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2011年2月 9日 (水)

1990年の英国海軍

回エントリー「1980年の英国海軍」の続きで、今回は1990年時点の英国海軍勢力を振りかえってみます。
まず1981~90年の英国海軍関係主要トピックスは下記の如し。

1981年
1979年に再就役していたコマンド空母「ブルワーク」退役。
サッチャー保守党政権の財政再建政策に伴う海軍削減計画が公表される。
その主な内容は下記の通り。
1.軽空母は2隻体制に削減、完成間もない「インヴィンシブル」はオーストラリア売却。
2.ドック型揚陸艦「フィアレス」「イントレピッド」廃棄。これにより英海兵隊は事実上揚陸作戦能力を喪失。
3.駆逐艦/フリゲイトの総数を50隻に削減(1980年時点で62隻)。

1982年
フォークランド紛争(3月~6月)
英海軍主要艦艇喪失は下記の通り。
ミサイル駆逐艦「シェフィールド」:エグゾセ空対艦ミサイルによる。
同      「コヴェントリー」:アルゼンチン軍機の爆撃による。
フリゲイト  「アーデント」  :同上。
同      「アンテロープ」 :同上。

一方、攻撃型原潜「コンカラー」がアルゼンチン海軍巡洋艦「ヘネラル・ベルグラーノ」を撃沈し、史上初の原潜による実戦での艦船撃沈を記録。

また、ウィキペディア英語版によると、予備艦として保管されていたコマンド空母「ブルワーク」と対潜ヘリ巡洋艦「タイガー」「ブレイク」について、紛争勃発後に再就役の可否について調査が実施されたとの事です。
巡洋艦は主に陸上への6インチ主砲による艦砲射撃の為、ブルワークは明記されておりませんでしたが、艦の性格から見て当然ヘリによる着上陸支援の為
でしょう。
ブルワークは退役間もない事から早期の再就役が期待されたようですが、艦の状態が予想外に悪く見送り、タイガーとブレイクも紛争が比較的短期間で
終結した事で再就役はキャンセルに。
その後ブルワークは1984年に解体、ブレイクは紛争終結直後の8月に解体されましたが、タイガーはその後も保管され1986年に解体。
タイガーはフォークランドをアルゼンチン軍が再占領した場合の奪還作戦にその主砲が有用であると考えられた故の1986年までの保持と推測しますが
実際のところは如何に?

フォークランド紛争終結直後に軽空母二番艦「イラストリアス」就役。
次期SSBN(ヴァンガード級)計画開始、米国からトライデントⅡSLBM導入決定。

1983年
オーストラリアに対して売却撤回したインヴィンシブルの代替としてハーミーズをシーハリアーとセットで売却提案するも拒否される(そりゃそうだよなぁ・・・w)。
トラファルガー級攻撃型原潜一番艦「トラファルガー」就役。

1984年
英国海軍初のガスタービン推進戦闘艦であるトライバル級フリゲイト最後の現役艦「タルタル」「ズールー」退役。
なおこの両艦共に1980年に退役後保管中にフォークランド紛争勃発の為再就役という経緯がありました。
両艦の退役(インドネシアに売却)後に英国海軍に残るトライバル級は81年以来停泊訓練艦として使用されている「アシャンティ」のみに(1988年標的処分)。

1985年
インヴィンシブル級軽空母三番艦「アークロイヤル」就役。
英国海軍最後の中型空母「ハーミーズ」退役。
英国海軍戦後計画のフリゲイト第一号・ホイットビィ級最後の現役艦「トーキー」退役。

1986年
「ハーミーズ」インドに売却。インド海軍空母「ヴィラード」として就役。
次期SSBN一番艦「ヴァンガード」起工。
英国海軍最後の巡洋艦「タイガー」解体。

1987年
英国海軍最初のミサイル駆逐艦・カウンティ級最後の現役艦「ファイフ」「グラモーガン」退役(両艦共チリに売却)。

1988年
シーハリアーF/A.2の1号機(FRS.1の改修)初飛行。

1989年
マルタ島での米ソ首脳会談で「冷戦終結」宣言(12月)。

1990年
23型フリゲイト一番艦「ノーフォーク」就役。
アップホルダー級通常型潜水艦一番艦「アップホルダー」就役。
イラク軍がクウェートに侵攻、湾岸危機勃発(8月~)。

