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2020年7月の記事

2020年7月26日 (日)

1960年代後半のイギリス空軍(RAF)その2(1960年代のRAF特記事項)

前回に引き続き、1960年代後半のイギリス空軍(RAF)その2は、1967-70年のRAFに関する特記事項です。

1967年
この年の4月までに、1965年に開発中止した戦術攻撃偵察機TSR2の代替となるアメリカ製のジェネラルダイナミクス・F-111戦術戦闘機計50機が発注されています。
イギリス仕様のF-111Kは実戦飛行隊4個と作戦転換飛行隊1個に配備される予定で、旧式化したキャンベラ爆撃機の後継として長距離低空侵攻任務を一手に担う、RAFの主柱となるはずの存在でした。
また「1966国防白書」によって海軍の新型空母「CVA-01」計画が中止されたことから、F-111Kはその代替の海外戦力投射の手段として運用する事も意図されていたのです。
またこの年には、TSR2と同様に開発中止になった戦術輸送機HS681の代替となるアメリカ製のロッキードC-130ハーキュリーズのイギリス仕様のハーキュリーズC.1がNo38飛行隊を皮切りに実戦配備を開始しています。
その一方で、1956年から部隊配備されていたレシプロ輸送機のブラックバーン・ビバリーが第一線から退いています。
輸送機関連では、RAFの輸送機を指揮下に置く輸送コマンドが、ファイターコマンドの指揮下にあった航空支援部隊のNo38グループと統合されて8月1日付けで航空支援コマンドに改編されています。
輸送コマンドは輸送機のみの軍団でしたが、戦闘機や攻撃機の飛行隊を指揮下に置いたNo38グループと統合されたことでより自立的な陸軍作戦支援が可能になっています。
航空支援コマンドはファントムFGR.2やハリアーGR.1の飛行隊が早期に配備されていて、機動作戦集団として相当に力が入れられた軍団と思われますけれど、1972年にはストライクコマンドの指揮下に入ることになります。


1968年
この年の4月30日に、永らくRAFの二大主力であった戦闘機軍団(ファイター・コマンド)と爆撃機軍団(ボマー・コマンド)が統合されて、新組織のストライクコマンドが発足しました。
ファイター、ボマーの両者共にその勢力は戦後の最盛期(1950年代半ば)に比べて大きく減じていて、戦闘機と爆撃機の飛行隊合計は1956年末の推定97個から1966年末時点では36個にまで落ち込んでいます。
加えて1970年代初頭には、1968年10月に一番艦「レゾリューション」が竣工した海軍のポラリスSLBM搭載原潜四隻による戦略パトロール体制が整う代わりにRAFの戦略核任務が終了するのも決定していたので、戦略爆撃を担うボマー・コマンドの存在意義はその時点で無くなると言ってよいでしょう。
このような状況では、ファイターとボマーの両軍団を統合して指揮系統を一元化するのも致し方ないところです。
ファイター・コマンドはストライクコマンド指揮下のNo11グルーブとして、ボマー・コマンドは同じくNo1グループとして再出発です。
そしてその新生ストライクコマンドの主力となるはずであった前述のF-111Kは、1967年の英ポンド切り下げに伴う価格高騰(1965年の導入決定時の見積もりから1967年時点で約40パーセント増)で配備計画はキャンセルされてしまいます。
TSR2計画中止の後に、フランスとの共同開発に着手した可変翼の戦術戦闘機「AFVG」はF-111Kとのコンビで超低空戦術攻撃を意図したものでしたけれど、こちらは共同開発の相手であるフランスのダッソー社がコスト高を理由に67年夏にこの計画から撤退してしまってイギリスも開発を断念。
F-111KとAFVGの代替として、戦略核任務から退くヴァルカンB.2爆撃機を長距離低空侵攻用、海軍のバッカニア攻撃機を採用して中距離低空侵攻用とすることで最終決着をみています。
この時期のイギリス空軍と海軍は、おカネ絡みの配備キャンセルや開発中止が多くてイギリスの国力低下を思い知らされるのです。
またこの年は1957年から配備されていた全天候迎撃戦闘機のグロスター・ジャベリン、アブロ・ヴァルカンB.2と並んでブルースティール核ミサイルを運用しボマー・コマンドの二本柱を形成していたハンドレページ・ヴィクターB.2、1948年から配備を続けてきた古参のレシプロ大型輸送機ハンドレページ・ヘイスティングスが揃って第一線を退いています。
ただし実戦配備開始が1962年とまだまだ機齢の若いヴィクターB.2は、エンジンの推力が不足気味でRAFの運用条件に必ずしも適合していなかったヴィクターB.1改めK.1シリーズに代わって、より能力の高い空中給油機ヴィクターK.2に生まれ変わって1993年まで任務を続けることになったのです。

1969年
この年の11月には海上哨戒や対潜任務を担当する沿岸軍団(コースタル・コマンド)がストライクコマンドに吸収され、その指揮下のNo18グルーブになっています。
この種の任務部隊は日米ならば当然海軍(海上自衛隊)の担当となるのですが、イギリスは海軍に譲るのではなくあくまで空軍の領分であることを維持し続けます。
この辺は空軍の海軍に対するメンツがあったのでしょうか?
この年は前年の旧世代機の退役ラッシュとは対照的に、新世代機の配備開始が続きます。
2月にはファントムFGR.2の運用転換部隊であるNo228OCUが編制。
7月には航空支援コマンド指揮下でハンターFGA.9を運用していたNo1飛行隊がRAF最初のハリアー実戦飛行隊に改編。
9月には海軍の空母イーグルへの配備がキャンセルされて宙に浮いたファントムFG.1を空軍が引き取ってNo43飛行隊を編制。
ファントムFG.1装備のNo43飛行隊はイギリス本土防空任務に就き、それまでの迎撃任務の主力のライトニング戦闘機に欠けていた本格的な全天候迎撃能力と最大で空対空ミサイル八発を搭載する重火力、高い航続性能で本国防空に新時代をもたらしたのです。
10月にはキャンセルされたF-111Kの代替の一部となる空軍向けバッカニアS2B攻撃機のNo12飛行隊への配備を開始。
No12飛行隊の任務はイギリス本土近海における洋上阻止任務で、当時増強著しいソ連海軍の水上部隊に対する高レベルの超低空攻撃能力による抑止を担うことになります。
核兵器関連ではWE.177ブースト型核爆弾の第二弾としてWE.177Aがこの年から配備を開始しています。
WE.177Aは準戦略核爆弾と呼んでもよさそうな450キロトンの核出力を持つB型とは対照的に、10キロトンの低出力で重量は約270kgと軽量の文字通りの戦術核爆弾です。

