カテゴリー「R014 大糸線の駅」の記事

2010年3月 6日 (土)

南小谷駅(大糸線)

今回の駅紹介は大糸線・南小谷駅。

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長野県北安曇郡小谷村に所在する有人駅で、昭和10年(1935年)11月29日の開業です。

南小谷駅に関しては、訪問した2004年3月、2009年6月の二回共に大糸線北部区間の終点である当駅折り返し時間中に駅前をざっと見た程度ですので多くを語れないのが残念です。
いずれ大糸線南部区間も含めて、腰を据えて見聞したいと念願している次第ですが、南小谷はここ県都新潟から約200km離れた遠隔の地に加えて、特急の本数が少なくて玄関口の糸魚川駅まで出るのでさえ面倒な交通の不便さなのであります。

なお、特記無い画像の撮影日は2009年6月です。

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南小谷駅駅舎の様子。

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南小谷駅駅舎内の様子。
待合スペースには畳敷きの一角があってお年寄りに人気が高そう。
木製の一人掛けベンチにも敷物が置かれてアメニティな待ち時間を提供しています。
これまで大糸線北部区間各駅を見て来た目には全てが眩しい・・・。

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南小谷駅前の駐車場。
駐車スペースのすぐ下が姫川で、アクセルとブレーキを踏み間違えたら大変な事になります(恐)。

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駅前通り(国道148号線)の様子。
南小谷駅は公共交通の結節点としての役割が高いようで、周囲に住宅も少なく、駅前にはみやげ物店がある程度です。

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信濃大町方の踏切から南小谷駅構内を見る。

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同じ踏切から信濃大町方を望む。
電化はされていますが、雰囲気はまだまだローカル然。

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駅跨線橋から中土駅方を望む。

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同じく信濃大町方を望む。

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1番線信濃大町方から南小谷駅構内を望む。

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1番線中土駅方から南小谷駅構内を望む。

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2番線から中土駅方面を望む。

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3番線で折り返し待機中の国鉄色キハ52形気動車。

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新潟都市圏ですっかり見飽きた日常の足・E127系電車も、こういうロケーションで水色のラインを身に纏っていると、随分印象が違います。

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これらの画像は2004年3月撮影。
大糸線のキハ52形気動車が2番線に停車中。
1番線に停車中なのは新宿行き特急あずさ。

さて、一月から集中連載してきた大糸線北部区間各駅紹介も、今回で一応の終了です。
キハ52の定期運行も残すところあと一週間!
沿線の賑わいもこれから絶頂に達すると思われますが、乗る人も撮る人もくれぐれもマナーを守りまた事故の無い様ご注意を!
地元沿線の方々も来訪者の方々も、みんな気持ち良くキハ52の最後の花道を見送って頂きたく、心より願っている次第です。

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2010年2月28日 (日)

中土駅(大糸線)

本日の駅紹介は、大糸線・中土駅。
長野県北安曇郡小谷村に所在する無人駅で、昭和10年(1935年)11月29日の開業です。
開業当時は信濃大町駅から逐次延伸した大糸南線の終着駅であり、その当時は北安曇郡中土村の所在であったと思われます。
その後、大糸南線は昭和32年(1957年)8月15日に再延伸されて大糸北線小滝駅と接続して、現在の大糸線として全通しました。

中土駅はかつては一面二線構造で、前述の小滝駅と同じレイアウトです。
当時の国有ローカル盲腸線終端駅は皆このようなスタイルだったのでしょうか。

私が当駅を最初に訪れた2004年3月時点では島式ホーム両側と駅舎反対側に側線が一本あり、信号機も健在でした。

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中土駅駅舎の様子、2009年6月撮影。

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南小谷方から見た中土駅構内、2004年3月撮影。
私が当駅を最初に訪れた2004年3月時点では島式ホーム両側と駅舎反対側に側線が一本あり、信号機も健在でした。

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北小谷駅方から見た中土駅構内、2004年3月撮影。

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中土駅構内南小谷方の線路の状態、2004年3月撮影。

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中土駅周辺(距離は若干ありますが)は意外?に名所が多いのです、2004年3月撮影。

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冬の名残の白い世界とキハ52形気動車、2004年3月撮影。

駅舎側の線路は雪に埋もれて、この時点で完全に遊休化していた事は明らかです。
一方、側線は糸魚川、南小谷側双方共に本線と繋がっていて除雪も完璧。
この側線には昭和末期~平成初期のスキーブーム全盛時代には、シュプール号が運転停車して定期列車を退避してたのかもしれません。

中土駅への二度目の訪問となった2009年6月、側線と信号機は撤去されていて、駅舎側の線路は本線南小谷方とは繋がっているものの、草生して完全に廃線の様相。

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北小谷方から見た初夏の中土駅構内、2009年6月撮影。

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南小谷方から見た中土駅構内、2009年6月撮影。

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北小谷方の線路の状態。、2009年6月撮影。

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中土駅に停車中の国鉄色キハ52形気動車、2009年6月撮影。

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中土駅駅舎も根知駅や北小谷駅同様、ホームより低い地面にあります。

建築財産票が見当たらなかったので、当駅舎の正確な竣工年月は不明ですが、大糸線北部区間の他駅同様に開業当時からのものなのでしょう。
駅舎の造りは同時期開業の頸城大野、根知、小滝各駅とはやや異なるデザインで、こちらの方がやや垢抜けているようにも個人的には見えます。
駅舎内部はまず疑いなくリニューアルされているので、その際に外部にも手を入れた可能性はありますけれど・・・。
駅舎の塗装は内外共に茶色一色で、木造建築の暖かみを生かしたなかなか良いセンス。
これなら雪に覆われる冬でも存在感は抜群でしょう。

駅舎内部はログハウス風で、四脚置かれている長ベンチも木製で駅舎内部とよく調和しております。

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中土駅駅舎内部の様子、2009年6月撮影。

室内の除湿用かはたまた冬期の融雪用か、塩化カルシウムの袋が2つ無造作に置かれていたのは少々いただけませんでしたが・・・。
旧窓口跡は板貼りもカーテンもなく内部の様子を見れますが、見事なまでに何も無い空っぽの空間・・・、ただ虫の死骸が転がっているのみの廃屋の寒々しい光景です。
リニューアルはされていてもやはり無人駅であるという事を如実に物語っておりました。
トイレはホーム出入り口横にあって小X1個と個室X2個で非水洗です。
内部は広く比較的綺麗でした。
集落の中にある立地から、集落の方々がこまめに清掃をされているのかもしれません。
公共物の荒廃は周辺の治安状況の指標にもなりますし、その点で中土駅の周囲の方々の意識は高いのだなぁと嬉しくもありまた日々の努力に頭の下がる思いなのであります。

