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2007年5月の記事

2007年5月28日 (月)

北越急行ほくほく線・魚沼丘陵駅

本日の駅紹介は北越急行ほくほく線・魚沼丘陵駅

六日町駅はこちらへ← →美佐島駅はこちらへ

2016年6月19日、記事をリニューアルしました。

新潟県南魚沼市に所在する無人駅で、開業は平成9年(1997年)3月22日。
開業当時の所在は南魚沼郡六日町で、人口三万人弱と新潟県内では最大規模の町のひとつだった同町は、平成16年11月に北隣の大和町と合併して市制を施行と、新自治体の南魚沼市となって今日に至ります。

魚沼丘陵駅は魚沼盆地と十日町盆地を分ける魚沼丘陵の手前、魚沼盆地の最外郭という立地で駅名もそれにちなんだものです。
ほくほく線建設時の仮称は「西六日町」でしたが、これではあまりにも月並み。
駅の住所は「野田」ですが、これにしてもいたって月並み。
現駅名が最も座りの良いネーミングでしょうな。
しかしせっかく「丘陵」という、観光客にもアピール度が高そうな駅名なのに当駅周辺には見所は特になし。
ほくほく線内諸駅のホームには、「ほくほく線浪漫紀行」と題した駅周辺の観光案内板があるのですけれど、当駅の場合載っているのは六日町駅周辺のモノばかりなのですよ。

魚沼丘陵駅と駅前広場その1
魚沼丘陵駅と駅前広場、2013年6月撮影。
駅前広場は相応の広さで、土曜日の午前中もこのように車が多数駐車中。
画像中央の高架の駅構造物の真下の建物が公衆トイレです。

高架ホームへの出入り口
高架ホームへの出入り口、2013年6月撮影。
当駅には地平の待合室は無く、ここからホームに上がっていくだけのシンプルな構造です。
ほくほく線が国鉄北越北線として建設を計画した時点での諸駅中、最も簡易な構造なのが当駅です。
美佐島駅はトンネル駅、まつだい、虫川大杉くびきの各駅は列車交換設備付き、ほくほく大島駅も列車交換設備付きの設計なのです。

ホーム横の待合室
ホーム横の待合室、2013年6月撮影。
ほくほく線定番の空間です。

魚沼丘陵駅の高架ホームその1
六日町方から見た魚沼丘陵駅ホームの様子、2013年6月撮影。
二両対応の有効長と一両分の上屋という、ほくほく線標準形態です。
行く手に待ち受けるは全長10km強の赤倉トンネル。
魚沼丘陵を一気に貫くこのトンネルを抜ければ、十日町市街地はすぐそこです。

魚沼丘陵駅の高架ホームその2
同じく六日町方を見る、2013年6月撮影。
ほくほく線の築堤線はここからゆるやかに左旋回しながら、魚沼盆地の田圃の海の上を進みます。

魚沼丘陵駅を出発するHK100形電車
出発するHK100形電車一般型の六日町行、2013年6月撮影。

魚沼丘陵駅を出発したHK100形電車「ゆめぞら号」
駅を出発したHK100形電車「ゆめぞら号」の直江津行、2013年6月撮影。

魚沼丘陵駅を通過した特急「はくたか」
六日町駅に向けて急速に遠ざかる特急「はくたか」越後湯沢行、2013年6月撮影。
ほくほく線内において、十日町まつだい虫川大杉くびき以外の諸駅はホーム上の撮影が不可能な為、ホーム外からズームで狙うかはたまたこのように列車通過後ホームに出て撮るかのいずれかでした。

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ホーム上から見た駅前周辺の様子、2013年6月撮影。
駐輪場の上屋が無いのは少々いただけませんなぁ。

魚沼丘陵駅と駅前広場その2
駅前の路上から見た魚沼丘陵駅とその周辺、2013年6月撮影。
ほくほく線開業以前の道路地図を見ると、この道にはバス路線が設定されていました。
六日町市街地に直進せず、半円を描くような迂回路を取っています。

南魚沼の田圃の海と後背の八海山その1
同じく周辺の南魚沼の田圃の海と後背の八海山、2013年6月撮影。

南魚沼の田圃の海と後背の八海山その2
稲刈り時期の様子、2006年9月撮影。
この時のここからの眺めは素晴らしいの一言。
まさに日本の秋収穫の秋であります。

2007年5月27日 (日)

謙遜の美風はチョパーリのパクリ?

