カテゴリー「R009 白新線の駅」の記事

2016年2月13日 (土)

豊栄駅(白新線)

本日の駅紹介は白新線・豊栄駅。

豊栄駅の駅名票

新潟県新潟市北区に所在する有人駅で、同区の中心駅です。
開業は昭和27年(1952年)12月23日で、新発田駅から伸びる白新線の暫定終着駅としてでした。
開業当時の駅名は「葛塚」。
私が幼少のみぎりは、時刻表に市の玄関駅を表す二重丸で「葛塚」の表記を見るたびに、異様な関心を向けたものです。
市の代表駅なのに白の二重丸、つまり「みどりの窓口」が設置されていないし特急白鳥は通過、急行も大半は通過というギャップにです。
町に過ぎない上越線の六日町や小出に特急「とき」は停まるのに、市の代表駅に停まらないのはどういうことやねんと、幼い頭の中では疑問が渦を巻いていましたなぁ。
閑話休題、当駅の開業当時の所在は北蒲原郡豊栄町で、「葛塚」の駅名は開業当時の所在自治体であった北蒲原郡葛塚に由来します。
同町は昭和30年に周辺諸村と合併して豊栄町になり、昭和45年に市制施行して豊栄市が誕生します。
市の玄関駅なのに駅名が旧町名ではアピール度に欠けるとあってか、昭和51年に駅名を現在の「豊栄」に改称、そして平成の大合併で豊栄市は平成19年に東隣の新潟市に合併編入されて同市北区となり、豊栄駅は北区の中心駅となって今日に至ります。

JR東日本によると2014年度の豊栄駅一日平均乗車人員は3,732人で、同社新潟支社県内有人67駅中第8位。
3位の上越線・六日町駅と6位の信越本線・犀潟駅はほくほく線の通過旅客を含めた水増し数字なので、豊栄駅は新潟、長岡、白山、亀田、新津に次ぐ実質第6位の大駅なのであります。
昭和55年(1980年)当時は上下併せて31本の定期列車(急行4本、快速・普通27本)の停車だったのが、2015年では実に112本の停車(特急14本、快速5本、普通93本)。
新潟-豊栄間はデータイム毎時3本の新潟都市圏頻発運転区間でもあり、当駅で折り返す普通列車は36本を数えます。


豊栄駅南口の様子
豊栄駅南口駅舎の様子、2009年7月撮影。
当駅舎は橋上型で、2009年3月から供用開始。
奇をてらわない堅実な印象の建物です。
駅前はロータリーになっていて、タクシーが常駐。
早通経由で新潟中心部まで行く路線バスと、月岡温泉に直行するバスが発着します。

駅南口の商店街の様子
豊栄駅南口の商店街の様子、2009年7月撮影。
シャッター通り化しつつあるのは日本各地で見られる共通の由々しき問題です。
かつては駅近くにジャスコがあったのですが、いつの間にやら閉店。
これもあちこちで聞かれる話ですな、去られた後に残ったのは客を奪われた商店街という。

豊栄駅北口の様子
豊栄駅北口の様子、2009年7月撮影。
こちら側は駅舎の橋上化によって新たに整備されました。

駅北口ロータリーの様子
豊栄駅北口ロータリーの様子、2009年7月撮影。
こちら側はまだまだ伸び代がありそうに見えます。

豊栄駅橋上駅舎自由通路内の様子
豊栄駅橋上駅舎自由通路内の様子、2010年6月撮影。
画像左手のヤマザキショップは、以前はNewdaysでした。
この時点では夜8時までの営業で、ちょっとばかし早過ぎますな。
日曜夜9時過ぎの自由通路内は人気が無くひっそり。
県内上位の利用状況とはいえ、通勤通学客メインの駅なのでやむを得ないところなのですが。

豊栄駅改札口周りの様子
改札口周りの様子、2010年6月撮影。
天井から下がっている「特急列車のご利用には特急券が必要です」の看板に注目。
新潟-豊栄-新発田間は特急「いなほ」に特急券を買わずに乗る人が多いそうで、実際乗っていると、「どう見ても特急券を買っているようには見えない」風体雰囲気の人が多数乗降するのを見かけます。
列車本数が少なく有人改札ならばチェックも出来て抑止効果が大きいのですけれど、これだけ列車本数が多くなり且つ自動改札ではチェックのやりようが無いですものね。
朝の「いなほ」新潟行ではホームで特急券のチェックをしているという話を聞いたことがあり、実際新発田駅では「特急券拝見」に遭遇したこともありますが、アレが恒常的な事なのかはわかりません。

豊栄駅の改札を抜けた駅構内
改札を抜け豊栄駅構内で一枚、2010年6月撮影。
画像左手前が待合室、中央がエレベーターです。

橋上駅舎上から構内新潟方を見る
橋上駅舎上から豊栄駅構内新潟方を見る、2012年5月撮影。

一番ホーム早通方から見た豊栄駅構内
1番のホームの早通駅方から見た豊栄駅構内、2009年7月撮影。

一番ホーム先端部から早通方を望む
1番ホーム端から早通方を望む、2009年7月撮影。

豊栄駅早通方の線路配置
豊栄駅構内早通方の線路配置はこんな感じです、2009年7月撮影。
白新線新潟-豊栄間はデータイム毎時三本の普通列車と定期七往復の特急、さらに貨物列車も通るので列車密度は高いのですけれど、新崎-豊栄間は単線でこれ以上の増発は厳しいかと思われます。
理想は同区間の複線化ですけれど、JR主導では実現はまず無理。県や市が音頭を取るより他に道無しですが、こちらもまず無理でしょう。
やる気が多少でもあるのなら羽越線高速化計画で検討されるはずですが、そんな話は全然聞きませんからね。

一番ホーム黒山方から見た豊栄駅構内
1番ホームの黒山駅方から見た豊栄駅構内、2009年7月撮影。

一番ホーム先端部から黒山方を望む
1番ホーム端から黒山駅方を望む、2009年7月撮影。
ホーム有効長は旅客列車9両です。

二番ホーム黒山方から見た駅構内
2番ホームの黒山駅方から見た豊栄駅構内、2009年7月撮影。
ホームの上屋は普通列車の編成長に見合った長さです。

三番ホーム中央部の様子
豊栄駅3番ホーム中央部の様子、2015年10月撮影。
3番線は主に普通列車の豊栄駅折り返しや貨物列車の退避に使用されます。

豊栄駅三番線に進入するEF81形電機牽引の貨物列車
旅客列車退避の為、豊栄駅3番線に進入するEF81形電気機関車牽引の貨物列車、2013年9月撮影。

二番ホーム早通方から見た豊栄駅構内
2番ホームの早通駅方から見た豊栄駅構内、2009年7月撮影。
当駅は列車交換の無い場合は上下共に1番線発着なので、2番線の使用頻度は以外に少ないのが特徴です。
2015年3月改正ダイヤで2番線に停車する列車は下記の通りです(全て新発田方面です)
07:04発普通村上行 07:54発普通村上行
08:27発普通新発田行 08:40発特急秋田行
08:57発快速米沢行 12:45発特急秋田行
17:50発普通新発田行 18:28発普通村上行
18:43発普通新発田行 19:07発特急酒田行
19:42発普通新発田行 20:16発快速村上行
21:07発普通新発田行 21:45発普通村上行
23:15発普通新発田行 23:58発普通新発田行