1970年
この年はRAFにとって一つの時代が幕を閉じた象徴的なものでした。
この年の大晦日をもって、ブルースティール核ミサイルを運用して戦略核任務についていたヴァルカンB.2爆撃機は、海軍のポラリスSLBM搭載戦略原潜レゾリューション級4隻にその任務を全て譲って退きました。
ヴァルカンB.2はキャンセルされたF-111Kの代替として、RAFストライクコマンドの長距離戦術核攻撃任務に就きその後十年余りを過ごすことになりますが、ブルースティールミサイルはこれにて一巻の終わりとなりました。
そのヴァルカンやキャンベラ爆撃機用に配備されていたイギリス国産の戦術核爆弾(原子爆弾)「レッドベアード」(核出力最大25キロトン)の後継として、この年から新型の戦術核爆弾WE.177C(核出力200キロトン)がRAFG(西ドイツ駐留イギリス空軍)向けに配備を開始しています。
戦術核兵器としては200キロトンは威力過剰なのではと素人は思うところなのですけれど、RAFG用であるということはその威力が必要な東側の目標が存在していたということなのでしょうか?
一方、RAFの主力海上哨戒機として1951年から配備を続けていたアブロ・シャクルトンは、この年に三個飛行隊(No120. 206. 210.の各飛行隊)がジェット海上哨戒機のBAEニムロッドMR.1に機種改編を行っています。
海上哨戒機としてのシャクルトンは1972年春に最後の飛行隊No204が解散したことで第一線から退いています。

2020年7月19日 (日)

1960年代後半のイギリス空軍(RAF)その1(1966年末時点におけるイギリス空軍戦力概要)

前回までに引き続き、1960年代後半のイギリス空軍(RAF)その1です。
これまで同様に、英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
では今回は1966年末時点におけるRAFの戦力概要についてです。

戦闘飛行隊:推定16個:
BAC ライトニング F.6飛行隊 x 2個(No5. 74. の各飛行隊)
BAC ライトニング F.3飛行隊 x 3個(No23. 56. 111.の各飛行隊)
BAC ライトニング F.2飛行隊 x 2個(No19. 92の各飛行隊)
BAC ライトニング F.1A飛行隊 x 1個(No145.飛行隊)
グロスター・ジャベリンFAW.9飛行隊 x 3個(No29. 60. 64.の各飛行隊)
ホーカー・ハンターFGA.9飛行隊 x 5個(No1. 8. 20. 43. 54.の各飛行隊)

イギリス最初にして最後の純国産超音速戦闘機のライトニングは、イギリス本土の防衛任務に就くファイター・コマンドとNATO共同防衛任務の第二戦術空軍の中核を成すRAFG(西ドイツ駐留イギリス空軍)の主力戦闘機として各型合計8個飛行隊が任務に就いています。
このうち、限定的ながらコリジョンコースでの迎撃能力を持つレッドトップ空対空ミサイルを運用可能な飛行隊はライトニングF.3とF.6を装備する部隊で、ファイター・コマンドのみに配備されています。
レッドトップの運用能力を持たず敵機後方からのみ攻撃可能なファイアストリーク空対空ミサイルを運用するライトニングF.2とF.1Aを装備する飛行隊は三個で、ライトニングF.2はRAFG指揮下のNo19と92飛行隊に配備されています。
このF.2はその後、レーダーFCS以外をライトニングF.6仕様に改造したF.2Aに更新されて、70年代半ばまでRAFGで運用され続けます。

1950年代後半から60年代初めまでイギリス本土防空の主役であったグロスター・ジャベリンはライトニングの増勢でその数を減らし、1966年末時点では3個飛行隊で運用されています。
ファイター・コマンド指揮下にあるのはNo29飛行隊で、この部隊がイギリス本土唯一のジャベリン装備になっています。
この段階ではこの飛行隊のジャベリンも退役フェーズに入っていて、翌年春にはライトニングF.3に機種改編しています。
ジャベリン装備の残りの2個飛行隊(No60とNo64)はいずれも極東空軍の指揮下にあり、シンガポールに駐留して東南アジアにおけるイギリスの軍事的プレゼンスを担っていますが、両飛行隊共に1968年春に解散してRAFにおけるジャベリンの実戦部隊運用はこれで終了しました。

ハンターF.6戦闘機を改造して誕生したハンターFGA.9戦闘攻撃機は、陸軍の作戦を支援する攻撃機と輸送機混成のNo38グループに所属するNo1とNo54飛行隊、近東空軍(NEAF)に所属してアラビア半島に睨みを効かすNo8とNo43飛行隊、極東空軍に所属して前述のジャベリンと共に東南アジアに睨みを効かすNo20飛行隊の計五個飛行隊に配備されています。
この年に発表された「1966国防白書」ではスエズ以東からの軍事力の削減、1968年にはスエズ以東からの軍事力完全撤退が決定されてしまって、ハンターFGA.9の海外展開の三個飛行隊はそれと運命を共にした形になります。
No43飛行隊は1967年秋に解散、No20飛行隊は1970年2月に解散、ハンター装備の実戦部隊として最後まで残ったNo8飛行隊は1972年1月に運用機種を完全に改めて、シャクルトンAEW早期警戒機を装備してイギリス本土の空中警戒任務に当たることになります。
またNo38グループ所属の二個飛行隊は、No1飛行隊が1969年夏に最初のハリアー飛行隊に改編され、No54飛行隊は同じ時期にファントムFGR.2飛行隊に改編されています。

