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2007年2月の記事

2007年2月21日 (水)

北越急行ほくほく線・しんざ駅

本日の駅紹介は北越急行ほくほく線・しんざ駅

美佐島駅はこちらへ← →十日町駅はこちらへ

2016年6月19日、記事をリニューアルしました。

新潟県十日町市に所在する無人駅で、開業は平成9年(1997年)3月22日。
開業当時から十日町市の所在で、十日町駅から1.5kmという至近距離にあります。
この駅間距離はほくほく線内で最短になります。

しんざ駅駅舎
しんざ駅駅舎の様子、2013年6月撮影。
茶系の配色で民家風の建物です。

しんざ駅前広場
駅前広場の様子、2006年9月撮影。
小さな駅舎に比べて広大なスペース。
駅舎はポツンとしてどことなく所在なさ気。

しんざ駅舎内部その1
ホーム側から見た駅舎内部の様子、2013年6月撮影。
自動券売機は画像奥向かって左に、トイレは向かって右にあります。
ホームへの通路に畳敷きのベンチがあり、内部がよく清掃されているのと相まって居心地は上々。
しんざ駅は地元の方々が駅の管理運営委員会を組織しており、待合室内に掲げられた駅
開業時の記念写真の皆様のお顔が誇らしげ。
前述のトイレもとても綺麗で、また「善意の傘」も十数本置かれており、地元の方々の意識の高さがひしひしと伝わってきて、小さいながら非常に印象の良い駅です。

しんざ駅舎内部その2
ホームへの出入り口付近の様子、2013年6月撮影。
頭上のモニターが列車の運行状況を表示していますけれど、特急「はくたか」が去った今では列車密度が低下していて、あまり見ごたえはないかも。

しんざ駅のホームその1
十日町方から見たしんざ駅ホームの様子、2013年6月撮影。
有効長二両で上屋は一両分というほくほく線標準形です。
画像奥にぽっかり口を開けているのは、全長10km強の赤倉トンネル。
トンネル内にはトンネル秘境駅として有名な美佐島駅が置かれ、闇から解放されるとそこは隣町の南魚沼市域に所在する魚沼丘陵駅になります。

しんざ駅のホームその2
ホーム端から十日町方を見る、2013年6月撮影。
十日町に向かってゆるやかに左旋回しつつ高度を下げていく高架。

しんざ駅に停車中のHK100形電車「ゆめぞら号」
しんざ駅を出発して赤倉トンネルに突入するHK100形電車「ゆめぞら号」
赤倉トンネルの闇の中に消えて行くHK100形電車「ゆめぞら号」の越後湯沢行、2013年6月撮影。

しんざ駅前通り
駅前通りの様子、2006年9月撮影。
駅近くにはA-COOPが一軒あるきりですが、十日町中心街までは1km強の近さでもあり、地元の方々が特段不便という事もないのでしょう。

2007年2月18日 (日)

北越急行ほくほく線・大池いこいの森駅

本日の駅紹介は北越急行ほくほく線・大池いこいの森駅

うらがわら駅はこちらへ← →くびき駅はこちらへ

2016年6月19日、記事をリニューアルしました。

新潟県上越市に所在する無人駅で、開業は平成9年(1997年)3月22日。
開業当時の所在は中頸城郡頸城村で、同村は平成17年(2005年)元日付けで新潟県第三の都市・上越市に編入されて今日に至ります。

大池いこいの森駅は、新潟県の景観100選に挙げられている「大池いこいの森」(大池・小池の二つの池をメインとした公園&キャンプ場)への玄関となる観光駅で、公園入り口のビジターセンターまで徒歩15分になっております。
ほくほく線の駅の中では美佐島駅と共に、通学や通院、用務といった日常生活や社会活動の為の利用を考慮していない立地であります。
それは実際の利用実態にも数字として表れていて、上越市統計年鑑によると平成19年度(2007年)の大池いこいの森駅年間乗車人員は6,583人。
単純計算すると一日平均約18人です。
近隣の諸駅はいずれも一日平均100人前後なので、当駅の利用の少なさは否が応でも目立ちます。

大池いこいの森駅駅舎
大池いこいの森駅駅舎の様子、2006年9月撮影。
周辺の諸駅同様に、積雪対策で屋根の大きく切り立ったデザイン。
壁の茶系の配色はバンガローを想起させていて、大池いこいの森のキャンプ場のイメージとリンクしているようですな。
なおトイレは駅舎とは別棟にあり、この時点ではトイレの裏手がレンタサイクルの車庫になっていました。
このレンタサイクルは当駅と大池いこいの森ビジターセンター間までの利用に限定されていて、貸し出し時間は午前9時から午後5時までの間で、2時間以内に返却しなければなりません。
7~9月は毎日貸し出し、4~6月・10~11月は月曜及び祝日の翌日以外の日に貸し出しを行っていました。
台数は見たところ8台というところでしょうか、自転車の質はまずまずだと思います(少なくともボロの廃物再利用ではありません)。

