最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2020年9月 | トップページ | 2020年11月 »

2020年10月の記事

2020年10月25日 (日)

1990年代後半のイギリス空軍(RAF)

今回は1990年代後半のイギリス空軍(RAF)です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では1996年末時点におけるRAFの戦力概要について。

戦闘機飛行隊:推定6個:
パナピア・トーネードF.3飛行隊 x 6個(No5. 11. 25. 29. 43. 111.の各飛行隊)

1992年7月をもってブリティッシュ・ファントムが引退した後はRAF唯一の戦闘機となったトーネードF.3。
この時点では実戦飛行隊6個がストライク・コマンド隷下のNo11/18グループに所属してイギリス本土防空任務に就いています。
なお、かつてのファイター・コマンド(戦闘機軍団)の後身であるNo11グループは、この年の4月にかつてのコースタル・コマンド(沿岸軍団)の後身であるNo18グループと合併してNo11/18グループになっています。
この処置でイギリス本土周辺の空域及び海域防衛について指揮系統を一元化したことになります。
当時はロシアの経済危機が深刻でその軍事力も激落し、イギリス本土周辺の安全度が高くなっていた時期であります。
所帯が小さくなり且つ軍事的脅威が大幅に低減された状況では、No11とNo18グループの合併も当然の展開だったのでありましょう。
往時と比べて戦力が大幅に削減されているイギリス本土防空戦闘機部隊ですが、この後予算削減と軍事的脅威低減によって所帯は更に小さくされることになってしまい、No29飛行隊が98年10月に解散してRAFの戦闘機実戦飛行隊は遂に片手で数えられる五個飛行隊になってしまっています。
なおトーネードF.3を運用する実戦及び予備部隊としてはフォークランド防衛任務に就いているNo1435フライトと、トーネードADVの作戦転換及び予備飛行隊を兼任しているNo15飛行隊が存在します。

攻撃飛行隊:推定11個:
パナピア・トーネードGR.1飛行隊 x 6個(No2. 9. 12. 17. 31. 617.の各飛行隊)
SEPECAT・ジャガーGR.1飛行隊  x 3個(No6. 41. 54.の各飛行隊)
BAE・ハリアーGR.7飛行隊 x 2個(No1. 3. 4.の各飛行隊)

RAFストライクコマンドの打撃力の中核でイギリス最後の戦術核兵器WE177C(重量457kg、核出力450キロトン)を運用するトーネードIDSの実戦部隊は6個飛行隊で、この時点ではNo1グループに所属してドイツには4ないし5個飛行隊が駐留しています。
かつてのRAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)は93年4月にストライクコマンドの指揮下に入ってそのNo2グループになっていましたが、この年の4月にNo2グループはかつてのボマー・コマンド(爆撃機軍団)の後身であるNo1グループに吸収統合されています。
前述のNo11とNo18グループの合併同様、所帯が小さくなったのと軍事的脅威の大幅低下で攻撃機の指揮運用を一元化した形になります。
なおトーネードIDSの部隊としては、同機の作戦転換及び予備飛行隊のNo15飛行隊が存在します。
またトーネードIDSが運用する戦術核爆弾WE177Cは1998年に退役していて、1962年に最初の戦術核爆弾「レッドベアード」(重量約0.8トン、核出力最大25キロトン)の配備によって始まったイギリス軍の戦術核兵器史はこれにてピリオドが打たれたのです。
トーネードIDSの実戦部隊も90年代後半にイギリス本土防空部隊同様に戦力の更なる削減を迫られて、No17飛行隊が99年3月に解散。
これでトーネードの実戦飛行隊はADVとIDSを合わせて両手で数えられるまでに勢力減少となりました。

1974年から実戦配備を開始した英仏共同開発の戦術攻撃偵察機ジャガーは依然として3個飛行隊が健在。
こちらもトーネードIDSと同様にNo1グループの所属です。
旧世代機にも関わらずしぶとく生き残っているのは、可変翼の保守におカネがかかりそうなトーネードと違って比較的単純な機体やシステムゆえの保守運用性の高さや低コストなどの理由でしょうか。
なおジャガーを運用する部隊としては、同機の作戦転換及び予備飛行隊であるNo16飛行隊が存在します。