日曜夜の豊栄駅構内
人影のない日曜夜の豊栄駅構内、2010年6月撮影。
まだ21時台ですけれど、田舎の人の動きはこんなところです。

三番ホームの早通方を見る
豊栄駅3番ホームの早通駅方を見る、2009年7月撮影。
3番ホームの有効長は短く、旅客列車4両対応です。
しかし3番は前述したように、主に新潟-豊栄間の短編成区間列車が発着するのでこの程度の長さでも問題無しなのです。
日中の電車は二連ですしね。

豊栄駅一番線に停車中の115系電車
豊栄駅1番線に停車中の新潟行115系電車、2014年6月撮影。
少し前までは日常過ぎるほど日常だったこの光景も、新鋭E129系電車の投入で過去帳入り寸前です。

豊栄駅で列車交換する115系電車とE127系電車
豊栄駅で列車交換する115系電車とE127系電車、2013年9月撮影。
後者は白新線では完全に過去帳入りです。

豊栄駅に停車中のキハ110系快速「べにばな」
豊栄駅2番線に停車中のキハ110系快速「べにばな」米沢行、2014年6月撮影。
昔は気動車列車が多かった白新線も、現在定期気動車列車の乗り入れはこの「べにばな」と朝の新崎発新潟行8626Dのみ。

豊栄駅で折り返し待機中のE129系電車
豊栄駅3番線で折り返し待機中のE129系電車、2015年10月撮影。

豊栄駅で行き違う485系電車時代の特急「いなほ」
豊栄駅で行き違う485系電車時代の特急「いなほ」、2013年5月撮影。
上越新幹線開業以前、当駅に停車する急行列車は下りの「羽越・べにばな」、上りの「べにばな」2往復のみだった時代を鮮明に記憶している世代にとっては、特急が全便停車する現状は豊栄駅が出世したというよりも特急のグレードが下がったのを見せつけられる寂しい話であるというのは言い過ぎでしょうか。

豊栄駅に停車中の485系R編成時代の特急「いなほ」
豊栄駅1番線に停車中の485系電車R編成時代の特急「いなほ」新潟行、2013年9月撮影。

豊栄駅で行き違う485系T編成の特急「いなほ」
豊栄駅で行き違う485系電車T編成の新潟行とR編成秋田行の特急「いなほ」、2012年5月撮影。

豊栄駅で行き違う485系R編成とE653系の特急「いなほ」
去り行く485系電車R編成新潟行とこれから羽越路のヌシとなる
E653系電車秋田行の特急「いなほ」、2014年6月撮影。
485系が定期「いなほ」から撤退する直前の時期の、新旧交代を象徴するような一枚です。

豊栄駅を出発する快速「きらきらうえつ」
豊栄駅1番線から出発する快速「きらきらうえつ」新潟行、2013年5月撮影。
乗ればリーズナブルで実に良いこの電車も、見た目はケバケバしく見えてなんだかなーというのが個人的な印象ですな。
タネ車が485系とはとても思えませんです...

ビュー福島潟の建物
豊栄駅最寄の観光スポット・福島潟の展示展望施設「ビュー福島潟」
2009年7月撮影。
遠目から見ると、科学特捜隊日本支部のようであります。
この日は月岡で市島邸を見学した後、初夏の夕陽を浴びながらここまで歩き。
開館時間内に余裕で着く計算だったのに、道を思い切り間違えて遠回りしてしまい、汗だくでたどり着いたのは17:00過ぎ。
閉館直後の到着でガックリきてしまいましたよ。
あれから行こう行こうと思いながら早6年半。
今年は春に行って勉強してこよう。

初夏の夕刻の福島潟
初夏の夕刻の福島潟、2009年7月撮影。
ここ福島潟は日本のオニバス自生北限で有名です。
実に清涼感のある風景で、自分のミスで閉館に間に合わずのぼせ上がった頭を、風に吹かれながら冷やしたのです。
福島潟見学についてはこちらを

橋上化以前の豊栄駅駅舎
橋上化以前の豊栄駅駅舎、2003年11月撮影。
当時は建築財産票を調べる習慣がついていなかったので正確な完成日が不明なのは実に遺憾なところ。
どうやら駅開業以来の建物だったようです。

橋上化以前の豊栄駅構内その一
橋上化以前の豊栄駅構内その二
橋上化以前の豊栄駅構内その三
橋上化以前の豊栄駅構内の様子、2003年11月撮影。
島式ホーム上の待合室は屋根の上に上屋があるという無意味さで、上屋が作られたのは待合室完成後というのが一目瞭然。
この待合室辺りの佇まいは何となく国鉄様式美離れしていて、なかなかに魅惑的だったのであります。

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2015年10月20日 (火)

黒山駅(白新線)

本日の駅紹介は、白新線・黒山駅。

2017年3月12日記、旧駅舎時代の記事と統合して加筆修正しました。

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新潟市北区(旧豊栄市)の東端に所在する無人駅で、ここから1kmほど東に進むと隣の新発田市市域に入ります。
大合併後の新潟市の西端に位置する越後線・岩室駅と当駅の距離は実に48km。
日本海側初の政令指定都市になる為の合併がいかに広範囲に渡るものであったことか。
果たしてそれが良かったのかどうか。

黒山駅の開業は1957年(昭和32年)2月11日で、昭和27年12月に白新線・新発田-葛塚(現・豊栄)間が開通した際には駅設置は見送られています。
黒山駅周辺は後述するように半農半住の大変静かな地域、現在でもそうなのですから白新線開通時はさぞや・・・と思われます。
新発田-葛塚間の部分開業では、その需要は地域のローカル輸送のみで列車の運行本数も少なく、駅としての旅客需要も見込まれず、信号場としての列車交換設備もそれが必要とされるほどの列車本数がなく、隣の佐々木駅にその機能があれば充分なレベルに過ぎなかったのでしょう。
黒山駅開業の前年4月には葛塚-沼垂間が延長して、(沼垂-旧・新潟駅間は信越線に乗り入れ、なお沼垂駅は昭和33年4月に現・新潟駅開業により旅客輸送を廃止。
日本海縦貫線の一翼を担う路線に生まれ変わった事で列車本数も増え、(とはいえ、当時は信越線・新津駅から水原経由で秋田方面に抜けるのがメインルート。昭和36年にデビューした日本海縦貫特急「白鳥」も当初は新潟駅に立ち寄らなかったほどです)列車交換設備の増強に迫られたゆえの当駅開業であったのかなぁと推察する次第です。