爆撃飛行隊:推定19個:
アブロ・ヴァルカンB.2飛行隊 x 7個(No9. 27. 35. 44. 50. 83. 617.の各飛行隊)
アブロ・ヴァルカンB.1A飛行隊 x 1個(No101飛行隊)
ハンドレページ・ヴィクターB.2飛行隊 x 2個(No100. 139.の各飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラ飛行隊 x 9個(No3. 6. 14. 16. 32. 45. 73. 213. 249.の各飛行隊)

ボマー・コマンドに所属するアブロ・ヴァルカンとハンドレページ・ヴィクターの飛行隊は合計10個。
往時に比べてなんとも寂しくなったものです。
またこの時点で、イギリス海軍のポラリスSLBM搭載原潜の戦略パトロール体制確立に伴って、数年後には空軍の戦略核任務が終了することが規定の方針とされてしまっています。
この時期のボマー・コマンドの主力核兵器は自由落下型水素爆弾「イエローサンMk.2」から空対地核ミサイル「ブルースティール」に移行していて、ヴァルカンB.2とヴィクターB.2はブルースティールの運用能力を備えています。
この時点でブルースティール運用部隊であったのはヴァルカンB.2装備のNo27. 83. 617.の三個飛行隊とヴィクターB.1装備のNo100. 139.の二個飛行隊でした。
しかし高高度からの発射を前提として設計されているブルースティールは、その配備を開始した1962年時点で新たな必須の戦術「超低空発射」に適合せねばならず、実弾発射テストで超低空発射が充分に可能なのを証明してみせたのは1967年。
その約3年後にはブルースティールは退役してしまうのです。
そのブルースティールを補完する存在として、イエローサンMk.2に代わる自由落下型核爆弾としてこの年に配備を開始したのが、イギリス初のブースト型核爆弾のWE.177Bです。
WE.177はイエローサンに比べて、より超低空侵攻に適応したデザインになっていて、この爆弾を運用するヴァルカン爆撃機の生存性向上に貢献しています。
なお、ヴァルカンのような超低空侵攻戦術への適合が困難であったヴィクターB.2爆撃機は、イギリス空軍の戦略核任務終了を待たずに1968年に一旦退役して、空中給油機として再出発することになります。
WE.177Bの威力はブースト型核分裂兵器としてはかなり大きい核出力400キロトンを発揮(水素爆弾のイエローサンMk.2は核出力1.1メガトン)。
この400キロトンという出力は、50年代末から60年代初めまで緊急事態用として配備されていた暫定的メガトン兵器(大型の原子爆弾)「バイオレットクラブ」や「イエローサンMk.1」と同等なのですけれど、その重量は約450kgで「バイオレットクラブ」の約4.4トン、「イエローサンMk.1」の約3.3トンに比べて著しい軽量化が達成されているのです。
以前に述べた「米英相互防衛協定」でアメリカの核兵器に関する技術情報にアクセス可能になったことで、それまでに独力で一応の成功をみていた核分裂兵器のブースト技術にアメリカの技術を取り入れてブラッシュアップした成果と言えましょうか。

古参のキャンベラ爆撃機は既にボマー・コマンドから退いて、RAFGにB(I)8が4個飛行隊(No3. 14. 16. 213の各飛行隊)、NEAFのストライク・ウィングにB(I)8飛行隊3個(No6. 32. 73.の各飛行隊)とB.16飛行隊1個(No249)、極東空軍にB.15装備のNo45飛行隊という配備体制になっています。
戦術核攻撃能力を備えているのはB(I)8飛行隊で、イギリス国産の戦術核兵器(原子爆弾)レッドベアード(重量約0.79トン、核出力最大25キロトン)を主要な運用兵器として、RAFG所属飛行隊はこれに加えてアメリカ製核爆弾の運用も行っていました。
キャンベラは当初イギリス国産の戦術攻撃偵察機「TSR2」と交代して退役する予定でしたけれど、そのTSR2は開発コスト上昇とそれに釣り合わない性能の為に1965年に開発中止に追い込まれてしまい、代替としてアメリカから最新鋭戦術戦闘機のF-111を導入することが決定されたものの、その後の英ポンド切り下げによるコストのこれまた大幅上昇で導入を断念せざるを得なくなり、結局は海軍の主力攻撃機のバッカニア導入と戦略核任務から退くヴァルカン爆撃機の二本立てで、超低空侵入戦術核攻撃任務を置き換えていくことになります。

偵察飛行隊:推定11個:
ハンドレページ・ヴィクターB(SR).2飛行隊 x 1個(No543飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.7/PR.9飛行隊 x 8個(No13. 17. 31. 39. 46. 58. 80. 81の各飛行隊)
ホーカー・ハンターFR.10飛行隊 x 2個(No2. 4.の各飛行隊)

ハンドレページ・ヴィクターB(SR).2は、前任の長距離偵察機ビッカース・ヴァリアントB(PR).1が主翼のクラック問題で修理を断念し1965年春に退役したのを受けて、ヴィクターB.2を改造して配備されました。
キャンベラPR.7/PR.9は高高度偵察機として健在、ハンターFR.10はRAFGにのみ部隊配備されているRAF唯一の低空戦術偵察機ですが、70年にNo2飛行隊はファントムFGR.2に、No4飛行隊はハリアーGR.1に機種改編を行い、ハンターFR.10はこれで第一線を退きます。