アメリカで改良を施され、それをイギリスが逆輸入する形となった第二世代のハリアーGR.7はやはりNo1グループ所属で3個飛行隊が実戦配備中。
この他に同機の作戦転換及び予備飛行隊のNo20飛行隊が存在します。
ドイツにはRAFG時代から変わらずNo3及び4飛行隊が駐留していて、この体制は1999年まで続いています。

偵察飛行隊:イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.9装備のNo38(1PRU)飛行隊

空中早期警戒機飛行隊:ボーイング・セントリー AEW.1装備のNo8飛行隊

海上哨戒飛行隊:3個
BAE・ニムロッドNR.2飛行隊 x 4個(No120. 201. 206.の各飛行隊)

ニムロッドの所属するかつてのコースタル・コマンドの後身であるNo18グループは前述のように防空担当のNo11グルーブと合併してNo11/18グループになっています。
ニムロッドの部隊としては他に、同機の作戦転換及び予備飛行隊であるNo42飛行隊が存在します。

戦術輸送飛行隊:4個
ロッキード・ハーキュリーズC.1/C.3飛行隊 x 4個(No24. 30. 47. 70.の各飛行隊)

戦術輸送ヘリコプター飛行隊:2個:
ボーイング・チヌークHC.2飛行隊 x 2個(No7及び18飛行隊)

チヌークの予備飛行隊として作戦転換任務も兼ねるNo27飛行隊が存在しますが、この飛行隊は98年に現役の実戦飛行隊に昇格しているようです。

空中給油飛行隊:2個
ロッキード・トライスターKC.1/K.1装備のNo216飛行隊、ヴィッカース・VC10K装備のNo101飛行隊。

1993年にハンドレページ・ヴィクターK.2が退役しましたけれどその代替は無く、空中給油機勢力は一個飛行隊が純減になっています。

2020年10月18日 (日)

1990年代前半のイギリス空軍(RAF)

今回は1990年代前半のイギリス空軍(RAF)です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では1991年末時点におけるRAFの戦力概要について。

戦闘機飛行隊:推定9個:
パナピア・トーネードF.3飛行隊 x 7個(No5. 11. 23. 25. 29. 43. 111.の各飛行隊)
マクダネル・ファントムFGR.2飛行隊 x 2個(No19. 56.の各飛行隊)

RAFのファントム部隊は1987年から可変翼の新型迎撃戦闘機トーネードADVへの更新が開始されて、この時点ではストライクコマンド指揮下のNo11グループ(かつてのファイター・コマンド、イギリス本土防衛任務)の主力を形成しています。
1990年8月に発生した湾岸危機では、少なくともNo5及び11飛行隊が湾岸諸国の防空支援用として現地に展開していますが、トーネードF.3は翌年1月17日に発動されたイラク軍に対する空爆作戦「デザートストーム」には直接参加してはいないようです。

ブリテッシュ・ファントムはRAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)指揮下のNo11飛行隊、No11グループ指揮下のNo56飛行隊、そして88年に飛行隊から独立したNo1435フライト(フォークランド防衛任務)のみとなっていて、終焉の時はすぐそこまで迫っていました。
これらファントム部隊は湾岸危機においては現地に派遣されなかったようで、RAFG所属のNo19飛行隊は92年1月に解散しています。
代わりにドイツに送られたトーネードADVの部隊は無く、RAFGのドイツ防空任務はこれで終了です。
東西冷戦終焉に伴う国防予算削減、そしてドイツ空軍の防空能力強化によってRAFの戦闘機部隊をドイツに駐留させる意味も意義も無くなっていたのです。
この当時、ドイツ空軍はそれまで視程外空対空戦闘能力を持っていなかった主力戦闘機F-4FのレーダーFCSをF/A-18戦闘攻撃機と同じものに換装して本格的な視程外戦闘能力を付与するアップグレード改造を着々と進めています。
RAFで最後に残ったファントム部隊、No56飛行隊とNo1435フライトは92年7月にファントムの運用を終了、No56飛行隊はトーネードADVの作戦転換部隊OCU229から任務を引き継ぐと同時に予備飛行隊に指定されています。
従来はこの種の飛行隊を「シャドー」飛行隊と呼称していたのですが、この頃には「予備」飛行隊に変更されているようです。
No1435フライトはトーネードF.3に機種改編して、引き続きフォークランド防衛任務に就いています。