萬物相】「アイム・ソーリー」

 米国のある大学教授が「韓国人は演説する際に、なぜ謝るのか」と尋ねた。
彼は「わたしのような学識の足りない人間が、このような場所に立つことになり、
申し訳ないかぎりですが」といった前置きを耳にするたびに、「そんなに自信が
ないのなら、なぜここに出てくるのか」という疑問を抱くという。また、食べきれ
ないほどの料理を準備しておきながら、来客に「召し上がるほどのものもなくて、
申し訳ないかぎりですが」と「謝罪」するのも奇妙だという。彼にとって、韓国式の
「謙遜(けんそん)」とは、なかなか理解し難いもののようだ。
→www.chosunonline.com/article/20070526000034

そして
>韓国には「謝罪している者に最後までつらく当たる者はいない」
という意味のことわざもある・・・んだそうです。

スゴいですね・・・「川に落ちた犬は棒で叩け」・・・こういうことわざが
あるミンジョクがよく言いますなぁ・・・。

日本には

「韓日基本条約では謝罪と賠償が足りないから一度ご破算に
してもう一回最初から謝罪と賠償やり直しニダ!」

なんて向こうの与党議員が徒党を組んで喚いているではないですか。
こちらが何度謝ってもその都度「謝罪と賠償が足りない! 謝罪と賠償
おかわり!!」でしょう。
また向こうの儒教的道徳観では、「謝った方は相手の言う事を全て聞き
入れなくてはならない」という、「謝罪しているものに最後までつらく当たる
者はいない」とは逆の「謝ったオマエはもう一生オレ様のどれい、オレの
モノはオレのモノ、オマエのモノはオレのモノ」というジャイアニズムが
真骨頂ではないですか。
そういう考えが念頭にあるので、何度も謝っている日本が技術移転や竹島
の問題で手前勝手な要求を聞き入れないので「日本は不実だ」とか
何とか言って騒ぐんでしょう。謝ったチョパーリは我がミンジョクの言う
事を全て聞けと。

日本人の謙譲の美風を国技のパクリでウリナラ起源化してホルホルして
いるとしか思えませんね、まったく・・・(呆怒)。

それはアナタよ、シンポ先生~

季節は皐月、秋と並ぶ学校の運動会や体育祭シーズンが盛を迎えつつある
昨今にございます。
私の棲む街でもあちらこちらで小学校の運動会が行われ、いたいけな子供たち
の黄色い歓声が田植えを終えたばかりの田園に響き渡っております。

運動会というと私が現役小学生の頃、六年間この時期に叩き込まれたのが

「あかぐみげんじのいきをみよ~! あかぐみげんじのいきをみよ~! 
うぅでをふるうはいまなるぞ~、ふれーふれっふれっふれーっふれっ! 
ふれーあかふれーあかふれっふれっふれっ! 
ふれーあかふれーあかふれっふれっふれっ! わぁー~おー!!」

という応援歌。

この応援歌、私の母校では未だに使われているようですが、昔から
気になって気になって仕方のない事が・・・。
それは「げんじ」っていう言葉の意味。
「げんじ」と聞いてピーンと脊髄反射するのは「源氏と平家」の源氏ですけど、
史実に基づいて「源氏」が勝利者で縁起がいいので使っているなんてのは、
小学校における道徳教育上あまりよろしくないのかしらんと思ったり・・・。
いくさに勝った=強い=正しいという単純な図式を精神世界に構築しがちだもん、
小学生の頃って特に。
小学校にはいわゆる「シンポ先生」「主体先生」と言われる方々もまだまだ頑張って
おられると思いますが、そういう方々が彼らのいう「悪しき歴史観(日本の歴史はこと
ごとく悪の歴史)」の視点から、「日帝軍国主義の始祖たる武家政治の棟梁」である
「源氏」の名を未来ある子供たちに連呼させるっていうのは抵抗ないんですかね?

