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2006年11月の記事

2006年11月21日 (火)

飯山線・内ヶ巻駅

本日の駅紹介は、飯山線・内ヶ巻駅

越後岩沢駅はこちらへ← →越後川口駅はこちらへ

2016年6月26日、リニューアルを実施しました。

内ヶ巻駅の駅名標

新潟県小千谷市に所在する無人駅で、開業は昭和2年(1927年)6月15日。
現在は長岡市に編入された旧川口町との境界にある駅です。
開業当時の所在は北魚沼郡川井村で、内ヶ巻駅は同村唯一の鉄道駅でした。
同村は昭和29年(1954年)に小千谷市に編入されて今日に至ります。
当駅の開業当時、「川井」駅は他に存在していなかったので(青梅線・川井駅が開業するのは昭和19年)、当駅も村名をそのまま駅名にしても特に問題は無かったと思うのですけれど、実際は現在の駅名が開業時から一貫して使われています。
旧川口町との境界に所在するという立地がもしかしたら関係しているのかもしれませんが、何分資料が無く推測の域を出ません。
しかし駅名の座り具合としては「内ヶ巻」の方が「川井」よりは断然良いと個人的には強く思うところ。
「内ヶ巻」は駅付近の地名ですが、どういう謂れでそのような地名が付いたのか?
大昔の土着の色々なエピソードがありそうで、大いに好奇心をそそられるのですよ。
子供の頃、上越線の急行「佐渡」の車中から見た越後川口駅の駅名票の「内ヶ巻」の三文字が非常に印象に残っていて、夜の闇が迫る中、一番線で客待ち中のキハ55を見るたびに、この駅に対する興味と旅情を掻き立てられたものです。

内ヶ巻駅駅舎その1
内ヶ巻駅駅舎その2
内ヶ巻駅駅舎の様子、2011年5月撮影。
建築財産票によると平成9年1月の完成。
同時期に改築された飯山線の新潟県内区間の諸駅同様の定番スタイルです。
トイレはありません、また周辺にトイレを借りられるコンビニやスーパーもありませんので、訪問の際はその点をよくご留意ください。

内ヶ巻駅待合室内部
駅待合室内の様子、2011年5月撮影。
室内はベンチが三脚あるきり、自動券売機は未設置です。

ホームから見た駅舎
ホームから見た駅舎、2011年5月撮影。

内ヶ巻駅のホームその1
越後川口方から見た内ヶ巻駅構内の様子、2011年5月撮影。


内ヶ巻駅のホームその2
ホーム端から越後川口方を見る、2011年5月撮影。

内ヶ巻駅のホームその3
十日町方から見た構内、2011年5月撮影。
ホームの有効長は4両程度です。

内ヶ巻駅のホームその4
ホーム端から十日町方を見る、2011年5月撮影。

内ヶ巻駅のホームその5
晩秋朝の雨に濡れる内ヶ巻駅、2003年11月撮影。
ローカルムードたっぷりの情景ですが、これは最大震度7を記録した国内観測史上有数の直下型地震であった中越地震の約一年前の姿です。
当駅は震源に近く、ホームも損害を蒙ったようで、2005年8月に二度目の訪問を果たした際には現在の姿に改修されていました。

内ヶ巻駅前
中越地震発災以前の駅前の様子、2003年11月撮影。
当時の駅舎周りは雑草が蔓延るにまかせた状態で荒れた印象でした。
震災後の復旧工事で綺麗に整地され、小さな駅前広場になっているのが現在。
美観的にも防犯上にも、その方が良いのは言うまでもないことです。

