最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 1980年代のイギリス海軍航空隊(FAA) | トップページ | 1990年代後半のイギリス空軍(RAF) »

2020年10月18日 (日)

1990年代前半のイギリス空軍(RAF)

今回は1990年代前半のイギリス空軍(RAF)です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では1991年末時点におけるRAFの戦力概要について。

戦闘機飛行隊:推定9個:
パナピア・トーネードF.3飛行隊 x 7個(No5. 11. 23. 25. 29. 43. 111.の各飛行隊)
マクダネル・ファントムFGR.2飛行隊 x 2個(No19. 56.の各飛行隊)

RAFのファントム部隊は1987年から可変翼の新型迎撃戦闘機トーネードADVへの更新が開始されて、この時点ではストライクコマンド指揮下のNo11グループ(かつてのファイター・コマンド、イギリス本土防衛任務)の主力を形成しています。
1990年8月に発生した湾岸危機では、少なくともNo5及び11飛行隊が湾岸諸国の防空支援用として現地に展開していますが、トーネードF.3は翌年1月17日に発動されたイラク軍に対する空爆作戦「デザートストーム」には直接参加してはいないようです。

ブリテッシュ・ファントムはRAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)指揮下のNo11飛行隊、No11グループ指揮下のNo56飛行隊、そして88年に飛行隊から独立したNo1435フライト(フォークランド防衛任務)のみとなっていて、終焉の時はすぐそこまで迫っていました。
これらファントム部隊は湾岸危機においては現地に派遣されなかったようで、RAFG所属のNo19飛行隊は92年1月に解散しています。
代わりにドイツに送られたトーネードADVの部隊は無く、RAFGのドイツ防空任務はこれで終了です。
東西冷戦終焉に伴う国防予算削減、そしてドイツ空軍の防空能力強化によってRAFの戦闘機部隊をドイツに駐留させる意味も意義も無くなっていたのです。
この当時、ドイツ空軍はそれまで視程外空対空戦闘能力を持っていなかった主力戦闘機F-4FのレーダーFCSをF/A-18戦闘攻撃機と同じものに換装して本格的な視程外戦闘能力を付与するアップグレード改造を着々と進めています。
RAFで最後に残ったファントム部隊、No56飛行隊とNo1435フライトは92年7月にファントムの運用を終了、No56飛行隊はトーネードADVの作戦転換部隊OCU229から任務を引き継ぐと同時に予備飛行隊に指定されています。
従来はこの種の飛行隊を「シャドー」飛行隊と呼称していたのですが、この頃には「予備」飛行隊に変更されているようです。
No1435フライトはトーネードF.3に機種改編して、引き続きフォークランド防衛任務に就いています。

攻撃飛行隊:推定17個:
パナピア・トーネードGR.1飛行隊 x 8個(No2. 9. 14. 17. 20. 27. 31. 617.の各飛行隊)
SEPECAT・ジャガーGR.1飛行隊  x 3個(No6. 41. 54.の各飛行隊)
ブラックバーン・バッカニアS.2飛行隊 x 2個(No12. 208.の各飛行隊)
BAE・ハリアーGR.7飛行隊 x 2個(No3. 4.の各飛行隊)
BAE・ハリアーGR.5飛行隊 x 1個(No1飛行隊)