攻撃飛行隊:推定17個:
パナピア・トーネードGR.1飛行隊 x 8個(No2. 9. 14. 17. 20. 27. 31. 617.の各飛行隊)
SEPECAT・ジャガーGR.1飛行隊  x 3個(No6. 41. 54.の各飛行隊)
ブラックバーン・バッカニアS.2飛行隊 x 2個(No12. 208.の各飛行隊)
BAE・ハリアーGR.7飛行隊 x 2個(No3. 4.の各飛行隊)
BAE・ハリアーGR.5飛行隊 x 1個(No1飛行隊)

かつて開発中止になったイギリス国産のTSR2、その代替として一度は導入が決定されたものの財政的問題からキャンセルせざるを得なかったアメリカ製のF-111k。
それら先達の無念を晴らすために、イギリスが西ドイツやイタリアとの共同開発という形で遂に玉成に漕ぎ付けたのが、可変翼を装備して超低空高速侵入と超音速性能を両立させた戦術攻撃偵察機トーネードIDSです。
その最初の量産型GR.1はまず超低空高速侵入任務をアブロ・ヴァルカン爆撃機とブラックバーン・バッカニア攻撃機から引継ぎ、さらにRAFG配備のジャガー攻撃機の任務も引き継いでこの時点では8個飛行隊(RAFGに5個、ストライクコマンド隷下のNo1グルーブに3個)が実戦配備されていますが、冷戦終結に伴うRAFGの戦力削減で1991年9月にNo15飛行隊が、12月にNo16飛行隊が解散して前者は翌年春にトーネードIDSの兵装転換部隊兼予備飛行隊として再編、後者は91年11月にジャガー攻撃機の作戦転換兼予備飛行隊として再編されています。
1990年8月に発生した湾岸危機、翌年1月に発動された「デザートストーム」作戦ではこれらトーネードIDS部隊は直接間接に当時の実戦部隊全力10個飛行隊が関わっています。
「デザートストーム」作戦においては、RAFのトーネード部隊は得意の超低空高速侵入でイラク軍の航空基地に対する攻撃任務に就いたものの、イラク軍の対空砲火によって予想外の損失を出してしまいます。
超低空侵入で対空砲火の脅威に晒されたのであれば、防空網制圧作戦の成功で安全になった中高度からの精密爆撃に切り替えれば良いところなのですが、驚くべきことに当時のRAFトーネード部隊は中高度からの精密爆撃に必要なレーザー誘導爆弾の運用能力を持っておらず苦慮することになったのです。
超低空高速侵入攻撃能力に絶大な自信を持っていたそのツケが回ってきたと言えましょうか。
トーネードIDSの中高度からの精密爆撃能力欠如の問題は、イギリス本国から急遽派遣されてきたレーザー誘導爆弾の運用能力を持つバッカニア部隊との共同作戦で補うと共に、トーネードIDSへのレーザー誘導爆弾の運用能力付与が行われていきます。
湾岸戦争後、トーネードIDS部隊は1992年4月にNo15飛行隊がそれまでトーネードIDSの兵器転換部隊として活動していたNo45飛行隊の任務を引き継いで作戦転換兼予備飛行隊になり、RAFG所属のNo20飛行隊は92年7月に解散、ストライクコマンド隷下のNo1グルーブ所属のNo27飛行隊が1993年9月に解散し、93年10月にはバッカニアS.2装備のNo12飛行隊が先に解散したNo27飛行隊から機材人員を引き継ぐ形でトーネードGR.1装備飛行隊になっています。

なお1959年元日をもって、それまでの第二戦術空軍を再編して誕生したRAFGは1993年にストライクコマンド指揮下のNo2グループに再編されています。
冷戦が終結して、ストライクコマンドとは別の独立した指揮権を持つ航空集団をドイツに駐留させておく意義が薄れたということなのでしょう。
これでRAFの航空戦闘部隊は全てストライクコマンドの指揮下になったのです。

1974年から実戦配備されている英仏共同開発の戦術攻撃偵察機ジャガーは実戦飛行隊3個全てがイギリス本土に配備のNo1グループ所属になっていて、この他に運用転換兼予備飛行隊としてNo16飛行隊がジャガー装備で再編されています。
この時期のジャガーやトーネードIDSの予備飛行隊には戦術核兵器WE177が割り当てられていて、従来の「シャドー」飛行隊と同じく有事の際には実戦任務に復帰する部隊であったようです。
湾岸危機及び湾岸戦争ではトーネードIDS同様に、ジャガー実戦飛行隊の全力が湾岸地域に派遣されて直接間接に関わっています。

