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2020年5月31日 (日)

1950年代前半のイギリス海軍航空隊(FAA)

「1950年代のイギリス空軍」シリーズ全五回の付録的に、1950年代のイギリス海軍航空隊(FAA)について備忘録的に述べておきたく存じます。
ウィキペディア英語版と英語サイト「ウィングス-アビエーション」、雑誌「世界の傑作機」を情報ソースとして纏めてみました。
ただ、イギリス海軍航空隊はイギリス空軍と比べて情報が少なくて明確な結論の出せない話も多々あって、調べていて納得のいかない事が多々あったのです。
第一回は1950年代前半のイギリス海軍第一線飛行隊の勢力と空母の状況についてです。

最初は1951年末時点のイギリス海軍の第一線航空隊(800番台の航空隊)の概略から。
イギリス海軍の場合、第一線の飛行隊は800番台、訓練や後方支援、機種転換飛行隊は700番台になっているのでその辺は実にわかりやすいのです。

戦闘機飛行隊:推定9個
ジェット戦闘機
スーパーマリン・アタッカー飛行隊x2個(800. 803.の各飛行隊)
レシプロ戦闘機
ホーカー・シーフューリー飛行隊x6個(801. 802. 803. 804. 807. 898.の各飛行隊)
デ・ハビランド・シーホーネット飛行隊x1個(809飛行隊)

スーパーマリン・アタッカーは1951年夏から実戦配備を開始したイギリス海軍初の艦上ジェット戦闘機ですが、元々の設計が第二次大戦終結で開発中止になったレシプロ戦闘機のスーパーマリン・スパイトフルの流用であったので、その機体がジェットエンジンに適合していたとは言い難い面もあったようです。
コクピットの視界は従来のレシプロ機よりも良いとパイロットからは好評であったようですが、それは機首にプロペラが無くてレーダーも搭載していないのですから当然の話。
厚みがありながら空気抵抗が小さいせっかくの層流翼も、その空力特性は同じスーパーマリン社のスピットファイアよりも悪くて臨界マッハ数も低かったそうです。
しかしジェット機としては性能的に物足りない点があったとしても、レシプロ機を扱いなれた母艦の現場からすれば、アタッカーはレシプロ機の流用設計の分だけ扱いやすかったのかもしれません。
レシプロ機からジェット機への橋渡し的存在であったアタッカーは、1954年夏に上記の二個飛行隊が揃ってホーカー・シーホーク戦闘機に機種改編したことで第一線から退いています。

ホーカー・シーフューリーはイギリス海軍最後のレシプロ艦上戦闘機で、1947年夏から実戦配備を開始しています(807NASから配備をスタート)。
それまでの主力艦上戦闘機スーパーマリン・シーファイアの悪癖である発着艦特性の悪さは無く、最高速度は700km/hに達してさらに機体は頑丈で地上攻撃任務にも耐えうるという優れたレシプロ戦闘機です。
イギリス海軍の艦上戦闘機は第二次大戦中に使用した機体がいずれも帯に短し襷に流しでしたので、戦後になってようやく満足する性能を備えた艦上戦闘機を手に入れたのです。
しかし本機がシーファイアを完全に置き換えた1951年末には、既にジェット機時代の大波がすぐそこまで迫っていました。
朝鮮戦争にも参戦して、共産軍の最新鋭ジェット戦闘機・MiG-15を撃墜する戦果を挙げたシーフューリーも、1955年春に本機装備の810NASが解散したことで第一線から退いています。

双発レシプロ戦闘機のデ・ハビランド・シーホーネットは空軍のホーネット戦闘機の艦上戦闘機型で、最初の量産型F.20は1947年に801NASが運用を開始しています。
第二次大戦後半に実用化された迎撃レーダー「Mk X」搭載の複座型NF.21は1949年初頭から809飛行隊のみに配備されていて、1951年末時点ではイギリス海軍艦上戦闘機で唯一の迎撃レーダー搭載機でしたが、大柄な機体ゆえに当時イギリス海軍に就役していたコロッサス級軽空母での運用は困難と判定されていたとのことです。
シーホーネットNF.21は、1954年春に809NASがジェット夜間戦闘機のデ・ハビランド・シーヴェノムに機種改編したことで第一線から退いています。

攻撃/対潜/偵察飛行隊:推定8個
フェアリー・ファイアフライ飛行隊x6個(810. 812. 814. 815. 820. 826.の各飛行隊)
ブラックバーン・ファイアブランド飛行隊x2個(813. 827.の各飛行隊)

フェアリー・ファイアフライは1944年夏から実戦投入が開始された多用途の単発複座のレシプロ機で、この時期には対潜哨戒を第一の任務とした戦後世代のアメリカ製の装備品を搭載したAS.5型とイギリス製の装備品を搭載したAS.6型が第一線に配備されていました。
朝鮮戦争にも参戦したファイアフライは1953年末頃まで第一線にあったようですけれど、この機の戦後の配備状況については情報が極めて少なくて正確なところはわかりませんでした。
そのあたりは今後出るであろう「世界の傑作機」のファイアフライ号に期待しましょう。
退役するファイアフライと次回で述べるターボプロップエンジン搭載の艦上対潜哨戒機フェアリー・ガネット就役までのつなぎとして、1953年春からアメリカからの供与機であるアヴェンチャーAS.5(TBM-3E)、AS.5/6(TBM-3)が配備されておりますけれど、この機の配備状況については情報ソース毎に大きく違っていて残念ながら確定確証はできませんでした。

