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カテゴリー「イギリス軍」の記事

2020年11月 1日 (日)

1990年代のイギリス海軍航空隊(FAA)

今回は1990年代のイギリス海軍航空隊(FAA)とその活躍の舞台であるイギリス海軍の空母の状況についての概要です。
これまでと同様に、ウィキペディア英語版と英語サイト「ウィングス-アビエーション」、雑誌「世界の傑作機」を情報ソースとして纏めてみました。

では最初に1991年末時点でのイギリス海軍航空隊の800番台実戦飛行隊の概要です。

戦闘攻撃飛行隊:3個
BAE・シーハリアーFRS.1飛行隊 x 3個(800 801 899の各飛行隊)
実戦飛行隊2個(800NAS及び801NAS)と機種転換飛行隊(899NAS)なのは従来通りです。

フォークランド紛争における戦訓からシーハリアーの大幅な能力向上が計画され、ルックダウン・シュートダウン可能な新型レーダー「ブルーヴィクセン」を搭載するシーハリアーFA2の開発がこの時期には進んでいて、試作一号機は1988年9月に初飛行し90年11月には空母での運用試験も実施されています。
既存のシーハリアーFRS.1の改造と新造機の二刀流で進められるシーハリアーFA2は93年から海軍への引渡しが始まり、95年末までには上記の三個飛行隊が全てシーハリアーFA2装備になっています。
この新型シーハリアーと本機装備の米国製アクティブレーダー誘導空対空ミサイル・AMRAAMの組み合わせによって、イギリス海軍の空母は1978年秋にファントムFG.1が運用終了して以来の戦闘機による全天候迎撃能力を回復することになりました。
しかし飛行性能自体は従来のシーハリアーと同等で、RAFが装備するアメリカ由来の第二世代ハリアーと比較して戦闘行動半径や兵器搭載能力が劣る点は解消されずに残っています。
この点が後々、シーハリアーの早期退役にも繋がっていくことになるのでした。
世紀末の2000年4月には、FAAのシーハリアー部隊とRAFのハリアー部隊を臨機応変に運用するためのハリアー統合部隊が編成されています。
この部隊はRAFストライクコマンドに再編されたNo3グルーブの指揮下に入ります。
この施策によって、RAFのハリアー飛行隊が海軍の空母に展開して作戦することになりました。
防空制空にシーハリアー、対地攻撃にRAFのハリアーという両機の特性を生かした理想的な戦闘実力を海軍の空母は持つことになって実に慶賀の至り。
しかし海軍の戦闘機部隊が平時において空軍の指揮下にあっさり入るとは、万事が縦割り組織な日本に住んでいる我々には驚かされまた新鮮な話なのであります。
私がイギリス軍に対して興味を持つのも、古めかしい伝統とこのような革新が同居している点にあるのですよ。

対潜ヘリコプター飛行隊:7個:
ウェストランド・シーキングHAS飛行隊 x 5個(801 814 819 820 826の各飛行隊)
アグスタウェストランド・リンクスHAS.2飛行隊 x 2個(815 829の各飛行隊)

この後、リンクス飛行隊は829NASが93年3月に解散して一個飛行隊体制になっています。
シーキングHAS部隊も93年7月に826NASが、2000年12月に814NASが相次いで解散していて世紀末のシーキングHAS飛行隊は3個にまで減勢してしまいました。
一方、シーキングの後継となる新世代の対潜ヘリコプターである英伊共同開発のアグスタウェストランドAW101は1987年の初飛行以来長期間の改良とテストを経て、97年にようやくFAAへの納入を開始しました。
マーリンHM.1と命名されたこの新型ヘリを装備する最初の実戦飛行隊824NASは2000年6月に再編されています。

早期警戒ヘリコプター飛行隊:1個:
ウェストランド・シーキングAEW飛行隊 x 1個(849飛行隊)

輸送ヘリコプター飛行隊: 2個:
ウェストランド・シーキング飛行隊 x 2個(845 846の各飛行隊)

イギリス海兵隊(コマンドー)支援用の飛行隊としては、この輸送ヘリコプター飛行隊の他に1995年9月にリンクスAHとガゼルの混成飛行隊847NASが再編されていますが、これは海兵隊のヘリコプター部隊である第3コマンドー旅団飛行隊がFAAに移籍する形で誕生した部隊で、任務はコマンドー所属時代と同じくコマンドー部隊への空中火力支援です。
コマンドー支援用飛行隊の運用はFAAに一元化して運用を柔軟化、効率化しようという考えなのかもしれません。

これら航空隊が展開するイギリス海軍の空母は80年代半ばから変化無く、インヴィンシブル級三隻(「インヴィンシブル」「イラストリアス」「アークロイヤル」)です。
湾岸危機、それに続く湾岸戦争では地中海での警戒任務に留まって作戦海域に入ることはなかったこれら空母は、1993年に始まったボスニア紛争に対するNATOの作戦に参加して、当時配備途上にあったシーハリアーFA2もこの時に初の実戦任務に就いています。
また前述の「ハリアー統合部隊」構想に合わせる形でRAFのハリアー運用能力の付与や艦首のシーダートSAM発射機の撤去による飛行甲板の拡張などの改装が行われて、本級の当初の呼称「全通甲板型巡洋艦」から航空機運用を最優先する完全な「軽空母」への脱皮がなされたのです。
さらにこの時期にはコマンドー部隊輸送母艦の再整備が図られて、98年には新造のヘリコプター強襲艦「オーシャン」が竣工。
かつてのコマンドー母艦が退役もしくは対潜任務/シーハリアー展開を主任務とするようになってからは、コマンドー輸送飛行隊はインヴィンシブル級に展開して任務に就いていたのですが、これら軽空母は建造当初からコマンドー輸送能力を副次的任務として加えられていたものの小柄な為にシーハリアーや対潜ヘリとスペースの取り合いになってしまっていました。
これでは作戦上融通が利き辛く、やはりコマンドー輸送専用の母艦が必要という結論になって、最大の課題であった建造コストの問題は商船規格を大胆に採用するなどして低減に努め、ようやく完成にこぎつけたのでした。
この強襲艦「オーシャン」と完全な軽空母に進化したインヴィンシブル級のコンビによって、イギリス海軍はアメリカ海軍とは比較にならないものの他の海軍とは一線を画する沿岸強襲攻撃能力を獲得したのでした。

2020年10月25日 (日)

1990年代後半のイギリス空軍(RAF)

今回は1990年代後半のイギリス空軍(RAF)です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では1996年末時点におけるRAFの戦力概要について。

戦闘機飛行隊:推定6個:
パナピア・トーネードF.3飛行隊 x 6個(No5. 11. 25. 29. 43. 111.の各飛行隊)

1992年7月をもってブリティッシュ・ファントムが引退した後はRAF唯一の戦闘機となったトーネードF.3。
この時点では実戦飛行隊6個がストライク・コマンド隷下のNo11/18グループに所属してイギリス本土防空任務に就いています。
なお、かつてのファイター・コマンド(戦闘機軍団)の後身であるNo11グループは、この年の4月にかつてのコースタル・コマンド(沿岸軍団)の後身であるNo18グループと合併してNo11/18グループになっています。
この処置でイギリス本土周辺の空域及び海域防衛について指揮系統を一元化したことになります。
当時はロシアの経済危機が深刻でその軍事力も激落し、イギリス本土周辺の安全度が高くなっていた時期であります。
所帯が小さくなり且つ軍事的脅威が大幅に低減された状況では、No11とNo18グループの合併も当然の展開だったのでありましょう。
往時と比べて戦力が大幅に削減されているイギリス本土防空戦闘機部隊ですが、この後予算削減と軍事的脅威低減によって所帯は更に小さくされることになってしまい、No29飛行隊が98年10月に解散してRAFの戦闘機実戦飛行隊は遂に片手で数えられる五個飛行隊になってしまっています。
なおトーネードF.3を運用する実戦及び予備部隊としてはフォークランド防衛任務に就いているNo1435フライトと、トーネードADVの作戦転換及び予備飛行隊を兼任しているNo15飛行隊が存在します。

攻撃飛行隊:推定11個:
パナピア・トーネードGR.1飛行隊 x 6個(No2. 9. 12. 17. 31. 617.の各飛行隊)
SEPECAT・ジャガーGR.1飛行隊  x 3個(No6. 41. 54.の各飛行隊)
BAE・ハリアーGR.7飛行隊 x 2個(No1. 3. 4.の各飛行隊)

RAFストライクコマンドの打撃力の中核でイギリス最後の戦術核兵器WE177C(重量457kg、核出力450キロトン)を運用するトーネードIDSの実戦部隊は6個飛行隊で、この時点ではNo1グループに所属してドイツには4ないし5個飛行隊が駐留しています。
かつてのRAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)は93年4月にストライクコマンドの指揮下に入ってそのNo2グループになっていましたが、この年の4月にNo2グループはかつてのボマー・コマンド(爆撃機軍団)の後身であるNo1グループに吸収統合されています。
前述のNo11とNo18グループの合併同様、所帯が小さくなったのと軍事的脅威の大幅低下で攻撃機の指揮運用を一元化した形になります。
なおトーネードIDSの部隊としては、同機の作戦転換及び予備飛行隊のNo15飛行隊が存在します。
またトーネードIDSが運用する戦術核爆弾WE177Cは1998年に退役していて、1962年に最初の戦術核爆弾「レッドベアード」(重量約0.8トン、核出力最大25キロトン)の配備によって始まったイギリス軍の戦術核兵器史はこれにてピリオドが打たれたのです。
トーネードIDSの実戦部隊も90年代後半にイギリス本土防空部隊同様に戦力の更なる削減を迫られて、No17飛行隊が99年3月に解散。
これでトーネードの実戦飛行隊はADVとIDSを合わせて両手で数えられるまでに勢力減少となりました。

1974年から実戦配備を開始した英仏共同開発の戦術攻撃偵察機ジャガーは依然として3個飛行隊が健在。
こちらもトーネードIDSと同様にNo1グループの所属です。
旧世代機にも関わらずしぶとく生き残っているのは、可変翼の保守におカネがかかりそうなトーネードと違って比較的単純な機体やシステムゆえの保守運用性の高さや低コストなどの理由でしょうか。
なおジャガーを運用する部隊としては、同機の作戦転換及び予備飛行隊であるNo16飛行隊が存在します。

アメリカで改良を施され、それをイギリスが逆輸入する形となった第二世代のハリアーGR.7はやはりNo1グループ所属で3個飛行隊が実戦配備中。
この他に同機の作戦転換及び予備飛行隊のNo20飛行隊が存在します。
ドイツにはRAFG時代から変わらずNo3及び4飛行隊が駐留していて、この体制は1999年まで続いています。

偵察飛行隊:イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.9装備のNo38(1PRU)飛行隊

空中早期警戒機飛行隊:ボーイング・セントリー AEW.1装備のNo8飛行隊

海上哨戒飛行隊:3個
BAE・ニムロッドNR.2飛行隊 x 4個(No120. 201. 206.の各飛行隊)

ニムロッドの所属するかつてのコースタル・コマンドの後身であるNo18グループは前述のように防空担当のNo11グルーブと合併してNo11/18グループになっています。
ニムロッドの部隊としては他に、同機の作戦転換及び予備飛行隊であるNo42飛行隊が存在します。

戦術輸送飛行隊:4個
ロッキード・ハーキュリーズC.1/C.3飛行隊 x 4個(No24. 30. 47. 70.の各飛行隊)

戦術輸送ヘリコプター飛行隊:2個:
ボーイング・チヌークHC.2飛行隊 x 2個(No7及び18飛行隊)

