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2020年7月19日 (日)

1960年代後半のイギリス空軍(RAF)その1(1966年末時点におけるイギリス空軍戦力概要)

前回までに引き続き、1960年代後半のイギリス空軍(RAF)その1です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では今回は1966年末時点におけるRAFの戦力概要についてです。

戦闘飛行隊:推定16個:
BAC ライトニング F.6飛行隊 x 2個(No5. 74. の各飛行隊)
BAC ライトニング F.3飛行隊 x 3個(No23. 56. 111.の各飛行隊)
BAC ライトニング F.2飛行隊 x 2個(No19. 92の各飛行隊)
BAC ライトニング F.1A飛行隊 x 1個(No145.飛行隊)
グロスター・ジャベリンFAW.9飛行隊 x 3個(No29. 60. 64.の各飛行隊)
ホーカー・ハンターFGA.9飛行隊 x 5個(No1. 8. 20. 43. 54.の各飛行隊)

イギリス最初にして最後の純国産超音速戦闘機のライトニングは、イギリス本土の防衛任務に就くファイター・コマンドとNATO共同防衛任務の第二戦術空軍の中核を成すRAFG(西ドイツ駐留イギリス空軍)の主力戦闘機として各型合計8個飛行隊が任務に就いています。
このうち、限定的ながらコリジョンコースでの迎撃能力を持つレッドトップ空対空ミサイルを運用可能な飛行隊はライトニングF.3とF.6を装備する部隊で、ファイター・コマンドのみに配備されています。
レッドトップの運用能力を持たず敵機後方からのみ攻撃可能なファイアストリーク空対空ミサイルを運用するライトニングF.2とF.1Aを装備する飛行隊は三個で、ライトニングF.2はRAFG指揮下のNo19と92飛行隊に配備されています。
このF.2はその後、レーダーFCS以外をライトニングF.6仕様に改造したF.2Aに更新されて、70年代半ばまでRAFGで運用され続けます。

1950年代後半から60年代初めまでイギリス本土防空の主役であったグロスター・ジャベリンはライトニングの増勢でその数を減らし、1966年末時点では3個飛行隊で運用されています。
ファイター・コマンド指揮下にあるのはNo29飛行隊で、この部隊がイギリス本土唯一のジャベリン装備になっています。
この段階ではこの飛行隊のジャベリンも退役フェーズに入っていて、翌年春にはライトニングF.3に機種改編しています。
ジャベリン装備の残りの2個飛行隊(No60とNo64)はいずれも極東空軍の指揮下にあり、シンガポールに駐留して東南アジアにおけるイギリスの軍事的プレゼンスを担っていますが、両飛行隊共に1968年春に解散してRAFにおけるジャベリンの実戦部隊運用はこれで終了しました。

ハンターF.6戦闘機を改造して誕生したハンターFGA.9戦闘攻撃機は、陸軍の作戦を支援する攻撃機と輸送機混成のNo38グループに所属するNo1とNo54飛行隊、近東空軍(NEAF)に所属してアラビア半島に睨みを効かすNo8とNo43飛行隊、極東空軍に所属して前述のジャベリンと共に東南アジアに睨みを効かすNo20飛行隊の計五個飛行隊に配備されています。
この年に発表された「1966国防白書」ではスエズ以東からの軍事力の削減、1968年にはスエズ以東からの軍事力完全撤退が決定されてしまって、ハンターFGA.9の海外展開の三個飛行隊はそれと運命を共にした形になります。
No43飛行隊は1967年秋に解散、No20飛行隊は1970年2月に解散、ハンター装備の実戦部隊として最後まで残ったNo8飛行隊は1972年1月に運用機種を完全に改めて、シャクルトンAEW早期警戒機を装備してイギリス本土の空中警戒任務に当たることになります。
またNo38グループ所属の二個飛行隊は、No1飛行隊が1969年夏に最初のハリアー飛行隊に改編され、No54飛行隊は同じ時期にファントムFGR.2飛行隊に改編されています。

