も永らく生き永らえて、冷戦末期の1988年まで配備が続行されていきます。

爆撃機/攻撃機飛行隊 x 推定20個:

アブロ・ヴァルカンB.2飛行隊 x 6個(No9. 35. 44. 50. 101. 617.の各飛行隊)
SEPECAT・ジャガーGR.1飛行隊 x 6個(No2. 6. 14. 17. 31. 54.の各飛行隊)
ブラックバーン・バッカニアS.2飛行隊 x 4個(No12. 15. 16. 208.の各飛行隊)
ホーカーシドレー・ハリアーGR.3飛行隊 x 4個(No1. 3. 4. 20.の各飛行隊)

アブロ・ヴァルカンB.2爆撃機はRAFストライクコマンド指揮下のNo1グループ(かつてのボマー・コマンド)の長距離戦術核攻撃戦力の中核として、イギリス国産のWE177B戦術核爆弾を主な運用兵器として配備中です。
1974年から実戦配備を開始した英仏共同開発の戦術攻撃偵察機のジャガーは、戦術攻撃及び偵察任務から防空任務に転換するファントムFGR.2の後継機としてこの時点でRAFGへ4個、No38グループに2個飛行隊が配備されていて、翌年にはRAFGに更に一個飛行隊が配備されます。
ジャガーは開発開始当初、RAFにおいては高等練習機として採用の意向だったのですが、その後のF-111Kと英仏共同開発のAFVG(可変翼戦術戦闘機)が揃ってキャンセルになったことで戦術攻撃機不足に直面した為、当初計画を大きく変更してフランス同様に戦術攻撃機としての採用をメインに据えた経緯があるそうです。
ブラックバーン・バッカニアS.2はRAFG指揮下の戦術核攻撃任務とイギリス本土近海の敵艦船に対する洋上阻止任務にそれぞれ二個飛行隊が配備されています。
ホーカーシドレー・ハリアーGR.3は近接航空支援用としてRAFGに3個、No38グループ1個飛行隊が配備されていますが、翌年春にはRAFG配備のNo20飛行隊が解散して実戦飛行隊は三個に減少しています。

偵察機飛行隊:推定2個

アブロ・ヴァルカンB.2(MMR)飛行隊 x 1個(No27飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.9飛行隊 x 1個(No39飛行隊)

ハンドレページ・ヴィクターB(SR).2に代わって1974年からRAF唯一の長距離偵察任務に就いているヴァルカンB.2(MMR)は引き続き任務続行中です。
実戦部隊唯一のキャンベラ飛行隊No39は高高度偵察任務を続行中です。

早期警戒飛行隊:1個:

アブロ・シャクルトンAEW飛行隊 x 1個(No8飛行隊)

海軍の空母減勢で余剰になったフェアリー・ガネットAEWのレーダーセットをシャクルトン海上哨戒機に移植改造して1972年に登場したシャクルトンAEWは、RAF唯一の空中早期警戒機としてイギリス本土防空任務に就いています。

海上哨戒機飛行隊 :推定5個:

BAE・ニムロッドMR.1飛行隊 x 5個(No42. 120. 201. 203. 206.の各飛行隊)

イギリスの海上哨戒及び対潜任務を担うジェット哨戒機のBAE・ニムロッドの部隊は77年末に地中海のマルタ島駐留のNo203飛行隊が解散して、ストライクコマンド指揮下のNo18グループ(かつてのコースタル・コマンド)所属の四個飛行隊体制に移行します。
なおニムロッド部隊は1979年秋からNo206飛行隊を皮切りにニムロッドMR.2への更新が行われます。

戦術輸送機飛行隊:推定5個:

ロッキード・ハーキュリーズC.1飛行隊 x 4個(No24. 30. 47. 70. の各飛行隊)

アームストロング・ホイットワース・アーゴシー輸送機は75年に第一線を退き、RAFの戦術輸送機はアメリカ製のハーキュリーズに一本化されました。
しかしNo36飛行隊は75年に、No48飛行隊はこの年に解散していて、スエズ以東からの軍事力撤退で戦術輸送機部隊の所要数が減少したことを表しています。

空中給油機飛行隊: 3個

ハンドレページ・ヴィクターK.1/K.2飛行隊 x 3個(No55. 57.214.の各飛行隊)

この当時はエンジン推力が不足気味のヴィクターK.1から、よりパワフルで空中給油機としての完成度を高めたヴィクターk.2(戦略爆撃機ヴィクターB.2からの改造機)への機種改編が行われていて、No214飛行隊は77年1月に解散し残りの二個飛行隊はヴィクターK.2部隊として任務に就くことになります。

2020年8月23日 (日)

1970年代前半のイギリス空軍(RAF)

今回は1970年代前半のイギリス空軍(RAF)です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では今回は1971年末時点におけるRAFの戦力概要についてです。

戦闘機飛行隊:推定19個:
マクダネル・ファントムFGR.2飛行隊 x 6個(No2. 6. 14. 17. 31. 54. の各飛行隊)
マクダネル・ファントムFG.1飛行隊 x 1個(No43飛行隊)
BAC・ライトニングF.6飛行隊 x 6個(No5. 11. 23. 56. 74. 92.の各飛行隊)
BAC・ライトニングF.3飛行隊 x 3個(No29. 111.の各飛行隊)
BAC・ライトニングF2A飛行隊 x 2個(No19. 92.の各飛行隊)
ホーカー・ハンターFGA.9飛行隊 x 1個(No8飛行隊)

RAF向けのブリティッシュ・ファントムFGR.2は1969年から実戦部隊への配備が開始されて、1971年末時点では5個飛行隊が実働しています。
イギリス本国にあって陸軍の作戦を支援する戦闘攻撃機と輸送機の混成部隊である航空支援コマンド指揮下にNo6. 54. の各飛行隊、RAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)にNo2. 14. 31. 17.の各飛行隊という配備状況です。
この後、72年春に航空支援コマンド指揮下のNo41飛行隊が再編されます。
なお、航空支援コマンドは72年7月にストライクコマンドに統合されて、その指揮下のNo38グループになっています。
ファントムFGR.2の任務はこのいずれにあっても戦術攻撃と戦術偵察で、搭載するせっかくのパルスドップラーレーダーFCSも本領発揮とはいかないのですけれど、ファントムは退役が急速に進むハンターやキャンベラの後継機として攻撃偵察任務に就かせるのを最優先にせざるを得なかったのです。
ファントムFGR.2の本領発揮となる制空及び防空任務への転換は、フランスとの共同開発機であるジャガー戦術攻撃偵察機の実戦配備が始まる1974年春からになります。

本来は海軍向けのファントムFG.1は、搭載予定の新型空母CVA-01計画が1966年に中止されたことで余剰機が発生し、空軍がそれを引き取って1969年に本機装備のNo43飛行隊を再編制して本国防空任務に就かせています。

イギリス最初にして最後の純国産マッハ2級戦闘機であるライトニングは、ストライクコマンド指揮下でイギリス本土防空任務に就くNo11グループ傘下のライトニングF.3及びF.6飛行隊8個と、RAFG指揮下で冷戦の最前線において迎撃任務につくライトニングF.2A装備の2個飛行隊です。
これらライトニング部隊で、限定的ながらコリジョンコースでの要撃が可能なレッドトップ空対空ミサイルの搭載能力を持たないのはRAFG指揮下のF.2Aですが、これは近い将来のファントム配備を見越しての措置だったのか、あるいはドイツという配備地域の特性から、侵入してくる敵機は戦術機の低空侵攻(つまり大抵は高亜音速)なので、超音速飛行する敵機の機体の空力過熱による赤外線に食いつくレッドトップミサイルの特性は必要ないと割り切っての事だったのか、個人的に大変興味のあるところです。

1960年代末まで中東と東南アジアに駐留する戦闘攻撃飛行隊に配備されていたホーカー・ハンターは1968年の「スエズ以東からのイギリスの軍事力撤退」決定によって次々と退役し、ハンター装備の最後の実戦部隊であるNo8飛行隊はこの時期は既に次の装備機であるアブロ・シャクルトンAEW早期警戒機への改編に入っていて、戦力としては最早機能していないと思われます。
No8飛行隊は翌年1月にシャクルトンAEWを装備するRAF初の早期警戒飛行隊として再出発しています。
第一線飛行隊からはこれで引退のハンターですが、その優れた操縦性と頑丈な機体構造からこの後の練習機や訓練支援機、バッカニア攻撃機の機種転換用とまだまだ現役を続けることになります。
作戦転換部隊のNo228OCUはその傘下にハンター装備の三個飛行隊を有していて、そのうち二個飛行隊は所謂「シャドー」スコードロンとして有事の際には現役復帰して実戦任務に就くこととされていました(No79. 234.の各シャドー飛行隊)。
このNo228OCUは1974年に戦術兵器訓練部隊のNo1TWUに改編されて、ハンターのシャドー飛行隊任務は1979年まで続く事になります。

攻撃・爆撃機飛行隊:推定14個:
アブロ・バルカンB.2飛行隊 x 7個(No9. 27. 35. 44. 50. 101. 617.の各飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック。キャンベラB(I)8飛行隊 x 2個(No3. 16.の各飛行隊)
ブラックバーン・バッカニアS2飛行隊 x 2個(No12. 15.の各飛行隊)
ホーカーシドレー・ハリアーGR.1飛行隊 x 3個(No1. 4. 20.の各飛行隊)

RAFの戦略核任務は1970年12月31日をもって正式に終了し、イギリス最後の戦略爆撃機であったアブロ・ヴァルカンB.2は1968年にキャンセルされたF-111K戦術戦闘機の代替の一部となる長距離超低空侵攻戦術核攻撃任務に就いています。

1951年以来、RAFの戦術攻撃能力を担ってきたキャンベラ爆撃機は、この時点で実戦部隊は僅か二個飛行隊です。
いずれもRAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)所属ですが、No3飛行隊は翌年1月にハリアーGR.1に機種改編、爆撃機型キャンベラ最後の実戦部隊であるNo16飛行隊は72年秋にバッカニア攻撃機に機種改編を実施、これでRAFの第一線から爆撃機型キャンベラは姿を消しました。

