カテゴリー「R006 信越本線の駅」の記事

2018年5月27日 (日)

新潟駅その三(高架ホーム暫定供用)

本日の駅紹介は、新潟駅その三です。

新潟駅在来線高架ホームの駅名標

去る4月15日に新潟駅在来線連続立体交差化事業に基づく高架ホームの暫定供用が開始されました。
工事はこれから4月14日限りで廃止された地平1~4番ホームと万代口駅舎の解体撤去に進んで行きます。
そこで今回は高架ホーム暫定供用を開始した、新たな新潟駅構内の姿を軽く点描して参ります。
なお画像は全て2018年5月撮影です。

高架化以前の新潟駅については、新潟駅その一その二をご覧下さい

新潟駅在来線高架2番ホームの様子その1
高架の2番ホームの越後線方から見た構内。
右隣は島式の3-4番ホームで、おりしも3番線にはE129系電車が停車中。

新潟駅在来線高架2番ホームの様子その2
2番ホーム端から越後線方を見る。
後述するようにここから先しばらくは高架複線を快調に進むのですが・・・。

新潟駅在来線高架2番ホームの様子その3
信越・白新線方から見た高架2番ホーム。
2番と左隣の3番にはE129系電車の揃い踏み・・・と言うか今ではこれが日常の光景。
なお2番ホームの有効長は7両です。

新潟駅在来線高架2番ホームの様子その4
2番ホーム端から信越・白新線方を見る。
信越線や白新線の列車で新潟駅に入ってくる場合は旧地平ホームや駅周辺の街並を俯瞰で堪能でき、私のような俯瞰フェチにはもう辛抱タマランものがあります。
反対側の越後線は出発するとしばらくは真新しい高架複線なのですが、徐々に高度を下げ信濃川鉄橋の直前で単線に戻ってしまいます。
高架複線の理想と身のすくむ老朽単線鉄橋の落差があまりにも激しい・・・。
JRは田舎の鉄橋の架け替えなんてまずしてくれませんから、何らかの名目で国からおカネを引っ張ってこないことにはどうにもなりませんけれど、それだけの政治力を中央に対して発揮できる国会議員はここ新潟市にはいません・・・。
選挙区で受かっているのが衆参共に野党のコテコテの極左おばちゃんだもんなぁ。
まぁ新潟市の有権者がそれでいいって納得しているのだから仕方ないんですけど。

新潟駅在来線高架3-4番島式ホームの様子その1
島式の3-4番ホームの3番越後線方から見た構内。
左隣は前掲した対面式の2番ホームで、高架化事業完成時にはあのホームは1-2番の島式になります。
従って現在の姿はあくまで暫定仕様なのですが、ホーム幅が狭く下との連絡は階段のみなので混雑時は人の流れが止まってしまう程です。
かつての地平4番ホームの混雑も相当なものでしたが、このホームはそれ以上の難物かもしれません。
あれだと他の高架ホームへの数分の乗り継ぎ時間では乗り遅れる可能性があり、残存運用されている地平8-9番線発着の列車に関しては間に合わない可能性大でしょうね。
新潟駅在来線ご利用の際は、その辺の事情も考えて乗り継ぎ時間は余裕を持たせることが肝要かと存じます。

新潟駅在来線高架3-4番島式ホームの様子その2
島式の4番ホームの越後線方から見た構内。
右側のホームは対面式の5番で、特急「いなほ」と上越新幹線の対面乗り換えホームになっています。

新潟駅在来線高架3-4番島式ホームの様子その3
3-4番島式ホーム中程には下との連絡用エレベーターを設置。
その向こう側がエスカレーターになっています。
この島式ホームに置かれているベンチは、五人掛けが合計10脚ですがこれが妥当な数なのかどうかは判断に悩むところ。

新潟駅在来線高架3-4番島式ホームの様子その4
前掲のエレベーターの反対側に設置されているエスカレーター。

新潟駅在来線高架3-4番島式ホームの様子その5
島式ホーム3番の白新線・信越線方から見た構内。
右側のホームは2番です。
この3-4番島式ホームの有効長は10両で、7両が上限の2番、5番よりも収容力が大きいのが特徴。
しかし現在新潟駅在来線の定期列車の最大長は特急「いなほ」の7両で、それを越える列車の運行はまず無いでしょう。
ですのでホームのこの辺りは遊休部分なのですけれど、ひょっとしたら将来は羽越線の村上駅のように、同一ホームに短編成の列車を2本入れたりするのかもと勘ぐってしまうところです。
白新・信越線と越後線の日中2連の列車なら、そういう運用も出来るのかも!?

新潟駅在来線高架3-4番島式ホームの様子その6
島式ホーム4番の白新線・信越線方から見た構内。
左側のホームは5番です。
ホームのこの辺りは列車がかかる機会が少なくあまり人が立ち入らないので、まだまだ綺麗。
いたるところ吐き捨てられたガムとゲロの跡で汚かった旧ホームとは隔世の感。
願わくばこのままずっと綺麗でありますように。
利用客の民度が試されるところであります。

高架2番線に停車中の特急「しらゆき」
2番ホームで客待ち中の特急「しらゆき」上越妙高行。
「しらゆき」は5往復設定されていますが、この高架ホームから出発するのは2018年5月現在では午後の6号と8号です。

新潟駅在来線高架5番ホームから見た構内その1
5番ホームの越後線方から見た高架ホーム群。
上屋は構内全域に渡って架かっています。
曲線を描くアーチ状の上屋はどことなくヨーロッパ風で中々に壮観な眺めなのですが、造作は実用的に過ぎるのかも。
まぁそうは言ってもデザイン的に凝ると、お値段に反映しますしなぁ。

5番ホーム上の上越新幹線乗り継ぎ改札付近の様子
5番ホーム上の上越新幹線乗り継ぎ改札付近の様子。
画像右側の自動改札機がそれです。
その右側が上越新幹線の10番ホームになります。

新潟駅在来線高架5番ホームから見た構内その2
5番ホームの白新線・信越線方から見た構内。
画像左の自動改札機もやはり上越新幹線との乗り継ぎ用で、5番ホームには乗り継ぎ改札が二箇所設置されています。
しかし繁忙期はこれで充分なのかどうか。
場合によっては普通に下階の乗り継ぎ改札を通った方が早かったりして。

高架5番線に停車中の特急「いなほ」
5番ホームに停車中の特急「いなほ」酒田行。
「いなほ」は全列車が5番ホーム発着になります。

高架5番線から出発する特急「いなほ」と4番線に停車中の115系電車
5番線から出発する特急「いなほ」と4番線に停車中の115系電車。
かつての越後路の日常の足の主役であったこの電車も、現在ではほぼ越後線に封じ込められた形で新潟駅高架ホーム発は一日5本。

高架4番線に停車中の115系電車
4番線から出発直前の115系電車内野行き。
越後線の列車は全便高架ホームからの出発です。
この高架ホームで115系電車を見れるのはあとどれぐらいなのでしょう。
2021年度の高架ホーム全面供用開始時には最早生き残ってはいないでしょうけれど。

島式ホーム上から見た5番ホームの新幹線乗り継ぎ改札付近の様子
島式ホーム上から見た5番ホームの新幹線乗り継ぎ改札付近の様子。
ちなみに5番ホーム上には高架ホーム中唯一キオスクが出店しています。
上越新幹線と特急「いなほ」の乗り継ぎ客を主な顧客と見ているのかもしれませんが、しばらく観察したところでは利用客は残念ながら・・・でした。
改装工事が始まる以前の旧構内では万代口と接する1番以外の全てのホームにキオスクが置かれていましたけれど、あれはコンビニなどが台頭する以前の古きよき時代の産物。
在来線から長距離優等列車が消えたことも相まって、現代は新潟駅クラスであってもホーム上の買い物処は最低限でOKなのです。

上越新幹線10-11番ホームで回送待機中のE4系電車その1
上越新幹線の10-11番ホームに到着し、基地への回送待ちのE4系電車。
この光景とも間もなくお別れです。

上越新幹線10-11番ホームで回送待機中のE4系電車その2
画像左の10番ホームは「いなほ」乗り継ぎ専用のようで、コンコースから直接10番ホームには行けないようです。

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高架ホーム下の構内の様子その一。
画像奥手が新幹線の乗り換え改札口です。
ここの天井が低いとおっしゃる方がいらっしゃいますが、建物のトップヘビーを避けるために天井高さを抑えるのは已むを得ない話ではあります。

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高架ホーム下の構内の様子その二。
画像奥手が待合室です。
照明はシックで柔らかく落ち着いた風情でなかなか良い感じ。

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高架ホーム下の構内の様子その三。
画像奥手はエキナカコンビニのNewDays、その左手前が3-4番島式ホームとの連絡エレベーターです。
ご覧のように開業から約一ヶ月の床はまだまだ綺麗です。
残念ながら一年も経てば吐き散らかされたタンとツバとガムとゲロで汚されてしまうのですが。

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高架ホーム下の構内の様子その四。
画像奥手は駅舎万代口や地平8-9番ホームへの連絡通路です。
通路幅は混雑時の利用状況を考えるとやや手狭に感じられるところ。

高架ホームと駅舎万代口の連絡通路の様子
連絡通路を通って東側跨線橋に出て、高架ホーム下側を振り返って一枚。
ホームが高架と地平に分散しているせいもあって、日中の人通りはこんな感じ。

東側跨線橋内部の様子
万代口と東口を結ぶ東側跨線橋は健在で、しばらく使用され続けるようです。
地平の旧2~4番ホームへの連絡階段は閉鎖されています。

東側跨線橋上からみた新潟駅在来線旧構内の越後線方
東側跨線橋上からみた新潟駅在来線旧構内の越後線方。
画像左は旧4番ホームです。
こちら側は列車の姿を全く見ないので、はや廃駅の悲哀な雰囲気が漂います。
旧4番ホームの先では重機が入っていて、早くもホームの取り壊し作業に入るようです。

東側跨線橋上からみた新潟駅在来線旧構内の白新線・信越線側その一
東側跨線橋上からみた新潟駅在来線旧構内の白新線・信越線側その一。
高架下の暗い旧4番ホームは早くも廃墟的様相を呈しています。

東側跨線橋上からみた新潟駅在来線旧構内の白新線・信越線側その二
東側跨線橋上からみた新潟駅在来線旧構内の白新線・信越線側その二。
画像左手は駅舎万代口と地上に残存する8-9番頭端ホームの連絡通路です。
画像中央は万代口と南口を結ぶ自由連絡通路です。
こちら側は前掲の越後線方と違って8-9番線への列車の出入りがあるので、廃墟の虚無感はあまり感じられません。

東側跨線橋上からみた新潟駅在来線旧構内の越後線方
東側跨線橋上からみた新潟駅在来線旧構内の越後線方。
画像中央は5月26日に廃止される西側跨線橋です。
画像右側は駅舎万代口と接する旧1番線ですが、旧ホームには壁が築かれていて廃構内を間近で観察することは出来ません。

8-9番頭端式ホームへの連絡通路から見た旧2-3番島式ホームの様子
8-9番頭端式ホームへの連絡通路から見た旧2-3番島式ホームの様子。
子供の頃から見慣れたホームゆえに、白昼なのに人影の全く無いこの様子には感無量でしたな。
ああ、オレの馴染みの新潟駅ってもう過去のものなんだなぁと。
これで特急「とき」「白鳥」「雷鳥」、急行「佐渡」の幻影を見ることはありません。

壁が築かれた新潟駅旧1番ホームその1
前述のように、旧1番ホームにはこのように壁が築かれています。
画像右側が万代口の改札口、案内板の下に見える白い壁の空間がかつての構内連絡地下道出入り口です。
当然のことながらここも閉鎖済み。

壁が築かれた新潟駅旧1番ホームその2
前掲の場所から西側に少し進んで振り返って一枚。
画像中央が東側構内跨線橋出入り口です。

5月25日限りで廃止となる西側構内跨線橋出入り口
5月25日限りで廃止となった西側構内跨線橋出入り口。

西側構内跨線橋内部の様子
西側構内跨線橋内部の様子。
画像中央は西口改札口です。
ここは西側のそれよりもすっきりとした内部ですが、高架化工事の進展に伴って廃止になります。
こちら側から直接アクセスできる地平ホームが全廃された以上、この跨線橋の使命は終わったも同然だったのでやむを得ない措置でしょう。

西側構内跨線橋から見た新潟駅在来線旧構内その一
西側構内跨線橋から見た新潟駅在来線旧構内その一。
ごく近い将来、この廃構内が更地になってしまうとは、なかなか想像できないところです。

西側構内跨線橋から見た新潟駅在来線旧構内その二
西側構内跨線橋から見た新潟駅在来線旧構内その二。
画像右手にそびえるのが高架部です。
これからは旧構内を更地にしつつ、高架部の左側に新たな高架線とホームを増設して、現在暫定運用の対面式高架2番ホームを1-2番高架島式ホームにするのです。

西側構内跨線橋から見た新潟駅在来線旧構内その三
西側構内跨線橋から見た新潟駅在来線旧構内その三。
画像右が旧4番線です。
この西側跨線橋の廃止で、旧構内を俯瞰で観察できるお立ち台が減ってしまうのです。

東側自由通路上から見た旧構内の越後線方
東側自由通路上から見た旧構内の越後線方。

東側自由通路上から見た旧構内の白新線・信越線方
東側自由通路上から見た旧構内の白新線・信越線方。
画像左は高架化全面供用開始まで運用する8-9番頭式ホームです。
特急「しらゆき」5往復中3往復はここから出発します。

頭端式8番ホームの終端部とその奥の旧構内その一
地上の構内で唯一稼動している頭端式8番ホームの終端部とその奥の旧構内。

頭端式8番ホームの終端部とその奥の旧構内その二
画像左に見られるように、こちら側にも重機が入って線路やホームの解体撤去作業に入っています。

8-9番ホーム端から白新線・信越線方を見る
8-9番ホーム端から白新線・信越線方を見る。
右側の柵は以前は無かったもので、いまだ生を繋ぐ8-9番線と死せる旧構内を分かつ三途の川という気配。

9番線に停車中のE129系電車
9番線に到着し、回送待機中のE129系電車。
2018年5月現在、この8-9番線から出発する列車は白新線14本、信越線20本(内特急「しらゆき」が3本)の計34本です。
白新線と信越線の平日新潟駅発の列車は合計86本なので、この地平ホームから出発するのはその約四割になります。
本数的にはまだまだ多いのですが、朝夕以外、特に土休日の昼下がりは閑散としているのがこのホームの現状です。

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2017年11月23日 (木)

東三条駅[改訂版](信越本線・弥彦線)

本日の駅紹介は、信越本線・東三条駅。
オリジナル版は2015年11月22日に公開していますが、当駅はその後駅舎のリニューアルが実施されています。
これまでは新たなエピソードを付け加える場合、オリジナル版に直接追記していましたけれど、これまでの経験からそれをやるとぐぐる先生が激怒されてペナルティを受けてしまうようなのです。
従いましてオリジナル記事は一旦破棄して、加筆したものを「改訂版」として新記事扱いで再公開することにしました。
楽屋裏の話はこれぐらいにして、では本文に。

保内駅はこちらへ←信越本線→三条駅はこちらへ
              弥彦線→北三条駅はこちらへ

東三条駅の駅名標その一
東三条駅の駅名標その二


さて東三条駅は新潟県第四の都市である三条市に所在する有人駅で、同市の玄関駅です。
開業は明治30年(1897年)11月20日。
開業当時の駅名は「一ノ木戸」で、当時所在していた南蒲原郡一ノ木戸村にちなんだものでした。
当時の北越鉄道が起点の沼垂(現在の新潟駅とは異なるので注意)からこの地域まで鉄路を建設するに当たって、長岡方面への延伸までの暫定的な終着駅をどこに設置するかについては、当時の三条町と一ノ木戸村の間で激しい誘致合戦が繰り広げられたとの
事です。
三条市史によると一ノ木戸村はとりわけ熱心で、駅用地を村で買い上げて北越鉄道に寄付するという条件を提示。
その結果、明治29年に北鉄と村の間で土地の寄付に加えて駅の設置費用の一部を村が負担する形で契約が成立。沼垂からの鉄路は三条町と一ノ木戸村を分かつ五十嵐川を渡河せずに、一ノ木戸駅止まりとすることになりました。
駅が出来てまずは目出度い...と言いたいところなのですけれど、一ノ木戸駅は田圃の真ん中にある小駅に過ぎず、鉄道が労働集約型産業の典型であった当時において、当駅の駅員はたったの二人だっとの事。
いかに需要が無いかの表れで、それゆえに駅設置に当たっては村があれだけの負担をしなければならなかったのですな。

一ノ木戸駅開業から約七ヶ月後の明治31年6月には、北越鉄道が当駅から長岡まで延伸開業して、一ノ木戸村と駅設置を激しく争った三条町にも玄関駅として三条駅が開業。
開業当時の三条駅も周辺は一ノ木戸駅と似たような状態なものの、県央地域随一の自治体である町の求心力と、弥彦神社参拝客や町内の本成寺への参詣客の最寄下車駅であることが相まって、一ノ木戸駅とは駅勢に大差が付くようになります。
明治34年には一ノ木戸村が三条市に編入合併されると、一ノ木戸駅はまがりなりにも村の玄関駅であったのが、町の外れの小駅という位置付けに変わってしまいます。
大正12年当時の両駅の比較では、
乗車人員
三条駅 273,847人  一ノ木戸駅 160,067人
貨物発送トン
三条駅 15,236t 一ノ木戸駅 8,255t
三条駅は旅客で一ノ木戸駅の1.7倍、貨物は1.8倍。
現在の両駅の関係を見るに、にわかには信じがたい数字なのです。

このような一ノ木戸駅のあまり冴えない状況に変化が見え始めるのが、大正14年(1925年)4月に現在の弥彦線の前身である越後鉄道・燕駅-一ノ木戸駅間の開通でした。
弥彦駅から南伸する越後鉄道の終着駅を三条、一ノ木戸のどちらに置くかについてはかなり議論されたようですけれど、後者の方が距離を少なくできる(建設資金の節約になりますし、資料では触れていませんけれど後者だと五十嵐川へ架橋せずに済むのも重要ではなかったかと思います)、一ノ木戸地域に置かれた裁判所や学校への往来通学に便利などの理由から、一ノ木戸駅乗り入れに軍配が上がります。
この翌年には駅名を現在の東三条に改称します。
この時点でも信越線急行列車の停車駅は三条駅で、駅の格としてはまだまだ三条駅が優勢であったものの、町勢は次第に一ノ木戸駅周辺にシフトし始めて、戦後には両駅の立場は完全に逆転することとなりました。
この界隈を歩くと古くからの旧市街地は道も狭く再開発の余地はあまり無いように思われ、町勢の拡大に伴って未開発の一ノ木戸地区がクローズアップされた結果であろうかと考えるところです。