チヌークの予備飛行隊として作戦転換任務も兼ねるNo27飛行隊が存在しますが、この飛行隊は98年に現役の実戦飛行隊に昇格しているようです。

空中給油飛行隊:2個
ロッキード・トライスターKC.1/K.1装備のNo216飛行隊、ヴィッカース・VC10K装備のNo101飛行隊。

1993年にハンドレページ・ヴィクターK.2が退役しましたけれどその代替は無く、空中給油機勢力は一個飛行隊が純減になっています。

2020年10月18日 (日)

1990年代前半のイギリス空軍(RAF)

今回は1990年代前半のイギリス空軍(RAF)です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では1991年末時点におけるRAFの戦力概要について。

戦闘機飛行隊:推定9個:
パナピア・トーネードF.3飛行隊 x 7個(No5. 11. 23. 25. 29. 43. 111.の各飛行隊)
マクダネル・ファントムFGR.2飛行隊 x 2個(No19. 56.の各飛行隊)

RAFのファントム部隊は1987年から可変翼の新型迎撃戦闘機トーネードADVへの更新が開始されて、この時点ではストライクコマンド指揮下のNo11グループ(かつてのファイター・コマンド、イギリス本土防衛任務)の主力を形成しています。
1990年8月に発生した湾岸危機では、少なくともNo5及び11飛行隊が湾岸諸国の防空支援用として現地に展開していますが、トーネードF.3は翌年1月17日に発動されたイラク軍に対する空爆作戦「デザートストーム」には直接参加してはいないようです。

ブリテッシュ・ファントムはRAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)指揮下のNo11飛行隊、No11グループ指揮下のNo56飛行隊、そして88年に飛行隊から独立したNo1435フライト(フォークランド防衛任務)のみとなっていて、終焉の時はすぐそこまで迫っていました。
これらファントム部隊は湾岸危機においては現地に派遣されなかったようで、RAFG所属のNo19飛行隊は92年1月に解散しています。
代わりにドイツに送られたトーネードADVの部隊は無く、RAFGのドイツ防空任務はこれで終了です。
東西冷戦終焉に伴う国防予算削減、そしてドイツ空軍の防空能力強化によってRAFの戦闘機部隊をドイツに駐留させる意味も意義も無くなっていたのです。
この当時、ドイツ空軍はそれまで視程外空対空戦闘能力を持っていなかった主力戦闘機F-4FのレーダーFCSをF/A-18戦闘攻撃機と同じものに換装して本格的な視程外戦闘能力を付与するアップグレード改造を着々と進めています。
RAFで最後に残ったファントム部隊、No56飛行隊とNo1435フライトは92年7月にファントムの運用を終了、No56飛行隊はトーネードADVの作戦転換部隊OCU229から任務を引き継ぐと同時に予備飛行隊に指定されています。
従来はこの種の飛行隊を「シャドー」飛行隊と呼称していたのですが、この頃には「予備」飛行隊に変更されているようです。
No1435フライトはトーネードF.3に機種改編して、引き続きフォークランド防衛任務に就いています。

攻撃飛行隊:推定17個:
パナピア・トーネードGR.1飛行隊 x 8個(No2. 9. 14. 17. 20. 27. 31. 617.の各飛行隊)
SEPECAT・ジャガーGR.1飛行隊  x 3個(No6. 41. 54.の各飛行隊)
ブラックバーン・バッカニアS.2飛行隊 x 2個(No12. 208.の各飛行隊)
BAE・ハリアーGR.7飛行隊 x 2個(No3. 4.の各飛行隊)
BAE・ハリアーGR.5飛行隊 x 1個(No1飛行隊)

かつて開発中止になったイギリス国産のTSR2、その代替として一度は導入が決定されたものの財政的問題からキャンセルせざるを得なかったアメリカ製のF-111k。
それら先達の無念を晴らすために、イギリスが西ドイツやイタリアとの共同開発という形で遂に玉成に漕ぎ付けたのが、可変翼を装備して超低空高速侵入と超音速性能を両立させた戦術攻撃偵察機トーネードIDSです。
その最初の量産型GR.1はまず超低空高速侵入任務をアブロ・ヴァルカン爆撃機とブラックバーン・バッカニア攻撃機から引継ぎ、さらにRAFG配備のジャガー攻撃機の任務も引き継いでこの時点では8個飛行隊(RAFGに5個、ストライクコマンド隷下のNo1グルーブに3個)が実戦配備されていますが、冷戦終結に伴うRAFGの戦力削減で1991年9月にNo15飛行隊が、12月にNo16飛行隊が解散して前者は翌年春にトーネードIDSの兵装転換部隊兼予備飛行隊として再編、後者は91年11月にジャガー攻撃機の作戦転換兼予備飛行隊として再編されています。
1990年8月に発生した湾岸危機、翌年1月に発動された「デザートストーム」作戦ではこれらトーネードIDS部隊は直接間接に当時の実戦部隊全力10個飛行隊が関わっています。
「デザートストーム」作戦においては、RAFのトーネード部隊は得意の超低空高速侵入でイラク軍の航空基地に対する攻撃任務に就いたものの、イラク軍の対空砲火によって予想外の損失を出してしまいます。
超低空侵入で対空砲火の脅威に晒されたのであれば、防空網制圧作戦の成功で安全になった中高度からの精密爆撃に切り替えれば良いところなのですが、驚くべきことに当時のRAFトーネード部隊は中高度からの精密爆撃に必要なレーザー誘導爆弾の運用能力を持っておらず苦慮することになったのです。
超低空高速侵入攻撃能力に絶大な自信を持っていたそのツケが回ってきたと言えましょうか。
トーネードIDSの中高度からの精密爆撃能力欠如の問題は、イギリス本国から急遽派遣されてきたレーザー誘導爆弾の運用能力を持つバッカニア部隊との共同作戦で補うと共に、トーネードIDSへのレーザー誘導爆弾の運用能力付与が行われていきます。
湾岸戦争後、トーネードIDS部隊は1992年4月にNo15飛行隊がそれまでトーネードIDSの兵器転換部隊として活動していたNo45飛行隊の任務を引き継いで作戦転換兼予備飛行隊になり、RAFG所属のNo20飛行隊は92年7月に解散、ストライクコマンド隷下のNo1グルーブ所属のNo27飛行隊が1993年9月に解散し、93年10月にはバッカニアS.2装備のNo12飛行隊が先に解散したNo27飛行隊から機材人員を引き継ぐ形でトーネードGR.1装備飛行隊になっています。

なお1959年元日をもって、それまでの第二戦術空軍を再編して誕生したRAFGは1993年にストライクコマンド指揮下のNo2グループに再編されています。
冷戦が終結して、ストライクコマンドとは別の独立した指揮権を持つ航空集団をドイツに駐留させておく意義が薄れたということなのでしょう。
これでRAFの航空戦闘部隊は全てストライクコマンドの指揮下になったのです。

1974年から実戦配備されている英仏共同開発の戦術攻撃偵察機ジャガーは実戦飛行隊3個全てがイギリス本土に配備のNo1グループ所属になっていて、この他に運用転換兼予備飛行隊としてNo16飛行隊がジャガー装備で再編されています。
この時期のジャガーやトーネードIDSの予備飛行隊には戦術核兵器WE177が割り当てられていて、従来の「シャドー」飛行隊と同じく有事の際には実戦任務に復帰する部隊であったようです。
湾岸危機及び湾岸戦争ではトーネードIDS同様に、ジャガー実戦飛行隊の全力が湾岸地域に派遣されて直接間接に関わっています。

1969年から実戦配備されたRAFのバッカニアS.2攻撃機は1991年1月に発動された「デザートストーム」作戦において前述のトーネード部隊の思わぬ苦戦をフォローする為にNo12飛行隊とNo208飛行隊の混成部隊が急遽派遣されて、本機の持つレーザー誘導爆弾運用能力を生かしてトーネード部隊の精密水平爆撃の支援任務に就いています。
イギリス軍のバッカニアにとっては、空海軍を通じてこれが唯一の実戦参加になりました。
この後、No12飛行隊は93年10月に解散し、トーネードIDS装備でこの前月に解散したNo27飛行隊がNo12に隊ナンバーを変更する形で再編されています。
RAF最後のバッカニア飛行隊No208は94年3月に解散し、1962年7月にイギリス海軍航空隊の801NASがバッカニアS.1装備で再編されて以来のイギリス空海軍におけるバッカニア実戦部隊運用史にピリオドが打たれたのです。

またこの時期には、イギリス純国産の戦術核爆弾三タイプのうち、WE177A(重量272kg、核出力最大10キロトン)が92年に、WE177C(重量457kg、核出力200キロトン)が95年に退役しています。
これでイギリス軍の保有する戦術核兵器はトーネードIDSが運用するWE177B(重量457kg、核出力450キロトン)のみとなりました。

RAFのハリアー部隊は1990年末までに3個飛行隊全てが第二世代のアメリカン・ハリアーに更新を終えていて、ブリティッシュ・ハリアーで実戦部隊にあるのは中米ベリーズに駐留するNo1417フライト(ハリアーGR.3装備)ですが、この部隊は93年7月に解散してこれによりブリティッシュ・ハリアーのRAFにおける実戦任務は終了となりました。
第二世代ハリアーはRAFG所属のNo3及びNo4飛行隊がハリアーGR.7装備で、No1グルーブ所属でハリアーGR.5を運用するNo1飛行隊は92年6月にハリアーGR.7に機種改編しています。
またかつてのハリアー実戦飛行隊で77年に解散し、その後にRAFG配備のトーネード部隊として再編され92年7月に再び解散したNo20飛行隊は、92年9月にそれまでハリアーの機種転換部隊であったNo233OCUの任務を引き継いで再編されています(予備飛行隊も兼任)。

なお、これらハリアー部隊が湾岸危機及び湾岸戦争に直接間接に関与することはなかったようです。

偵察部隊:イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.9装備のNo1PRU(写真偵察ユニット)

この部隊は83年にNo39飛行隊が再編されて誕生したのですが、機体の配備定数が減ったので飛行隊からユニットに変わったのか、それとも他に特段の理由があって再編されたのかはわかりませんでした。
そしてこのNo1PRUは92年7月に飛行隊に再昇格しています。
しかし隊名はNo39(1PRU)とされていて、これもなんだかよくわからないところ。
ユニットという部隊名称を止めることになってこうした形になったのかどうか。

空中早期警戒機飛行隊:ボーイング・セントリー AEW.1装備のNo8飛行隊

72年以来、第二次大戦においてイギリスを代表する爆撃機であったアブロ・ランカスターの直系の子孫であるアブロ・シャクルトンAEWを運用してきたNo8飛行隊はこの年に解散、すぐにセントリーAEW.1装備飛行隊として再編されています。
これまでの使用機シャクルトンAEWはレシプロ機で早期警戒レーダーは海軍のガネットAEW艦上早期警戒機のシステムを移植という、80年代ともなれば古色蒼然のそしりを免れないような機体でしたけれど、90年代以降のイギリス本土の防空の要として相応しいセントリー(E-3D)に更新されて面目を一新という感じですな。

海上哨戒飛行隊:4個:
BAE・ニムロッドNR.2飛行隊 x 4個(No42. 120. 201. 206.の各飛行隊)

イギリス本国周辺の海上哨戒と対潜を主任務とするニムロッド部隊は、92年10月にNo42飛行隊がニムロッドの作戦転換部隊236OCUの任務を引き継いで、ニムロッドの作戦転換及び予備飛行隊になっています。
現役飛行隊がOCUから任務を引き継ぎ、同時に予備飛行隊を兼ねるという図式はこの当時にトーネードIDSやジャガー、ハリアーの部隊でも見られた事象です。
冷戦終結に伴う軍縮で所帯も予算も小さくなったので、作戦転換専任部隊を抱えておくのは非効率になったのでしょうね。

戦術輸送飛行隊:4個:
ロッキード・ハーキュリーズC.1/C.3飛行隊 x 4個(No24. 30. 47. 70.の各飛行隊)