前述のように当駅は中土集落の中にあり、また国道旧道に面して立地しております。
駅舎の北側すぐに道路の上に架かる鉄骨製の柱があって、そこには「ゆっくりゆこう」の標語があります。
この道路が国道として機能していた当時は、集落住民の安全の為に必要であっただろうこの標語・・・、現在は行き交う車もごく僅かで、標語が場違いに思えるほど長閑な風景です。

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中土駅前旧道を北小谷方から望む、2009年6月撮影。

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集落を抜けた旧道の北小谷方、国道だったとは思えない狭さです・・・、2009年6月撮影。

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中土駅前旧道を南小谷方から望む、画像左の大きな建物は発電所、2009年6月撮影。

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2010年2月20日 (土)

北小谷駅(大糸線)

本日の駅紹介は大糸線・北小谷駅。

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長野県北安曇郡小谷村に所在する無人駅で、昭和32年(1957年)8月15日の開業です。
新潟住まいの身では、長野県自治体について詳細に調べる術が無く推測になりますが、ウィキペディアを見ると北小谷駅開業当時には「北安曇郡北小谷村」が存在していたようですので、当駅も同村の所在ではなかったかと思われます。
なお北小谷村は翌昭和33年4月1日に中土村、南小谷村と合併して小谷村となり今日に至っているようです。

当駅は西側の姫川と東側の山に挟まれた狭隘な地形上にあり、野趣に富むダイナミックな風景が広がります。
私が当駅を訪問したのは2004年3月と2009年6月の二回ですが、早春と初夏とでは周囲の印象がまるで異なるのには驚かされます。
早春はまさに「荒涼」、初夏は「盛緑」。

北小谷駅は平岩駅と同時期の開業ですが、その駅舎は戦後の新世代を象徴するかのような平岩駅舎とはガラリと趣を変えて、戦前と戦後の折衷型とも言えそうなデザイン。
その造りもコンパクトで、頸城大野根知小滝各駅のような今日の目から見ると過剰設備に思われるところはありません。
部外の駅舎ウオッチャーから見ると今ひとつ物足りない印象ではありますが、この小造りさ加減が大糸北線に対する当局の戦後の「評価」の指標にも見えて、その点では興味深いものを感じます。

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北小谷駅駅舎の様子、2009年6月撮影。
建築財産票が見当たらなかったので正確な竣工時期は残念ながら不明。

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北小谷駅駅舎内部の様子、2009年6月撮影。
旧窓口跡は板で塞がれる事も無く、有人時代の名残を充分に残しています。
内部は比較的綺麗で、茶色の一人掛けベンチ八脚と壁に沿った木製の長ベンチ。
分別ゴミ箱が設置されているのはこういう駅でのんびりと軽食を摂るのが好きな私のような輩には嬉しいところ。
トイレは駅舎内に古い造りのものがあります。
古めかしいのは仕方無いのですが、内部はそれはもう・・・(お察しください)。
個室と朝顔が一つずつで非水洗、勿論ペーパー無しです・・・。

駅舎とホームの位置関係は根知駅同様に地平に対して同一レベルではなく、階段を上がってホームに出る形になっています。

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北小谷駅ホームと駅舎の位置関係、2004年3月撮影。

駅舎のホーム側の上屋を支える柱に付けてある「指差確認」が、窓口跡と並ぶかつての有人時代の雰囲気を漂わせていて個人的に丸。
またホーム側出入り口の上には「風吹大池 風吹岳登山下車駅」の標札。
風吹大池は北アルプス最大の湖で海抜1780mにあるとの事で、風吹岳は湖から少し登った辺りの、乗鞍岳の北東に位置する山々の総称のようなものなんだとか。
駅から姫川の対岸の様子を見るに、相当に険しいところではないかと素人は感じたところですけれど、アクセスは比較的容易なようです。
かつては当駅で下車して風吹岳に赴く登山客も多かったのかもしれません。(駅前の観光案内板によると、駅から風吹大池まで徒歩四時間)

駅舎はホーム平岩方端部にあり、一本棒のホームは南小谷側へ2/3ほど進んだ辺りからゆるやかに曲線を描いています。

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平岩駅方から見た北小谷駅構内、2009年6月撮影。

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中土駅方から見た北小谷駅構内、2009年6月撮影。

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ホームの平岩方を望む、2004年3月撮影

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同じく南小谷方から望む、2004年3月撮影。

国道橋下の曲線に入った部分は、2009年6月時点では立ち入り禁止なのは残念なところ。
2004年3月に訪問した際は何の規制も無かったのですが・・・。
ホーム下部を見ると、使用部分と立ち入り禁止部分の南小谷方先端とではホームを支える構造が異なるので、その辺の安全上の問題があるのか、それとも当駅停車列車は最大二両であるので列車がかからない余剰部の保守が単に面倒臭いからなのか、はたまた頭上の国道橋が関係しているのか・・・?
その国道橋の圧迫感が少々邪魔ではありますが、左手の山陰から車体を振りつつ出入りする気動車を見るのはなかなかの画なのであります。
また平岩方もホームを出るとすぐ左カーブでトンネルへ。
こちらはヘッドライトの光も爛々とトンネルを抜け目前のカーブに身をきしませながら北小谷駅に出入りする気動車を間近に見る事が出来ます。

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北小谷駅北側のトンネル前後の様子、2004年3月撮影。

また2004年3月訪問時点では、臨時列車用と思われる待避線と信号機が残存していました。
2009年6月時点では最早影も形もありません。
冬季のシュプール号運行が終わった事で、この待避線も役割を終えたのでしょう。

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旧国道から見た北小谷駅入口、2009年6月撮影。

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同じく駅前広場南端から見た様子、2009年6月撮影。
駅前広場は大きいものの、それは駅舎南隣の「小谷村営授産所北小谷事業所」の入口も兼ねているからのようで、停まっている車も事業所で働く方々の通勤用なのでしょう。
駅を出てすぐに行き当たる道は国道148号線の旧道で、姫川の川幅が狭い北側に橋を架けたかったからなのか、北小谷駅の手前から二等辺三角形の二辺を行くような迂回路になっています。

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旧国道駅前付近の様子、青色のバス停は小谷村営バスのもの。
2009年6月撮影。


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古びた旧国道橋と、その上を往く現国道橋。2009年6月撮影。