私が「シンポ先生」「主体先生」の立場なら応援歌のフレーズをこう変えろと、
職員会議で猛烈に主張しますがねw。

せんぐんせいじのいきをみよ~! せんぐんせいじのいきをみよ~! 
ちょっぱりどーもはミナゴロシ! 殺れ!殺れ!殺れ!殺れ!殺れ~!
しょうぐんしょうぐんばんばんざーい! しょーぐんしょーぐんばんばんざーい!
ま~んせぃ!!

こういう民主主義人民的フレーズを六年間、水を吸うスポンジのような柔軟性を持つ
学童の純白な脳髄に叩き込み、骨の髄まで「シンポ的人間」「主体的人間」に改良し、
もって来るべき「日本解放闘争」のシンパ・尖兵として社会に送り出すのが、今だに
平壌参りをしては元帥サマ、将軍サマの偉大さと共和国の発展ぶり、人民の豊かな
生活に感激の涙を流すシンポ先生、主体先生の義務であり名誉であると愚考致し
ますがいかに?

私が学生の時分には、今から考えると結構いましたよ、「シンポ先生」や
「主体先生」が・・・。
中学の時の担任にモロ「主体先生」がいましたからね、雑談で韓国をメチャクチャに
罵ったかと思ったら北朝鮮を激賞するのが常で、当時すでに軍ヲタでしたが政治
思想的には真っ白だった私は頭の中が???でしたけど。
高校の時には広島・原爆資料館に修学旅行で行った折の感想文を書かせて、
皆「広島の人は可哀想」とかありきたりの感想しか書かないところに、そういう方面に
多少知恵が回るようになってきてどういう風に書いたら気に入られるだろうかと
スケベ心丸出しで書いた私の文章(噴飯モノの稚拙な反米・反体制主張)
を激賞して学校新聞に載せたシンポ先生もいらっしゃいましたっけ・・・。
大学の時には五千円近い値段のテキストを授業で使うからと買わせておいて(その
先生の著書です、田舎から出てきたばかりの世間知らずのバカ学生をこんろり
騙して印税で小遣い稼ぎ、こういうのをシンポ的発想といふのでせう)、授業開始の
間際になって別のテキストを買わせてそちらを使わせるというシンポ的な先生
(今でも国連やら何やらの問題で、したり顔でアジアは中国にまかせよみたいな意見
を吐く御仁、五千円のテキストの中身は徹底してソ連・中国の擁護、冷戦は全て
アメリカのせい。ページ毎に必ず「米帝国主義」「日本軍国主義」の二大フレーズが
踊る香ばしい本)もいらっしゃいましたなぁ、もともとサヨクが幅を利かす学校でした
けど、アレは図抜けたヒドさでしたよ・・・。

2007年5月26日 (土)

新潟県の新幹線並行在来線問題

2014年度末に予定される北陸新幹線開業に伴い、JRから経営分離される並行在来線(信越本線、北陸本線)の存続問題で、
上越市議会の最大会派「毘風」(早津輝雄代表)は24日、存続に向けた巨額の財政負担は困難とし、並行在来線の経営分離後の実質的な廃線や、「ほくほく線」の新幹線新駅・上越駅(仮称)への延伸などを求める「提案書」をまとめた。
25日にも、提案書を木浦正幸・同市長や県など関係機関に提出する。
→http://www.niigata-nippo.co.jp/pref/index.asp?cateNo=3&newsNo=224

