最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 1950年代後半のイギリス空軍(RAF)その2(暫定メガトン兵器「バイオレットクラブ」) | トップページ | 1950年代前半のイギリス海軍航空隊(FAA) »

2020年5月24日 (日)

1950年代後半のイギリス空軍(RAF)その3(米英相互防衛協定、プロジェクトE、そしてプロジェクトエミリー)

1950年代後半のイギリス空軍(RAF)第三回は、イキリスの核開発において欠かせない「米英相互防衛協定」「プロジェクトE」「プロジェクトエミリー」と、付記としてイギリス国産の地対空ミサイル「ブラッドハウンド」についてです。
英語版ウィキペディアと英語のサイトを参考にして、自分なりに咀嚼解釈してなんとか形にしました。

1956年末時点のイギリス空軍の勢力についてはこちらへ。
イギリス独自の核兵器開発の進展状況についてはこちらへ。

イギリスの核兵器開発についてぜひ触れておかなければならないのが、1958年に締結された「米英相互防衛協定」です。
核兵器の独占を望むアメリカはそれまでイギリスを含めた各国の核兵器開発に反対で、1946年に成立した「原子力法(俗にマクマホン法と呼ばれています)」で、例え最重要同盟国のイギリスであっても自国の核技術は一切渡さない政策を続けてきました。
しかしソ連、そしてイギリスの原爆実験成功でアメリカの核独占の目論見は崩れ去ってしまいます。
イギリスはアメリカの反対にも関わらず核兵器開発を続行していて、最早それを止めることは出来ません。
さらに冷戦の一層の深刻化を受けて、アメリカはそれまでの方針を大転換するのです。
イギリスの核開発を止められないのであれば、アメリカの与り知らない未知の核兵器を勝手に作られてしまうよりは、アメリカの技術に基づく核兵器をイギリスに開発させて間接的にアメリカのコントロール下に置くというものです。
そしてマクマホン法を改正して、他国への核技術や情報の提供を可能にした上で締結されたのが米英相互防衛協定です。
前回に述べたイギリス独自の水爆やブースト型核兵器の開発、それらに一応の答えを出した事がこの協定締結の追い風になったようです。
自身にそれなりの力量が備わっていないと、より高い能力を持つ相手からは相手にしてもらえませんからね。
この協定によって、イギリスはアメリカから核兵器の技術情報を提供してもらえるようになりました。
また前回の「グリーングラス」ピットの件で述べたイギリス産プルトニウムとアメリカ産高濃縮ウランの交換取引も合法的に行えるようになります。
1960年代に入って実用化されたイギリス初の実戦用水素爆弾「イエローサンMk.2」は、アメリカが設計した核弾頭をベースにしたピット「レッドスノー」を組み込んであって、この協定の賜物と言える存在です。