人道支援や国際貢献で出番の多い輸送機部隊は、軍縮風が吹き荒れるこの時期でも安泰で現状維持です。

戦術輸送ヘリコプター飛行隊:2個:
ボーイング・チヌークHC.1飛行隊 x 2個(No7及び18飛行隊)

イギリス陸軍の作戦支援任務に就くチヌークHC.1は、93年に改良型のHC.2に改編しています。
またチヌークの作戦転換任務を受け持つNo240OCUの任務を引き継ぐと同時に予備飛行隊にも指定されたNo20飛行隊が93年に再編されています。

空中給油飛行隊:3個:
ロッキード・トライスターKC.1/K.1装備のNo216飛行隊、ヴィッカース・VC10K装備のNo101飛行隊とハンドレページ・ヴィクターK.2装備のNo55飛行隊。

元戦略爆撃機のハンドレページ・ヴィクター空中給油機装備のNo55飛行隊は、湾岸戦争に参加して最後のご奉公をした後の93年10月に解散しています。
ヴィクターの引退で、かつてイギリス戦略核部隊の主柱であったボマー・コマンドの面影はついにRAFから消え去ってしまったのです。

最後にRAFが運用するエリアディフェンス用地対空ミサイルですが、91年7月にRAF最後のエリアディフェンスミサイル部隊であるNo85飛行隊(ブラッドハウンドMk.2装備)が解散しました。
これも冷戦終結を物語る話なのであります。

2020年10月 4日 (日)

1980年代のイギリス海軍航空隊(FAA)

今回は1980年代のイギリス海軍航空隊(FAA)とその活躍の舞台であるイギリス海軍の空母の状況についての概要です。
これまでと同様に、ウィキペディア英語版と英語サイト「ウィングス-アビエーション」、雑誌「世界の傑作機」を情報ソースとして纏めてみました。

では最初に1981年末時点でのイギリス海軍航空隊の800番台実戦飛行隊の概要です。

戦闘攻撃飛行隊:3個
BAE・シーハリアーFRS.1飛行隊 x 3個(800 801 899の各飛行隊)

イギリス海軍最後の艦隊空母「アークロイヤル」の退役に伴って1978年末に消滅したFAAの固定翼戦闘機部隊でしたけれど、1980年3月に司令部飛行隊の899NASとシーハリアー最初の実戦飛行隊800NASが再編され、この年の初めに801NASが編成されてFAAの800番台シーハリアー部隊は実戦二個、機種転換一個の三個飛行隊体制が確立し、この体制が基本的に続いていきます。
1982年4月に生起したフォークランド紛争では、南大西洋に出撃する空母「ハーミーズ」に800NASのシーハリアー12機、1980年7月に竣工し翌年から実働体制に入っている軽空母「インヴィンシブル」に801NASのシーハリアー8機が乗艦していました。
この二隻の空母を主力とする機動部隊のイギリス本国出撃後、FAAは在庫のシーハリアーとパイロットをかき集めて第三の実戦飛行隊809NASが編成され、同隊のシーハリアー8機は大型輸送船「アトランティック・コンベア」に乗船して作戦海域に運ばれて、「ハーミーズ」と「インヴィンシブル」に4機ずつ別れて移乗しています。
紛争勃発当初は特に海外からその戦闘能力についていささか疑念を持って見られていたシーハリアーですが、その運用実績は目覚しいもので当のイギリス海軍が危惧した航空戦による損耗も無く、長期作戦中の母艦における保守整備についても問題は無いのが確認されました。
この紛争におけるシーハリアーの目覚しい活躍で、イタリアは建造中の小型空母へのハリアー導入を決定し、スペインはハリアー運用を前提とした軽空母を建造。
インド海軍はこの紛争前にシーハリアーの導入を決定していましたが、紛争におけるシーハリアーの活躍に自分たちの判断は間違っていなかったと胸をなで下ろしたことでしょう。
対戦相手のアルゼンチンにとっては、フォークランド「奪還」に対する目の上のコブであった空母「アークロイヤル」が1980年にスクラップ売却されて、これで勝算アリという判断だったのにたった28機のシーハリアーに苦も無く捻られてしまって絶句してしまったことでしょうね。

対潜ヘリコプター飛行隊:推定7個:
ウェストランド・シーキング飛行隊 x 5個(814 819 820 824 826の各飛行隊)
アグスタウェストランド・リンクスHAS.2飛行隊 x 1個(815飛行隊)
ウェストランド・ワスプHAS.1飛行隊 x 1個(829飛行隊)

シーキングはこの時期は当時の最新バージョンであるHAS.5が主力であったと思われますが、全ての飛行隊がHAS.5に更新されていたかどうか特定はできませんでした。
フォークランド紛争では、空母「ハーミーズ」に826NAS、「インヴィンシブル」に819NASが乗艦して機動部隊周辺の対潜警戒任務に就いています。

ワスブに代わって駆逐艦やフリゲートに展開する英仏共同開発のリンクスはこの年から部隊就役を開始しています。
フォークランド紛争では早くも実戦を体験していて、小型のシースクア空対艦ミサイルを用いてアルゼンチンの哨戒艦を攻撃しています。
リンクスはセンサーを一切搭載していなかった前任のワスプと異なり、対水上レーダーと磁気探知機(MAD)を搭載していますがソノブイシステムは無く、ディッピングソナーもFAAでは運用しなかったとの事。
ディッピングソナーについてはシーキングに任せるとしても、ソノブイの運用能力が無いのは対潜任務上どうなんだろうかと疑問に感じるところなのです。
ソノブイによるパッシブ対潜戦術も空母搭載のシーキングで行い、駆逐艦やフリゲートに搭載されるリンクスは対潜というよりは海上哨戒及び攻撃を主任務としていたのかどうか。
この辺の明確な答えは英語サイトを見てもイマイチはっきりしないところがあるので、今後出るであろう「世界の傑作機 ウェストランド・リンクス」かイカロスのムック本に期待したいところです。

輸送ヘリコプター飛行隊 x 2個
ウェストランド・シーキングHC.4飛行隊 x 1個(846飛行隊)
ウェストランド・ウェセックスHU.5飛行隊 x 1個(845飛行隊)
フォークランド紛争では846NASが空母「ハーミーズ」に乗艦してコマンドー輸送任務に就いています。
845NASも作戦に参加してSAS(イギリス陸軍特殊空挺部隊)の作戦支援にも当っていますが、乗艦した船については特定できませんでした。
845NASは紛争終結後にシーキングHC.4に機種改編したので、FAAのウェセックスにとってはこの戦いが第一線から身を引く花道になったのです。

なおこの紛争前後には前述のシーハリアー飛行隊809NASの他に、下記のヘリコプター飛行隊が編成されています。
825NAS(シーキングHAS.2装備、1982年5月-9月)
847NAS(ウェセックスHU.5装備、1982年5月-9月)
これらのヘリコプター飛行隊はイギリス海軍補助艦隊(RFA)所属のヘリコプター支援艦「エンガディン」と紛争勃発でイギリス海軍に徴用されたコンテナ船「アトランティック・コーズウェイ」に乗艦してフォークランドに展開しています。

これら航空隊が展開する空母は「ハーミーズ」と最新鋭艦の「インヴィンシブル」の二隻で、フォークランド紛争では縦横無尽の活躍だったのは皆様ご存知の通りです。
フォークランド紛争勃発直後にイギリス海軍は航空機運用艦の急速増強を図り、予備艦の「ブルワーク」(対潜コマンドー母艦、1981年4月退役)と対潜ヘリコプター巡洋艦「タイガー」(1978年4月退役)と「ブレイク」(1979年退役)について再就役の可否について調査を行います。
「ブルワーク」は退役直前に起きた火災事故のダメージが予想以上に大きくて、再就役には最短で八ヶ月かかるという結論。
「タイガー」と「ブレイク」は「ブルワーク」とは逆に船体の状態が良いので急遽ドライドッグに入渠させて再就役工事の準備に入ります。
海軍としてはこの二隻を6インチ主砲による対地砲撃と、艦後部の広いヘリコプター甲板を利用してシーハリアーやハリアーの中継基地として使う事を意図していたそうです。
ハリアー一族の戦闘行動半径にやや不安があり、空中給油機を持っていないイギリス海軍にとっては、空母の前方に発着拠点を展開する事は貴重なシーハリアーやハリアーの損耗を避けられるのでそれなりの合理性はある話です。
しかしこの二隻は退役の大きな原因になった、運用に人手がかかるという早期再就役に極めてマイナスの要素が付き纏い、さらにアルゼンチン海軍の大型巡洋艦「ヘネラル・ベルグラーノ」がイギリス海軍の攻撃型原潜「コンカラー」に雷撃されて撃沈され、多くの死傷者を出す大惨事を目の当たりにして作業は断念されています。
「タイガー」と「ブレイク」が再就役した場合は想定される任務上、機動部隊本体からかなり前方(フォークランド寄り)に展開する必要がありますが、その場合対潜については機動部隊本体の対潜ヘリの充分な護衛を得られるか問題になります。
護衛のフリゲートは当然付けるでしょうけれど、機動部隊の護衛だけで相当な数の駆逐艦やフリゲートを回しているイギリス海軍にとって、これ以上の兵力を割く余裕があるのか否か。
また「ヘネラル・ベルグラーノ」も一応駆逐艦に護衛されていてあの大惨事だったのです。
もし充分な対潜護衛が付けられない状態で「タイガー」や「ブレイク」がアルゼンチン海軍の潜水艦から攻撃されたら・・・。
それで大きな人的犠牲が出ることをイギリス政府及び海軍は懸念したのでしょうね。

イギリス海軍はフォークランド紛争前には空母三隻体制は財政的に難しいとして、既に建造中の「イラストリアス」「アークロイヤル」を維持して「ハーミーズ」と「インヴィンシブル」は海外売却とする方針を固めていました。
「インヴィンシブル」がオーストラリア海軍の空母「メルボルン」の後継艦として売却することが内定し、紛争勃発直前にはオーストラリア海軍の将兵が訓練の為にイギリスにやってきていたのです。
しかし紛争の結果、NATOの一員としての対潜任務とフォークランドに代表される海外領土の防衛には三隻保有二隻稼動体制が必要と判断され、「インヴィンシブル」のオーストラリアへの売却は1983年7月に中止とされて、代わりに「ハーミーズ」の売却が提案されます。
しかし「ハーミーズ」は1960年代半ばに、当時「メルボルン」を近代化改装して維持すべきかそれとも他の適当な大きさの空母を取得すべきか迷っていたオーストラリアに売却提案が行われ、運用経費及び人的資源の面から運用は困難と判断されて却下された曰くつきのフネです。
またオーストラリアでは政権交代で労働党が政権に就き、カネ食い虫の空母は破棄という流れになってこの話も破談です。
そもそもオーストラリアとしては当時まだ敵対関係にあったインドネシアに対する軍事的圧力として、必要とあればかの国の首都ジャカルタを空爆可能なF-111戦闘爆撃機をアメリカから調達運用しているので、F-111が戦力化した1970年代半ばの時点で空母「メルボルン」の存在意義も相当に薄れていたのではないかと考えるところです。
「メルボルン」は対潜任務も兼ねているとはいっても、オーストラリア周辺の軍事的環境としてソ連潜水艦の脅威は固定翼対潜機を搭載した空母が必要なレベルなのかという話なのです。

閑話休題、インヴィンシブル級は結局三隻全てをイギリス海軍が保有することに落ち着き、1982年6月に二番艦「イラストリアス」が竣工、84年4月に「ハーミーズ」が退役して一時的に空母二隻体制になりますが、85年11月に三番艦「アークロイヤル」が竣工し、これでイギリス海軍の空母三隻体制が確立されました。