大池いこいの森駅駅舎内部
駅待合室内部の様子、2013年10月撮影。
待合室の壁面はエメラルドグリーンで清涼感を持たせています。
飲料自販機が一台設置されていますが、当駅付近は文字通り何もないので非常に助かるのです。
夏場は視覚的・心理的にも涼やかに感じられて快適に過ごせそうなのですが・・・。
天井も高く、開放感たっぷり。
しかし梁には蜘蛛の巣が張り虫の死骸が引っ掛かっている有様。
ローカル線の改築駅舎では度々こうした天井の高さを見ますが、デザインやパッと見の美観だけしか考えず、何十年も使う上での清掃や保守の事をなおざりにしているように思います。
なお当駅には自動券売機は設置されておりません。
それだけ利用の少ない表れなのでしょう。

ホーム横の待合室
待合室から階段を上がった、高架ホーム横の待合室、2006年9月撮影。
ほくほく定番の空間です。

大池いこいの森駅のホームその1
十日町方から見た大池いこいの森駅ホームの様子、2006年9月撮影。
二両分の有効長と一両分の上屋付きという、ほくほく線標準形です。

大池いこいの森駅のホームその2
ホーム端から十日町方を見る、2013年10月撮影。

大池いこいの森駅のホームその3
犀潟方から見たホーム、2013年10月撮影。
高所恐怖症な私は、この貧弱そうな高架で大丈夫か!?とつい思ってしまいます。
勿論大丈夫に決まっているのですけれど、壁やガードが無い高架や鉄橋にはどうしても恐怖心を覚えてしまうのですよ。

大池いこいの森駅のホームその4
ホーム端から犀潟方を見る、2006年9月撮影。
もう少し進めば頸城平野の広大な田圃の海に行き着きます。

ホームから見た田圃の海
ホーム上から見た周辺の様子、2013年10月撮影。
駅周辺は見事なまでに人家無し、一面田圃の海、壮観です・・・!。
人気はありませんが決して打ち捨てられた土地ではなく、農耕地域として生き生きとしているこうしたロケーションの駅は新潟県内では珍しく、貴重です。

大池いこいの森駅を出発したHK100形電車「ゆめぞら」号
大池いこいの森駅を出発したHK100形電車「ゆめぞら」号の越後湯沢行、2013年10月撮影。
当駅はほくほく線内で唯一、通過する普通列車がある駅です。

大池いこいの森駅前広場その1
大池いこいの森駅前広場その2
駅前の様子、2006年9月撮影。
駅前広場は路線バスが余裕で折り返せる広さで、車十数台分の駐車場もあります。
ここまで車で来て、のんびり歩きながら、またレンタサイクルで大池いこいの森まで行くのも悪くないかも。
この時はいこいの森でイベントがあり、駅前からシャトルバスが出ていました。
それなりに人を乗せたシャトルバスが行ってしまうと、ただ鳥の囀りと虫の鳴く音だけが支配するありのままの自然な空間に。

大池いこいの森駅周辺
駅前広場を出てほくほく線の高架をくぐって一枚、2006年9月撮影。
駅周辺を歩いて見ましたが、車に出会う事もなく、現地の農家の方々が農作業に勤しまれているのを散見するのみ。道すがらで歩行者の影を見る事すらありません。
まだいささか夏の名残りを感じる秋晴れの中、ぽわ~んとひとり佇む私の長い影・・・長閑です、時計の止まった光景です。
ただ、こうした良い意味での「生活感の無さ」が駅待合室のあの状態に関係していると思いますねぇ。
ほくほく線の各駅は大なり小なり、地域の方々が駅を守ろうと頑張っておられる姿勢を感じますが、当駅の場合、駅を守っていこうにもそのバックボーンが存在しないといっても過言ではなく、それならば当地の観光協会あたりが貴重な観光資産の玄関口としての当駅を守っていくのが本筋でしょう。
しかし、広域合併によってその辺の意識が希薄になっているのかなぁなんて心配を少々・・・。
頸城村時代なら地元の観光資産絡みという事で、もう少しこの駅にも気を配っていたのかもしれませんが、広域合併後の上越市となると、旧町村の観光資源から派生する問題などは他人事のように捉えていてはいませんか?なんて生意気な事を言っちゃったりして(汗)。

2007年2月17日 (土)

月の妹・南夕子降臨・・・!

本日の「ウルトラマンメビウス」は第44話「エースの願い」。
月曜日のエントリーで、

>「ネクサス」でナイトレイダーの詩織隊員を演じた五藤圭子さんが月星人関係でどーのこーのという噂もありましたので(最終章にカメオ出演は確実のようですが)、夕子が彼女の身体を借りて北斗に語りかける(姿は五藤さん、声は星さん)とか、あるいは「タロウ」ゲスト出演時の映像を使用して(イメージ出演)、声のみ星さんの新録というのがあり得るところかなぁなんて。

・・・なんて懐疑的な見方をしておった私でしたが、この予想は良い意味で素敵に覆されました・・・星光子さんこと南夕子降臨!!