少々古い資料で恐縮ですが、新潟市統計年鑑によると、黒山駅の2008年度年間乗車人員は75,000人。
日割りで単純計算すると一日当たり約205人になります。
無人駅のデータは実態と相違する場合ありという但し書き付きではありますけれど、2016年現在で黒山駅の2008年度と同じレベルあるいはそれ以下の新潟県内有人駅は越後川口、寺泊、潟町、津川、石打、津南、越後下関、府屋の8駅を数えます。
それを考えれば、流石は政令指定都市・新潟市中心部の至近にある駅、待合室は後述のローカル然としたものであってもなかなかどうして侮れないのだなぁと、認識を新たにするわけであります。

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かつての黒山駅駅舎(待合室)の様子、上は2007年3月、下は2013年3月撮影。
待合室機能のみの簡素な建物です。
建築財産票が見当たらなかった為に、竣工日が不明のままだったのが残念でした。
2007年3月時点では、駅名板も国鉄時代のようなひらがな表記でローカル色が濃いものでしたけれど、6年後にはJR東日本正規のものへ取り替えられていました。
建物の外観は全く変化が無いのですけれど、駅名板が変わっただけで印象が随分変わります。
ああ、やっとこの子もパパに認知してもらえたのねという感じですかね。

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黒山駅から徒歩数分で行き着く、白新線と並走する県道、2013年4月撮影。
駅周辺の沿道は静かな住宅地です。
黒山地区に路線バスは運行されておらず、公共交通機関は白新線のみです。
北側にしばらく歩くと新潟交通運行の路線バス新潟新発田線が運行されている県道に出ますが、直線距離で1.5km近くあります。

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かつての黒山駅待合室内の様子、2007年3月撮影。
壁に作りつけのベンチがあるきりでひどく狭い室内です。
そこにまず自動券売機を置いたので、ただでさえ少ないベンチの着席人数が実質一人分減ってしまっています。
こんなところにsuicaの簡易改札機を置くのは、本来はかなりいただけない話だと思うのですよ。
しかしまぁ、この待合室で列車を待つ人もあまりいないのでしょうし、これはこれで仕方無い事と申せましょうか。

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1番ホーム側からみた、かつての黒山駅待合室の様子、2013年3月撮影。
せめて待合室と跨線橋の間だけでも、上屋があればいいのにと思うところでした。
なお当駅にはトイレは無く、待合室から向かって右側の公衆トイレを使用します。
休憩所と駐輪場を併設しています。

正面から見た黒山駅の新駅舎
黒山駅の新駅舎の様子、2015年10月撮影。
私は白新線には2014年夏からご無沙汰だったので、当駅駅舎改築の話は聞いていたものの、どんな状況になっているのかは把握しておりませんでした。
それが10月17日、朝の白新線普通列車に乗車していたら、新駅舎が既に完成しているのを見て驚愕。
帰りに早速降り立って、出来立てホヤホヤの黒山駅新駅舎を見てきました。
撮影当日の17日初電より使用開始との事でした。
この時点では駅前はまだ工事中でしたが、駅舎本体は完工しています。
個人的にはデザインも奇をてらわず、実用性とデザイン性を程よく合わせた建物で好感を持てました。
画像左手の公衆トイレは健在です。
黒山駅新駅舎にもやはりトイレは設置されておりませんので、用足しは引き続きそちらでどうぞ。

斜めから見た黒山駅の新駅舎
正面からでは収まりきれないので、斜めから黒山駅新駅舎全景を一枚、2015年10月撮影。
旧駅舎に比べると、建物は巨大化しているのですが、これには理由があります。

車椅子用のスロープ
その理由がこれ、車椅子用のスロープがあるのです。2015年10月撮影。
こんな田舎の駅でも、世はすべからくバリアフリーなのですな。

黒山駅新駅舎内の様子その一
黒山駅新駅舎内の様子その二
黒山駅新駅舎内部の様子、2015年10月撮影。
ベンチは窓に沿って配置され、着席人数も以前の倍というところ。
採光も上々で、居心地は旧待合室に比べても断然上です。
自動券売機とSuicaの改札機も新型化されていました。
その配置も旧待合室時代と違って無理のない形です。

ホーム側から見た黒山駅新駅舎の様子
ホーム側から見た黒山駅新駅舎の様子、2015年10月撮影。
前述したように私は白新線ご無沙汰だったので断言できないのですが、左側に見える建物が新駅舎完成まで使われていた仮待合室だったのでしょうか?

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1番線の佐々木駅方から見た黒山駅構内、2013年3月撮影。
駅舎改築後も駅構内に変化はありません。
戦後生まれの比較的新しい当駅ですが、2面2線のホーム配置は顕著な千鳥型です。

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1番線の豊栄駅方から見た黒山駅構内、2013年3月撮影。
列車交換以外はこの1番線に列車が発着します。

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1番線端から豊栄駅方を見通す、2013年3月撮影。

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黒山駅跨線橋内部の様子、2013年3月撮影。
国鉄時代の小駅の標準型です。
窓が高所では無いのが俯瞰フェチにとっては良い事なのです。

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跨線橋上から黒山駅構内の豊栄方を見る、2013年3月撮影。

跨線橋上から見た様子
駅舎改築後の黒山駅構内新発田方を跨線橋上から見る、2015年10月撮影。
画像右下が新駅舎です。
駅舎は変わっても周辺は相変わらず宅地と農地の混在した長閑な風景。
画像左側の線路は当駅から分岐して新潟東港方面に延びる貨物線用の黒山駅分岐新潟東港専用線です。

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黒山駅2番ホームの跨線橋出入り口の様子、2013年3月撮影。
当駅ホームの幅がいかに狭いかを認識できる象徴的な画と申せましょう。

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跨線橋出入り口から2番ホームを豊栄駅方に見通す、2013年3月撮影。
ホーム上には待合室も上屋もベンチさえも無いので、視線の目標がホーム先端に向かっていきます。
それゆえにホームの長大さは実際以上に見えるのです。

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2番ホームの豊栄駅方から見た黒山駅構内全景、2013年3月撮影。
単線上にある黒山駅では、列車交換がしばしば行われます。
2015年10月時点でこの2番線に発着する普通列車は、上り新潟方面が29本中5本、下り新発田方面が28本中6本でした。