前述のヴァルカンB.2と共に、キャンセルされたF-111Kの代替としてRAFG指揮下の超低空侵入戦術核攻撃任務とイギリス近海の洋上阻止任務に就くバッカニアS.2攻撃機はRAFGにNo15飛行隊が、イギリス本土にNo12飛行隊がそれぞれ配備されています。
74年秋までには、RAFGとイギリス本土に各二個飛行隊が配備されて、戦術核攻撃と洋上阻止任務にそれぞれ当る体制が確立しています。

世界初の実用V/STOL攻撃機であるホーカーシドレー・ハリアーGR.1はNo4とNo20飛行隊がRAFGに配備、No1飛行隊は上述の航空支援コマンドの指揮下にあります。
RAFのハリアー部隊はキャンベラ爆撃機から1972年1月に機種改編するNo3飛行隊をもって、計4個の体制を確立。
これら飛行隊は72年秋から翌年末にかけて機首にレーザー測距追尾システムを搭載して対地攻撃精度を向上させたハリアーGR.3に機種改編しています。

偵察機飛行隊 x 推定2個:
ハンドレページ・ヴィクターB(SR)2飛行隊 x 1個(No543飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.7/9飛行隊 x 1個(No39飛行隊)

長距離偵察機のヴィクターB(SR)2を装備する唯一の飛行隊No543は1974年5月に解散。
ヴィクターB(SR)2の後継機はヴァルカンB.2(MMR)で、本機を装備するNo27飛行隊は71年末時点ではヴァルカンB.2装備の爆撃飛行隊ですが翌年春に一旦解散、73年秋に長距離レーダー偵察型のヴァルカンB.2(MMR)飛行隊として再編されています。
なお偵察機のカテゴリには入れていませんが、1970年末に退役したハンターFR.10戦闘偵察機の後継として、上述のファントムFGR.2部隊のうちRAFG指揮下のNo2とNo31飛行隊が戦術偵察を第一の任務とした部隊として活動しています。

戦術爆撃任務からは1972年秋をもって退いたキャンベラですが、高高度偵察用としては一個飛行隊のみに数を減らしながらも依然として現役です。

海上哨戒機飛行隊 x 推定6個:
BAE・ニムロッドMR.1飛行隊 x 5個(No42. 120. 201. 203. 206.の各飛行隊)
アブロ・シャクルトンMR.2飛行隊 x 1個(No204飛行隊)

イギリス初のジェット海上哨戒機のBAE・ニムロッドはアブロ・シャクルトンに代わってRAFストライクコマンド指揮下のNo18グループ(かつてのコースタル・コマンドの後身)の主力機の座に就いています。
完全与圧のジェット哨戒機は乗員たちにとってさぞや快適であったことでしょう。
最後の海上哨戒型シャクルトン部隊のNo204飛行隊は72年秋に解散。
これで第二次大戦後半に勇名(悪名)を馳せたアブロ・ランカスター爆撃機直系の子孫は、72年1月に部隊発足のシャクルトンAEW早期警戒機のみとなりました。

戦術輸送機飛行隊 x 推定7個:
ロッキード・ハーキュリーズC.1飛行隊 x  6個(No24. 30. 36. 47. 48. 70. の各飛行隊)
アームストロング・ホイットワース・アーゴシー飛行隊 x 1個(No70各飛行隊)

1965年に計画中止されたSTOL戦術輸送機HS681の代替として採用されたアメリカ製のロッキード・ハーキュリーズC.1はRAF戦術輸送の主力としてその地位を確固たるものにしています。
アームストロング・ホイットワース・アーゴシーは戦術輸送任務としてはキプロスに配備されているNo70飛行隊を残すのみとなっていて、この部隊は75年に解散しています。

空中給油飛行隊 x 推定3個:
ハンドレページ・ヴィクターK.1飛行隊 x 3個(No55. 57. 214.の各飛行隊)

ヴィクターK.1空中給油機はエンジン推力が不足気味でRAFの要求を完全に満たす機体ではなかったようですけれど、この時期には戦略爆撃任務を1968年に退いたヴィクターB.2の空中給油機への改造計画がスタートしています。

またRAF所属のエリアディフェンス用地対空ミサイルについては、1971年末時点で実戦配備されているブラッドハウンドMkⅡ運用部隊はNo25(おそらくRAFG)、No112(キプロス)の二個飛行隊のみになっています。
1966年末時点ではNo25、41(いずれもイギリス本土、ボマーコマンドの基地防御用)とNo33(マラヤ)、No65(シンガポール)、No112(キプロス)の五個飛行隊で、RAFの戦略核任務終了に伴ってNo25はRAFGに移転、No41は解散しています。
No33はイギリスのスエズ以東からの軍事力撤退に基づいて69年初頭に解散、No65は1970年に独立して誕生したシンガポール空軍に提供、No112は75年7月に解散しています。

2020年8月 9日 (日)

1960年代後半のイギリス海軍航空隊(FAA)

今回は前回「1960年代前半のイギリス海軍航空隊(FAA)」に引き続いて、1960年代後半のイギリス海軍航空隊(FAA)とその活躍の舞台であるイギリス海軍の空母の状況についての概要です。
これまでと同様に、ウィキペディア英語版と英語サイト「ウィングス-アビエーション」、雑誌「世界の傑作機」を情報ソースとして纏めてみました。

では最初に1966年末時点におけるFAAの800番台の第一線飛行隊の概要です。

戦闘飛行隊:4個:
デ・ハヴィラント・シーヴィクセンFAW.2飛行隊 x 3個(892. 893. 899.の各飛行隊)
デ・ハヴィラント・シーヴィクセンFAW.1飛行隊 x 1個(890飛行隊)

シーヴィクセンFAW.2は迎撃レーダーを改良して、限定的ながらコリジョンコースでの要撃が可能な赤外線誘導型空対空ミサイル・レッドトップの運用を可能としたタイプです。
シーヴィクセンFAW.2装備飛行隊のうち、899NASは通常は空母に展開しない司令部飛行隊なので、FAW.2装備の母艦飛行隊は二個になります。
FAW.1装備飛行隊と合わせても母艦戦闘機飛行隊はたったの3個。
斜陽著しいイギリス海軍空母の現実が如実に現れているのです。
なにしろこの時点では現役空母は三隻で、他に1隻が長期改装中。
戦闘機飛行隊は各母艦に一個の配置なので、三個あれば稼動艦の飛行隊需要を完全に満たしてしまうのが寂しいところなのです。
なお、スーパーマリン・シミター戦闘攻撃機は1966年10月に最後の実戦飛行隊803NASが解散したことで、第一線から退いています。

遷音速全天候戦闘機シーヴィクセンの後継戦闘機としては、前回述べたように1964年7月にアメリカ製F-4ファントムの採用が政府承認されて、エンジンを後述のバッカニアS.2に搭載したイギリス国産のターボファンエンジン「スペイ」のリヒート(アフターバーナー)追加タイプに換装するなどの改良を加えたファントムFG.1として発注されていますが、後述の新型空母「CVA-01」計画の中止と空母「イーグル」のファントム適合改装の取りやめでこの機の運命は大きく変わっていってしまうのです。

攻撃飛行隊:3個:
ブラックバーン・バッカニアS.2飛行隊 x 3個(800. 801. 809.の各飛行隊)
ターボジェットエンジン搭載の暫定型といえるバッカニアS.1から、ターボファンエンジンを搭載してこの機体の持つ超低空侵攻のポテンシャルを充分に引き出せるようになったバッカニアS.2は、バッカニアS.1装備の801NASが1965年秋に本機へ機種改編したことで実戦配備が始まりました。
この年の末までに攻撃飛行隊はバッカニアS.1からS.2への更新を完了しています。

早期警戒飛行隊:1個(849NAS、フェアリー・ガネットAEW装備)
アメリカから供与されたスカイレイダーAEWのレーダーを移植して誕生したターボプロップ機のガネットAEWは、各空母に4機からなる分遣隊を派遣して空母部隊の早期警戒任務に当たっています。

対潜ヘリコプター飛行隊:推定4個:
ウェストランド・ウェセックスHAS.3飛行隊 x 1個(814飛行隊)
ウェストランド・ワスプHAS.1飛行隊 x 1個(829飛行隊)
ウェストランド・ホワールウィンドHAS.7飛行隊 x 2個(824. 825. の各飛行隊)

ターボシャフトエンジン搭載のウェストランド・ウェセックスは対潜用としては短期間の運用に終わったHAS.1を改造したHAS.3が登場。
空母とイギリス海軍初のミサイル駆逐艦「カウンティ」級に配備されています。
1950年代後半に登場したウェストランド・ホワールウィンドはこの時点でも未だ対潜ヘリコプターの主力を形成しています。
ホワールウィンドHAS.7のうち12機がターボシャフトエンジンに換装されてHAS.9になっていますけれど、部隊単位で配備されているかについては確認できませんでした。
829NASに配備されているワスプHAS.1は対潜魚雷投射用の小型ヘリコプターで、この頃増勢しつつあったヘリコプター搭載フリゲートに配備されています。

輸送ヘリコプター飛行隊:推定2個:
ウェストランド・ウェセックスHU.5飛行隊 x 2個(845. 848.の各飛行隊)
イギリス海兵隊(コマンドー)輸送用のヘリコプター飛行隊は、ウェセックスの汎用型HU.5装備の二個飛行隊体制になっています。
1962年から63年にかけては、これらの飛行隊とは別にホワールウィンド装備の二個飛行隊が再編されていたのですが、64年には解散してしまっています。