運賃を現行の1.6倍にアップしてなお、大幅な赤字は避けられない(公的負担は30年間で386億円との事)と言われる北陸新幹線並行在来線新潟県内区間について、上越駅(現・脇野田駅)-直江津間以外は鉄道廃止、バス転換を図るという提案です。
鉄道ヲタとしての私は「公益性ある鉄路の灯を消さないで、交通弱者を守って!」なんですが、生活者としての私は「黒字転換などまず無理、いずれは支えきれなくなる事必至な鉄道は無傷のうちに思いきって・・・」とも思いますし、なんとも複雑な胸の内でございます・・・。

ウィキペディアによると、信越線県内区間有人駅の2005年度一日平均乗車人員は下記の通り(起点の直江津駅は除く)。
春日山駅 (上越市)  484人(官庁至近)
高田駅  (上越市) 2512人(上越市商業・文化・観光)
脇野田駅 (上越市)  135人(北陸新幹線・上越駅)
新井駅  (妙高市) 1358人(妙高市中心)
二本木駅 (上越市)  208人(旧中郷村中心)
関山駅  (妙高市)   246人(かつてはレジャー客で賑わったが・・・)
妙高高原駅(妙高市)   481人(旧妙高高原町中心)

この区間の全駅で下車し、駅前をほっつき歩いた私(土日のみですが)ですが、活気があるのは高田駅と新井駅のみ。
その新井駅にしても駅前はぶっちゃけ寂れてしまっていてコンビニの一軒もない状況。
二本木、関山両駅周辺は人の影を見る事もなく、一緒に乗降する人も片手で数えられたほど(一時間に一本の電車なのに)。
妙高高原駅も人影はまばらで駅前のみやげ物店もシーズンオフに行った事もありますけれど、閑古鳥の鳴く状態。
「鉄道が廃止されると商店街が寂れて~」という声もよく聞きますが、ぶっちゃけ高田駅以外は既に寂れてしまっていて、道路沿いのロードサイドショップに地域商業の核は移ってしまっています。
電車に乗ると乗り具合はまずまずでも、多くは長野県側から高田、直江津へ行く乗客。都市間利用客は新幹線が開通すればそちらにシフトしてしまいますし、在来線を引き継ぐ三セク鉄道の運賃60%アップとなればエコノミー志向客は高速バスに流れていってしまうでしょう。

残されるのは通学客とバスの苦手なお年寄り。
頼みの通学客は少子化により今後は減る一方、また公共の福祉という錦の御旗を人質にされれば通学定期の割引率を早々下げる訳にもいきませんので、三セク鉄道の収入増には貢献しません。
長野県と一緒に妙高・黒姫の観光キャンペーンを張って少しでもお客を・・・
と思っても、昔と違い高速道が整備された現在では例え観光客の関心を惹いたとしても直接バスで来るか、長野、上越両駅まで新幹線で来てバスに乗り
換え直接現地へ。
新幹線-三セク鉄道-バスなんて乗換えの面倒なプランなんて余程の鉄道好きでもない限りパスですからね、新幹線と高速道が揃っていては、観光利用に三セク鉄道は考慮外でしょう。

高齢化社会でお年寄り人口が増えれば公共交通利用も・・・と考えたいですが、皆様もよくお分かりのように人間一度楽な環境(クルマで好きな時間にドアツードア)にどっぶり身を置いてしまえば、電車利用などなかなか・・・。
そしてこれから高齢者になっていくのは、高校を出て免許取って以来ずっとクルマに乗ってきたような人たちです。
国や地方がお膳立てしたクルマ社会に乗っかって生きてきた人たちです。
人身事故を起こして痛い目でも見ない限り、衰えてなおハンドルにしがみつくのは人間の欲求として当然の業。
65歳以上のドライバーの免許更新は徹底した適性再検査を義務付けでもしない限り、過疎地方において老人が公共交通、ましてや遠い駅にわざわざ出向かなければならない鉄道に戻ってくる事は期待できないでしょう。
年老いて衰え、いずれクルマを運転できなくなる日が来る、その時に代わりになるアシはもうない。
若い頃、クルマ社会に乗っかる事を選択して代わりのアシはとっくの昔に「乗らない」という行動で切り捨ててしまったから。
なんだか・・・クルマ社会に乗っかってお気楽に生きてきた地方住まいの我々にツケがのしかかってきた格好ですね、復讐するは我にありってこういう事?

