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2020年8月23日 (日)

1970年代前半のイギリス空軍(RAF)

今回は1970年代前半のイギリス空軍(RAF)です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では今回は1971年末時点におけるRAFの戦力概要についてです。

戦闘機飛行隊:推定19個:
マクダネル・ファントムFGR.2飛行隊 x 6個(No2. 6. 14. 17. 31. 54. の各飛行隊)
マクダネル・ファントムFG.1飛行隊 x 1個(No43飛行隊)
BAC・ライトニングF.6飛行隊 x 6個(No5. 11. 23. 56. 74. 92.の各飛行隊)
BAC・ライトニングF.3飛行隊 x 3個(No29. 111.の各飛行隊)
BAC・ライトニングF2A飛行隊 x 2個(No19. 92.の各飛行隊)
ホーカー・ハンターFGA.9飛行隊 x 1個(No8飛行隊)

RAF向けのブリティッシュ・ファントムFGR.2は1969年から実戦部隊への配備が開始されて、1971年末時点では5個飛行隊が実働しています。
イギリス本国にあって陸軍の作戦を支援する戦闘攻撃機と輸送機の混成部隊である航空支援コマンド指揮下にNo6. 54. の各飛行隊、RAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)にNo2. 14. 31. 17.の各飛行隊という配備状況です。
この後、72年春に航空支援コマンド指揮下のNo41飛行隊が再編されます。
なお、航空支援コマンドは72年7月にストライクコマンドに統合されて、その指揮下のNo38グループになっています。
ファントムFGR.2の任務はこのいずれにあっても戦術攻撃と戦術偵察で、搭載するせっかくのパルスドップラーレーダーFCSも本領発揮とはいかないのですけれど、ファントムは退役が急速に進むハンターやキャンベラの後継機として攻撃偵察任務に就かせるのを最優先にせざるを得なかったのです。
ファントムFGR.2の本領発揮となる制空及び防空任務への転換は、フランスとの共同開発機であるジャガー戦術攻撃偵察機の実戦配備が始まる1974年春からになります。

本来は海軍向けのファントムFG.1は、搭載予定の新型空母CVA-01計画が1966年に中止されたことで余剰機が発生し、空軍がそれを引き取って1969年に本機装備のNo43飛行隊を再編制して本国防空任務に就かせています。

イギリス最初にして最後の純国産マッハ2級戦闘機であるライトニングは、ストライクコマンド指揮下でイギリス本土防空任務に就くNo11グループ傘下のライトニングF.3及びF.6飛行隊8個と、RAFG指揮下で冷戦の最前線において迎撃任務につくライトニングF.2A装備の2個飛行隊です。
これらライトニング部隊で、限定的ながらコリジョンコースでの要撃が可能なレッドトップ空対空ミサイルの搭載能力を持たないのはRAFG指揮下のF.2Aですが、これは近い将来のファントム配備を見越しての措置だったのか、あるいはドイツという配備地域の特性から、侵入してくる敵機は戦術機の低空侵攻(つまり大抵は高亜音速)なので、超音速飛行する敵機の機体の空力過熱による赤外線に食いつくレッドトップミサイルの特性は必要ないと割り切っての事だったのか、個人的に大変興味のあるところです。

1960年代末まで中東と東南アジアに駐留する戦闘攻撃飛行隊に配備されていたホーカー・ハンターは1968年の「スエズ以東からのイギリスの軍事力撤退」決定によって次々と退役し、ハンター装備の最後の実戦部隊であるNo8飛行隊はこの時期は既に次の装備機であるアブロ・シャクルトンAEW早期警戒機への改編に入っていて、戦力としては最早機能していないと思われます。
No8飛行隊は翌年1月にシャクルトンAEWを装備するRAF初の早期警戒飛行隊として再出発しています。
第一線飛行隊からはこれで引退のハンターですが、その優れた操縦性と頑丈な機体構造からこの後の練習機や訓練支援機、バッカニア攻撃機の機種転換用とまだまだ現役を続けることになります。
作戦転換部隊のNo228OCUはその傘下にハンター装備の三個飛行隊を有していて、そのうち二個飛行隊は所謂「シャドー」スコードロンとして有事の際には現役復帰して実戦任務に就くこととされていました(No79. 234.の各シャドー飛行隊)。
このNo228OCUは1974年に戦術兵器訓練部隊のNo1TWUに改編されて、ハンターのシャドー飛行隊任務は1979年まで続く事になります。

攻撃・爆撃機飛行隊:推定14個:
アブロ・バルカンB.2飛行隊 x 7個(No9. 27. 35. 44. 50. 101. 617.の各飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック。キャンベラB(I)8飛行隊 x 2個(No3. 16.の各飛行隊)
ブラックバーン・バッカニアS2飛行隊 x 2個(No12. 15.の各飛行隊)
ホーカーシドレー・ハリアーGR.1飛行隊 x 3個(No1. 4. 20.の各飛行隊)

RAFの戦略核任務は1970年12月31日をもって正式に終了し、イギリス最後の戦略爆撃機であったアブロ・ヴァルカンB.2は1968年にキャンセルされたF-111K戦術戦闘機の代替の一部となる長距離超低空侵攻戦術核攻撃任務に就いています。