爆撃飛行隊:推定19個:
アブロ・ヴァルカンB.2飛行隊 x 7個(No9. 27. 35. 44. 50. 83. 617.の各飛行隊)
アブロ・ヴァルカンB.1A飛行隊 x 1個(No101飛行隊)
ハンドレページ・ヴィクターB.2飛行隊 x 2個(No100. 139.の各飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラ飛行隊 x 9個(No3. 6. 14. 16. 32. 45. 73. 213. 249.の各飛行隊)

ボマー・コマンドに所属するアブロ・ヴァルカンとハンドレページ・ヴィクターの飛行隊は合計10個。
往時に比べてなんとも寂しくなったものです。
またこの時点で、イギリス海軍のポラリスSLBM搭載原潜の戦略パトロール体制確立に伴って、数年後には空軍の戦略核任務が終了することが規定の方針とされてしまっています。
この時期のボマー・コマンドの主力核兵器は自由落下型水素爆弾「イエローサンMk.2」から空対地核ミサイル「ブルースティール」に移行していて、ヴァルカンB.2とヴィクターB.2はブルースティールの運用能力を備えています。
この時点でブルースティール運用部隊であったのはヴァルカンB.2装備のNo27. 83. 617.の三個飛行隊とヴィクターB.1装備のNo100. 139.の二個飛行隊でした。
しかし高高度からの発射を前提として設計されているブルースティールは、その配備を開始した1962年時点で新たな必須の戦術「超低空発射」に適合せねばならず、実弾発射テストで超低空発射が充分に可能なのを証明してみせたのは1967年。
その約3年後にはブルースティールは退役してしまうのです。
そのブルースティールを補完する存在として、イエローサンMk.2に代わる自由落下型核爆弾としてこの年に配備を開始したのが、イギリス初のブースト型核爆弾のWE.177Bです。
WE.177はイエローサンに比べて、より超低空侵攻に適応したデザインになっていて、この爆弾を運用するヴァルカン爆撃機の生存性向上に貢献しています。
なお、ヴァルカンのような超低空侵攻戦術への適合が困難であったヴィクターB.2爆撃機は、イギリス空軍の戦略核任務終了を待たずに1968年に一旦退役して、空中給油機として再出発することになります。
WE.177Bの威力はブースト型核分裂兵器としてはかなり大きい核出力400キロトンを発揮(水素爆弾のイエローサンMk.2は核出力1.1メガトン)。
この400キロトンという出力は、50年代末から60年代初めまで緊急事態用として配備されていた暫定的メガトン兵器(大型の原子爆弾)「バイオレットクラブ」や「イエローサンMk.1」と同等なのですけれど、その重量は約450kgで「バイオレットクラブ」の約4.4トン、「イエローサンMk.1」の約3.3トンに比べて著しい軽量化が達成されているのです。
以前に述べた「米英相互防衛協定」でアメリカの核兵器に関する技術情報にアクセス可能になったことで、それまでに独力で一応の成功をみていた核分裂兵器のブースト技術にアメリカの技術を取り入れてブラッシュアップした成果と言えましょうか。

古参のキャンベラ爆撃機は既にボマー・コマンドから退いて、RAFGにB(I)8が4個飛行隊(No3. 14. 16. 213の各飛行隊)、NEAFのストライク・ウィングにB(I)8飛行隊3個(No6. 32. 73.の各飛行隊)とB.16飛行隊1個(No249)、極東空軍にB.15装備のNo45飛行隊という配備体制になっています。
戦術核攻撃能力を備えているのはB(I)8飛行隊で、イギリス国産の戦術核兵器(原子爆弾)レッドベアード(重量約0.79トン、核出力最大25キロトン)を主要な運用兵器として、RAFG所属飛行隊はこれに加えてアメリカ製核爆弾の運用も行っていました。
キャンベラは当初イギリス国産の戦術攻撃偵察機「TSR2」と交代して退役する予定でしたけれど、そのTSR2は開発コスト上昇とそれに釣り合わない性能の為に1965年に開発中止に追い込まれてしまい、代替としてアメリカから最新鋭戦術戦闘機のF-111を導入することが決定されたものの、その後の英ポンド切り下げによるコストのこれまた大幅上昇で導入を断念せざるを得なくなり、結局は海軍の主力攻撃機のバッカニア導入と戦略核任務から退くヴァルカン爆撃機の二本立てで、超低空侵入戦術核攻撃任務を置き換えていくことになります。