JR東日本によると2016年度の東三条駅一日平均乗車人員は2,781人で同社新潟支社管内有人67駅中11位。
隣町の加茂市(人口約二万七千人)の玄関駅である加茂駅の2016年度一日平均乗車人員は2,851人で当駅を上回り、同社新潟支社管内県内有人67駅中10位。
人口が加茂市よりも3.5倍多い三条市(人口約九万七千人)の玄関駅たる当駅の利用状況が加茂駅よりも少ないのは一見すると奇異に感じられることかもしれません。
しかしこれには裏があって、市の中心市街地は東三条、三条、北三条各駅に広がっていているのに対して、加茂駅は加茂市唯一の駅なのです。
この街の場合は新幹線の駅として燕三条駅も存在するので、鉄道駅は加茂市のような一極集中ではなく分散しているのです。
分散してなお、当駅のこの数字は流石新潟県第四の都市の玄関駅よと、むしろ褒め称えたいところなのであります。
ちなみにかつては当駅よりも遥かに格上であった三条駅は1,722人で新潟支社管内県内有人67駅中25位。
これは新潟都市圏外や特急の停車しない駅としては、上越線・六日町駅に次いで第2位の数字です。
市役所最寄の弥彦線・北三条駅は389人で、新潟支社管内県内有人67駅中56位。
こちらは弥彦線が朝夕以外は過疎ダイヤであるのでやむを得ない数字と言えましょう。

2017年3月改正ダイヤでは、特急「しらゆき」五往復全便が停車する東三条駅ですが、当駅に特急が最初に停車したのは昭和40年10月ダイヤ改正で、上野-新潟間の電車特急「とき」1往復です。
対秋田・青森の「いなほ」が停車することはついに叶わなかったものの、「とき」に加えて「北越」「雷鳥」「白鳥」、寝台特急「つるぎ」の停車駅となり、上越新幹線開業以前は実に華やかな駅であったのです。
昭和55年10月改正ダイヤでは、「とき」は14往復中10往復、「雷鳥」三往復、「北越」「白鳥」「つるぎ」で合計16往復が停車。
急行は全列車が停車し「佐渡」四往復と「とがくし」二往復、「しらゆき」「赤倉」「きたぐに」「うおの」「天の川」「鳥海」の12往復で、優等合計28往復です。
信越線の普通・快速は20本なので、当時の普通列車は低密度長編成のいわゆる「汽車型ダイヤ」であったとはいえ、優等停車の方が本数が多いのは当時のこの駅の立ち位置が大きかった表れと言えましょうか。

昔の東三条駅駅舎
リニューアル以前の東三条駅駅舎(北口)の様子、2012年5月撮影。
建築財産票を発見できなかったので詳細は不明ですが、昭和34年1月完成との事。
同時期に見附、加茂両駅の現駅舎が完成していて、これら三駅は当時の国鉄標準型として類似した平屋の建物になっています。

昔の東三条駅駅舎内部
東三条駅の昔の待合室
リニューアル以前の駅舎内部の様子、少々古い画で恐縮ですが上は2008年4月、下の待合室内が2009年7月撮影。
上の画は日曜夜の撮影ですけれど、このクラスの駅は光量が多いので日が落ちてからの方がかえって明るくて撮影によさげ。
内部は駅利用客の多さに比べて少々手狭な感じです。
駅舎内にはNEW DAYSが出店していて、周囲にこれといった店がない中で貴重な買い物どころです。

昔の東三条駅西口ロータリー
駅舎リニューアル前の駅北口広場の様子、2012年6月撮影。
ロータリーには路線バスが発着し、タクシー待機も数台あります。
鉄道関連ではここから加茂、長岡、燕、分水方面にバス路線が設定されています。
見附市今町、北長岡、長岡へはこちらへ
燕へはこちらへ
燕三条分水へはこちらへ
加茂へはこちらへ

リニューアル後の東三条駅駅舎その1
リニューアル後の東三条駅駅舎その2
リニューアル後の東三条駅駅舎その3
リニューアル後の駅舎の様子、2017年5月撮影。
駅舎リニューアルは2016年3月に完成しています。
これまでの実用一点張りの外観や工夫の無い色合いに比べると、シックで引き立つ形に仕上がっています。
コントラストがハッキリする色使いは、雪国には似合うのです。
正面の赤いオブジェは弥彦神社の鳥居をイメージしたものなのでしょうか。
当駅は弥彦線の起点でもあるので、弥彦観光の玄関口と言えなくも無し。
でも実際に鉄道利用で弥彦へ行くとなったら、上越新幹線・燕三条駅がその出入り口でしょう。
なおエキナカコンビニのNew Daysはリニューアル前から引き続き営業しています。

東三条駅北口
駅舎リニューアル後の駅北口広場、2017年5月撮影。
駅前に出店していた長崎屋が2002年2月に閉店して以来、駅前にこれといった店が無いのは相変わらず。
市の玄関駅で特急停車駅でこの何もなさ加減は、新潟県内屈指です。

東三条駅北口駅前通りその1
東三条駅北口駅前通りその2
北口駅前通りの様子、2017年5月撮影。
新潟県内第四の都市の玄関駅前とは信じられない寂しい通りなのであります。

リニューアル後の東三条駅駅舎内部その1
リニューアル後の駅舎内部の様子その一、2017年5月撮影。
柱の位置から考えて、窓口の位置は以前と変わっていないようです。
天井に飾られているのは、毎年六月に行われるこの街名物の「三条凧合戦」のものです。

リニューアル後の東三条駅駅舎内部その2
リニューアル後の駅舎内部の様子その二、2017年5月撮影。
待合室は以前と比べて、自動改札機の横まで張り出して拡幅されています。
この時点での待合室の開放時間は05:50~23:50。
待合室の上部は格子状に装飾が成されて、三条市本成寺で毎年節分に行われる鬼踊の鬼の面をモチーフにしたような画が描かれています。
近年のリニューアル駅舎は、このように郷土色を全面に押し出した意匠が多いのです。
この日は列車が来ない時間帯にも関わらず室内が無人にならなかったので、内部の撮影はやむなく断念。
内部のベンチは四人掛けが四脚で、リニューアル前よりも一脚増えています。
待合室の左横はNew Daysで、この時点での営業時間は平日06:40~20:00、土休日07:00~19:30。
依然として当駅至近に買い物処は無いので、この店の存在は極めて貴重です。

リニューアル後の東三条駅駅舎内部その3
構内側から見たリニューアル後の駅舎内部の様子、2017年5月撮影。
自動改札機の数は以前と変化無し。

東三条駅1番ホームその1
駅舎リニューアル後の構内側の様子その一、2017年5月撮影。
画像奥が弥彦線乗り場の0番線です。
リニューアル以前と比べて、改札口廻り以外に大きな変化はありません。

東三条駅1番ホームその2
駅舎リニューアル後の構内側の様子その二、2017年5月撮影。
上の画と反対側で、画像奥が駅南口にも通じている跨線橋出入り口です。

東三条駅1番ホームその3
駅舎に接する1番ホーム中央部の様子、2011年6月撮影。

東三条駅1番ホームその4
1番ホーム(新潟方面乗り場)の長岡方から見た東三条駅構内、2011年6月撮影。
左隣の0番線が頭端式の弥彦線用ホームで、1997年に東三条-北三条間の高架化に伴い駅東側からここに移転しました。
ホームの上屋は実に長く、現在当駅での信越線乗降において雨に濡れる心配はありません。

東三条駅1番ホームその5
0番・1番ホーム端から吉田、長岡方を見通す、2011年6月撮影。
左側が信越本線、右側が弥彦線です。

東三条駅1番ホームその6
1番ホームの新津方から見た構内、2012年5月撮影。
この位置からだと、何の変哲も無い至って地味な構内に見えます。

東三条駅1番ホームその7
1番ホーム端から新津方を見通す、2011年6月撮影。

東三条駅の跨線橋その1
跨線橋内部の様子、2012年5月撮影。
天井の造作など、鉄道全盛の古き良き時代の産物です。
画像中央奥は高架化以前の弥彦線ホーム跡に作られた東口への出入り口です。

東三条駅の跨線橋その2
駅舎リニューアルと連動してなのか、2017年5月訪問時の跨線橋内部の床は緑色になっていました。
うーむ、中々評価が難しい色合いですな・・・。

跨線橋上から見た三条方面
跨線橋上から見た構内の長岡方、2011年6月撮影。

跨線橋上から見た保内方面
同じく構内の新津方を見る、2011年6月撮影。

余剰化した構内の側線
駅構内の外れには、旧貨物駅としてのこのような広大な余剰空間が広がっています、2017年5月撮影。
当駅構内の東側(新潟方)にはかつてJR貨物のオフレールステーションが置かれていましたが、2012年3月に営業を終了しています。
貨物取扱駅としての籍はまだ残しているようですけれど、果たして今後はどういうことになるのやら。
JR貨物が完全撤退するのであれば、この余剰空間を取得して橋上駅舎化と南口の本格的再開発もあり得なくはなさそうに思いますが。

陸橋から見た東三条駅構内
駅前通りを新津方に向かって歩いて、線路に架かる陸橋から構内を見る、2008年3月撮影。
駅周辺はマンションが建ち並び、駅前商圏の壊滅的状況とは好対照。


陸橋上から保内方面を見る
同じく陸橋上から新津方を見る、2008年3月撮影。
画像右側の線路の先に、前述の東三条オフレールステーションがありました。
この時点ではまだ営業中です。

島式ホーム上のエレベーター
1番ホームから見た島式ホーム上のエレベーター、2011年6月撮影。
これ以前に訪問した2009年7月時点では未設置だったので、設置されたのはその二年の間になりますな。

東三条駅の島式ホームその1
3番ホーム(長岡方面乗り場)の新津方から見た構内、2012年5月撮影。
構内はこのように広いものの、この直前にトラック代行も無くなり当駅の貨物取扱が終了した為に、画像左側の線路はすっかり遊休化しています。

東三条駅の島式ホームその2
島式ホーム端から新津方を見通す、2012年5月撮影。

東三条駅の島式ホームその3
2番ホームの新津方から見た構内、2012年5月撮影。
上越新幹線開業前は普通列車の優等退避が度々見られたこの2番線も、撮影当時は朝の下り快速「くびき野」退避が一度あるきり。
2017年3月改正ダイヤでは設定されていません。

東三条駅の島式ホームその4
島式ホーム中央部の様子、2012年5月撮影。
画像中央が待合室です。

島式ホーム上の待合室
島式ホーム上の待合室内の様子、2011年6月撮影。
この待合室は建築財産票によると平成21年12月8日の完成です。
この待合室が建てられるまでは、当駅島式ホームには待合室が存在しませんでした。
上屋が長いので余程の風雨風雪でなければ客が濡れることは無かったにしても、真冬の厳しい季節風を凌げる空間が出来たのは大変喜ばしい話であります。

旧弥彦線ホーム跡の東口
3番ホームから見た、高架化に伴い廃棄された旧弥彦線ホーム跡の南口出入り口。
2011年6月撮影。

島式ホームから見た1番ホーム
2番ホームから見た1番ホーム中央部の様子、2011年6月撮影。
上屋のある構内撮影の場合、晴天曇天に関わらずコントラストがキツくてイマイチですな。
駅舎内同様に、このアングルだと夜間撮影の方が映えそうです。

東三条駅の島式ホームその5
2番ホーム端から長岡方を見る、2011年6月撮影。

東三条駅南口その1
東三条駅南口その2
駅南口の様子、上は2008年3月、下は2017年5月撮影。
こちらはこの九年間の間、変化は無し。
駅前はロータリーになっています。
駅へ車で送迎する場合は、こちら側の方がやり易いでしょう。
ただし、ホームからはやや距離があります。

東口の自動改札
駅東口の自動改札、2008年3月撮影。
こちら側は無人で、自動券売機が一台置いてあるだけの簡素なもの。

東三条駅南口その3
跨線橋南側から見た駅南口の様子、2017年5月撮影。
画像右側は駐輪場になっていますが、上屋が無いのは相変わらず。
他の駅だと二階建ての立派な駐輪場が建てられていたりしますけれど、市にそれを実行するだけのおカネが無いのでしょうか。

東三条駅南口その4
駅南口の駅前通りの様子、2017年5月撮影。
この九年間で変わったところはありません。
街並は再開発や大規模な天災が無い限り、早々変わるものではありません。



東三条駅に進入する115系電車
1番線に進入する115系電車新潟行、2017年5月撮影。
この時点では後継のE129電車に主役の座を譲りながらも、まだまだ健在な姿を見ることが出来ました。

東三条駅に停車中の115系電車その1
2番線で快速「くびき野」退避の下り新潟行湘南色115系電車と、3番線から出発する上り長岡行115系電車、2012年5月撮影。
当駅での普通列車の優等列車退避が無くなった今では、もはや見られない光景です。

東三条駅を出発する115系電車
3番線を出発する長岡行115系電車、2012年5月撮影。

東三条駅を出発するE129系電車
新潟界隈の鉄道の新たな顔役、E129系電車新潟行が1番線を出発、2017年5月撮影。

東三条駅で待機中の弥彦線用115系電車
弥彦線専用の0番線で待機中の弥彦線115系電車S編成、2005年8月撮影。
今ではもう過去帳入りの車両です。

東三条駅で待機中の弥彦線用E127系電車
0番線で待機中のE127系電車弥彦行、2017年5月撮影。
2015年3月改正までは新潟都市圏の主力だったこの電車も、新潟市周辺で見られるのは弥彦線用のみとなりました。

東三条駅で待機中のE129系電車
0番線で待機中のE129系電車吉田行、2017年5月撮影。
平日なら学生の帰宅時間帯に差し掛かる頃で、編成も四連でそれに対応しています。

東三条駅に停車中の115系電車その2
2番線に停車中の、弥彦線直通寺泊行115系電車、2009年7月撮影。
2017年3月改正ダイヤで2番線に入る定期旅客列車は、朝の越後線吉田行のみです。
前述のように、当駅での普通列車の優等列車退避は2017年3月改正ダイヤでは無くなっています。

東三条駅を出発する485系電車特急「北越」その1
3番線から出発する485系電車国鉄特急色の特急「北越」金沢行、2012年6月撮影。

東三条駅を出発する485系電車特急「北越」その2
3番線から出発する485系電車T編成の特急「北越」金沢行、2012年6月撮影。

東三条駅を出発する485系電車快速「くびき野」その1
下り普通列車を2番線に退避させ先発する、485系電車国鉄特急色の快速「くびき野」新潟行、2012年6月撮影。

東三条駅を出発する485系電車快速「くびき野」その2
加茂駅に向け加速して遠ざかる快速「くびき野」、2012年6月撮影。

東三条駅に停車中の485系電車特急「北越」
3番線に停車中の金沢行485系R編成特急「北越」、2014年7月撮影。

東三条駅を出発するE653系電車特急「しらゆき」
3番線を出発するE653系電車特急「しらゆき」上越妙高行、2017年5月撮影。
2015年3月改正で「北越」からバトンタッチした信越本線新潟口の新たな主役です。

東三条駅に停車中の583系電車急行「きたぐに」
1番線に停車中の新潟行583系電車急行「きたぐに」、2009年7月撮影。

東三条駅に停車中の快速「柳都Shu*Kura」
1番線に停車中の臨時気動車快速「柳都Shu*Kura」新潟行、2017年5月撮影。

東三条駅を通過するEF81形電気機関車牽引の貨物列車
1番線を轟然と通過するEF81形電気機関車牽引の下り貨物列車、2012年6月撮影。
寝台特急「トワイライトエクスプレス」廃止後の現在、当駅を通過する機関車牽引の営業列車は貨物だけになりました。

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2017年11月 5日 (日)

新潟駅その二(上越新幹線及び市内点描)

本日の駅紹介は、新潟駅その二。

燕三条駅はこちらへ←上越新幹線

新潟駅新幹線ホームの駅名標


前回は在来線の駅としての新潟駅を紹介しましたので、今回は上越新幹線の駅としての新潟駅と、新潟市内の点描です。

13番ホームに到着したE4系電車の「MAXとき」
上越新幹線13番ホームに到着したE4系電車の「MAXとき」、2016年9月撮影。
永らく上越新幹線の顔的な存在だった二階建ての「MAX」も、2020年度末に二代目のE4系電車引退をもってその歴史を終えることになりました。

新潟駅構内のE2系電車とE4系電車
現在の上越新幹線の両輪、E2系電車とE4系電車、2016年9月撮影。
2017年3月改正ダイヤでの当駅発の上り定期列車は27本でうち1本は越後湯沢行。
E2系は10本、E4系は17本で、数的にはE4系がまだまだ主力です。

朝のE2系電車「とき」
入線して乗客が乗り込み始めた朝のE2系電車「とき」、2016年9月撮影。
E2系は1998年から上越新幹線に投入され、当駅にはその後一時期乗り入れが無くなっていました。
引退する200系電車の後継として当駅に再度姿を見せるようになったのは2013年初頭からです。

E4系電車重連16両編成が二本揃い踏み
夕方の新幹線ホームに、E4系電車重連16両編成が二本揃い踏み、2015年12月撮影。
この時は長岡駅から当駅まで乗車しましたが、朝晩の混雑する時間帯では無いのでガラガラでしたなぁ。
やはり日中の16連は上越新幹線の特に高崎以北に関しては、輸送力過剰なのです。

16連で待機中のE4系電車「MAXとき」
初夏の土曜日の昼下がり、16連で待機中のE4系電車「MAXとき」、2017年7月撮影。
2001年5月の投入開始以来、上越新幹線の主力として君臨してきたこの電車を見られるのもあと3年ほどです。

工事中の新幹線及び在来線高架島式ホーム
上越新幹線のホームと、その左側で鋭意工事中の新幹線及び在来線高架島式ホーム、2017年7月撮影。
完成の暁には、上越新幹線と在来線特急「いなほ」の平面乗り継ぎが可能になります。

新潟駅新幹線ホーム
車両基地方から見た新幹線ホームと、その右側で工事中の新幹線10番ホーム、
2017年7月撮影。

工事中の在来線高架ホーム
在来線の高架ホームもかなり形を成してきています、2017年7月撮影。

E4系電車「MAXとき」が新潟駅に入線
右側で工事が進む新幹線11番ホームに、E4系電車「MAXとき」が入線、2017年7月撮影。

新幹線ホーム全てに電車が入線中
この日(7月上旬の土曜日)は臨時便が多く、昼下がりの構内二面4線全てに電車が入っていました、2017年7月撮影。
昔の時刻表を紐解くと、1985年3月の上野駅までの延伸本格開業時の上越新幹線新潟発上り定期列車は26本(全列車上野行)。
対して現在(2017年3月改正ダイヤ)では27本(内1本は越後湯沢行)で、この32年間に本数の増減はほとんど無かったのです。
これが仙台駅発上り定期列車となると、1985年3月時点で38本、2017年3月時点で66本。
32年間で約74%増です。
盛岡駅発上り定期列車の場合は1985年3月時点で22本、2017年3月時点で37本と32年間で約68%増。
仙台駅との比較ではは新潟市と仙台市の都市の規模、機能の差が表れていますし、盛岡駅との比較では新潟駅が事実上の行き止まりで後背の人口規模(新潟県北部及び山形県庄内地方)が非常に少ないのに対して、盛岡駅は秋田、八戸、青森、そして函館へ新幹線が延伸したことの差となって表れています。