海上哨戒飛行隊:推定10個:
アブロ・シャクルトンMR.3飛行隊 x 3個(No210. 203. 206.の各飛行隊)
アブロ・シャクルトンMR.2飛行隊 x 6個(No37. 38. 42. 120. 204. 210.の各飛行隊)
アブロ・シャクルトンMR.1飛行隊 x 1個(No205飛行隊)

レシプロ機のアブロ・シャクルトンシリーズは依然としてRAFコースタル・コマンドの主力海上哨戒機として君臨していますが、70年からジェット海上哨戒機のBAE ニムロッドへの更新が開始されます。
またスエズ以東の軍事力削減を謳った「1966国防白書」の方針に従って、1967年にはアラビア半島のコルマークサル駐留No37飛行隊と地中海マルタ駐留のNo38飛行隊が解散しています。

大型輸送機飛行隊:推定12個:
アームストロング・ホイットワース・アーゴシー飛行隊 x 4個(No105. 114. 215. 267.の各飛行隊)
ブラックバーン・ビバリー飛行隊 x 4個(No30. 34. 47. 84.の各飛行隊)
ハンドレページ・ヘイスティングス飛行隊 x 4個(No24. 36. 48. 70.の各飛行隊)

イギリス国産のSTOL戦術輸送機HS681計画は1965年初頭に中止されて、代替としてアメリカからロッキードC-130を導入することになりました。
そのハーキュリーズが1967年からRAF航空支援コマンド(従来の輸送コマンドを1967年8月に改編して発足)への配備を開始する一方で、レシプロ動力の輸送機は整理の対象になってブラックバーン・ビバリーは1967年末に、古参のハンドレページ・ヘイスティングスは1968年に第一線を退いています。

空中給油飛行隊:推定3個:
ハンドレページ・ヴィクターK1/K1A/B1A(K2P)飛行隊 x 3個(No55. 57. 214.の各飛行隊)

これまで爆撃機から空中給油機に転用されて運用していたビッカース・ヴァリアントは既述のように1965年春に退役を強いられ、RAFとしては実に頭の痛い問題だったのですが、幸いにもこの時期、低空侵攻能力が充分ではなく且つ自由落下式核爆弾しか運用が出来ずに機齢若くして早期退役を迫られたヴィクターB.1がまとまった数存在していたのです。
これを空中給油機に転用しようというのは当然の話でありまして、爆撃任務を解かれたヴィクターB.1/B.1Aがただちに空中給油機へ転用されて、この年に三個飛行隊が揃っています。

2020年7月12日 (日)

1960年代前半のイギリス空軍(RAF)その二(1960年代前半のRAF特記事項)

前回の「1960年代前半のイギリス空軍その1」に引き続いて、今回は「1960年代前半のイギリス空軍(RAF)その二」です。
1962年から65年にかけてのイギリス空軍(RAF)に関する特記事項を備忘録的に挙げておきます。

1962年:
この年にイギリス初の実用水素爆弾「イエローサン Mk.2」と初の戦術核爆弾「レッドベアード」の配備が開始され、9月には「イエローサン Mk.2」と同じピット「レッドスノー」を搭載した空対地核ミサイル「ブルースティール」(最大射程240km、核出力1メガトン)が、緊急時限定使用限定でヴァルカンB.2爆撃機装備のNo617飛行隊への配備が始まります。
その一方でイギリス初の実用原子爆弾「ブルーダニューブ」が退役。
5月には「プロジェクトエミリー」に基づく米国製中距離弾道ミサイル「ソー」のイギリス本土への配備(計60発)を翌年末までに終了することが正式決定されました(実際には翌年8月に運用終了)。
核弾頭のみアメリカの管理で、他は基地の提供から攻撃目標の選定やミサイルの発射指揮までRAFの管理下で配備が行われてきた「ソー」ミサイルはイギリスへの全面移管も提案されたそうですけれど、コストの問題から却下されてしまったとの事です。
また「プロジェクトE」に基づいて、ボマーコマンド用にアメリカから提供されていた核爆弾も「イエローサン Mk.2」と交代する形で撤去されます。
注:「プロジェクトエミリー」と「プロジェクトE」に関しましては「1950年代後半のイギリス空軍(RAF)その3」を参照ください。
イギリスの核兵器史において、大型で低威力の「ブルーダニューブ」に代表される幼年期から、アメリカの技術由来とは言え国産開発の熱核弾頭を搭載した「イエローサン Mk.2」と「ブルースティール」の配備、アメリカ製核兵器のイギリス本土からの撤退と一応の自立化が達成された記念すべき年、それが1962年だったのです。
しかしこの年の暮れに、アメリカから衝撃の発表。
イギリスが開発を断念した中距離弾道ミサイル「ブルーストリーク」の代替として採用を正式決定していた、空中発射式弾道ミサイル「スカイボルト」計画の中止発表です。
失敗続きのテストに業を煮やした時のマクナマラ国防長官によって葬り去られたこのミサイル、アメリカでは大陸間弾道弾のアトラスが一応の安定した配備段階に入って後続のタイタンⅠもこの年に配備を開始、さらなる改良型のタイタンⅡの実用化も間近、海軍の潜水艦発射弾道ミサイル「ポラリス」と空軍の空中発射型空対地核ミサイル「ハウンドドッグ」(最大射程約1,100km、核出力最大1.45メガトン)が実戦配備を開始。
これで第一撃用のアトラスとタイタン、報復用のポラリス、それらを補完するハウンドドッグの体制が整ったことで、ポラリスやハウンドドッグと競合し実用化のメドも立たないスカイボルトなど不要という判断です。
この発表に驚愕したのが他ならぬイギリス政府。
スカイボルト開発中止は寝耳に水だったようで、時の首相マクミラン氏がワシントンにすっ飛んでいって説明を求める事態になりました。
アメリカ側はスカイボルト計画をイギリスに移管してイギリス独自で開発を続行するか、あるいは「ハウンドドッグ」ミサイルを購入するかの二つの案をイギリス側に提案しますが、イギリス側はその両方を拒否。
スカイボルト計画は実用化まであとカネがどれほどかかるのかどれほどの時間を要するのか見当もつかない状態ですし、ハウンドドッグは当時RAFで配備が開始されたばかりの「ブルースティール」の代わりにはなっても、イギリスの国家の命運がかかっている戦略核抑止任務を担える存在ではありません。
弾道飛行のもたらすズバ抜けた高速による迎撃回避能力と確実な打撃力において、空対地ミサイルは弾道ミサイルの代替にはなり得ないのです。
結局、アメリカ側が譲歩をする形で最新鋭のポラリスミサイルをイギリスに売却し、イギリスはポラリスを搭載する戦略ミサイル原潜を建造して核抑止力とする事が決定。
アメリカはイギリスに売却するポラリスを「NATOの共同防衛用を原則として、イギリスの国家主権が絶対的な危機に陥った時にのみ独自の判断で使用できる」とその使用に制限を加えたかったのですが、それもなし崩しにされて現在のトライデントミサイルまで続く体制「イギリス独自の核戦力」になってしまったのだとか。
ともあれポラリス搭載の原潜建造が決まったことで、RAFの戦略核任務はポラリス運用が軌道に乗る1970年までと明確なゴールが決まってしまったのです。