次にこれら飛行隊が展開する空母の1966年末時点の状況について。
イギリス海軍待望の新型大型空母「CVA-01」計画は、ファントムなどの新型艦載機の運用が困難な中型空母「ヴィクトリアス」と「ハーミーズ」を置き換える為に当面二隻の建造が求められていて、1963年夏に「ヴィクトリアス」の後継として一番艦の建造が承認されます。
この空母の満載排水量は63,000トンで、既存の大型空母「イーグル」「アークロイヤル」よりも一万トンほど大きく、固定翼艦載機の数は大改装後の「アークロイヤル」よりも8機多い40機になります。
しかし1964年秋の総選挙で労働党政権が誕生すると、政府や財務省からは防衛支出削減の観点から、空軍からは当時開発中の新型攻撃機TSR2の予算確保の観点から計画中止の圧力を受けることとなり、翌年のTSR2計画中止と代替のアメリカ製F-111戦術戦闘機導入決定、そしてスエズ以東からの軍事力削減という政府方針を謳った「1966国防白書」によって計画は全面中止されてしまいました。
空軍はF-111飛行隊によって従来は海軍の空母が担っていた遠隔地における航空戦力投射を代替できるという主張が通った形になったのですけれど、そのF-111導入計画も1967年の英ポンド切り下げに伴う導入コストの四割増に耐えかねた政府によって葬り去られてしまったのです。
本来であればこれで少なくとも既存の空母の運用継続が認められるところなのですけれど、イギリス政府は1968年にスエズ以東の軍事力全面撤退を決定。
スエズ以東の遠隔地における航空戦力の投射を主たる任務としていたイギリス海軍の艦隊型空母はこの決定で存在意義を失ってしまい、「イーグル」は「アークロイヤル」に続いて予定されていたファントムFG.1運用の為の改装計画が1970年に中止確定となり、「ハーミーズ」は1966年から足掛け5年に及ぶ大改装を終えて1970年中盤に復帰した「アークロイヤル」に席を譲って艦隊型空母としての使命を終えて、コマンドー母艦へ改造されることになりました。

現役艦(稼動中):3隻
「イーグル」「ハーミーズ」「ヴィクトリアス」

このうち「ヴィクトリアス」は最後の海外展開を控えた1967年11月に火災事故に見舞われて、損害自体は修理の許容範囲であったものの、退役目前の空母の修理に予算を割く余裕はないとされて翌年春に退役させられてしまいます。

長期改装中:1隻:
「アークロイヤル」

「アークロイヤル」はファントムFG.1戦闘機の運用適合化と装備の近代化、オーバーホールの大改装を1966年秋から実施中で、艦隊復帰は1970年になります。

コマンドー母艦:2隻:
「アルビオン」「ブルワーク」

1965年に退役した「セントー」のコマンドー母艦への改造はコストの問題で却下されています。

この他にウェセックス対潜ヘリコプターを搭載する大型艦として、軽巡洋艦「ブレイク」が1965年から69年にかけて対潜ヘリコプター巡洋艦として大改装を実施して再就役しています。
ウェセックスヘリコプターを4機搭載し、充実した対潜指揮能力を備えた艦ですがその改造コストは当初見積もりの二倍を優に越えて、再就役後はその対潜能力を高く評価される一方で多数の乗組員(定員900名弱)を必要とする点が大きな問題になっていくのです。

2020年8月 2日 (日)

1960年代前半のイギリス海軍航空隊(FAA)

前回までの「1960年代のイギリス空軍(RAF)」に関連して、今回は1960年代前半のイギリス海軍航空隊(FAA)とその活躍の舞台であるイギリス海軍の空母の状況についての概要です。
これまでと同様に、ウィキペディア英語版と英語サイト「ウィングス-アビエーション」、雑誌「世界の傑作機」を情報ソースとして纏めてみました。

では最初に1961年末時点におけるFAAの800番台の第一線飛行隊の概要です。

戦闘飛行隊:7個:
デ・ハヴィラント・シーヴィクセンFAW.1飛行隊 x 4個(890. 892. 893. 899.の各飛行隊)
スーパーマリン・シミターF.1飛行隊 x 3個(800. 803. 807.の各飛行隊)

899NASは空母への展開を通常は行わない司令部飛行隊なので、実際に空母に展開するシーヴィクセン飛行隊は他の三個になります。
シーヴィクセンは1950年代末から実戦配備を開始した遷音速全天候迎撃戦闘機で、1960年末に第一線から退いたデ・ハヴィラント・シーヴェノムの任務を引き継ぐ他に、副次的任務として対地/対艦攻撃や戦術偵察任務も受け持ちます。
搭載する迎撃レーダーのAI.Mk18は高度6000m以上を飛行するキャンベラ爆撃機を28マイル(約52km)で探知できたそうですが、シーヴィクセンの先代の艦上迎撃戦闘機シーヴェノムのMk.21レーダーは海面上における最大探知距離が約40kmだったので、地上マッピング機能の実装化などレーダーの機能面での改善はあったにせよ、シーヴィクセンの目標探知能力はシーヴェノムと比べても驚くほどの向上は無かったのでは?と素人としては考えてしまうところです。
シーヴィクセンFAW.1の主力兵器は敵機の後方からのみロックオン可能な赤外線誘導のファイアストリークミサイルで、迎撃において重要なコリジョンコースの要撃には空対空ロケット弾しか攻撃手段がありません。
同時期に実用化されたアメリカ海軍のマクダネルF3Hデモン全天候戦闘機はコリジョンコースでの迎撃用に最初はビームライダー誘導方式のスパローⅠ、後にはF-4ファントムの主力兵器としても有名なセミアクティブレーダー誘導方式のスパローⅢを運用していましたから、この面でもシーヴィクセンの技術的遅れは目立ってしまうのです。
シーヴィクセンの後継機としては超音速機でかつV/STOL機でもあるという、今日見ても非常に野心的な戦闘機・P1154が空軍と海軍用に当時開発に入っていました。
海軍向けは複座で迎撃レーダーを装備するものでしたが、搭載力に限度のあるV/STOL機ではFAAの望む高性能のレーダーFCSや航続性能は実現困難です。
結局イギリス海軍は1963年にP1154を採用しないことを決定し、代替として当時のアメリカ海軍/海兵隊の最新鋭機であるマクダネルF-4ファントムの採用が1964年7月に政府承認を受けて、米海軍向け最新バージョンであるF-4Jの準同型機であるファントムFG.1として発注されることになるのです。

スーパーマリン・シミターはシーヴィクセンよりやや先行の1958年から実戦配備を開始したイギリス海軍の戦闘機としては最初の遷音速機です。
その任務は1960年末に第一線を退いたホーカー・シーホークのそれを引き継ぐ対地/対艦攻撃と昼間空対空戦闘で、1962年から配備が始まったイギリス最初の戦術核爆弾「レッドベアード」(核出力最大25キロトン)の運用能力も追加されていました。
ウィキペディアを見ると、シミターの空対空兵装としてアメリカ製の赤外線誘導式空対空ミサイル・サイドワインダーが挙げられていますけれど、シミターがいつ頃からサイドワインダーの運用を開始したのか、この辺が今後出る(のかな?)「世界の傑作機」でぜひ解明してほしいところです。
1961年時点でイギリス空軍の戦闘機はサイドワインダーを使っておらず、導入されるのは1960年代末のファントムFGR.2の配備開始に伴ってですし、海軍にしても1970年代初めに母艦運用を開始したファントムFG.1においてでした。
従ってシミターこそは、サイドワインダーミサイルを最初に運用したイギリス戦闘機ということになるので、その配備時期は私のようなイギリスマニアにとって大変に重要な話なのですよ。

この時期のイギリス海軍航空隊には純然たる攻撃機は存在せず、シミターが攻撃機的運用を行い、シーヴィクセンがそれを補完している状態でした。
もっともこのような体制は戦後のイギリス海軍航空隊の常態に近い形で、シーヴィクセンとシミター以前の戦闘機コンビ、シーヴェノムとシーホークが攻撃機的運用を行っていたのでした。
ファイアブランド、ワイバーンと戦後の雷撃機や攻撃機がいずれも実用性や性能に難があったのが要因のひとつと言えますが、イギリス海軍の空母飛行隊に斜陽の時代が訪れつつあるこの時期に、ようやくFAAのお眼鏡に叶う高性能の攻撃機が完成をみるのです。
それがブラックバーン・バッカニア。
最初から超低空侵攻を主戦術として設計開発されたおそらく世界初の攻撃機で、当初の開発目的は増大するソ連水上艦隊に対して核攻撃を敢行することでした。
バッカニアを装備する最初の実戦飛行隊、801NASは1962年7月に再編されて、1963年8月には空母「ヴィクトリアス」に展開して最初の海外展開を実施しています。
1964年3月にはバッカニアの二つ目の実戦飛行隊800NASが再編されて、この年の年末に大改装を終えて現役に復帰した空母「イーグル」に乗艦して海外展開を行っています。
ただこの二つの実戦飛行隊に配備されたバッカニアは最初の量産型のS.1で、ターボジェットエンジン搭載型です。
低空における燃費のよくないターボジェットエンジン搭載で低空侵攻任務を行うのでは、せっかくのバッカニアの機体設計の価値を半減させてしまいますし、エンジン自体も当時から気温の高い地域での推力低下が欠点として指摘されていたのです。
バッカニアの機体のポテンシャルを真に発揮させるには、また小柄なイギリス海軍の空母での運用をより確かなものにするためには静止推力が高く低空侵攻時の燃費にも優れたターボファンエンジンへの換装が必要で、それは実際に実行されていくのです。

早期警戒飛行隊 x 1個:フェアリー・ガネット早期警戒飛行隊(849飛行隊)
艦上対潜哨戒機として、1956年末時点では五個飛行隊に配備されていたターボプロップ機のガネットですが、1960年までにイギリス海軍初の対潜ヘリコプターのウェストランド・ホワールウィンドにその任を譲り、1961年に退役したアメリカからの供与品のスカイレイダーAEW機の後任として早期警戒機に改造されて新たな任務に就いています。
とはいえ、早期警戒機にとって肝心要のレーダーはスカイレイダーからの移植で済ませていて、なんとも安直な施策だなぁと思ってしまうのです。
この時点ではイギリス海軍の空母運用はずっと続けるつもりだったのでしょうし、それなら1970年代を見据えた新たなレーダー開発という選択肢は無かったものかと。
まぁやはり、財政的にそれは厳しかったのかもしれませんが。

対潜ヘリコプター飛行隊 x 5個:
ウェストランド・ウェセックスHAS.1飛行隊 x 2個(815. 819の各飛行隊)
ウェストランド・ホワールウィンドHAS.7飛行隊 x 3個(814. 824. 825. の各飛行隊)