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豊栄方の陸橋上から俯瞰で見た黒山駅構内全景、2013年4月撮影。

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同じく陸橋上から豊栄方を見る、2013年4月撮影。
貨物線の側線は随分先まで伸びているのです。

黒山駅で交換するE129系電車と115系電車
黒山駅で離合する、新潟のこれからの主役・E129系電車と去り行く115系電車、2015年10月撮影。
115系電車がごく近い将来にいなくなるなど、未だに信じられないのです。

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朝の黒山駅で列車交換する115系電車の村上行と新潟行、2007年3月撮影。

黒山駅に停車中の湘南色115系電車
黒山駅1番線に停車中の湘南色115系電車、2013年3月撮影。

黒山駅を出発する115系電車
黒山駅を出発する115系電車新潟行、2013年4月撮影。

黒山駅に停車中のE127系電車
黒山駅に顔を見せることは少ないまま、大半がえちごトキめき鉄道に移籍したE127系電車、2013年4月撮影。
今まで当たり前に乗っていた電車で撮影意欲もあまり湧かなかった存在ですけれど、いざいなくなると寂しいですな。

黒山駅を通過する485系電車T編成の特急「いなほ」
黒山駅1番線を通過する485系電車T編成の特急「いなほ」酒田行、2013年9月撮影。
これも既に思い出の彼方。

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黒山駅1番線を通過するEF510形電気機関車牽引の貨物列車、2013年3月撮影。

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黒山駅1番線を通過するD51形蒸気機関車牽引の「SL村上ひな街道号」、2007年3月撮影。
客車は青のオリジナルな12系客車。
「ばんえつ物語号」用の客車には全然魅力を感じないのですけれど、原型の12系客車は萌え!の一言。
子供の頃は急行「きたぐに」でよくお世話になりました。
気動車の「羽越」とスピードは変わらず揺れず冷房完備で車内も煤けておらず綺麗。
最後に乗ってからもう30年以上経つなぁ。
その後乗った夜行の客車急行座席車は、「八甲田」も「津軽」も14系客車化された後だったもんなぁ。

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黒山駅2番線で列車交換の為に運転停車した「なつかしの急行羽越号」、2004年7月撮影。
この時期、新潟県内で度々運転された「なつかしのキハ58系気動車急行」シリーズであります。
往年の「羽越」は最短でも3両編成だったので、実際によく乗って現役時代を覚えている世代にとっては、2連の姿は少々寂しいものでした。
「羽越」は新潟駅発が朝と夕方という時間帯ゆえか、新潟駅を昼過ぎに出る「しらゆき」と比べていつも空いていて、夏休み中でも余裕で座れたものでした。

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黒山駅から新潟東港方面に延びる黒山駅分岐新潟東港専用線、2013年4月撮影。
線路にはご覧のように棒で締め切り扱い。
列車運行時以外はこうしておくんですかね。

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2011年5月15日 (日)

西新発田駅(白新線)

本日の駅紹介は白新線・西新発田駅。

新潟県新発田市に所在する無人駅で、開業は昭和32年(1957年)4月1日。
現在の当駅は周辺が商業地区になり駅も移転されて列車交換可能になっておりますが、かつての当駅はそれはもうローカル色満点の凄いもので・・・。
私の祖父母や親戚の家が羽越線沿線にある事から、白新線は幼い頃からよく通っておりますけれど、その当時の西新発田駅といえば周辺の宅地化未だで近くの自動車教習所以外は一面田圃の海といったところでした。
茶色のホームは一本で短く、ホーム上の待合室は木造で山間のローカル線のそれと何ら変わらないものでした。
また当時(国鉄末期に導入された都市型ダイヤ以前)の白新線は、普通列車に関しては現在(データイム毎時1本)以下の過疎ダイヤでしたが、当駅はその少ない普通列車も一部通過するような有様で、県北部有数の都市・新発田市内に立地しながら(それも市街地
からそう離れてもいない)その寂れ方は子供心にも胸に染み入るものがあったと記憶しております・・・。

どのような経緯でこんな駅が造られたのか、以前から興味があったのですけれど、具体的な記述のある資料には未だ行き着かず残念!
「新発田市史」を見ても、”簡易駅として開業”の他は何も無し。
あの教習所絡みで、教習生通学の為であったのか?
はたまた都市計画に関連して宅地化・商業地区化の先行の意図があったのか?

そんなかつての姿を強烈に覚えておりますがゆえに、現在の西新発田駅周辺の賑やかさは、これがあの寂寥感溢れる「停留場」と同一のものとは俄かに信じがたいものが今もってあります。
まさに成り上がり度は燕三条駅に並び立つ勢い。
JR九州なら買い物客相手に特急停めちゃいそうですなこれは。
まぁ、前述したように駅自体は今から11年前に移転しておりますから、厳密に言えばかつての駅とは別物の「新駅」と呼んで差し支えないものなのではありますけれど。


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西新発田駅舎(北口)の様子、2007年2月撮影。
最初から無人駅として作られており、上屋と待合室(画像右側)のみの機能です。
建築財産票によると待合室の竣工は平成12年6月13日。
当駅は時折ホーム上で改札が行なわれており、乗降の多さを見てもいっその事自動改札を導入した方が・・・と強く感じるところ。
私見では西隣の佐々木駅よりもひょっとして乗降は多いのでは?と思わせますし。
自改と係員の詰所のスペースはなんとかなるでしょう。

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西新発田駅構内の待合室と跨線橋周りの様子、2003年11月撮影。

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1番ホーム新発田駅方から西新発田駅構内を見る、2003年11月撮影。
列車交換時以外は原則このホームの発着になります。
当駅に交換設備が整備された事で、白新線の単線区間の全ての駅で列車交換が可能になり、ダイヤ設定もより柔軟性が増した・・・はずなのですが、豊栄-新発田間普通列車は未だデータイム毎時1本のまま。
豊栄止まりの区間列車を一部延長して、せめてデータイム1本/30分にしてもバチは当たるまいにと無責任な利用者は思うところでありますけれど、会社としては新潟-新発田間直通客は「便利で快適な特急いなほ号」をご利用ください!」
なスタンスなのでしょうし。
中間の黒山、佐々木、そして当駅利用客はほったらかしですかなこれは。

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1番ホームの佐々木駅方から見た西新発田駅構内、2011年4月撮影。
今年は雪が多かったので、後背の山々もまだまだ白く輝いています。

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跨線橋上から新発田駅方を見る、2011年4月撮影。
画像左側の開発ぶりに比べ、右側は未開発エリアで昔そのままの風景です。

