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2020年7月26日 (日)

1960年代後半のイギリス空軍(RAF)その2(1960年代のRAF特記事項)

前回に引き続き、1960年代後半のイギリス空軍(RAF)その2は、1967-70年のRAFに関する特記事項です。

1967年
この年の4月までに、1965年に開発中止した戦術攻撃偵察機TSR2の代替となるアメリカ製のジェネラルダイナミクス・F-111戦術戦闘機計50機が発注されています。
イギリス仕様のF-111Kは実戦飛行隊4個と作戦転換飛行隊1個に配備される予定で、旧式化したキャンベラ爆撃機の後継として長距離低空侵攻任務を一手に担う、RAFの主柱となるはずの存在でした。
また「1966国防白書」によって海軍の新型空母「CVA-01」計画が中止されたことから、F-111Kはその代替の海外戦力投射の手段として運用する事も意図されていたのです。
またこの年には、TSR2と同様に開発中止になった戦術輸送機HS681の代替となるアメリカ製のロッキードC-130ハーキュリーズのイギリス仕様のハーキュリーズC.1がNo38飛行隊を皮切りに実戦配備を開始しています。
その一方で、1956年から部隊配備されていたレシプロ輸送機のブラックバーン・ビバリーが第一線から退いています。
輸送機関連では、RAFの輸送機を指揮下に置く輸送コマンドが、ファイターコマンドの指揮下にあった航空支援部隊のNo38グループと統合されて8月1日付けで航空支援コマンドに改編されています。
輸送コマンドは輸送機のみの軍団でしたが、戦闘機や攻撃機の飛行隊を指揮下に置いたNo38グループと統合されたことでより自立的な陸軍作戦支援が可能になっています。
航空支援コマンドはファントムFGR.2やハリアーGR.1の飛行隊が早期に配備されていて、機動作戦集団として相当に力が入れられた軍団と思われますけれど、1972年にはストライクコマンドの指揮下に入ることになります。


1968年
この年の4月30日に、永らくRAFの二大主力であった戦闘機軍団(ファイター・コマンド)と爆撃機軍団(ボマー・コマンド)が統合されて、新組織のストライクコマンドが発足しました。
ファイター、ボマーの両者共にその勢力は戦後の最盛期(1950年代半ば)に比べて大きく減じていて、戦闘機と爆撃機の飛行隊合計は1956年末の推定97個から1966年末時点では36個にまで落ち込んでいます。
加えて1970年代初頭には、1968年10月に一番艦「レゾリューション」が竣工した海軍のポラリスSLBM搭載原潜四隻による戦略パトロール体制が整う代わりにRAFの戦略核任務が終了するのも決定していたので、戦略爆撃を担うボマー・コマンドの存在意義はその時点で無くなると言ってよいでしょう。
このような状況では、ファイターとボマーの両軍団を統合して指揮系統を一元化するのも致し方ないところです。
ファイター・コマンドはストライクコマンド指揮下のNo11グルーブとして、ボマー・コマンドは同じくNo1グループとして再出発です。
そしてその新生ストライクコマンドの主力となるはずであった前述のF-111Kは、1967年の英ポンド切り下げに伴う価格高騰(1965年の導入決定時の見積もりから1967年時点で約40パーセント増)で配備計画はキャンセルされてしまいます。
TSR2計画中止の後に、フランスとの共同開発に着手した可変翼の戦術戦闘機「AFVG」はF-111Kとのコンビで超低空戦術攻撃を意図したものでしたけれど、こちらは共同開発の相手であるフランスのダッソー社がコスト高を理由に67年夏にこの計画から撤退してしまってイギリスも開発を断念。
F-111KとAFVGの代替として、戦略核任務から退くヴァルカンB.2爆撃機を長距離低空侵攻用、海軍のバッカニア攻撃機を採用して中距離低空侵攻用とすることで最終決着をみています。
この時期のイギリス空軍と海軍は、おカネ絡みの配備キャンセルや開発中止が多くてイギリスの国力低下を思い知らされるのです。
またこの年は1957年から配備されていた全天候迎撃戦闘機のグロスター・ジャベリン、アブロ・ヴァルカンB.2と並んでブルースティール核ミサイルを運用しボマー・コマンドの二本柱を形成していたハンドレページ・ヴィクターB.2、1948年から配備を続けてきた古参のレシプロ大型輸送機ハンドレページ・ヘイスティングスが揃って第一線を退いています。
ただし実戦配備開始が1962年とまだまだ機齢の若いヴィクターB.2は、エンジンの推力が不足気味でRAFの運用条件に必ずしも適合していなかったヴィクターB.1改めK.1シリーズに代わって、より能力の高い空中給油機ヴィクターK.2に生まれ変わって1993年まで任務を続けることになったのです。