フェアリー・ガネットに代わって、1958年から配備されたイギリス海軍初の対潜ヘリコプターがウェストランド・ホワールウィンド。
と言いましてもイギリス国産機ではなく、アメリカ製シコルスキーS-55のライセンス生産機です。
エンジンは未だレシプロエンジンで、単独での対潜捜索攻撃能力は無いという過渡期の産物です。
センサー搭載のハンターと魚雷や爆雷を搭載するキラーのコンビで任務に当たっていました。
二機一組でないと任務達成が不可能で、エンジンはガソリンを燃料とするピストンエンジンとあっては、この時点での母艦における対潜任務を全面的に担わせるのは少々酷なのでは?と思うところです。
1960年代初めのアメリカ海軍の対潜空母は、固定翼機のグラマンS2Fトラッカーを主力対潜機として、対潜ヘリコプターはそれを補完する二義的存在でした。
イギリス海軍も本来はガネットとホワールウィンドの二本立てで行きたいところなのでしょうけれど、肝心な母艦の大きさがアメリカ海軍とでは違いすぎますし攻撃空母と対潜空母の双方を保有する余裕もありません。
それにそもそも当時のイギリス空母の主要な任務は対ソ連ではなく、中東や東南アジアのイギリスの植民地や独立した旧植民地、保護国に対する軍事的プレゼンスにあったので、空母機の対潜任務については敵性発展途上国の保有する、もしくは近い将来に保有するであろう第二次大戦型の潜水艦を叩ければそれでよしと割り切っていたのかもしれません。

ウェストランド・ウェセックスはこれもアメリカ製シコルスキーS-58のライセンス生産機で、この年から部隊配備が始まった最新鋭ヘリコプターです。
レシプロエンジン搭載のオリジナル版S-58とは違っていち早くターボシャフトエンジンを採用しているのがウェセックスの一大特徴ですが、当機もまだ単独で捜索攻撃を実施できるレベルには至っておらず、ハンターとキラーの二機一組での運用になります。
ウェセックスHAS.1は部隊配備はされたものの、この時点では対潜用としては問題があったようでその任務は短期間のうちに対潜から捜索救難に変更されています。
また、対潜ヘリコプター飛行隊は1964年3月に829NASがウェストランド・ワスプHAS.1装備で再編されています。
ワスプはセンサーを持たず、対潜魚雷投射専用の小型ヘリコプターで、空母ではなく主にフリゲートへ展開しています。

輸送ヘリコプター飛行隊 x 推定1個:
ウェストランド・ホワールウィンドHAS.7飛行隊 x 1個(849飛行隊)

コマンドー母艦に展開してイギリス海兵隊(コマンドー)の輸送任務に就く輸送ヘリコプター飛行隊は、1961年末時点ではまだ849NASのみのようです。

これら航空隊の活躍の舞台となるイギリス海軍航空母艦の1961年末時点の状況は下記の通りです。

現役艦(稼動艦):3隻
「アークロイヤル」「セントー」「ヴィクトリアス」

「アークロイヤル」は同型艦の「イーグル」と共に、当時のイギリス海軍最大の空母ですが、起工から完成までに長期間を要したためにその間に船体各部の劣化を生じていて色々とトラブルの多い母艦だったそうです。
「ヴィクトリアス」は第二次大戦中のイギリス海軍主力艦隊空母イラストリアスグループの最後の生き残りで、1958年に足掛け9年に及ぶ大改装を終えて現役復帰してからこの時点で三年が経過しています。
「セントー」は1950年代中盤に三隻が完成したセントー級艦隊軽空母のネームシップで、同型三隻中この艦のみがカタパルトの油圧型から蒸気型への換装、アレスティングワイヤの更新などの改装を受けて、艦隊任務用空母として現役に留まっていました。
この改造なくしては遷音速機のシーヴィクセン全天候迎撃戦闘機やシミター戦闘攻撃機の運用は不可能で、改造を実施しなかった他の二隻、「アルビオン」と「ブルワーク」は艦隊空母としての運用を諦めてコマンドー母艦に改造されています。
しかし「セントー」はシミター戦闘攻撃機の後継として配備されたブラックバーン・バッカニアS.1攻撃機の運用は不可とされた為、退役時の搭載固定翼機はシーヴィクセン12機とガネットAEW4機という戦力的価値に乏しい存在になってしまいます。
結局、「セントー」は1965年9月に退役、コマンドー母艦への改造も検討されましたがコストの問題で見送られて1972年にスクラップとして売却されました。

現役艦(長期改装及びドック入り):2隻
「イーグル」「ハーミーズ」

「イーグル」は「アークロイヤル」の同型艦で、この時期は長期改装中で現役復帰は1964年になります。
1959年に就役した中型空母のハーミーズはこの時期は地中海展開から帰投したばかりで、次の海外展開に備えて修理と休養に入っています。

現役艦(コマンドー母艦):1隻
「ブルワーク」

コマンドー母艦としては「ブルワーク」の同型艦「アルビオン」が艦隊軽空母から転換改装中で、翌年に改装を終了して現役復帰しています。

これら空母のうち、早期退役の「セントー」は別にしても中型の「ヴィクトリアス」と「ハーミーズ」ですら、その船体規模や発展余裕の少なさから、近い将来の新型艦載機の運用には問題があることがこの当時から認識されていました。
「ヴィクトリアス」と「ハーミーズ」は「セントー」とは異なって新型攻撃機のバッカニアの運用が可能でしたけれど、それ以上のレベルの機体、つまりF-4ファントムのようなヘビー級の超音速戦闘機運用はかなりの無理があったのです。
実際、後に「ハーミーズ」でのファントム運用が検討された際には、発艦時に「イーグル」や「アークロイヤル」での運用よりも燃料を半分に減らす必要があったそうです。
その為、さしあたりこの2隻の代替として大型の新型空母建造が求められることになり、「CVA-01」計画として具体化していくことになります。

2020年7月26日 (日)

1960年代後半のイギリス空軍(RAF)その2(1960年代のRAF特記事項)

前回に引き続き、1960年代後半のイギリス空軍(RAF)その2は、1967-70年のRAFに関する特記事項です。

1967年
この年の4月までに、1965年に開発中止した戦術攻撃偵察機TSR2の代替となるアメリカ製のジェネラルダイナミクス・F-111戦術戦闘機計50機が発注されています。
イギリス仕様のF-111Kは実戦飛行隊4個と作戦転換飛行隊1個に配備される予定で、旧式化したキャンベラ爆撃機の後継として長距離低空侵攻任務を一手に担う、RAFの主柱となるはずの存在でした。
また「1966国防白書」によって海軍の新型空母「CVA-01」計画が中止されたことから、F-111Kはその代替の海外戦力投射の手段として運用する事も意図されていたのです。
またこの年には、TSR2と同様に開発中止になった戦術輸送機HS681の代替となるアメリカ製のロッキードC-130ハーキュリーズのイギリス仕様のハーキュリーズC.1がNo38飛行隊を皮切りに実戦配備を開始しています。
その一方で、1956年から部隊配備されていたレシプロ輸送機のブラックバーン・ビバリーが第一線から退いています。
輸送機関連では、RAFの輸送機を指揮下に置く輸送コマンドが、ファイターコマンドの指揮下にあった航空支援部隊のNo38グループと統合されて8月1日付けで航空支援コマンドに改編されています。
輸送コマンドは輸送機のみの軍団でしたが、戦闘機や攻撃機の飛行隊を指揮下に置いたNo38グループと統合されたことでより自立的な陸軍作戦支援が可能になっています。
航空支援コマンドはファントムFGR.2やハリアーGR.1の飛行隊が早期に配備されていて、機動作戦集団として相当に力が入れられた軍団と思われますけれど、1972年にはストライクコマンドの指揮下に入ることになります。


1968年
この年の4月30日に、永らくRAFの二大主力であった戦闘機軍団(ファイター・コマンド)と爆撃機軍団(ボマー・コマンド)が統合されて、新組織のストライクコマンドが発足しました。
ファイター、ボマーの両者共にその勢力は戦後の最盛期(1950年代半ば)に比べて大きく減じていて、戦闘機と爆撃機の飛行隊合計は1956年末の推定97個から1966年末時点では36個にまで落ち込んでいます。
加えて1970年代初頭には、1968年10月に一番艦「レゾリューション」が竣工した海軍のポラリスSLBM搭載原潜四隻による戦略パトロール体制が整う代わりにRAFの戦略核任務が終了するのも決定していたので、戦略爆撃を担うボマー・コマンドの存在意義はその時点で無くなると言ってよいでしょう。
このような状況では、ファイターとボマーの両軍団を統合して指揮系統を一元化するのも致し方ないところです。
ファイター・コマンドはストライクコマンド指揮下のNo11グルーブとして、ボマー・コマンドは同じくNo1グループとして再出発です。
そしてその新生ストライクコマンドの主力となるはずであった前述のF-111Kは、1967年の英ポンド切り下げに伴う価格高騰(1965年の導入決定時の見積もりから1967年時点で約40パーセント増)で配備計画はキャンセルされてしまいます。
TSR2計画中止の後に、フランスとの共同開発に着手した可変翼の戦術戦闘機「AFVG」はF-111Kとのコンビで超低空戦術攻撃を意図したものでしたけれど、こちらは共同開発の相手であるフランスのダッソー社がコスト高を理由に67年夏にこの計画から撤退してしまってイギリスも開発を断念。
F-111KとAFVGの代替として、戦略核任務から退くヴァルカンB.2爆撃機を長距離低空侵攻用、海軍のバッカニア攻撃機を採用して中距離低空侵攻用とすることで最終決着をみています。
この時期のイギリス空軍と海軍は、おカネ絡みの配備キャンセルや開発中止が多くてイギリスの国力低下を思い知らされるのです。
またこの年は1957年から配備されていた全天候迎撃戦闘機のグロスター・ジャベリン、アブロ・ヴァルカンB.2と並んでブルースティール核ミサイルを運用しボマー・コマンドの二本柱を形成していたハンドレページ・ヴィクターB.2、1948年から配備を続けてきた古参のレシプロ大型輸送機ハンドレページ・ヘイスティングスが揃って第一線を退いています。
ただし実戦配備開始が1962年とまだまだ機齢の若いヴィクターB.2は、エンジンの推力が不足気味でRAFの運用条件に必ずしも適合していなかったヴィクターB.1改めK.1シリーズに代わって、より能力の高い空中給油機ヴィクターK.2に生まれ変わって1993年まで任務を続けることになったのです。