地球に侵略者や宇宙怪獣を呼び寄せる時空波の発信源である石柱を破壊せんと、月面で人間の限界ギリギリまで戦い抜こうとするGUYSの戦士たち、そんな彼らを援護すべくその勇姿を現した北斗星司・ウルトラマンエース!
石柱を護衛する超獣ルナチクスを必殺のメタリウム光線で撃破した後、地球で巨大ヤプールを倒したものの心ないジャーナリスト・ヒルカワの言動に心惑わすミライに「私の変わらぬ願い」のメッセージを送る北斗星司・・・、そんな彼の背後で優しく「星司さん・・・」と語りかける柔らかなそのお声・・・。
お声の主は私の初恋の人・南夕子

「もし私が月の人間じゃなくてずっと地球にいられたら、星司さんと一緒にこんな風に歳を重ねていたのかもしれない・・・」

ウルトラマンエースの、有り得たかもしれないもう一つの幸福な結末。
しかし運命は二人に過酷な試練を与えます。
・・・北斗と夕子の、あの身を切られるような悲痛な別れ・・・。
夕子に対する感情を全て押し殺して、彼女を「妹」として仲間たちの元に帰した北斗の心中。
それを思い返すと万感迫るものがありました・・・。
そんな彼女の言葉に北斗の返した言葉はただ一言。

「・・・そうだな」

この一言、たったこれだけのセリフに、北斗の彼女に対する想いが凝縮されておりますね。
別れて過ごした歳月の重み、忍ぶ愛、信じあえる心、そして決して断ち切られることのない二人の絆。

見つめあう二人、歩み寄る二人、手の平を静かに重ねあう二人。
輝く光~ウルトラタッチ~・・・。
私の心中にも、もう二度と会う事のない初恋の人にピュアな心のままめぐり会えた爽やかな感動が湧き起こりました。
普段皮肉や諧謔、えろ話全開の私ですが、今回ばかりは素直にもう夢の中で心地良く彷徨いたく存じます、生きててよかった!!
高峰圭二さんと星光子さん、並びにメビウススタッフの皆様、夢をありがとうございました!

・・・今晩は「さようなら夕子よ・月の妹よ」を久しぶりに見直して、暫く感慨に耽ろうかと思います。

将軍サマの次なる一手は?

北朝鮮が既に製造した可能性のある核兵器に関して「(非核化の)初期段階で扱うのが理想的だが、現実的に言って最も困難な問題だ」と指摘。
初期段階では、核兵器をこれ以上製造する能力を封じ込めることに重点を置くべきだとの見解を表明したそうです
→http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070216-00000093-jij-int。

皆様報道でご存知の通り、北が核施設を封鎖したらとりあえず重油5万トンを提供、核施設を無力化したら重油95万トンを提供。
なおとりあえずの重油5万トンはいつのまにやら韓国が提供する事になってしまったようで(将軍サマが好きで好きでもう辛抱たまらんノム大統領閣下に
とっては願ったりかなったりでしょうね。関係各国のお墨付きで、正々堂々と貢物を差し上げられるというものw)、米国は「人道援助に関心がある
(すぐに援助する気はない)」、ロシアは「(未来永劫返ってこないと思われる)対北債権の放棄(どうせ踏み倒されるモノなんだしね・・・)」、中国はインフラ整備等の経済支援、我が国は勿論「拉致問題解決なくして援助なし」というのが、今回の六カ国協議合意のあらまし。

私がこまごまと書くまでもなく、合意内容は玉虫色で「作業部会」なるものが本当に立ち上げられるのか、当該「核施設」はプルトニウム関係のものだけ
なのか、それともウラン濃縮関係も含むのかはっきりしませんが、最大の懸念だったのが「北が実際に製造した核兵器(兵器化以前の「核爆発装置」に過ぎないのかもしれませんが)」の扱いとその処理。
それに対して冒頭の報道内容・・・「核兵器をこれ以上製造する能力を封じ込めることに重点を置くべき」・・・北指導層に「既に保有している核兵器」の
問題と「これ以上製造する能力」の問題を米政府が最初から分けて考えているという認識を与えそうな気がするんですけど・・・
考え過ぎかなぁ?

そうであるならば、合意した援助云々の問題はあくまで後者に関してのものと強弁し、前者の問題については「今そこにある脅威」を大いに喧伝し、後者の
取引とは比較にならない譲歩を関係各国から勝ち取る事も可能でしょう。
これ以上のプルトニウム型原爆製造の放棄と引き換えに北が望んでやまない「核保有国として米国に認めさせる」のも可能かもしれません。
既存の核爆弾の保有について米国のお墨付きを貰えればしめたもの、その後はノドンミサイルの弾頭化に全力を注ぐ事が出来ます。
既存の核爆弾に使用しているプルトニウムを再利用して核弾頭を作っても、それは「手持ちの核爆弾の改良」に過ぎず、米国との合意内容には何ら抵触しないと強弁する例のアナウンサーのおぢさんおばさんの声が今にも聞こえてきそうです。

また、北の保有するプルトニウム型原爆が兵器の名に値しない「核爆発装置」で、早急な実用化(特にミサイル弾頭化)が困難な状況だとしても、周辺各国はその真相を確かめる術もないので、北の言う「核爆弾」を使える兵器として認識して交渉に当たる他ありません。
この場合は「核爆発装置」という兵器としては役立たずな「張子の虎」の廃棄と引き換えに、大きな果実を得る事になります。

双方共「プルトニウム型原爆」に限定するのが交渉のミソで、ウラン濃縮型原爆についてはひたすら知らぬ存ぜぬを決め込むのが肝要。
その辺を有耶無耶にしてとにかく「プルトニウム型原爆の新規製造能力不能化若しくは全面廃棄」のインパクトのみに世間の耳目を集中させ、その間に全力
でウラン濃縮型原爆の完成にごきつけるのが北的にはベストなやり方かと。
韓国をうまくだまくらかして電力供給の貢物をせしめられれば、ソレをまるっとウラン濃縮に使えてなお良し。