1986年末時点のイギリス海軍航空隊の戦力は前述の1981年末時点と大きな変化は無く、再編された部隊としてシーキングHAS装備の対潜ヘリコプター飛行隊810NASと、シーキングAEW装備の早期警戒ヘリコプター飛行隊849NASがあります。
849NASはフォークランド紛争において、イギリス機動部隊が早期警戒機の欠如からミサイル駆逐艦をレーダーピケット任務に充てざるを得ずに「シェフィールド」が沈没する損害を受けた反省から編成された部隊です。
機種改編した部隊は永らくワスプHAS.1を運用していた829NASで、この年にリンクスHAS.2に機種改編しています。
この後、89年8月にシーキングHAS装備の824NASが解散して1990年代を迎えることとなります。

2020年9月27日 (日)

1980年代後半のイギリス空軍(RAF)

今回は1980年代後半のイギリス空軍(RAF)です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では1986年末時点におけるRAFの戦力概要について。

戦闘機飛行隊:推定10個:
マクダネル・ファントムFGR.2飛行隊 x 5個(No19. 23. 29. 56. 92. の各飛行隊)
マクダネル・ファントムFG.1飛行隊 x 2個(No43. 111.の各飛行隊)
マクダネル・ファントムF.3飛行隊 x 1個(No74飛行隊)
BAC・ライトニングF.6飛行隊 2個(No5. 11.の各飛行隊)

ファントムFGR.2飛行隊はRAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)に二個飛行隊(No19と92)、ストライクコマンド指揮下のNo11グループ(かつてのファイター・コマンド)に所属するイギリス本土防空任務の二個飛行隊(No23と56)、フォークランド防衛用に1個飛行隊(No29)という配備状況です。
80年代後半はブリティッシュ・ファントムが可変翼の新型迎撃戦闘機トーネードADVに更新を始めた時期で、No29飛行隊が1987年3月に解散した直後の4月にRAF最初のトーネードADV実戦部隊として、トーネードF.3装備の迎撃飛行隊として再編されています。
次いで88年10月にはNo23飛行隊が解散して翌月にトーネードF.3飛行隊として再編しています。

ファントムFG.1は二個飛行隊がNo11グループ指揮下でイギリス本土防空任務に就いていますが、こちらもトーネードADVに更新されていきます。
No43飛行隊は1988年5月にファントムFGR.2に改編して半年後に解散、89年9月にトーネードF.3装備の迎撃飛行隊として再編されます。
No111飛行隊は90年1月に解散し、その年の6月にトーネードF.3装備で再編されます。
84年秋に米海軍中古のF-4Jを購入して編成されたNo74飛行隊は91年初頭に解散しています。
ファントム飛行隊の解散に伴い、当初はNo23、次いでNo29飛行隊の分遣隊が派遣されていたフォークランド防空任務は88年11月に飛行隊から独立してファントムFGR.2装備のNo1435フライト(4機編成)になって、92年夏まで任務に就くことと成りました。

1961年に実戦部隊に配備を開始して以来、イギリスの空を守り続けてきたイギリス最初にして最後の純国産超音速戦闘機ライトニングもこの時期にはいよいよ終焉の時を迎えていて、No5飛行隊が88年1月に解散してトーネードF.3装備部隊としてすぐに再編。
最後のライトニング実戦飛行隊となったNo11飛行隊は88年5月に解散、その二ヶ月後にトーネードF.3装備部隊として再編されます。
ライトニングの退役、そして後述するブリティッシュ・ハリアーの引退は、冷戦終結と共にRAFの歴史に大きなピリオドを打つ象徴的な時期であったと申せましょうか。

攻撃機飛行隊:推定18個:
パナピア・トーネードGR.1飛行隊 x 9個(No9. 14. 15. 16. 17. 20. 27. 31. 617.の各飛行隊)
SEPECAT・ジャガーGR.1飛行隊 x 4個(No2. 6. 41. 54.の各飛行隊)
ブラックバーン・バッカニアS.2飛行隊 x 2個(No12. 208.の各飛行隊)
ホーカーシドレー・ハリアーGR.3飛行隊 x 3個(No1. 3. 4.の各飛行隊)

アブロ・ヴァルカン爆撃機とバッカニア攻撃機が担っていた超低空侵攻戦術核攻撃任務を引き継ぎ、RAFG配備のジャガー攻撃機の戦術攻撃偵察任務も受け継いだ可変翼の戦術攻撃機トーネードGR.1はRAFGに六個飛行隊(No14. 15. 16. 17. 20. 31.の各飛行隊)とストライクコマンド指揮下のNo1グループ(かつてのボマー・コマンドと航空支援コマンドを統合)に所属してイギリス本土に展開する四個飛行隊(No27. 31.の各飛行隊)が配備されています。

1974年から実戦配備を開始した英仏共同開発の戦術攻撃偵察機ジャガーGR.1は最盛期の8個飛行隊から半減して、RAFG配備も一個飛行隊(No2)のみとなっています。

超低空高速飛行ゆえの主翼のストレスによってRAFG配備部隊が早期にトーネードに更新されたバッカニアS.2は、イギリス近海における洋上阻止任務用としてストライクコマンド指揮下のNo18グループ(かつてのコースタル・コマンド)所属で健在。
この時期にはシーイーグル空対艦ミサイルの運用能力付与やレーダーのアップグレードなどの改修を施されています。

近接航空支援用のV/STOL戦術機ハリアーGR.3はRAFGにNo3及び4飛行隊、イギリス本土にNo1グループ所属のNo1飛行隊が配備されていますが、1969年に実戦配備が開始されたこれらRAFブリティッシュ・ハリアーにもいよいよ引退の時期を迎えます。
アメリカがハリアーを独自改良して兵装搭載能力や航続性能を向上させた第二世代のアメリカン・ハリアー(AV-8B)をイギリスが逆輸入する形になって、RAF向けに改設計を行って実用化したのがハリアーGR.5以降のシリーズです。
まずハリアー最初の実戦部隊であるNo1飛行隊が1988年10月にハリアーGR.5に機種改編。
次いでNo.3飛行隊が89年3月にハリアーGR.5に機種更新、90年9月には最後のハリアーGR.3実戦部隊のNo4飛行隊がハリアーGR.7に機種改編。
これでハリアーGR.3装備の実戦部隊は1980年から中米ベリーズに駐留しているNo147フライトのみとなりました。

偵察機:イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.9装備のNo1PRU(写真偵察ユニット)

空中早期警戒飛行隊:アブロ・シャクルトンAEW装備のNo8飛行隊

海上哨戒飛行隊:4個:
BAE・ニムロッドMR.2飛行隊 x 4個(No42. 120. 201. 206.の各飛行隊)

戦術輸送機飛行隊:4個:
ロッキード・ハーキュリーズ飛行隊 x 4個(No24. 30. 47. 70.の各飛行隊)
RAFのC-130KはオリジナルのC.1と、C.1の胴体をストレッチした改造機C.3が存在しますけれど、両者共に30機程度の保有数でどの飛行隊がどちらを装備しているのかは特定できませんでした。

戦術輸送ヘリコプター飛行隊:2個
ボーイング・チヌークHC.1飛行隊 x 2個(No7及び18飛行隊)

アメリカ製の双発大型輸送ヘリコプターCH-47はRAFにおいては81年から配備が始まり、二個飛行隊がイギリス陸軍の戦術輸送支援任務に就いています。

空中給油飛行隊:3個:
ロッキード・トライスターKC.1/K.1装備のNo216飛行隊、ヴィッカース・VC10K装備のNo101飛行隊とハンドレページ・ヴィクターK.2装備のNo55飛行隊。
トライスターKC.1とK.1を装備するNo216飛行隊は86年から実働体制に入っています。
当初は輸送と空中給油の二刀流の飛行隊でしたが、次第に空中給油が主任務になっていったそうです。
一方、これまで2個飛行隊体制を維持してきたヴィクターK.2部隊ですが、機材の老朽化もあってNo27飛行隊がこの年の6月に解散して状態良好な機体がNo55飛行隊に移籍しています。

2020年9月20日 (日)

1980年代前半のイギリス空軍(RAF)

今回は1980年代前半のイギリス空軍(RAF)です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では1981年末時点におけるRAFの戦力概要について。

戦闘機飛行隊:推定9個:
マクダネル・ファントムFGR.2飛行隊 x 5個(No19. 23. 29. 56. 92.の各飛行隊)
マクダネル・ファントムFG.1飛行隊 x 2個(No43. 111.の各飛行隊)
BAC・ライトニングF.6飛行隊 x 2個(No5. 11.の各飛行隊)

ファントムFGR.2装備の飛行隊は、イギリス本土にあって旧航空支援コマンドのNo38グループ指揮下で戦術偵察任務に当っていたNo41飛行隊が1977年に解散、イギリス本土防空任務のNo111飛行隊が79年10月に海軍から移籍のファントムFG.1に機種改編された結果、実戦飛行隊は5個に減少しています。
配備はRAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)の制空防空任務に二個飛行隊(No19. 92.の各飛行隊)、イギリス本土防空任務に三個飛行隊(No23. 29. 56.の各飛行隊)です。
またファントム機種転換部隊にNo228OCUが、有事の際にNo64飛行隊として実戦任務に就く「シャドースコードロン」なのは1970年代から引き続いています。
なおフォークランド紛争後はNo29飛行隊が1982年10月にフォークランドのポートスタンレー飛行場に防空任務で展開しています。
この任務追加でイギリス本土の防空飛行隊の一部を派遣することになって本国防空に穴が開くのを防ぐ為、アメリカ海軍の中古F-4Jを急遽購入してRAF仕様に改修の後、84年10月にF-4J(ファントムF.3)装備のNo74飛行隊が再編されています。

元々はイギリス海軍の艦上戦闘機として導入が始まったファントムFG.1のRAFにおける配備は、それまでの一個飛行隊(No43)に加えて、前述のように79年秋に更に一個飛行隊がFGR.2からの改編を実施して二個飛行隊体制、いずれもイギリス本土防空任務に就いています。
1970年代末からは、ブリティッシュファントムの持つ低空要撃能力にマッチした新型のレーダー誘導型空対空ミサイル「スカイフラッシュ」(但し原型はアメリカ製のスパローミサイル)が配備を開始しているので、RAFのファントム部隊はいよいよその本領発揮という感強しです。
しかし84年には次期迎撃戦闘機トーネードADVの作戦転換部隊No229OCUが編成されて、ブリティッシュファントムの時代も終わりが見え始めていたのです。

1960年代初めから配備を開始したイギリス最初にして最後の純国産超音速迎撃戦闘機ライトニングは、77年にRAFG指揮下の二個飛行隊がファントムに機種改編して以降、実戦飛行隊として残るのはイギリス本土防空任務に就く二個飛行隊のみとなりました。

爆撃機・攻撃機飛行隊:推定20個:
アブロ・ヴァルカンB.2飛行隊 x 5個(No9. 35. 44. 50. 101.の各飛行隊)
SEPECAT・ジャガーGR.1飛行隊 x 8個(No2. 6. 14. 17. 20. 31. 41. 54.の各飛行隊)
ブラックバーン・バッカニアS.2飛行隊 x 4個(No12. 15. 16. 208.の各飛行隊)
ホーカーシドレー・ハリアーGR.3飛行隊 x 3個(No1. 3. 4.の各飛行隊)