1963年:
この年の2月に、ブルースティールミサイルはヴァルカン爆撃機装備のNo617飛行隊で完全な実働体制に入ります。
しかし高高度からの発射を前提として設計されたブルースティールは配備開始早々に、1960年に起きたアメリカのスパイ偵察機U-2が高高度でソ連の領空を侵犯飛行中に地対空ミサイルによって撃墜された事件に端を発した「高高度侵入の生存性への疑念」から、超低空での発射の実用性を問われる事態になっているのでした。

1964年:
この年の春にはコリジョンコースでの迎撃が可能な新型空対空ミサイル「レッドトップ」を運用可能なAI.22BレーダーFCSを搭載するライトニングF.3戦闘機の部隊配備が開始されています。
超音速飛行する機体から放射される空力摩擦による赤外線に対応するシーカーを備えたレッドトップは、この時期の米ソ両国ですら実用化されていなかったタイプの空対空ミサイルですが、実際にはイギリス本土周辺に飛来するソ連機は皆大型の亜音速機で、加えてイギリス上空は曇天が多くてせっかくの赤外線シーカーも宝の持ち腐れでした。
実戦でも戦闘機が空戦中に超音速で機動する機会はこく少ない事はベトナム戦争や中東戦争で判明しておりましたので、レッドトップが実戦使用されてもその能力を生かす機会はなかなか生じなかったのではと思われます。
またこの年には地対空ミサイル「ブラッドハウンド Mk.2」が運用を開始しています。
パルスレーダーによる誘導方式ゆえに低高度目標迎撃能力に欠けていたブラッドハウンドMk.1に対して、Mk.2はパルスドップラー誘導方式を採用して低高度迎撃能力を獲得し、超低空から高高度までの広い迎撃範囲を持つ高性能の地対空ミサイルに進化しました。
加えて最大射程もMk.1の約50kmから約190kmへ大幅に延伸しています。
弾頭重量もMk.1の約90kgから倍増の約180kgになっていて、この打撃力ならば大型の敵爆撃機も一発で完全に仕留めることが出来ましょう。
ライトニングF.3戦闘機とブラッドハウンドMk.2地対空ミサイルの組み合わせによって、イギリス本土の防空能力は着実な改善をみたのでした。
しかしこの年の10月にイギリスの総選挙で労働党政権が誕生。
RAF期待の新型機開発プロジェクトが財政難を理由に中止に追い込まれることになるのです。

1965年:
この年の2月、前述の新型機開発プロジェクト「P.1154」と「HS681」の中止が発表されました。
「P.1154」は極めて野心的な超音速V/STOL戦闘攻撃機計画で、計画開始当初は空軍の戦術戦闘機と海軍の迎撃戦闘機の二本立てでした。
しかし海軍はこの機の搭載力では充分な能力のレーダーFCSが搭載できないなどの理由で1963年に計画から離脱して、アメリカ製のファントムを採用することに決定し、以降は空軍単独の戦術戦闘機計画として進められていました。
「HS681」はブラックバーン・ビバリーやアームストロングホイットワース・アーゴシーの後継機を意図して開発していた高いSTOL性能を持つ戦術輸送機です。
しかしこの両者はこの時点で初飛行すら済ませておらず、実用化まではまだ相当の時間とコストがかかると予想されることから開発を断念し、これによって生み出される余力を戦術核攻撃偵察機のTSR2計画に注ぎ込もうというものでした。
そしてP.1154の代替としてイギリス空軍向けのファントムFGR.2を、HS681の代替としてアメリカ製のC-130をそれぞれ導入することが決定されます。
RAFのファントム導入はこの年の7月に発表され、11月には海軍が採用したファントムFG.1と同じスペイ・ターボファンエンジンと搭載した準同型とすることに決定されます。
ファントムFG.1は米海軍向けのF-4Jと並行して開発されたタイプで、戦闘機としては世界初のパルスドップラーレーダーを採用して低高度迎撃能力に優れた機体ですけれど、対地攻撃能力は米海軍のF-4Jと同じく月並みなものでした。
一方、当時米空軍向けに開発されていたF-4Dは、空対空レーダーは従来のパルス式で低高度迎撃能力が欠如している一方で対地攻撃能力については優れたセンサーシステムを備えていて現場でのアドリブな地上攻撃が可能です。
対地攻撃を一義的任務とする空軍向けとしては明らかにこちらの方が能力は上です。
またファントムFG.1で採用されたターボファンエンジンのスペイはリヒート(アフターバーナーのイギリス流呼称)使用時の推力が高く、米海軍の空母よりも一回り以上小さなイギリス海軍の空母で運用するには実に有効ですけれど、加速性能や高高度での最大速度はアメリカ製ファントム搭載のJ79ターボジェットエンジンに劣るとされていました。
スペイのもうひとつの特徴として燃費が良く航続性能が高いのを考慮しても、RAFとしてはF-4Dをそのまま採用したかったのだろうと素人が見ても納得できる話なのです。
しかしアメリカ製をそのまま導入することは貴重な外貨のドルを大量に流出させる事に他ならず、国内航空産業の仕事確保の観点からもRAFの抜け駆けは許される話ではなく、対地攻撃能力に不足を感じていても海軍向けFG.1ベースの機体採用を行わざるを得なかったのです。
ファントムFGR.2導入後の5年ほどはRAFG(ドイツ駐留イギリス空軍)の攻撃偵察機として運用していたRAFですが、フランスと共同開発した対地攻撃機ジャガーが実用化されるとすぐに置き換えられて、ライトニング戦闘機の後継として迎撃任務に転換されたのはその辺の事情があったのでしょうね。