1969年から実戦配備されたRAFのバッカニアS.2攻撃機は1991年1月に発動された「デザートストーム」作戦において前述のトーネード部隊の思わぬ苦戦をフォローする為にNo12飛行隊とNo208飛行隊の混成部隊が急遽派遣されて、本機の持つレーザー誘導爆弾運用能力を生かしてトーネード部隊の精密水平爆撃の支援任務に就いています。
イギリス軍のバッカニアにとっては、空海軍を通じてこれが唯一の実戦参加になりました。
この後、No12飛行隊は93年10月に解散し、トーネードIDS装備でこの前月に解散したNo27飛行隊がNo12に隊ナンバーを変更する形で再編されています。
RAF最後のバッカニア飛行隊No208は94年3月に解散し、1962年7月にイギリス海軍航空隊の801NASがバッカニアS.1装備で再編されて以来のイギリス空海軍におけるバッカニア実戦部隊運用史にピリオドが打たれたのです。

またこの時期には、イギリス純国産の戦術核爆弾三タイプのうち、WE177A(重量272kg、核出力最大10キロトン)が92年に、WE177C(重量457kg、核出力200キロトン)が95年に退役しています。
これでイギリス軍の保有する戦術核兵器はトーネードIDSが運用するWE177B(重量457kg、核出力450キロトン)のみとなりました。

RAFのハリアー部隊は1990年末までに3個飛行隊全てが第二世代のアメリカン・ハリアーに更新を終えていて、ブリティッシュ・ハリアーで実戦部隊にあるのは中米ベリーズに駐留するNo1417フライト(ハリアーGR.3装備)ですが、この部隊は93年7月に解散してこれによりブリティッシュ・ハリアーのRAFにおける実戦任務は終了となりました。
第二世代ハリアーはRAFG所属のNo3及びNo4飛行隊がハリアーGR.7装備で、No1グルーブ所属でハリアーGR.5を運用するNo1飛行隊は92年6月にハリアーGR.7に機種改編しています。
またかつてのハリアー実戦飛行隊で77年に解散し、その後にRAFG配備のトーネード部隊として再編され92年7月に再び解散したNo20飛行隊は、92年9月にそれまでハリアーの機種転換部隊であったNo233OCUの任務を引き継いで再編されています(予備飛行隊も兼任)。

なお、これらハリアー部隊が湾岸危機及び湾岸戦争に直接間接に関与することはなかったようです。

偵察部隊:イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.9装備のNo1PRU(写真偵察ユニット)

この部隊は83年にNo39飛行隊が再編されて誕生したのですが、機体の配備定数が減ったので飛行隊からユニットに変わったのか、それとも他に特段の理由があって再編されたのかはわかりませんでした。
そしてこのNo1PRUは92年7月に飛行隊に再昇格しています。
しかし隊名はNo39(1PRU)とされていて、これもなんだかよくわからないところ。
ユニットという部隊名称を止めることになってこうした形になったのかどうか。

空中早期警戒機飛行隊:ボーイング・セントリー AEW.1装備のNo8飛行隊

72年以来、第二次大戦においてイギリスを代表する爆撃機であったアブロ・ランカスターの直系の子孫であるアブロ・シャクルトンAEWを運用してきたNo8飛行隊はこの年に解散、すぐにセントリーAEW.1装備飛行隊として再編されています。
これまでの使用機シャクルトンAEWはレシプロ機で早期警戒レーダーは海軍のガネットAEW艦上早期警戒機のシステムを移植という、80年代ともなれば古色蒼然のそしりを免れないような機体でしたけれど、90年代以降のイギリス本土の防空の要として相応しいセントリー(E-3D)に更新されて面目を一新という感じですな。

海上哨戒飛行隊:4個:
BAE・ニムロッドNR.2飛行隊 x 4個(No42. 120. 201. 206.の各飛行隊)

イギリス本国周辺の海上哨戒と対潜を主任務とするニムロッド部隊は、92年10月にNo42飛行隊がニムロッドの作戦転換部隊236OCUの任務を引き継いで、ニムロッドの作戦転換及び予備飛行隊になっています。
現役飛行隊がOCUから任務を引き継ぎ、同時に予備飛行隊を兼ねるという図式はこの当時にトーネードIDSやジャガー、ハリアーの部隊でも見られた事象です。
冷戦終結に伴う軍縮で所帯も予算も小さくなったので、作戦転換専任部隊を抱えておくのは非効率になったのでしょうね。