米本土を射程に収めるテポドン2号の弾頭化なんて大それた事を考えず(ウラン濃縮型原爆はプルトニウム型と比較して弾頭の小型化は構造上不可能、反面核実験の必要なし)、既存のノドンミサイルのペイロードと射程のバーターで、威力に比して大柄なウラン濃縮型核弾頭搭載の改良型ノドンミサイル(韓国全土と九州や中国・四国の一部を射程に収める程度の)を配備できれば日韓両国を人質にして米国の軍事行動をけん制する事も可能です。
日本政府の腰が定まっていないと感じれば、当然カネカネキンコの恐喝にも使えます。

さて、私が妄想するこの2つの筋書き・「北の核兵器保有を認める」「プルトニウム型原爆開発計画の放棄」・・・どちらを辿るにせよ、怖いのは我が国を
置いてけぼりにした「米朝国交正常化」。
前者のシナリオを辿った場合、米国は北を一人前の「核保有国」として遇する事になるわけで、安全保障上そういう国と国交を閉ざしたままという訳には
いかないでしょう。
後者の場合は北の見せた「誠意」への最大のご褒美としての米朝国交正常化(北の現体制の承認)になります。

米朝国交正常化となれば、近年の我が国の所謂「対米追従一辺倒路線」に将軍サマとあの体制が好きで好きでもう辛抱たまらんシンポ・ミンシュ・
ヘイワ・ジンケン人士及びマスゴミのお歴々が悪ノリして「バスに乗り遅れるな」論・・・「拉致問題棚上げで日朝国交正常化=凄まじい額の<償い金>と
<無償経済援助>支払い強制」を展開するのは必定。
米国が北を敵視したままなら政府も「拉致問題解決なくして国交正常化なし」の我を通し切れましょうが、肝心の親分が頭ごなしに仇敵と握手抱擁
しちゃったら・・・。
そこまでやられても我を通し続けるのであれば我が国も「戦後政治」「ヘイワボケ」の長い時代をようやく通り抜けたのだなと私も拍手喝采して断固として政府を支持致しますが、現実は・・・。

日本政府がヘタれるかどうかの最初の関門は今年夏の参院選。
ここで与党が敗北するようであれば、自民党参院ドンの方々がおっしゃっているように安倍首相の進退問題になってくるでしょう。
これまでも閣僚の失言、ご自身の失言もあり支持率低下に苦しむ日々。
国政選挙で敗れたとなれば恐らくは・・・。
野党・マスゴミ、また自民党内の売国利権一途流な方々も息を吹き返して、小泉・安倍と二代続いた路線に国民が否定の一票を投じた!と騒ぎ立てる
でしょうね。
安倍首相の退陣はあくまで選挙の敗北の責任を取ってであって、二代続いた政策路線を全て否定するものではないとのコンセンサスが党内にあれば
よいのですが、「全否定・政策一新」と認識されますと、外交政策の柱であった現在の対北認識も改悪される事になりはしないかと・・・。

まかり間違って後継総理・総裁には、売国利権一途流のあの方やその方の操り人形・パペットプライムミニスターとして飲尿プレイや親子丼が大好きと
巷で評判のあのセンセイが担がれやしないかと(おまけとして漏れなく一緒にヘタれた盟友のあのセンセイも付いてきますぅ♪)マジで心配です・・・。
北へ行ったり雑誌に寄稿したりと色々蠢動しておられるのはその辺の成算あっての事ですか?

2007年2月13日 (火)

北越急行ほくほく線・虫川大杉駅

本日の駅紹介は北越急行ほくほく線・虫川大杉駅

ほくほく大島駅はこちらへ← →うらがわら駅はこちらへ

2016年6月19日、記事を完全リニューアルしました。

虫川大杉駅の駅名標

新潟県上越市に所在する無人駅で、開業は北越急行ほくほく線開通と同日の平成9年(1997年)3月22日。
開業当時の所在は東頸城郡浦川原村で、同村は平成の大合併によって平成17年に新潟県第三の都市・上越市に編入されて現在に至ります。

列車交換駅で長いホームを持つ立派な構内の虫川大杉駅ですが、浦川原村の中心地区は隣のうらがわら駅です。
当駅は周辺人口も少なく、公共交通の結節点という位置付けです。
当駅から南に3km行くと浦川原村の隣町である安塚町の中心地区があり、当駅は安塚町の玄関駅としての機能も多分に併せ持っています。
浦川原村と安塚町が上越市に編入される以前の2006年時点では、うらがわら駅前-安塚間の路線バスがほくほく線列車に接続する形で一日12往復運行されていました。
広域合併後の現在でもその機能は健在ですが、路線バスは平日9往復。
休日は全便運休になっていて、地方の公共交通需要の衰退がここにも現れているのです。

上越市統計年鑑によると、平成19年度の虫川大杉駅年間乗車人員は50,640人で単純計算すると一日平均約139人。
浦川原村中心地区に所在するうらがわら駅よりも僅かに多いレベルで、駅周辺の様子を見るに相当に多く感じられる数字なのです。
この健闘の要因として考えられるのは、当駅が前述したように安塚地区の玄関駅としての機能を持っているのと共に、当駅から安塚地区中心地区に向かって約2km地点に所在する県立安塚高校の存在だと思われます。
しかしこの安塚高校、県立高田高校の分校が安塚地区に開校したのと引き換えに2015年に募集を停止したそうです。
在校生が卒業したら学校は廃校になるわけで、高田高校の分校が代わりに出来たとはいえ、これがこの駅の乗車人員にどう影響するかですね。

