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2020年3月29日 (日)

新潟日報縮刷版で見た国鉄の昭和41年10月ダイヤ改正

これまで三回に渡って述べた「新潟日報で読む昔の新潟県内鉄道関連記事」に関連して備忘録的に。

昭和41年の新潟日報の9月4日朝刊には、国鉄の10月ダイヤ改正における新潟県内時刻表が掲載されています。
縮刷版なので数字が小さすぎて潰れており、ダイヤを細かく読み取るのは断念しましたが基本的なデータはせっせと書き取りました。
書き留めるのに三時間近くかかったなぁ、我ながら暇な話ですw

まず優等列車の停車駅抜粋は下記の通りです。
羽越本線・白新線
「鳥海」(上野-秋田間)と「しらゆき」(金沢-青森間)、「あさひ」(新潟-仙台間2往復)は気動車急行、「日本海」(大阪-青森間)は羽越本線内昼行客車急行、「羽黒」(上野-秋田間)は夜行客車急行です。

府屋駅:2本:急行「鳥海」上下
村上駅:8本:急行「鳥海」「しらゆき」「日本海」「羽黒」上下
坂町駅:12本:急行「鳥海」「しらゆき」「日本海」「羽黒」「あさひ(2往復)」上下
中条駅:8本:急行「羽黒」「日本海」「あさひ(2往復)」上下
新発田駅:12本:急行「鳥海」「しらゆき」「日本海」「羽黒」「あさひ(2往復)」上下
葛塚(現・豊栄)駅:4本:急行「あさひ(2往復)上下

街の人口規模としては荒川町(坂町駅)よりも中条町(中条駅)が多く、至近に大手企業の工場群が立地していてそちらへの出張も多そうなのですけれど、
優等列車の停車駅としては亜幹線の米坂線が分岐する坂町駅に軍配ありです。
しかし九年後には特急「いなほ」が中条駅に停車するようになり、坂町駅との差が付き始めていくのです。

なお米坂線については未確認です。

越後線
「かくた」(新潟-柏崎間)は1往復の気動車準急列車で、白山吉田、地蔵堂(現・分水)、大河津(現・寺泊)、出雲崎西山の各駅に上下共停車です。
越後線の優等列車(急行)停車駅はこの後、内野、岩室、東柏崎の各駅が加わります。

磐越西線
「いいで」(上野-新潟間)と「あがの(2往復)」(新潟-福島・仙台間)は気動車急行で、五泉津川鹿瀬の各駅に全列車停車です。
この停車駅は昭和60年春の急行廃止まで変化無しでした。

飯山線
「野沢」(長岡-長野間)は1往復の気動車急行で、越後岩沢十日町越後田沢、越後外丸(現・津南)の各駅に上下共停車です。
また気動車急行「うおの」(新潟-越後川口間急行)は飯山線内を普通列車として十日町まで乗り入れており、新潟-長岡間は急行「よねやま」と併結運転です。
この停車駅も昭和61年秋の急行廃止まで変化無しです。

信越本線
「とき(3往復)」(上野-新潟間)は電車特急、「白鳥」(大阪-青森間)と「はくたか」(上野-金沢間長野経由)は各1往復の気動車特急、「佐渡(4往復)」「越後(夜行)」(共に上野-新潟間)と「ゆざわ」(新潟-越後湯沢間)、「妙高(2往復)」(上野-直江津間)は電車急行、「赤倉」(名古屋-新潟間)と「きたぐに」(大阪-新潟間)、「くびき」(新潟-直江津間、直江津-妙高高原間普通列車)、「よねやま」(新潟-長野間)、「ひめかわ」(新潟-糸魚川間❈上りの直江津-糸魚川間は普通列車、新潟-直江津間は「よねやま」と併結運転)は各1往復の気動車急行、「白山」(上野-金沢間、長野経由)は昼行客車急行、「天の川」(上野-新潟間)は寝台客車急行、「北陸」(上野-金沢間長岡経由)と「黒部」(上野-金沢間長野経由)、「越前」(上野-福井間長野経由)は夜行客車急行です。

新潟駅:48本:特急「とき」3往復、「白鳥」、急行「佐渡」4往復、「越後」、「ゆざわ」、「赤倉」、「きたぐに」、「くびき」、「よねやま・うおの・ひめかわ」、「いいで」、
「あがの」2往復、「あさひ」2往復、「天の川」、「日本海」、「鳥海」、「しらゆき」、準急「かくた」