戦術輸送飛行隊:4個:
ロッキード・ハーキュリーズC.1/C.3飛行隊 x 4個(No24. 30. 47. 70.の各飛行隊)

人道支援や国際貢献で出番の多い輸送機部隊は、軍縮風が吹き荒れるこの時期でも安泰で現状維持です。

戦術輸送ヘリコプター飛行隊:2個:
ボーイング・チヌークHC.1飛行隊 x 2個(No7及び18飛行隊)

イギリス陸軍の作戦支援任務に就くチヌークHC.1は、93年に改良型のHC.2に改編しています。
またチヌークの作戦転換任務を受け持つNo240OCUの任務を引き継ぐと同時に予備飛行隊にも指定されたNo20飛行隊が93年に再編されています。

空中給油飛行隊:3個:
ロッキード・トライスターKC.1/K.1装備のNo216飛行隊、ヴィッカース・VC10K装備のNo101飛行隊とハンドレページ・ヴィクターK.2装備のNo55飛行隊。

元戦略爆撃機のハンドレページ・ヴィクター空中給油機装備のNo55飛行隊は、湾岸戦争に参加して最後のご奉公をした後の93年10月に解散しています。
ヴィクターの引退で、かつてイギリス戦略核部隊の主柱であったボマー・コマンドの面影はついにRAFから消え去ってしまったのです。

最後にRAFが運用するエリアディフェンス用地対空ミサイルですが、91年7月にRAF最後のエリアディフェンスミサイル部隊であるNo85飛行隊(ブラッドハウンドMk.2装備)が解散しました。
これも冷戦終結を物語る話なのであります。

2020年10月 4日 (日)

1980年代のイギリス海軍航空隊(FAA)

今回は1980年代のイギリス海軍航空隊(FAA)とその活躍の舞台であるイギリス海軍の空母の状況についての概要です。
これまでと同様に、ウィキペディア英語版と英語サイト「ウィングス-アビエーション」、雑誌「世界の傑作機」を情報ソースとして纏めてみました。

では最初に1981年末時点でのイギリス海軍航空隊の800番台実戦飛行隊の概要です。

戦闘攻撃飛行隊:3個
BAE・シーハリアーFRS.1飛行隊 x 3個(800 801 899の各飛行隊)

イギリス海軍最後の艦隊空母「アークロイヤル」の退役に伴って1978年末に消滅したFAAの固定翼戦闘機部隊でしたけれど、1980年3月に司令部飛行隊の899NASとシーハリアー最初の実戦飛行隊800NASが再編され、この年の初めに801NASが編成されてFAAの800番台シーハリアー部隊は実戦二個、機種転換一個の三個飛行隊体制が確立し、この体制が基本的に続いていきます。
1982年4月に生起したフォークランド紛争では、南大西洋に出撃する空母「ハーミーズ」に800NASのシーハリアー12機、1980年7月に竣工し翌年から実働体制に入っている軽空母「インヴィンシブル」に801NASのシーハリアー8機が乗艦していました。
この二隻の空母を主力とする機動部隊のイギリス本国出撃後、FAAは在庫のシーハリアーとパイロットをかき集めて第三の実戦飛行隊809NASが編成され、同隊のシーハリアー8機は大型輸送船「アトランティック・コンベア」に乗船して作戦海域に運ばれて、「ハーミーズ」と「インヴィンシブル」に4機ずつ別れて移乗しています。
紛争勃発当初は特に海外からその戦闘能力についていささか疑念を持って見られていたシーハリアーですが、その運用実績は目覚しいもので当のイギリス海軍が危惧した航空戦による損耗も無く、長期作戦中の母艦における保守整備についても問題は無いのが確認されました。
この紛争におけるシーハリアーの目覚しい活躍で、イタリアは建造中の小型空母へのハリアー導入を決定し、スペインはハリアー運用を前提とした軽空母を建造。
インド海軍はこの紛争前にシーハリアーの導入を決定していましたが、紛争におけるシーハリアーの活躍に自分たちの判断は間違っていなかったと胸をなで下ろしたことでしょう。
対戦相手のアルゼンチンにとっては、フォークランド「奪還」に対する目の上のコブであった空母「アークロイヤル」が1980年にスクラップ売却されて、これで勝算アリという判断だったのにたった28機のシーハリアーに苦も無く捻られてしまって絶句してしまったことでしょうね。