虫川大杉駅駅舎その1
虫川大杉駅駅舎その2
虫川大杉駅駅舎の様子、2012年6月撮影。
日本有数の豪雪地帯に所在する駅としての何よりの証が、三角の切り立った屋根。
下の画像の出入り口正面に自動券売機が一台設置されています。

虫川大杉駅駅舎その3
対面式ホームへの出入り口付近の様子、2012年6月撮影。

虫川大杉駅駅舎内部
駅待合室の様子、2012年6月撮影。
隣のうらがわら駅の待合室と同じ造りで、浦川原村の駅としての統一感と予算の効率化を図っての産物なのでしょう。
天井は高く開放的な室内ですけれど、虫はかなり入ってきそうではありますな。
なおトイレは画像の反対側(私の立ち位置)側にあります。

ホーム横の待合室
ホーム横の待合室、2012年6月撮影。
こちらはほくほく線の定番スタイル。
この時点では運行案内板は設置されていませんでした。

虫川大杉駅の1番ホームその1
1番ホームの犀潟方から見た構内の様子、2012年6月撮影。
当駅の最大の特徴がこの長大な本線ホーム。
9両対応は国鉄以来の幹線系駅であれば珍しくない有効長ですけれど、当駅の場合は比較対象がほくほく線定番の二連対応ホームなので、錯覚効果全開でとてつもなく長大に映るのですよ。
当駅から南に12kmほどの距離にある、キューピットバレイスキー場へのアクセス用に、シュプール号停車を見込んで9両の有効長をとったのです。
しかし当駅が開業した頃、既にシュプール号は斜陽の一途というタイミングの悪さ。
特急「はくたか」が定期停車することも無く、現在では完全に遊休化していますなぁ。

虫川大杉駅の1番ホームその2
1番ホーム端から犀潟方を見る、2012年6月撮影。
当駅からうらがわら駅は2kmと近く、国道を歩いても40分あれば行けます。

虫川大杉駅の2番ホームその1
1番ホーム上から見た2番ホームの全景、2012年6月撮影。
これがほくほく線の駅としての本来の姿なのですが、一番ホームと比べるとかなり貧相に見えてしまいますね。

虫川大杉駅の1番ホームその3
1番ホーム出入り口付近から、構内の犀潟方を見る、2012年6月撮影。
1番ホームは長大ですが、上屋は三両分ほどです。

虫川大杉駅の1番ホームその4
1番ホーム端から、十日町方を見る、2012年6月撮影。
虫川大杉駅は、ほくほく線の前身である国鉄北越北線の建設計画時点で列車交換駅とされていて、特急「はくたか」同士の交換も可能な余裕ある広い構内です。

構内信号の160kmの表示
現在はその役目を終えている160kmの表示、2012年6月撮影。
私はとうとう「はくたか」のほくほく線内には乗らず終いでした。
当駅やまつだい、くびき両駅で見たあのスピード感を車内で体験出来なかったのは極めて残念。

構内の連絡地下道
両ホーム間を結ぶ地下道、2012年6月撮影。
ほくほく線の地下道ってみんなこんな感じですけれど、もうちょっと商売っ気を出してもいいような。
地元や周辺の観光やイベントのポスターを貼るとか。
ゴチャゴチャ貼りまくるのは少々ウザいのですが、こうも無味乾燥としてひえびえとしていると、人気が少々欲しいなぁと。
でも貼ってもあまり効果は無いんだろうなぁ。
虫川大杉駅の2番ホームその2
短い2番ホームの犀潟方から見た構内、2012年6月撮影。

虫川大杉駅の2番ホームその3
同じくホーム端から犀潟方を見る、2012年6月撮影。
当駅のホーム配置がいかに非対称か一目瞭然です。

ホームから見た駅前
2番ホーム上から見た、国道253号線側の駅周辺の様子、2012年6月撮影。
手前の整備途上の道は、現在国道になっています。

虫川大杉駅発車時刻表
2012年6月時点の虫川大杉駅発車時刻表。
2011年3月改正ダイヤ時点では六日町越後湯沢-当駅間の区間列車が一日一往復運行されていましたが、この時点では全区間運行に改めているようです。
列車交換が無い場合の列車発着は一番ホームです。
当駅の列車交換機能は2016年3月改正時点でも健在で、一日八回の列車交換が見られます。

虫川大杉駅で列車交換中のHK100形電車
虫川大杉駅で顔を揃えたHK100形電車の一般仕様車と「ゆめぞら」号、2012年6月撮影。

虫川大杉駅を出発したHK100形「ゆめぞら」号
2番線を出発したHK100形「ゆめぞら」号の直江津行、2012年6月撮影。

虫川大杉駅を出発したHK100形電車
1番線を出発したHK100形電車の越後湯沢行、2012年6月撮影。

虫川大杉駅を通過する特急「はくたか」その1
虫川大杉駅を通過する特急「はくたか」その2
虫川大杉駅を高速通過する特急「はくたか」の雄姿、2012年6月撮影。
「はくたか」に代わるほくほく線の看板列車、超快速「スノーラビット」は2016年3月改正時点で上り一本が停車しています。