かつてのRAFボマーコマンドの主役であったヴァルカン爆撃機はRAFストライクコマンドの長距離戦術核攻撃用として6個飛行隊に配備され、依然としてまとまった勢力を維持していますけれど、既に後継となる英独伊共同開発の可変翼超音速攻撃機パナピア・トーネードが機種転換部隊に配備されて実戦配備に向けて着々と準備している状況です。
1982年に入るとヴァルカンの退役は急速に進んで、3月末にNo35飛行隊が解散、フォークランド紛争最中の5月にはNo9飛行隊が解散しています。
4月2日にアルゼンチン軍が南大西洋のイギリス領フォークランド諸島に侵攻したことで勃発したフォークランド紛争においては、現役の各部隊から選ばれたヴァルカン爆撃機が中部大西洋の孤島アセンション島の飛行場に展開し、そこからアルゼンチン軍に占領されたフォークランドの飛行場や防空レーダーなどに対する往復一万三千キロ弱という超遠距離爆撃を実施する「ブラックバック作戦」が五回実施されています。
この作戦はヴァルカン単機で実行されるものでしたが、ヴァルカン一機が搭載できる1,000ポンド爆弾は21発です。
海軍機動部隊から出撃するシーハリアーやRAFのハリアーの場合、搭載できる1,000ポンド爆弾は他に増槽一個を搭載するとして四発なので、ヴァルカン一機でハリアー五機分以上の火力を発揮できるのです。
機動部隊が運用するシーハリアーとハリアーは合わせて38機で、28機が二隻の空母に展開するシーハリアーは艦隊防空や攻撃機の護衛にも使われるので対地攻撃に使える機数はごく限られてしまいます。
空母「ハーミーズ」に乗艦しているRAFのNo1飛行隊ハリアーは10機で、こちらは対地攻撃専従にするとしても一度の出撃で飛ばせるのはせいぜい4機。
それを考えると、超遠距離飛行をして単機で突入して爆撃など一見効率的には見えないこの「ブラックバック作戦」も当時のイギリスにとっては実効性のある合理的作戦であったと申せましょうか。
またこの作戦に対してアルゼンチン軍は過剰に反応して、ヴァルカン爆撃機によるアルゼンチン本土爆撃を警戒して主力戦闘機のミラージュを本土防衛任務に貼り付けた結果、イギリス艦隊に対する攻撃はA-4攻撃機が戦闘機の護衛なしで行わざるを得ない状況が多々生じるというイギリス側にとっては実に好都合な思わぬ副産物を産んだのでした。
ともあれヴァルカンにとってはこの紛争が唯一の実戦参加で最後の花道となり、この年の末に最後の爆撃飛行隊No44が解散しています。
しかし次期空中給油機VC10kの導入が遅れた為、VC10k戦力化までの繋ぎとしてヴァルカンに白羽の矢が立てられて応急改造型のヴァルカンK.2がNo50飛行隊に配備され、82年6月から84年3月まで運用されています。
なお、ヴァルカン飛行隊として解散したNo9飛行隊はそれから約三ヶ月後の82年8月に、RAF初のトーネードGR.1実戦飛行隊として再編されています。
翌83年にはNo15. 27. 617.の三個飛行隊がトーネードGR.1飛行隊として再編、84年にはNo16飛行隊(再編)とNo20及び31飛行隊(ジャガーGR.1から機種改編)、85年にはNo14及び17飛行隊がジャガーGR.1から機種改編してトーネードGR.1飛行隊になっています。

フランスとの共同開発によって74年から実戦配備を開始したジャガーGR.1戦術攻撃偵察機は8個飛行隊を擁してRAF戦術攻撃力の主柱に成長しています。
配備はRAFGに五個飛行隊(No2. 14. 17. 20. 31.の各飛行隊)とイギリス本土の旧航空支援コマンド(No38グループ)に三個飛行隊(No6. 41. 54.の各飛行隊)です。
RAFにおけるジャガー攻撃機の勢力はこの時が最盛期で84年からはトーネードGR.1への機種改編が開始されて、前述したように85年までにNo14. 17. 20. 31.の四個飛行隊がジャガーを手放してトーネード飛行隊に転じています。

1960年代半ばから後半にかけてキャンセルされたTSR2とF-111Kの代替としてアブロ・ヴァルカン爆撃機と共に超低空侵攻戦術核攻撃任務を担ってきた海軍由来のバッカニアS.2攻撃機は、RAFGの戦術核攻撃用としてNo15及び16飛行隊、イギリス本土近海における対艦洋上阻止任務にNo12及び208飛行隊が任務に就いています。
これら従来からの飛行隊に加えて、海軍の空母「アークロイヤル」退役に伴ってRAFに移籍するバッカニアの受け入れ先として1979年7月にNo216飛行隊が再編されていますけれど、この飛行隊は79年から80年初めにかけて相次いだバッカニアの墜落事故、その原因である主翼のダメージの問題から他の飛行隊へ健在な機体の拠出をせざるを得なくなって翌年には解散しています。
バッカニアもヴァルカン同様にこの後減勢が始まって、83年にはNo15飛行隊が、84年2月にはNo16飛行隊が解散してその後にトーネード飛行隊として再編。
以後、現役で残るのはイギリス本土に展開するストライクコマンド隷下のNo18グループ(かつてのコースタル・コマンド)に所属する二個飛行隊のみとなりました。

世界初の実用V/STOL戦術攻撃機であるハリアーは、GR.3装備の飛行隊を三個擁しています。
配備はRAFGに二個飛行隊(No3及びNo4飛行隊)、イギリス本土の旧航空支援コマンドのNo38グループに一個飛行隊(No1)です。
これらのうち、機動運用任務のNo1飛行隊はフォークランド紛争勃発に伴い、かなりの損耗が予想される海軍のシーハリアーを補って艦隊の防空任務に就くために大型輸送船「アトランティック・コンベア」に増援用のシーハリアーと共に乗船し、作戦海域で空母「ハーミーズ」に移動して実戦投入されています。
実戦投入に当ってサイドワインダー空対空ミサイルの運用能力を付与されたハリアーGR.3ですが、懸念されたシーハリアーの損耗が予想を遥かに下回るものであったことから本来の十八番である地上攻撃任務に投入されました。
対地攻撃に使用する場合、シーハリアーが運用能力を持っていないレーザー誘導爆弾をRAFハリアーは使用可能というのが強みでしょう。
またフォークランド紛争終結直後は現地防空用にNo1453フライトが編成され、82年10月にファントムFGR.2装備のNo23飛行隊が現地に駐留して防空任務を開始すると対地攻撃任務に戻って、85年6月までハリアー装備の各飛行隊のローテーション派遣で6機常駐体制を続けています。

偵察機飛行隊:推定2個:
アブロ・ヴァルカンB.2(MMR)飛行隊 x 1個(No27飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.9飛行隊 x 1個(No39飛行隊)

RAF唯一の長距離偵察機ヴァルカンB.2(MMR)を装備するNo27飛行隊は1982年3月に解散しています。
高高度偵察任務に就くキャンベラPR.9を装備するNo39飛行隊は82年6月に解散して機材は新編されたNo1PRU(写真偵察ユニット)に引き継がれていますが、この部隊についてはよくわかりませんでした・・・。
わざわざユニットと呼称するからには、保有する機体定数は飛行隊よりも少なくなってはいるのでしょうが。

空中早期警戒機飛行隊:1個:
アブロ・シャクルトンAEW飛行隊 x 1個(No8飛行隊)

第二次大戦におけるRAF爆撃機の象徴と言えるアブロ・ランカスターの最後の末裔がシャクルトンAEWで、72年以来イギリス本土周辺の早期警戒任務に就いています。

海上哨戒機飛行隊:推定4個:
BAE・ニムロッドMR.2飛行隊 x 1個(No206飛行隊)
BAE・ニムロッドMR.1飛行隊 x 4個(No42. 120. 201.の各飛行隊)

1971年から実戦配備を開始したジェット海上哨戒機ニムロッドMR.1は、77年に地中海マルタ島に展開していたNo203飛行隊が解散した結果、配備されているのはイギリス本土のみになっています。
なおニムロッド飛行隊は全てが前述のNo18グルーブです。
79年秋にNo206飛行隊が対水上レーダーやソノブイシステムのアップグレードを行ったニムロッドMR.2に改編していて、82年から83年にかけて他の三個飛行隊も次々にニムロッドMR.2に改編していきます。

戦術輸送機飛行隊:推定4個:
ロッキード・ハーキュリーズ飛行隊 x 4個(No24. 30. 47. 70. の各飛行隊)

1970年代半ばには6個飛行隊に配備されていたC-130ハーキュリーズは、イギリス軍のスエズ以東からの戦力撤退に合わせるように2個飛行隊が相次いで解散して、4個飛行隊体制に落ち着いています。
この時期には最初の導入型C.1(66機)のうち約30機に胴体をストレッチする改造を行ったC.3が配備されているのですが、どの飛行隊がC.3装備なのか特定できませんでした。

なお、輸送ヘリコプター部隊については、ウェストランド・ホワールウィンドやウェストランド・ウェセックスを装備していた50年代後半から70年代にかけては、例え輸送ヘリコプター(HC)装備であっても実際は捜索救難任務を兼任していたりして、イギリス陸軍の作戦を支援する純粋な戦術輸送任務に就いている飛行隊を特定することは困難でした。
そういった任務であると特定できたのは64年から80年までウェセックスHC.1を装備して、ライン駐留イギリス陸軍(BAOR)の支援任務に就いていたNo18飛行隊だけです。
1980年代に入ってようやく純粋に戦術輸送任務に就くヘリコプター部隊が特定できるようになり、それが81年8月に再編されたNo18飛行隊と82年9月に再編されたNo7飛行隊で、両飛行隊共にボーイング・チヌークHC.1を装備しています。
No18飛行隊は再編当初はハリアー装備のNo1飛行隊などと共にNo38グループの指揮下にありましたけれど、後にドイツ駐留になって97年までかの地に展開していました。

空中給油機飛行隊:推定2個:
ハンドレページ・ヴィクターK.2飛行隊 x 2個(No55. 57.の各飛行隊)

かつての戦略爆撃機ヴィクターB.2を空中給油機に改造して誕生したヴィクターK.2は、元相棒のヴァルカン爆撃機による超遠距離爆撃作戦「ブラックバック」を全力支援。
この爆撃作戦の成功はヴィクターK.2があってこそのものと言えましょう。
空中給油機の近代化施策としては、元旅客機のピッカースVC10を空中給油機に改造して任務に当らせることになりましたが、その就役が遅延したために応急策として前述のようにヴァルカン爆撃機を空中給油機に改造して短期間運用しています。
VC10k装備のNo101飛行隊は1984年5月に再編されて、ヴァルカンに代わってRAF第三の空中給油飛行隊として任務に就いています。
フォークランド紛争後、元民間機のロッキード・トライスラーを改造して空中給油/輸送機として空中給油能力をさらに向上増強することになって1984年11月に本機装備のNo216飛行隊が再編されていますけれど、部隊再編時点ではトライスターの改造機はまだ配備されておらず書類上の飛行隊と言えます。
この飛行隊が実働部隊になるのは改造を完了したトライスターKC.1/K.1を受領する86年からのようです。

またRAFが管理運用するエリアディフェンス用の地対空ミサイル部隊は、ブラッドハウンドMkⅡ地対空ミサイル装備の飛行隊が二個(No25及び85飛行隊)があって、この時期はNo25飛行隊がRAFG、No85飛行隊がイギリス本土に配備されていたようです。

2020年9月 6日 (日)

1970年代のイギリス海軍航空隊(FAA)

今回は前回「1970年代後半のイギリス空軍(RAF)」に続いて、1970年代のイギリス海軍航空隊(FAA)とその活躍の舞台であるイギリス海軍の空母の状況についての概要です。
これまでと同様に、ウィキペディア英語版と英語サイト「ウィングス-アビエーション」、雑誌「世界の傑作機」を情報ソースとして纏めてみました。

では最初に1971年末時点でのイギリス海軍航空隊の800番台実戦飛行隊の概要です。

戦闘飛行隊:2個
マクダネル・ファントムFG.1飛行隊 x 1個(892飛行隊)
デ・ハヴィラント・シーヴィクセンFAW.2飛行隊 x 1個(899飛行隊)