新潟駅の新幹線構内
上越新幹線駅構内の様子、2017年7月撮影。
画像中央奥が改札口です。

萬代橋南側手前の交差点
駅万代口から北に進む事1km弱の萬代橋南側手前の交差点、2017年6月撮影。
画像中央に直進すると萬代橋です。

ラブラ万代
かつて「ダイエー新潟店」だったラブラ万代の建物、2017年6月撮影。
ダイエー新潟店はかつてダイエー店舗中売り上げ全国1位に輝いたこともある集客力の大きい店でしたが、会社が傾くと実にあっさりと撤退。
時に2005年8月末日。
お役に立ちますあなたのっ!オレンヂエスコート!ダイエーダイエー!のフレーズに慣れ親しんだ身としては、まさに裏切られた感アリアリでしたのよ。
ダイエー撤退後は各種専門店複合型の「ラブラ万代」に衣替えして盛業中です。
書店の紀伊国屋新潟店はかつては後述の万代シテイ向いの万代シルバーボウルビルに出店していましたが、現在はこのビルに移転しています。
私は本を買いに行くといったらかつては紀伊国屋一択でしたけれど、近年はアマゾンか新潟駅南のジュンク堂利用で、めっきり足が遠のきましたなぁ。

万代シティバスセンター
ラブラ万代の裏手に所在する万代シティバスセンター、2017年7月撮影。
昭和48年11月に現位置に移転して44年が経過しました。
新潟交通の新潟市近郊バス路線の拠点として永らく機能してきました。

万代シティバスセンターの内部その1
万代シティバスセンターの内部の様子、2017年7月撮影。
剛健な造りの天井の背は低く、なかなかに圧迫感があります。

万代シティバスセンターの内部その2
万代シティバスセンター内部の乗り場はこんな感じ、2017年7月撮影。
私は画像手前の大判焼屋さんでは、しばしば大判焼を買って食します。
わて大判焼大好きやねんホンマに。
バスセンター内部の乗り場は10箇所あって、以前は全て出発便に使用していました。
2015年9月にBRTが導入されてからは新潟市内バス路線の再編が進み、バスセンター内部の乗り場も整理統合されて一部の乗り場は降車専用になっています。

萬代橋上から北岸の古町方を見る
萬代橋上から北岸の古町方を見る、2017年6月撮影。

信濃川南側の「やすらぎ堤」から見た萬代橋
信濃川南側の「やすらぎ堤」から見た萬代橋遠景、2017年6月撮影。

萬代橋のたもとの水上バス乗り場
萬代橋のたもとの水上バス乗り場、2017年6月撮影。
私はまだ乗船体験がありませんが、信濃川最下流の「朱鷺メッセ」から上流側の県庁前、さらにその先のふるさと村までちょっとしたクルージングを楽しめます。

萬代橋
昭和4年(1929年)に竣工した新潟市のシンボル、萬代橋、2017年6月撮影。
昭和39年6月に発生した新潟地震で信濃川上流側の新しい橋が大打撃を受けた惨状の中、この橋だけは健在だったのです。

萬代橋上から上流方を見る
萬代橋上から信濃川上流方を見る、2015年10月撮影。
画像奥に架かる橋は八千代橋です。
信濃川に架かる新潟市中心部の橋は下流から上流へ約1.5kmの間に柳都大橋、萬代橋、八千代橋、昭和大橋の四つ。
越後線の信濃川鉄橋はさらにその向こう。
萬代橋から信濃川鉄橋までは2km弱といったところ。

萬代橋上から下流方を見る
萬代橋上から下流方を見る、2017年6月撮影。
川に架かる橋は2002年に供用を開始した柳都大橋。
それまでは萬代橋より下流の河口側に橋が無く、両岸相互の移動には萬代橋まで出る必要がありましたけれど、この橋の完成で両岸の移動が容易になりました。
画像中央にそびえ立つビルは、新潟市の新たなシンボルと言える「朱鷺メッセ」です。
ここからの展望は素晴らしいそうですが、極度の高所恐怖症の私はとても無理です・・・。

古町通り
新潟市の旧中心街である古町通りの様子、2017年6月撮影。
集客力の大きな店舗は三越百貨店、あとはせいぜいスーパーの丸大ぐらい。
私が子供の頃は、古町といったらちょっとオサレして行く感じでしたけれど、今では寂しい限りなのですわ。

柳都大橋上から見た萬代橋
先述の柳都大橋上から上流側(萬代橋方)を見る、2017年6月撮影。

柳都大橋上から見た河口
柳都大橋上から下流側(河口方)を見る、2017年6月撮影。
手前の「朱鷺メッセ」の後方の画像中央左側に見える建物は、佐渡汽船のターミナルビルです。
ここから信濃川河口までは約2km。

新潟港に到着する佐渡汽船の「ときわ丸」
佐渡の両津港を出発して越佐海峡を押し渡ること二時間半、新潟港に到着する佐渡汽船の「ときわ丸」、2017年6月撮影。
この日はフネの入港を観察するのが目的の一つで、ターミナルの手前から一部始終を10分ほど見学していました。

無事接岸した「ときわ丸」
無事接岸した「ときわ丸」、2017年6月撮影。
総トン数五千トン強でそれほど大きなカーフェリーではないのですが、幅広の肥満船体なので排水量に対して中々にマッシブ。
私は佐渡汽船に乗船したのは、仕事で佐渡まで出張した1往復きり、しかも道中は早朝夜間で船内ではただ横になっているだけ。
いずれ日中の船旅としゃれ込みたいところです。
佐渡金山と薪能の見学もしたいし。

佐渡汽船の新潟港ターミナルビルの様子
佐渡汽船の新潟港ターミナルビルの様子、2017年6月撮影。
新潟駅から2km弱と近く、万代口のバス乗り場発の路線バスが設定されています。

ターミナルビル内の様子
ターミナルビル内の様子、2017年6月撮影。
画像左側が乗船券売り場です。
私が佐渡汽船に乗ったのは一度きり。
佐渡金山や能舞台、赤泊港などを見たいと常々念願していますが、フネで海を越えるってどうも心理的な抵抗があるのです。

ジェットフォイル乗り場に着岸中の「ぎんが」
ジェットフォイル乗り場に着岸中の「ぎんが」、2017年6月撮影。
米国ボーイング社製で昭和61年就航の、最大速力47ノットの韋駄天で新潟-両津間をカーフェリーの半分以下の一時間5分で結ぶ、海の新幹線はたまたコンコルドといった存在です。
就航から30年を経過して代船が必要でしょうけれど、その辺りはどうなっているのやら。
佐渡汽船の経営状況は厳しいのですし。

海上保安庁の巡視船「ひだ」その1
ジェットフォイル乗り場付近を徘徊していたら、対岸に偶然入港してきた海上保安庁第九管区新潟海上保安部所属の巡視船「ひだ」、2017年6月撮影。
日本海から帰投旋回して着岸しようとしているところです。
ウォータージェット船の入港作業を見たのは生まれて初めてで目が釘付け。
旋回半径がとても小さいのと操船の手際の良さに驚嘆したものです。

海上保安庁の巡視船「ひだ」その2
旋回を終えて向かいの岸壁に横付けした巡視船「ひだ」、2017年6月撮影。
2006年4月に竣工した「ひだ」型巡視船(総トン数1,800トン)のネームシップです。

海上保安庁の巡視船「ひだ」その3
「ひだ」の前甲板には40ミリ機関砲と20ミリ多銃身機関砲を装備、2017年6月撮影。
射撃指揮装置を完備して、北朝鮮工作船の搭載する武器をアウトレンジ出来る強力な装備です。

巡視船「さど」
「ひだ」の後方に係留中の巡視船「さど」、2017年6月撮影。
「いわみ型」巡視船(総トン数1,250トン)の6番船で、2015年2月に竣工。
「ひだ」よりやや小ぶりで武装も30ミリ機関砲一基のみですが、射撃指揮装置付きなので海上警察行動において有効な阻止火力を持っていると言えましょう。


巡視艇「ゆきつばき」
「さど」の更に後方に係留中の巡視艇「ゆきつばき」、2017年6月撮影。
実に165隻が建造された「ひめぎく型」巡視艇(総トン数23トン)の一隻で、1999年3月竣工。
海上保安庁のワークホースと呼べる艇です。

巡視艇「こしかぜ」
「ゆきつばき」の同型艇「こしかぜ」も係留中、2017年6月撮影。
こちらは2008年3月竣工。

新潟県警の警備艇「えちご」
「ゆきつばき」「こしかぜ」の更に後方には新潟県警の警備艇「えちご」が係留中、2017年6月撮影。

新日本海フェリーのターミナル付近
佐渡汽船ターミナルビルから歩くこと30分程で、新日本海フェリーのターミナルに停泊中のフネを望見できる位置まで進出、2017年6月撮影。

新日本海フェリーの新潟フェリーターミナル
佐渡汽船ターミナルから徒歩約35分で新日本海フェリーの新潟フェリーターミナルに到着です、2017年6月撮影。
建物のその後方に停泊中のカーフェリーは「らへんだぁ」です。
ターミナルの建物を圧倒する巨躯の「らべんだぁ」は新潟-小樽航路で運用されるフネで、就航開始は2017年3月の最新鋭船です。
新潟-小樽間を17時間弱で結んでいます。
新潟界隈から北海道へ渡る場合、時間的余裕があるのならばこのフェリーでゆったり行くのがベストかと思います。
鉄路の場合、在来線は特急の本数が少なくて不便ですし新幹線大宮乗り継ぎはおカネがかかります。
空路の場合、とにかく速いのでおカネがかかるのは仕方ないとしても席を取れるかどうか心配なところですから。

山の下みなとタワー
信濃川の最下流を横断する「新潟みなとトンネル」の立抗を利用して作られた「山の下みなとタワー」、2017年6月撮影。
一見すると焼却場のような建物です。

「山の下みなとタワー」の最上階展望台から見た下界
「山の下みなとタワー」の最上階展望台から見た下界の様子、2017年6月撮影。
こちら側は信濃川河口の東側でスクラップの集積場があるなど、景観的には冴えないところです。

「新潟みなとトンネル」の歩行者自転車専用通路の出入り口
山の下みなとタワーから約300m地点に所在する「新潟みなとトンネル」の歩行者自転車専用通路の出入り口、2017年6月撮影。
「新潟みなとトンネル」は信濃川最下流の河口両岸を結ぶトンネルで、2002年5月に暫定供用を開始、2005年7月に全面供用になって今日に至ります。

「新潟みなとトンネル」の歩行者自転車用通路内部
「新潟みなとトンネル」の歩行者自転車用通路内部の様子、2017年6月撮影。
こんな通路が約1.2km続きます。
前方から白装束の怖いおんなのひとが長い髪を振り乱し、「おほほほほほほほ」と高笑いしながら全力疾走してきたら逃げ場はないな一戦交えるしかないな・・・と妙な心配をしながら歩くのです。

「入船みなとタワー」に到着
全長約1.2kmの通路を徒歩約13分で横断して、信濃川河口西側の「入船みなとタワー」に到着、2017年6月撮影。

「入船みなとタワー」の展望台から見た風景
「入船みなとタワー」の展望台から「新潟みなとトンネル」の西側出入り口を見る、2017年6月撮影。
この道を海岸に沿って少し進むと、白山駅の記事で紹介した界隈に出ます。

新日本海フェリーの「らべんだぁ」
「入船みなとタワー」の展望台から見た、新日本海フェリーの「らべんだぁ」、2017年6月撮影。
総トン数14,400トンの「らべんだぁ」はやはり巨船ですな。

信越本線の貨物支線その1
旧国道7号線の県道新潟新発田村上線の陸橋上から見た、信越本線の貨物支線の上沼垂方、2017年5月撮影。

信越本線の貨物支線その2
同じく陸橋上から信越本線貨物支線の焼島駅方を見る、2017年5月撮影。

JR貨物の焼島駅
工場街の只中に所在するJR貨物の焼島駅、2017年5月撮影。
土地勘の無い人間には少々わかりにくいところで、2004年に初めて行ってみた時は道に迷ってウロウロした覚えがあります。
駅の開業は太平洋戦争会戦直前の1941年9月で、ウィキペディアによると現駅舎は昭和44年7月の改築との事。
恐怖劇場アンバランスの撮影が開始された頃に完成した建物なのですな。
焼島駅構内のDE10形ディーゼル機関車
焼島駅構内にはDE10形ディーゼル機関車1728号機が留置中、2017年5月撮影。

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2017年10月29日 (日)

新潟駅その一(信越本線、白新線、越後線)

本日の駅紹介は、新潟県の県都新潟市の代表駅である新潟駅その一です。

越後石山駅はこちらへ←信越本線 越後線→白山駅はこちらへ
 東新潟駅はこちらへ←白新線

新潟駅在来線の駅名標

当駅は駅周辺も含めると画像が多くなるので、二回に分けてご紹介致したく存じます。
今回は在来線の駅としての様子をご紹介します。

さて新潟駅は2005年の大合併によって市勢を大幅に拡大して人口80万人強を数え、2007年には日本海側初の政令指定都市となった新潟市の代表駅です。
しかし1958年に現在位置に移転した駅は、1982年の上越新幹線開業に伴って南口が整備された以外は近年まで大きな改修が加えられないままでした。
完成当時は日本海側有数の規模であったという駅舎(万代口)も、今では手狭感が否めません。
また後付で様々な機能を追加していった為に、構内外共に雑然とした印象が強い駅です。
そこで市の立体交差事業による駅の南北交通の円滑化に合わせて駅の高架化を伴う改築が実施されることになり、当初計画より数年の遅れではありますが来年度(2018年)に高架ホームの一部供用が開始される予定になっています。
全面改築完了するのは2021年の予定で、古馴染みの駅舎万代口も間もなく改築着手になりますが、子供の頃から慣れ親しんだ駅舎だけに寂しさはつのる一方、利用者としての観点からは現状はあまりに錯綜していて不便ですので、改築駅舎の開業を待ち望む気持ちもまた強いという複雑な心境というのが、私の正直な想いです。

新潟駅万代口
新潟駅万代口の様子、2017年6月撮影。
灯台下暗しの例え通り、私にとってあまりに身近な当駅の場合、昔の様子はロクに撮影していないのです。
駅や周辺を撮り始めたのはここ数年の事で、昔の駅の姿と比較する術をあまり持っていないのは実に遺憾なところです。
閑話休題、画像中央の路線バスが停車している上屋周りは、近年新潟交通が導入したBRTの萬代橋ラインの乗り場です。
BRTの導入に伴って、それまでは古町や市役所に直通していた郊外線バス、特に市中心部と東部や南部を結ぶ路線バスは、直通が無くなって新潟駅前や万代シティバスセンター前でBRTへの乗り継ぎを余儀なくされました。
交通弱者にとっては運賃が割高であっても、乗り換え無しで中心街に行けるのが路線バスの利点でしたのに、それが無くなってしまったのです。
それで色々と文句を言うお年寄りが間々おられるのですが、市長選ではBRT熱烈推進論者である市長が、BRT中止を掲げる日共の候補に圧勝爆勝完勝しているので仕方ないことなのです。

駅前から見た万代口前
駅前から見た万代口前の様子、2017年6月撮影。
県都の代表駅らしく、待機するタクシーも多数。
この通りを1kmほど進むと、新潟市のシンボルとして全国的に有名な万代橋に行き着きます。
なおこの万代口は商業拠点としての整備は行われておらず、実にビジネスライクな街並になっています。

新潟駅に隣接する新潟交通のバス乗り場
駅に隣接する新潟交通のバス乗り場、2017年6月撮影。
長岡駅大手口のように、バス乗り場が駅前のここに集約されていれば良いのですけれど、当駅の場合はここに収まりきれず、バス乗り場が分散してしまっています。
駅構内外だけでなく、バス交通についても雑然としているのがこの界隈の特徴です。

駅の南北を結ぶ自由通路の西側出入り口から見た万代口の様子
駅の南北を結ぶ自由通路の西側出入り口から見た万代口の様子、2017年6月撮影。
画像左側が先述のバス乗り場です。

歩道橋上から駅方面を俯瞰で見る
万代口から少し歩いて、歩道橋上から駅方面を俯瞰で見る、2017年6月撮影。

新潟駅南口
新潟駅南口の様子、2015年10月撮影。
1982年11月の上越新幹線開通に伴って開発されたエリアですが、近年までは大きな発展も無く停滞していました。

自由通路上から俯瞰で見た南口
自由通路上から俯瞰で見た南口の様子、2015年10月撮影。

自由通路上から見た駅南口バス乗り場
同じく自由通路上から駅南口バス乗り場を見る、2017年7月撮影。
このバス乗り場は近年の南口再整備に伴って移転再整備されたところです。
万代口駅前のバス乗り場よりもスッキリして使い易いところですけれど、乗り入れるバス路線は少なめ。

新潟駅万代口駅舎内部その1
駅舎万代口から見た自動改札機群、2017年6月撮影。
JR東日本によると、2016年度の新潟駅一日平均乗車人員は37,345人。
新潟県内ではダントツの首位です。
2位の長岡駅の約3.1倍という圧倒的な規模なのです。

新潟駅万代口駅舎内部その2
万代口に限らず駅構内外は利用者の多さに比べて明らかに手狭です、2017年6月撮影。
狭い駅舎内は常に人でごったがえしているので、駅舎内撮影は躊躇してしまうところです。
人影がまばらといったら早朝深夜だけですな。
撮影するとしたらその時間帯を狙うより他に道無しです。

新潟駅万代口駅舎内部その3
1番線側から見た自動改札機群、2017年6月撮影。
当駅在来線の自動改札は2004年11月に導入されました。
今となっては自動改札機が無い事が想像できません。

新潟駅の8-9番島式ホームその1
高架化工事の為に2012年11月に廃止された6-7番線の代わりに、1番線の東方に頭端式で仮設されたのがこの8-9番線です、2017年6月撮影。
画像は9番線です。
2017年3月改正ダイヤで9番線から出発する列車は、信越線19本(内2本は特急「しらゆき」、白新線11本の計30本です。

新潟駅の8-9番島式ホームその2
9番線端から新津方を見る、2017年6月撮影。
この先は信越本線及び白新線になります。
画像右側の高架線はすっかり立ち上がって、ホームの工事もかなり進んでいます。

新潟駅の8-9番島式ホームその3
仮設ホームの8番線と、停車中のE129系電車、2017年5月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、8番ホームから出発する列車は信越線5本(内1本は特急「しらゆき」、白新線13本(内1本は快速「きらきらうえつ」)の計18本です。

新潟駅の8-9番島式ホームその4
9番線の頭端方から新津方を見る、2017年5月撮影。
ホームの有効長は6両程度で、4両編成の特急「しらゆき」もこのホームに出入りできます。

新潟駅の8-9番島式ホームその5
万代口改札と接する1番乗り場から8-9番ホームに向かう通路、2017年7月撮影。
この通路の狭さも、後述の4番及びその通路と並んで現在の当駅のアメニティ度の低さを象徴しているのです。

新潟駅の1番線その1
1番線の内野方から見た新潟駅構内、2017年5月撮影。
後付けで諸施設が設置されているので、狭雑感が否めないのが構内の現状です。
2017年3月改正ダイヤでは、1番線から出発する列車は信越線19本(内2本は特急「しらゆき」)、白新線12本、越後線12本の計43本で、当駅の在来線ホーム中最多になります。