1969年
この年の11月には海上哨戒や対潜任務を担当する沿岸軍団(コースタル・コマンド)がストライクコマンドに吸収され、その指揮下のNo18グルーブになっています。
この種の任務部隊は日米ならば当然海軍(海上自衛隊)の担当となるのですが、イギリスは海軍に譲るのではなくあくまで空軍の領分であることを維持し続けます。
この辺は空軍の海軍に対するメンツがあったのでしょうか?
この年は前年の旧世代機の退役ラッシュとは対照的に、新世代機の配備開始が続きます。
2月にはファントムFGR.2の運用転換部隊であるNo228OCUが編制。
7月には航空支援コマンド指揮下でハンターFGA.9を運用していたNo1飛行隊がRAF最初のハリアー実戦飛行隊に改編。
9月には海軍の空母イーグルへの配備がキャンセルされて宙に浮いたファントムFG.1を空軍が引き取ってNo43飛行隊を編制。
ファントムFG.1装備のNo43飛行隊はイギリス本土防空任務に就き、それまでの迎撃任務の主力のライトニング戦闘機に欠けていた本格的な全天候迎撃能力と最大で空対空ミサイル八発を搭載する重火力、高い航続性能で本国防空に新時代をもたらしたのです。
10月にはキャンセルされたF-111Kの代替の一部となる空軍向けバッカニアS2B攻撃機のNo12飛行隊への配備を開始。
No12飛行隊の任務はイギリス本土近海における洋上阻止任務で、当時増強著しいソ連海軍の水上部隊に対する高レベルの超低空攻撃能力による抑止を担うことになります。
核兵器関連ではWE.177ブースト型核爆弾の第二弾としてWE.177Aがこの年から配備を開始しています。
WE.177Aは準戦略核爆弾と呼んでもよさそうな450キロトンの核出力を持つB型とは対照的に、10キロトンの低出力で重量は約270kgと軽量の文字通りの戦術核爆弾です。

1970年
この年はRAFにとって一つの時代が幕を閉じた象徴的なものでした。
この年の大晦日をもって、ブルースティール核ミサイルを運用して戦略核任務についていたヴァルカンB.2爆撃機は、海軍のポラリスSLBM搭載戦略原潜レゾリューション級4隻にその任務を全て譲って退きました。
ヴァルカンB.2はキャンセルされたF-111Kの代替として、RAFストライクコマンドの長距離戦術核攻撃任務に就きその後十年余りを過ごすことになりますが、ブルースティールミサイルはこれにて一巻の終わりとなりました。
そのヴァルカンやキャンベラ爆撃機用に配備されていたイギリス国産の戦術核爆弾(原子爆弾)「レッドベアード」(核出力最大25キロトン)の後継として、この年から新型の戦術核爆弾WE.177C(核出力200キロトン)がRAFG(西ドイツ駐留イギリス空軍)向けに配備を開始しています。
戦術核兵器としては200キロトンは威力過剰なのではと素人は思うところなのですけれど、RAFG用であるということはその威力が必要な東側の目標が存在していたということなのでしょうか?
一方、RAFの主力海上哨戒機として1951年から配備を続けていたアブロ・シャクルトンは、この年に三個飛行隊(No120. 206. 210.の各飛行隊)がジェット海上哨戒機のBAEニムロッドMR.1に機種改編を行っています。
海上哨戒機としてのシャクルトンは1972年春に最後の飛行隊No204が解散したことで第一線から退いています。

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