新津駅:44本:特急「とき」3往復、「白鳥」、急行「佐渡」4往復、「越後」、「ゆざわ」、「赤倉」、「きたぐに」、「くびき」、「よねやま・うおの・ひめかわ」、「いいで」、
「あがの」2往復、「天の川」、「日本海」、「鳥海」、「しらゆき」、「羽黒」

加茂駅:16本:急行「佐渡」2往復、「越後」、「きたぐに」、「鳥海」、「ゆざわ」、「よねやま・うおの・ひめかわ」、「天の川」

東三条駅:36本:特急「とき」2往復、「白鳥」、急行「佐渡」4往復、「越後」、「ゆざわ」、「赤倉」、「きたぐに」、「くびき」、「よねやま・うおの・ひめかわ」、「天の川」、「日本海」、「鳥海」、「しらゆき」、「羽黒」

見附駅:16本:急行「佐渡」2往復、「越後」、「くびき」、「鳥海」、「ゆざわ」、「よねやま・うおの・ひめかわ」、「天の川」

長岡駅:42本:特急「とき」3往復、「白鳥」、急行「佐渡」4往復、「越後」、「ゆざわ」、「赤倉」、「きたぐに」、「くびき」、「よねやま・うおの・ひめかわ」、「野沢」、「天の川」、「日本海」、「鳥海」、「しらゆき」、「羽黒」、「北陸」

宮内駅:2本:上り「野沢」、上り「うおの」

柏崎駅:14本:急行「きたぐに」、「赤倉」、「くびき」、「しらゆき」、「よねやま・ひめかわ」、「日本海」、「北陸」

柿崎駅:4本:急行「赤倉」、「よねやま・ひめかわ」

直江津駅:28本:特急「白鳥」、「はくたか」、急行「きたぐに」、「赤倉」、「くびき」、「しらゆき」、「よねやま・ひめかわ」、「妙高」2往復、「日本海」、「北陸」、「白山」、「越前」、「黒部」

高田駅:14本:急行「赤倉」、「よねやま」、「妙高」2往復、「白山」、「越前」、「黒部」

新井駅:14本:急行「赤倉」、「よねやま」、「妙高」2往復、「白山」、「越前」、「黒部」

田口駅(現・妙高高原駅):14本:急行「赤倉」、「よねやま」、「妙高」2往復、「白山」、「越前」、「黒部」

宮内駅に上りの急行2本(いずれも元準急)が停車していたのには正直驚きました。
信越本線の優等列車停車駅はこの後、国鉄時代には来迎寺駅と潟町駅及び関山駅、直江津以南が第三セクターに移管されてからは春日山駅と上越妙高駅が加わります。

北陸本線
気動車急行の上り「ひめかわ」の糸魚川-直江津間は普通列車です。

名立駅:1本:下り「ひめかわ」

能生駅:1本:下り「ひめかわ」

糸魚川駅:17本:特急「はくたか」、急行「きたぐに」、「しらゆき」、下り「ひめかわ」、「日本海」、「白山」、「北陸」、「越前」、黒部」

北陸本線の優等列車停車駅はこの後に青海駅が加わります。

上越線

小千谷駅:18本:急行「佐渡」4往復、「ゆざわ」、「うおの」、「野沢」、「天の川」、「羽黒」

越後川口駅:15本:急行「佐渡」3往復、「ゆざわ」、「うおの」、「野沢」、「天の川」、上り「羽黒」

小出駅:14本:急行「佐渡」4往復、「ゆざわ」、「鳥海」、上り「天の川」、上り「羽黒」

浦佐駅:2本:「ゆざわ」

六日町駅:13本:急行「佐渡」4往復、「越後」、「ゆざわ」、上り「羽黒」

塩沢駅:2本:「ゆざわ」

越後湯沢駅:20本:特急「とき」2往復、急行「佐渡」4往復、下り「越後」、「ゆざわ」、「鳥海」、「天の川」、上り「羽黒」

気動車の「鳥海」の停車駅が電車の「佐渡」よりも少ないのは、やはりキハ58系気動車と165系電車の加減速性能の差ゆえでしょうか。
あるいは上越国境越えにパワー不足の気動車では時間がかかるので、越後湯沢以北の停車駅を絞ることでトータルの所要時間を電車と同一にするダイヤ構成だったのか?
前述したようにソースは新潟日報縮刷版の付録で、数字が小さく潰れてしまっていてダイヤが判読困難だったのが残念。
数字を読み取れればこの推測が正しいのかわかるのですが・・・。
また、塩沢駅に定期急行列車の停車実績があったのも驚くべきところ。
塩沢駅に停車していた急行「ゆざわ」は昭和43年10月改正で小出-越後湯沢間が普通列車に格下げされてしまうので、急行停車の栄えある期間もわずかなものでした。
この後、上越線の優等列車停車駅は塩沢駅が抜けた後に石打駅が加わります。