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現国道橋から見た旧国道橋。2009年6月撮影。

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旧国道橋から糸魚川方の姫川を望む。2009年6月撮影。

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姫川対岸から見た北小谷駅、2004年3月撮影。

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現国道橋から見た北小谷駅周辺、上が2004年3月、下が2009年6月撮影。

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現国道橋から見た北小谷駅南小谷方、2004年3月撮影。

南小谷-平岩間の小谷村営バス北小谷線はこの旧道に入ってきますが、平岩駅のエントリーで述べたように土日祝日は全便運休なのが、外来の訪問者には痛いところ。

現在は姫川の対岸へ、二等辺三角形の一辺を行くが如しの立派な橋が架けられていて、それがホーム上の国道橋です。
北小谷地区の中心はこの橋を進んだ先にあって、沿線には道の駅や郵便局があります。
道の駅へは北小谷駅から1km弱というところです。

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北小谷駅に進入するキハ52形気動車糸魚川行、2004年3月撮影。

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北小谷駅に停車中の首都圏色キハ52形気動車、2009年6月撮影。

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2010年2月13日 (土)

平岩駅(大糸線)

本日の駅紹介は大糸線・平岩駅。

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新潟県糸魚川市に所在する無人駅で、新潟長野県境に位置しまた大糸線北部区間沿線最大の観光スポットの一つである姫川温泉の最寄り駅です。
駅開業は昭和32年(1957年)8月15日で、平岩周辺地区は当時既に糸魚川市の一部になっていました。

さて平岩駅は新潟・富山・長野県境にある白馬岳登山の玄関駅として、開業前は当時の糸魚川市長が駅名を「白馬」とするように提案していたそうです。
「白馬駅」は現在大糸線内(長野県内)に存在しますが、当時の駅名は「信濃四ツ谷」。
新駅の「白馬」命名に何の支障も無いはずと、国鉄当局に許可を求めたものの却下されたそうです。
「信濃四ツ谷」駅はその後、昭和43年に現駅名「白馬」に改称。平岩駅が白馬駅に改称する可能性はこれで無くなってしまいました。
まぁ、向こうの白馬は所在する村名でもありますし、幾ら平岩駅が白馬岳登山口の駅と大見得を切ってみても、目的地までの距離は直線で20km近くあります。
長野県側の白馬駅から白馬岳までは直線距離で15km弱というところで、この時点で既に勝負あったの感ありですね。
駅名を変えるのであれば「姫川温泉」が良いのに・・・と部外者は感じるところでありますけれど、生憎新潟長野県境は姫川に沿っておりまして、川向こうの温泉は長野県小谷村に属しているのです。
駅は新潟県ですが温泉の大半は長野県、「姫川温泉」と改称して例え観光客が増えたとしても、その恩恵に預かるのは主に小谷村で駅を抱える糸魚川市は非常に面白くないでしょうね(笑)。

糸魚川統計要覧によると、平岩駅の平成19年度乗車人員は3,778人。
一日平均約10人です。
乗車人員の内、非定期乗車人員は2,738人で乗車人員全体の約72%を占めていて、定期客が圧倒的に多い頸城大野根知両駅とは対象的です。

参考 ()内は非定期乗車の乗車全体に占める割合
同年度の非定期乗車人員・・・姫川1,162人(56.8%)、頸城大野820人(14.2%)、根知554人(13.2%)、小滝495人(57.5%)。

大糸線北部区間唯一の優等列車、急行「白馬」が当駅に停車していた昭和55年度は、糸魚川市史昭和編資料集によると年間乗降客数は95,671人、半分が乗車として一日平均推定乗車人員は約131人。
同資料によるとJR移行後の平成元年度の一日平均推定乗車人員は約73人。
こういう数字を見ていると、
「JR経営分離後も三セクで鉄路を維持汁!」
などと無責任な事はとても言えませんね・・・。
某壷では色々と勇ましい事をおっしゃる方をままお見かけしますけれど、キハに乗ってただ景色を眺めてはしゃぐのではなく、統計資料を読み実際に各駅に降り立って見聞してからモノ申していただきたいと少々苦言を呈させていただく次第。

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平岩駅駅舎の様子、2004年3月撮影。

平岩駅舎は建築財産票によると昭和31年11月の竣工。
当地は雪深い地ゆえ、冬季の工事は困難。
ゆえに次年度夏の開業を見据えて、積雪前の時期に駅舎をとにかく造り上げてしまおうという意図だったのかもしれません。
年が明けて工事を再開出来るのは4月になってからでしょうしね。
残り工期実質三ヶ月強の為にあれこれ手配する手間は避けたいところでしょう。駅舎はこれまで辿ってきた戦前竣工の頸城大野、根知、小滝各駅のそれとは一線を画する鉄筋コンクリート製です。
塗装もクリームとブラウンというシックな色使いです。
通好みの温泉玄関口に相応しい、玄人受けしそうなその外観なのであります。

駅舎内部は吹き抜けで、かつての有人駅にしては狭いです・・・。
登山や温泉にと、当駅を利用する観光客や山男が多かったであろう昔は列車が発着する度にこの狭い駅舎内は人でごった返し、時には外へ溢れ出てしまったのではなかろうか? 
そんな事を想像しつつ、今日只今の人気の無さに寂情こみ上げる初夏の夕刻なのでありました。

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平岩駅駅舎内部の様子、2009年6月撮影。
窓口と改札跡は板で塞がれていました。
ウィキペディアによると平岩駅は2002年3月23日に無人化されたとの事です。
私が取材目的で最初に当駅を訪れた一年ちょっと前の事であります。
室内には茶色の一人掛けベンチが北側と西側(駅舎正面の壁沿い)にそれぞれ四脚ずつ、西側のベンチ横に短めのベンチ。
ワンマン運転区間ゆえに自動券売機は未設置です。
トイレは駅舎北側に別棟であります。
水洗なのは流石観光地のお膝元ですが、洗面所の水の出がすこぶる悪かったのはいただけないところ。

平岩駅構内は駅舎よりも高所にあり、改札跡から入り階段を上り、その先の構内通路を通って島式ホームへ出ます。
2004年3月に訪れた時にはホーム両横に線路が健在で、くだんの階段前には「のりば案内」が掲示されていて、実際に一番=糸魚川行、二番=南小谷行として運用されてもいました。

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のりば案内が掲示されていた頃のホームとの通路、2004年3月撮影。

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2009年6月時点では旅館の案内のみ掲示。

2009年6月の再訪時には一番線は完全に撤去されてしまっていましたけれど、糸魚川-平岩間に区間列車が設定されている関係上、構内信号が存在していて運転上の要衝としての存在感を示しております。