1969年
この年の11月には海上哨戒や対潜任務を担当する沿岸軍団(コースタル・コマンド)がストライクコマンドに吸収され、その指揮下のNo18グルーブになっています。
この種の任務部隊は日米ならば当然海軍(海上自衛隊)の担当となるのですが、イギリスは海軍に譲るのではなくあくまで空軍の領分であることを維持し続けます。
この辺は空軍の海軍に対するメンツがあったのでしょうか?
この年は前年の旧世代機の退役ラッシュとは対照的に、新世代機の配備開始が続きます。
2月にはファントムFGR.2の運用転換部隊であるNo228OCUが編制。
7月には航空支援コマンド指揮下でハンターFGA.9を運用していたNo1飛行隊がRAF最初のハリアー実戦飛行隊に改編。
9月には海軍の空母イーグルへの配備がキャンセルされて宙に浮いたファントムFG.1を空軍が引き取ってNo43飛行隊を編制。
ファントムFG.1装備のNo43飛行隊はイギリス本土防空任務に就き、それまでの迎撃任務の主力のライトニング戦闘機に欠けていた本格的な全天候迎撃能力と最大で空対空ミサイル八発を搭載する重火力、高い航続性能で本国防空に新時代をもたらしたのです。
10月にはキャンセルされたF-111Kの代替の一部となる空軍向けバッカニアS2B攻撃機のNo12飛行隊への配備を開始。
No12飛行隊の任務はイギリス本土近海における洋上阻止任務で、当時増強著しいソ連海軍の水上部隊に対する高レベルの超低空攻撃能力による抑止を担うことになります。
核兵器関連ではWE.177ブースト型核爆弾の第二弾としてWE.177Aがこの年から配備を開始しています。
WE.177Aは準戦略核爆弾と呼んでもよさそうな450キロトンの核出力を持つB型とは対照的に、10キロトンの低出力で重量は約270kgと軽量の文字通りの戦術核爆弾です。

1970年
この年はRAFにとって一つの時代が幕を閉じた象徴的なものでした。
この年の大晦日をもって、ブルースティール核ミサイルを運用して戦略核任務についていたヴァルカンB.2爆撃機は、海軍のポラリスSLBM搭載戦略原潜レゾリューション級4隻にその任務を全て譲って退きました。
ヴァルカンB.2はキャンセルされたF-111Kの代替として、RAFストライクコマンドの長距離戦術核攻撃任務に就きその後十年余りを過ごすことになりますが、ブルースティールミサイルはこれにて一巻の終わりとなりました。
そのヴァルカンやキャンベラ爆撃機用に配備されていたイギリス国産の戦術核爆弾(原子爆弾)「レッドベアード」(核出力最大25キロトン)の後継として、この年から新型の戦術核爆弾WE.177C(核出力200キロトン)がRAFG(西ドイツ駐留イギリス空軍)向けに配備を開始しています。
戦術核兵器としては200キロトンは威力過剰なのではと素人は思うところなのですけれど、RAFG用であるということはその威力が必要な東側の目標が存在していたということなのでしょうか?
一方、RAFの主力海上哨戒機として1951年から配備を続けていたアブロ・シャクルトンは、この年に三個飛行隊(No120. 206. 210.の各飛行隊)がジェット海上哨戒機のBAEニムロッドMR.1に機種改編を行っています。
海上哨戒機としてのシャクルトンは1972年春に最後の飛行隊No204が解散したことで第一線から退いています。

2020年7月19日 (日)

1960年代後半のイギリス空軍(RAF)その1(1966年末時点におけるイギリス空軍戦力概要)

前回までに引き続き、1960年代後半のイギリス空軍(RAF)その1です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では今回は1966年末時点におけるRAFの戦力概要についてです。

戦闘飛行隊:推定16個:
BAC ライトニング F.6飛行隊 x 2個(No5. 74. の各飛行隊)
BAC ライトニング F.3飛行隊 x 3個(No23. 56. 111.の各飛行隊)
BAC ライトニング F.2飛行隊 x 2個(No19. 92の各飛行隊)
BAC ライトニング F.1A飛行隊 x 1個(No145.飛行隊)
グロスター・ジャベリンFAW.9飛行隊 x 3個(No29. 60. 64.の各飛行隊)
ホーカー・ハンターFGA.9飛行隊 x 5個(No1. 8. 20. 43. 54.の各飛行隊)

イギリス最初にして最後の純国産超音速戦闘機のライトニングは、イギリス本土の防衛任務に就くファイター・コマンドとNATO共同防衛任務の第二戦術空軍の中核を成すRAFG(西ドイツ駐留イギリス空軍)の主力戦闘機として各型合計8個飛行隊が任務に就いています。
このうち、限定的ながらコリジョンコースでの迎撃能力を持つレッドトップ空対空ミサイルを運用可能な飛行隊はライトニングF.3とF.6を装備する部隊で、ファイター・コマンドのみに配備されています。
レッドトップの運用能力を持たず敵機後方からのみ攻撃可能なファイアストリーク空対空ミサイルを運用するライトニングF.2とF.1Aを装備する飛行隊は三個で、ライトニングF.2はRAFG指揮下のNo19と92飛行隊に配備されています。
このF.2はその後、レーダーFCS以外をライトニングF.6仕様に改造したF.2Aに更新されて、70年代半ばまでRAFGで運用され続けます。

1950年代後半から60年代初めまでイギリス本土防空の主役であったグロスター・ジャベリンはライトニングの増勢でその数を減らし、1966年末時点では3個飛行隊で運用されています。
ファイター・コマンド指揮下にあるのはNo29飛行隊で、この部隊がイギリス本土唯一のジャベリン装備になっています。
この段階ではこの飛行隊のジャベリンも退役フェーズに入っていて、翌年春にはライトニングF.3に機種改編しています。
ジャベリン装備の残りの2個飛行隊(No60とNo64)はいずれも極東空軍の指揮下にあり、シンガポールに駐留して東南アジアにおけるイギリスの軍事的プレゼンスを担っていますが、両飛行隊共に1968年春に解散してRAFにおけるジャベリンの実戦部隊運用はこれで終了しました。

ハンターF.6戦闘機を改造して誕生したハンターFGA.9戦闘攻撃機は、陸軍の作戦を支援する攻撃機と輸送機混成のNo38グループに所属するNo1とNo54飛行隊、近東空軍(NEAF)に所属してアラビア半島に睨みを効かすNo8とNo43飛行隊、極東空軍に所属して前述のジャベリンと共に東南アジアに睨みを効かすNo20飛行隊の計五個飛行隊に配備されています。
この年に発表された「1966国防白書」ではスエズ以東からの軍事力の削減、1968年にはスエズ以東からの軍事力完全撤退が決定されてしまって、ハンターFGA.9の海外展開の三個飛行隊はそれと運命を共にした形になります。
No43飛行隊は1967年秋に解散、No20飛行隊は1970年2月に解散、ハンター装備の実戦部隊として最後まで残ったNo8飛行隊は1972年1月に運用機種を完全に改めて、シャクルトンAEW早期警戒機を装備してイギリス本土の空中警戒任務に当たることになります。
またNo38グループ所属の二個飛行隊は、No1飛行隊が1969年夏に最初のハリアー飛行隊に改編され、No54飛行隊は同じ時期にファントムFGR.2飛行隊に改編されています。

爆撃飛行隊:推定19個:
アブロ・ヴァルカンB.2飛行隊 x 7個(No9. 27. 35. 44. 50. 83. 617.の各飛行隊)
アブロ・ヴァルカンB.1A飛行隊 x 1個(No101飛行隊)
ハンドレページ・ヴィクターB.2飛行隊 x 2個(No100. 139.の各飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラ飛行隊 x 9個(No3. 6. 14. 16. 32. 45. 73. 213. 249.の各飛行隊)

ボマー・コマンドに所属するアブロ・ヴァルカンとハンドレページ・ヴィクターの飛行隊は合計10個。
往時に比べてなんとも寂しくなったものです。
またこの時点で、イギリス海軍のポラリスSLBM搭載原潜の戦略パトロール体制確立に伴って、数年後には空軍の戦略核任務が終了することが規定の方針とされてしまっています。
この時期のボマー・コマンドの主力核兵器は自由落下型水素爆弾「イエローサンMk.2」から空対地核ミサイル「ブルースティール」に移行していて、ヴァルカンB.2とヴィクターB.2はブルースティールの運用能力を備えています。
この時点でブルースティール運用部隊であったのはヴァルカンB.2装備のNo27. 83. 617.の三個飛行隊とヴィクターB.1装備のNo100. 139.の二個飛行隊でした。
しかし高高度からの発射を前提として設計されているブルースティールは、その配備を開始した1962年時点で新たな必須の戦術「超低空発射」に適合せねばならず、実弾発射テストで超低空発射が充分に可能なのを証明してみせたのは1967年。
その約3年後にはブルースティールは退役してしまうのです。
そのブルースティールを補完する存在として、イエローサンMk.2に代わる自由落下型核爆弾としてこの年に配備を開始したのが、イギリス初のブースト型核爆弾のWE.177Bです。
WE.177はイエローサンに比べて、より超低空侵攻に適応したデザインになっていて、この爆弾を運用するヴァルカン爆撃機の生存性向上に貢献しています。
なお、ヴァルカンのような超低空侵攻戦術への適合が困難であったヴィクターB.2爆撃機は、イギリス空軍の戦略核任務終了を待たずに1968年に一旦退役して、空中給油機として再出発することになります。
WE.177Bの威力はブースト型核分裂兵器としてはかなり大きい核出力400キロトンを発揮(水素爆弾のイエローサンMk.2は核出力1.1メガトン)。
この400キロトンという出力は、50年代末から60年代初めまで緊急事態用として配備されていた暫定的メガトン兵器(大型の原子爆弾)「バイオレットクラブ」や「イエローサンMk.1」と同等なのですけれど、その重量は約450kgで「バイオレットクラブ」の約4.4トン、「イエローサンMk.1」の約3.3トンに比べて著しい軽量化が達成されているのです。
以前に述べた「米英相互防衛協定」でアメリカの核兵器に関する技術情報にアクセス可能になったことで、それまでに独力で一応の成功をみていた核分裂兵器のブースト技術にアメリカの技術を取り入れてブラッシュアップした成果と言えましょうか。

