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2020年9月20日 (日)

1980年代前半のイギリス空軍(RAF)

今回は1980年代前半のイギリス空軍(RAF)です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では1981年末時点におけるRAFの戦力概要について。

戦闘機飛行隊:推定9個:
マクダネル・ファントムFGR.2飛行隊 x 5個(No19. 23. 29. 56. 92.の各飛行隊)
マクダネル・ファントムFG.1飛行隊 x 2個(No43. 111.の各飛行隊)
BAC・ライトニングF.6飛行隊 x 2個(No5. 11.の各飛行隊)

ファントムFGR.2装備の飛行隊は、イギリス本土にあって旧航空支援コマンドのNo38グループ指揮下で戦術偵察任務に当っていたNo41飛行隊が1977年に解散、イギリス本土防空任務のNo111飛行隊が79年10月に海軍から移籍のファントムFG.1に機種改編された結果、実戦飛行隊は5個に減少しています。
配備はRAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)の制空防空任務に二個飛行隊(No19. 92.の各飛行隊)、イギリス本土防空任務に三個飛行隊(No23. 29. 56.の各飛行隊)です。
またファントム機種転換部隊にNo228OCUが、有事の際にNo64飛行隊として実戦任務に就く「シャドースコードロン」なのは1970年代から引き続いています。
なおフォークランド紛争後はNo29飛行隊が1982年10月にフォークランドのポートスタンレー飛行場に防空任務で展開しています。
この任務追加でイギリス本土の防空飛行隊の一部を派遣することになって本国防空に穴が開くのを防ぐ為、アメリカ海軍の中古F-4Jを急遽購入してRAF仕様に改修の後、84年10月にF-4J(ファントムF.3)装備のNo74飛行隊が再編されています。

元々はイギリス海軍の艦上戦闘機として導入が始まったファントムFG.1のRAFにおける配備は、それまでの一個飛行隊(No43)に加えて、前述のように79年秋に更に一個飛行隊がFGR.2からの改編を実施して二個飛行隊体制、いずれもイギリス本土防空任務に就いています。
1970年代末からは、ブリティッシュファントムの持つ低空要撃能力にマッチした新型のレーダー誘導型空対空ミサイル「スカイフラッシュ」(但し原型はアメリカ製のスパローミサイル)が配備を開始しているので、RAFのファントム部隊はいよいよその本領発揮という感強しです。
しかし84年には次期迎撃戦闘機トーネードADVの作戦転換部隊No229OCUが編成されて、ブリティッシュファントムの時代も終わりが見え始めていたのです。

1960年代初めから配備を開始したイギリス最初にして最後の純国産超音速迎撃戦闘機ライトニングは、77年にRAFG指揮下の二個飛行隊がファントムに機種改編して以降、実戦飛行隊として残るのはイギリス本土防空任務に就く二個飛行隊のみとなりました。

爆撃機・攻撃機飛行隊:推定20個:
アブロ・ヴァルカンB.2飛行隊 x 5個(No9. 35. 44. 50. 101.の各飛行隊)
SEPECAT・ジャガーGR.1飛行隊 x 8個(No2. 6. 14. 17. 20. 31. 41. 54.の各飛行隊)
ブラックバーン・バッカニアS.2飛行隊 x 4個(No12. 15. 16. 208.の各飛行隊)
ホーカーシドレー・ハリアーGR.3飛行隊 x 3個(No1. 3. 4.の各飛行隊)