1951年以来、RAFの戦術攻撃能力を担ってきたキャンベラ爆撃機は、この時点で実戦部隊は僅か二個飛行隊です。
いずれもRAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)所属ですが、No3飛行隊は翌年1月にハリアーGR.1に機種改編、爆撃機型キャンベラ最後の実戦部隊であるNo16飛行隊は72年秋にバッカニア攻撃機に機種改編を実施、これでRAFの第一線から爆撃機型キャンベラは姿を消しました。

前述のヴァルカンB.2と共に、キャンセルされたF-111Kの代替としてRAFG指揮下の超低空侵入戦術核攻撃任務とイギリス近海の洋上阻止任務に就くバッカニアS.2攻撃機はRAFGにNo15飛行隊が、イギリス本土にNo12飛行隊がそれぞれ配備されています。
74年秋までには、RAFGとイギリス本土に各二個飛行隊が配備されて、戦術核攻撃と洋上阻止任務にそれぞれ当る体制が確立しています。

世界初の実用V/STOL攻撃機であるホーカーシドレー・ハリアーGR.1はNo4とNo20飛行隊がRAFGに配備、No1飛行隊は上述の航空支援コマンドの指揮下にあります。
RAFのハリアー部隊はキャンベラ爆撃機から1972年1月に機種改編するNo3飛行隊をもって、計4個の体制を確立。
これら飛行隊は72年秋から翌年末にかけて機首にレーザー測距追尾システムを搭載して対地攻撃精度を向上させたハリアーGR.3に機種改編しています。

偵察機飛行隊 x 推定2個:
ハンドレページ・ヴィクターB(SR)2飛行隊 x 1個(No543飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.7/9飛行隊 x 1個(No39飛行隊)

長距離偵察機のヴィクターB(SR)2を装備する唯一の飛行隊No543は1974年5月に解散。
ヴィクターB(SR)2の後継機はヴァルカンB.2(MMR)で、本機を装備するNo27飛行隊は71年末時点ではヴァルカンB.2装備の爆撃飛行隊ですが翌年春に一旦解散、73年秋に長距離レーダー偵察型のヴァルカンB.2(MMR)飛行隊として再編されています。
なお偵察機のカテゴリには入れていませんが、1970年末に退役したハンターFR.10戦闘偵察機の後継として、上述のファントムFGR.2部隊のうちRAFG指揮下のNo2とNo31飛行隊が戦術偵察を第一の任務とした部隊として活動しています。

戦術爆撃任務からは1972年秋をもって退いたキャンベラですが、高高度偵察用としては一個飛行隊のみに数を減らしながらも依然として現役です。

海上哨戒機飛行隊 x 推定6個:
BAE・ニムロッドMR.1飛行隊 x 5個(No42. 120. 201. 203. 206.の各飛行隊)
アブロ・シャクルトンMR.2飛行隊 x 1個(No204飛行隊)

イギリス初のジェット海上哨戒機のBAE・ニムロッドはアブロ・シャクルトンに代わってRAFストライクコマンド指揮下のNo18グループ(かつてのコースタル・コマンドの後身)の主力機の座に就いています。
完全与圧のジェット哨戒機は乗員たちにとってさぞや快適であったことでしょう。
最後の海上哨戒型シャクルトン部隊のNo204飛行隊は72年秋に解散。
これで第二次大戦後半に勇名(悪名)を馳せたアブロ・ランカスター爆撃機直系の子孫は、72年1月に部隊発足のシャクルトンAEW早期警戒機のみとなりました。

戦術輸送機飛行隊 x 推定7個:
ロッキード・ハーキュリーズC.1飛行隊 x  6個(No24. 30. 36. 47. 48. 70. の各飛行隊)
アームストロング・ホイットワース・アーゴシー飛行隊 x 1個(No70各飛行隊)

1965年に計画中止されたSTOL戦術輸送機HS681の代替として採用されたアメリカ製のロッキード・ハーキュリーズC.1はRAF戦術輸送の主力としてその地位を確固たるものにしています。
アームストロング・ホイットワース・アーゴシーは戦術輸送任務としてはキプロスに配備されているNo70飛行隊を残すのみとなっていて、この部隊は75年に解散しています。

空中給油飛行隊 x 推定3個:
ハンドレページ・ヴィクターK.1飛行隊 x 3個(No55. 57. 214.の各飛行隊)

ヴィクターK.1空中給油機はエンジン推力が不足気味でRAFの要求を完全に満たす機体ではなかったようですけれど、この時期には戦略爆撃任務を1968年に退いたヴィクターB.2の空中給油機への改造計画がスタートしています。

またRAF所属のエリアディフェンス用地対空ミサイルについては、1971年末時点で実戦配備されているブラッドハウンドMkⅡ運用部隊はNo25(おそらくRAFG)、No112(キプロス)の二個飛行隊のみになっています。
1966年末時点ではNo25、41(いずれもイギリス本土、ボマーコマンドの基地防御用)とNo33(マラヤ)、No65(シンガポール)、No112(キプロス)の五個飛行隊で、RAFの戦略核任務終了に伴ってNo25はRAFGに移転、No41は解散しています。
No33はイギリスのスエズ以東からの軍事力撤退に基づいて69年初頭に解散、No65は1970年に独立して誕生したシンガポール空軍に提供、No112は75年7月に解散しています。

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