この時期のイギリスの核兵器関係の話には注目すべきものが更に二つあります。
それは1957年に米英間で正式な覚書が交わされて実行に移された「プロジェクトE」と、1958年から開始された「プロジェクトエミリー」です。
「プロジェクトE」は、イギリス独自の核戦力が一定の規模に達するまでの間、アメリカがイギリスに核爆弾を提供してフォローするというもの。
具体的にはイギリス本土のRAF爆撃機軍団(ボマー・コマンド)の基地と西ドイツ駐留のRAF第2戦術空軍指揮下のキャンベラ爆撃機の基地にアメリカの核爆弾を備蓄し、有事の際にはイギリスの爆撃機に核爆弾を搭載して東側を攻撃するというものです。
このプロジェクトが発動した時には、アメリカでは例のマクマホン法が有効であったので、アメリカがイギリスに核爆弾を供与や売却をするわけにはいきません。
ですから建前としては「アメリカの核爆弾をイギリスに配備する」形を取り、マクマホン法に抵触しないようにしたそうです。
当然の事ながらイギリスがこれら核爆弾を勝手に使うことは出来ず、使用にはアメリカ側の同意が必要です。
ちなみにアメリカ戦略空軍(SAC)は1953年から58年にかけて、ボーイングB-47ストラトジェット戦略爆撃機の一個航空団(飛行隊3個、爆撃機の配備定数45機)を常時イギリス本土の航空基地に派遣していました。
爆撃機が常駐しているからには、搭載する核爆弾も当然イギリス本土に持ってきていたでしょう。
プロジェクトEの開始とB-47航空団のイギリス本土派遣終了はほぼ同じ時期なので、B-47搭載用に持ち込まれた核爆弾が横滑りの形でRAFボマー・コマンドに提供されたのではないかと個人的に思っているところです。
ともあれ、プロジェクトEに基づいてボマー・コマンドのVボマー用に戦略核爆弾Mk5(重量1.44トン、核出力は最大120キロトン)72発が提供され、第2戦術空軍のキャンベラ爆撃機用には戦術核爆弾のMk7(重量約0.9トン、核出力最大61キロトン)が供給され、次いでボマー・コマンドに当時所属していたキャンベラの4個飛行隊にも適用されました。
戦術核攻撃任務に指定されたキャンベラ部隊のB(I)6型やB(I)8型は、核爆弾投下用の低高度爆撃システム(LABS)が装備されます。
なおRAF第2戦術空軍は1959年元日をもってドイツ駐留イギリス空軍「RAFG」に組織改編が行われて、RAFG司令官はNATO中央ヨーロッパ連合空軍指揮下の第2戦術空軍の指揮官を兼任する形になりました。
新たな第2戦術空軍はRAFG、オランダとベルギーの空軍主力、西ドイツの複数の空軍師団、アメリカの戦闘航空団で編成されています。
またボマー・コマンド所属の核武装キャンベラ爆撃機部隊については、アブロ・ヴァルカンとハンドレページ・ヴィクター両爆撃機の配備で余剰になったヴァリアント爆撃機がキャンベラに代わって1960年初頭から再配備が行われ、NATO最高司令部指揮下の戦術核攻撃部隊に指定されています。
アメリカから提供される核爆弾も、当初のMk5やMk7に代えてより新型の爆弾に更新されていきます。

「ブロジェクトエミリー」は、核爆弾のイギリスへの提供に留まらず核ミサイルをもイギリスに提供する計画です。
アメリカが開発した中距離弾道ミサイル「ソー」60発をイギリス本土に配備するというものです。
それもただ単にアメリカ空軍がイギリスにミサイルを置くというものではなく、核弾頭の活性化以外のほぼ全てをRAFの管理の下で運用するのです。
ソーミサイルを展開する基地にはイギリス空軍の勢力縮減で余剰になった航空基地が充てられて、その配備手法は前回の「ブルーストリーク」ミサイルの記事で述べた地下サイロ式ではなく地上設置式です。
基地の管理、ミサイルの保守、攻撃目標の選定、実際の発射指揮はRAFが行い、核弾頭の活性化のみアメリカ側の要員によって実施されます。
メガトン級の熱核弾頭を搭載するソーミサイルは1958年9月から59年12月までに60発全てのイギリス本土への展開を実施していますが、地上設置式ではソ連の弾道ミサイル先制攻撃に対して非常に脆弱であるので、このプロジェクトがどれほどの軍事的実効性を見込んでいたのかぜひ知りたいところなのであります。

最後にイギリス国産の地対空ミサイル「ブラッドハウンド」について。
ブラッドハウンドは有名な(悪名高い)「1957国防白書」が発表される以前に開発されていた迎撃ミサイルで、その主な任務はボマー・コマンドの基地をソ連爆撃機の攻撃から守ることでした。
1957国防白書で「ソ連の弾道ミサイルの登場により、爆撃機を主敵とする従来の防空システムは時代遅れ」とされる以前は、のちのイングリッシュ・エレクトリック・ライトニングをはじめとする超音速戦闘機とブラッドハウンドの組み合わせによる、イギリスの核攻撃力(戦略爆撃機の展開する航空基地)の防御体制の構築が推進されていたのです。
本来、ブラッドハウンドミサイルは更に高性能の「ブルーエンボイ」(最大射程320km、最大速度マッハ3)ミサイル実用化までの中継ぎ的存在として位置づけられておりましたけれど、1957国防白書でブルーエンボイ迎撃ミサイルによる対爆撃機遠距離防空は弾道ミサイル時代には無意味とされて計画は中止されてしまいました。
1957国防白書は一般に「ミサイル万能主義」と言われて地対空ミサイルを重視すると言われておりますけれど、実際にはブルーエンボイのような強力な地対空ミサイルの開発も中止されているあたり、当時のイギリス政府のやり方は一貫性に欠けていて理解に苦しむ点が多々あるのですよ。