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同じく佐々木駅方を見る、2011年4月撮影。
「新駅」はとかくスペース切り詰めコストカットが常ではありますが、西新発田駅の場合は白新線の通勤通学需要の高さゆえかホーム長は充分に採られております。
しかし造りが合理的になった半面、鉄路の旅情を醸し出すものは何もない無味乾燥にもなってしまっていますなぁ・・・

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駅周辺開発以前の佐々木駅方の様子、2003年11月撮影。
西新発田駅移転新装3年後の様子で、駅前広場や周辺道路は概ね完成していたものの、区画整理は終わったところで大半の建物はまだ未着工でした。

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周辺が開発途上だった頃の西新発田駅を出発する、E127系電車新潟行、2003年11月撮影。

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2番線で特急退避中の115系電車湘南色の村上行、2013年3月撮影。

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西新発田駅を通過する485系電車R編成の酒田行特急「いなほ」、2013年3月撮影。

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西新発田駅1番ホームの待合室内の様子、2007年2月撮影。
2番ホームのそれも同じ作りになっていて、両方共に室内に券売機有り。

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西新発田駅南口とその後背の様子、2007年2月撮影。
前述のように、こちらは昔そのまま。
これが本来の西新発田駅の姿と言えましょうか。

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駅前通りから見た西新発田駅の様子、2007年2月撮影。
駅前広場はロータリーになっていて、新発田駅まで行ける新発田市コミュニティバスのバス停有り。
なおトイレは画像左側に駅舎とは別棟で設置。

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西新発田駅前通りの様子、2007年2月撮影。
昔はなーんも無かったところが今はこれこの通り、時代は変わった・・・(遠い目)。
新発田駅周辺商圏の寂れ方とは全てにおいて対照的。
現在、新発田市域商業拠点は当駅周辺とここから1.5km離れた国道周辺が中心になっております。

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駅前通り新発田方から西新発田駅方面を振り返って見る、2007年2月撮影。

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2011年2月27日 (日)

佐々木駅(白新線)

本日の駅紹介は白新線・佐々木駅。

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新潟県新発田市の西端に位置する有人駅で、昭和27年(1952年)12月23日の開業です。
開業当時は北蒲原郡佐々木村の所在で村の玄関駅でした。
同村はその後昭和34年4月に新発田市へ編入合併されて今日に至ります。

人口10万強で新潟県下20市中第4位と、新潟県の各地域の三大中心都市(新潟、長岡、上越)以外の自治体では最多の人口規模を持つ新発田市ですが、その市域拡大も新発田駅から6km強の佐々木地区にはまだあまり及んでおらず、駅裏に新興住宅地が造成されている以外に年毎の変化はあまり見られません。
まだまだ発展途上の当地域の土地柄を象徴するかのように、佐々木駅の一日平均乗車人員は796人(2009年度)でJR東日本新潟県内有人75駅中48位。
白新線内中間有人6駅中最下位。対新潟、対新発田両方の旅客流動がある駅としては今一つの感です。
白新線にかつて設定されていた快速列車は当駅停車が多かったものですが、現在ではその設定も米坂線直通の「べにばな」や有料の「らくらくトレイン村上」を除けば、早朝の村上行一本のみ。
その快速は当駅通過で現在停車するのは普通列車のみです。

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佐々木駅舎の様子、2007年3月撮影。
建築財産票によると平成15年3月23日の竣工。
屋根のデザインを筆頭に建物の内外共に独特のデザインセンスが光る小品であります。
この日は駅前にタクシーが一台待機していましたが、数回訪れた限りにおいて常駐しているわけではなさそう。

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佐々木駅駅舎内の様子。2008年4月撮影。
近年改築されたローカル駅舎内では随一と言って良い小奇麗さと待ちスペースとしての快適性を併せ持っているよう。
中央にはテーブル状のベンチ(と表現すべきなのか?)、窓側はバーのカウンター状の作りに。
この時点での窓口営業は0710~1830でした。
また当駅は新潟都市圏で自動改札化されていない数少ない有人駅の一つであり(他には越後曽根駅や矢代田駅、水原駅)、またみどりの窓口未設置という特異な存在です。

・・・この撮影は日曜の夜に行なったもので、日中は毎時1本の運転間隔に関わらず待合室には常に人が少なからずいる当駅駅舎内撮影のチャンスは、最も人気の少ないであろうこの時間帯を狙わざるを得ないのです。
しかしこの時には、高校生カップルが待合室内で逢引きしておりまして困りましたw。
今時の高校生にしては珍しく二人とも落ち着いた真面目な感じで、いかにも「これぞ青春!」という雰囲気を微笑ましくチラ見していましたが、その逢引きが長いといったら貴方!
二人が駅を去り駅舎内を撮影するまでかれこれ二時間はかかりましたっけ。

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佐々木駅駅舎ホーム側からの様子、2008年4月撮影。

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駅舎ホーム側の様子、2008年4月撮影。
トイレは画像奥に男女別で設置されております。
改札内のここにしかトイレはありませんので当駅訪問の際はご注意ください。

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1番ホームの黒山駅方から見た佐々木駅構内。2004年5月撮影。
ホーム上の上屋は西新発田方の跨線橋側にあるのみです。


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同じく西新発田駅方から見た佐々木駅構内。2004年5月撮影。
画像左手に見える家並が駅裏の新興住宅地ですが、駅からそこへ至るには踏切を渡る必要があり、私が確認してきた西新発田方のそれは駅から200~300m程あります。
この住宅地と駅裏の将来の発展性を考えれば、駅舎改築の際に橋上駅舎化した方がよかったのでは・・・と外部の野次馬は思うところなんですが。
実際、あそこに住んでいて目の前の駅へ行くのに500m前後もの迂回を強いられるのはかなり不便に感じるでしょうに・・・。

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佐々木駅1番ホーム西新発田駅方の旧貨物線跡と思しき場所、2004年5月撮影。
ウィキペディアによると、かつて当駅から黒山方の北興化学の工場まで専用線が存在したとの事ですが、方向的に真逆のここを使っていたとは思えず、島式ホーム側三番線に隣接した空間がそれ臭いような・・・。
架線柱の無意味に横長な建て方からしてそのように見えるのです。

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佐々木駅跨線橋内部の様子、2013年3月撮影。
有人駅のそれとしては通路は狭小です。

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跨線橋上から佐々木駅構内の黒山駅方面を見る、2007年2月撮影。

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同じく西新発田駅方面を見る、2007年2月撮影。
二つ上の画像では草生して確認出来ませんでしたが、画像左側の側線はこの時点では一応健在であった事がわかります。

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同じく駅舎方を見る、2007年2月撮影。

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佐々木駅島式ホーム2番線中央辺りの様子、2007年2月撮影。
ホーム上には古びた待合室があってその佇まいはモダンで小奇麗な駅舎待合室と対照的。