古参のキャンベラ爆撃機は既にボマー・コマンドから退いて、RAFGにB(I)8が4個飛行隊(No3. 14. 16. 213の各飛行隊)、NEAFのストライク・ウィングにB(I)8飛行隊3個(No6. 32. 73.の各飛行隊)とB.16飛行隊1個(No249)、極東空軍にB.15装備のNo45飛行隊という配備体制になっています。
戦術核攻撃能力を備えているのはB(I)8飛行隊で、イギリス国産の戦術核兵器(原子爆弾)レッドベアード(重量約0.79トン、核出力最大25キロトン)を主要な運用兵器として、RAFG所属飛行隊はこれに加えてアメリカ製核爆弾の運用も行っていました。
キャンベラは当初イギリス国産の戦術攻撃偵察機「TSR2」と交代して退役する予定でしたけれど、そのTSR2は開発コスト上昇とそれに釣り合わない性能の為に1965年に開発中止に追い込まれてしまい、代替としてアメリカから最新鋭戦術戦闘機のF-111を導入することが決定されたものの、その後の英ポンド切り下げによるコストのこれまた大幅上昇で導入を断念せざるを得なくなり、結局は海軍の主力攻撃機のバッカニア導入と戦略核任務から退くヴァルカン爆撃機の二本立てで、超低空侵入戦術核攻撃任務を置き換えていくことになります。

偵察飛行隊:推定11個:
ハンドレページ・ヴィクターB(SR).2飛行隊 x 1個(No543飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.7/PR.9飛行隊 x 8個(No13. 17. 31. 39. 46. 58. 80. 81の各飛行隊)
ホーカー・ハンターFR.10飛行隊 x 2個(No2. 4.の各飛行隊)

ハンドレページ・ヴィクターB(SR).2は、前任の長距離偵察機ビッカース・ヴァリアントB(PR).1が主翼のクラック問題で修理を断念し1965年春に退役したのを受けて、ヴィクターB.2を改造して配備されました。
キャンベラPR.7/PR.9は高高度偵察機として健在、ハンターFR.10はRAFGにのみ部隊配備されているRAF唯一の低空戦術偵察機ですが、70年にNo2飛行隊はファントムFGR.2に、No4飛行隊はハリアーGR.1に機種改編を行い、ハンターFR.10はこれで第一線を退きます。

海上哨戒飛行隊:推定10個:
アブロ・シャクルトンMR.3飛行隊 x 3個(No210. 203. 206.の各飛行隊)
アブロ・シャクルトンMR.2飛行隊 x 6個(No37. 38. 42. 120. 204. 210.の各飛行隊)
アブロ・シャクルトンMR.1飛行隊 x 1個(No205飛行隊)

レシプロ機のアブロ・シャクルトンシリーズは依然としてRAFコースタル・コマンドの主力海上哨戒機として君臨していますが、70年からジェット海上哨戒機のBAE ニムロッドへの更新が開始されます。
またスエズ以東の軍事力削減を謳った「1966国防白書」の方針に従って、1967年にはアラビア半島のコルマークサル駐留No37飛行隊と地中海マルタ駐留のNo38飛行隊が解散しています。

大型輸送機飛行隊:推定12個:
アームストロング・ホイットワース・アーゴシー飛行隊 x 4個(No105. 114. 215. 267.の各飛行隊)
ブラックバーン・ビバリー飛行隊 x 4個(No30. 34. 47. 84.の各飛行隊)
ハンドレページ・ヘイスティングス飛行隊 x 4個(No24. 36. 48. 70.の各飛行隊)

イギリス国産のSTOL戦術輸送機HS681計画は1965年初頭に中止されて、代替としてアメリカからロッキードC-130を導入することになりました。
そのハーキュリーズが1967年からRAF航空支援コマンド(従来の輸送コマンドを1967年8月に改編して発足)への配備を開始する一方で、レシプロ動力の輸送機は整理の対象になってブラックバーン・ビバリーは1967年末に、古参のハンドレページ・ヘイスティングスは1968年に第一線を退いています。

空中給油飛行隊:推定3個:
ハンドレページ・ヴィクターK1/K1A/B1A(K2P)飛行隊 x 3個(No55. 57. 214.の各飛行隊)

これまで爆撃機から空中給油機に転用されて運用していたビッカース・ヴァリアントは既述のように1965年春に退役を強いられ、RAFとしては実に頭の痛い問題だったのですが、幸いにもこの時期、低空侵攻能力が充分ではなく且つ自由落下式核爆弾しか運用が出来ずに機齢若くして早期退役を迫られたヴィクターB.1がまとまった数存在していたのです。
これを空中給油機に転用しようというのは当然の話でありまして、爆撃任務を解かれたヴィクターB.1/B.1Aがただちに空中給油機へ転用されて、この年に三個飛行隊が揃っています。

2020年7月12日 (日)

1960年代前半のイギリス空軍(RAF)その二(1960年代前半のRAF特記事項)

前回の「1960年代前半のイギリス空軍その1」に引き続いて、今回は「1960年代前半のイギリス空軍(RAF)その二」です。
1962年から65年にかけてのイギリス空軍(RAF)に関する特記事項を備忘録的に挙げておきます。

1962年:
この年にイギリス初の実用水素爆弾「イエローサン Mk.2」と初の戦術核爆弾「レッドベアード」の配備が開始され、9月には「イエローサン Mk.2」と同じピット「レッドスノー」を搭載した空対地核ミサイル「ブルースティール」(最大射程240km、核出力1メガトン)が、緊急時限定使用限定でヴァルカンB.2爆撃機装備のNo617飛行隊への配備が始まります。
その一方でイギリス初の実用原子爆弾「ブルーダニューブ」が退役。
5月には「プロジェクトエミリー」に基づく米国製中距離弾道ミサイル「ソー」のイギリス本土への配備(計60発)を翌年末までに終了することが正式決定されました(実際には翌年8月に運用終了)。
核弾頭のみアメリカの管理で、他は基地の提供から攻撃目標の選定やミサイルの発射指揮までRAFの管理下で配備が行われてきた「ソー」ミサイルはイギリスへの全面移管も提案されたそうですけれど、コストの問題から却下されてしまったとの事です。
また「プロジェクトE」に基づいて、ボマーコマンド用にアメリカから提供されていた核爆弾も「イエローサン Mk.2」と交代する形で撤去されます。
注:「プロジェクトエミリー」と「プロジェクトE」に関しましては「1950年代後半のイギリス空軍(RAF)その3」を参照ください。
イギリスの核兵器史において、大型で低威力の「ブルーダニューブ」に代表される幼年期から、アメリカの技術由来とは言え国産開発の熱核弾頭を搭載した「イエローサン Mk.2」と「ブルースティール」の配備、アメリカ製核兵器のイギリス本土からの撤退と一応の自立化が達成された記念すべき年、それが1962年だったのです。
しかしこの年の暮れに、アメリカから衝撃の発表。
イギリスが開発を断念した中距離弾道ミサイル「ブルーストリーク」の代替として採用を正式決定していた、空中発射式弾道ミサイル「スカイボルト」計画の中止発表です。
失敗続きのテストに業を煮やした時のマクナマラ国防長官によって葬り去られたこのミサイル、アメリカでは大陸間弾道弾のアトラスが一応の安定した配備段階に入って後続のタイタンⅠもこの年に配備を開始、さらなる改良型のタイタンⅡの実用化も間近、海軍の潜水艦発射弾道ミサイル「ポラリス」と空軍の空中発射型空対地核ミサイル「ハウンドドッグ」(最大射程約1,100km、核出力最大1.45メガトン)が実戦配備を開始。
これで第一撃用のアトラスとタイタン、報復用のポラリス、それらを補完するハウンドドッグの体制が整ったことで、ポラリスやハウンドドッグと競合し実用化のメドも立たないスカイボルトなど不要という判断です。
この発表に驚愕したのが他ならぬイギリス政府。
スカイボルト開発中止は寝耳に水だったようで、時の首相マクミラン氏がワシントンにすっ飛んでいって説明を求める事態になりました。
アメリカ側はスカイボルト計画をイギリスに移管してイギリス独自で開発を続行するか、あるいは「ハウンドドッグ」ミサイルを購入するかの二つの案をイギリス側に提案しますが、イギリス側はその両方を拒否。
スカイボルト計画は実用化まであとカネがどれほどかかるのかどれほどの時間を要するのか見当もつかない状態ですし、ハウンドドッグは当時RAFで配備が開始されたばかりの「ブルースティール」の代わりにはなっても、イギリスの国家の命運がかかっている戦略核抑止任務を担える存在ではありません。
弾道飛行のもたらすズバ抜けた高速による迎撃回避能力と確実な打撃力において、空対地ミサイルは弾道ミサイルの代替にはなり得ないのです。
結局、アメリカ側が譲歩をする形で最新鋭のポラリスミサイルをイギリスに売却し、イギリスはポラリスを搭載する戦略ミサイル原潜を建造して核抑止力とする事が決定。
アメリカはイギリスに売却するポラリスを「NATOの共同防衛用を原則として、イギリスの国家主権が絶対的な危機に陥った時にのみ独自の判断で使用できる」とその使用に制限を加えたかったのですが、それもなし崩しにされて現在のトライデントミサイルまで続く体制「イギリス独自の核戦力」になってしまったのだとか。
ともあれポラリス搭載の原潜建造が決まったことで、RAFの戦略核任務はポラリス運用が軌道に乗る1970年までと明確なゴールが決まってしまったのです。

1963年:
この年の2月に、ブルースティールミサイルはヴァルカン爆撃機装備のNo617飛行隊で完全な実働体制に入ります。
しかし高高度からの発射を前提として設計されたブルースティールは配備開始早々に、1960年に起きたアメリカのスパイ偵察機U-2が高高度でソ連の領空を侵犯飛行中に地対空ミサイルによって撃墜された事件に端を発した「高高度侵入の生存性への疑念」から、超低空での発射の実用性を問われる事態になっているのでした。