内ヶ巻駅に停車中のキハ110系気動車
ホームに停車中のキハ110系気動車十日町行、2011年5月撮影。

内ヶ巻駅を出発するキハ110系気動車
中越地震発災前の内ヶ巻駅を出発するキハ110系気動車十日町行、2003年11月撮影。

踏切から見た内ヶ巻駅
越後岩沢駅方の踏切から見た内ヶ巻駅の様子、画像中央の建物が駅舎です、2011年5月撮影。

農業用の溜池
踏切の近くにあった農業用の溜池、2011年5月撮影。
こういう風景は実に良いのです。

内ヶ巻駅前通り
飯山線と並行する駅前通り、2011年5月撮影。

内ヶ巻駅付近の県道その1
内ヶ巻駅付近の県道その2
駅から駅前通りを数分歩くと県道に出ます。
上は十日町方面、下は越後川口方面の様子。
上の画像中央左側(酒屋の看板の横)の道が駅前通りになります。
周辺で買い物が出来るのはこの酒屋さんだけです。

県道に設置された「内ヶ巻駅前」バス停
県道のバス停二態、2011年5月撮影。
数m離れて設置されております。
左側は越後柏崎観光バスの小千谷-南中学校前線の「内ヶ巻駅前」バス停で、2016年現在は北越後観光バスの運行になっています。
現在も一日四往復体制は変わらず、また土休日も運行されています。
小千谷市中心街から越後川口駅至近を経由してここまで来るので、駅巡りに使えるかもしれないルートであります。
右側は町営バスのもので、行き先がマジックで書かれていてしかも擦れている為に、よく読めません・・・。
純粋に地域住民の足としての機能のようで、土休日全便運休です。

 

2006年11月13日 (月)

只見線・田子倉駅

本日の駅紹介は只見線・田子倉駅

大白川駅はこちらへ← →只見駅はこちらへ

2016年2月28日記、画像貼り変えと一部加筆修正しました。

田子倉駅の駅名標

ここ田子倉駅は新潟県に属してはおりませんが、只見線は小出-只見間を一区切りとして取材しましたので、行きがかり上当駅も取り上げる事にします・・・
と言うより、秘境駅マニアや無人駅ヲタにとってはヨダレが出そうな程美味しいご馳走が、県境のすぐ向こう側にあるとあっては見逃す事など出来ません(笑)。
さて田子倉駅は昭和46年8月29日に、只見線只見-大白川間開通(只見線全通)と同時に開業しました。
駅至近にダム湖の田子倉湖があります。
福島県南会津郡只見町に所在する無人駅・・・文字通りの「無人駅」でございまして、周囲は半径数キロ以上に渡り、人家が一切ありません。
1972~88年まで運行されていた会津若松-小出・浦佐間の急行「奥只見」の停車駅でしたが、なんだってこんな駅に・・・。
なお冬季は駅は営業休止、国道252号線は通行止めと、この辺りは人界とは完全に隔離された地になります。

なお当駅は2011年7月の新潟・福島集中豪雨で運転休止になった大白川-只見間が2012年10月に復旧したのちも列車停車が再開されることがないまま、翌13年3月ダイヤ改正で廃止されました。
この改正では只見線内の柿ノ木駅も定期列車が通過する臨時駅に格下げされており、只見線小出口の大きなターニングポイントとして後世に語り継がれるかもしれません。

私がこの名にし負う全国有数の秘境駅である田子倉駅に降り立ったのは、2003年夏が最初にして最後です。
お盆時期の臨時列車が小出-只見間に運転され、それを使うと当駅での滞在時間が約一時間で済む事から勇躍出動した次第ですが・・・
この判断は結果的に大正解でした、降り立って遭遇したこの駅の構内外のエグさを思うに・・・。

この駅のうす暗いホームに降り立つと、独特のカビ臭さが鼻を突きます。
田舎の無人駅の待合室内に大抵立ち込めていて、すっかり鼻に馴染んだかほりですが、スノーシェッドに覆われて半ば地下駅と化している当駅のソレはぐっと濃縮された感じで、長居をすると肺にカビの胞子が侵入してきそうなちょいヤバめ・・・。
まず嗅覚が、この駅が尋常でない事を私の足りない脳ミソにも理解できるように警告しております・・・。

ホーム上のの名所案内板
シェルターに覆われたホーム上のの名所案内板。
急行「奥只見」が列車交換設備の無い当駅に停車していたのは、登山客を当て込んだものだったのかもしれませんな。