ブラックバーン・ファイアブランドは世界唯一と言ってよい実用「戦闘雷撃機」で、元々は第二次大戦中にイギリス海軍の次期主力艦上戦闘機として開発に着手されたものの、開発が遅延している間にスーパーマリン・シーファイアに主力戦闘機の座を追われて、戦闘雷撃機に転身させられた不遇の機体であります。
イギリス海軍の第二次世界大戦終結時の艦上雷撃機は、国産で性能のほどには疑問符がかなり付くフェアリー・バラクーダとアメリカからの供与機で実用性が高いアヴェンチャーの二機種が並存していて、これらの機体よりも大柄で高性能のフェアリー・スピアフィッシュが開発中という状況でした。
しかし計画中の大型空母「ジフラルタル」級搭載用として開発されていたスピアフィッシュは、ジブラルタル級の計画中止と心中する形で開発中止。
アヴェンチャーはアメリカの武器貸与法に基づく供与品なので、戦後も維持するにはアメリカに代金を支払わねばなりません。
バラクーダは戦後も引き続き第一線で使用できるようなレベルの機体ではありません。
そうなるとイギリス海軍からは艦上雷撃機が消滅してしまうことになる為に、機体の安定性に著しく欠けて欠陥機同然と言われるファイアブランドを無理やりにでも実用化させる必要があったのでしょうね。
ファイアブランドは1953年春に813NASがターボプロップ戦闘攻撃機のウェストランド・ワイバーンに機種改編したことで第一線から退いています。

さて、これら飛行隊の活躍の舞台となるイギリス海軍の保有する空母の1951年末における状況は推定で下記の通り。

現役艦(艦隊配備・海外展開):4隻
コロッサス級軽空母:4隻
「グローリー」、「オーシャン」、「ウォーリア」、「シーシュース」

第二次世界大戦末期から順次就役を開始して、空母としては計9隻が完成した艦隊型軽空母のコロッサス級(完成時の基準排水量13,190トン)はこの当時、イギリス海軍空母部隊の中核を成す存在でした。
1946年に一番艦「コロッサス」がフランス海軍に貸与、48年に「ヴェネラブル」がオランダ海軍に売却されているので、この時点でイギリス海軍に在籍するのは7隻です。
格納庫の天井高さが当初から多少余裕を持っていた為に、シーフューリーのような戦後の新型レシプロ戦闘機の運用に支障がなく、搭載機数はイラストリアス級艦隊空母とさして変わらず、商船規格で小柄な船体は運用経費が安いというのが戦後も艦隊任務用に重宝された理由のようです。
これら以外に最新鋭大型空母のイーグル(1951年10月竣工、基準排水量41,200トン)が就役前のシートライアルに入っていて、52年3月に正式に就役し、イギリス海軍空母部隊に一大威力が加わることになります。

現役艦(訓練・各種試験任務):6隻
イラストリアス・グループ艦隊空母:4隻
「イラストリアス」(格納庫一段式)、「インドミタブル」(格納庫一段半式)、「インプラカブル」「インディファティカブル」(いずれも格納庫二段式)
コロッサス級軽空母:2隻:「トライアンフ」「パーシュース」

第二次大戦中はイギリス海軍の主力空母として活躍したイラストリアス・グループの戦後は不遇で、1947年からはもっぱら本国艦隊での訓練任務に従事していて艦隊作戦任務に就いたことはありませんでした。
格納庫一段式のタイプは航空機の搭載数が船体規模に対してひどく少なく、格納庫一段半や二段のグループは格納庫の高さが戦後の新型機を運用するには低い事、そして前述のコロッサス級に比べて運用経費が高いことがその理由のようです。
コロッサス級軽空母の「トライアンフ」は朝鮮戦争の緒戦に実戦任務を果たした後に本国に帰還して、士官候補生の遠洋航海やアングルド・デッキのテストに従事した後に重工作艦への改造を実施しています(1956年から65年まで)。
「パーシュース」は1950年から最新装備品の蒸気カタパルトの試験任務に従事した後、52年にはカタパルトを撤去して航空機輸送艦に改造されています。

なお、コロッサス級にはもう一隻、「ベンジャンス」が現役艦のはずなのですが、1952年11月にオーストラリア海軍へ貸与されるまでの間に艦隊作戦任務に就いていたのかそれとも訓練任務に就いていたのかは情報が少なすぎてよくわかりませんでした。

長期改装中:1隻:「ヴィクトリアス」
イラストリアス・グループの一段格納庫艦「ヴィクトリアス」は、本国で訓練任務に従事した後の1950年から58年まで「再建造」と呼称される大改装を受けて、中型ジェット機母艦として見事に再生を果たしています。
前述の「インドミタブル」と「インプラカブル」についても、格納庫を一段に改正するなどの大改装が計画されていましたが、「ヴィクトリアス」の改装経費が非常に高額になったことから1952年中にキャンセルになってしまいました。
1952年というと、艦隊型軽空母の最新鋭艦であるセントー級3隻と中型空母「ハーミーズ」、イーグルの同型艦「アークロイヤル」が建造中ですから、けして潤沢とは言えない資金はそれら新型艦に集中投資して、改装経費が高額に過ぎる一方で艦齢が短い「インドミタブル」と「インプラカブル」の工事見送りの判断はやむを得ない措置であったと言えましょう。

予備艦:1隻:「フォーミタブル」
イラストリアス・グループの一段格納庫艦「フォーミタブル」は、グループの諸艦中で船体の状況が最も悪く、本格修理には多額の資金が必要とされたことから1947年夏に予備艦に編入されて、以後現役に復帰することなく53年にスクラップ売却されています。

1950年代後半のイギリス海軍航空隊については次回で、ではまた。

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