イギリス海軍航空隊唯一のファントムFG.1の母艦飛行隊892NASは1969年春に編成されて、1970年半ばに空母「アークロイヤル」が改装を終了して現役に復帰すると乗艦して1978年秋に終了する最後の航海まで行動を共にします。
遷音速全天候複座戦闘機のシーヴィクセンFAW.2は、最後の母艦飛行隊899NASが空母「イーグル」に展開。
しかし「イーグル」は翌72年1月に退役してしまい、それに伴って最後のシーヴィクセン飛行隊も解散します。
なお899NASは1980年3月にシーハリアー戦闘攻撃機の機種転換飛行隊として再編されています。

攻撃飛行隊:2個
ブラックバーン・バッカニアS.2飛行隊 x 2個(800. 809.の各飛行隊)

イギリス海軍の誇る超低空高速侵攻用の艦上攻撃機バッカニアS.2は空母「アークロイヤル」に809NAS、空母「イーグル」に800NASが展開していますが、800NASは翌72年1月の「イーグル」の退役でその役目を終えて、72年2月に解散しています。
800NAS解散後はFAA唯一のバッカニア飛行隊となった809NASは、892NAS飛行隊のファントムFG.1とのコンビで「アークロイヤル」最後の航海まで共に任務に就いています。
なお800NASは1980年3月にシーハリアー戦闘攻撃機初の実戦飛行隊として再編されています。

早期警戒飛行隊:1個
フェアリー・ガネットAEW飛行隊 x1個(849飛行隊)
艦隊空母に通常4機を派遣して空母部隊の防空の要として機能していた849NASですが、空母「イーグル」退役でその所要数は最低限になりました。
849NASも「アークロイヤル」最後の航海まで同艦に乗艦しています。

対潜ヘリコプター飛行隊:推定5個:
ウェストランド・シーキングHAS.1飛行隊 x 3個(819. 824. 826.の各飛行隊)
ウェストランド・ウェセックスHAS.3飛行隊 x 1個(820飛行隊)
ウェストランド・ワスプHAS.1飛行隊 x 1個(829飛行隊)

海上自衛隊でも「HSS-2」シリーズとして長年第一線にあった傑作中型ヘリコプターのシーキングは、我が国同様イギリスでもライセンス生産と独自の改良が施されています。
対潜型の最初のタイプであるシーキングHAS.1は1970年から実戦部隊への配備が開始されて、1971年末時点では推定で三個飛行隊が戦力化しています。
それまでの対潜ヘリコプター、ホワールウィンドやウェセックスと比べて飛行性能は勿論のこと、単機で捜索攻撃が可能な自己完結性を持っているのがこのヘリコプターの一大特徴と言えましょう。

輸送ヘリコプター飛行隊:推定2個:
ウェストランド・ウェセックスHU.5飛行隊 x 2個(845. 846.の各飛行隊)

イギリス海兵隊(コマンドー)輸送用のヘリコプター飛行隊はさらに一個(848NAS)がウェセックス装備で存在するのですが、この飛行隊は実戦用飛行隊の時期とヘリ訓練飛行隊の時期があってこの頃にはどちらの任務に就いているのか特定できませんでした。
訓練部隊になるのなら700番台のナンバリングにすればいいのに、実任務用の800番台を振り続けているのでややこしい話になるのです。

続いてこれら飛行隊の活躍の舞台となる空母の1971年末の状況はというと、
現役の艦隊空母は「アークロイヤル」と「イーグル」の2隻のみで、しかも「イーグル」は翌年1月に退役してしまいます。
「1966国防白書」で新型空母CVA-01計画が中止された引き換えに「アークロイヤル」と「イーグル」のファントム運用改造を行う計画だったのですが、1968年にスエズ以東からの軍事力撤退が決定されてイギリス海軍艦隊空母の存在意義は激落し希薄になってしまいます。
そんな中でも「アークロイヤル」の改装工事は進められて1970年半ばに再就役するのですけれど、「イーグル」は1970年に改装を断念する決定が下されてしまったのです。
元々「イーグル」の船体の状態は、建造中断による店晒しの期間が長かった「アークロイヤル」よりもずっと良かったそうですが、「アークロイヤル」の場合はオーバーホールと近代化改装を始めて間もなくファントム運用改修が追加されるという幸運に恵まれました。
「イーグル」は「アークロイヤル」の改装終了を待ってドック入りする予定だったのに、たまたま「アークロイヤル」が先にドック入りしていたせいで明暗がくっきり分かれることになってしまって気の毒で仕方ないのです・・・。
また「イーグル」の去就に関しては海軍当局の一部に相当な未練があったようで、当時改装コスト高と乗組員の多さが問題になっていた対潜ヘリコプター巡洋艦「タイガー」と「ブレイク」の代わりに「イーグル」を現役に留めよという主張や、予備艦になった「イーグル」に基幹乗組員を配置して有事の際には半年ないし一年程度で現役に復帰させる体制にしてはどうかという提案もなされたとの事。
後者は具体的な検討が行われたのですが、やはりこの種の話について回るコストの問題と、搭載する戦闘機シーヴィクセンの旧式化による戦力的価値の低下などの理由で却下されてしまったそうです。
攻撃機が旧式化したというのなら、かつてバッカニア攻撃機の運用能力が無い空母「セントー」でシーヴィクセンが攻撃機の役割も果たしていたやり方も出来ましょうが、戦闘機が旧式化しているのではその手は使えません。
旧式化した戦闘機を予備役飛行隊で維持するのも思いのほかコストがかかりそうです。

「イーグル」では退役前にRAFのハリアーの運用試験を行い、その結果は極めて有効でのちのFAAのシーハリアー装備に繋がっていきます。
それで妄想を逞しくすれば、RAF航空支援コマンドに所属するNo1飛行隊(ハリアー装備)にサイドワインダー空対空ミサイルの運用能力を付与して現役復帰した「イーグル」に展開させて戦闘機としての役目を担わせるという手があるわけですが・・・。
1982年のフォークランド紛争では空母「ハーミーズ」にRAFのハリアーGR.3装備No1飛行隊がサイドワインダーの運用能力を緊急に付加された上で展開して作戦に従事しているので、1970年代初頭においてもそういう運用はあり得ると思うのですよ。
しかし結局「イーグル」延命は成らずに退役後は「アークロイヤル」の部品取り用に維持された後、1978年にスクラップ売却されました。

一方、コマンドー母艦は「ブルワーク」と「アルビオン」の2隻で、「ハーミーズ」が艦隊空母からコマンドー母艦への改造中です。
「アルビオン」は1973年に退役しすぐにスクラップ売却、代わりに改造を終えた「ハーミーズ」が加わってコマンドー母艦二隻体制を維持しています。

引き続いて1976年末時点でのイギリス海軍航空隊800番台実戦飛行隊の概要です。

戦闘飛行隊:1個:マクダネル・ファントムFG.1装備の892NAS
攻撃飛行隊:1個:ブラックバーン・バッカニアS.2装備の809NAS
早期警戒飛行隊:1個:フェアリー・ガネットAEW装備の849NAS

これら飛行隊はイギリス海軍唯一の艦隊空母「アークロイヤル」に展開しています。
上述のように、これら飛行隊は「アークロイヤル」の78年秋に終了するファイナルクルーズまで乗艦し続けます。
「アークロイヤル」退役後は、ファントムとバッカニアは空軍に移籍、ガネットは退役になりました。

対潜ヘリコプター飛行隊:推定6個
ウェストランド・シーキングHAS.1飛行隊 x 5個(814. 819. 820. 824. 826.の各飛行隊)
ウェストランド・ワスプHAS.1飛行隊 x 1個(829飛行隊)

1971年末時点で唯一のウェセックスHAS.3飛行隊だった820NASは72年末にシーキングHAS.1に機種改編して、これで対潜型ウェセックスはイギリス海軍の第一線から退きました。
829NASのワスプHAS.1は、戦後イギリス海軍フリゲートの傑作と呼ばれるリアンダー級を主な活躍の舞台として運用継続中です。

輸送ヘリコプター飛行隊:推定2個
ウェストランド・ウェセックスHU.5飛行隊 x 2個(845. 846.の各飛行隊)

これら航空隊の展開する空母は、艦隊空母「アークロイヤル」とコマンドー母艦「ハーミーズ」の二隻です。
「ハーミーズ」は76年にNATOの要請で対潜能力を付与されて、対潜コマンドー母艦になっています。
もう一隻のコマンドー母艦「ブルワーク」は1976年3月に予備艦になっていて、その後ペルー海軍に売却すべく交渉がもたれますが結局成立せず。
ペルーがこのようなコマンドー母艦(ヘリコプター強襲艦)を保有しても、国威発揚にはインパクトに欠けてそのくせ維持コストは多大。
ペルーにとっては美味しい話でなさそうなのに、何故このような交渉の席が設けられたのか色々と想像を逞しくしてしまいますな。
海外売却が不発に終わった「ブルワーク」は、かねてより建造中の全通甲板型巡洋艦「インヴィンシブル」の就役遅延を補うために79年2月にコマンドー母艦としてではなく対潜ヘリ母艦として再就役を果たします。
就役遅延の「インヴィンシブル」はNATOの一員としてソ連海軍の特に潜水艦への対処を重視する新たな国防方針に沿って建造を開始した艦ですが、建造途中で設計を変更し、当初の対潜ヘリコプターのみの航空機運用からV/STOL戦闘攻撃機シーハリアーとの混成運用艦とするための所要の追加改装(スキージャンブ甲板の設置など)が行われて、1980年7月に竣工しました。
この他にシーキング対潜ヘリコプターを搭載する大型艦として、巡洋艦「ブレイク」と「タイガー」が在籍しています。
1969年に大改装を終えて再就役した「ブレイク」に引き続き、同型艦の「タイガー」も1968年から72年まで大改装を受けて、対潜ヘリコプター巡洋艦として再就役しています。
大型対潜ヘリコプター4機を集中運用するこの巡洋艦の対潜任務に関する評価は高かったものの、乗組員数の多さ(二隻で約1,800名)は予算削減で兵員数の減ったイギリス海軍にとっては痛い問題で、費用対効果を考えれば前述の「イーグル」維持(代わりに巡洋艦二隻を予備艦もしくは破棄)という主張が出てくるのもやむを得ないところ。
結局、「タイガー」は再就役から6年後の78年に退役、「ブレイク」は再就役から10年後の79年に退役になっています。

2020年8月30日 (日)

1970年代後半のイギリス空軍(RAF)

今回は前回から引き続いて、1970年代後半のイギリス空軍(RAF)です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では1976年末時点におけるRAFの戦力概要についてです。

戦闘機飛行隊:推定10個:

マクダネル・ファントムFGR.2飛行隊 x 5個(No23. 29. 41. 56. 111.の各飛行隊)
マクダネル・ファントムFG.1飛行隊 x 1個(No43飛行隊)
BAC・ライトニングF.6飛行隊 x 2個(No5. 11.の各飛行隊)
BAC・ライトニングF.2A飛行隊 x 2個(No19. 92飛行隊)

1969年からRAFへの配備が開始されたファントムFGR.2は、配備当初はイギリス本国の航空支援コマンドとRAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)における戦術攻撃及び戦術偵察任務でしたけれど、それら部隊は1974年から配備を開始した英仏共同開発の戦術攻撃偵察機ジャガーに逐次機種改編や再編を行って、この時点ではファントムはRAFGからは一旦退いて五個飛行隊全てがイギリス本土にあり、イギリス本土防空任務にストライクコマンド指揮下のNo11グループ(かつてのファイター・コマンド)所属で四個、同じくNo38グループ(かつての航空支援コマンド)に一個(戦術攻撃任務)の配備状況になっています。
このうちNo38グループ所属のNo41飛行隊は77年春に解散の後すぐにジャガーGR.1飛行隊として再編されています。
またRAFG向けにはライトニングF.2A戦闘機の後継として77年前半にNo19とNo92飛行隊が制空迎撃戦闘機として再配備が行われています。
なおブリティッシュ・ファントムの作戦転換部隊No228OCUは、有事の際にはNo64飛行隊として実戦任務に就く「シャドー」スコードロンになっています。