さて、もう少しわかりやすく列車別に停車駅を書き出すとこんな感じです

特急「とき」3往復:新潟(全)-新津(全)-東三条(2)-長岡(全)-越後湯沢(2)
特急「白鳥」:新潟-新津-東三条-長岡-直江津
特急「はくたか」:糸魚川-直江津
急行「佐渡」4往復:新潟(全)-新津(全)-加茂(2)-東三条(全)-見附(2)-長岡(全)-小千谷(全)-越後川口(3)-小出(全)-六日町(全)-越後湯沢(全)
急行「越後」:新潟-新津-加茂-東三条-見附-長岡-六日町-越後湯沢(下りのみ)
急行「ゆざわ」:新潟-新津-加茂-東三条-見附-長岡-小千谷-越後川口-小出-浦佐-六日町-塩沢-越後湯沢
急行「鳥海」:府屋-村上-坂町-新発田-新潟-新津-加茂-東三条-長岡-小出-越後湯沢
急行「天の川」:新潟-新津-加茂-東三条-見附-長岡-小千谷-越後川口-小出(上りのみ)-越後湯沢
急行「羽黒」:村上-坂町-中条-新発田-新津-東三条-長岡-小千谷-越後川口(上りのみ)-小出(上りのみ)-六日町(上りのみ)-越後湯沢(上りのみ)
急行「しらゆき」:村上-坂町-新発田-新潟-新津-東三条-長岡-柏崎-直江津-糸魚川
急行「日本海」:村上-坂町-中条-新発田-新潟-新津-東三条-長岡-柏崎-直江津-糸魚川
急行「赤倉」:新潟-新津-東三条-長岡-柏崎-柿崎-直江津-高田-新井-田口
急行「よねやま」:新潟-新津-加茂-東三条-見附-長岡-柏崎-柿崎-直江津-高田-新井-田口
急行「きたぐに」:新潟-新津-加茂-東三条-長岡-柏崎-直江津-糸魚川
急行「くびき」:新潟-新津-東三条-見附-長岡-柏崎-直江津
急行「ひめかわ」(新潟-直江津間「よねやま」と併結):名立(下りのみ)-能生(下りのみ)-糸魚川(下りのみ)
急行「妙高」2往復:直江津-高田-新井-田口
急行「うおの」(新潟-長岡間「よねやま」と併結):宮内(上りのみ)-小千谷-越後川口
急行「野沢」:長岡-宮内(上り)-小千谷-越後川口-越後岩沢-十日町-越後田沢-越後外丸
急行「いいで」及び「あがの」2往復:新潟-新津-五泉-津川-鹿瀬
急行「あさひ」2往復:新潟-葛塚-新発田-中条-坂町-(米坂線内は未調査)
急行「北陸」:長岡-柏崎-直江津-糸魚川
急行「白山」「越前」「黒部」:糸魚川-直江津-高田-新井-田口
準急「かくた」:新潟-白山-巻-吉田-地蔵堂-大河津-出雲崎-西山

後には特急列車が停車して当たり前になった信越本線の柏崎駅と高田駅に、この時点では停車していないのも要注目。
この両駅よりも利用が少ないと思われる糸魚川駅、観光需要での停車で以前なら特急列車停車要件には当たらなかったであろう上越線の越後湯沢駅にはしっかり停まっているのに比べると、少々冷たい扱われ方だなぁと感じるのです。
まぁ高田駅は近隣の直江津駅に特急が停車していますから仕方のない話なのでありますけれど。

次に線区別の普通・快速列車の運転本数について。

白新線:上下28本
(昭和57年6月時点では上下27本、平成31年3月改正では新潟-豊栄間上下97本、豊栄-新発田間上下61本、快速「らくらくトレイン」は除く)