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佐々木駅島式ホーム待合室内部の様子、2013年3月撮影。
島式ホームに列車が入るのは列車交換及び退避時だけなので、この待合室の利用は稀なのでしょうな。

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島式ホーム西新発田駅方から見た佐々木駅構内、2004年5月撮影。

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島式ホーム2番線中央から黒山駅方を見る、2004年5月撮影。
ウィキペディアによれば、この2番線は現在定期旅客列車の発着は無いようです。


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島式ホーム黒山駅方端から先を見通す、2004年5月撮影。
この先線路は左に大きくカーブしており、白新線内で最も人気の撮影スポットになっているのは皆様よくご存知の通り。

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人気の無い日曜夜の佐々木駅構内、2008年4月撮影。

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西新発田駅方の踏切から見た佐々木駅構内、2007年2月撮影。

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佐々木駅3番線で特急退避中の115系電車村上行。
2016年3月改正ダイヤでは、当駅での普通列車の特急退避及び交換は4回、普通列車同士の交換は1回です。
白新線の単線区間の駅は全て列車交換可能なので、程よく分散して実施されています。

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佐々木駅1番線に停車中の、白新線と羽越本線では過去帳入りのE127系電車村上行、2013年3月撮影。
当駅では列車退避や交換の無い場合は、このホームに列車が発着/通過します。

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佐々木駅1番線を通過する485系電車R編成の特急「いなほ」新潟行、2013年3月撮影。
当駅は有人駅なので構内立ち入りにはおのずと制限があるので、特急通過を撮影するのは普通列車の退避中がベストです。

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3番線に115系電車を待たせて佐々木駅一番線を通過する485系電車T編成の特急「いなほ」酒田行、2013年4月撮影。

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佐々木駅前通りを県道側から見る、2007年3月撮影。
画像奥手が駅になります。
駅から県道まではざっと300m程でしょうか、周辺は昔ながらの集落で長閑なものです。ちなみにこの通りには喫茶店と食堂が有り。

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県道の様子、2007年3月撮影。
沿道にはコンビニ有り。画像奥手が新発田方面です。
この道には新潟交通の路線バス新潟-新発田線が設定されており、データイム毎時一本の運行頻度です。
県道は特に新潟方面へは白新線より海岸側を通っていて、線路と距離が開いております。
ゆえにこのバスを利用して移動できる白新線内駅は当駅の他に新潟、新崎、新発田の四駅のみ。
他の駅は最短1km、最長で3km近く歩く事になりますのでご利用の際は要注意。

駅とは直接関係無いのですが何か面妖だった事。

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黒山駅から佐々木駅にてくてく歩く道中で見つけた「北谷内稲荷大神」。
2007年2月撮影。
竹林の中の小さな赤い鳥居が私の感性をびびびっ!と刺激しまして、本能の赴くままいざ中へ。
参道を進むと何故か民家の庭先のようなところに出ました。
帰宅後調べましたら社殿があるとの事でしたが、私が出たあそこは一体・・・
おキツネ様の悪ふざけに引っ掛けられたのかなぁ?

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くだんの稲荷に「奥の院」があるという表示。
こちらも案内に誘われたかのようにふらふらと進んで参ったものですが、私の目に映るは晩冬の北蒲原の寒風吹きすさぶ荒涼とした風景・・・奥の院なんて見渡す限り無かったっす・・・
思わず某右京さんばりの「はい~!?」が口を突いて出ましたな。

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2008年8月 9日 (土)

新崎駅(白新線)

本日の駅紹介は白新線・新崎駅。

2017年2月12日追記、大幅リニューアルを実施しました。

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新潟県新潟市に所在する有人駅で、白新線葛塚(現豊栄駅)-沼垂駅(1958年に貨物駅化)が開通した昭和31年(1956)4月15日の開業です。
当駅周辺地域はかつて北蒲原郡濁川村でしたが、同村は新崎駅開業の二年前に新潟市に編入されています。
平成の大合併(2005年3月21日)以前は旧新潟市の東端に位置していて(新潟駅からの距離10km弱)、駅西方至近に流れる阿賀野川によって市域が分断されている為、大合併前から阿賀野川西側の市域とは街の雰囲気や空気が微妙に異なっていました。

JR東日本によると、新崎駅の2015年度一日平均乗車人員は1,385人で、同社新潟支社県内有人67駅中30位です。
白新線内の駅としては豊栄、東新潟両駅に次ぐ第三位で、前述したように当駅は阿賀野川東岸に位置していて、周辺地域から新潟市中心部へ行くには県道やバイパスを橋で渡河せざるを得ず、少ない橋への車の集中で引き起こされる渋滞が道路交通上のネックにもなっています。
それゆえに周辺の人口規模に比べて当駅の利用実績は大きいように見えます。

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新崎駅の橋上駅舎、2016年8月撮影。
こちら側は北口で、旧駅舎もここに建てられていました。
現在の橋上駅舎の供用が始まったのは1995年10月です。
それ以前の新崎駅駅舎は、改築前の信越線・脇野田駅などに似た感じだったとうっすらと記憶しておりますが・・・。
木造で内部は昼だというのに薄暗く、快速停車駅だというのにパッとしない印象が残っています(1980年代後半)。
駅前広場は小さなロータリーになっていて、新潟市北区の区バス「おらってのバス」が乗り入れています。
タクシー常駐はしていないようでした。

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ホームから見た新崎駅北口広場の様子、2015年12月撮影。
画像右下のバス停が区バスのそれ。
豊栄駅と当駅の移動に利用できますが、2017年2月現在平日のみの運行です。

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新崎駅から北側の県道に至る駅前通りの様子、2007年2月撮影。
駅前通りと言っても周りは宅地と農地の混在した長閑な風景。

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新崎駅北口から500m弱で、路線バスの走る県道に出ます、2016年8月撮影。
画像左手の建物は米菓大手の三幸製菓の本社です。
周りにはコンビニが一軒。
画像右下のバス停は新潟交通大形線の「新崎駅前」バス停。
新潟市中心部と新発田を結ぶ路線で、新発田駅-佐々木駅-新崎駅-新潟駅相互の移動に使えます。
白新線内の他の駅は、県道と駅間の距離がかなりある為に相互補完の関係にはありませんので、利用の際はご注意ください。

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新崎駅南口の様子、2016年8月撮影。
こちら側は橋上駅舎化に伴って新しく作られました。
最近の整備だけあって、ロータリーもきっちり完備。
なおこちら側には区バスの発着はありません。

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新崎駅のホームから見た駅南駅前通りの様子、2015年3月撮影。
こちら側は近年造成された新興住宅地で、整然とした家並みが続いています。