かつて開発中止になったイギリス国産のTSR2、その代替として一度は導入が決定されたものの財政的問題からキャンセルせざるを得なかったアメリカ製のF-111k。
それら先達の無念を晴らすために、イギリスが西ドイツやイタリアとの共同開発という形で遂に玉成に漕ぎ付けたのが、可変翼を装備して超低空高速侵入と超音速性能を両立させた戦術攻撃偵察機トーネードIDSです。
その最初の量産型GR.1はまず超低空高速侵入任務をアブロ・ヴァルカン爆撃機とブラックバーン・バッカニア攻撃機から引継ぎ、さらにRAFG配備のジャガー攻撃機の任務も引き継いでこの時点では8個飛行隊(RAFGに5個、ストライクコマンド隷下のNo1グルーブに3個)が実戦配備されていますが、冷戦終結に伴うRAFGの戦力削減で1991年9月にNo15飛行隊が、12月にNo16飛行隊が解散して前者は翌年春にトーネードIDSの兵装転換部隊兼予備飛行隊として再編、後者は91年11月にジャガー攻撃機の作戦転換兼予備飛行隊として再編されています。
1990年8月に発生した湾岸危機、翌年1月に発動された「デザートストーム」作戦ではこれらトーネードIDS部隊は直接間接に当時の実戦部隊全力10個飛行隊が関わっています。
「デザートストーム」作戦においては、RAFのトーネード部隊は得意の超低空高速侵入でイラク軍の航空基地に対する攻撃任務に就いたものの、イラク軍の対空砲火によって予想外の損失を出してしまいます。
超低空侵入で対空砲火の脅威に晒されたのであれば、防空網制圧作戦の成功で安全になった中高度からの精密爆撃に切り替えれば良いところなのですが、驚くべきことに当時のRAFトーネード部隊は中高度からの精密爆撃に必要なレーザー誘導爆弾の運用能力を持っておらず苦慮することになったのです。
超低空高速侵入攻撃能力に絶大な自信を持っていたそのツケが回ってきたと言えましょうか。
トーネードIDSの中高度からの精密爆撃能力欠如の問題は、イギリス本国から急遽派遣されてきたレーザー誘導爆弾の運用能力を持つバッカニア部隊との共同作戦で補うと共に、トーネードIDSへのレーザー誘導爆弾の運用能力付与が行われていきます。
湾岸戦争後、トーネードIDS部隊は1992年4月にNo15飛行隊がそれまでトーネードIDSの兵器転換部隊として活動していたNo45飛行隊の任務を引き継いで作戦転換兼予備飛行隊になり、RAFG所属のNo20飛行隊は92年7月に解散、ストライクコマンド隷下のNo1グルーブ所属のNo27飛行隊が1993年9月に解散し、93年10月にはバッカニアS.2装備のNo12飛行隊が先に解散したNo27飛行隊から機材人員を引き継ぐ形でトーネードGR.1装備飛行隊になっています。

なお1959年元日をもって、それまでの第二戦術空軍を再編して誕生したRAFGは1993年にストライクコマンド指揮下のNo2グループに再編されています。
冷戦が終結して、ストライクコマンドとは別の独立した指揮権を持つ航空集団をドイツに駐留させておく意義が薄れたということなのでしょう。
これでRAFの航空戦闘部隊は全てストライクコマンドの指揮下になったのです。

1974年から実戦配備されている英仏共同開発の戦術攻撃偵察機ジャガーは実戦飛行隊3個全てがイギリス本土に配備のNo1グループ所属になっていて、この他に運用転換兼予備飛行隊としてNo16飛行隊がジャガー装備で再編されています。
この時期のジャガーやトーネードIDSの予備飛行隊には戦術核兵器WE177が割り当てられていて、従来の「シャドー」飛行隊と同じく有事の際には実戦任務に復帰する部隊であったようです。
湾岸危機及び湾岸戦争ではトーネードIDS同様に、ジャガー実戦飛行隊の全力が湾岸地域に派遣されて直接間接に関わっています。

1969年から実戦配備されたRAFのバッカニアS.2攻撃機は1991年1月に発動された「デザートストーム」作戦において前述のトーネード部隊の思わぬ苦戦をフォローする為にNo12飛行隊とNo208飛行隊の混成部隊が急遽派遣されて、本機の持つレーザー誘導爆弾運用能力を生かしてトーネード部隊の精密水平爆撃の支援任務に就いています。
イギリス軍のバッカニアにとっては、空海軍を通じてこれが唯一の実戦参加になりました。
この後、No12飛行隊は93年10月に解散し、トーネードIDS装備でこの前月に解散したNo27飛行隊がNo12に隊ナンバーを変更する形で再編されています。
RAF最後のバッカニア飛行隊No208は94年3月に解散し、1962年7月にイギリス海軍航空隊の801NASがバッカニアS.1装備で再編されて以来のイギリス空海軍におけるバッカニア実戦部隊運用史にピリオドが打たれたのです。

またこの時期には、イギリス純国産の戦術核爆弾三タイプのうち、WE177A(重量272kg、核出力最大10キロトン)が92年に、WE177C(重量457kg、核出力200キロトン)が95年に退役しています。
これでイギリス軍の保有する戦術核兵器はトーネードIDSが運用するWE177B(重量457kg、核出力450キロトン)のみとなりました。

RAFのハリアー部隊は1990年末までに3個飛行隊全てが第二世代のアメリカン・ハリアーに更新を終えていて、ブリティッシュ・ハリアーで実戦部隊にあるのは中米ベリーズに駐留するNo1417フライト(ハリアーGR.3装備)ですが、この部隊は93年7月に解散してこれによりブリティッシュ・ハリアーのRAFにおける実戦任務は終了となりました。
第二世代ハリアーはRAFG所属のNo3及びNo4飛行隊がハリアーGR.7装備で、No1グルーブ所属でハリアーGR.5を運用するNo1飛行隊は92年6月にハリアーGR.7に機種改編しています。
またかつてのハリアー実戦飛行隊で77年に解散し、その後にRAFG配備のトーネード部隊として再編され92年7月に再び解散したNo20飛行隊は、92年9月にそれまでハリアーの機種転換部隊であったNo233OCUの任務を引き継いで再編されています(予備飛行隊も兼任)。