当時の白新線の普通・快速列車は全て気動車で、新潟-新発田間を通して運転しており、今日のような豊栄止まりの区間列車は存在しません。
快速列車は上下2本の運転で、線内停車駅は新崎駅-葛塚駅-佐々木駅です。
また普通列車上下26本のうち新潟操車場前(現・東新潟駅)停車は24本、西新発田駅停車は10本です。

羽越本線
新津-新発田間上下24本(昭和57年6月時点では上下23本、平成31年3月改正では上下23本)
気動車は5本、客車は19本です。
新発田-村上間上下24本(昭和57年6月時点では上下25本、平成31年3月改正では上下39本、快速「らくらくトレイン」と「べにばな」は除く)
気動車は6本、客車は18本です
村上-府屋間上下16本(昭和57年6月時点では上下14本、平成31年3月改正では上下16本)
気動車は僅か2本、客車は14本でおそらく全列車が蒸気機関車牽引、無煙化などまだまだ先の話なのでした。

米坂線
坂町-越後下関間上下13本(昭和57年6月時点も同一本数、平成31年3月改正では12本)
越後下関-越後金丸間上下12本(昭和57年6月、平成31年3月改正時点でも同一本数)
全列車が蒸気機関車9600形牽引の普通列車です。

赤谷線
全列車が気動車です。
新発田-米倉間上下16本(昭和57年6月時点では上下12本)
米倉-東赤谷間上下13本(昭和57年6月時点では上下10本)

信越本線
新潟-新津間上下68本(昭和57年6月時点では上下61本、平成31年3月改正では上下116本、快速「おはよう信越」と「らくらくトレイン信越」は除く)
電車28本、気動車9本、客車31本です。
越後石山駅に停車するのは68本中20本に過ぎず、近隣の新潟操車場前同様に何故継子扱いされるのか解せないところです。
新津-長岡間上下43本(昭和57年6月時点では上下37本、平成31年3月改正では上下54本、他に新津-羽生田間に上下2本)
電車25本、気動車2本、客車16本です。
長岡-宮内間上下49本(昭和57年6月時点では上下44本、平成31年3月改正では上下64本、快速「おはよう信越」と「らくらくトレイン信越」は除く)
電車10本、気動車5本、客車34本です。
宮内-柏崎間上下26本(昭和57年6月時点では上下24本、平成31年3月改正では上下30本、快速「おはよう信越」と「らくらくトレイン信越」は除く)
気動車5本、客車21本です。
前川駅には26本中13本、茨目駅には10本の停車に留まっています。
柏崎-直江津間上下24本(昭和57年6月時点では上下22本、平成31年3月改正では上下27本、快速「おはよう信越」と「らくらくトレイン信越」は除く。他に柿崎-直江津間に上り1本、犀潟-直江津間に上下27本、犀潟通過の快速は除く)
気動車5本、客車19本です。
土底浜駅には24本中僅か4本の停車・・・。
隣の潟町駅とは2kmも離れておらず、客車列車の加減速性能では停めるのが面倒だったのかもしれませんけれど不遇ですなぁ。
直江津-高田間上下36本(昭和57年6月時点では上下30本、平成31年3月改正では上下54本)
気動車9本、客車27本です。
高田-新井間上下34本(昭和57年6月時点では上下30本、平成31年3月改正では上下54本)
気動車9本、客車25本です。
南高田駅には34本中7本、北新井駅には18本の停車です。
新井-二本木間上下23本(昭和57年6月時点では上下27本、平成31年3月改正では上下40本)
二本木-田口間上下20本(昭和57年6月時点も同一本数、平成31年3月改正では上下36本)
新井-田口間の普通列車は全列車が客車です。
新潟長野県境区間は急勾配区間なので、まだ普通列車に電車が充てられていなかった当時は非力な気動車ではこの区間は少々荷が重いということでしょうか。
ダブルエンジンのキハ52は数が少ないですし、準急形のキハ55は普通列車への転用がどれほど進んでいたのかですな。

越後線
全列車が気動車です。

新潟-内野間上下41本(昭和57年6月時点では上下31本、平成31年3月改正では上下104本)
内野-吉田間上下40本(昭和57年6月時点では上下31本、平成31年3月改正では上下49本、他に内野-越後曽根間に上下4本、越後曽根-巻間に上下3本)
吉田-大河津間上下36本(昭和57年6月時点では上下26本、平成31年3月改正では上下22本)
南吉田駅には36本中19本の停車です。
大河津-出雲崎間上下27本(昭和57年6月時点では上下23本、平成31年3月改正では上下20本)
出雲崎-柏崎間上下24本(昭和57年6月時点では上下22本、平成31年3月改正では上下18本)