対潜ヘリコプター飛行隊:推定7個:
ウェストランド・シーキング飛行隊 x 5個(814 819 820 824 826の各飛行隊)
アグスタウェストランド・リンクスHAS.2飛行隊 x 1個(815飛行隊)
ウェストランド・ワスプHAS.1飛行隊 x 1個(829飛行隊)

シーキングはこの時期は当時の最新バージョンであるHAS.5が主力であったと思われますが、全ての飛行隊がHAS.5に更新されていたかどうか特定はできませんでした。
フォークランド紛争では、空母「ハーミーズ」に826NAS、「インヴィンシブル」に819NASが乗艦して機動部隊周辺の対潜警戒任務に就いています。

ワスブに代わって駆逐艦やフリゲートに展開する英仏共同開発のリンクスはこの年から部隊就役を開始しています。
フォークランド紛争では早くも実戦を体験していて、小型のシースクア空対艦ミサイルを用いてアルゼンチンの哨戒艦を攻撃しています。
リンクスはセンサーを一切搭載していなかった前任のワスプと異なり、対水上レーダーと磁気探知機(MAD)を搭載していますがソノブイシステムは無く、ディッピングソナーもFAAでは運用しなかったとの事。
ディッピングソナーについてはシーキングに任せるとしても、ソノブイの運用能力が無いのは対潜任務上どうなんだろうかと疑問に感じるところなのです。
ソノブイによるパッシブ対潜戦術も空母搭載のシーキングで行い、駆逐艦やフリゲートに搭載されるリンクスは対潜というよりは海上哨戒及び攻撃を主任務としていたのかどうか。
この辺の明確な答えは英語サイトを見てもイマイチはっきりしないところがあるので、今後出るであろう「世界の傑作機 ウェストランド・リンクス」かイカロスのムック本に期待したいところです。

輸送ヘリコプター飛行隊 x 2個
ウェストランド・シーキングHC.4飛行隊 x 1個(846飛行隊)
ウェストランド・ウェセックスHU.5飛行隊 x 1個(845飛行隊)
フォークランド紛争では846NASが空母「ハーミーズ」に乗艦してコマンドー輸送任務に就いています。
845NASも作戦に参加してSAS(イギリス陸軍特殊空挺部隊)の作戦支援にも当っていますが、乗艦した船については特定できませんでした。
845NASは紛争終結後にシーキングHC.4に機種改編したので、FAAのウェセックスにとってはこの戦いが第一線から身を引く花道になったのです。

なおこの紛争前後には前述のシーハリアー飛行隊809NASの他に、下記のヘリコプター飛行隊が編成されています。
825NAS(シーキングHAS.2装備、1982年5月-9月)
847NAS(ウェセックスHU.5装備、1982年5月-9月)
これらのヘリコプター飛行隊はイギリス海軍補助艦隊(RFA)所属のヘリコプター支援艦「エンガディン」と紛争勃発でイギリス海軍に徴用されたコンテナ船「アトランティック・コーズウェイ」に乗艦してフォークランドに展開しています。