ホーム上の時刻表
こちらはホーム上の時刻表。
利用客に乗り遅れのないよう、注意喚起も兼ねてこんな大きさにしていたのかも。
何しろ列車はこの本数で路線バスも走っていないところなのですから。

ホームから地上へ至る階段
ホームから地上へ至る階段の様子。
2ちゃんねるで当駅に関する色々と怖い話を仕入れた後だったので、コンクリの壁面のシミが人の顔に見えたりしましたっけ。
踊り場は真夜中に白い服のコワいおねいさんがボワ~ンと突っ立っていても不思議じゃない不気味さ。
おりしも時はお盆もたけなわです。

田子倉駅のホーム
田子倉駅ホームの様子。
物好きな鉄オタ以外は降り立ちそうにない駅ですが、古いながらもベンチはしっかり置かれています。
只見線の小出-只見間の中間諸駅でホームにベンチが置いてあったのはこの駅だけ。

田子倉駅に到着したキハ40系気動車
田子倉駅に到着した臨時列車のキハ40系気動車小出行。

田子倉駅の出入り口
国道252号線に面した駅の出入り口。

地上に出ると、そこは駅構内とは別世界。
真夏の日差しが照りつける、見事なまでにどぴーかんな青空。
周りは一面の山・山・山!

作業小屋のような、「田子倉駅」の表示があるだけの味も素っ気もない駅入り口をカメラに収め、いざビューポイントの田子倉湖へ!
と足を踏み出した時、長閑で平和なしじまを破って悪魔が・・・。
悪夢の始まりでございます・・・。

猛スピードでこちらに接近してくる二つの小さな物体、耳を打つ重低音の羽音・・・。
オオスズメバチさんたちの手荒いお出迎えであります。
私の1メートルほど前で、テレビでよく紹介される威嚇行動・・・、どうやら駅入り口のごく至近に巣があるようです。
冷や汗を流しつつ、それでもビューポイントでの撮影の誘惑に抗しがたい私は、彼らを刺激しないように細心の注意を払いつつ、ゆっくりと歩いて数枚をパチリ。
しかしスズメバチさんたちもしっかりついて来て、周りをぶんぶん飛び回っております・・・次第に間合いを詰めてきました。
殺気をびんびんに感じます。
とうとう私の顔のすぐ前に飛んできて威嚇を始めました。
・・・カチカチカチと顎を鳴らすあの音・・・。
生まれて初めて直面したオオスズメバチの脅威に、足が恐怖ですくみます・・・。

これ以上の前進は自殺行為、へっぴり腰で駅入り口に退却しますが、スズメバチさんはよほど虫の居所が悪かったのか、威嚇を止めようとしません・・・。
今にも顔面を刺しに来そうな非常に危険な雰囲気です。
スズメバチに威嚇されてその場を離れる際に、走ったりして相手を刺激するのは絶対の禁じ手なのですが、駅入り口を目の前にした私は、理性より恐怖が立ち勝ってしまい思わず走って駆け込んでしまいました・・・。

駅入り口までもう少し距離があったなら、逃げ切れずに刺されていたかもしれませんが、幸い駅構内まで彼らが追ってくる事はなく、まずは急死に一生を得た形になりました・・・、
しかしこれで外の風景を撮影する事は不可能です。

田子倉駅周辺その1
田子倉駅周辺その2
オオスズメバチさんの手荒い歓迎で、撮れた外のマトモな写真はこの二枚きりでした・・・
本当は滞在一時間をフルに使って撮りまくるつもりだったのに。

帰りの列車が来るまであと40分以上・・・、外の画を撮れない以上やる事もなし。
ちょうど時間はお昼どき、事前に購入しておいた寿司を取り出してカビくさく薄暗いホーム上のプラスチックのベンチで昼食・・・。
しかしこの時から悪魔はふたたび・・・!