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小滝駅方から見た平岩駅構内、2009年6月撮影。

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同じく北小谷駅方から見た平岩駅構内、2009年6月撮影。
大糸北線の他の駅とは風格が違いますな。

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同じく小滝方鉄橋を望む、2009年6月撮影。

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平岩駅に停車中のキハ52形気動車の首都圏色糸魚川行、2009年6月撮影。

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同じくキハ52形気動車の国鉄色南小谷行、2009年6月撮影。

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同じく雨の夕刻、平岩駅で折り返し待機中のキハ52形気動車首都圏色の糸魚川行、2009年6月撮影。
乗客は私一人でした・・・。

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雨の夕刻、駅北方の鉄橋を平岩駅に向けラストスパートする首都圏色キハ52、2009年6月撮影。

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北小谷方から見た平岩駅構内、2004年3月撮影。
列車交換機能が生きていた頃です。

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同じく小滝方から見た構内、2004年3月撮影。

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平岩駅を出発するキハ52形気動車の糸魚川行、2004年3月撮影。
キハ52が往くのは現在は撤去されてしまった線路上です。

なお旧一番線横の引込線は健在で、本線糸魚川方と繋がっています。
引込線のさらに横には貨物ホーム跡らしきものがあるのも駅鑑賞のポイントの一つと言えましょうか。

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平岩駅前通りの北側を見る、2009年6月撮影。
温泉の玄関駅にも関わらず、この日はタクシー待機は無し。
駅前通り(県道)は駅前に酒屋が一軒と駅舎北隣に郵便局が目を惹く程度です。

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県道を北に進みデンカの発電所を見ながら約500mで国道148号線に行き着きます、2009年6月撮影。

この辺りからの眺めが素晴らしく、南側を見れば大糸線の鉄橋と川向こうの温泉街の情景がまるで箱庭のよう。

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2004年3月撮影。

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2009年6月撮影。

北側に目を転ずれば、荒々しく切り立った岩山と大糸線のシェルターと発電所。
現代の幽山渓谷の面持です。

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2004年3月撮影。

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2009年6月撮影。

雨に濡れ色合いの薄れた夕刻のその情景は、山水画の世界といっても過言ではありません。
個人的には最も好みのロケーションの一つなのであります!

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川向こうのささやかな温泉街には、国道に行き着く手前の右手にある橋を越えて行きます、2009年6月撮影。
ただしこの橋を通過出来る車は3.5トンまで。
橋を越え大糸線の踏切を渡った先が姫川温泉の長野側になります。

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橋の上から見た大糸線の鉄橋、2009年6月撮影。

2004年3月訪問時は時間が無くて川向こうまで足を伸ばせなかったので、2009年6月の再訪が温泉街初訪問になりました。
さぞ鄙びて小ざっぱりとしたところなのだろうと期待して行ってみたのですが・・・、梅雨時で観光の端境期ではあるものの、あまりに人気が無くてうーむ・・・と絶句。
みやげ物店らしきところも軒並み閉まっておりましたしねぇ・・・。

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温泉街を回って大糸線鉄橋をくぐりつつ姫川を再度渡って平岩駅へ戻り、今度は県道を南側に進みます。

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平岩駅前通りの南側の様子、2009年6月撮影。
南側はすぐに家並も途切れて寂しい風景。
シェルターをくぐり抜け大糸線を左に見ながら進む事数分でホテルに
行き当たりますが、こちらは駐車場に観光客のものとおぼしき車も止めてあって川
向こうよりはまだ人気がありました。

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駅前通りを少し歩くと、風景はあっという間に鄙びていきます、2009年6月撮影。
周辺で最も著名なホテルですから、当たり前といえばそうなのですが・・・。
でも宿のロケーションとしては川向こうの方がグッときますけどねぇ・・・。
どっちへ泊まるかと問われれば、川向こうの方が個人的にはいいなぁ。
姫川と大糸線を見ながら雪見酒とでも洒落込めれば望外の喜び(笑)。

なお平岩駅-南小谷駅間には「小谷村営バス」の路線が設定されていますが、2009年当時は土日休日は全便運休で旅程組込みには注意が必要でした。
身勝手な来訪者としては、土日休日もせめて半分でも運行してもらえればと感じるところではありますけれど・・・。

参考資料
昭和55年10月改正平岩駅時刻表

昭和55年10月改正ダイヤより作成
赤字は急行列車
下り
列車名 始発駅 発車時刻 終着駅 備考
141D  - 06:29 糸魚川 当駅始発
121D 南小谷 07:09 糸魚川
123D 南小谷 08:03 糸魚川
125D 信濃大町 08:45 糸魚川
127D 南小谷 10:16 糸魚川
129D 南小谷 12:35 糸魚川
131D 南小谷 14:34 糸魚川
133D 南小谷 15:49 糸魚川
白馬 松本 16:39 金沢
135D 南小谷 17:20 糸魚川
145D  - 18:31 糸魚川 当駅始発
137D 南小谷 19:40 糸魚川
139D 南小谷 20:57 糸魚川
上り
列車名 始発駅 発車時刻 終着駅 備考
120D 糸魚川 05:24 信濃大町
122D 糸魚川 06:17 南小谷
124D 糸魚川 07:11 南小谷
126D 糸魚川 08:44 南小谷
128D 糸魚川 09:23 南小谷
130D 糸魚川 11:35 南小谷
白馬 金沢 12:34 松本
132D 糸魚川 13:42 南小谷
134D 糸魚川 14:36 南小谷
136D 糸魚川 15:49 信濃大町
144D 糸魚川 17:56  - 当駅終着
138D 糸魚川 18:29 南小谷
146D 糸魚川 20:47  - 当駅終着

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2010年2月11日 (木)

小滝駅(大糸線)

本日の駅紹介は大糸線・小滝駅。

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新潟県糸魚川市に所在する無人駅で、昭和10年(1935年)12月24日の開業です。
開業時の所在は西頚城郡小滝村で、小滝村は大糸線沿線の根知村(根知駅)や大野村(頸城大野駅)同様に、戦後の昭和29年6月1日をもって糸魚川町と合併して糸魚川市の一部となり今日に至ります。
小滝駅は開業から戦後の昭和32年8月14日まで、糸魚川駅からの鉄路の終点というポジションにあって、現在では「秘境駅」の一つに挙げられておりますけれど、成る程駅舎の造りや駅構内の佇まいには単なる過疎地域の駅には無い「格」の名残も見られるのです。