70年代半ば以降、主に北大西洋での対潜能力充実に専心していた英海軍でしたが、実際に直面した二度の危機はいずれも冷戦構造とは無関係の領土奪回と地域紛争への介入だったのは皮肉な話です。
広大な大洋での原潜相手の高度な対潜能力は出る幕も無し。
財政難から切り捨てられた能力が実際には必要なものだった・・・勿論対ソ抑止力の一環としての対潜能力はそれなりに有用だったとは思いますが・・・。
私如きが今更述べるまでもなく、フォークランド紛争については艦隊空母とコマンド空母、巡洋艦を有する10年前の艦隊が健在であれば生起しなかった
のでは?と思わずにはおれません。
無い袖は振れないのはわかりますが、遠隔の地に海外領土を有し、且つその領土返還を主張する国が近代的軍事力を備えているとなれば最小限の備えは必要でしょうに。貧すれば鈍す・・・全てコレに尽きますかな。

フォークランドでの勝利とそれを踏まえての海軍力削減計画見直し、冷戦緩和から終結へ、そしてポスト冷戦時代の新しい危機。
危機勃発当時1990年時点での英国海軍主要戦力は以下の通り。

戦略ミサイル原潜:4隻:レゾリューション級。後継の次期SSBN計画
進行中。

攻撃型原潜:15隻:トラファルガー級6隻、スイフトシュア級6隻、
チャーチル級2隻、ヴァリアント級1隻。

通常型潜:7隻:アップホルダー級1隻、オベロン級6隻。

軽空母:3隻:インヴィンシブル級3隻。

ミサイル駆逐艦:13隻:42型12隻、ブリストル。

フリゲイト:35隻:23型1隻、22型14隻、21型6隻、
リアンダー級14隻。

ドック型揚陸艦:2隻:フィアレス級。

ミサイル駆逐艦とフリゲイトは合計48隻で、81年に公表された削減計画の数値目標50隻を割り込んでしまっています。
勿論質的には、戦後第一世代が完全に姿を消し、第二世代も漸減して第三世代が戦力の中核となり、エリアディフェンスはシーダートSAMで統一され、フリゲイトは全艦対潜ヘリを搭載し、対艦ミサイル防御力の高いシー・ウルフ短SAMも35隻中20隻に搭載されるなど強化充実は間断なく進められてはおりますけれど・・・。
一方攻撃型原潜の増強は、対潜能力を海上哨戒機と潜水艦(特に原潜)で強化するという81年の方針に即したものになっていますが、大陸棚など浅
海域での対潜戦の主役となるべき新型通常潜アップホルダー級は当初12隻整備の予定が4隻に値切られてしまっています。
結局削減計画で見直されたのは軽空母とドック型揚陸艦の削減廃棄の撤回のみです。
主要戦闘艦総数は79隻で満載排水量ベースで41万トン弱。
トンベースでは1980年比10%弱減になります。

英国海軍はこのように80年代も長期低落傾向が続きましたが、それと対照的なのが海自戦力の充実ぶり。
1990年時点の勢力は下記の如し。

DDH: 4隻:しらね型2隻、はるな型2隻(FRAM済み)。
DDG: 6隻:はたかぜ型2隻、たちかぜ型3隻、あまつかぜ。
DD :32隻:あさぎり型7隻、はつゆき型12隻、みねぐも型3隻、たかつき型4隻(2隻FRAM済み)、やまぐも型6隻。
DE :16隻:あぶくま型2隻、ゆうばり型2隻、いしかり、ちくご型11隻。
SS :14隻:はるしお型1隻、ゆうしお型10隻、うずしお型3隻。

護衛艦総数は58隻で、対潜ヘリ搭載率約40%、アスロック搭載率約95%、SAM搭載率約53%、SSM搭載率50%。
旧式艦の更新が順調に進んで量的に漸増、質的には大幅な向上が見られます。
無論当時は兎に角対潜能力の強化、それに付随する形で(西側スタンダード仕様に忠実に従っただけですが)対空、対艦能力の向上であって、英海軍に
未だ健在な海外への戦力投射能力などは影も形も存在しませんしそもそも思考の埒外なわけですが。
単純に満載排水量ベースで言えば、海自の前述72隻は26万トン弱で、10年前比で約50%強の増。対英国海軍比は約6割。
10年前の対英国海軍比は4割でしたから、英国海軍の勢力低下以上にこの10年間の海自の増強ぶりが相当のペースだった事がよく理解できます。
もっとも、この時期にご主人様(米国)に誉められようと全力で頑張っちゃったお陰で、財政難が深刻化する一方の今日その更新が間々ならないというツケが
回ってきてしまっているのは諸兄よくご存じの通り。

さて次回はミレニアム2000年の英国海軍の回顧です。

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