寿司の匂いを嗅ぎつけたのか、外で頑張っていらっしゃるオオスズメバチさんとは別の真っ黒い中型のハチさんたちがお出ましに。
私の周りを大きく旋回しております・・・。
構内はクロスズメバチさんか何かのテリトリーのようです。
オオスズメバチさんたちほど露骨な敵対行動はとりませんが、やや距離を置いての旋回を止めようとしません、時折匂いの元を確認するかのように接近してきます・・・。
この状態で寿司をつまむ事などとても出来ず、止む無く寿司をしまって飲み物だけを口にしますが、一度火が点いた狩猟本能を抑えられないのか、クロいハチさんたちはその後も私を徹底マーク・・・。
ベンチに座っていると数匹でたかってきそうな気配に、常にホーム上を移動して連中と常に距離をとりますが、クロいハチさんたちも一緒に動いてぴったりマーク・・・。

結局、列車が来るまでの間中、ホーム上を絶え間なく歩き続けてクロいハチさんたちの追求から逃れ続けるというトホホな状態。
帰りの列車がホームに滑り込んできた時にはキリスト教で言うところの天使降臨、空中携挙のこころもちにございました・・・、
もしくは乗機を撃墜されて脱出し、敵兵の追撃を逃れて味方の救難ヘリに命からがら転がり込んだパイロットの心境とでも申せましょうか。

果たせなかった田子倉湖の撮影を含め、出来ればもう一度訪問したいこの駅でございますが、この恐怖の一時間を過ごした身としましては、少しでもハチの危険が生じそうな季節は・・・(涙)。
少なくとも7月~10月末までのスズメバチの活発な活動時期は絶対に無理。
11月はハチの恐怖は無くても冬眠前の食い溜めにウロウロしているクマさんと鉢合わせする可能性があります。
11月下旬となれば雪が積もり始め、列車も3月末まで全便通過。
名うての豪雪地帯ゆえ、完全に雪が消えるのは5月に入ってからでしょうから、再訪のチャンスは実質6月だけでしょうね・・・。
その中で好天の土日となると・・・
なかなか難しい話なのでございます。

・・・とか何とか思案している間に、田子倉駅は休止そして廃止へ。
田子倉ダムはぜひ行きたいのですけれど、何で行くにせよ交通事情が悪すぎますな・・・。
景色はとびきりなんですけどね。

2006年11月10日 (金)

近未来の護衛艦隊勢力予測

「ミリタリー」カテゴリの前回エントリーで「明日以降に改めて」と書きつつ、すでに二ヶ月・・・(汗)。
防衛庁の来年度予算概算要求で、来年度から三年間で4隻建造予定の新型護衛艦(DD)と、来年度及びその後で計2隻建造予定?の海洋観測
艦(AGS)のおよその建造予算が判明したところで、現中期防(平成17~21年度)のおよその艦艇建造予算が類推可能になり、その延長線上で次期中期防(平成22~26年度)及び次々期中期防(平成27~31年度)の艦艇建造予算を乱暴かつ強引に類推し、そこから我が国の海の守り・海上自衛隊の護衛艦隊の近未来の勢力を導き出すのが、今回エントリーのテーマであります。

現中期防内における艦艇建造は以下の20隻(多分)。
ヘリ護衛艦(DDH)x1隻
汎用護衛艦(DD) x4隻
潜水艦  (SS) x4隻
掃海艇  (MSC)x6隻
海洋観測艦(AGS)x2隻
敷設艦  (ARC)x1隻
支援艦  (AMS)x2隻

これにイージス艦のMD対応改修を含めると、艦艇建造及び大規模改修費合計は9,500億円弱と思われます。
前中期防、前々中期防ベースと比較して500億円程度の減少になっています
次期中期防以降は、防衛予算の削減傾向を考えるとこの程度を確保できれば上々と考えて類推します。
そうすると次期中期防の艦艇建造は以下の19隻(護衛艦隊の戦力構成が、現在の構想と変化ないとの前提に立ちます)。
DDHx2隻(現用「しらね」「くらま」の代艦)、DDx2隻(現用「はたかぜ」「しまかぜ」の代艦・・・本来はイージス艦で代替すべきですが、日本も開発に参加している次世代イージスシステムが、この時期に実用化=戦力化が間に合わないかもしれない事を考慮し、次世代イージス艦は次々期中期防に導入するとして、それまでのストップギャップとして現中期防で調達される19DD型を2隻追加調達と仮定します)。
SS x4隻、MSCx6隻、AGSx1隻(現用「わかさ」の代艦)、AS(潜水艦救難艦)x1隻(現用「ちよだ」の代艦)、LSU(輸送艇)x2隻(現用「ゆら」・「のと」の代艦)、AOEx1隻(現用「とわだ」の代艦)。