これら航空隊が展開する空母は「ハーミーズ」と最新鋭艦の「インヴィンシブル」の二隻で、フォークランド紛争では縦横無尽の活躍だったのは皆様ご存知の通りです。
フォークランド紛争勃発直後にイギリス海軍は航空機運用艦の急速増強を図り、予備艦の「ブルワーク」(対潜コマンドー母艦、1981年4月退役)と対潜ヘリコプター巡洋艦「タイガー」(1978年4月退役)と「ブレイク」(1979年退役)について再就役の可否について調査を行います。
「ブルワーク」は退役直前に起きた火災事故のダメージが予想以上に大きくて、再就役には最短で八ヶ月かかるという結論。
「タイガー」と「ブレイク」は「ブルワーク」とは逆に船体の状態が良いので急遽ドライドッグに入渠させて再就役工事の準備に入ります。
海軍としてはこの二隻を6インチ主砲による対地砲撃と、艦後部の広いヘリコプター甲板を利用してシーハリアーやハリアーの中継基地として使う事を意図していたそうです。
ハリアー一族の戦闘行動半径にやや不安があり、空中給油機を持っていないイギリス海軍にとっては、空母の前方に発着拠点を展開する事は貴重なシーハリアーやハリアーの損耗を避けられるのでそれなりの合理性はある話です。
しかしこの二隻は退役の大きな原因になった、運用に人手がかかるという早期再就役に極めてマイナスの要素が付き纏い、さらにアルゼンチン海軍の大型巡洋艦「ヘネラル・ベルグラーノ」がイギリス海軍の攻撃型原潜「コンカラー」に雷撃されて撃沈され、多くの死傷者を出す大惨事を目の当たりにして作業は断念されています。
「タイガー」と「ブレイク」が再就役した場合は想定される任務上、機動部隊本体からかなり前方(フォークランド寄り)に展開する必要がありますが、その場合対潜については機動部隊本体の対潜ヘリの充分な護衛を得られるか問題になります。
護衛のフリゲートは当然付けるでしょうけれど、機動部隊の護衛だけで相当な数の駆逐艦やフリゲートを回しているイギリス海軍にとって、これ以上の兵力を割く余裕があるのか否か。
また「ヘネラル・ベルグラーノ」も一応駆逐艦に護衛されていてあの大惨事だったのです。
もし充分な対潜護衛が付けられない状態で「タイガー」や「ブレイク」がアルゼンチン海軍の潜水艦から攻撃されたら・・・。
それで大きな人的犠牲が出ることをイギリス政府及び海軍は懸念したのでしょうね。

イギリス海軍はフォークランド紛争前には空母三隻体制は財政的に難しいとして、既に建造中の「イラストリアス」「アークロイヤル」を維持して「ハーミーズ」と「インヴィンシブル」は海外売却とする方針を固めていました。
「インヴィンシブル」がオーストラリア海軍の空母「メルボルン」の後継艦として売却することが内定し、紛争勃発直前にはオーストラリア海軍の将兵が訓練の為にイギリスにやってきていたのです。
しかし紛争の結果、NATOの一員としての対潜任務とフォークランドに代表される海外領土の防衛には三隻保有二隻稼動体制が必要と判断され、「インヴィンシブル」のオーストラリアへの売却は1983年7月に中止とされて、代わりに「ハーミーズ」の売却が提案されます。
しかし「ハーミーズ」は1960年代半ばに、当時「メルボルン」を近代化改装して維持すべきかそれとも他の適当な大きさの空母を取得すべきか迷っていたオーストラリアに売却提案が行われ、運用経費及び人的資源の面から運用は困難と判断されて却下された曰くつきのフネです。
またオーストラリアでは政権交代で労働党が政権に就き、カネ食い虫の空母は破棄という流れになってこの話も破談です。
そもそもオーストラリアとしては当時まだ敵対関係にあったインドネシアに対する軍事的圧力として、必要とあればかの国の首都ジャカルタを空爆可能なF-111戦闘爆撃機をアメリカから調達運用しているので、F-111が戦力化した1970年代半ばの時点で空母「メルボルン」の存在意義も相当に薄れていたのではないかと考えるところです。
「メルボルン」は対潜任務も兼ねているとはいっても、オーストラリア周辺の軍事的環境としてソ連潜水艦の脅威は固定翼対潜機を搭載した空母が必要なレベルなのかという話なのです。

閑話休題、インヴィンシブル級は結局三隻全てをイギリス海軍が保有することに落ち着き、1982年6月に二番艦「イラストリアス」が竣工、84年4月に「ハーミーズ」が退役して一時的に空母二隻体制になりますが、85年11月に三番艦「アークロイヤル」が竣工し、これでイギリス海軍の空母三隻体制が確立されました。

1986年末時点のイギリス海軍航空隊の戦力は前述の1981年末時点と大きな変化は無く、再編された部隊としてシーキングHAS装備の対潜ヘリコプター飛行隊810NASと、シーキングAEW装備の早期警戒ヘリコプター飛行隊849NASがあります。
849NASはフォークランド紛争において、イギリス機動部隊が早期警戒機の欠如からミサイル駆逐艦をレーダーピケット任務に充てざるを得ずに「シェフィールド」が沈没する損害を受けた反省から編成された部隊です。
機種改編した部隊は永らくワスプHAS.1を運用していた829NASで、この年にリンクスHAS.2に機種改編しています。
この後、89年8月にシーキングHAS装備の824NASが解散して1990年代を迎えることとなります。

« 2020年9月 | トップページ | 2020年11月 »

2020年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

カテゴリー