昭和55年10月改正の時刻表を見ると、糸魚川>-小滝間に朝一往復の区間列車が運行されておりました。
小判の時刻表で根知駅がはしょってある為に断言は出来ませんが、その頃は当駅での列車交換も見られたのかもしれません。
何しろ、その頃は当駅通過の急行「白馬」を含めて一日上下28本の旅客列車が走っていたのですから。
(現在は上下18本で通常はキハ52のワンマン単行)

糸魚川市史昭和編資料集によると、昭和55年度の小滝駅年間乗降客数は61,239人。
半分が乗車として考えると、一日平均乗車人員は約84人になります。
糸魚川統計要覧によると、平成19年度の当駅年間乗車人員は861人。一日平均2.4人です。
昭和55年度比で実に97%減!
平成15年度はそれぞれ1,914人、5.2人。
定期利用の年間乗車は平成17年度が1,614人で年間乗車人員の約84%を占めておりました。
平成19年度のそれは366人で、年間乗車人員の約43%です。
定期利用(すなわちほぼ学生)は激減しているものの、非定期客は逆に増えているのです。
後述するように駅近くに大糸線北部区間でも著名な撮影ポイントが存在する事、また駅自体が「秘境駅」として取り上げられるある種の知名度の高さが影響しているのでしょうか?

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小滝駅駅舎の様子、2009年6月撮影。

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糸魚川側から見た駅舎側面の様子、2004年3月撮影。

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駅舎正面の様子、2009年6月撮影。

建築財産票によると、小滝駅駅舎の竣工は昭和10年11月。
屋根の青が周囲の緑に色負けせずにその存在感は抜群。
正面からの駅舎内への見通しも良く、頸城大野駅舎と同系の造りでありながら、その印象は大きく異なります。
駅前広場は相応に広く、私が二度目に訪れた2009年6月の昼下がりにはここに車を止めて休憩中の方もいらっしゃいました。
周囲に車を止めて休める場所も無いようで、当駅駅前広場は国道を行き来するドライバーにとって格好の息抜きの場、休息の場なのでしょうか。

駅舎内は頸城大野や根知よりもこじんまりしておりますけれど、その分機能的な造りにも見えます。

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小滝駅駅舎内部の様子、2009年6月撮影。

当駅は昭和60年4月に無人化されたとの事で(→こちらを参照)、事務室から人気が絶えてもう四半世紀経つものの、恐らくは内装に手を入れてあるせいなのか個人的にはあまり廃れた印象は持ちませんでした。
ただまぁ、山峡の駅だけあって虫は多いです・・・
ハチもうろちょろしているので駅舎内ではなかなか落ち着けません。
南側の壁にそって古民家の縁側風の作り付けベンチと、旧窓口横に茶色の一人掛けベンチが4つあります。
ゴミ箱は置いてありませんので、当駅に降り立って撮影や探訪がてら飲食する際はご注意ください。
また自動券売機はありません。
トイレは駅舎南側に別棟であり、昭和57年9月の竣工とまだ新しい(とは言え築28年)のが意外です。
内部は小x2つと個室が2つ、トイレットペーパーは無く非水洗です。前述のドライバーがよく使うからなのか、あまり誉められた状態では無いですな・・・(後はお察しください)。

さて駅舎から構内通路を渡って島式ホームへ出ます。

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ホームから見た小滝駅駅舎、2009年6月撮影。

小滝駅構内は一面一線で、完全に停留所化してしまっています。

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草生した線路跡と構内通路、2009年6月撮影。

私が当駅を初めて訪れた2004年3月時点では、島式ホームの両方に線路が健在で、糸魚川方面から側線が分岐していて構内信号も残存しており、かつての行き止まり駅の雰囲気をまだまだ残していたものですが・・・。

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南小谷方から見た小滝駅ホームの様子、2004年3月撮影

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同じく根知駅方から見た小滝駅構内、2004年3月撮影。

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平岩駅方から見た初夏のホームと線路、2009年6月撮影。

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同じく根知駅方から見た小滝駅構内、2009年6月撮影。

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同じくホーム根知駅方先から望む、2009年6月撮影。
かつての信号の支柱とその先のカーブした鉄橋を望見。

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2004年3月撮影、まだ構内信号が健在です。

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小滝駅を語る上で欠かせないのが、ホームと姫川の中ほどにそそり立つ謎の柱。
2009年6月撮影。

県立図書館で小滝駅について資料を漁っていると、「戦時中は木材やパルプ材の出荷で賑わう」という記述に行き当たったのですが、うーむ、あるいはそれとこの柱は関係あるのではと。
木材を貨車に積み込むクレーンかなにかの支柱とか?
柱の北側(糸魚川側)の、現在は雑草に覆われている空間も、どうも貨物引込線跡臭く見えますし・・・。
あと考えられるのは、蒸機用の給水塔などの設備跡ですかねぇ・・・?
大糸線北部区間の終点が当駅だった当時、使われていた蒸機がC12であるならば、頸城大野から始まる勾配区間を考えると給水給炭設備は必要かなぁ・・・!?
でも糸魚川-小滝間って13.6kmしかないんですよねぇ・・・。
いくら小型のタンク機で途中勾配区間を越えてくるといっても、これぐらいの距離なら無補給で往復出来そうな気もしますが?

さて、駅舎を出て上り坂の道を進むと行き当たるのが国道148号線です。
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国道方面へ歩きつつ振り返って小滝駅駅舎を一枚、2009年6月撮影。
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駅前から国道方向を見る、2009年6月撮影。

糸魚川-根知間は国道148号線に設定された路線バスのフォローがあった大糸線ですが、根知-小滝-平岩間にはそれがありません。
公共交通機関は大糸線のみになります。

前述のように「秘境駅」の一つに数えられる小滝駅ですが、国道に出てすぐに発電所の事務所が隣にあるので、人跡稀というわけではありません。
国道脇にポッカの自販機があり、当駅周辺では唯一の飲料確保場所になります。
(500mlペットボトルがスーパー並みの¥100なのにはオドロキ)

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国道の糸魚川方から見る、左側が小滝駅になります。
2009年6月撮影。

国道148号線を糸魚川方向へ少し歩くと「夏中 ヒスイ峡」方面への県道が分岐しますが、地図を見るとこの県道を500m~1km入った辺りが旧小滝村の中心集落のようです。