・・・まぁ、そんな事をとりとめもなくつらつらと考えると、そんなお先真っ暗な鉄道、特に新井-妙高高原間はバス転換でも止む無しなのかなぁ、鉄道ヲタとしては誠に残念な事でありますが。

一方北陸線直江津以西については、日本海縦貫線という鉄道貨物の大動脈であるから信越線とは事情が異なり廃止など言語道断!という声があります。
しかしそれは日本の公共交通を俯瞰的、大局的見地から見た場合の意見であって、良くも悪くも地域エゴに徹する地方議会の議員諸氏が、
「お国の為だからおまいら大赤字をひっかぶって我慢しろ!」
と言われてハイそうですかと納得するはずもありません、地域住民も勿論そうです。

彼らは地元にカネの落ちない貨物の事など考慮の外であり、地域の旅客需要と鉄路の維持に必要な経費の費用対効果に基づいて存廃を論議するのみです。
国策として環境にやさしいモーダルシフトが叫ばれ、その有力なシフト先として鉄道貨物輸送があるのに、その鉄路維持にわずかばかりの公的支援以外は全部地方持ちでやれという、ゼネコンが孫受け会社に利益などほとんど出ない状況で仕事をやらせ、一方それによって生じる責任は全部孫受けに丸投げにしてホルホルっていうのと同じ構図に思えます、旅客輸送大赤字必至の半民会社に国策だからと路線の死守を一方的に求めるっていうのは。
並行在来線と貨物輸送の問題、これは同じ痛みを持つ青森県や岩手県、鹿児島県とスクラムを組んで国により一層の救済措置を求めて断固談判していかねばなりません。
そういう事を再考する点においても、今回の提案は単なる暴論とは片付けられない綺麗事無しの率直な議論の叩き台となるのではと思う次第です。

2007年5月25日 (金)

最狂のネタキャラ兄弟・望月源治と柿崎源造

人間、記憶の片隅に引っ掛かっていて、折に触れ思い出しては「あれはなんだったんだろー・・・?」という事が一つや二つはあるものです。
現実世界での出来事なら実生活上の経験を通じて思い出していく、ハッと閃くなんて事もありますが、フィクションの世界のそれだと現実と断絶された閉じた世界での問題ゆえ、思い出せずに時に悶々と・・・なんて夜の車中もございます。

私がごく最近まで
「アレは何だったんだろうか・・・?」
と時折思い出しては、記憶の断片をまさぐってみる映像がございました。
それは、
「明け方か夕刻か、蒼暗い空を背景に雪の斜面を必死の形相で逃げる刑事と女、そしてその背後から凄まじい形相でケモノのように吠え喚きながら、手に持つ鉈に殺意をギラつかせて追いかけてくる動物の毛皮をそのままなめしたような上着を着た粗野な男」の映像。
刑事ドラマの一シーンである事は確かで、一緒に見ていた母親が「またコイツ出てきたよ、何度死んでも生き返るんだね」という趣旨の事を面白そうに喋っていたのを覚えております。

覚えているのはそのシーンだけで前後のストーリーも映像もさっぱり思い出せず、あの鬼気迫る異常なまでのテンションは一体どんなドラマだったんだろうかと、時折フラッシュバックのように突発的に思い返しては首を捻る長き年月にございました。

ホントについ先日までそんな状態だったのですが、ただの偶然かはたまた天の配剤か、ふと訪れた2ちゃんの某スレで記憶の糸口に辿りついたのです。
人間、生きてると何があるかわかんないよねーと、こんなちゃっちい出来事にも生きてる意味をかみしめる不肖みさっちにございます。