虫川大杉駅前
駅前の様子、2012年6月撮影。
当駅は前述したように公共交通の結節点としての役割が色濃く、周辺は民家も少なく長閑・・・というよりはがらーんとしていています。
周囲のロケーションに比べて駅が立派な造りだと、そういう感覚に陥るのですよ。

虫川の大スギがある白山神社
当駅周辺の見所と言えばまずこちら、駅名の由来にもなった「虫川の大スギ」です。
2012年6月撮影。
駅からフラフラ歩いて約8分、画像中央右の白山神社の境内にそれはあります。
画像左側にチラリと映っているのは、ほくほく線の高架です。

虫川の大スギその1
画像右側が「虫川の大スギ」、2012年6月撮影。

白山神社の社殿
白山神社の社殿、2012年6月撮影。

虫川の大スギその2
「虫川の大スギ」は樹齢千年以上、樹高約30m。
白山神社の御神木です。
しかしこれだけの樹齢だと流石に天然の状態というわけにもいかないようで、ご覧のように太い幹には補強が?

「虫川城跡」の入り口
白山神社から数分の墓地前が、「虫川城跡」の入り口です。
2012年6月撮影。
戦国時代の山城跡で、このような山深い地であっても川が合流し道の通じるところには、このように城が築かれて周囲を牽制していたのです。

城跡への登り道その1
ここから城跡に登っていきます、2012年6月撮影。

城跡への登り道その2
こう見るとかなり高度を稼ぎそうな勾配なのですが・・・、2012年6月撮影。

虫川城本丸跡
しかし標高は94m、登り始めて約五分で本丸跡に到着、2012年6月撮影。

本丸跡から見た景色
本丸跡から俯瞰で景色を存分に・・・とはいかないのが残念、2012年6月撮影。


田圃を突っ切るほくほく線の高架その1
山間の緑の田圃を突っ切るほくほく線の高架、2012年6月撮影。
画像中央右が虫川大杉駅です。
高架から築堤になるあたりから構内になります。

田圃を突っ切るほくほく線の高架その2
駅がいかに立派に見えても、後背の山の圧倒的なボリュームに比べればこんな感じ、2012年6月撮影。

虫川大杉駅付近の県道
駅から国道253号線に出る県道の様子、2012年6月撮影。
この道を奥に向かって直進すると、旧安塚町中心部に出ます。

国道253号線旧道
駅近くの国道253号線旧道の様子、2006年9月撮影。
撮影時点ではこの道が国道でしたが、現在は駅前至近に道が作られて国道になっています。
「虫川商店街」と掲げられていますけれど、商店はT字路正面の菓子店が目立つ程度でしたっけ。
かつては「商店街」と言えるほどの店があったのか、それともほくほく線開業に乗じた地区のイメージアップの為に命名したのかは定かではありませんが・・・。
現在もコンビニ等は無いようですな。

当駅を初訪問した2006年9月、国道から駅へ向う県道に入ると、歩道前方に黄色い物体を発見・・・。
接近するにつれ、それは犬ほどの大きさの動物が歩道に座っているように見えてきます。・・・まさか野犬さんとのご対面かっ!?
山深い地ゆえ、野犬さんがいらっしゃっても不思議ではなし。
今まで野犬さんとは幸いにしてコンニチワした経験のなかった私でしたが、今度こそは年貢の納め時かっ!
これは腹を括ってかからねばなるまいと脳内物質を猛烈に分泌開始して合戦準備、アドレナリンがびっちゅびちゅで喉が渇くぅ!、唇がかさつくぅ!!
「この腕を砕けぃ! この目をえぐれぃ! されど貴様には死あるのみぃっ!!」
・・・なんて拳王様の芝居染みた決意を胸にぐいぐい進むと・・・幽霊の正体見たりなんとやらで、私のウエスト63の柔腰も思わずへなへなぁ~・・・。

動物のオブジェ

・・・こんなモン、歩道に置いとくなよなぁ、お客様歓迎の気が利いたオブジェのつもりでつか?
他にもこのようなあにまる置物が何種類も歩道に点在していました。
ロケーションが野犬やサル・クマがいらっしゃっても不思議じゃないトコロだけに、マジで本物と見間違えてビビリましたがな・・・、なんちゃって都会人のガラスの心臓にはすこぶるよろしくないんですけど・・・w。

2007年2月12日 (月)

さよならクハ181

今年10月にさいたま市で開館予定の鉄道博物館展示車両として、最近移動の話もチラホラの181系特急形電車(JR東日本新潟車両センターに静態
保存中)。
昭和40年代には特急「とき」として越後平野と上越国境を疾駆し、その後も昭和57年の上越新幹線開業まで老体に鞭打って走り続けた古豪の今の姿
です。
移動の日時が確定すれば色々騒がしくなるので、平穏な今のうちにと名残の撮影・・・。
JRの敷地内にある為(関係者以外立ち入り禁止)、手前の道路からなのがちょっと寂しいですが、ルールはルール、いたしかたございませぬ・・・。