1964年:
この年の春にはコリジョンコースでの迎撃が可能な新型空対空ミサイル「レッドトップ」を運用可能なAI.22BレーダーFCSを搭載するライトニングF.3戦闘機の部隊配備が開始されています。
超音速飛行する機体から放射される空力摩擦による赤外線に対応するシーカーを備えたレッドトップは、この時期の米ソ両国ですら実用化されていなかったタイプの空対空ミサイルですが、実際にはイギリス本土周辺に飛来するソ連機は皆大型の亜音速機で、加えてイギリス上空は曇天が多くてせっかくの赤外線シーカーも宝の持ち腐れでした。
実戦でも戦闘機が空戦中に超音速で機動する機会はこく少ない事はベトナム戦争や中東戦争で判明しておりましたので、レッドトップが実戦使用されてもその能力を生かす機会はなかなか生じなかったのではと思われます。
またこの年には地対空ミサイル「ブラッドハウンド Mk.2」が運用を開始しています。
パルスレーダーによる誘導方式ゆえに低高度目標迎撃能力に欠けていたブラッドハウンドMk.1に対して、Mk.2はパルスドップラー誘導方式を採用して低高度迎撃能力を獲得し、超低空から高高度までの広い迎撃範囲を持つ高性能の地対空ミサイルに進化しました。
加えて最大射程もMk.1の約50kmから約190kmへ大幅に延伸しています。
弾頭重量もMk.1の約90kgから倍増の約180kgになっていて、この打撃力ならば大型の敵爆撃機も一発で完全に仕留めることが出来ましょう。
ライトニングF.3戦闘機とブラッドハウンドMk.2地対空ミサイルの組み合わせによって、イギリス本土の防空能力は着実な改善をみたのでした。
しかしこの年の10月にイギリスの総選挙で労働党政権が誕生。
RAF期待の新型機開発プロジェクトが財政難を理由に中止に追い込まれることになるのです。

1965年:
この年の2月、前述の新型機開発プロジェクト「P.1154」と「HS681」の中止が発表されました。
「P.1154」は極めて野心的な超音速V/STOL戦闘攻撃機計画で、計画開始当初は空軍の戦術戦闘機と海軍の迎撃戦闘機の二本立てでした。
しかし海軍はこの機の搭載力では充分な能力のレーダーFCSが搭載できないなどの理由で1963年に計画から離脱して、アメリカ製のファントムを採用することに決定し、以降は空軍単独の戦術戦闘機計画として進められていました。
「HS681」はブラックバーン・ビバリーやアームストロングホイットワース・アーゴシーの後継機を意図して開発していた高いSTOL性能を持つ戦術輸送機です。
しかしこの両者はこの時点で初飛行すら済ませておらず、実用化まではまだ相当の時間とコストがかかると予想されることから開発を断念し、これによって生み出される余力を戦術核攻撃偵察機のTSR2計画に注ぎ込もうというものでした。
そしてP.1154の代替としてイギリス空軍向けのファントムFGR.2を、HS681の代替としてアメリカ製のC-130をそれぞれ導入することが決定されます。
RAFのファントム導入はこの年の7月に発表され、11月には海軍が採用したファントムFG.1と同じスペイ・ターボファンエンジンと搭載した準同型とすることに決定されます。
ファントムFG.1は米海軍向けのF-4Jと並行して開発されたタイプで、戦闘機としては世界初のパルスドップラーレーダーを採用して低高度迎撃能力に優れた機体ですけれど、対地攻撃能力は米海軍のF-4Jと同じく月並みなものでした。
一方、当時米空軍向けに開発されていたF-4Dは、空対空レーダーは従来のパルス式で低高度迎撃能力が欠如している一方で対地攻撃能力については優れたセンサーシステムを備えていて現場でのアドリブな地上攻撃が可能です。
対地攻撃を一義的任務とする空軍向けとしては明らかにこちらの方が能力は上です。
またファントムFG.1で採用されたターボファンエンジンのスペイはリヒート(アフターバーナーのイギリス流呼称)使用時の推力が高く、米海軍の空母よりも一回り以上小さなイギリス海軍の空母で運用するには実に有効ですけれど、加速性能や高高度での最大速度はアメリカ製ファントム搭載のJ79ターボジェットエンジンに劣るとされていました。
スペイのもうひとつの特徴として燃費が良く航続性能が高いのを考慮しても、RAFとしてはF-4Dをそのまま採用したかったのだろうと素人が見ても納得できる話なのです。
しかしアメリカ製をそのまま導入することは貴重な外貨のドルを大量に流出させる事に他ならず、国内航空産業の仕事確保の観点からもRAFの抜け駆けは許される話ではなく、対地攻撃能力に不足を感じていても海軍向けFG.1ベースの機体採用を行わざるを得なかったのです。
ファントムFGR.2導入後の5年ほどはRAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)の攻撃偵察機として運用していたRAFですが、フランスと共同開発した対地攻撃機ジャガーが実用化されるとすぐに置き換えられて、ライトニング戦闘機の後継として迎撃任務に転換されたのはその辺の事情があったのでしょうね。

意欲的な二つの航空機開発計画を中止してTSR2計画は続行というその舌の根も乾かぬ4月、そのTSR2計画も中止されてしまいます。
超低空高速侵入能力を持ちつつ高空でマッハ2を発揮し、STOL性を併せ持つこの機体はキャンベラ中型爆撃機の後継として大いに期待された、戦術核攻撃能力と戦術偵察能力をその任務とした当時世界最高峰の攻撃機となるはずでした。
TSR2の試作機はこの前年9月に初飛行して、この年の2月には初の超音速飛行にも成功しておりましたけれど、機体そのものがまだ未成熟な上に超低空高速侵入を担保する電子装置は大半がまだ未完成で、実用化までにはまだまだ多額のコストと時間を必要とする状況だったのです。
また右肩上がりの開発コストから要求性能の切り下げ(高空での最大速度をマッハ1.7に下げるなど)を行わざるを得ず、価格と性能が釣り合わなくなってきてRAFのこの機に対する期待も次第にしぼんでいったのです。
1964年にはとうとうアメリカ製のF-111戦闘爆撃機と比較検討の俎上に載せられるまでにその評価は落ち、総選挙前はTSR2計画続行を表明していた労働党も政権の座に就くとその態度を一変、そして開発中止が宣せられてしまったのでした。
超低空高速侵入と高空での高速性能を両立させることは、F-111で使われたコンピュータ制御の可変翼でも採用しないことには実現困難なのは素人にも予想の付くところで、イギリスがTSR2を実現させるには低空侵攻最優先という当時の世界的トレンドから考えて、超音速性能は諦める他無かったのではと思います。
しかしそうなると、超音速性能を最初から切り捨てて超低空高速性能に特化して成功した海軍のバッカニア艦上攻撃機と競合してしまいます。
結局、TSR2の代替は戦略核任務から降りたヴァルカン爆撃機とバッカニアの採用(両者共に超音速性能は備えていません)でなんとかなってしまったので、TSR2の当初の極めて高度な要求性能そのものが不要ではなかったか?と疑問を持たずにはおられないところなのです。
ただ、TSR2の開発が始まった1950年代末の時点では、その10年後に当時最新鋭のヴァルカン爆撃機が戦略核任務から外れて戦術攻撃任務に転用されるなどと予想する人はいなかったでしょうからこの種の機体の必要性そのものはあったので、あれこれ欲張らずに堅実に計画開発していたらなんとか実用化にこぎつけられたのではないかと残念なところです。

この年の4月末には、戦術核攻撃と空中給油、長距離偵察用に転用されていたイギリス初のジェット戦略爆撃機・ヴィッカース・ヴァリアントが退役。
機体への過重なストレスから発生した主翼のクラックを修理するコストが高額な為に継続使用を断念し、空中給油については低空侵攻能力が充分ではなくブルースティール運用能力を持たないことから爆撃機としては早期退役に追い込まれたハンドレページ・ヴィクターB.1/B.1Aが代替として改造され、長距離偵察についてはヴィクターB.2を改造転用することでヴァリアント退役の穴埋めをしています。

在独イギリス空軍(RAFG)に二個飛行隊が配備されている迎撃戦闘機はこれまで遷音速機のグロスター・ジャベリンでしたけれど、この年にはマッハ2級の超音速戦闘機ライトニングに機種更新しています。
NATO共同防衛任務の第二戦術空軍の中核戦力として、東西冷戦の最前線の空の守りの一翼を担うRAFGの迎撃戦闘機も1960年半ばでようやく超音速時代に突入したのでした。

2020年7月 4日 (土)

1960年代前半のイギリス空軍(RAF)その一(1961年末時点の戦力概要)

前回「1950年代後半のイギリス空軍その3」に引き続き、今回から1960年代のイギリス空軍(RAF)について備忘録的に述べていきたく存じます。
英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
多少の誤記はあるかと思いますが、大勢としては誤りは少ないだろうと自負しているところです。

では今回は1960年代前半のイギリス空軍その一として、1961年末時点におけるイギリス空軍の戦力概要について。

戦闘機部隊:推定23個飛行隊
BAC・ライトニングF.1/F.1A x 3個(No56. 74. 111.の各飛行隊)
グロスター・ジャベリンFAW.9 x 6個(No23. 29. 33. 41. 60. 64. の各飛行隊)
グロスター・ジャベリンFAW.7 x 1個(No25飛行隊)
グロスター・ジャベリンFAW.4 x 2個(No5. 11.の各飛行隊)
ホーカー・ハンターFGA.9飛行隊 x 6個(No1. 8. 20. 43. 54. 208.の各飛行隊)
ホーカー・ハンターF.6飛行隊 x 4個(No14. 63. 92. 145.の各飛行隊)
デ・ハビランド・ヴェノムFB.4飛行隊 x 1個(No28飛行隊)