さて、私の記憶の断片をつなぐ糸口になったのがこの書き込み。

>896 :どこの誰かは知らないけれど:2007/04/16(月)
20:36:16 ID:ku1eR/mv
>>895
俺もそうだね。
蟹江敬三は今とは正反対というか真逆の役を1970年代とか1980年代は 主にやってたからね。
どの作品に出るにしても悪役が主でいわゆる「怪演」というやつをやっていた。
星人ブニョや牛神男の役なんかほんとこの「怪演」の他ナニモノでもないし…。
他に大人向けのドラマ、なかでも刑事ドラマでは「怪演」がものすごく多かった。
「Gメン’75」という刑事ドラマがあってこれに蟹江氏は出ずっぱりだったんだが、
「長野県黒谷町」というホラーシリーズの「望月源治」役なんか、これ以上のものは 考えられない魔物のような「怪演」だった。
まともな役を演じるようになっても、気味の悪い何考えてるか分からない印象を植え付ける には十分過ぎる、存在感ある「怪演」だった。

>「長野県黒谷町」というホラーシリーズの「望月源治」役なんか、これ以上のものは 考えられない魔物のような「怪演」だった。

・・・そうそう、アレって山奥の秘境みたいな町だか村が舞台だったもんね、うーむ、なんか段々思い出してきたゾ。

ここで注目するキーワードが「Gメン‘75」と「望月源治」。
これらを検索してみたところ行き当たったのが、「蟹江さん演じるこの野卑な男が鉈を振り回して追いかけてくる基地外みたいなヤツ」

・・・でもこの話での望月源治という男、
「動物の毛皮をそのままなめしたような上着」
は着ていないっぽいんだよね~。
一度は繋がりかけてパズル然となった記憶の断片もまたグシャグシャ!?
で、もうちょっとディープに調べると望月源治には双子の弟・柿崎源造という者がいて、彼のファッションというのが
「季節柄かケモノの皮で作ったベストを着用」
どうやら私の記憶の断片、
「凄まじい形相でケモノのように吠え喚きながら、手に持つ鉈に殺意をギラつかせて追いかけてくる動物の毛皮をそのままなめしたような上着を着た粗野な男」
はこの柿崎源造氏と見て間違いないようです。
しっくりと手に馴染んだ殺しの得物は鉈ではなく手斧だったようですね。
放映日は1982年3月6日、舞台は長野県の山奥。
一面雪景色での光景だったでしょうしね、ロケーションもぴったりです。

・・・しかし調べてみるとこの望月源治と柿崎源造(彼らの家系はまさに呪われているとしか思えないどいつもこいつも極め付きのDQNぞろいだそうです、ビバ!基地外一家!)、劇中での暴れっぷりは尋常ではないまさにナチュラルボーンマーダー・・・。
彼らを紹介しているサイト様いわく

>“「源治はとにかく凄い」としか言いようがない・・・”とか、"人間から理性をとったらこうなるのではないか、というのが望月源治なのかもしれない”とか・・・。

あまりにもぶっ飛んだ衝撃的な人物像に、私はモニターの前で涙を流して大爆笑してしまいましたよ(完全に笑いのツボにハマってしまって読み返す毎に大爆笑、ハライテェw)、読み返す度。蟹江さんのあの風貌、あの雰囲気でこういう濃いキャラクターですからね、あぁ、実物が見たい・・・w。

2007年5月20日 (日)

FXはやっぱりF-15ですかねぇ

昨年の一月、「タイフーンJはいかが?」というエントリーで、我らが航空自衛隊の次期戦闘機に欧州製のタイフーン戦闘機を強力にプッシュした私でございます。
ネット世論では世界ダントツ最強戦闘機ラプター(多分三十年後も最強だと思う)が日の丸付けて飛ぶ日の来る事を信じて疑わない誠にお目出度いものでございましたが、その後米国からは観測気球と一概に片付けられないような「売らない」ネガティブな報道の数々・・・。
それを受けてネット世論でも、もしたしたらラプターは売ってくれないかもしれないという事で、にわかにタイフーン待望論が浮上してまいった昨今の流れにございます。