ブラッドハウンドの方は幸いなことに1957年時点で既に実用化寸前の状態であったので計画はそのまま実行され、ボマー・コマンドの基地と前述したアメリカ製の中距離弾道ミサイル「ソー」防衛の目的で、1958年末からイギリス本土に八箇所設置されるミサイルサイトへブラッドハウンドMk.1の配備が開始されます。
重量2トンのブラッドハウンドMk.1の性能は最大射程約50km、最大速度マッハ2.2、弾頭重量91kgというもので、誘導システムはセミアクティブレーダー式ですがパルスレーターを使用しているので低空目標に対する迎撃能力は低く、誘導システムの対妨害性も低いものだったそうです。
ちなみにブラッドハウンドMk.1と同じ年に配備を開始したアメリカ空軍の「ナイキ・ハーキュリース」はブースターを含めた発射重量が約4.9トンの、ブラッドハウンドよりも大型の地対空ミサイルですがその最大射程は140km、最大速度はマッハ3を超え、弾頭重量は272kgとブラッドハウンドMk1の約三倍の威力を持ち、更に最大威力49キロトンの核弾頭W31を搭載可能なので、ブラッドハウンドMk.1に比べてあらゆる点で強力な迎撃ミサイルです。
このナイキ・ハーキュリーズの航空自衛隊型「ナイキJ」が永らく日本の空を守っていた事は皆様ご承知の通りです。
イギリスもブラッドハウンドの核弾頭搭載型「ブラッドハウンドMk.3」の開発に着手していて、これは前回述べたイギリス国産の中距離弾道ミサイル「ブルーストリーク」防衛用として、ブルーストリークの収容されているサイロを襲うソ連の弾道ミサイル迎撃を考慮した「バイオレットフレンド」システム用のミサイルとされています。
バイオレットフレンドは第二次大戦末期にイギリス本土を襲ったドイツの弾道ミサイルV2の迎撃が全く不可能であった苦い教訓から、戦後に構想された防空システムです。
その後、ソ連の弾道ミサイル開発の進展を見て計画は急速に具体化していきます。
バイレットフレンド・システム用の迎撃ミサイルであるブラッドハウンドMk.3はセミアクティブレーダー誘導で飛来する敵の核弾頭に向かい、搭載する出力6キロトンの核弾頭によって高度一万メートル付近で要撃し、中性子の放出で敵ミサイルの核弾頭を無力化するという構想でした。
しかし敵ミサイルの核弾頭を無力化するほどの中性子を放てる小型の核弾頭の開発が当時のイギリスの技術力で可能であったかどうかは、素人の私でも大きな疑問を持つものであります。
中性子爆弾はまだ米ソでさえ実戦配備に至っていない時期の話ですしね。
ちなみにアメリカの場合、低層域(高度1.5キロから30キロまで)迎撃用の弾道弾迎撃ミサイル「スプリント」の核弾頭として1974年から75年にかけて実際に製造されたW66は核出力1キロトンの中性子弾頭です。
もしもバイオレットフレンドが開発を続行していた場合、ブラッドハウンドMk.3用の核弾頭は米英相互防衛協定に基づいてW66の技術を利用してアップグレードしていたのかもしれません。
ともあれ、1968年ないし70年の実用化を目指していたこの構想も、守るべき「ブルーストリーク」が1960年に計画中止になったので共倒れになり消滅してしまいました。
以後のプラッドハウンドの改良は通常弾頭による低空目標迎撃能力向上に力点が置かれて、1963年からは新型のブラッドハウンドMk.2の配備が開始されます。

1960年代のイギリス空軍については次回以降で、ではまた。

« 1950年代後半のイギリス空軍(RAF)その2(暫定メガトン兵器「バイオレットクラブ」) | トップページ | 1950年代前半のイギリス海軍航空隊(FAA) »

イギリス軍」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 1950年代後半のイギリス空軍(RAF)その2(暫定メガトン兵器「バイオレットクラブ」) | トップページ | 1950年代前半のイギリス海軍航空隊(FAA) »

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

カテゴリー