新潟駅の1番線その2
2005年3月時点の、1番線内野方から見た構内。
まだ高架化工事未着手の頃で、構内もスッキリとして見通しが良かったのです。

2005年3月時点の構内俯瞰図
2005年3月時点の構内俯瞰図。
この頃の様子は、早や忘却の彼方という感じ。

新潟駅の1番線その3
1番線端から内野方を見る、2017年5月撮影。
この先は越後線になります。
現在、越後線は単線ですが高架化に伴って信濃川鉄橋の手前まで部分複線化されます。
そこまでやるのなら、あの極めて危なっかしい信濃川鉄橋も悪ノリで複線仕様で架け替えれば、ホームを増やした白山駅のサブターミナルとしての価値も高まり、冬季のダイヤももっと安定したものになると思うのです。
JRは架け替えのおカネなぞ簡単には出してくれませんから、そこは地元選出の国会議員のセンセイが地震津波対策の名目で国からおカネをうまいこと引っ張ってくれば・・・。
しかし我が市の場合、野党の極左勢力が強くて自民の議員は小粒。
アベガー戦争法案ガー憲法改正ガーとアカいハチマキをきりりと締めて連呼するばかりで、街のためになることなどてんでやってくれないのですわ。

新潟駅の1番線その4
1番線から見た在来線構内中心部の様子、2017年5月撮影。
高架化工事が本格化する以前は7番線まであった構内も、現在は5-7番線が廃止されて両方向にスルーできるのは1~4番線です。
ゆえにもともと横方向には左程広くなかった在来線構内は更に狭苦しくなり、長岡駅と比べてかなりの見劣り感があります。
昭和55年10改正ダイヤでは、新潟駅から出発する定期列車は一日105本。
これを七つの乗り場でさばいていたので、単純計算すると乗り場一つ当たり15本です。
平成29年3月ダイヤでは、それが一日170本。
これを六つの乗り場でさばいているので、単純計算すると乗り場一つあたり28本強。
後述するように極めて狭隘な4番から出発する列車は少ないので、残りの乗り場五つの負担は大きく、ひっきりなしに列車が乗り入れて来る印象が強いのです。

東側跨線橋上から見た在来線構内
東側跨線橋上から見た在来線構内、2017年5月撮影。
画像右側が駅舎万代口で、1番線にはE129系電車が待機中。

西側跨線橋上から見た在来線構内
西側跨線橋上から見た在来線構内、2017年5月撮影。
画像右側は4番線です。

駅西口と連絡する構内跨線橋内部
西側自由通路に接する駅西口と連絡する構内跨線橋内部の様子、2017年5月撮影。

新潟駅の2-3番島式ホームその1
島式ホームの2-3番線の2番内野方から見た駅構内、2017年5月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、2番から出発する列車は信越線11本、白新線15本(内7本は特急「いなほ」)、越後線10本の計36本です。

新潟駅の2-3番島式ホームその2
2-3番島式ホーム端から内野方を見る、2017年5月撮影。

新潟駅の2-3番島式ホームその3
2-3番島式ホームの3番側から構内中心方向を見る、2017年5月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、3番から出発する列車は信越線9本(内1本は「SLばんえつ物語」)、白新線4本、越後線25本の計38本です。
なお「SLばんえつ物語」は、高架化後の新潟駅には乗り入れなくなります。
高架線の勾配の問題がかなり大きいようで、かつて115系電車の置き換えとして211系電車の新潟地区転用が検討された時も、高架線の勾配が問題視されて結局転用中止、E129系電車の新造投入になったという噂もありましたなぁ。

構内の電車の留置線
構内の内野方には電車の留置線群が置かれています、2017年5月撮影。

新潟駅の2-3番島式ホームその4
2-3番島式ホーム上屋下の様子、2017年7月撮影。
この無骨な上屋とも、もうじきお別れです。

新潟駅の2-3番島式ホームその5
2-3番島式ホームの新津方から見た構内、2017年5月撮影。

新潟駅の2-3番島式ホームその6
2-3番島式ホームの新津方から構内中心部を見る、2014年4月撮影。
画像右側は1番線とその手前の仮設8-9番ホームへの通路です。

新潟駅の2-3番島式ホームその7
2-3番島式ホームの2番端から仮設の8-9番ホームを見る、2014年4月撮影。
信越、白新線では過去帳入りとなったE127系電車が待機中です。

新潟駅で待機中のE653系電車特急「しらゆき」
2-3番ホームの2番端から9番で待機中のE653系電車特急「しらゆき」を見る、2017年5月撮影。
上越新幹線開業以前は特急「とき」が12両編成で頻繁に出入りしていましたが、現在の特急は「いなほ」が7両、「しらゆき」に至ってはわずか4両編成。
在来線都市連絡輸送体系の衰亡を物語っているようです。

新潟駅の4番線その1
4番線と待機中のE129系電車、2017年5月撮影。
この4番ホームはとにかく狭い!
休日の昼下がりでも混みあいます。
通路も狭く、新潟人の習い性のモッサリしたトロトロ歩きも相まって大混雑。
日常的に平均時速6キロでノシ歩く私は、あまりのトロさにイラついて怒鳴りたくなるのですよ、いやマジな話。
ここから8-9番ホーム発の列車に乗り継ぐ場合は、5分程度の乗り継ぎ時間だと乗り遅れる恐れがあります。

新潟駅の4番線その2
4番線端から新津方を見る、2017年5月撮影。
このホームは元々4-5番の島式ホームでしたが、5番は高架化工事の進行に伴って2013年3月に廃止されています。

新潟駅の4番線その3
4番線の内野方から見た構内中心部、2017年5月撮影。
ホーム幅がいかに狭いかよくわかります。
2017年3月改正ダイヤではこの4番から出発する列車は少なく、信越線1本、白新線2本、越後線6本の計9本です。

新潟駅の4番線その4
4番線端から内野方を見る、2017年5月撮影。

4番ホームへの通路その一
4番ホームへの通路その二
4番ホームへの通路はこのような狭さ、2017年5月撮影。

構内地下道内部その一
構内地下道内部その二
駅舎万代口と在来線各ホームを結ぶ地下道内部の様子、2017年5月撮影。
地下道内にも自動改札機が設置されていて、駅舎地下の書店や飲食店からすぐ構内に入れるようになっています。
かつては構内南側の6-7番島式ホームまでここを通って移動できましたが、高架化工事に伴ってこの通路経由では4番に行けなくなりました。

1番ホームの構内地下道出入り口
1番ホームと前述の構内地下道出入り口周りの様子、2012年6月撮影。
画像右側手前には精算機と定員乗車制の快速列車の乗車整理券発行機を設置。

構内跨線橋内部
従来から置かれている構内跨線橋内部の様子、2012年6月撮影。

駅東側の南北自由通路上から見た構内その一
駅東側の南北自由通路上から見た構内その一、2017年7月撮影。
手前のホームは仮設の8-9番です。

駅東側の南北自由通路上から見た構内その二
駅東側の南北自由通路上から見た構内その二、2017年7月撮影。
手前のホームは昔からの島式ホームでは現在唯一完全にな形で残っている2-3番です。

駅東側の南北自由通路上から見た構内その三
駅東側の南北自由通路上から見た構内その三、2017年7月撮影。
信越本線・白新線方の様子です。

工事中の高架線
駅東側の南北自由通路上から仰ぎ見た、工事中の高架線とその上屋、2017年7月撮影。
完成すると在来線は二面4線プラス上越新幹線との対面乗り換えが可能なホーム一つの、計五つの乗り場で構成される構内になります。
高架化着手以前より乗り場が二つ減りますが、白山駅の乗り場を増やして信越、白新線の列車を白山駅までスルー運転することにより、当駅在来線のホーム減を補います。
しかし先述のように最大の隘路である越後線の信濃川鉄橋は単線そのままなので、冬季のダイヤの乱れは今よりも大きくなるのではと心配するところであります。

東跨線橋上から見た新潟駅構内
駅東側の東跨線橋上から見た構内、2017年5月撮影。

東跨線橋上から新津方を見る
振り返って新津方を見る、2017年5月撮影。
新潟市都心は西側の新潟-白山間に広がっていて、東側のこちらは背の高い建物も僅かで、先に進むにつれローカル色が急速に濃くなっていきます。

新潟駅で待機中のE653系電車特急「しらゆき」その2
高架化工事に伴う仮設の9番線で待機中のE653系電車特急「しらゆき」上越妙高行、2017年5月撮影。
この時はこの列車で加茂駅へ行き、久しぶりの駅再取材と洒落込んだのです。
しかし加茂駅に降り立つと、長岡界隈の変電所が故障したとかで停電し運転の目処立たずという無情のアナウンスが。
そんなこと車中では一言も言ってなかったのに。

新潟駅で待機中のE653系電車特急「しらゆき」その3
夜の仮設9番線で待機中のE653系電車特急「しらゆき」新井行、2016年9月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、当駅発「しらゆき」は5本中3本がこの8-9番ホームから出発します。

新潟駅に到着したE653系電車特急「しらゆき」
高架化工事の影響で狭隘化した4番線に到着したE653系電車特急「しらゆき」、2015年10月撮影。
上越新幹線開業前の昭和55年10月改正ダイヤでは、新潟駅から各方面に出発する優等列車は特急急行合わせて一日41本を数えました。
現在は一日12本です。

新潟駅で待機中のE653系電車特急「いなほ」
夕闇迫る皐月、2番線で待機中のE653系電車特急「いなほ」酒田行、2017年5月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、定期の当駅発「いなほ」7本は全て2番から出発です。

新潟駅で待機中の485系電車特急「北越」その1
朝の3番線で待機中の485系電車R編成の特急「北越」金沢行、2012年6月撮影。

新潟駅で待機中の485系電車特急「北越」その2
上の画と同じ、朝の金沢行「北越」、2012年6月撮影。
こちらは国鉄特急色のK編成です。

新潟駅で折り返し待機中の485系電車快速「くびき野」
夜の3番線で折り返し待機中の485系電車T編成の快速「くびき野」新井行、2005年10月撮影。

新潟駅で待機中の485系電車快速「らくらくトレイン村上」その一
新潟駅で待機中の485系電車快速「らくらくトレイン村上」その二
夜の1番線で待機中の485系電車快速「らくらくトレイン村上」、2008年5月撮影。
乗車整理券購入を必須とするホームライナーで、座って新発田以遠の主要駅に帰りたい方には良い列車と言えましょう。
2017年現在では車両はE653系に変わっていて、15分先発の普通列車村上行を金塚駅で追い抜いて中条、坂町、終点の村上に先着する速達ダイヤになっています。
しかしこの列車が設定されている為に、白新線の普通列車は30分強空白になるのです。
退勤時間帯で混むというのに。
私のような短距離利用者にとっては、少々目障りな存在なのが正直なところ。

新潟駅で待機中の485系電車臨時特急「ふるさと雷鳥」その一
新潟駅で待機中の485系電車臨時特急「ふるさと雷鳥」大阪行その二
お盆の只中の午前中、3番線で待機中の485系電車臨時特急「ふるさと雷鳥」大阪行、2003年8月撮影。
大阪方は貫通型、新潟方はボンネット型という編成です。
貫通、ボンネット共に、私が新潟駅で実見した最後のものです。
これももう見納めだろうなぁと、感慨に耽りながら撮りまくったものでした。

新潟駅に到着した583系電車急行「きたぐに」
定期運行終了の約二週間前、まだ雪の残る5番線に到着した583系電車急行「きたぐに」、2012年3月終了。
ギャラリーが多くて編成全体を納められる画の掲載はちょっと無理です。
いつでも乗れるからいずれそのうち・・・と思い続けているうちにその機会を逸した列車でしたなぁ。
当駅で出発待機中の夜の情景も撮っておくべきだったと後悔しきりなのです。

新潟駅で待機中の快速「きらきらうえつ」
頭式の仮設8番線で待機中の快速「きらきらうえつ」酒田行、2017年5月撮影。
485系電車のサウンドを聞ける列車も、当駅ではとうとうこの「きらきらうえつ」のみとなりました。
下回りが古いので近い将来の引退は不可避なのでしょうけれど、後継は果たしてどうなるのか。
私見では新型電気式気動車導入で余剰になるキハ110の魔改造だと思っておるところですが。

回送待機中のE129系電車
1番線で回送待機中のE129系電車、2017年5月撮影。
導入開始当時はあまりそそるモノが無かったこの電車ですが、最近は見慣れて違和感も無くなり、撮影の対象になってまいったところです。

新潟駅で待機中の115系電車その1
3番線で待機中の115系電車長岡行、2017年5月撮影。
E129系電車に主役の座を譲った115系電車は、数を大幅に減じながらもまだまだ元気な姿を見る事が出来ます。

新潟駅で待機中の115系電車その2
今は亡き7番線で待機中の115系電車、2012年6月撮影。

新潟駅で待機中の115系電車その3
これまた今は亡き6番線で待機中の湘南色115系電車、2012年6月撮影。
私の世代の115系電車といったらこの色ですなやはり。
私は幼い頃上越線沿線に住んでいて、越後路では新潟色の70系電車オンリーだった時代に、上野からはるばる乗り入れて来る115系電車長岡行に亡き母に連れられて乗って長岡のデパートまで度々買い物にいったものです。
新潟や長岡からやってくる板張りで天井から雨漏りのする末期の70系電車に比べて、115系電車の小奇麗さがとても立派に感じたものです。

半月の照らす夜の構内
半月の照らす夜の構内、2012年6月撮影。
2番線には115系電車が待機中。
光量の多い都会?の駅は夜の方が映えますな矢張り。

新潟駅で待機中のE127系電車
2番線で待機中のE127系電車新発田行、2014年9月撮影。
信越、白新口で最後の秋を過ごすE127系電車であります。

新潟駅で待機中のキハ110系気動車
朝の9番線で待機中のキハ110系気動車馬下行、2015年10月撮影。

新潟駅で待機中の快速「あがの」
亡き7番線で待機中のキハ110系気動車快速「あがの」会津若松行、2012年6月撮影。
新潟駅を出発する磐越西線への直通列車は、2017年3月改正ダイヤで9本(「SLばんえつ物語」は除く)。
昔の時刻表を紐解くと、1980年10月改正では11本(急行3本を含む)。
五泉、津川方面への直通利便性はこの37年間でほとんど変化が無いのが実情です。

新潟駅で待機中のキハ52形気動車その1
1番線で待機中の、キハ52を最後部に連結した馬下行、2005年8月撮影。

新潟駅で待機中のキハ52形気動車その2
6番(多分)で待機中のキハ52国鉄色車を先頭にした新津行、2008年5月撮影。

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2017年9月24日 (日)

荻川駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・荻川駅。

亀田駅はこちらへ← →さつき野駅はこちらへ

荻川駅の駅名標

新潟県新潟市秋葉区に所在する有人駅で、開業は大正15年(1926年)11月20日。
開業当時の所在は中蒲原郡荻川村の所在で、同村の玄関駅でした。
荻川村は昭和14年に隣接する新津町に合併編入され、その新津市は戦後の昭和26年に市制を施行して新津市に、そして平成の大合併の号令下で平成17年に新潟市に合併編入されて同市秋葉区となり今日に至ります。

荻川駅の前身は大正6年(1917年)9月4日に開設された荻川信号場で、荻川村と周辺諸村は大正10年に信号場の駅昇格を当局に陳情したものの、良い回答を得るのは出来ませんでした。
そこで駅設置に向けて期成同盟会が設立され、駅用地を寄付することでようやく駅昇格になったとのことです。
信越本線の新津-亀田間は8.7kmあり、その中間地点であるこの地域に信号場を置くことは至極妥当な話なのでありますが、その時点で駅が設置されなかったというのは当地域の鉄道需要がまず見込めないという当局の意思の表れであったのでしょう。
現在の目で見ると奇異に感じる点が多々見受けられる明治大正期の駅設置にまつわる話ですけれど、当時の町の、村の様子はどのような状況であったのか、それを考えて単なる鉄道話に留まらず地域史や郷土史に触れて考えてみるのがこの手の趣味の面白さなのであります。

JR東日本によると2016年度の荻川駅一日平均乗車人員は1,907人。
同社新潟県内有人67駅中22位で、白新線・東新潟駅よりもやや多く、越後線・関屋駅よりもやや少ないレベルです。
当駅付近に高校は所在していないので、学生の集中は無く新潟都市圏の典型的中間駅という立ち位置と言えましょう。

荻川駅橋上駅舎東口
バリアフリー対策で駅舎向かって右側にエレベーターを追加装備した荻川駅橋上駅舎東口の様子、2016年8月撮影。
ウィキペディアによると供用開始は2015年2月との事です。
当駅の場合は駅舎右側が空いているので、エレベーター設置に頭を悩ますこともなかったでしょう。
またエレベーターを追加すると、後付のやっつけ感から駅舎の美観的にはあまり宜しくなかったりするものなのですが、当駅の場合は駅舎右側の空間の未整備から来る雑感が解消されて、駅舎の見た目は以前よりもむしろ良くなっているように個人的に感じるところです。

エレベーターが設置される前の橋上駅舎東口
エレベーターが追加装備される前の橋上駅舎東口、2006年11月撮影。
この橋上駅舎が供用を開始したのは国鉄最末期の1986年12月で、新潟県内の純然たる在来線橋上駅舎としては北陸本線(現・えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン)・
青海駅に次ぐ二例目でした。
デザインは昨今の橋上駅舎とは異なるボクシーなもの。
正直、あまりイケてるデザインとは申せません・・・。

荻川駅東口駅前広場
東口駅前広場の様子、2016年8月撮影。
駅舎橋上化の副産物でこの駅前広場も拡幅できたのでしょう。
狭隘な取り付け道路に比して広大です。
しかしロータリーとして秩序立った整備がされているわけではないので、どこかルーズに映る広場です。
なお当駅前には路線バス、コミニュテイバス共に乗り入れておらず、新潟新津間の路線バスが通る県道に出るには少々歩くことになります。

荻川駅東口駅前通り
東口駅前通りの様子、2016年8月撮影。
画像奥が荻川駅です。
周辺は旧村由来の街並。
この通りをもう少し進むと、荻川地区の中心街に出ます。

荻川駅橋上駅舎西口
荻川駅橋上駅舎西口の様子、2016年8月撮影。
西口にも東口同様にエレベーターが追加設置されています。
こちら側は比較的新興の住宅街になっています。

西口駅前通り
駅西口から少し歩けば、スーパーウオエイなどが出店しています、2010年3月撮影。

荻川駅橋上駅舎内部その1
橋上駅舎自由通路の様子、2016年8月撮影。
通路中央右側が窓口と自動改札です。
国鉄時代に改築された橋上駅舎ゆえに、昨今のデザイン性を相応に重視したものとは違って実用一点張りです。

荻川駅橋上駅舎内部その2
橋上駅舎の中枢部、窓口と自動券売機、2016年8月撮影。
画像奥が東口エレベーター出入り口です。

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自由通路側から見た自動改札の様子、2016年8月撮影。

荻川駅橋上駅舎内部その3
自由通路上の待合室内部の様子、2010年3月撮影。
車内も構内も禁煙なのに煙草の自販機が設置されている摩訶不思議。

荻川駅橋上駅舎内部その4
橋上駅舎の構内側通路の様子、2016年8月撮影。
画像奥の1番線は上りの新津方面乗り場、私の立っている側(2番線)が下りの新潟方面乗り場になります。
今の感覚だと随分古びて見えてしまうこの駅舎、内装のリニューアルはそろそろ実施した方が宜しいのではないかと思いますなぁ。