偵察飛行隊:推定11個:
ハンドレページ・ヴィクターB(SR).2飛行隊 x 1個(No543飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.7/PR.9飛行隊 x 8個(No13. 17. 31. 39. 46. 58. 80. 81の各飛行隊)
ホーカー・ハンターFR.10飛行隊 x 2個(No2. 4.の各飛行隊)

ハンドレページ・ヴィクターB(SR).2は、前任の長距離偵察機ビッカース・ヴァリアントB(PR).1が主翼のクラック問題で修理を断念し1965年春に退役したのを受けて、ヴィクターB.2を改造して配備されました。
キャンベラPR.7/PR.9は高高度偵察機として健在、ハンターFR.10はRAFGにのみ部隊配備されているRAF唯一の低空戦術偵察機ですが、70年にNo2飛行隊はファントムFGR.2に、No4飛行隊はハリアーGR.1に機種改編を行い、ハンターFR.10はこれで第一線を退きます。

海上哨戒飛行隊:推定10個:
アブロ・シャクルトンMR.3飛行隊 x 3個(No210. 203. 206.の各飛行隊)
アブロ・シャクルトンMR.2飛行隊 x 6個(No37. 38. 42. 120. 204. 210.の各飛行隊)
アブロ・シャクルトンMR.1飛行隊 x 1個(No205飛行隊)

レシプロ機のアブロ・シャクルトンシリーズは依然としてRAFコースタル・コマンドの主力海上哨戒機として君臨していますが、70年からジェット海上哨戒機のBAE ニムロッドへの更新が開始されます。
またスエズ以東の軍事力削減を謳った「1966国防白書」の方針に従って、1967年にはアラビア半島のコルマークサル駐留No37飛行隊と地中海マルタ駐留のNo38飛行隊が解散しています。

大型輸送機飛行隊:推定12個:
アームストロング・ホイットワース・アーゴシー飛行隊 x 4個(No105. 114. 215. 267.の各飛行隊)
ブラックバーン・ビバリー飛行隊 x 4個(No30. 34. 47. 84.の各飛行隊)
ハンドレページ・ヘイスティングス飛行隊 x 4個(No24. 36. 48. 70.の各飛行隊)

イギリス国産のSTOL戦術輸送機HS681計画は1965年初頭に中止されて、代替としてアメリカからロッキードC-130を導入することになりました。
そのハーキュリーズが1967年からRAF航空支援コマンド(従来の輸送コマンドを1967年8月に改編して発足)への配備を開始する一方で、レシプロ動力の輸送機は整理の対象になってブラックバーン・ビバリーは1967年末に、古参のハンドレページ・ヘイスティングスは1968年に第一線を退いています。

空中給油飛行隊:推定3個:
ハンドレページ・ヴィクターK1/K1A/B1A(K2P)飛行隊 x 3個(No55. 57. 214.の各飛行隊)

これまで爆撃機から空中給油機に転用されて運用していたビッカース・ヴァリアントは既述のように1965年春に退役を強いられ、RAFとしては実に頭の痛い問題だったのですが、幸いにもこの時期、低空侵攻能力が充分ではなく且つ自由落下式核爆弾しか運用が出来ずに機齢若くして早期退役を迫られたヴィクターB.1がまとまった数存在していたのです。
これを空中給油機に転用しようというのは当然の話でありまして、爆撃任務を解かれたヴィクターB.1/B.1Aがただちに空中給油機へ転用されて、この年に三個飛行隊が揃っています。

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