意欲的な二つの航空機開発計画を中止してTSR2計画は続行というその舌の根も乾かぬ4月、そのTSR2計画も中止されてしまいます。
超低空高速侵入能力を持ちつつ高空でマッハ2を発揮し、STOL性を併せ持つこの機体はキャンベラ中型爆撃機の後継として大いに期待された、戦術核攻撃能力と戦術偵察能力をその任務とした当時世界最高峰の攻撃機となるはずでした。
TSR2の試作機はこの前年9月に初飛行して、この年の2月には初の超音速飛行にも成功しておりましたけれど、機体そのものがまだ未成熟な上に超低空高速侵入を担保する電子装置は大半がまだ未完成で、実用化までにはまだまだ多額のコストと時間を必要とする状況だったのです。
また右肩上がりの開発コストから要求性能の切り下げ(高空での最大速度をマッハ1.7に下げるなど)を行わざるを得ず、価格と性能が釣り合わなくなってきてRAFのこの機に対する期待も次第にしぼんでいったのです。
1964年にはとうとうアメリカ製のF-111戦闘爆撃機と比較検討の俎上に載せられるまでにその評価は落ち、総選挙前はTSR2計画続行を表明していた労働党も政権の座に就くとその態度を一変、そして開発中止が宣せられてしまったのでした。
超低空高速侵入と高空での高速性能を両立させることは、F-111で使われたコンピュータ制御の可変翼でも採用しないことには実現困難なのは素人にも予想の付くところで、イギリスがTSR2を実現させるには低空侵攻最優先という当時の世界的トレンドから考えて、超音速性能は諦める他無かったのではと思います。
しかしそうなると、超音速性能を最初から切り捨てて超低空高速性能に特化して成功した海軍のバッカニア艦上攻撃機と競合してしまいます。
結局、TSR2の代替は戦略核任務から降りたヴァルカン爆撃機とバッカニアの採用(両者共に超音速性能は備えていません)でなんとかなってしまったので、TSR2の当初の極めて高度な要求性能そのものが不要ではなかったか?と疑問を持たずにはおられないところなのです。
ただ、TSR2の開発が始まった1950年代末の時点では、その10年後に当時最新鋭のヴァルカン爆撃機が戦略核任務から外れて戦術攻撃任務に転用されるなどと予想する人はいなかったでしょうからこの種の機体の必要性そのものはあったので、あれこれ欲張らずに堅実に計画開発していたらなんとか実用化にこぎつけられたのではないかと残念なところです。

この年の4月末には、戦術核攻撃と空中給油、長距離偵察用に転用されていたイギリス初のジェット戦略爆撃機・ヴィッカース・ヴァリアントが退役。
機体への過重なストレスから発生した主翼のクラックを修理するコストが高額な為に継続使用を断念し、空中給油については低空侵攻能力が充分ではなくブルースティール運用能力を持たないことから爆撃機としては早期退役に追い込まれたハンドレページ・ヴィクターB.1/B.1Aが代替として改造され、長距離偵察についてはヴィクターB.2を改造転用することでヴァリアント退役の穴埋めをしています。

在独イギリス空軍(RAFG)に二個飛行隊が配備されている迎撃戦闘機はこれまで遷音速機のグロスター・ジャベリンでしたけれど、この年にはマッハ2級の超音速戦闘機ライトニングに機種更新しています。
NATO共同防衛任務の第二戦術空軍の中核戦力として、東西冷戦の最前線の空の守りの一翼を担うRAFGの迎撃戦闘機も1960年半ばでようやく超音速時代に突入したのでした。

2020年7月 4日 (土)

1960年代前半のイギリス空軍(RAF)その一(1961年末時点の戦力概要)

前回「1950年代後半のイギリス空軍その3」に引き続き、今回から1960年代のイギリス空軍(RAF)について備忘録的に述べていきたく存じます。
英語版ウィキペディアや英語のサイト「ウイングアビエーション」、雑誌「世界の傑作機」などを参考に纏めてみました。
多少の誤記はあるかと思いますが、大勢としては誤りは少ないだろうと自負しているところです。