荻川駅橋上駅舎内部その5
橋上駅舎の自由通路方から見た構内の新潟方、2016年8月撮影。
当駅駅舎の窓は一体型で開かない仕様なので、俯瞰は撮影は窓越しになります。
画像右上のシミみたいなものは、窓の汚れです。

荻川駅橋上駅舎内部その6
橋上駅舎の構内側から見た構内の新津方、2017年5月撮影。

荻川駅の1番線その1
1番線(新津方面乗り場)の新津方から見た荻川駅構内、2017年5月撮影。
当駅構内は複線上の対面式直線型ホーム二面の平凡な構造です。

荻川駅の1番線その2
1番線端から新津方を見る、2017年5月撮影。
画像左側の横取線に注目。

横取線の終端部
横取線の終端部の様子、2016年8月撮影。
かつては貨物側線だったのでしょうか。
多くの列車が行き来する電化幹線の駅のすぐ横に、このような遺構めいたものがひっそり存在しているのを見るのもこの手の趣味の醍醐味なのであります。

荻川駅の1番線その3
1番ホーム上屋下の様子、2017年5月撮影。
上屋下にはベンチが設置されていますが、数はご覧の通りの少なさ。

荻川駅の1番線その4
1番ホームの上屋の長さはこんな感じ、2017年6月撮影。

荻川駅の1番線その5
後述の2番ホーム(画像左側)待合室が設置されていない頃の構内中央部の様子、2005年7月撮影。

荻川駅の1番線その6
1番線の新潟方から見た構内、2017年6月撮影。
1番のこちら側には上屋無し、隣の2番には上屋有り。
この辺は乗車人員の大小によるものなのでしょうかね。
当駅から乗車するのは新潟方面が多いでしょうからね。
ホーム上で待つ客が多いのならば上屋の長さもそれに対応。

荻川駅の1番線その7
1番ホームの新潟方が短くされる以前の構内、2005年7月撮影。
長大編成の汽車時代の名残のホーム長でした。

荻川駅の1番線その8
現在は解体されてしまった1番ホームの新潟方突出部の様子、2005年7月撮影。
国鉄時代の白線も完全に消えてしまっていました。

荻川駅の2番線その1
2番線(新潟方面乗り場)の新潟方から見た構内、2017年6月撮影。
トイレは2番ホームの橋上駅舎直下に設置されています。

荻川駅の2番線その2
エレベーターが設置される以前のオリジナル形態の橋上駅舎時代の2番線新潟方の様子、2005年7月撮影。
当時も今も、ホーム上の国鉄時代の白線が健在です。

荻川駅の2番線その3
2番線新潟方の現在の様子、2017年5月撮影。
二本のホームのこちら側は対称形になっています。

荻川駅の2番線その4
前述した1番線のホームが短くされる前の新潟方の様子、2005年7月撮影。
切断解体された1番ホームがいかに長かったかがよくわかります。

荻川駅の2番線その5
雰囲気的に何かいわくがありそうな線路横の空間、2005年7月撮影。

荻川駅の2番線その6
2番ホーム上屋下の様子、2017年6月撮影。
2番ホームは待合室が設置されているのに加えて、ベンチの数も多くなっています。

2番ホームの待合室
1番ホーム上から見た2番ホームの待合室、2015年12月撮影。
建築財産票によると平成27年3月の完成。
上屋下の空間という制約ゆえなのか、近年多くの駅に設置されているJR東日本定番型の構内待合室とは異なる独特の建物です。

2番ホームの待合室内部
2番ホームの待合室内部の様子、2017年6月撮影。
飲料の自販機が設置されています。
当駅の場合、自由通路上の待合室は利用状況に対して手狭感は否めず、風雨を凌ぎながら列車を待つ空間が不足していました。
よってこの待合室の設置は乗客にとって大いなる福音と言えましょう。

荻川駅の2番線その7
2番ホームの新津方上屋の様子、2017年5月撮影。
2番の上屋の長さは1番の倍というところでしょうか。
待合室の空間も合わせれば、風雨を凌げる空間の差はもっと開きます。

荻川駅の2番線その8
2番線の新津方から見た構内、2017年5月撮影。
2番のこの辺りも今では完全に遊休化していますが、1番と異なり現在に至るまで手付かずのままです。

踏切から見た荻川駅構内
新津方の踏切から見た構内、2010年3月撮影。
2番線にはE127系電車新潟行が停車中。

荻川駅を通過する485系電車特急「北越」
2番線を通過する485系電車R編成の特急「北越」新潟行、2014年8月撮影。
この時期、橋上駅舎はエレベーターの設置工事もたけなわ。

荻川駅を通過する485系電車快速「くびき野」
1番線を通過する485系T編成の快速「くびき野」新井行、2005年7月撮影。
まだ全席自由席の4両編成の頃で、先頭車は北海道向けとして製造された二ツ目の1500番代です。

荻川駅に到着するE129系電車
1番線に到着するE129系電車長岡行、2017年6月撮影。
今後の新潟県内では普通列車の最長になる6両編成です。

荻川駅に進入するE129系電車
2番線に進入するE129系電車新潟行、2017年5月撮影。
信越本線新潟-新津間の頻発運転区間の日中はこの2連が標準型です。

荻川駅を通過する115系電車快速
2番線を通過する115系電車の通称「新井快速」新潟行、2017年6月撮影。
快速「くびき野」の後任として、115系電車最後と思われる長距離速達運用に就いています。

荻川駅に停車中の115系電車
1番線に停車中の115系電車長岡行、2016年8月撮影。
現在(2017年9月)もまだその姿を見る機会がありますけれど、塗装もすっかり退色してしまってE129系電車との差が歴然です・・・。

荻川駅に停車中のキハ110系気動車
1番線に停車中のキハ110系気動車五泉行、2005年8月撮影。

荻川駅に進入するキハE120形気動車
2番線に進入するキハE120形気動車新潟行、2017年6月撮影。
左の1番線にはE127系電車が停車中。

荻川駅に到着するE127系電車
信越本線の新潟近郊区間では過去帳入りしたE127系電車新津行が1番線に到着、2010年3月撮影。

荻川駅に進入するE127系電車
この10年後に115系電車やキハ40系気動車よりも先に姿を消すとは思いもしなかった頃、2番線に進入するE127系電車新潟行、2005年7月撮影。

荻川駅に到着したキハ40系気動車
後継車GV-E400系気動車投入決定で、引退までのカウントダウンが始まった落日のキハ40系気動車馬下行が夏の夕方の1番線に到着、2014年8月撮影。
新潟-新津間にキハ40系が乗り入れる機会は僅少なので、撮影はなかなかに面倒な話なのです。

荻川駅を通過する「SLばんえつ物語」
C57形蒸気機関車牽引の「SLばんえつ物語」が1番線を通過中、2014年8月撮影。
新潟駅の高架化が完成すると、勾配等の問題で蒸気機関車の乗り入れを取り止めてこの列車は新津発着になるそうで、SL列車が当駅を通過する光景も間もなく終わります。

荻川駅を通過する「磐西只見ぐるり一周号」
キハ52を先頭にした「磐西只見ぐるり一周号」が秋晴れの朝の1番線を通過、2006年11月撮影。

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2017年9月17日 (日)

新津駅(信越本線・羽越本線・磐越西線)

本日の駅紹介は信越本線・新津駅。

さつき野駅はこちらへ←信越本線→古津駅はこちらへ
京ヶ瀬駅はこちらへ←羽越本線 磐越西線→東新津駅はこちらへ

新津駅の駅名標

新潟県新潟市秋葉区に所在する有人駅で、同区の玄関駅です。
開業は明治30年(1897年)11月20日で、当時の北越鉄道、現在の信越本線の停車場としてでした。
開業当時の所在は中蒲原郡新津町で、一帯は江戸時代末から石油が採れることで知られ、新津停車場が開業する直前の頃には油田に上総堀工法が採用されます。
従来の手掘りでは最大でも200mほどしか掘れないのに対して、この工法だとその倍近くまで掘ることが出来、石油の眠る層まで到達するチャンスが大きく増えることになります。
その数年後には近代的な機械掘りが採用されて、新津市史によると明治37年の産油量は約53万石。
それまで産油量で新潟県内首位の座にあった西山油田を凌ぐ全盛期を迎え、その輸送手段として当駅と矢代田駅がその役目を担うことになりました。
(西山油田については当ブログの西山駅記事内で触れています)
しかし油田の衰退は早く、明治末から産油量の減少が始まります。
大正時代に入ると更なる新技術導入による一時的な産油量の上昇はあったものの、それも僅か数年の事。
大正五年を境に産油量は再び低下し、以後回復することは無く衰退の一途を辿ります。
新津駅を拠点とする石油輸送もそれで消滅していってしまいますけれど、当駅の場合は石油輸送に代わる駅勢拡大の大きな機会が与えられます。
それは信越本線・羽越本線・磐越西線という地方幹線2路線と亜幹線の交わるジャンクション、そしてそれに付随する機関区の設置と操車場機能の付加でした。
大正元年に当駅に乗り入れた羽越本線は、大正13年に全通。
明治43年に当駅に乗り入れた磐越西線は、大正3年に全通。
磐越西線全通前年の大正2年には、新津機関区を設置。
この機関区はその後、日本海縦貫線と磐越西線を管轄する蒸気機関車の一大拠点となります。
当地に動力近代化の波が押し寄せる直前の昭和35年当時、新津機関区に所属していた蒸気機関車は41両(主力はD51で18両、次にC57の9両)。
当時の国鉄新潟鉄道管理局内の五つの機関区(酒田、坂町、新津、長岡第一、直江津)中、最も多い蒸機の配車です。
操車場としての機能も大きく日本海縦貫線の一大拠点で、まさに新津こそは「鉄道の町」であった、昔日の栄光の日々だったのです。

しかし動力近代化が進んで蒸気機関車が姿を消すと、新津機関区から機関車の姿は消えてしまいます。
昭和47年秋の日本海縦貫線全線電化で投入された交直流型電気機関車EF81形は、酒田、富山、金沢の各機関区に集中配備。
ディーゼル機関車についても、本線用のDD51形は東新潟機関区の配置です。
かくて機関区は気動車の基地に変貌し、現在のJR東日本新津運輸区として現在に至っているのです。
また昭和44年に後発の新潟操車場に貨物拠点の座を奪われ、昭和55年に新潟操車場の機能が更に拡充されて貨車取扱能力が昭和44年当時の2,400両から3,000両に増大するに至り、この駅の操車場としての命脈を完全に断つことになりました。

戦前は新潟県内の駅では三駅しかない「一等駅」の一つ(残り二つは新潟と長岡)に数えられたという新津駅は、かくて現在の姿に収斂されていきました。
駅の所属自治体も、昭和26年に市制を施行して新津市になった後、平成の大合併で新潟市に編入されて今日に至っています。
JR東日本によると2016年度の当駅一日平均乗車人員は4,343人。
同社新潟県内有人67駅中、堂々の第五位。
四位の亀田駅とも六位の豊栄駅ともやや差があるので、当駅の県内ナンバーファイブの座は当分揺るぐことはないでしょう。
運転上の要衝という地位は薄れ、貨物拠点の機能は喪失してしまった新津駅ですが、旅客輸送に関しては元々が人口七万人弱の市の玄関駅だったことと新潟都市圏であることもあって、実に堅調です。

新津駅駅舎東口
新津駅橋上駅舎東口の様子、2016年8月撮影。
当駅は橋上駅舎で、平成15年(2003年)12月6日。
画像右側の上屋のある辺りが、路線バスの発着場です。
鉄道補完の路線バスは、新潟交通運行の万代シティ線が平日上下26本、土休日21本で、沢海経由は信越本線亀田駅へ、二本木経由はそれに加えてさつき野、荻川両駅に移動できます。
越後石山駅へは最寄のバス停「山二ツ」からやや距離があるのでご注意ください。
新潟交通観光バス運行の白根線は平日16本、土休日12本で信越本線古津駅と矢代田駅に移動可能です。
五泉線は平日19本、土休日10本で磐越西線東新津駅、新関駅、五泉駅に移動可能。
北五泉駅へは最寄バス停からやや距離があるのでご注意ください。
羽越本線に関しては、阿賀野川対岸の京ヶ瀬営業所までしかパスが運行されておらず、その本数も少ないのが残念。
秋葉区の区バスは東口から三便が出ていて、古津、矢代田両駅には早回りのコースになっています。

駅前通りから見た東口
駅前通りから見た駅東口、2016年8月撮影。
こちら側が旧来からの駅前通りです。

新津駅前通り
東口駅前通りの様子、2016年8月撮影。
この日はお盆、「新津まつり」の準備でこのように紅白で飾られていました。
鉄道の町全盛時代には賑わっていたであろうこの界隈も、現在は営業している店の方が少ないのでは?と思わせる寂しい通りになっています。
地方の御他聞に漏れず、この界隈の商業集積は周辺のロードサイドに完全シフトしてしまっています。

橋上駅舎上から見た東口
橋上駅舎上から俯瞰で見た駅東口、2016年8月撮影。

駅の東西を結ぶ自由通路の様子
駅の東西を結ぶ自由通路の様子、2016年8月撮影。
幅広のゆったりした空間であります。

新津駅西口の様子
新津駅橋上駅舎西口の様子、2016年8月撮影。
橋上駅舎化によって整備されたところで、ロータリーを完備。
こちら側にもタクシーが待機しています。
こちらからは秋葉区の区バスが一日四便出ています。
古津、矢代田両駅に移動可能ですが、東口発の便に比べると遠回りでやや時間がかかるので、利用の際はご注意を。

西口に置かれた、蒸気機関車8620形の動輪
西口に置かれた、蒸気機関車8620形の動輪、2016年8月撮影。

橋上駅舎上から見た西口
橋上駅舎上から俯瞰で見た駅西口、2016年8月撮影。
こちら側は新興住宅地になっています。

新津駅橋上駅舎の内部その1
橋上駅舎改札口の様子、2015年12月撮影。
構内側からの画です。
利用の多さに対して自動改札機の数は少ない印象。
画像左側が待合室になります。

新津駅橋上駅舎の内部その2
構内通路の様子、2017年5月撮影。

新津駅橋上駅舎の内部その3
自由通路上から俯瞰で見た構内の新潟方、2011年6月撮影。

新津駅橋上駅舎の内部その4
同じく俯瞰で構内の長岡方を見る、2011年6月撮影。

自由通路から見た新津運輸区
自由通路からは新津運輸区とそこに集う気動車たちを望見することができます、2011年6月撮影。
2016年現在ではこの運輸区に気動車71両を配置との事ですが、先日導入計画が正式発表された電気式気動車GV-E400系は果たして何両配置になるのか。
キハ110やキハE120も全て置き換えになるのでしょうか。
だとしたらちょっと寂しい話です。
キハ40系は乗っていてやはりちょっとなーと感じるので、更新も仕方の無い話と納得していますが。

新津駅の1番線その1
1番線の長岡方から見た新津駅構内、2017年5月撮影。
当駅を発車する列車は五つの乗り場にランダムに割り振られています。
2017年3月改正ダイヤでは、信越本線長岡方面3本(内1本は特急「しらゆき」)、新潟方面6本、羽越本線3本、磐越西線3本(内1本は「SLばんえつ物語」)の計15本です。
当駅の五つの乗り場で使用頻度が最も少ないのがここ。

新津駅の0番線跡その1
かつて磐越西線用だった0番線跡、2017年5月撮影。
私が最後に旧型客車に乗ったのが、確かここから出発する郡山行。
昭和57年の夏休み、旧客で会津若松、只見線に乗り換えて小出まで乗り通し、急行佐渡に乗り換えて新潟に戻るというささやかなワンデイトリップでした。

新津駅の0番線跡その2
0番線跡から五泉方を見る、2017年5月撮影。

新津駅の1番線その2
1番線上屋下の様子、2017年5月撮影。
当駅では「SLばんえつ物語」を推して推して推しまくっています。
しかし私はあの列車には触手が全然伸びない・・・
客車がねぇ、旧型客車かオリジナルの12系客車なら乗るんですけど。
オリジナルの12系に乗ったのも、昭和57年の夏が最後だったなぁそう言えば。
急行「きたぐに」で新潟から村上まで。
昭和61年に急行「津軽」で上野から山形まで乗った時は14系客車だったもんなぁ。

新津駅の1番線その3
1番線上屋下のベンチは、他のホームと違ってレトロ調であります、2017年5月撮影。
どうせやるなら上屋の柱もそれらしく改修すればいいのに。

新津駅の1番線その4
1番線の出入り口付近の様子、2017年5月撮影。
階段の他にエスカレーターも設置されています。

新津駅の1番線その5
1番線の新潟方から見た構内、2017年5月撮影。
機関車込みで8両の「SLばんえつ物語」の存在ゆえか、ホームに引かれた黄色のラインも長いのです。
このホームのこちら側は上屋が短いので、狭雑感が少なく撮影には好都合。

新津駅の1番線その6
1番線端から、新潟方を見通す、2017年5月撮影。
ホーム端部は流石に国鉄時代由来の白線が残存。

新津駅の2-3番島式ホームその1
2-3番島式ホームの2番線新潟方から見た構内、2017年5月撮影。
左隣の中線には貨物列車がよく停車しています。
2017年3月改正ダイヤでは、信越本線長岡方面28本(内特急「しらゆき」4本)、新潟方面7本、磐越西線7本の計42本が2番線から発車しています。
当駅の五つの乗り場でもっとも列車の出入りが激しいのがこの2番。

新津駅の2-3番島式ホームその2
2-3番島式ホームの3番線新潟方から見た構内、2017年5月撮影。
このホームは3番のホーム長が長くなっています。
かつては長編成の特急列車が停車していたのかもしれません。
9両編成の札幌行寝台特急「トワイライトエクスプレス」もこの3番に停車していました。
しかし今日では特急「しらゆき」はたったの4両編成。
ホームの張り出しも完全に遊休化してしまっています。
2017年3月改正ダイヤでは、信越本線長岡方面1本、新潟方面8本(内1本は「SLばんえつ物語)、羽越本線8本、磐越西線2本の計19本が3番線から発車しています。

新津駅の2-3番島式ホームその3
2-3番島式ホームの3番線端から新潟方を見通す、2017年5月撮影。
「トワイライトエクスプレス」の出入りしていたホームにもかかわらず、この辺は国鉄時代の白線のまま。
当駅の目玉「SLばんえつ物語」と違って、長距離クルージングトレインはウリにならなかったということなのか。

新津駅の2-3番島式ホームその4
2-3番島式ホームの新潟方上屋下の様子、2017年5月撮影。
ベンチの空白地帯になっています。

新津駅の2-3番島式ホームその5
2-3番島式ホーム中央部の様子、2017年5月撮影。
列車が停車するのは概ねこの辺り。
画像中央にエレベーターの出入り口が見えます。

新津駅の2-3番島式ホームその6
2-3番島式ホームの長岡方から見た構内、2017年5月撮影。
こちら側の上屋下には待合室を設置。

3番から見た隣の4-5番島式ホーム
3番から見た隣の4-5番島式ホームの様子、2017年5月撮影。
島式ホーム2本のこちら側は、いずれも上屋を出てすぐホーム端という形になっていて、撮影には不向きであろうというのが個人的な感想。