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新崎駅南口から約500mの南側県道、2016年8月撮影。
古くからの集落は駅北ですが、今日ではこちらの方が人気があります。
コンビニも二店あり、他にスーパーやドラッグストアもあって利便性は上々。
この県道には、新潟交通の路線バス大形線の新潟豊栄線が運行されていますけれど、本数は北側の新潟新発田線に比べると本数はかなり少ないので、利用の際はご注意を。

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新崎駅橋上駅舎内部の様子、上は2016年8月、下は2013年3月撮影。
自動券売機は二台設置。
待合室もありますけれど駅の利用状況に比べると明らかに手狭。
まぁ、駅利用客の大半は通勤通学買物客であり、且つ日中は新潟駅へ毎時三本の列車本数が確保されておりますので、待合室など使わず真っ直ぐホームへ向かう人が多くこれで充分なのでしょう。
なおトイレは改札内にあるのでご注意ください。

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橋上駅舎の自由通路から見た新崎駅構内の早通駅方、2016年8月撮影。

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橋上駅舎改札内の通路から見た新崎駅構内大形駅方の様子、2016年8月撮影。

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新崎駅一番ホーム(新発田方面乗り場)の大形駅方から見た構内の様子、2013年3月撮影。
まだ色彩に乏しい3月の曇天、橋上駅舎も白色なので色彩の乏しさがさらに際立ってしまっています。
こちらも隣の島式ホームも上屋は短くベンチも僅か。

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一番ホーム端から大形駅方の阿賀野川鉄橋を遠望、2007年9月撮影。
列車の運行頻度は高いにも関わらず、過疎ローカル線なみに雑草の跋扈する線路に注目。

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一番ホームの早通駅方から見た新崎駅構内、2007年9月撮影。

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島式ホームの早通駅方から見た新崎駅構内、2013年3月撮影。
ホームの左側(三番ホーム)が新潟方面乗り場です。
二番ホームは近年まで普通列車の特急退避に使用されていましたが、ダイヤの整理で2016年3月ダイヤ改正では定期旅客列車の発着はありません。
かつては、列車によっては交換と特急退避のダブルパンチで長時間の停車を強いられるケースがあり、運悪く乗り合わせるとイライラする事この上なしでしたっけ。

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島式ホームの端から早通駅方を見通す、2013年3月撮影。
新潟駅から当駅まで複線の白新線も、この先は単線。
列車の運行頻度から言っても、少なくとも豊栄駅までの複線化は妥当な話だと思うのですけれど、何分地方への投資は極力避ける会社だけに、沿線自治体が第三セクターを作って整備費の全額負担と赤字補填でもやらない限り、実現は無理でしょうね。

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島式ホームの大形駅方から見た新崎駅構内、2013年3月撮影。
本線の右隣には草生した側線が残存。
車窓から確認した限りでは、新潟側の分岐器は切られていました。

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新崎駅一番線に停車中の115系電車村上行、2013年3月撮影。

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白新線と羽越本線では過去帳入りのE127系電車豊栄行、2013年3月撮影。

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新鋭E129系電車が新崎駅で行き違い、2015年12月撮影。
普通列車の大半がE129系に置き換えられた今日では、すっかり日常の光景になっています。

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新崎駅一番線を通過する485系電車T編成の特急「いなほ」酒田行、2013年3月撮影。
当駅には優等列車は停車しませんが、JR九州のようなノリであれば「いなほ」の朝晩の停車駅に加えられているのかも。
勿論改札を厳重にして、「いなほもタダで乗れるてがんにね」は許さないという但し書き付きで。

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新崎駅三番線を通過する485系電車R編成の特急「いなほ」新潟行と、同時進入で一番線に到着の115系電車村上行、2013年3月撮影。

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新崎駅一番線を通過する快速「きらきらうえつ」酒田行、2015年12月撮影。
2017年3月ダイヤ改正で485系R編成の運行が終了するので、今後485系電車のサウンドを定期的に聞けるのは改造車のこの電車のみになります。
この電車も先はもう長くないように思えますけれどね。

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新崎駅一番線に進入するEF81形電気機関車牽引の貨物列車、2013年3月撮影。
昔は白新線と羽越本線の電気機関車といったらコレが当たり前だったのに、今ではすっかり姿を見かけなくなりました。
私がこの機関車牽引の列車に最後に乗ったのは、上越新幹線開業前の12系客車急行「きたぐに」だと思います。
もう35年も昔の話、歳を取るわけだよなそりゃ・・・。

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2006年6月 5日 (月)

大形駅(白新線)

本日の駅紹介は白新線・大形駅。

2016年3月6日記、大幅リニューアルを実施しました。

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新潟県新潟市東区に所在する有人駅で、開業は1957年(昭和32年)2月11日。
開業当時も既に新潟市の所在でしたが、この地域は昭和18年までは西隣の石山地区同様、村(大形村)でした。
白新線・沼垂-葛塚間が昭和31年に開業した時点では駅設置は見送られ、翌年に黒山、早通両駅と共に追加開設されています。
沼垂-新崎間の距離は10km近くあるので、その間に駅を設けるのは必然と言えるのですけれど、当駅よりも周辺人口が多い西隣の東新潟駅が昭和53年まで仮乗降場に甘んじていたのに比べて、新崎駅から阿賀野川を渡って2km強のこの地に駅が設けられたのは、今日の視点で見れば奇異に映るところです。
東新潟駅は貨物の大ターミナルである新潟操車場を擁しており、もしかしたらその貨物業務に旅客は邪魔という国鉄本社の判断があり、その近隣で駅設置がし易い(半農半住の農村地帯で駅用地取得が比較的容易)当地に駅設置の白羽の矢が立ち、東新潟駅は管理局権限で仮乗降場として開設ということだったのでないかなぁと考えているのですか、果たして真実は?