では今回は1960年代前半のイギリス空軍その一として、1961年末時点におけるイギリス空軍の戦力概要について。

戦闘機部隊:推定23個飛行隊
BAC・ライトニングF.1/F.1A x 3個(No56. 74. 111.の各飛行隊)
グロスター・ジャベリンFAW.9 x 6個(No23. 29. 33. 41. 60. 64. の各飛行隊)
グロスター・ジャベリンFAW.7 x 1個(No25飛行隊)
グロスター・ジャベリンFAW.4 x 2個(No5. 11.の各飛行隊)
ホーカー・ハンターFGA.9飛行隊 x 6個(No1. 8. 20. 43. 54. 208.の各飛行隊)
ホーカー・ハンターF.6飛行隊 x 4個(No14. 63. 92. 145.の各飛行隊)
デ・ハビランド・ヴェノムFB.4飛行隊 x 1個(No28飛行隊)

かの「1957国防白書」で「対爆撃機の防空体制は時代遅れ」とされて、新型超音速迎撃戦闘機計画にキャンセルの大ナタが振るわれる嵐を唯一生き延びた、イングリッシュ・エレクトリック社開発の超音速迎撃戦闘機・ライトニングは1960年6月にNo74飛行隊がホーカー・ハンターF.6からライトニングF.1に機種改編したのを皮切りに、実戦配備が始まっています。
世界初の戦闘機用モノパルスレーダーと言われるAI.23(従来よりも高い解像度と対妨害性を有する)を搭載し、マッハ2を余裕で叩き出す超音速飛行性能を誇るライトニングですが、超音速テスト機上がりゆえに航続性能が著しく不足しているのと直列装備の大出力の双発エンジンの配置が近すぎることによるエンジン火災の多発、そして運用する空対空ミサイルが当初は敵機後方からのロックオンしか出来ない赤外線誘導のファイアストリークでコリジョンコースでの要撃能力が無いなど、新世代の迎撃戦闘機としては様々な問題を抱えた存在でもありました。

1956年初めから実戦配備を開始した遷音速全天候迎撃戦闘機のグロスター・ジャベリンはこの時点ではイギリス空軍戦闘機部隊の主力で、推定9個飛行隊が本機を運用し、在独イギリス空軍(RAFG)にもNo5とNo11飛行隊が配備されています。
装備するジャベリンFAW.4、FAW.7、FAW.9はいずれもイギリス製のAI.17迎撃レーダー搭載型で、アメリカ由来のAI.22迎撃レーダー装備のFAW.2やFAW.6は退役しているのが要注目でしょう。
レーダーに関する問題でこのような形になったのは素人でも想像のつくところで、TWSが可能な最も初期の空対空レーダーと言われるAI.22の信頼性に問題が生じたのか、保守整備に大きな問題があったのか、その辺はいずれ出るであろう「世界の傑作機・グロスター・ジャベリン」で詳細解説していただきたいところであります。

1950年半ばから末にかけてイギリス空軍の主力戦闘機として君臨した遷音速戦闘機のホーカー・ハンターは、「1957国防白書」後の通常戦力削減でその勢力を大きく減じ、1961年末時点で戦闘機型のF.6の装備飛行隊は僅か4個に。
たった五年前にはF.4、F.5、F.6の各型合計で29個飛行隊に配備されていたというのに。
そしてこの時点でハンターF.6を装備する4個飛行隊も、63年までに他機種に転換してしまいます。
一方、ハンターF.6の機体構造と空調装備を強化して、対地攻撃能力を向上し中東などの酷暑地での作戦能力を向上した戦闘爆撃機型のハンターFGA.9はデ・ハビランド・ヴェノムに代わる地上攻撃・近接航空支援用機材として再配備が進みました。
ハンターFGA.9は1960年初頭から、中東配備のNo8飛行隊がヴェノムFB.1から機種転換したのを皮切りに配備が始まっています。
1961年末時点では、イギリス本土に展開するNo38グループ(陸軍作戦支援用の攻撃・偵察・輸送部隊)所属のNo1とNo54飛行隊、極東空軍所属のNo20飛行隊(シンガポール駐留)、中東配備のNo8. No43. No208.の各飛行隊という配備状況です。
ハンターFGA.9にその座を譲って引退したヴェノム戦闘爆撃機最後の実戦飛行隊がNo28で、1962年5月にハンターFGA.9に機種転換。
これをもってヴェノムのイギリス空軍における第一線配備に終止符が打たれたのです。

爆撃機部隊:推定26個飛行隊
ハンドレページ・ヴィクターB.1/B.1A飛行隊 x 4個(No10. 15. 55. 57.の各飛行隊)
アブロ・ヴァルカンB.2飛行隊 x 4個(No27. 50. 83.617.の各飛行隊)
アブロ・ヴァルカンB.1飛行隊 x 2個(No44. 101.の各飛行隊)
ビッカース・ヴァリアントB.1飛行隊 x 6個(No7. 18. 49. 138. 148. 207.の各飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラ飛行隊 x 10個(No3. 6. 14. 16. 32. 45. 73. 88. 213. 249. の各飛行隊)