新津駅の4-5番島式ホームその1
4-5番島式ホームの4番新潟方から見た構内、2017年5月撮影。
このホームも3番同様に張り出しているのが特徴。
2017年3月改正では信越本線長岡方面1本、新潟方面30本(内5本は特急「しらゆき」)、磐越西線2本の計33本が発車しています。

新津駅の4-5番島式ホームその2
4-5番島式ホームの5番端から、新潟方を見通す、2017年5月撮影。
左隣は新潟地区の気動車の拠点・新津運輸区。

新津駅構内の側線群
4-5番島式ホームの5番の右側に広がるかつての繁栄の夢の跡、2017年5月撮影。

新津駅の4-5番島式ホームその3
4-5番島式ホームの新潟方上屋下の様子、2017年5月撮影。
となりの2-3番の上屋は実用一点張りですが、こちらはゆるやかな三角形で「停車場」の雰囲気を構内で最も濃厚に残していると感じるところです。

新津駅の4-5番島式ホームその4
4-5番島式ホーム上屋下から新潟方を見る、2017年5月撮影。

新津駅の4-5番島式ホームその5
4-5番島式ホームの5番長岡方から見た構内さいはての風景、2017年5月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは信越本線新潟方面14本、羽越本線2本、磐越西線6本の計22本が5番から発車しています。

新津駅の4-5番島式ホームその6
4-5番島式ホーム端から長岡方を見通す、2017年5月撮影。
この構造物の基礎っぽい部分は一体何なのか。
昔はこの島式ホームももっと長かったのか、はたまた構内通路の痕跡なのか。

陸橋上から見た新津駅構内
長岡方の陸橋上から見た構内全景、2017年5月撮影。
5番線から左側に分岐する線路は草生して遊休化しているのがわかります。
地上のホームから見るよりも色々と発見が多いのが俯瞰の醍醐味。

新津駅に停車中のE653系電車特急「しらゆき」
4番線に停車中のE653系電車特急「しらゆき」新潟行、2017年5月撮影。
たった4両編成でグリーン車無しというカジュアルなスタイルの列車ですけれど、「SLばんえつ物語」を除けばこの列車が当駅に出入りする列車の日常的な花形です。
日中は毎時3本の新潟方面普通列車が確保している今日、流石に特急の新潟行に乗り込む客はほとんど見かけませんが。
しかし国鉄時代、普通列車が毎時1本しかなかった時代には、時間帯によっては普通列車よりも本数が多かった優等列車に乗って新潟と行き来する人たちもいました。
私の叔母もよくそうしてましたな。
新津から新潟まで出てくるのに特急に乗車するなんて豪勢やのーと、子供心に羨望また羨望でしたな。

新津駅から出発するE653系電車特急「しらゆき」
2番線から出発するE653系電車特急「しらゆき」上越妙高行、2015年8月撮影。
右隣の1番線に停車しているのは「SLばんえつ物語」。

新津駅から出発する485系電車特急「北越」
4番線から出発する485系電車R編成の特急「北越」新潟行、2012年7月撮影。

新津駅に停車中の485系電車特急「北越」
夜の4番線に停車中の485系電車R編成の特急「北越」新潟行、2012年6月撮影。


新津駅を出発した485系電車特急「北越」その1
4番線を発車加速して遠ざかる485系電車R編成の特急「北越」新潟行、2012年7月撮影。
国鉄時代の基準に照らせば短い七両編成でも、今日の「しらゆき」と比べればまだまだ優等列車の貫禄が感じられます。
失って初めて理解できることも多いのですわ世の中は。

新津駅を出発した485系電車特急「北越」その2
2番線を出発した485系電車国鉄特急色の特急「北越」金沢行、2012年8月撮影。
左隣の中線には貨物列車が一休み中。

新津駅に停車中の485系電車快速「くびき野」
秋の陽が降り注ぐ4番線に停車中の、485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行、2013年10月撮影。
この列車が2015年3月に廃止されて、同時に新潟と上越地区間の特急割引きっぷも大幅値上げでしかも上越新幹線・新潟-長岡間の利用は別途特急券を買わなければならなくなりました。
それまでは特急の運行していない時間帯を考慮して、新潟-長岡間の新幹線利用は特急料金を払わずにそのまま乗車できる特典付きでしたのに。
もう高速バスと張り合う薄利多売はしない当局の決意表明とか、北陸新幹線の建設分担金財源捻出のために沿線で取れるところからはギッチリ取るためとか色々噂を聞きますが、それによる鉄道からバスへの顧客の再移転はどれほどのものなのか興味があります。

新津駅から出発する485系電車快速「くびき野」
夕闇迫る4番線から発車する、485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行、2013年6月撮影。

新津駅から発車する583系電車急行「きたぐに」
4番線から発車する583系電車急行「きたぐに」新潟行、2011年6月撮影。
堂々の10両編成でホームの黄線もそれに対応しています。
この日は平日でしたが、偶然にも5番の隣で酒田駅に回送準備中だという蒸気機関車C57と遭遇。

新津駅から出発するE129系電車
2番線から出発するE129系電車長岡行、2017年5月撮影。

新津駅で特急「北越」退避中の115系電車
3番線で特急「北越」退避中の115系電車村上行、2012年7月撮影。
この撮影当時は当駅での普通列車の特急退避が上下1本ずつありました。
2017年3月改正ダイヤでは午前下りに1本のみ設定されています。

新津駅に停車中の115系電車
夜の5番線に停車中の115系電車新潟行、2012年6月撮影。
昔の時刻表を紐解くと、昭和55年10月改正ダイヤでの平日の新津-新潟間定期普通・快速列車の本数は上下合わせて61本。
対して2017年3月改正ダイヤでは116本(「おはよう信越」「らくらくトレイン信越」を除く)。
一方同区間の優等列車は昭和55年10月改正ダイヤで48本(寝台特急「つるぎ」と寝台急行「天の川は除く)、対して2017年3月改正ダイヤでは12本(「おはよう信越」「らくらくトレイン信越」を含む)。

新津駅で折り返し待機中のE127系電車
2015年3月改正以前は、信越本線の新潟都市圏区間列車に多用されていたE127系電車、2014年8月撮影。

新津駅から出発するE127系電車
4番線から出発するE127系電車新潟行、2012年6月撮影。

新津駅に到着したキハ110形気動車
1番線に到着した、羽越本線新発田発のキハ110形気動車、2017年5月撮影。
広い構内に単行気動車がポツンと停車。
れきとした地方幹線であるはずの羽越本線新津-新発田間の現実です。
昭和55年10月改正ダイヤでの羽越本線新津口の発着普通列車は上下合わせて23本(気動車15本、客車8本)。
他に寝台特急「日本海」4本と電車特急「いなほ」6本、客車夜行急行「鳥海」2本。
同時期の白新線・新潟-新発田間の普通・快速列車は上下27本で、今日の目から見ると甚だ奇異なダイヤ構成だったのです。
当時も沿線人口は白新線沿いがずっと多かったのですから。
旅客の流動実態に目をそむけて伝統に固執する汽車型ダイヤの面目躍如と言えましょうか。
気動車の拠点が新津にあったから・・・というのも理由のひとつかもしれませんが。
一方、2017年3月改正ダイヤでは、37年前と同じく上下合わせて23本(電車4本、気動車19本、他に休日運休の水原発着の区間便2本)。
運行本数は同じですけれど、当時と今とでは一列車当たりの編成長が大きく違いますから、総合的な輸送力としては現状は昔の半分以下でしょうね。

新津駅で待機中のキハ110系気動車
3番線で待機中のキハ110系気動車新発田行、2017年5月撮影。

新津駅に停車中のキハ40系気動車
3番線に停車中のキハ40系気動車会津若松行、2009年7月撮影。
お昼に出発するこの列車はキハ40系とキハ110系が日替わりで運用に就いているらしく、運用パターンがわからない私にとっては実にメンドくさい存在なのです。
この列車がキハ110で運用されていれば、その停車画をまだ未撮の日出谷駅豊実駅で撮れるのですよ。
午前の会津若松行はキハ110の固定運用なので、それで日出谷駅まで行って2時間滞在して次のこの列車で豊実駅へ行き、そこから歩いて県境を越えて徳沢駅を初訪問するという効率的なスケジュールを立てられるのですわ。

新津運輸区へ回送待機中のキハ40系気動車
5番線で画像奥手の運輸区へ回送待機中のキハ40系気動車、2017年5月撮影。

新津駅に停車中のキハ110系気動車
夜の5番線に停車中のキハ110系気動車、2005年9月撮影。
昭和55年10月改正ダイヤでの磐越西線・新津-五泉間の平日定期旅客列車運行本数は上下合わせて33本(気動車急行6本、気動車普通12本、客車普通15本)。
対して2017年3月改正ダイヤでは41本。
本数は増えていますが、その伸び率は小さめ。
「SLばんえつ物語」ダイヤ設定の為なのか、午前中の新津発は2時間空白があったりして、運行時間帯が朝晩にやや偏っている印象。
それだけ日中の旅客流動は小さいということなのか。

;新津駅で待機中のキハ52形気動車
晩秋早朝の4番線で待機中のキハ52形気動車新潟行、2003年11月撮影。
当駅下り新潟方面の初便は当時も今も気動車で運行されています。
この頃はホーム上の待合室も昔のままです。

新津駅に停車中の寝台特急「トワイライトエクスプレス」
3番線に停車中の寝台特急「トワイライトエクスプレス」札幌行、2012年6月撮影。

キハ58系気動車国鉄急行色二連が側線で休息中
当時盛んに「キハ58系懐かしの急行」シリーズに充てられていた、キハ58系気動車国鉄急行色二連が5番隣の側線で休息中、2004年9月撮影。

新津駅を出発する「SLばんえつ物語」編成の回送列車
急行「きたぐに」が新潟に向け出発した後、おもむろに動き出した「SLばんえつ物語」編成の酒田への回送列車、2011年6月撮影。

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2017年7月 2日 (日)

直江津駅(信越本線・えちごトキめき鉄道)

本日の駅紹介は信越本線/えちごトキめき鉄道・直江津駅。

信越本線→黒井駅はこちらへ
妙高はねうまライン→春日山駅はこちらへ
日本海ひすいライン→谷浜駅はこちらへ

国鉄型の直江津駅駅名標
えちごトキめき鉄道型の直江津駅駅名標

新潟県上越市に所在する有人駅で、開業は明治19年(1886年)8月15日。
ただし現在位置に移転したのは明治31年8月1日との事です。
開業時の所在は中頚城郡直江津町で、同町は周辺自治体を合併編入して昭和29年に市制を施行して直江津市になります。
国指定の重要港湾である直江津港を抱える直江津市は日本海沿岸海運の要衝のひとつでしたが、昭和46年に南隣の高田市と合併して人口約12万人の県内第三の都市・上越市に発展的解消を遂げて今日に至ります。
旧高田市はかつての越後高田藩の城下町で商業の中心地、対して旧直江津市は海運工業と鉄道道路の交通上の要路で、それぞれの力をひとつに纏めて地域の発展を図る大同団結であったのです。
上越市は平成の大合併によってその市域を拡大し、面積は村上市に次ぐ県内第二位、人口は20万人弱で新潟、長岡両市に次ぐ県内第3位の都市になっています。

さて直江津駅はかつては信越本線と北陸本線の接続駅で、平成27年3月の北陸新幹線金沢延伸までは特急列車が多数行きかう活気ある大駅でした。
昔の時刻表を紐解くと、昭和55年10月改正ダイヤで当駅に発着する優等列車はかくのごとき。

寝台特急3往復半: 「つるぎ」、「日本海」2往復、上り「北陸」
電車特急11往復: 「白鳥」、「雷鳥」3往復、「はくたか」2往復、「白山」3往復、「あさま」1往復、「北越」
電車急行5往復:「とがくし」2往復、「妙高」2往復、「よねやま」
気動車急行3往復:「赤倉」「しらゆき」「ひめかわ」
客車急行3往復:「きたぐに」「能登」「越前」
合計25往復半で、定期優等列車発着本数は長岡駅、新潟駅に次ぐ県内第三位。

昭和60年3月改正ダイヤでは
寝台特急3往復半: 「つるぎ」、「日本海」2往復、上り「北陸」
電車特急14往復:「白鳥」、「雷鳥」3往復、「北越」5往復、「白山」2往復、「あさま」3往復
電車急行4往復:「きたぐに」、「南越後」、「とがくし」2往復
客車急行1往復:「能登」
合計22往復半で、在来線定期優等列車発着本数は新潟、長岡両駅を凌ぎ県内堂々の1位。
当駅はこの首位の座を昭和59年2月改正から平成27年3月改正までの約31年間守ってきたのです。

しかし北陸新幹線金沢延伸で、在来線特急の「はくたか」が永遠の旅路に走り去ってそれは激変。
長中距離の優等列車が賑やかに行き交う鉄路の要衝としての機能は既に昔日の光景となり、広大な構内に短編成のローカル列車が出入りする寂しい風景。
夏草や兵どもが夢のあと。

JR東日本によると、2015年度の直江津駅1日平均乗車人員は2,337人。
同社新潟県内有人65駅中15位で、燕三条駅(上越新幹線・弥彦線)よりもやや多く、
巻駅(越後線)よりやや少ないというレベルです。
ただ燕三条駅は上越新幹線駅としての数字なので、無人駅扱いの弥彦線の数字を入れれば当駅よりもかなり大きい数字になると思われます。
また北陸新幹線金沢延伸前年の2014年度と比べると265人減で、思っていたよりも減少幅はずっと小さいのです。

JR東日本時代の直江津駅駅舎北口
北陸新幹線金沢延伸以前、JR東日本管理下の直江津駅駅舎北口の様子、2005年10月撮影。
2000年4月に供用を開始した駅舎は、前時代の風格たっぷりだった旧駅舎と正反対の現代建築。
とごとなく客船をイメージさせるデザインであります。
鉄路の要衝の新たな顔としてこれからも華やかに・・・といきたかったところですが、現駅舎供用開始の八ヶ月後には、北陸新幹線・長野-富山間のフル規格建設が決定したのです。
華々しく再デビューを飾ったこの立派な駅舎も、近い将来の斜陽化ローカル化を決定付けられてしまったわけです。

えちごトキめき鉄道管理に移った駅舎
第三セクター鉄道のえちごトキめき鉄道管理に移った駅舎、2015年10月撮影。
駅名から「JR」の二文字が消えています。
なお駅前のバス停には上越市各地及び周辺地域への路線が多数乗り入れていて、鉄道補完では上越大通り線(上越妙高高田犀潟土底浜潟町の各駅に移動可能、南高田、黒井駅へは少々歩きます、土休日上下24本)、春日山・佐内線(春日山駅に移動可能、黒井、高田両駅へは少々歩きます、土休日上下15本)、桑取線(谷浜駅に移動可能、有間川駅へは少々歩きます、土休日上下8本)が出入りしています。

直江津北口駅前通りの様子
北口駅前通りの様子、2010年5月撮影。
昔ながらの旅館や店舗が軒を連ねる通りです。

夜の北口駅前通り
夜の北口駅前通り、2009年6月撮影。
昼よりも夜の方が風情を感じさせますな。

「イトーヨーカドー直江津店」
画像左側は当駅周辺で最大の集客力を持つ店舗「イトーヨーカドー直江津店」、その手前にあるのはくびきバスの「イトーヨーカドー前」バス停の待合室です、2010年6月撮影。
このバス停には直江津駅発着の路線バスが概ね停まります。

直江津駅南口
駅南口の様子、2010年5月撮影。
道路を渡る自由通路の窓は船の舷窓のようです。

南口出入り口
駅南口出入り口の様子、2010年5月撮影。
内陸側のこちらには、特段目を惹くようなものはありません。
南口からもバス停があって、鉄道補完では名立線(谷浜、有間川両駅に移動可能、名立駅へは少々歩きます、土休日上下6本)と能生線(谷浜、有間川両駅に移動可能、名立筒石能生の各駅には少々歩きます、土曜上下4本、休日は全便運休)が発着しています。

直江津駅駅舎内部その1
えちごトキめき鉄道管理になった現在の札口、2015年10月撮影。
2005年末に導入された自動改札機こそ維持されているものの、看板を見ればわかる通り今ではJRは添え物的な扱い。

直江津駅駅舎内部その2
JR東日本時代の改札口と窓口、2009年6月撮影。

直江津駅駅舎内部その3
えちごトキめき鉄道に移管後の駅窓口、2016年9月撮影。

直江津駅駅舎内部その4
えちごトキめき鉄道窓口脇の自動券売機群、2016年9月撮影。
右側から順に、JRの指定券用、通常用、えちごトキめき鉄道用2台。
JR券売機上のモニターは空席案内板で、この時は上越新幹線の空席情報を表示していました。
この界隈からだと上越妙高駅から北陸新幹線を利用するのが対東京の主要路だと思うのですが、これを見るとほくほく線で越後湯沢駅まで出て上越新幹線に乗り換えというルートも、まだ需要があるということなのでしょうか。

直江津駅駅舎内部その5
駅の南北を横断する小奇麗な自由通路、2009年6月撮影。

構内通路から見た構内
構内通路から見た構内の新井方、2010年5月撮影。
おりしも3番線には快速「くびき野」が停車中。

自由通路から見た構内その1
自由通路から見た構内の柏崎方、2010年5月撮影。
錯綜する多数の線路は、鉄路の要衝たる証です。

自由通路から見た構内その2
自由通路から見た構内の新井方、2015年10月撮影。
広い構内と多くの側線は日本海縦貫線の中核駅であった証です。

自由通路から見たえちごトキめき鉄道の直江津運転センター
自由通路から見たえちごトキめき鉄道の直江津運転センター、2015年10月撮影。
同鉄道の二大主役であるET122形気動車とET127系電車を俯瞰で同時に見物できます。

構内各ホームへ連絡する構内通路
構内各ホームへ連絡する構内通路、2010年5月撮影。
構内のトイレはこの通路上(私が立っている側)にあります。
特急「はくたか」が飛び去った後も、駅弁売りの方が出ておられますが、正直なところ、当駅の現状では売り上げも相当に減ってしまったのではと心配になるところです。

直江津駅の1-2番島式ホームその1
1-2番島式ホームの新井方から見た直江津駅構内、2010年5月撮影。
画像左側の1番線には食パン顔の419系電車が客待ち中。
ご覧のように当駅構内は実に広大で、在来線の駅としては新潟、長岡両駅を凌ぎ、新津駅と並ぶ新潟県下随一の規模です。

直江津駅の1-2番島式ホームその2
島式ホームの2番線端から新井方を見る、2010年5月撮影。
ホーム端の小屋が視界を遮るので、ここからの眺めはイマイチ。

直江津駅で待機中の413系電車
1番線で待機中の413系電車富山行、2012年6月撮影。
2011年3月改正をもって引退した419系電車の後任として、北陸本線の糸魚川以東で運用を開始したこの電車。
しかしその姿を当駅で見られたのは僅か4年でした。

夜の1番ホームと、停車中の475系電車
夜の1番ホームと、停車中の475系電車、2009年6月撮影。
重厚な上屋の造りが夜目にくっきり。

直江津駅に到着した単行のET122形気動車
1番線に到着した単行のET122形気動車、2015年10月撮影。
JR時代の3両編成を単行にしたので当たり前の話なのですが、とにかく混んでいました。
日曜なので学生が集中しているわけではなく、一般の用務客が利用するのです。
あれだけ混んでいると、意気地のない私なぞは糸魚川との往来に北陸新幹線を使いたくなるというものです。
なお2016年9月時点で、1番線から出発する定期列車は1日7本。
全てえちごトキめき鉄道・日本海ひすいラインのこの気動車です。