かの「1957国防白書」で「対爆撃機の防空体制は時代遅れ」とされて、新型超音速迎撃戦闘機計画にキャンセルの大ナタが振るわれる嵐を唯一生き延びた、イングリッシュ・エレクトリック社開発の超音速迎撃戦闘機・ライトニングは1960年6月にNo74飛行隊がホーカー・ハンターF.6からライトニングF.1に機種改編したのを皮切りに、実戦配備が始まっています。
世界初の戦闘機用モノパルスレーダーと言われるAI.23(従来よりも高い解像度と対妨害性を有する)を搭載し、マッハ2を余裕で叩き出す超音速飛行性能を誇るライトニングですが、超音速テスト機上がりゆえに航続性能が著しく不足しているのと直列装備の大出力の双発エンジンの配置が近すぎることによるエンジン火災の多発、そして運用する空対空ミサイルが当初は敵機後方からのロックオンしか出来ない赤外線誘導のファイアストリークでコリジョンコースでの要撃能力が無いなど、新世代の迎撃戦闘機としては様々な問題を抱えた存在でもありました。

1956年初めから実戦配備を開始した遷音速全天候迎撃戦闘機のグロスター・ジャベリンはこの時点ではイギリス空軍戦闘機部隊の主力で、推定9個飛行隊が本機を運用し、在独イギリス空軍(RAFG)にもNo5とNo11飛行隊が配備されています。
装備するジャベリンFAW.4、FAW.7、FAW.9はいずれもイギリス製のAI.17迎撃レーダー搭載型で、アメリカ由来のAI.22迎撃レーダー装備のFAW.2やFAW.6は退役しているのが要注目でしょう。
レーダーに関する問題でこのような形になったのは素人でも想像のつくところで、TWSが可能な最も初期の空対空レーダーと言われるAI.22の信頼性に問題が生じたのか、保守整備に大きな問題があったのか、その辺はいずれ出るであろう「世界の傑作機・グロスター・ジャベリン」で詳細解説していただきたいところであります。

1950年半ばから末にかけてイギリス空軍の主力戦闘機として君臨した遷音速戦闘機のホーカー・ハンターは、「1957国防白書」後の通常戦力削減でその勢力を大きく減じ、1961年末時点で戦闘機型のF.6の装備飛行隊は僅か4個に。
たった五年前にはF.4、F.5、F.6の各型合計で29個飛行隊に配備されていたというのに。
そしてこの時点でハンターF.6を装備する4個飛行隊も、63年までに他機種に転換してしまいます。
一方、ハンターF.6の機体構造と空調装備を強化して、対地攻撃能力を向上し中東などの酷暑地での作戦能力を向上した戦闘爆撃機型のハンターFGA.9はデ・ハビランド・ヴェノムに代わる地上攻撃・近接航空支援用機材として再配備が進みました。
ハンターFGA.9は1960年初頭から、中東配備のNo8飛行隊がヴェノムFB.1から機種転換したのを皮切りに配備が始まっています。
1961年末時点では、イギリス本土に展開するNo38グループ(陸軍作戦支援用の攻撃・偵察・輸送部隊)所属のNo1とNo54飛行隊、極東空軍所属のNo20飛行隊(シンガポール駐留)、中東配備のNo8. No43. No208.の各飛行隊という配備状況です。
ハンターFGA.9にその座を譲って引退したヴェノム戦闘爆撃機最後の実戦飛行隊がNo28で、1962年5月にハンターFGA.9に機種転換。
これをもってヴェノムのイギリス空軍における第一線配備に終止符が打たれたのです。

爆撃機部隊:推定26個飛行隊
ハンドレページ・ヴィクターB.1/B.1A飛行隊 x 4個(No10. 15. 55. 57.の各飛行隊)
アブロ・ヴァルカンB.2飛行隊 x 4個(No27. 50. 83.617.の各飛行隊)
アブロ・ヴァルカンB.1飛行隊 x 2個(No44. 101.の各飛行隊)
ビッカース・ヴァリアントB.1飛行隊 x 6個(No7. 18. 49. 138. 148. 207.の各飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラ飛行隊 x 10個(No3. 6. 14. 16. 32. 45. 73. 88. 213. 249. の各飛行隊)

イギリス空軍爆撃機軍団(ボマー・コマンド)のジェット戦略爆撃機の本命たる、ハンドレページ・ヴィクターとアブロ・ヴァルカンが戦列に加わって、ビッカース・ヴァリアントに代わるボマー・コマンドの主力になりつつあります。
ヴィクターは1958年春にNo10飛行隊に配備を開始したのを皮切りに、1961年末時点で4個飛行隊が装備。
ヴァルカンは1957年春にNo83飛行隊に配備を開始したのを皮切りに、この時点でB.1とエンジンを換装しそれに合わせてインテイクを改良したB.2合わせて6個飛行隊が装備しています。
1955年から実戦部隊での運用が行われているビッカース・ヴァリアントは、ヴィクターとヴァルカンの配備により戦略核攻撃任務を両機種に譲り、キャンベラ中型爆撃機に代わってNATO最高司令部指揮下の戦術核攻撃任務への転換が図られています。
1961年末時点ではNo49. 148. 207.の各飛行隊がその任務に就いているようです。
これら爆撃機が搭載する核爆弾は、イギリス国産のブルーダニューブ(重量約5トン、核出力12キロトン)とバイオレットクラブ(重量約4.4トン、核出力400ないし500キロトン)、そして「バイオレットクラブ」搭載の兵器級高濃縮ウランコアの「グリーングラス」を新設計の弾体に搭載した「イエローサンMk.1」(重量約3.3トン、核出力はバイオレットクラブと同一)に加えて、前回に述べた「プロジェクトE」に基づいてアメリカから供給される各種の核爆弾です。
それらに加えて、イギリス国産の空対地核ミサイル「ブルースティール」(核出力1.1メガトン、最大射程約240km)とイギリス最初の実用型水素爆弾「イエローサンMk.2」(重量約0.77トン、核出力1.1メガトン」、戦術核爆弾(原子爆弾)「レッドベアード」(重量約0.75トン、核出力15~25キロトン)が間もなく実戦配備を開始という状況です。

1951年から実戦配備されている傑作ジェット中型爆撃機のキャンベラは、No18飛行隊が1961年9月に解散したことで、ボマー・コマンドから引退しています。
1961年末時点で実戦配備されているキャンベラ爆撃機の配備状況は、在独イギリス空軍(RAFG)に5個飛行隊(No3. 14. 16. 21. 88.の各飛行隊)と、キプロスに展開する近東空軍司令部指揮下の4個飛行隊(No6. 32. 73. 249.の各飛行隊)、シンガポール駐留の極東空軍指揮下のNo45飛行隊の計10個飛行隊になっています。
五年前の1956年末時点では推定25個飛行隊で実戦配備されていたので、当時の軍用機の第一線寿命の短さを痛感させられます。

偵察機部隊:推定11個飛行隊
ビッカース・ヴァリアントB(PR).1 飛行隊 x 1個(No543飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.7/PR.9飛行隊 x 8個(No13. 17. 31. 39. 46. 58. 80. 81.の各飛行隊)
ホーカー・ハンターFR.10飛行隊 x 2個(No2. 4.の各飛行隊)

ボマー・コマンドに所属する長距離偵察部隊として、No543飛行隊がヴァリアント装備で任務に就いています。
爆撃任務からは順次退きつつあるキャンベラは、高高度偵察任務では依然として顕在。
これにとって代わる適当な機体が存在しないので、この後も永く偵察機として生きながらえることになります。
低空戦術偵察機では、スーパーマリン・スイフトFR.5の後継機として、ホーカー・ハンターF.6を改造した武装偵察型のハンターFR.10が60年から配備され、2個飛行隊がRAFGに配備されています。

海上哨戒部隊:推定11個飛行隊
アブロ・シャクルトンMR.3飛行隊 x 2個(No201. 206.の各飛行隊)
アブロ・シャクルトンMR.2飛行隊 x 8個(No37. 38. 42. 120. 203. 204. 210. 224.の各飛行隊)
アブロ・シャクルトンMR.1A飛行隊 x 1個(No205飛行隊)

イギリス空軍沿岸軍団(コースタル・コマンド)指揮下の海上哨戒部隊の使用機材はアブロ・シャクルトンで統一されていて、イギリス本土に展開しているのは7個飛行隊(No42. 120. 201. 203. 204. 206. 210.の各飛行隊)で、No37飛行隊はイエメンのコルマークサル、No38飛行隊は地中海のマルタ、No205飛行隊はシンガポール、No224飛行隊はジブラルタルにそれぞれ配備されています。
1956年から配備が始まったシャクルトンMR.3は、着陸装置をそれまでの尾輪型から機首輪型に変更、プロジェクトEに基づいて米国から提供される核爆雷Mk101への対応、居住性の大幅向上、燃料搭載量増などの改良を施したタイプですが、機体構造の強化がこれら施策に追いついていなかったようで運用寿命が大きく減ってしまったとのこと。
それがあってかシャクルトンMR.3は大成できずに、一世代前のMR.2がアップグレードを逐次施されながら、次世代のジェット海上哨戒機ニムロッドの登場まで、イギリス空軍海上哨戒戦力の主柱を担い続けたのです。

大型輸送機部隊:推定10個飛行隊
アームストロング・ホイットワース・アーゴシー飛行隊 x 1個(No114飛行隊)
ブラックバーン・ビバリー飛行隊 x 5個(No30. 34. 47. 53. 84.の各飛行隊)
ハンドレページ・ヘイスティングス飛行隊 x 4個(No24. 36. 48. 70.の各飛行隊)

RAF輸送コマンド指揮下の大型輸送機は、従来からの主力機ブラックバーン・ビバリーとハンドレページ・ヘイスティングスに加えてアームストロング・ホイットワース・アーゴシーの配備が開始されています。
双発中距離輸送機のビッカース・バレッタの後継機として採用されましたけれど、2,440馬力を発揮するターボプロップエンジン四基を搭載したその姿は小柄なバレッタとは異なる堂々てるものであります。
最大離陸重量は約47トンで、ビバリーの約65トンよりは軽量ですが、最高速度はビバリーの約380km/hに対して本機は約430km/hと優速。
バレッタというよりはヘイスティングスの後継機的な位置で、最終的に6個飛行隊に配備されることになります。

空中給油機部隊:推定2個飛行隊が転換中
ビッカース・ヴァリアントB(K).1 飛行隊 x 2個(No90. 214.の各飛行隊)

戦略核攻撃任務から外れたヴァリアントの一部は、RAF初の空中給油機に転身。
No90とNo214飛行隊が任務転換の途上にあり、翌年春から空中給油飛行隊として任務に就くことになります。

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