かつてのRAFボマーコマンドの主役であったヴァルカン爆撃機はRAFストライクコマンドの長距離戦術核攻撃用として6個飛行隊に配備され、依然としてまとまった勢力を維持していますけれど、既に後継となる英独伊共同開発の可変翼超音速攻撃機パナピア・トーネードが機種転換部隊に配備されて実戦配備に向けて着々と準備している状況です。
1982年に入るとヴァルカンの退役は急速に進んで、3月末にNo35飛行隊が解散、フォークランド紛争最中の5月にはNo9飛行隊が解散しています。
4月2日にアルゼンチン軍が南大西洋のイギリス領フォークランド諸島に侵攻したことで勃発したフォークランド紛争においては、現役の各部隊から選ばれたヴァルカン爆撃機が中部大西洋の孤島アセンション島の飛行場に展開し、そこからアルゼンチン軍に占領されたフォークランドの飛行場や防空レーダーなどに対する往復一万三千キロ弱という超遠距離爆撃を実施する「ブラックバック作戦」が五回実施されています。
この作戦はヴァルカン単機で実行されるものでしたが、ヴァルカン一機が搭載できる1,000ポンド爆弾は21発です。
海軍機動部隊から出撃するシーハリアーやRAFのハリアーの場合、搭載できる1,000ポンド爆弾は他に増槽一個を搭載するとして四発なので、ヴァルカン一機でハリアー五機分以上の火力を発揮できるのです。
機動部隊が運用するシーハリアーとハリアーは合わせて38機で、28機が二隻の空母に展開するシーハリアーは艦隊防空や攻撃機の護衛にも使われるので対地攻撃に使える機数はごく限られてしまいます。
空母「ハーミーズ」に乗艦しているRAFのNo1飛行隊ハリアーは10機で、こちらは対地攻撃専従にするとしても一度の出撃で飛ばせるのはせいぜい4機。
それを考えると、超遠距離飛行をして単機で突入して爆撃など一見効率的には見えないこの「ブラックバック作戦」も当時のイギリスにとっては実効性のある合理的作戦であったと申せましょうか。
またこの作戦に対してアルゼンチン軍は過剰に反応して、ヴァルカン爆撃機によるアルゼンチン本土爆撃を警戒して主力戦闘機のミラージュを本土防衛任務に貼り付けた結果、イギリス艦隊に対する攻撃はA-4攻撃機が戦闘機の護衛なしで行わざるを得ない状況が多々生じるというイギリス側にとっては実に好都合な思わぬ副産物を産んだのでした。
ともあれヴァルカンにとってはこの紛争が唯一の実戦参加で最後の花道となり、この年の末に最後の爆撃飛行隊No44が解散しています。
しかし次期空中給油機VC10kの導入が遅れた為、VC10k戦力化までの繋ぎとしてヴァルカンに白羽の矢が立てられて応急改造型のヴァルカンK.2がNo50飛行隊に配備され、82年6月から84年3月まで運用されています。
なお、ヴァルカン飛行隊として解散したNo9飛行隊はそれから約三ヶ月後の82年8月に、RAF初のトーネードGR.1実戦飛行隊として再編されています。
翌83年にはNo15. 27. 617.の三個飛行隊がトーネードGR.1飛行隊として再編、84年にはNo16飛行隊(再編)とNo20及び31飛行隊(ジャガーGR.1から機種改編)、85年にはNo14及び17飛行隊がジャガーGR.1から機種改編してトーネードGR.1飛行隊になっています。

フランスとの共同開発によって74年から実戦配備を開始したジャガーGR.1戦術攻撃偵察機は8個飛行隊を擁してRAF戦術攻撃力の主柱に成長しています。
配備はRAFGに五個飛行隊(No2. 14. 17. 20. 31.の各飛行隊)とイギリス本土の旧航空支援コマンド(No38グループ)に三個飛行隊(No6. 41. 54.の各飛行隊)です。
RAFにおけるジャガー攻撃機の勢力はこの時が最盛期で84年からはトーネードGR.1への機種改編が開始されて、前述したように85年までにNo14. 17. 20. 31.の四個飛行隊がジャガーを手放してトーネード飛行隊に転じています。

1960年代半ばから後半にかけてキャンセルされたTSR2とF-111Kの代替としてアブロ・ヴァルカン爆撃機と共に超低空侵攻戦術核攻撃任務を担ってきた海軍由来のバッカニアS.2攻撃機は、RAFGの戦術核攻撃用としてNo15及び16飛行隊、イギリス本土近海における対艦洋上阻止任務にNo12及び208飛行隊が任務に就いています。
これら従来からの飛行隊に加えて、海軍の空母「アークロイヤル」退役に伴ってRAFに移籍するバッカニアの受け入れ先として1979年7月にNo216飛行隊が再編されていますけれど、この飛行隊は79年から80年初めにかけて相次いだバッカニアの墜落事故、その原因である主翼のダメージの問題から他の飛行隊へ健在な機体の拠出をせざるを得なくなって翌年には解散しています。
バッカニアもヴァルカン同様にこの後減勢が始まって、83年にはNo15飛行隊が、84年2月にはNo16飛行隊が解散してその後にトーネード飛行隊として再編。
以後、現役で残るのはイギリス本土に展開するストライクコマンド隷下のNo18グループ(かつてのコースタル・コマンド)に所属する二個飛行隊のみとなりました。

世界初の実用V/STOL戦術攻撃機であるハリアーは、GR.3装備の飛行隊を三個擁しています。
配備はRAFGに二個飛行隊(No3及びNo4飛行隊)、イギリス本土の旧航空支援コマンドのNo38グループに一個飛行隊(No1)です。
これらのうち、機動運用任務のNo1飛行隊はフォークランド紛争勃発に伴い、かなりの損耗が予想される海軍のシーハリアーを補って艦隊の防空任務に就くために大型輸送船「アトランティック・コンベア」に増援用のシーハリアーと共に乗船し、作戦海域で空母「ハーミーズ」に移動して実戦投入されています。
実戦投入に当ってサイドワインダー空対空ミサイルの運用能力を付与されたハリアーGR.3ですが、懸念されたシーハリアーの損耗が予想を遥かに下回るものであったことから本来の十八番である地上攻撃任務に投入されました。
対地攻撃に使用する場合、シーハリアーが運用能力を持っていないレーザー誘導爆弾をRAFハリアーは使用可能というのが強みでしょう。
またフォークランド紛争終結直後は現地防空用にNo1453フライトが編成され、82年10月にファントムFGR.2装備のNo23飛行隊が現地に駐留して防空任務を開始すると対地攻撃任務に戻って、85年6月までハリアー装備の各飛行隊のローテーション派遣で6機常駐体制を続けています。