直江津駅に到着する475系電車
2番線に到着する当駅止まりの475系電車、2011年6月撮影。
個人的には最後まで馴染めなかった青一色の車体です。

直江津駅に進入する特急「はくたか」
2番線に進入する特急「はくたか」越後湯沢行、2013年5月撮影。
北陸新幹線金沢延伸まで当駅最大のスタァと言えたのが、金沢-越後湯沢間新幹線連絡輸送の重責を担っていたこの列車でした。
「北越」よりも長編成で見映えのする列車でしたなぁ。

直江津駅に到着する485系電車国鉄特急色の特急「北越」新潟行
2番線に到着する485系電車国鉄特急色の特急「北越」新潟行、2010年6月撮影。
当駅2番線には新潟行「北越」と越後湯沢行「はくたか」が発着していました。
2016年9月時点で2番線を出発する定期列車は、えちごトキめき鉄道日本海ひすいラインの3本と妙高はねうまライン1本、JR東日本が8本(うち特急「しらゆき」が3本)の合計12本です。

直江津駅の3-4番島式ホームその1
3-4番島式ホームの3番新井方から見た構内、2011年6月撮影。

直江津駅の3-4番島式ホームその2
3-4番島式ホーム端から新井方を見通す、2011年6月撮影。

3-4番島式ホームの待合室
3-4番島式ホーム上屋下の待合室内部、2013年5月撮影。
主要駅に相応しく広い室内です。
待合室の向こうの上屋下はガランとして何もなく、今日では完全に遊休化。
新津駅構内と通ずるものがあります。

直江津駅の3-4番島式ホームその3
3-4番島式ホーム上屋下の様子、2011年6月撮影。

直江津駅の3-4番島式ホームその4
南北連絡通路を見上げる3番線柏崎方から見た構内、2011年6月撮影。
駅周辺の交通事情改善に多大な効果があったと思われるこの連絡橋も、駅撮りの観点のみで言うのならばあまり見栄えは・・・
位置がもう少し構内中央寄りであればまた違っていたと思うのですが。

直江津駅の3-4番島式ホームその5
3番線端から柏崎方を見通す、2011年6月撮影。

直江津駅に停車中の485系電車特急「北越」
3番線に停車中の485系電車R編成の特急「北越」金沢行、2013年5月撮影。
かつての3番線は金沢方面への「北越」「はくたか」が発着していていました。
2016年9月時点で3番線から出発する定期列車は、えちごトキめき鉄道・日本海ひすいラインが9本、妙高はねうまラインが8本(内特急「しらゆき」5本)、JRが2本の合計19本です。

直江津駅に停車中のET122形気動車とE653系電車の特急「はくたか」
2番線に停車中のET122形気動車と、3番線に到着するE653系電車の特急「はくたか」上越妙高行、2016年9月撮影。
特急「はくたか」「北越」が飛び去ってしまった今、寂れた雰囲気が構内に漂うこの駅に一時の華やぎをもたらすのがこの「しらゆき」でありましょう。

直江津駅を出発した「しらゆき」
上越妙高駅へ向けて、えちごトキめき鉄道に足を踏み入れるべく3番線を出発加速する「しらゆき」、2016年9月撮影。

直江津駅に停車中の特急「はくたか」と快速「くびき野」
2番線に停車中の特急「はくたか」と、3番線に停車中の快速「くびき野」のツーショット、2013年5月撮影。

直江津駅に停車中の115系電車
秋の夕陽の3番線に停車中の115系電車、2015年10月撮影。

直江津駅に停車中の475系電車
4番線に停車中の475系電車、2011年6月撮影。
新潟県内では急行くずれの快速「立山」が糸魚川駅に出入りする以外、国鉄交直流急行色を目にする機会が無かったので、この電車のカラーといえば白地に青のラインです。
2016年9月時点で4番線から出発する定期列車は、えちごトキめき鉄道・日本海ひすいラインが1本(2017年3月改正で廃止された所謂「糸魚川快速)、妙高はねうまラインが9本、JRが5本の合計15本です。

直江津駅に到着した485系電車快速「くびき野」
夕刻の4番線に到着した485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行、2011年6月撮影。
上越地方からの帰路、私がもっぱら愛用したのがこの「くびき野5号」でした。
当駅を六時前に出発する時間帯の良さで、指定席に腰を落ち着けてまったりと大名気分で帰宅の一時を過ごしたものです。
この時も撮影後すぐ車中の人へ。
日曜の夕方ですが、車内には新潟到着まで私ひとり。
「くびき野」の指定席は概ねそんな感じでした。
10月の三連休の中日に乗ったことがありますけど、その時でも指定は半分にも行ってない乗り具合でしたっけ。
自由席はぎゅう詰め満員なのにですよ。

直江津駅の5-6番島式ホームその1
南北連絡橋直下の5-6番島式ホームから見た構内、2011年6月撮影。
画像左の6番線には指定席車連結の普通列車「妙高」が待機中。

直江津駅の5-6番島式ホームその2
5-6番島式ホーム端から柏崎方を見る、2011年6月撮影。
中央には喫煙者憩いの場の喫煙所。
私はそもそも煙草を吸った事が一度も無いので、ホーム端のここまで来て吸いまくる喫煙者の気持ちは理解できませぬ。
中学生の時、「タバコは体にいい」とか言って私にも無理強いしてきたあのバカ、今頃は肺もまっくろけかなぁw

直江津駅の5-6番島式ホームその3
5番線から見た構内中央部、2011年6月撮影。
やはり当駅のような、上屋の長大な大駅の昼間の撮影はイマイチ。
しかも梅雨時の一面の曇り空だし。
これまでに何度か言及してますが、夜の方が映えます。

直江津駅の5-6番島式ホームその4
5番線から構内の新井方を見る、2011年6月撮影。
ご覧の通り、この辺りの上屋下には何もありません。

直江津駅の5-6番島式ホームその5
当駅最果ての地、6番線から見た構内の様子、2011年6月撮影。
留置車両も無くガランとした側線群が、当駅の今後を暗示しているようでした。


直江津駅に停車中のJR東日本E129系電車とET127系電車
画像左側の4番線に停車中のJR東日本E129系電車と、右側の5番線に到着したえちごトキめき鉄道のET127系電車、2016年9月撮影。
私にとって長年慣れ親しんだE127系電車と、現在多用しているE129系電車の新旧顔合わせであります。
2016年9月時点で5番線から出発する定期列車は、えちごトキめき鉄道・妙高はねうまラインが9本、北越急行ほくほく線直通が8本、JR東日本が4本の合計21本。

直江津駅で待機中のET127系電車
4番線と5番線で仲良く顔を合わせるET127系電車、2015年10月撮影。

直江津駅で待機中の115系電車その1
今ではもう見られない顔合わせ、4番線の115系電車長野色と5番線の115系電車N編成、2013年5月撮影。

直江津駅に停車中の475系電車と115系電車
こちらも今では思い出のひとコマ、4番線に停車中のJR西日本所属475系電車と5番線で待機中のJR東日本所属115系電車長野色、2012年6月撮影。

直江津駅で待機中のHK100形電車
5番線で待機中の北越急行所属HK100形電車、2012年6月撮影。
ほくほく線直通列車はこの5-6番島式ホームのみに発着します。

直江津駅で待機中の189系電車「妙高」その1
5番線で待機中の189系電車国鉄特急色の「妙高」、2014年5月撮影。
「妙高」最後の皐月の姿であります。

直江津駅で待機中の485系電車普通列車
快速「くびき野」を新井駅に送り込む回送を兼ねて運転されていた、朝の485系電車T編成の普通列車新井行、2014年5月撮影。
半室グリーンと指定席車は締め切り扱いでの運転でした。

寝台特急「トワイライトエクスプレス」が直江津駅に進入その1
寝台特急「トワイライトエクスプレス」が直江津駅に進入その2
寝台特急「トワイライトエクスプレス」札幌行が5番線に進入、上は2014年5月、下は2013年5月撮影。

直江津駅に停車中の「トワイライトエクスプレス」
5番ホームの有効長を目一杯使って停車中の「トワイライトエクスプレス」、2014年5月撮影。
こんな長編成の旅客列車が当駅に停車する事はおそらく二度とないのでしょうな。

直江津駅を出発する「トワイライトエクスプレス」
次の停車駅長岡に向けて出発する「トワイライトエクスプレス」、2014年5月撮影。
私が直接見た「トワイライトエクスプレス」最後の姿です。

直江津駅を出発したET127系電車
当駅最果ての6番線を出発したET127系電車妙高高原行、2015年10月撮影。
2016年9月現在、6番線から出発する定期列車はえちごトキめき鉄道・妙高はねうまラインが7本、北越急行ほくほく線直通が8本、JRが3本(うち2本は特急「しらゆき」)の合計18本。
頭端式ホームで日本海ひすいライン専用の1番は別にして、他の2~6番には万遍なく列車を割り振っている今日の直江津駅ですが、利用者の目から見れば路線別にホームを集約使用してもらった方が便利なのは確かでしょう。

直江津駅で待機中の189系電車「妙高」その2
6番線で折り返し待機中の189系電車「妙高」、2011年6月撮影。
いつも適度に空いていて、実に利用しやすい列車でしたっけ。

直江津駅で待機中の419系電車その1
6番線で待機中の419系電車富山行、2009年6月撮影。
タネ車の581/583系電車の風格を偲ばせる面構えでした。
このホームは一見すると信越本線長野方面とほくほく線直通列車専用のような印象でしたけれど、北陸本線の普通列車もこのように入ってきていました。

直江津駅で待機中の419系電車その2
6番線で待機中の419系電車「食パン顔」、2005年10月撮影。

陸橋上から見た直江津駅構内
駅至近の陸橋上から俯瞰で見た構内、2010年10月撮影。
うねりながら集散する線路は、鉄道のジャンクションの持つ黒鉄色のダイナミズムそのものであります。

陸橋上から見た新井方
同じ位置から新井方を俯瞰で見る、2010年10月撮影。
右側が北陸本線、左側が信越本線です。

五智国分寺の三重塔
ここからは直江津駅周辺の見所をご紹介。
これは駅から谷浜方面に2km弱進むと行き着く、五智国分寺の三重塔、2011年6月撮影。
オリジナルは焼失してしまっていて、現存するこの塔は1856年に建て直したものだそうです。

居多ヶ浜その1
越後に流罪となった親鸞聖人が1207年に上陸したと言われる居多ヶ浜、2011年6月撮影。
五智国分寺のすぐ近くです。

居多ヶ浜その2
海水浴場になっている居多ヶ浜の様子、2011年6月撮影。

安寿姫と厨子王丸の供養塔
直江津駅から黒井駅方に歩いて関川沿いに海岸近くまで行くと、そこには安寿姫と厨子王丸の供養塔があります、2010年5月撮影。
私は小学生の時に学校で観劇した「山椒大夫」がちょっとしたトラウマなのですよ。
「タローが森の、タローが家~」、まさに地獄の一丁目でした。

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2017年6月26日 (月)

塚山駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・塚山駅。

長鳥駅はこちらへ← →越後岩塚駅はこちらへ

塚山駅の昔の駅名標

新潟県長岡市に所在する無人駅で、開業は明治31年(1898年)12月27日。
開業当時の所在は三島郡塚山村で、同村の玄関駅でした。
村は昭和30年に周辺諸村と合併して町制を施行して越路町になりますが、越路町の玄関駅は来迎寺駅で、当駅は傍流の地位にありました。
越路町は平成の大合併の号令下で、中越地方の雄都・長岡市に編入されて柏崎市と境を接する長岡西端の地となり今日に至ります。

さて塚山駅は単に村の玄関駅であっただけではなく、同村から南に約6kmの刈羽郡旧小国町地域(当駅開業時は四つの村に分かれていました)の玄関口としての機能も併せ持ち、道路の整備が進むまでは広域に渡る旅客貨物需要の結節点であったのです。
かつては現在の国道404号線沿いに流れる渋海川を使って、旧小国町地域から舟運で農産物がこの駅に持ち込まれ、鉄道で各地に出荷されていたそうです。

塚山駅は近年まで有人駅で、無人化されたのは平成27年6月1日。
JR東日本によると、当駅が通年で有人駅だった最後の年の2014年度の1日平均乗車人員は210人で、同社県内有人65駅中58位。
当駅より下位にあるのは、出雲崎駅(越後線)、越後川口駅(上越線)、潟町駅(信越本線)、津川駅(磐越西線)、石打駅(上越線)、越後下関駅(米坂線)、府屋駅(羽越本線)です。
2001年度の当駅1日平均乗車人員は318人で、13年間で三割以上減少してしまっています。
なお当駅周辺の高校は、かつて旧小国町に県立柏崎高校の小国分校が所在していましたけれど2008年に閉校。
当駅の2008年度と2009年度の乗車人員に差はほとんど無いので、分校閉校の影響は無いようですね。

塚山駅駅舎その1
国道404号線向かい側の高台から俯瞰で見た塚山駅駅舎、2013年10月撮影。
篠付く秋雨で駅舎と後背の緑が映えます。
しかし後背の緑が当駅の構内撮影に際してクセ者なのも確か。
この小山が構内に入る朝日を遮るので、秋口だと午前八時なのにまだ夜明け直後のような暗さだったりするのですよ。

塚山駅駅舎その2
駅舎正面の様子、2016年9月撮影。
近年のやや硬質な感じの改築駅舎と比べて、和風で素朴な温かみの感じられるデザインの建物です。
建築財産票によると完成は平成18年2月28日。
駅舎改築から僅か9年で無人化の憂き目を見たのです。

塚山駅前広場
駅前広場の様子、2011年6月撮影。
駅前広場は広大で、かつての貨物用地を転用したように見えます。
当駅の貨物取扱が廃止されたのは昭和46年12月。

駅前の国道404号線その1
駅前の国道404号線その2
信越本線と並走する国道404号線の駅前の様子、2011年6月撮影。
旧村の中心部は駅からやや離れています。
上の画の道路両側に建つ小屋は路線バスの「塚山駅前」バス停待合室で、鉄道補完では越後交通運行の長岡駅-小国車庫線がこのバス停に停まります。
2017年3月改正ダイヤでは平日上下17本、土休日上下12本が設定されていて、越後岩塚駅へは最寄バス停から1km弱、来迎寺駅へは最寄バス停から約1.5kmと離れているので、この路線は実質的に長岡駅への移動のみに限られる用途でしょう。
私は2008年5月に来迎寺駅で急行「きたぐに」を撮影した後、越後交通長岡線の廃線跡を見ながら国道404号に出て、バスでこの駅まで来たことがあります。
土曜の朝、しかも人の流れとは逆コースでガラガラの車中でしたっけ。

塚山駅の旧駅舎その1塚山駅の旧駅舎その2
改築前の塚山駅駅舎、2004年8月撮影。
中越地震被災の約二ヶ月前の光景です。
建築財産票によると完成は戦後間もない昭和23年10月。
この頃はまだ当ブログを始める前で、現在のようにディープな展開なぞは全く考えていなかったので駅舎内部は未撮影、メモすらとっていない有様。
鉄オタどころか社会人失格ですなこれは。
今となっては我ながら遺憾の一言なのです。

塚山駅駅舎内部その1
有人時代の駅舎内部の様子、2013年10月撮影。
画像左側が待合室の出入り口です。
内装も温かみのある小洒落た雰囲気でなかなか良いムード。

塚山駅駅舎内部その2
無人化後の駅舎内部、2016年9月撮影。
壁に埋め込み式の有人駅仕様の自動券売機は撤去されて、代わりにこのような無造作な形で無人駅用の簡易券売機を設置。
これを見ると、無人化の悲哀がひしひしと伝わってくるのです。
当駅の場合、駅舎はまだピカピカで綺麗なので尚更なのですよ。

塚山駅駅舎内部その3
塚山駅駅舎内部その4
有人時代の待合室内部の様子、2011年6月撮影。
来訪者の心を和ませる色々な展示物です。

塚山駅駅舎内部その5
塚山駅駅舎内部その6
無人化後の待合室内部、2016年9月撮影。
管理上の問題からなのでしょうけれど、展示物は撤去されて殺風景になってしまいました。
座布団が健在なのが唯一の救い。

1番ホームから見た駅舎
長岡方面乗り場の1番ホーム側の駅舎とその向こうの跨線橋の位置関係、2011年6月撮影。
上屋下にもベンチが八人分も置かれているのは、有人時代の名残と申せましょうか。
純然たる田舎の無人駅ですとこういう例はあまり無いですからね。
なお駅舎は1番ホームの越後岩塚駅方に偏って置かれています。


塚山駅の1番ホームその1
1番ホーム端から長岡方を見通す、2011年6月撮影。
古い時代の開業である当駅構内のホーム配置は顕著な千鳥形です。
保線用車両の留置されている線路はかつての貨物用だったのでしょう。

塚山駅の1番ホームその2
1番ホームの長岡方から見た塚山駅構内、2011年6月撮影。

塚山駅の1番ホームその3
1番ホームの柏崎方から見た構内、2011年6月撮影。
前述したように構内は顕著な千鳥配置で且つ駅舎の位置が偏っているため、跨線橋からここまでの距離は相当なモノになっています。

塚山駅の跨線橋
跨線橋内部の様子、2013年10月撮影。
まだ有人時代の姿で、ポスターが貼られています。

跨線橋上から見た構内その1
跨線橋上から構内の長岡方を俯瞰で見る、2011年6月撮影。
左の本線と右の旧中線の状態の差に注目。
また駅舎改築後の新しい上屋と以前からのそれとの間に歴然とした違いがある事にも更に注目。
どうせなら改築に合わせて1番の上屋だけでも茶色に塗り替えればいいのにと感じるのは、費用を考えない素人の浅はかな考えと断言できましょう。
列車の発着はもう無い2番に黄色い線が引かれているのは律儀というべきか

跨線橋上から見た構内その2
同じ位置から駅舎改築以前の構内を俯瞰で見る、2004年8月撮影。
駅舎内部は華麗にスルーだったのに、俯瞰はしっかりと撮っているのです。
流石コテコテの俯瞰マニアと自身をホメ称えてあげたい。
旧駅舎の巨大さがよくわかりますな。

跨線橋上から見た構内その3
跨線橋上から俯瞰で見た構内の柏崎方の様子、2011年6月撮影。
旧村中心部は、画像右の国道を少し進んだ後、信越線の下をくぐった左手に広がっています。
信越線のこの先は、線内でもっとも鄙びた地域を進んで行きます。

塚山駅の旧島式ホームその1
旧島式ホーム上屋下の様子、2011年6月撮影。
上屋の重厚な造りはやはり大変に宜しい。
ホーム上に待合室は無くベンチのみ。

塚山駅の旧島式ホームその2
旧島式ホームの長岡方から見た構内、2011年6月撮影。
1番とは逆に、こちら側は越後岩塚駅方に大きく偏ったホーム配置です。
跨線橋ははるか彼方ですけれど、この位置までかかる定期旅客列車はもう存在しないので心配御無用。