021207a
積雪ゼロなのに注目、この分では我が街、この冬は積雪ゼロで終わりそうです。

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181系の背後にぼんやり見えるのは昼寝中の「きたぐに」用583系電車

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021207d

さよならボウケンジャー

一年前のエントリーで、今後も逐一「ばけのかわ」でレビューしていきたい所存ですなどとぶち上げつつ、その後はまるっと放置のまま、昨日「轟轟戦隊ボウケンジャー」が大団円を迎えてしまいました・・・。
第一話での蜂須賀祐一さんのキャピキャピ演技っぷりに萌えまくりだったのがついこないだのように思えます。
歳取ると時の流れを早く感じるってのは本当だなぁ~と実感する事しきり。

転がり続けるワシの生き様ことガジャおぢさんがラスボスなのはう~む、生かしておけばオイしいキャラだったのにとちょっと残念。
ゲッコウ様&風のシズカ嬢はこれからもずーっとあんな調子で、トムとジェリーよろしくボウケンジャーの面々と仲良く喧嘩するんでしょーな、初期の得体の
知れなさが消え失せてすっかりおぢいちゃん化したゲッコウ様「シズカ、ワシに掴れ!」が私的には一番ウケましたな(爆笑)。

さてボウケンジャーは「俺たちの地球をこの手で守るっ!!」みたいな肩肘張った暑苦しさがないのと、「親の仇討ち」のようなウエットさがないのが私的には非常に心地良かったんですが・・・。
地球の平和を守るっていう要素が二義的(若しくは結果論)で、ボウケンジャー達の冒険の結果生じる付随的な事というのも斬新に感じた部分でしたけれど、本来の視聴層である小さい子たちはその辺をどう思ったんでしょうね?
やはりストレートに「地球の平和は俺たちがっ!」のほうが感情移入し易いんでしょうか。
その辺がちょっと気になるトコロではあります。

さて戦隊の最終回と言えば、1983年の「ダイナマン」以来恒例となった「変身前の役者がスーツイン」ですが、今年はおふぇち的にちょっと残念だったかなぁ。
いろんなトコロでアレコレ言われておりますので多くは語りませんが、本人スーツはロボの操縦シーンのみ(イエローはほぼ確実に蜂須賀さん)・・・。
アレはスケジュールの都合が付くメンバーのみで演らざるをえなかったのかなぁと思いますけど、ロケでの名乗りシーンは全員あの場にいた訳ですから、
本人スーツでも可能だっただろーに。
ダブダフのスーツを着て名乗りポーズを演るさくら姐さん&菜月嬢が見たかった(汗)。

ともあれこれでボウケンジャーともさようなら。
蜂須賀さん&中川素州さんの激萌え女形競演もこれで見納め。
蜂須賀さんは次作「ゲキレンジャー」では敵の女幹部の変身体を演じられるそうなので、きゃぴきゃぴぃっ♪なボウケンイエローとはまた違ったヒールな
女形っぷり(デカレンジャーに登場したサキュバス変身体みたいな感じかな?)を拝見できそうですが、中川さんの女形とはしばしのお別れ・・・。
「ゲキレンジャー」の途中参加メンバーに女性がいるのなら、変身後(ゲキピンクと名乗るんでしょうか)をぜひ演じていただきく切望しますが果たして?
現在発売中の「ヒーロービジョン」最新号では蜂須賀さん&中川さんのインタビューが載っておりますけど、どんなキャラクターを演じるかは急に言われる
との事で(中川さんが演じた「カーレンジャー」のピンクレーサーもそうだったって・・・レギュラー初女形であのハジけた演技っぷりは尋常じゃないっす、
アクションだけじゃなくて芝居の部分でもスゴかったモンなぁ・・・)、
ゲキレンジャーの追加女戦士役も「急に言われて」尋常じゃない女形ぶりをぜひ!

子供向け番組と言うと、最終回に向けて飛ばしまくっているのが「ウルトラマンメビウス」。
先々々週は長谷川初範氏が四半世紀ぶりにウルトラマン80=矢的猛としてゲスト出演、先々週はこれまで経歴不詳だったサコミズ隊長の過去が明らかとなり、先週はついに姿を現した悪の四天王とヤプールの逆襲編。
そして今週は高峰圭二氏がウルトラマンエース=北斗星司としてゲスト出演、そして私にとっての幼少時の初恋の人だった星光子さん=南夕子が登場!?
とその種の掲示板では話題騒然。

お声は現在の星さんに間違いないと確信する次第ですが、顔出しで御本人が登場するかどうかは正直フタを開けてみなければわかりませぬ・・・。
「ネクサス」でナイトレイダーの詩織隊員を演じた五藤圭子さんが月星人関係でどーのこーのという噂もありましたので(最終章にカメオ出演は確実のようですが)、夕子が彼女の身体を借りて北斗に語りかける(姿は五藤さん、声は星さん)とか、あるいは「タロウ」ゲスト出演時の映像を使用して(イメージ出演)、声のみ星さんの新録というのがあり得るところかなぁなんて。
夕子ファンの私的には現在の北斗と南で恐らく今度こそ最後のウルトラタッチ!も見たいのが山々なれど、ヒーローとヒロインとでは歳を重ねた姿のニュアンスが違うと思いますしねぇ・・・。