半世紀前よりも38年前の方が列車本数が減っていることに注目。
特に新潟市西部は年を追うごとに人口が増えているはずなのに、国鉄ダイヤは逆に不便になっています。
気動車の配置数から来る問題なのか、はたまた地方交通線程度はこれで良いという判断だったのかどうか。

弥彦線
全列車が気動車です。
弥彦-吉田間上下36本(昭和57年6月時点では上下26本、平成31年3月改正では上下21本)
吉田-東三条間上下43本(昭和57年6月時点では上下30本、平成31年3月改正では上下27本)
東三条-越後長沢間上下22本(昭和57年6月時点では上下10本)

磐越西線
新津-五泉間上下32本(昭和57年6月時点では上下27本、平成31年3月改正では上下40本)
気動車15本、客車17本です。
東新津駅北五泉駅には32本中12本が停車しています。
五泉-馬下間上下28本(昭和57年6月時点では上下25本、平成31年3月改正では上下30本)
気動車11本、客車17本です。
馬下-日出谷間上下20本(昭和57年6月時点では上下18本、平成31年3月改正では馬下-津川間上下22本、津川-日出谷間上下16本)
気動車4本、客車16本です。
日出谷-豊実間は未調査です。

上越線
宮内-小出間上下24本(昭和57年6月時点では上下20本、平成31年3月改正では宮内-越後川口間上下34本、越後川口-小出間は上下30本)
電車9本、客車15本です。
小出-六日町間上下19本(昭和57年6月時点では上下20本、平成31年3月改正では上下30本)
電車6本、客車13本です。
八色駅には19本中9本の停車です。
この駅は昭和57年時点でも普通列車が何本か通過していました。
六日町-越後湯沢間上下20本(昭和57年6月時点では上下19本)、平成31年3月改正では上下48本、六日町通過の快速は除く、他に石打-六日町間上下2本、石打-越後湯沢間上り1本)
電車6本、客車14本です。
越後湯沢-土樽間上下18本(昭和57年6月時点では上下16本、平成31年3月改正では越後湯沢-越後中里間上下18本、越後中里以南は上下12本)
電車4本、客車14本です。
おそらくはEF58形電気機関車牽引の旧型客車の程好い揺れに身を任せるもよし、旧型電車の釣掛式モーターの唸りと振動を体感するもよし、上越国境を普通列車で越えるのに、今となっては実に贅沢な選択が出来たのです。
今では窓も開かないE129系電車でスーッと行っちゃいますからね、快適なのは間違いないのですが旅の情緒は無いですな、日常の延長みたいで。

魚沼線
全列車が気動車です。
来迎寺-片貝間上下18本(昭和57年6月時点では上下10本)
片貝-西小千谷間上下10本(昭和57年6月時点では上下8本)

飯山線
越後川口-十日町間上下24本(昭和57年6月時点では上下22本、平成31年3月改正では上下20本)
気動車16本、客車8本です。
十日町-足滝間上下13本(昭和57年6月時点では上下14本、平成31年3月改正では上下16本)
気動車5本、客車8本です。

只見線
この当時の只見線はまだ新潟福島県境の大白川駅止まりで、全列車が客車です。
小出-大白川間上下10本(昭和57年6月時点では上下12本、平成31年3月改正では上下8本)
この頃はまだC11形蒸気機関車牽引ですが、只見への延長工事が本格化すると冬季以外はDD13形ディーゼル機関車牽引に変わっていました。
蒸気機関車よりはディーゼル機関車の方が好きな私としては、そっちの方に激しく興味をそそられるところです。

北陸本線
直江津-糸魚川間上下18本(昭和57年6月時点では上下20本、平成31年3月改正では上下38本)
気動車2本、客車16本でした。
糸魚川-市振間上下16本(昭和57年6月時点では上下26本、平成31年3月改正では上下38本)
全て客車です。

北陸本線の直江津-富山間は客車全盛時代が長く続き、電車が本格的に入ったのは国鉄末期の昭和60年からです。

なお大糸線は掲載されていませんでした、金沢鉄道管理局管内だからなのか新潟日報からとかく邪険な扱いの大糸線なのです。

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