海軍の余剰機であるファントムFG.1を空軍に移管して編成されたNo43飛行隊は、本土防空用としてNo11グループ所属で再配備されたファントムFGR.2と共に引き続き任務に当っています。
79年には空母「アークロイヤル」の退役によって余剰になったファントムFG.1が空軍に追加移管され、ファントムFGR.2を運用していたNo111飛行隊がFG.1に機種改編しています。

この年までにイギリス本土防空の主役の座をファントムFGR.2に譲り渡したライトニング戦闘機は、この時点でNo11グループ所属でイギリス本土防空任務に就くF.6装備の二個飛行隊、RAFGの制空迎撃任務用にF.2A二個飛行隊が配備されています。
RAFG指揮下の飛行隊は前述のように翌年前半に相次いでファントムFGR.2に機種改編していますが、イギリス本土防空任務の二個飛行隊はその後も永らく生き永らえて、冷戦末期の1988年まで配備が続行されていきます。

爆撃機/攻撃機飛行隊 x 推定20個:

アブロ・ヴァルカンB.2飛行隊 x 6個(No9. 35. 44. 50. 101. 617.の各飛行隊)
SEPECAT・ジャガーGR.1飛行隊 x 6個(No2. 6. 14. 17. 31. 54.の各飛行隊)
ブラックバーン・バッカニアS.2飛行隊 x 4個(No12. 15. 16. 208.の各飛行隊)
ホーカーシドレー・ハリアーGR.3飛行隊 x 4個(No1. 3. 4. 20.の各飛行隊)

アブロ・ヴァルカンB.2爆撃機はRAFストライクコマンド指揮下のNo1グループ(かつてのボマー・コマンド)の長距離戦術核攻撃戦力の中核として、イギリス国産のWE177B戦術核爆弾を主な運用兵器として配備中です。
1974年から実戦配備を開始した英仏共同開発の戦術攻撃偵察機のジャガーは、戦術攻撃及び偵察任務から防空任務に転換するファントムFGR.2の後継機としてこの時点でRAFGへ4個、No38グループに2個飛行隊が配備されていて、翌年にはRAFGに更に一個飛行隊が配備されます。
ジャガーは開発開始当初、RAFにおいては高等練習機として採用の意向だったのですが、その後のF-111Kと英仏共同開発のAFVG(可変翼戦術戦闘機)が揃ってキャンセルになったことで戦術攻撃機不足に直面した為、当初計画を大きく変更してフランス同様に戦術攻撃機としての採用をメインに据えた経緯があるそうです。
ブラックバーン・バッカニアS.2はRAFG指揮下の戦術核攻撃任務とイギリス本土近海の敵艦船に対する洋上阻止任務にそれぞれ二個飛行隊が配備されています。
ホーカーシドレー・ハリアーGR.3は近接航空支援用としてRAFGに3個、No38グループ1個飛行隊が配備されていますが、翌年春にはRAFG配備のNo20飛行隊が解散して実戦飛行隊は三個に減少しています。

偵察機飛行隊:推定2個

アブロ・ヴァルカンB.2(MMR)飛行隊 x 1個(No27飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.9飛行隊 x 1個(No39飛行隊)

ハンドレページ・ヴィクターB(SR).2に代わって1974年からRAF唯一の長距離偵察任務に就いているヴァルカンB.2(MMR)は引き続き任務続行中です。
実戦部隊唯一のキャンベラ飛行隊No39は高高度偵察任務を続行中です。

早期警戒飛行隊:1個:

アブロ・シャクルトンAEW飛行隊 x 1個(No8飛行隊)

海軍の空母減勢で余剰になったフェアリー・ガネットAEWのレーダーセットをシャクルトン海上哨戒機に移植改造して1972年に登場したシャクルトンAEWは、RAF唯一の空中早期警戒機としてイギリス本土防空任務に就いています。

海上哨戒機飛行隊 :推定5個:

BAE・ニムロッドMR.1飛行隊 x 5個(No42. 120. 201. 203. 206.の各飛行隊)

イギリスの海上哨戒及び対潜任務を担うジェット哨戒機のBAE・ニムロッドの部隊は77年末に地中海のマルタ島駐留のNo203飛行隊が解散して、ストライクコマンド指揮下のNo18グループ(かつてのコースタル・コマンド)所属の四個飛行隊体制に移行します。
なおニムロッド部隊は1979年秋からNo206飛行隊を皮切りにニムロッドMR.2への更新が行われます。

戦術輸送機飛行隊:推定5個:

ロッキード・ハーキュリーズC.1飛行隊 x 4個(No24. 30. 47. 70. の各飛行隊)

アームストロング・ホイットワース・アーゴシー輸送機は75年に第一線を退き、RAFの戦術輸送機はアメリカ製のハーキュリーズに一本化されました。
しかしNo36飛行隊は75年に、No48飛行隊はこの年に解散していて、スエズ以東からの軍事力撤退で戦術輸送機部隊の所要数が減少したことを表しています。

空中給油機飛行隊: 3個

ハンドレページ・ヴィクターK.1/K.2飛行隊 x 3個(No55. 57.214.の各飛行隊)

この当時はエンジン推力が不足気味のヴィクターK.1から、よりパワフルで空中給油機としての完成度を高めたヴィクターk.2(戦略爆撃機ヴィクターB.2からの改造機)への機種改編が行われていて、No214飛行隊は77年1月に解散し残りの二個飛行隊はヴィクターK.2部隊として任務に就くことになります。

2020年8月23日 (日)

1970年代前半のイギリス空軍(RAF)

今回は1970年代前半のイギリス空軍(RAF)です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では今回は1971年末時点におけるRAFの戦力概要についてです。

戦闘機飛行隊:推定19個:
マクダネル・ファントムFGR.2飛行隊 x 6個(No2. 6. 14. 17. 31. 54. の各飛行隊)
マクダネル・ファントムFG.1飛行隊 x 1個(No43飛行隊)
BAC・ライトニングF.6飛行隊 x 6個(No5. 11. 23. 56. 74. 92.の各飛行隊)
BAC・ライトニングF.3飛行隊 x 3個(No29. 111.の各飛行隊)
BAC・ライトニングF2A飛行隊 x 2個(No19. 92.の各飛行隊)
ホーカー・ハンターFGA.9飛行隊 x 1個(No8飛行隊)

RAF向けのブリティッシュ・ファントムFGR.2は1969年から実戦部隊への配備が開始されて、1971年末時点では5個飛行隊が実働しています。
イギリス本国にあって陸軍の作戦を支援する戦闘攻撃機と輸送機の混成部隊である航空支援コマンド指揮下にNo6. 54. の各飛行隊、RAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)にNo2. 14. 31. 17.の各飛行隊という配備状況です。
この後、72年春に航空支援コマンド指揮下のNo41飛行隊が再編されます。
なお、航空支援コマンドは72年7月にストライクコマンドに統合されて、その指揮下のNo38グループになっています。
ファントムFGR.2の任務はこのいずれにあっても戦術攻撃と戦術偵察で、搭載するせっかくのパルスドップラーレーダーFCSも本領発揮とはいかないのですけれど、ファントムは退役が急速に進むハンターやキャンベラの後継機として攻撃偵察任務に就かせるのを最優先にせざるを得なかったのです。
ファントムFGR.2の本領発揮となる制空及び防空任務への転換は、フランスとの共同開発機であるジャガー戦術攻撃偵察機の実戦配備が始まる1974年春からになります。

本来は海軍向けのファントムFG.1は、搭載予定の新型空母CVA-01計画が1966年に中止されたことで余剰機が発生し、空軍がそれを引き取って1969年に本機装備のNo43飛行隊を再編制して本国防空任務に就かせています。

イギリス最初にして最後の純国産マッハ2級戦闘機であるライトニングは、ストライクコマンド指揮下でイギリス本土防空任務に就くNo11グループ傘下のライトニングF.3及びF.6飛行隊8個と、RAFG指揮下で冷戦の最前線において迎撃任務につくライトニングF.2A装備の2個飛行隊です。
これらライトニング部隊で、限定的ながらコリジョンコースでの要撃が可能なレッドトップ空対空ミサイルの搭載能力を持たないのはRAFG指揮下のF.2Aですが、これは近い将来のファントム配備を見越しての措置だったのか、あるいはドイツという配備地域の特性から、侵入してくる敵機は戦術機の低空侵攻(つまり大抵は高亜音速)なので、超音速飛行する敵機の機体の空力過熱による赤外線に食いつくレッドトップミサイルの特性は必要ないと割り切っての事だったのか、個人的に大変興味のあるところです。

1960年代末まで中東と東南アジアに駐留する戦闘攻撃飛行隊に配備されていたホーカー・ハンターは1968年の「スエズ以東からのイギリスの軍事力撤退」決定によって次々と退役し、ハンター装備の最後の実戦部隊であるNo8飛行隊はこの時期は既に次の装備機であるアブロ・シャクルトンAEW早期警戒機への改編に入っていて、戦力としては最早機能していないと思われます。
No8飛行隊は翌年1月にシャクルトンAEWを装備するRAF初の早期警戒飛行隊として再出発しています。
第一線飛行隊からはこれで引退のハンターですが、その優れた操縦性と頑丈な機体構造からこの後の練習機や訓練支援機、バッカニア攻撃機の機種転換用とまだまだ現役を続けることになります。
作戦転換部隊のNo228OCUはその傘下にハンター装備の三個飛行隊を有していて、そのうち二個飛行隊は所謂「シャドー」スコードロンとして有事の際には現役復帰して実戦任務に就くこととされていました(No79. 234.の各シャドー飛行隊)。
このNo228OCUは1974年に戦術兵器訓練部隊のNo1TWUに改編されて、ハンターのシャドー飛行隊任務は1979年まで続く事になります。

攻撃・爆撃機飛行隊:推定14個:
アブロ・バルカンB.2飛行隊 x 7個(No9. 27. 35. 44. 50. 101. 617.の各飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック。キャンベラB(I)8飛行隊 x 2個(No3. 16.の各飛行隊)
ブラックバーン・バッカニアS2飛行隊 x 2個(No12. 15.の各飛行隊)
ホーカーシドレー・ハリアーGR.1飛行隊 x 3個(No1. 4. 20.の各飛行隊)

RAFの戦略核任務は1970年12月31日をもって正式に終了し、イギリス最後の戦略爆撃機であったアブロ・ヴァルカンB.2は1968年にキャンセルされたF-111K戦術戦闘機の代替の一部となる長距離超低空侵攻戦術核攻撃任務に就いています。

1951年以来、RAFの戦術攻撃能力を担ってきたキャンベラ爆撃機は、この時点で実戦部隊は僅か二個飛行隊です。
いずれもRAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)所属ですが、No3飛行隊は翌年1月にハリアーGR.1に機種改編、爆撃機型キャンベラ最後の実戦部隊であるNo16飛行隊は72年秋にバッカニア攻撃機に機種改編を実施、これでRAFの第一線から爆撃機型キャンベラは姿を消しました。

前述のヴァルカンB.2と共に、キャンセルされたF-111Kの代替としてRAFG指揮下の超低空侵入戦術核攻撃任務とイギリス近海の洋上阻止任務に就くバッカニアS.2攻撃機はRAFGにNo15飛行隊が、イギリス本土にNo12飛行隊がそれぞれ配備されています。
74年秋までには、RAFGとイギリス本土に各二個飛行隊が配備されて、戦術核攻撃と洋上阻止任務にそれぞれ当る体制が確立しています。

世界初の実用V/STOL攻撃機であるホーカーシドレー・ハリアーGR.1はNo4とNo20飛行隊がRAFGに配備、No1飛行隊は上述の航空支援コマンドの指揮下にあります。
RAFのハリアー部隊はキャンベラ爆撃機から1972年1月に機種改編するNo3飛行隊をもって、計4個の体制を確立。
これら飛行隊は72年秋から翌年末にかけて機首にレーザー測距追尾システムを搭載して対地攻撃精度を向上させたハリアーGR.3に機種改編しています。