なお、これらハリアー部隊が湾岸危機及び湾岸戦争に直接間接に関与することはなかったようです。

偵察部隊:イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.9装備のNo1PRU(写真偵察ユニット)

この部隊は83年にNo39飛行隊が再編されて誕生したのですが、機体の配備定数が減ったので飛行隊からユニットに変わったのか、それとも他に特段の理由があって再編されたのかはわかりませんでした。
そしてこのNo1PRUは92年7月に飛行隊に再昇格しています。
しかし隊名はNo39(1PRU)とされていて、これもなんだかよくわからないところ。
ユニットという部隊名称を止めることになってこうした形になったのかどうか。

空中早期警戒機飛行隊:ボーイング・セントリー AEW.1装備のNo8飛行隊

72年以来、第二次大戦においてイギリスを代表する爆撃機であったアブロ・ランカスターの直系の子孫であるアブロ・シャクルトンAEWを運用してきたNo8飛行隊はこの年に解散、すぐにセントリーAEW.1装備飛行隊として再編されています。
これまでの使用機シャクルトンAEWはレシプロ機で早期警戒レーダーは海軍のガネットAEW艦上早期警戒機のシステムを移植という、80年代ともなれば古色蒼然のそしりを免れないような機体でしたけれど、90年代以降のイギリス本土の防空の要として相応しいセントリー(E-3D)に更新されて面目を一新という感じですな。

海上哨戒飛行隊:4個:
BAE・ニムロッドNR.2飛行隊 x 4個(No42. 120. 201. 206.の各飛行隊)

イギリス本国周辺の海上哨戒と対潜を主任務とするニムロッド部隊は、92年10月にNo42飛行隊がニムロッドの作戦転換部隊236OCUの任務を引き継いで、ニムロッドの作戦転換及び予備飛行隊になっています。
現役飛行隊がOCUから任務を引き継ぎ、同時に予備飛行隊を兼ねるという図式はこの当時にトーネードIDSやジャガー、ハリアーの部隊でも見られた事象です。
冷戦終結に伴う軍縮で所帯も予算も小さくなったので、作戦転換専任部隊を抱えておくのは非効率になったのでしょうね。

戦術輸送飛行隊:4個:
ロッキード・ハーキュリーズC.1/C.3飛行隊 x 4個(No24. 30. 47. 70.の各飛行隊)

人道支援や国際貢献で出番の多い輸送機部隊は、軍縮風が吹き荒れるこの時期でも安泰で現状維持です。

戦術輸送ヘリコプター飛行隊:2個:
ボーイング・チヌークHC.1飛行隊 x 2個(No7及び18飛行隊)

イギリス陸軍の作戦支援任務に就くチヌークHC.1は、93年に改良型のHC.2に改編しています。
またチヌークの作戦転換任務を受け持つNo240OCUの任務を引き継ぐと同時に予備飛行隊にも指定されたNo20飛行隊が93年に再編されています。

空中給油飛行隊:3個:
ロッキード・トライスターKC.1/K.1装備のNo216飛行隊、ヴィッカース・VC10K装備のNo101飛行隊とハンドレページ・ヴィクターK.2装備のNo55飛行隊。

元戦略爆撃機のハンドレページ・ヴィクター空中給油機装備のNo55飛行隊は、湾岸戦争に参加して最後のご奉公をした後の93年10月に解散しています。
ヴィクターの引退で、かつてイギリス戦略核部隊の主柱であったボマー・コマンドの面影はついにRAFから消え去ってしまったのです。

最後にRAFが運用するエリアディフェンス用地対空ミサイルですが、91年7月にRAF最後のエリアディフェンスミサイル部隊であるNo85飛行隊(ブラッドハウンドMk.2装備)が解散しました。
これも冷戦終結を物語る話なのであります。

« 1980年代のイギリス海軍航空隊(FAA) | トップページ | 1990年代後半のイギリス空軍(RAF) »

イギリス軍」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 1980年代のイギリス海軍航空隊(FAA) | トップページ | 1990年代後半のイギリス空軍(RAF) »

2020年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

カテゴリー