本来なら、ようやく世論がオレ様の読みについてきたとちょっとは自慢しても良いかなと感じる今日この頃といきたいところではありますが、残念ながらタイフーン導入の目はないなぁ、次期戦闘機はF-15FXだろうなぁと宗旨変えを余儀なくされた次第です。

イージス艦の情報漏洩問題に代表される日本の情報管理の杜撰さ、それにも関わらずスパイ防止法の制定に具体的な動きのない朝野の危機感の無さ(国民投票法案を性急に通す事より、こちらのほうが国益上余程重要だと思うのですが。
まぁ与党内の某宗教政党や中朝のハニトラやら利権誘導やらに引っ掛かってスネに傷持つお歴々が大騒ぎするからなんでしょうが)、対北政策における弱腰ぶりによく表れているポストブッシュ(十中八九日本に厳しい民主党政権)体制へのシフト傾向・・・。
ラプター導入どころの話ではない上に、情報漏洩等によって生じた米国の「対日不信」を更に増幅しかねない欧州機への「浮気」は政治上許されないでしょう。
平和ボケの代償の一つが、四十年前に基本設計された戦闘機を泣く泣く導入させられるという情けない話になるわけです。
また古い設計の機だからといって価格が安いというわけでは決してなく、つい先日韓国空軍の新型戦闘機20機導入案件で決まりそうなF-15K(の恐らく改良型)のお値段が一機150億円になるとかならないとか・・・。
我が国が押し付けられそうなF-15FXも機動性向上の為のエンジン換装、レーダーFCSの新型化等々でそれぐらいにはなりそうです。
巷では韓国のF-15K追加導入を時代遅れと嘲笑する向きが多々ありますが、この件に関しては我々もあまり大きな事は言えませぬ・・・。

現有F-4EJ改の代替としてだと、導入機数は50~60機というところで、その程度ならライセンス生産は非効率的で米国からFMSで購入となります。
我が国の航空防衛産業に利する事はなく、稼働率の維持に一抹の不安を禁じえないFMSによる導入・・・。
ラプターならその超絶性能と引き換えで我慢できましょうが・・・。
設計が新しく将来の発展性も相応に有するタイフーンなら、ファントムのみならず近代化改修に不適なF-15PreMSIPの早期退役代替を合わせて150機程度の導入-日本の独自仕様に基づく2020年代前半に至るまでのライセンス生産も可能でしたが、これ以上いじる余地のないF-15FXをそこまで引っ張る事はできません。
あくまで「ファントムの代替」限定で、次々期防末に策定されるであろうF-15PreMSIPの代替にはまた違った機種選定が必要になります。
その候補本命と思われるF-35も攻撃機としてはともかく、要撃戦闘機としての資質は甚だ???。
現時点でさえ陳腐化間近で、機体寿命に基づく退役時期には飼っておくだけ無駄と言えそうなF-15PreMSIPには早々に見切りをつけてタイフーンで後継一本化というのが予算上・戦力維持上・ギョーカイのお仕事上最もコストパフォーマンスが良いだろうと今なお思っている不肖みさっちですが、事ここに至って嘆いてみてもせん無き事でございます・・・。

・・・まぁしかし、物事をあまりネガティブに捉えていても仕方がないので、一機200億円でラプターを買うところを150億円でF-15FXを買う事になれば(どちらを買うにせよ必要な機数は同じ)、50機買うとして2,500億円の節約になります。
コレをF-15MSIP型の近代化改修に当てれば、一機当たり40億円として約62機分になります。既存の計画と合わせれば約100機のMSIP型全機の改修も可能!
ラプター導入となれば予算不足で全機の改修は不可能と思われますので、防衛力の底上げには地味ながら有益だと思われます。
メーカーの中の人のマンパワーの限度から、年間に改修できる機数は限られているようですが、予算先付けで滞りなく推進していただきたいものです。

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