これに加えて、今年度末に一番艦が就役する新型イージス艦「あたご」「あしがら」にMD能力を追加装備させるとすると、およその予算は9,000億円台前半と大雑把且つ乱暴に推算します。

この次期防での建造計画が完成する平成30年度の護衛艦隊勢力は・・・機動運用任務:DDHx4隻、イージスDDGx6隻、DDx22隻(19DD型x6隻、たかなみ型x5隻、むらさめ型x8隻、あさぎり型x3隻)。
近海防衛任務:DDx3隻(あさぎり型)、DEx4隻(あぶくま型)。
護衛艦数は合計39隻(他に員数外の練習艦として、DDx3隻=むらさめ型x1隻、あさぎり型x2隻)。
現在の防衛計画大綱別表では、護衛艦数は約47隻とされておりますので、8隻(17%)の減少になります。
80年代に12隻就役したDD「はつゆき」型の退役ペースに、予算が全く追いつかない為です。
MDや島嶼防衛・海外派遣には何とか対応できますが、近海防衛については、津軽・対馬の両海峡監視プラスアルファ程度しか出来ません。

さらに次々期中期防を類推しますと、艦艇建造予想は下記の19隻。

DDGx2隻(次世代イージス艦で、性能は凄いがお値段の方も・・・orz)、SSx4隻、MSCx6隻、AOS(音響測定艦)x2隻(現用「ひびき」「はりま」の代艦)、ATS(訓練支援艦)x1隻(現用「くろべ」の代艦)、LSUx2隻(現用「1号」「2号」の代艦)、AOEx2隻(現用「ときわ」「はまな」の代艦)。

護衛艦建造はたったの2隻ですが、それでも総額は9,000億円を恐らく超えます。
次世代イージス艦がトンでもないお値段なのに加えて、新型AOEも相当の高額になるのが予想されますので・・・。
次期中期防完成時では現役であったDD「あさぎり」型x6隻とDE「あぶくま」型x4隻、計10隻が退役しますが、現状レベルでの予算では「彼女たち」の退役に全く追いつけません。

この次々期中期防が完成する平成35年の護衛艦隊勢力は下記の通り。
機動運用任務:DDHx4隻、DDGx8隻、DDx19隻(19DD型x6隻、たかなみ型x5隻、むらさめ型x8隻)。
近海防衛任務:ゼロ。
護衛艦数合計は31隻。
他に員数外の練習任務として、DDx3隻(むらさめ型x1隻、あさぎり型x2隻)。

現防衛計画大綱別表の約47隻マイナス16隻(38%減)。
近海防衛任務は海保に完全に丸投げ(現用「はやぶさ」型ミサイル艇の代艇建造すら難しい状態)、機動運用任務を全うするので精一杯です。

2ちゃんねる等を見るに、軍ヲタ諸氏は空母導入とか日本版LCSの建造とか、勇ましいご意見を拝聴する事ができますが、予算の現実をシビアに考える限り、それらは夢のまた夢・・・、特に空母導入など、正気の沙汰ではありません。
日本版LCSは私も非常に魅了されておりまして、もし予算の問題が相当緩和されるのであればぜひ導入してもらいたいのですが・・・。
護衛艦47隻体制を維持するとして、次々期中期防完成時において不足するのは16隻。
この16隻を日本版LCSで充たすとなると、満載排水量3,000トン台半ば、建造予算400~500億円として、総額は6,400~8,000億円というところ。
次期及び次々期中期防の十年間で建造するとして、一中期防当たりの艦艇建造予算は3,000億円以上のアップが必要・・・。
やはり無理な相談のようです・・・。

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