イギリス空軍爆撃機軍団(ボマー・コマンド)のジェット戦略爆撃機の本命たる、ハンドレページ・ヴィクターとアブロ・ヴァルカンが戦列に加わって、ビッカース・ヴァリアントに代わるボマー・コマンドの主力になりつつあります。
ヴィクターは1958年春にNo10飛行隊に配備を開始したのを皮切りに、1961年末時点で4個飛行隊が装備。
ヴァルカンは1957年春にNo83飛行隊に配備を開始したのを皮切りに、この時点でB.1とエンジンを換装しそれに合わせてインテイクを改良したB.2合わせて6個飛行隊が装備しています。
1955年から実戦部隊での運用が行われているビッカース・ヴァリアントは、ヴィクターとヴァルカンの配備により戦略核攻撃任務を両機種に譲り、キャンベラ中型爆撃機に代わってNATO最高司令部指揮下の戦術核攻撃任務への転換が図られています。
1961年末時点ではNo49. 148. 207.の各飛行隊がその任務に就いているようです。
これら爆撃機が搭載する核爆弾は、イギリス国産のブルーダニューブ(重量約5トン、核出力12キロトン)とバイオレットクラブ(重量約4.4トン、核出力400ないし500キロトン)、そして「バイオレットクラブ」搭載の兵器級高濃縮ウランコアの「グリーングラス」を新設計の弾体に搭載した「イエローサンMk.1」(重量約3.3トン、核出力はバイオレットクラブと同一)に加えて、前回に述べた「プロジェクトE」に基づいてアメリカから供給される各種の核爆弾です。
それらに加えて、イギリス国産の空対地核ミサイル「ブルースティール」(核出力1.1メガトン、最大射程約240km)とイギリス最初の実用型水素爆弾「イエローサンMk.2」(重量約0.77トン、核出力1.1メガトン」、戦術核爆弾(原子爆弾)「レッドベアード」(重量約0.75トン、核出力15~25キロトン)が間もなく実戦配備を開始という状況です。

1951年から実戦配備されている傑作ジェット中型爆撃機のキャンベラは、No18飛行隊が1961年9月に解散したことで、ボマー・コマンドから引退しています。
1961年末時点で実戦配備されているキャンベラ爆撃機の配備状況は、在独イギリス空軍(RAFG)に5個飛行隊(No3. 14. 16. 21. 88.の各飛行隊)と、キプロスに展開する近東空軍司令部指揮下の4個飛行隊(No6. 32. 73. 249.の各飛行隊)、シンガポール駐留の極東空軍指揮下のNo45飛行隊の計10個飛行隊になっています。
五年前の1956年末時点では推定25個飛行隊で実戦配備されていたので、当時の軍用機の第一線寿命の短さを痛感させられます。

偵察機部隊:推定11個飛行隊
ビッカース・ヴァリアントB(PR).1 飛行隊 x 1個(No543飛行隊)
イングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR.7/PR.9飛行隊 x 8個(No13. 17. 31. 39. 46. 58. 80. 81.の各飛行隊)
ホーカー・ハンターFR.10飛行隊 x 2個(No2. 4.の各飛行隊)

ボマー・コマンドに所属する長距離偵察部隊として、No543飛行隊がヴァリアント装備で任務に就いています。
爆撃任務からは順次退きつつあるキャンベラは、高高度偵察任務では依然として顕在。
これにとって代わる適当な機体が存在しないので、この後も永く偵察機として生きながらえることになります。
低空戦術偵察機では、スーパーマリン・スイフトFR.5の後継機として、ホーカー・ハンターF.6を改造した武装偵察型のハンターFR.10が60年から配備され、2個飛行隊がRAFGに配備されています。

海上哨戒部隊:推定11個飛行隊
アブロ・シャクルトンMR.3飛行隊 x 2個(No201. 206.の各飛行隊)
アブロ・シャクルトンMR.2飛行隊 x 8個(No37. 38. 42. 120. 203. 204. 210. 224.の各飛行隊)
アブロ・シャクルトンMR.1A飛行隊 x 1個(No205飛行隊)

イギリス空軍沿岸軍団(コースタル・コマンド)指揮下の海上哨戒部隊の使用機材はアブロ・シャクルトンで統一されていて、イギリス本土に展開しているのは7個飛行隊(No42. 120. 201. 203. 204. 206. 210.の各飛行隊)で、No37飛行隊はイエメンのコルマークサル、No38飛行隊は地中海のマルタ、No205飛行隊はシンガポール、No224飛行隊はジブラルタルにそれぞれ配備されています。
1956年から配備が始まったシャクルトンMR.3は、着陸装置をそれまでの尾輪型から機首輪型に変更、プロジェクトEに基づいて米国から提供される核爆雷Mk101への対応、居住性の大幅向上、燃料搭載量増などの改良を施したタイプですが、機体構造の強化がこれら施策に追いついていなかったようで運用寿命が大きく減ってしまったとのこと。
それがあってかシャクルトンMR.3は大成できずに、一世代前のMR.2がアップグレードを逐次施されながら、次世代のジェット海上哨戒機ニムロッドの登場まで、イギリス空軍海上哨戒戦力の主柱を担い続けたのです。

大型輸送機部隊:推定10個飛行隊
アームストロング・ホイットワース・アーゴシー飛行隊 x 1個(No114飛行隊)
ブラックバーン・ビバリー飛行隊 x 5個(No30. 34. 47. 53. 84.の各飛行隊)
ハンドレページ・ヘイスティングス飛行隊 x 4個(No24. 36. 48. 70.の各飛行隊)

RAF輸送コマンド指揮下の大型輸送機は、従来からの主力機ブラックバーン・ビバリーとハンドレページ・ヘイスティングスに加えてアームストロング・ホイットワース・アーゴシーの配備が開始されています。
双発中距離輸送機のビッカース・バレッタの後継機として採用されましたけれど、2,440馬力を発揮するターボプロップエンジン四基を搭載したその姿は小柄なバレッタとは異なる堂々てるものであります。
最大離陸重量は約47トンで、ビバリーの約65トンよりは軽量ですが、最高速度はビバリーの約380km/hに対して本機は約430km/hと優速。
バレッタというよりはヘイスティングスの後継機的な位置で、最終的に6個飛行隊に配備されることになります。

空中給油機部隊:推定2個飛行隊が転換中
ビッカース・ヴァリアントB(K).1 飛行隊 x 2個(No90. 214.の各飛行隊)

戦略核攻撃任務から外れたヴァリアントの一部は、RAF初の空中給油機に転身。
No90とNo214飛行隊が任務転換の途上にあり、翌年春から空中給油飛行隊として任務に就くことになります。

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