偵察機飛行隊 x 推定2個:
ハンドレページ・ヴィクターB(SR)2飛行隊 x 1個(No543飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.7/9飛行隊 x 1個(No39飛行隊)

長距離偵察機のヴィクターB(SR)2を装備する唯一の飛行隊No543は1974年5月に解散。
ヴィクターB(SR)2の後継機はヴァルカンB.2(MMR)で、本機を装備するNo27飛行隊は71年末時点ではヴァルカンB.2装備の爆撃飛行隊ですが翌年春に一旦解散、73年秋に長距離レーダー偵察型のヴァルカンB.2(MMR)飛行隊として再編されています。
なお偵察機のカテゴリには入れていませんが、1970年末に退役したハンターFR.10戦闘偵察機の後継として、上述のファントムFGR.2部隊のうちRAFG指揮下のNo2とNo31飛行隊が戦術偵察を第一の任務とした部隊として活動しています。

戦術爆撃任務からは1972年秋をもって退いたキャンベラですが、高高度偵察用としては一個飛行隊のみに数を減らしながらも依然として現役です。

海上哨戒機飛行隊 x 推定6個:
BAE・ニムロッドMR.1飛行隊 x 5個(No42. 120. 201. 203. 206.の各飛行隊)
アブロ・シャクルトンMR.2飛行隊 x 1個(No204飛行隊)

イギリス初のジェット海上哨戒機のBAE・ニムロッドはアブロ・シャクルトンに代わってRAFストライクコマンド指揮下のNo18グループ(かつてのコースタル・コマンドの後身)の主力機の座に就いています。
完全与圧のジェット哨戒機は乗員たちにとってさぞや快適であったことでしょう。
最後の海上哨戒型シャクルトン部隊のNo204飛行隊は72年秋に解散。
これで第二次大戦後半に勇名(悪名)を馳せたアブロ・ランカスター爆撃機直系の子孫は、72年1月に部隊発足のシャクルトンAEW早期警戒機のみとなりました。

戦術輸送機飛行隊 x 推定7個:
ロッキード・ハーキュリーズC.1飛行隊 x  6個(No24. 30. 36. 47. 48. 70. の各飛行隊)
アームストロング・ホイットワース・アーゴシー飛行隊 x 1個(No70各飛行隊)

1965年に計画中止されたSTOL戦術輸送機HS681の代替として採用されたアメリカ製のロッキード・ハーキュリーズC.1はRAF戦術輸送の主力としてその地位を確固たるものにしています。
アームストロング・ホイットワース・アーゴシーは戦術輸送任務としてはキプロスに配備されているNo70飛行隊を残すのみとなっていて、この部隊は75年に解散しています。

空中給油飛行隊 x 推定3個:
ハンドレページ・ヴィクターK.1飛行隊 x 3個(No55. 57. 214.の各飛行隊)

ヴィクターK.1空中給油機はエンジン推力が不足気味でRAFの要求を完全に満たす機体ではなかったようですけれど、この時期には戦略爆撃任務を1968年に退いたヴィクターB.2の空中給油機への改造計画がスタートしています。

またRAF所属のエリアディフェンス用地対空ミサイルについては、1971年末時点で実戦配備されているブラッドハウンドMkⅡ運用部隊はNo25(おそらくRAFG)、No112(キプロス)の二個飛行隊のみになっています。
1966年末時点ではNo25、41(いずれもイギリス本土、ボマーコマンドの基地防御用)とNo33(マラヤ)、No65(シンガポール)、No112(キプロス)の五個飛行隊で、RAFの戦略核任務終了に伴ってNo25はRAFGに移転、No41は解散しています。
No33はイギリスのスエズ以東からの軍事力撤退に基づいて69年初頭に解散、No65は1970年に独立して誕生したシンガポール空軍に提供、No112は75年7月に解散しています。

2020年8月 9日 (日)

1960年代後半のイギリス海軍航空隊(FAA)

今回は前回「1960年代前半のイギリス海軍航空隊(FAA)」に引き続いて、1960年代後半のイギリス海軍航空隊(FAA)とその活躍の舞台であるイギリス海軍の空母の状況についての概要です。
これまでと同様に、ウィキペディア英語版と英語サイト「ウィングス-アビエーション」、雑誌「世界の傑作機」を情報ソースとして纏めてみました。

では最初に1966年末時点におけるFAAの800番台の第一線飛行隊の概要です。

戦闘飛行隊:4個:
デ・ハヴィラント・シーヴィクセンFAW.2飛行隊 x 3個(892. 893. 899.の各飛行隊)
デ・ハヴィラント・シーヴィクセンFAW.1飛行隊 x 1個(890飛行隊)

シーヴィクセンFAW.2は迎撃レーダーを改良して、限定的ながらコリジョンコースでの要撃が可能な赤外線誘導型空対空ミサイル・レッドトップの運用を可能としたタイプです。
シーヴィクセンFAW.2装備飛行隊のうち、899NASは通常は空母に展開しない司令部飛行隊なので、FAW.2装備の母艦飛行隊は二個になります。
FAW.1装備飛行隊と合わせても母艦戦闘機飛行隊はたったの3個。
斜陽著しいイギリス海軍空母の現実が如実に現れているのです。
なにしろこの時点では現役空母は三隻で、他に1隻が長期改装中。
戦闘機飛行隊は各母艦に一個の配置なので、三個あれば稼動艦の飛行隊需要を完全に満たしてしまうのが寂しいところなのです。
なお、スーパーマリン・シミター戦闘攻撃機は1966年10月に最後の実戦飛行隊803NASが解散したことで、第一線から退いています。

遷音速全天候戦闘機シーヴィクセンの後継戦闘機としては、前回述べたように1964年7月にアメリカ製F-4ファントムの採用が政府承認されて、エンジンを後述のバッカニアS.2に搭載したイギリス国産のターボファンエンジン「スペイ」のリヒート(アフターバーナー)追加タイプに換装するなどの改良を加えたファントムFG.1として発注されていますが、後述の新型空母「CVA-01」計画の中止と空母「イーグル」のファントム適合改装の取りやめでこの機の運命は大きく変わっていってしまうのです。

攻撃飛行隊:3個:
ブラックバーン・バッカニアS.2飛行隊 x 3個(800. 801. 809.の各飛行隊)
ターボジェットエンジン搭載の暫定型といえるバッカニアS.1から、ターボファンエンジンを搭載してこの機体の持つ超低空侵攻のポテンシャルを充分に引き出せるようになったバッカニアS.2は、バッカニアS.1装備の801NASが1965年秋に本機へ機種改編したことで実戦配備が始まりました。
この年の末までに攻撃飛行隊はバッカニアS.1からS.2への更新を完了しています。

早期警戒飛行隊:1個(849NAS、フェアリー・ガネットAEW装備)
アメリカから供与されたスカイレイダーAEWのレーダーを移植して誕生したターボプロップ機のガネットAEWは、各空母に4機からなる分遣隊を派遣して空母部隊の早期警戒任務に当たっています。

対潜ヘリコプター飛行隊:推定4個:
ウェストランド・ウェセックスHAS.3飛行隊 x 1個(814飛行隊)
ウェストランド・ワスプHAS.1飛行隊 x 1個(829飛行隊)
ウェストランド・ホワールウィンドHAS.7飛行隊 x 2個(824. 825. の各飛行隊)

ターボシャフトエンジン搭載のウェストランド・ウェセックスは対潜用としては短期間の運用に終わったHAS.1を改造したHAS.3が登場。
空母とイギリス海軍初のミサイル駆逐艦「カウンティ」級に配備されています。
1950年代後半に登場したウェストランド・ホワールウィンドはこの時点でも未だ対潜ヘリコプターの主力を形成しています。
ホワールウィンドHAS.7のうち12機がターボシャフトエンジンに換装されてHAS.9になっていますけれど、部隊単位で配備されているかについては確認できませんでした。
829NASに配備されているワスプHAS.1は対潜魚雷投射用の小型ヘリコプターで、この頃増勢しつつあったヘリコプター搭載フリゲートに配備されています。

輸送ヘリコプター飛行隊:推定2個:
ウェストランド・ウェセックスHU.5飛行隊 x 2個(845. 848.の各飛行隊)
イギリス海兵隊(コマンドー)輸送用のヘリコプター飛行隊は、ウェセックスの汎用型HU.5装備の二個飛行隊体制になっています。
1962年から63年にかけては、これらの飛行隊とは別にホワールウィンド装備の二個飛行隊が再編されていたのですが、64年には解散してしまっています。

次にこれら飛行隊が展開する空母の1966年末時点の状況について。
イギリス海軍待望の新型大型空母「CVA-01」計画は、ファントムなどの新型艦載機の運用が困難な中型空母「ヴィクトリアス」と「ハーミーズ」を置き換える為に当面二隻の建造が求められていて、1963年夏に「ヴィクトリアス」の後継として一番艦の建造が承認されます。
この空母の満載排水量は63,000トンで、既存の大型空母「イーグル」「アークロイヤル」よりも一万トンほど大きく、固定翼艦載機の数は大改装後の「アークロイヤル」よりも8機多い40機になります。
しかし1964年秋の総選挙で労働党政権が誕生すると、政府や財務省からは防衛支出削減の観点から、空軍からは当時開発中の新型攻撃機TSR2の予算確保の観点から計画中止の圧力を受けることとなり、翌年のTSR2計画中止と代替のアメリカ製F-111戦術戦闘機導入決定、そしてスエズ以東からの軍事力削減という政府方針を謳った「1966国防白書」によって計画は全面中止されてしまいました。
空軍はF-111飛行隊によって従来は海軍の空母が担っていた遠隔地における航空戦力投射を代替できるという主張が通った形になったのですけれど、そのF-111導入計画も1967年の英ポンド切り下げに伴う導入コストの四割増に耐えかねた政府によって葬り去られてしまったのです。
本来であればこれで少なくとも既存の空母の運用継続が認められるところなのですけれど、イギリス政府は1968年にスエズ以東の軍事力全面撤退を決定。
スエズ以東の遠隔地における航空戦力の投射を主たる任務としていたイギリス海軍の艦隊型空母はこの決定で存在意義を失ってしまい、「イーグル」は「アークロイヤル」に続いて予定されていたファントムFG.1運用の為の改装計画が1970年に中止確定となり、「ハーミーズ」は1966年から足掛け5年に及ぶ大改装を終えて1970年中盤に復帰した「アークロイヤル」に席を譲って艦隊型空母としての使命を終えて、コマンドー母艦へ改造されることになりました。

現役艦(稼動中):3隻
「イーグル」「ハーミーズ」「ヴィクトリアス」

このうち「ヴィクトリアス」は最後の海外展開を控えた1967年11月に火災事故に見舞われて、損害自体は修理の許容範囲であったものの、退役目前の空母の修理に予算を割く余裕はないとされて翌年春に退役させられてしまいます。

長期改装中:1隻:
「アークロイヤル」

「アークロイヤル」はファントムFG.1戦闘機の運用適合化と装備の近代化、オーバーホールの大改装を1966年秋から実施中で、艦隊復帰は1970年になります。

コマンドー母艦:2隻:
「アルビオン」「ブルワーク」

1965年に退役した「セントー」のコマンドー母艦への改造はコストの問題で却下されています。

この他にウェセックス対潜ヘリコプターを搭載する大型艦として、軽巡洋艦「ブレイク」が1965年から69年にかけて対潜ヘリコプター巡洋艦として大改装を実施して再就役しています。
ウェセックスヘリコプターを4機搭載し、充実した対潜指揮能力を備えた艦ですがその改造コストは当初見積もりの二倍を優に越えて、再就役後はその対潜能力を高く評価される一方で多数の乗組員(定員900名弱)を必要とする点が大きな問題になっていくのです。

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