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2009年6月撮影。

時間があればそこまで行って、山峡の旧村の佇まいに触れてきたかったのですが残念!
「ヒスイ峡」は小滝駅から3km程南にあって、糸魚川市の主要観光スポットです。
糸魚川から定期観光バスが設定されておりますが、パッと思い立って行くとなると、駅からテクテク歩く他ありません。
途中山道になる事から、駅からの所要一時間というところでしょうか。
滞在に一時間として三時間あれば往復してこれますな・・・。
トレッキング好きな身としては、クマやスズメバチと遭遇の危険性が少ない初夏の頃にトライしてみたいところです。
国道をもう少し進むと、前述の有名撮影スポットへ。

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小滝駅周辺一帯の様子、2009年6月撮影。

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トンネル直上から鉄橋を望む、2009年6月撮影。
キハ52がこの鉄橋をゴトゴトと進む光景を見られるのも、あと一ヶ月余りです。

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キハ52形気動車南小谷行が小滝駅に到着、2004年3月撮影


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国鉄色キハ52形気動車糸魚川行が小滝駅に停車中、2009年6月撮影

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首都圏色キハ52形気動車南小谷行が小滝駅に到着、2009年6月撮影

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2010年2月 6日 (土)

根知駅(大糸線)

本日の駅紹介は大糸線・根知駅。

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新潟県糸魚川市に所在する無人駅で、昭和9年(1934年)11月14日の開業です。
駅開業時の所在は西頚城郡根知村で、根知村は北隣の大野村(頸城大野駅所在)など周辺諸村と同様に昭和29年6月1日をもって糸魚川町と合併し、糸魚川市の一部となって今日に至ります。

糸魚川駅を出発後、頸城大野駅まではローカル色を次第に増しつつもまだまだ地方都市近郊の雰囲気を長閑に残す大糸線。
しかしその先は俄かに鄙びた山間の気配が俄然増してまいります。
そうして辿り着く地方都市近郊の完全なる最終点にして完全なる山間地域への入口、その端境がこの根知駅です。
大糸線北部区間では列車交換可能駅がかつては小滝、平岩、北小谷中土と存在しておりましたけれど、合理化と列車本数の削減で次々とその機能を奪われていった結果、当駅が糸魚川-南小谷間35.3kmにおいて列車交換可能な唯一の駅となってしまいました。

糸魚川統計年鑑によると、根知駅の年間乗車人員は平成19年度が4,184人(一日平均約12人)。
乗車人員の約88%は定期客(すなわち学生)です。
平成15年度が3,790人(約10人)、同17年度が4,656人(約13人)。
大糸線の新潟県内駅(姫川・頸城大野・根知・小滝平岩)の中では最も安定した利用実績と言えます。
他の駅は近年乗車人員が急減していますので。
とは言え、例えば平成元年度の当駅乗降客数は50,754人(糸魚川市史昭和編資料集より)で、単純計算で半分が乗車とすれば25,377人(一日平均約70人)です。
それから二十年を経ずして、実に2割にまで減ってしまっているのです・・・。

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根知駅駅舎の様子、2009年6月撮影。

建築財産票によると、駅舎竣工は昭和9年12月。
頸城大野駅同様、書類上は駅開業後の竣工になります。
建物の塗装に薄緑を使っているのは頸城大野駅と同様で、今ひとつ冴えのない色使いなのですけれど、正面の見付はこざっぱりしていて駅舎内部の様子もよく伺えるのは好印象。

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駅舎出入り口の上に掲げられた「根知駅」の木製の看板が渋くいい味出してます、2009年6月撮影。

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根知駅舎内部の様子、2009年6月撮影。
資料不足で当駅の無人化が何時だったのかは残念ながらわかりませんけれど、旧改札は有人時代そのままに残り、窓口跡も掲示板になってはいるものの頸城大野駅と異なってはっきり確認できます。
窓口跡の左側に、改札と同様にカーテンで締め切られたスペースがあるのですが、これは一体何の用途だったのでしょう(荷物取扱いの窓口?)。

なお自動券売機は未設置です。
なおトイレは駅舎の南隣にあり、小x2個と個室が二つ。
非水洗でトイレットペーパーはありません。

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駅舎内は吹き抜けで待合スペースは窓口の反対側にあり、南側の壁に沿って作り付け?の、古い民家の縁側のような長ベンチとその横に一人掛けの茶色いベンチが四脚。
地元の方の心遣いなのか、座布団が二枚置かれておりました。
2009年6月撮影。

清掃も行き届いていて小奇麗なのも相まって、嗚呼大糸線も沿線の方々に完全に見捨てられたわけではないんだとホッとさせられ、また心和みますです・・・。

駅舎の嵩上げを嫌った為なのか、ホームは駅舎の床面と同一レベルではなく高所に位置します。


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根知駅駅舎ホーム側の様子、2004年3月撮影。

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駅舎とホームの位置関係、2009年6月撮影。

相対式ホーム間は構内通路で連絡、駅舎側ホームが糸魚川方面、駅舎反対側が南小谷方面乗り場になります。
ホームの有効長は気動車三両分程度でしょうか。
南小谷方面ホームには待合室があり、こちらは昭和58年1月の竣工です。

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1番ホームの小滝駅方から見た根知駅構内、2009年6月撮影。

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同じく糸魚川側から望む根知駅構内、2009年6月撮影。

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1番ホーム脇の引込線に留置された保線?車両、2004年3月撮影。

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2番ホームの小滝駅方から見た根知駅構内、2009年6月撮影。
「松本方面」が懐古趣味者にはタマランところです。

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二番ホームの頸城大野駅方から見た根知駅構内、2009年6月撮影。

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2番ホーム待合室内の様子、2009年6月撮影。

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構内通路から見た根知駅構内、2009年6月撮影。

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県道踏切から見た根知駅、2004年3月撮影。

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同じく駅のクローズアップ、2009年6月撮影。

駅前は大糸線に並行する道路に面していて、周囲は小集落になっています。
ささやかな駅前通りには派出所と美容院がある程度で、飲食物確保は清涼飲料の自販機一台のみです。
駅前通りを北に少し進むと、踏切のある県道に出ます。
踏切手前を左に少し行くと国道148号へ。


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根知駅前の様子、2009年6月撮影。


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県道方向を望む、2009年6月撮影。


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県道から駅前通りを見通す、2009年6月撮影。


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国道南小谷側を望む、2004年3月撮影。

旧根知村の中心はこの県道を東南に3km進んだところにあり、大糸線・糸魚川-根知間をフォローする糸魚川バスのバス路線はこの旧根知村中心に向かいます。

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踏切の向こうが旧根知村中心地区、2004年3月撮影
ちなみに根知駅最寄のバス停は「根知新道」になります。