・・・それにしても、かつてのヒーロー(矢的&北斗)登場はともかく、タケナカ議長や南夕子の登場を、メイン視聴層の小さい子たちはどう思っているんで
しょーね?
一緒に見ている親御さん(特にお父さん)はタケナカ参謀! 南隊員!!と盛り上がっているのでしょうが、子供は置いてけぼりでチンプンカンプン?
小さい子たちの感情移入先であるGUYSメンバーたちは歴代ヒーローの客演や悪の四天王のインパクトに影が薄いっす・・・。
彼らにももっと個性に見合った見せ場を作ってやって欲しいなぁ(メフィラス編や最終章ではその辺が物語の鍵になるものと期待してます!)。

2007年2月 4日 (日)

飯山線・魚沼中条駅

本日の駅紹介は、飯山線・魚沼中条駅

十日町駅はこちらへ← →下条駅はこちらへ

2016年6月26日、リニューアルを実施しました。

魚沼中条駅の駅名標

新潟県十日町市に所在する無人駅で、開業は昭和2年(1927年)11月15日。
開業当時の所在は中魚沼郡中条村で、魚沼中条駅は同村の玄関駅でした。
同村は昭和29年に周辺諸町村と合併して市制を施行し、十日町市が誕生して現在に至ります。
駅名は本来ならば村名をそのまま付けたかったのでしょうけれど、生憎当駅開業の13年前に新潟県内の羽越本線・中条駅が開業しているので、魚沼を冠した駅名とするのは止むを得ないところです。

魚沼中条駅は十日町駅から約3kmに位置していますけれど、駅周辺は隣の賑やかな下条駅と比べて地味です。
駅至近を国道117号線が通っているというロケーションは全く一緒なのですが、数回乗り降りした印象では道行く人もあまりおらず、クルマだけがせわしなく行き交うところです。
この地味な周辺の様子は昔からのようで、十日町市史によると当駅の昭和40年度一日平均乗車人員は290人。
同年度の下条駅の約70%です。
市史に掲載されている最後の年の平成4年度では47人にまで減っていて、下条駅の半分以下になってしまっています。
長野県境に近い越後田中駅の約二倍、越後鹿渡駅土市駅より多少多い程度の利用実態で、周辺人口はこれら諸駅周辺よりも明らかに多いので、その低迷ぶりが目立つのです。
十日町市市街地まで約3kmとなれば、冬季以外は自転車で通学する学生も多いでしょう。
まぁその辺も関係してのこの数字だとは思いますが果たして?

魚沼中条駅駅舎
魚沼中条駅駅舎の様子、2013年10月撮影。
建築財産票によると、平成9年12月の完成。
飯山線新潟県内区間改築無人駅定番形です。

魚沼中条駅待合室内部
駅待合室内の様子、2013年10月撮影。
室内は他の改築諸駅と同様の造りですが、ベンチはこの時点では現在のJR東日本定番型ではなく昔ながらのもの。
この日は生憎の雨でしたが、画像中央左の「善意の傘」は中々に賑やか。
なお当駅にはトイレ及び自動券売機はありません。

ホームから見た駅舎
ホームから見た駅舎、2013年10月撮影。

魚沼中条駅のホームその1
越後川口方から見た魚沼中条駅構内の様子、2013年10月撮影。
当駅も下条駅同様にかつては列車交換設備を備えていましたけれど、下条駅と異なり廃ホームを確認することは出来ませんでした。

魚沼中条駅のホームその2
ホーム端から越後川口方を見る、2013年10月撮影。

魚沼中条駅のホームその3
十日町方から見た構内、2013年10月撮影。
当駅もかつては貨物取扱を行っていましたが、十日町市史には昭和40年度の一日3トンを最後に記載が途絶えています。
昭和45年12月には越後田中、越後水沢両駅と共に無人化されました。

魚沼中条駅のホームその4
ホーム端から十日町方を見る、2013年10月撮影。
画像左の木が生えている辺りは、よく見るとホームの延長部のような形をしています。
かつての貨物ホームがその辺りだったのか? 何とも判断し難いところなのです。

ホームの名所案内板
ホームの名所案内板、2003年11月撮影。
越後岩沢駅周辺にはあまり見所が無く、内ヶ巻、下条駅に至っては名所案内板自体が無いほど周辺に見るべきものが無いのですけれど、当駅の場合は近場に見所が満載で隠れた観光駅とも言えなくもない・・・!?
しかし「十一面千手観音」かぁ・・・私なぞは千手観音というと、楳図かずお先生作「猫目小僧」に登場した、口が耳まで裂けて千手を使いゴキブリみたいにサササッと這い回る吸血千手観音を連想してしまいますが。

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魚沼中条駅を出発するキハ110系気動車二連の十日町行、2013年10月撮影。

魚沼中条駅前通り
駅前通りの様子、2013年10月撮影。
画像中央が駅舎です。

魚沼中条駅至近の国道117号線
飯山線に並行する国道117号線の魚沼中条駅付近の様子、2013年10月撮影。
前述したように同じロケーションの下条駅付近と比べて、明らかに地味な印象。
付近にスーパーは無く、少々歩くとコンビニがある程度です。
当駅は昭和初期の開業で、しかも周辺地域は村として独立していました。
ゆえにこの辺りにはそれなりの商業集積があってもおかしくないのですが、昔からこうだったのかそれとも近年になって廃れたのか?
その辺が少々気になるところなのです。

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