そんな当駅周辺は、東新潟駅南側の日本海東北自動車道沿いで近年急速に進んでいる宅地化の波もまだ及んでおらず、十年一日の長閑な農村の雰囲気。
駅南側は一面田圃の海であります。

2014年度の大形駅一日平均乗車人員は1,193人で、JR東日本新潟支社新潟県内有人67駅中34位。
羽越線・中条駅や越後線・青山駅と同レベルで、東新潟駅と比べて約六割の利用状況です。
かつては無人駅だった当駅は建前上現在は有人駅、しかしそれは自動改札機が2005年に導入されてからで、何だか本末転倒のように思えます。

大形駅に関して一時議論になったのが、当駅を「新潟空港前」駅に改称して、当駅から直線距離で4km北の海岸に面する新潟空港との間にシャトルバスを走らせるという構想です。

>新潟県が、新潟空港へのアクセス整備の一環で、空港に近いJR白新線の大形駅(新潟市)を「新潟空港前駅」と改称し、同駅と空港とをシャトルバスで結ぶ構想を進めていることが29日、分かりました。
JR東日本など関係各機関に要請、了解が得られれば来春にも実現したい考えだそうです
→http://www.niigata-nippo.co.jp/news/namazu_i.asp?no=/2006/05/30/2006053031962.html

この記事が書かれた当時、大形駅前はとてもバスが入れる状態ではなく、南北どちらの駅前からにせよ、相当の整備が必要でした。
そもそも、新潟駅から大形駅まで電車に乗ってバスに乗り換えるのと、渋滞で多少時間は読み辛いものの、新潟市中心部と空港を直接結ぶバスとでは心理的利便性の点で勝負は最初から明らか。
大形駅を空港連絡の結節点として機能させるには、駅舎改築や信越・越後線列車の白新線乗り入れ大幅増加が必要不可欠ですが、そこまで手を入れるつもりはなかったようですからねぇ。
所詮は画に描いた餅、新潟空港の利用アップに懸命のお役人さまがひねり出した机上の空論に過ぎず、2010年にはこの構想も沙汰止みになりました。

しかし最近、大形駅北口は駅前広場が大拡張されて立派なロータリーが整備され、バス乗り入れも可能な状況になりました。
かつては妄想以外の何者でもなかった空港連絡構想に、現実のインフラが追いつき始めたわけです。
これならJRと調整して他線から白新線への乗り入れを増やして、バスに乗り換える社会実験をやってみてもいいのではと思うのですよ。

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かつての大形駅北口の様子、2006年6月撮影。
バスの乗り入れなどとても無理です。
駅前の県道には路線バスが走っていますけれど、駅出入り口付近はカーブになっていて見通しが悪く、バス停を設置するのは危険でした。

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現在の大形駅北口の様子、2015年10月撮影。
この撮影の少し前に整備が完了しています。
越後石山駅西口の整備後も凄いモノでしたが、当駅のそれはあるいはそれ以上かも。
上屋付きの歩道と立派なロータリーと公衆トイレ付きという大盤振る舞いであります。
駅至近の新潟北高校と新潟市中心部を結ぶ路線バス2系統も、このロータリーに乗り入れています。

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大形駅北口から新潟空港のある北方向を望む、2015年12月撮影。
駅前は綺麗に整備されましたが、至近には昔と同じく何もありません。
1kmも歩けばそこかしこにコンビニやドラッグストアがあるのですけれど。

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大形駅前ロータリーに発着する新潟交通運行の路線バス、2015年12月撮影。
バスは日中大抵ガラガラです。
本数も以前より減っていますが、あの乗りでは仕方ないか。
加えて、されまで直通で古町や市役所に行けたのが昨秋のBRT導入によって、郊外線バスは新潟駅前や万代で乗り換え必須になって、高齢化の世の中に逆行した話になっています。
乗り換え無しで新潟市中心部に移動できるのがバスの強みで、それゆえにJRから新潟駅でのバス乗り換えが苦痛な層は、ここからだとJRの約二倍の運賃でも喜んで利用していたのですよ。
それが乗り換え必須となっては、バスの強みを自ら放棄しちゃったようなものです。
まぁBRT導入を公約に掲げた市長が反対を掲げる日共の候補に大勝再選されて、他ならぬ有権者がこの不便なシステムにゴーサイン出しちゃったんですから、後から騒いだところでどーにもならんのでしょう。

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大形駅北口駅舎の様子、2010年4月撮影。
建築財産票によると、完成は平成17年3月1日。
自動改札機導入を前提として設計された建物です。

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北口駅舎内を構内から見る、2010年4月撮影。
窓口が開いているのを見たことがありません。

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構内側から見た大形駅駅舎、2010年4月撮影。
トイレは男女別に設置されています。
しかし駅前ロータリーに立派な公衆トイレが設置された今では、真新しい向こうを使いたくなるのが人情。

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大形駅南口の様子、2012年3月撮影。
こちら側は昔のままです。

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大形駅南口駅舎はこんな感じ、2012年3月撮影。
こちらは近年の整備で小さいながらロータリー付き。
右隣には有料駐車場があります。
かつての北口よりは整備されているものの、取り付け道路は幅員が小さくて乗用車のすれ違いすら困難なもので、バスの乗り入れなどとても不可能なのです。

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大形駅南口ロータリーの様子、2010年4月撮影。

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構内から見た大型駅南口駅舎内の様子、2012年3月撮影。
自動券売機付きの駅出入り口のみの機能しか持っていません。

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下りホーム(新発田方面乗り場)の新崎駅方から見た大形駅構内、2015年12月撮影。
当駅は直線上の対面式ホームで、構内に見せ場は無し。

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下りホーム端から新崎駅方を見通す、2010年4月撮影。
先に見えるのが阿賀野川鉄橋です。

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大形駅構内中央部の様子、2010年4月撮影。
右側が上りホーム(新潟方面乗り場)になります。

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大形駅跨線橋内の様子、2014年4月撮影。
外観も内側もかなり年季が入ってますな。
窓は固定されていてしかも汚いので、大好きな俯瞰撮影は断念。

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上りホームから見た大形駅中央部の様子、2010年4月撮影。

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上りホームの東新潟駅方から見た大形駅構内、2010年4月撮影。
個人的に跨線橋の出入り口に背を向けたアングルは、どうも宜しくないのです。
当駅の場合は駅舎も向こう側なのでなおのこと。
やはり駅舎と跨線橋出入り口がセットで映る位置撮りが、駅撮りの真髄のよーな気がするのですよ。

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東新潟駅に向って伸びる白新線の複線、2010年4月撮影。
画像右側から分岐する線路は、東新潟駅に隣接するJR貨物の新潟貨物ターミナルとの連絡用です。

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東新潟駅方の踏切から見た大形駅構内と停車中のE129系電車豊栄行、2015年12月撮影。

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大形駅に停車中の115系電車村上行、2014年4月撮影。

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白新線にその姿を見せることは無くなった、E127系電車新潟行。
2013年3月撮影。

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これからの主力電車、E129系豊栄行が大形駅を出発。
2015年12月撮影。
新潟-豊栄間の区間列車でこの界隈ではすっかりお馴染みになりました。

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大形駅を通過する485系電車T編成の特急「いなほ」秋田行、2012年3月撮影。

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「いなほ」定期運用末期の485系電車R編成、2014年4月撮影。

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米坂線直通米沢行の快速「べにばな」、2004年7月撮影。
今では完全に思い出の彼方となったキハ52が懐かしい。

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去り行くE127系電車とこれから去り行こうとしているEF81形電気機関車牽引の貨物列車が大形駅で顔合わせ、2014年4月撮影。

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