南側へは山間のか細い道、北側には短い鉄橋を渡ってすぐにトンネルへ。

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上が南側、下が北側、2009年6月撮影。

どちらの方向を見ても画になるロケーションでなおかつ列車交換駅。
駅舎とホームのやや特異な関係、小奇麗で過ごし易い内部。
周辺はそれなりの人気や地域の方々の地付きの生活感が見えながらも長閑で静か。
二本のホームに並び立ったキハ52が同時に去って行ってしまった後の、言い様の無い寂寥感・・・。
乗っても降りても眺めても味のあるこの根知駅。
キハ52が鉄路の名脇役だった頃はきっとこういう駅が多かったのでしょう。
そのキハ52が根知駅で行き違う光景もまもなく終わります。
近年にない大雪となった今冬、最後の行き違いも雪の中でしょう。
かつては今年程度の雪は珍しくなかった大糸線で、かつてはこの程度の雪をものともせずに駆け抜けてきたキハ52。
最後の冬に全盛期さながらの雪の轍・・・、去り往く往年の名脇役を惜しむ、白く輝く花道のようにも思えませんか?

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キハ52形気動車糸魚川行が早春夕刻の根知駅を出発、2004年3月撮影。


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糸魚川行との列車交換を終えて出発したキハ52形気動車南小谷行、2004年3月撮影。

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根知駅に停車中の首都圏色と国鉄色のキハ52形気動車、2009年6月撮影。

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2010年1月30日 (土)

頸城大野駅(大糸線)

本日の駅紹介は大糸線・頸城大野駅。

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新潟県糸魚川市に所在する無人駅で、開業は昭和9年(1934年)11月14日。
開業当時の所在は西頚城郡大野村で、大野村は昭和29年(1954年)6月1日をもって糸魚川町及び周辺村と合併し、糸魚川市となって現在に至ります。

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頸城大野駅駅舎とその周辺の様子、2009年6月撮影。

建築財産票によると、駅舎の竣工は昭和9年12月。
駅開業時は残部工事中だったという事でしょうか?
駅事務室も未だ残っている、しっかりした木造の駅舎はローカルムード満点ですが、外壁や屋根の色合いが薄過ぎて周囲のコントラストの効いた色彩にすっかり喰われてしまっているのが難点といえましょうか。
画像は初夏のものですが、背景の緑に完全に色負けて周辺の建物にも色負けで・・・。
冬に訪れた事は無いのですけれど、薄緑と白の駅舎は周囲の白一色に同化してしまって、何も知らない一般の訪問者には駅とは容易に認識されないんじゃないかと。
ごく一部の層のみの利用に限られ、輸送人員が下げ止まらない大糸線北部区間を象徴するような当駅の外観なのであります。

「糸魚川統計要覧」によると、平成19年度の頸城大野駅年間乗車人員は5,762人(一日平均約16人)。
平成17年度のそれは18,531人、約51人。
二年で七割近く減少してしまっています。
そもそも17年度の数字は糸魚川市内の大糸線駅(姫川根知小滝平岩)に比べて突出して多いので、そもそもこの数字が誤りなのでは?と勘ぐってしまうほどの減少です。
しかし17年度の数字がどうあれ、19年度の乗車人員数で当駅が糸魚川市内の大糸線駅中最多なのもまた事実です。
一日平均約16人の乗車人員で「最多」なのですから、沿線住民にとって大糸北線はその役割を終えているといっても過言ではないでしょう。
厳冬期でも、大糸線が運休していても道路はきちんと除雪され通行可能なのですから。

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さて駅舎内部は壁の南北方向にそれぞれ壁作り付け?の長椅子とJR西日本定番の一人掛け茶色ベンチ。
2009年6月撮影。

頸城大野駅を訪問したのは初夏ですが、出入り口が開けっ放しなので虫がうじゃうじゃ入り込んでイマイチ落ち着けません。
内部自体の清掃は行き届いていて綺麗に保たれているのですが・・・。
なお自動券売機は未設置です。
また資料によると昭和49年10月に無人化されたそうで、有人時代の窓口跡は只見線・越後広瀬駅同様に完全に塞がれ、駅舎内部に有人時代の面影を見出す事は出来ません。
駅出入り口は恐らく雪対策で上越線・塩沢駅のようなシェルター?状になっておりますけれど、駅舎内部の様子を外から見る事が出来ないので、建てた当時はともかく日本中が何かと物騒な今日では防犯対策上あまり宜しく無いのではと・・・。

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頸城大野駅駅舎の様子、2009年6月撮影。
塩沢駅のように相応に人がいる街中の立地で日中有人であればともかく、完全な無人で利用客も少なく周辺人口も少ない当駅の場合は・・・。

駅前広場はかつて有人で貨物取扱いをしていただけのある相応の広さ。
車数台分の駐車スペースがあります。
広場の根知方にはトイレと屋根付きの駐輪場。
トイレは男女共用で個室は二つ、トイレットペーパーは無く非水洗です。
内部はまぁ・・・こんなところでしょう(ご想像におまかせします)。
幸いな事に手洗いの水はちゃんと出ました。

駅周辺は半農半住の静かな佇まい。

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頸城大野駅の駅前広場から駅前通りを見る、2009年6月撮影。

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駅前通りの様子、2009年6月撮影。

糸魚川駅-根知駅間をフォローする糸魚川バスのバス路線が設定されている国道148号線から当駅まではやや距離がある上に一本道では無い為、初訪問の方は少々まごつくかもしれません。
同路線の頸城大野界隈は二つのルートに分かれていて、今では頸城大野駅前に立ち寄るルートが大半ですが、立ち寄らずに国道を直進するルートでは国道上の「大野駅入口」バス停が駅最寄です。

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頸城大野駅近くの国道148号線の様子、画像右側のバス停は糸魚川方面「大野駅入口」バス停、2009年6月撮影。

国道から駅へ向かう道の入口に昔ながらの雑貨店があり、私が見たところ当駅付近で口に入れるものが入手できるのはこのお店ぐらいしかありません。
飲料自販機が設置されており、またクッキーなどお菓子類が置いてありました。
姫川駅近くのセブンイレブンまで2km程ですが、そんなに歩きたくないという方はこのお店で当座のエネルギー補給を行うのが良いでしょう。

頸城大野駅構内は気動車3両分ほどのホームが一本のみ。
糸魚川寄りに旧貨物引込み線跡とおぼしきものがありました。
私が当駅を初訪問した2004年3月時点ではレールが本線と繋がっていて、保線車両らしきものが置かれていました。