偵察機飛行隊:推定2個:
アブロ・ヴァルカンB.2(MMR)飛行隊 x 1個(No27飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.9飛行隊 x 1個(No39飛行隊)

RAF唯一の長距離偵察機ヴァルカンB.2(MMR)を装備するNo27飛行隊は1982年3月に解散しています。
高高度偵察任務に就くキャンベラPR.9を装備するNo39飛行隊は82年6月に解散して機材は新編されたNo1PRU(写真偵察ユニット)に引き継がれていますが、この部隊についてはよくわかりませんでした・・・。
わざわざユニットと呼称するからには、保有する機体定数は飛行隊よりも少なくなってはいるのでしょうが。

空中早期警戒機飛行隊:1個:
アブロ・シャクルトンAEW飛行隊 x 1個(No8飛行隊)

第二次大戦におけるRAF爆撃機の象徴と言えるアブロ・ランカスターの最後の末裔がシャクルトンAEWで、72年以来イギリス本土周辺の早期警戒任務に就いています。

海上哨戒機飛行隊:推定4個:
BAE・ニムロッドMR.2飛行隊 x 1個(No206飛行隊)
BAE・ニムロッドMR.1飛行隊 x 4個(No42. 120. 201.の各飛行隊)

1971年から実戦配備を開始したジェット海上哨戒機ニムロッドMR.1は、77年に地中海マルタ島に展開していたNo203飛行隊が解散した結果、配備されているのはイギリス本土のみになっています。
なおニムロッド飛行隊は全てが前述のNo18グルーブです。
79年秋にNo206飛行隊が対水上レーダーやソノブイシステムのアップグレードを行ったニムロッドMR.2に改編していて、82年から83年にかけて他の三個飛行隊も次々にニムロッドMR.2に改編していきます。

戦術輸送機飛行隊:推定4個:
ロッキード・ハーキュリーズ飛行隊 x 4個(No24. 30. 47. 70. の各飛行隊)

1970年代半ばには6個飛行隊に配備されていたC-130ハーキュリーズは、イギリス軍のスエズ以東からの戦力撤退に合わせるように2個飛行隊が相次いで解散して、4個飛行隊体制に落ち着いています。
この時期には最初の導入型C.1(66機)のうち約30機に胴体をストレッチする改造を行ったC.3が配備されているのですが、どの飛行隊がC.3装備なのか特定できませんでした。

なお、輸送ヘリコプター部隊については、ウェストランド・ホワールウィンドやウェストランド・ウェセックスを装備していた50年代後半から70年代にかけては、例え輸送ヘリコプター(HC)装備であっても実際は捜索救難任務を兼任していたりして、イギリス陸軍の作戦を支援する純粋な戦術輸送任務に就いている飛行隊を特定することは困難でした。
そういった任務であると特定できたのは64年から80年までウェセックスHC.1を装備して、ライン駐留イギリス陸軍(BAOR)の支援任務に就いていたNo18飛行隊だけです。
1980年代に入ってようやく純粋に戦術輸送任務に就くヘリコプター部隊が特定できるようになり、それが81年8月に再編されたNo18飛行隊と82年9月に再編されたNo7飛行隊で、両飛行隊共にボーイング・チヌークHC.1を装備しています。
No18飛行隊は再編当初はハリアー装備のNo1飛行隊などと共にNo38グループの指揮下にありましたけれど、後にドイツ駐留になって97年までかの地に展開していました。

空中給油機飛行隊:推定2個:
ハンドレページ・ヴィクターK.2飛行隊 x 2個(No55. 57.の各飛行隊)

かつての戦略爆撃機ヴィクターB.2を空中給油機に改造して誕生したヴィクターK.2は、元相棒のヴァルカン爆撃機による超遠距離爆撃作戦「ブラックバック」を全力支援。
この爆撃作戦の成功はヴィクターK.2があってこそのものと言えましょう。
空中給油機の近代化施策としては、元旅客機のピッカースVC10を空中給油機に改造して任務に当らせることになりましたが、その就役が遅延したために応急策として前述のようにヴァルカン爆撃機を空中給油機に改造して短期間運用しています。
VC10k装備のNo101飛行隊は1984年5月に再編されて、ヴァルカンに代わってRAF第三の空中給油飛行隊として任務に就いています。
フォークランド紛争後、元民間機のロッキード・トライスラーを改造して空中給油/輸送機として空中給油能力をさらに向上増強することになって1984年11月に本機装備のNo216飛行隊が再編されていますけれど、部隊再編時点ではトライスターの改造機はまだ配備されておらず書類上の飛行隊と言えます。
この飛行隊が実働部隊になるのは改造を完了したトライスターKC.1/K.1を受領する86年からのようです。

またRAFが管理運用するエリアディフェンス用の地対空ミサイル部隊は、ブラッドハウンドMkⅡ地対空ミサイル装備の飛行隊が二個(No25及び85飛行隊)があって、この時期はNo25飛行隊がRAFG、No85飛行隊がイギリス本土に配備されていたようです。

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