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上が2004年3月、下が2009年6月の旧貨物引込線跡。

二度目に訪れた2005年6月にはレールは本線と繋がっているものの雑草で覆われ、三度目の2009年6月にはレールは完全に撤去されておりました。
今では残存する貨物ホームのみが、頸城大野駅華やかりし頃の記憶を辛うじてとどめております。

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国道から真っ直ぐ進んで行き当たる根知方の踏切から頸城大野駅を望む。
2009年6月撮影。
ご覧のように駅裏は田圃です。

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同じく踏切から根知方を見る、勾配区間の始まりを実感出来ます。
2009年6月撮影。

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根知駅方から見た頸城大野駅構内、2009年6月撮影。

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同じく姫川駅方から見た頸城大野駅構内、2009年6月撮影。

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2005年6月撮影、風格ある駅舎。上屋の造りにグッときます。

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2004年3月撮影、頸城大野駅に進入するキハ52形気動車南小谷行。

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2005年6月撮影、キハ52+キハ58系2連の臨時列車が頸城大野駅に進入。

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頸城大野駅に停車中の臨時列車。

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糸魚川へ向け出発する臨時列車。


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2009年6月撮影、頸城大野駅に停車中の首都圏色キハ52形気動車。

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2010年1月23日 (土)

姫川駅(大糸線)

本日の駅紹介は大糸線・姫川駅。

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JR西日本管轄の大糸線北部区間・糸魚川-南小谷間は非電化路線の往年の名脇役・キハ20系のJR最後の生き残りであるキハ52が定期運行されていますが、実に残念な事に来る3月13日のダイヤ改正で定期運行を終了する事が明らかになっております・・・。
そこで惜別キハ52を兼ね、「大糸北線」の姫川-南小谷間を3月初めまで集中して紹介していきます。

さて姫川駅は新潟県糸魚川市に所在する無人駅で、開業はJR発足直前の昭和61年(1986年)11月1日。
新潟県内のJR189駅中、国鉄時代最後の新設駅で2010年1月現在では6番目に「若い」駅です。
(最も新しいのは越後線・内野西が丘駅:2005年3月、以下上越線・上越国際スキー場前駅:1997年12月、信越本線・さつき野駅:1991年3月、上越新幹線・ガーラ湯沢駅:1990年12月、越後線・青山駅:1988年3月)

駅前に1987年開業の「姫川病院」があり、当駅設置はこれを受けての事と思われますが、その病院も経営破たんで2007年6月末をもち閉院・・・。

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くだんの「姫川病院」、2009年6月撮影。
閉院後二年が経ちましたが、跡地利用の目処は立っていないようです・・・

姫川病院は市民出資の生協型病院であった事と糸魚川・東頸城地域の数少ない総合病院の一つであった事から、地域医療の今後のあり方とも絡めてクローズアップされた事は県民の記憶に新しいところです。
「糸魚川統計要覧」によると、平成19年度(2007年度)の当駅年間乗車人員は2,047人(一日平均5.6人)。
前年度はそれぞれ3,124人、8.6人で、やはり姫川病院閉院の影響はあるようです。
注目しなければならないのは定期利用の乗車人員で、平成18年度が年間2,068人に対し19年度は885人に激減しています。
クルマ社会の地方ではありますが、病院への通勤に大糸線を利用する方が少なからずおられたという事なのでしょうか。

さて本題に話を戻しまして。
姫川駅は簡素な造りのホーム(気動車2両対応)一本と、綺麗ですが実にこじんまりとした待合室が置かれているだけの、まさに「停留所」と呼ぶのに相応しいもの。
自動券売機は設置されておりません。


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姫川駅への出入りはこの階段のみ、2009年6月撮影。


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頸城大野駅方から見た姫川駅、2009年6月撮影。

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糸魚川駅方から見た姫川駅、2009年6月撮影。

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姫川駅ホーム上の待合室内部の様子、2009年6月撮影。

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駅前を通る国道148号線、画像奥の信号の左側が姫川駅です、2009年6月撮影。

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南小谷方から見た姫川駅と国道、2009年6月撮影。

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南小谷方の踏切から見た姫川駅とその先のトンネル、2009年6月撮影。

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姫川駅に停車中の糸魚川行キハ52 156、2009年6月撮影。

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南小谷行キハ52 125、2005年6月撮影


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姫川駅南方の踏切にて国鉄色のキハ52 115、2005年6月撮影。

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南小谷駅に向け出発するキハ120形気動車、2012年6月撮影。

ホームから糸魚川側を見れば、小高い山にぽっかり開いたトンネルを望見出来ます。
この山の上に開けているのが美山公園で、園内にはフォッサマグナミュージアムなどを抱え糸魚川地域の主要観光スポットになっております。
ただ姫川駅からのアクセスは必ずしも良いとは言えないようで、糸魚川駅から徒歩なりタクシーなりを使ったほうが迷う事もなく賢明かもしれません
(糸魚川駅から直線距離で2.5kmほどです)。

大糸線に沿って「塩の道」国道148号線が併走しており、北陸から長野県松本方面への唯一の陸送ルートとして大型車の通行も目立ちます。
この大型車が歩行者にとって相当の脅威です・・・。
糸魚川駅から当駅に徒歩移動する場合、北陸自動車道・糸魚川ICと当駅至近の間の、特にちょうど美山公園を頂上に頂く山がせり出し大糸線がトンネルで抜ける区間は、国道の路肩が極めて小さく且つカーブしていて、大型車の間隙を縫って前に進んでは立ち止まり
やり過ごすのを余儀なくされます。
ダンプの集団が五月雨で通過する時は好天でも危険を感じるほどです。
ましてや雨天、傘を差しての歩行はこれら大型車と接触の危険性を否定出来ないレベルですので、もし徒歩移動をされる方はくれぐれもご注意願います。

なお、糸魚川-根知間は国道経由の糸魚川バスの路線バスが運行されていて、姫川、頸城大野、根知の各駅で大糸線の補完を務めております。
当駅最寄は「姫川病院前」になります。
全便が姫川病院前を通り、糸魚川駅前からの所要時間は10分見ておけば吉でしょう。

当駅周辺は病院跡以外には糸魚川方に「ホテル糸魚川」、頸城大野方に多少歩きますがセブンイレブンがあり、姫川-中土間の駅周辺では唯一の食料調達スポットになります。
他は中小の事業所と民家が混在した、街外れの地方国道の典型と呼べる風景。
駅裏にも新旧の民家が並ぶ小集落が形成されています。

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