塚山駅の旧島式ホームその3
旧島式ホーム端から長岡方を見通す、2011年6月撮影。
この時点では旧中線が上下本線と繋がっているのを確認できます。
当駅の中線は相当以前から遊休化していたようで、日中に特急7往復と急行5往復が走っていた昭和55年10月改正ダイヤでも、当駅で優等列車を退避する普通列車は皆無でした。
使われていたとしても、貨物列車の退避が精々だったのでしょう。
ちなみに当時、当駅に停車する普通列車は上下合わせて24本、現在(2017年3月改正ダイヤ)は同じく31本です。
当時は普通列車も6~7両編成が当たり前でしたので、今日の短編成列車の多さを考えるに、トータルの輸送力は同程度かあるいは減っているやもしれません。

塚山駅の旧島式ホームその4
旧島式ホームから見た構内中枢部、2008年5月撮影。
上下の上屋と跨線橋の三点セットであります。

塚山駅の旧島式ホームその5
旧島式ホームの3番線(柏崎方面乗り場)の柏崎方から見た構内、2011年6月撮影。
国鉄時代以来の白線が残っているのは、この辺りも遊休化している証です。

塚山駅の旧島式ホームその6
旧島式ホーム端から柏崎方を見通す、2011年6月撮影。
当駅構内のホーム千鳥配置を改めてよく認識できる一枚。
旧中線のこちら側はすっかり草生して廃線そのもの。
当駅の中線が生きていれば、宮内-柏崎間でアクシデントが発生しても臨機応変なダイヤを組めると思うのですけれど、そんな考えは当局にはもう無いのでしょうな。
何かあったらウヤでOKですものね。




旧駅舎時代の塚山駅構内その1
旧駅舎時代の構内を旧2番ホームの長岡方から見る、2004年10月撮影。
中越地震発生二週間前の様子であります。

旧駅舎時代の塚山駅構内その2
旧2番ホームの柏崎方から見た旧駅舎時代の構内、2004年10月撮影。
上屋を支える支柱の形状など、戦後第一世代らしからぬクラシックな形状でいい味出してました。

塚山駅に到着した115系電車
秋雨そぼ降る1番線に到着した115系電車長岡行、2013年10月撮影。

塚山駅を出発した115系電車
3番線を出発して加速する115系電車直江津行、2013年10月撮影。

塚山駅を通過する485系電車快速「くびき野」
夕陽の3番線を通過する485系電車国鉄特急色の快速「くびき野」新井行、2014年6月撮影。
特急に準じた都市間輸送を担う「くびき野」が、当駅に停車する機会はありませんでした。
その後身である通称「新井快速」も当駅は通過。
宮内-柏崎間は過疎ダイヤなので、都市間輸送からはやや外れた現在の快速は少なくとも当駅に停車しても良いのではと部外者は強く思うところなのですけれど、当局が通過でOKと判断しているからには想定される乗降はほとんどいないのでしょうな。

塚山駅に進入する485系電車特急「北越」
1番線に進入する485系電車R編成の特急「北越」新潟行、2004年10月撮影。

塚山駅を通過する寝台特急「トワイライトエクスプレス」
夕闇迫る塚山駅を轟然と通過する寝台特急「トワイライトエクスプレス」札幌行、2014年6月撮影。
日の長いこの時期だからこその画です。

塚山駅周辺
駅から「長谷川邸」見学の為に、旧村中心部へ向かって10分ほど歩いて一枚、2011年6月撮影。
長閑な風景が続きます。

「ほたるロード」
ここ塚山地域はホタルの生息地として有名らしく、この先の道は「ほたるロード」と命名されています、2011年6月撮影。
右側の看板には定点観測点におけるホタルの確認生息数が隔日で記録されていて、撮影時の最新の数字はヘイケホタル72匹。

三波春夫先生を記念する公園と銅像
ほたるロードの横には当地の生んだ最大の有名人、三波春夫先生を記念する公園と銅像があります、2011年6月撮影。
私的には三波先生といったらやはり「ルパン音頭」と「銭形マーチ」ですな。
特に後者は銭形のとっつあんのルパンに対する嫉妬と羨望のホンネを三波先生が高らかに歌い上げていて最高の一曲であります。

、「長谷川邸」付近
駅から徒歩15分で、「長谷川邸」の所在する旧村中心部に到達、2011年6月撮影。
国道両側のバス停は前述の長岡-小国車庫線のものです。
駅からは歩いてこれる距離なので、バスは長岡駅から長谷川邸に直接行く場合の交通手段ですな。

長谷川邸の正門
長谷川邸の正門、2011年6月撮影。
戦国時代以来、代々世襲の庄屋としてこの地を収めてきた長谷川家の邸宅であります。

長谷川邸の主屋
長谷川邸の主屋、2011年6月撮影。
1716年にほぼ完成したと伝えられている家屋で、築300年になります。
新潟県内では最古の木造民家との事です。
端正な建物と邸内ですけれど、コレだ!というインパクトに欠けるのが正直なところです。

邸内の仏間と茶の間
邸内の仏間と茶の間、2011年6月。
訪ねたのは梅雨に入りたての土曜日の朝九時。
私以外の見学者はゼロでした。

邸内の土間とかまど
邸内の土間とかまど、2011年6月撮影。
このかまどは調理用ではなくお風呂用だそうです。

塚山駅付近の廃トンネル
駅に戻って今度は越後岩塚駅方に7分ほど歩くと行き着くのが、信越本線の廃トンネルです、2011年6月撮影。

廃棄された塚山第三トンネル
これは昭和43年に塚山-越後岩塚間複線化で廃棄された塚山第三トンネルらしいです。
ネットで色々見てまわると、塚山-長鳥間にも単線時代の遺構が多数存在するようです。

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2017年6月24日 (土)

長岡駅(信越本線・上越新幹線)

本日の駅紹介は信越本線/上越新幹線・長岡駅。

宮内駅はこちらへ←信越本線→北長岡駅はこちらへ
浦佐駅はこちらへ←上越新幹線→燕三条駅はこちらへ

長岡駅の在来線駅名標
長岡駅の上越新幹線駅名標

新潟県長岡市に所在する有人駅で、新潟県中越地方の中心にして県内第2の都市である長岡市の玄関駅です。
開業は明治31年(1898年)6月16日で、当時の所在は古志郡長岡町。
かつての越後長岡藩14万2,700石の城下町であった長岡町は、駅開業の5年後に県都新潟に次ぐ県内で二番目の市制施行を果たして長岡市となり、その後も周辺自治体の合併編入で市勢を拡大、現在の人口は約27万2千人を数える新潟県内第2の都市としての立場を確固たるものとしています。

JR東日本によると、長岡駅の2015年度1日平均乗車人員は11,623人で、同社県内有人67駅中新潟駅に次ぐ第2位の堂々たる数字です。
乗車人員に占める定期と定期外の比率は1対1に近く、通勤通学と用務観光の両方で利用が活発な駅であります。
県内では利用状況が突出した第2位で比較対象が無いので、他県の駅と比べてみると、秋田県の県庁所在地である秋田駅や、最近某女性タレントの「山奥」暴言で話題になったw埼玉県埼京線の指扇駅と同レベルです。

長岡駅大手口の様子
長岡駅大手口の様子、2012年6月撮影。
かつての長岡城跡、つまり町の中心部に造られたのがこの駅です。
という事は、鉄道に対する忌避感がこの町には無かったということなのでしょう。
城跡にまとまった用地があったという理由以外にも、失った城に変わる町の象徴として、新時代、文明開化の象徴たる鉄道の停車場を選ぶ、そういう空気があったのかもしれません。
現在の駅舎は上越新幹線建設に伴い改築されたもので、昭和55年に供用開始。
店舗も建物内に多数展開していて、なかなか活気があります。

大手口の駅前
大手口の駅前の様子、2016年9月撮影。
日曜の早朝とあって人影はまばら。
画像左側は路線バス乗り場です。

大手スカイデッキ上から見た大手口駅前広場
駅と駅前通りを結ぶ空中回廊の大手スカイデッキ上から見た大手口駅前広場、2016年9月撮影。
タクシーが多数待機しているあたりは流石県内第二の都市の玄関駅であります。
しかしこの辺は夜ともなればムクドリの大群が集結して、蜂の巣のつついたような大騒ぎになるのであります。

越後交通の長岡駅前バス乗り場
前掲の画の反対側に位置する、越後交通の長岡駅前バス乗り場、2016年9月撮影。
左側が長岡駅です。
ここには長岡市各地や近隣自治体へのバス路線多数が乗り入れています。
後付で手狭かつごちゃごちゃしている新潟駅前に比べると、駅舎改築に伴う駅前整備によるものだけあって、スッキリとして利用しやすい構造になっています。
鉄道補完では、上越線の越後滝谷小千谷各駅、信越線の宮内前川来迎寺塚山柏崎北長岡東三条、飯山線の越後岩沢下条魚沼中条十日町、越後線の分水
寺泊小島谷出雲崎礼拝西山刈羽西中通東柏崎の各駅にバスで直接もしくは最寄バス停から僅かの徒歩で移動可能です。
特に新潟駅から越後線南部の各駅に行く場合、上越新幹線で長岡下車、越後交通のパスに乗り換えて行く方が、時間帯によっては圧倒的に便利だったりするのはちょっとした豆知識。

大手スカイデッキ上から見た大手口駅前通り
大手スカイデッキ上から見た大手口駅前通りの様子、2016年9月撮影。
当駅周辺はダイエーの撤退など、一時は衰退の危機感が相当にあったのですけれど、近年はだいぶ持ち直してきている印象。
まぁたまにしかこない部外者の目にはそう映っても、地元の方にはまた別に見えるのかもしれませんが。

夜の大手口と大手スカイデッキ
夜の大手口と大手スカイデッキ、2016年9月撮影。
光量の多い大駅周辺は夜の方が画になります。

長岡駅東口の様子
長岡駅東口の様子、2016年9月撮影。
こちら側にはかつて越後交通電車線の駅が置かれていたのだとか。
うーむ、全然記憶にないわ・・・、越後交通電車線で記憶に残っているのは、急行「佐渡」車中から見た袋町駅の短くて雑然としたホームぐらいですな。
上屋の壁に琺瑯の広告板がいっぱい貼られていましたっけ。
まだ国鉄と私鉄の区別も付かない紅顔の美幼児だったので、なぜあの駅にオレンジと緑のでんしゃは停まらないのだろうと不思議に思っていましたなぁ。

長岡駅東口のバス乗り場
東口の旧ダイエー長岡店の建物とその直下のバス乗り場の様子、2016年9月撮影。
こちらに乗り入れて来る路線バスは大手口よりもずっと少な目。
駅舎通路から見た駅東口
駅舎通路から俯瞰でみた駅東口の様子、2010年5月撮影。
賑やかな大手口と異なり、こちら側は行きかう人も車も少ない静かな佇まい。
通りの道幅が広いので、余計にその感を強くするのです。

駅舎内の商業施設「CoCoLo」
駅舎内の商業施設「CoCoLo」、2015年12月撮影。

在来線改札周りの様子
在来線改札周りの様子、2015年12月撮影。
ずらりと並ぶ自動改札機が駅利用者の多さを無言のうちに物語っているのです。

上越新幹線の改札口周り
こちらは上越新幹線の改札周り、2015年12月撮影。
自動改札機はご覧のようにちょっと少なめ。

改札を通り、駅構内に足を踏み入れて一枚
改札を通り、駅構内に足を踏み入れて一枚、2015年12月撮影。
複数の改札口があってごちゃごちゃしている新潟駅と比べて、当駅は出入り口がひとつに集約されていて通路も広いのが印象的。

構内通路の様子
構内には広い待合室、待合室左横の通路奥手にトイレがあります、2016年9月撮影。

構内通路から見た構内その1
構内通路から見た構内の新潟方、2012年5月撮影。
画像左側は言わずと知れた上越新幹線。

構内通路から見た構内その2
構内通路から見た構内の柏崎方、2016年9月撮影。
おりしもE129系電車が3番線に進入中。

長岡駅の島式ホーム(2-3番線)その1
長岡駅在来線構内の島式ホーム(2-3番線)の3番線柏崎方から見た長岡駅構内の様子、2012年5月撮影。
現在は定期列車の発着が無くホームが閉鎖されている1番線と新潟方面への列車が多く入る2番線の直上に、上越新幹線の高架が建てられています。

長岡駅の島式ホーム(2-3番線)その2
島式ホーム(2-3番線)の2番線柏崎方から見た、新幹線高架下の構内の様子、2012年5月撮影。
ここは昼間だとコントラストがあり過ぎて画にならないので、夜間撮影の方が良かろうと強く感じるところであります。

長岡駅の島式ホーム(2-3番線)その3
2番線端から柏崎方を見る、2012年5月撮影。

長岡駅の島式ホーム(2-3番線)その4
島式ホーム(2-3番線)の3番線新潟方から見た構内、2012年5月撮影。

長岡駅の島式ホーム(2-3番線)その5
島式ホーム(2-3番線)の2番線新潟方から見た新幹線高架下の構内、2012年5月撮影。
画像右側が現在閉鎖されている1番線で、貨物列車の通過線になっているようです。
私も2011年5月の朝に1番線を通過する貨物列車を見たことがあります。
当駅で貨物列車を見たのは、後にも先にもその一度だけ。
そもそも当駅は、隣の宮内駅との中間地点に造られた貨物専用の南長岡駅が昭和41年10月に開業後、貨物取扱は翌年12月にそちらへ移されていて、随分前から貨物列車との縁は薄いのです。

長岡駅の島式ホーム(2-3番線)その6
島式ホーム(2-3番線)の2番線端から新潟方を見る、2012年5月撮影。

長岡駅の島式ホーム(2-3番線)その7
島式ホーム(2-3番線)の3番線端から新潟方を見る、2012年5月撮影。

長岡駅の島式ホーム(4-5番線)その1
島式ホーム(4-5番線)の4番線柏崎方から見た構内、2012年5月撮影。

長岡駅の島式ホーム(4-5番線)その2
4番線端から柏崎方を見る、2012年5月撮影。
右端の上越新幹線高架も開業から早35年になって、大分いい感じに古びてきました。
中越地震の災厄も乗り越えた、すっかり古強者の風格。

長岡駅の島式ホーム(4-5番線)その3
5番線の柏崎方から見た構内、2012年5月撮影。

長岡駅の島式ホーム(4-5番線)その4
島式ホーム(4-5番線)上屋下の様子、2012年5月撮影。
上屋の風情は昔のまま。

長岡駅の島式ホーム(4-5番線)その5
4番線の新潟方から見た構内、2012年5月撮影。
個人的には当駅構内はこの位置からの眺めがベストですな。
駅の新旧が一同に会しているのをじっくり見物できますから。


長岡駅の島式ホーム(4-5番線)その6
4番線端から新潟方を見通す、2012年5月撮影。

踏切から見た長岡駅構内その1
柏崎方の踏切から見た、構内の上越新幹線高架下の様子、2010年5月撮影。
高架のせいでこの2本の線路だけ、他とは別線のような印象を持たされます。

踏切から見た長岡駅構内その2
視点を変えて、在来線構内中央部辺りの様子、2010年5月撮影。
大きな駅の割には、貨物線が無く中線も1本だけなのでシンプルな構造と言えましょう。

快速「越乃Shu*Kura」の駅名標
日本酒好きには辛抱タマラン、快速「越乃Shu*Kura」の停車駅の証であるスペシャル駅名標、2016年9月撮影。

長岡駅で待機中の115系電車その1
新幹線高架下の2番線で客待ち中の115系電車湘南色新潟行、2014年5月撮影。
直近の取材の2016年9月時点では、新潟方面への定期列車34本中、2番線発は19本。
新潟行の特急「しらゆき」は5本全て2番線発になっています。

長岡駅で待機中の115系電車その2
かつては構内で115系電車の姿が常に見れました、2012年5月撮影。
長岡地区では新潟地区のような短区間頻発運転が実施されていないため、普通列車の本数は国鉄時代と比べて爆発的に増えている・・・とは言えない現状です。
昭和55年10月改正ダイヤにおける普通・快速列車の方面別本数は、対新潟が18本、対柏崎が12本、対上越線は12本で合計42本。
平成29年3月改正ダイヤでは対新潟27本(全席指定の「おはよう信越」を除く)、対柏崎18本(らくらくトレイン信越を除く)、対上越線18本で合計64本。
現在の1列車あたりの両数は国鉄時代と比べて確実に減っているので、輸送力全体としては37年前と比べて増減の判断がつきかねる微妙な数字なのです。
優等列車を含めた在来線トータルだと、昭和55年10月改正では対新潟54本、対柏崎27本、対上越線が41本で合計122本。
対して平成29年3月改正では対新潟33本、対柏崎24本、対上越線18本で合計75本。

長岡駅で待機中の115系電車その3
新潟ではE129系電車の充足までのショートリリーフ的存在だった、115系電車長野色の越後湯沢行が3番線に停車中、2015年12月撮影。
2016年9月時点では3番線から出発する定期列車は18本で、上越線へ9本、信越本線新潟方面に3本、信越本線直江津方面に6本という構成。

長岡駅で待機中の115系電車その4
5番線で待機中の115系電車湘南色の水上行、2015年12月撮影。
2016年9月時点で5番線から出発する定期列車は15本で、信越本線新潟方面に9本、上越線へ5本、信越本線直江津方面に1本という構成。
こうして見ると当駅在来線の四つの乗り場はほぼ均等に使われていますが、ホームは方面別に明確な区分をしていないので、自分の乗車する列車について電光掲示や時刻表で確認を要します。

長岡駅で待機中のキハ110系気動車
長岡駅には早朝のみ姿を見せる飯山線直通キハ110系気動車十日町行、2008年5月撮影。
飯山線直通はもっと増やしても・・・と、無責任な部外者は思うところです。

長岡駅で待機中のE129系電車
上越線長岡口の普通列車が2016年3月改正で全便更新されたことで、当駅で見かける機会が激増した新鋭E129系電車、2016年9月撮影。

長岡駅に停車中の485系電車特急「北越」
夜の2番線に停車中の485系電車R編成の特急「北越」新潟行、2010年5月撮影。
やはりここは夜間の方が映えます。
長岡駅は上越新幹線開業以前の在来線全盛時代では、日中の優等列車は全て停車していました。
当駅で旅客取扱をしない優等列車は寝台特急「日本海」2往復と「北陸」のみ。
昭和55年10月改正ダイヤでは、当駅で旅客取扱いをする定期優等列車の本数は僅かながら新潟駅を上回り、県内首位だったのです。

長岡駅に停車中の485系電車快速「くびき野」
同じく2番線に停車中の485系電車T編成快速「くびき野」新潟行、2005年9月撮影。
「くびき野」が廃止されるなど、夢想さえしなかった頃の撮影です。
T編成はいずれ廃車されても、R編成で相当先まで運行を続けるのだろうと、当時は漠然と考えておったところですが、結果は実にあっけないものでした。
しかも後任は今更感の強い115系電車快速・・・。

長岡駅に停車中の583系電車急行「きたぐに」
朝の2番線に停車中の583系電車急行「きたぐに」新潟行、2008年5月撮影。
来迎寺-新潟間の停車各駅で追っかけをした列車でしたが、乗車機会はついにありませんでしたなぁ。
583系電車自体、乗車したのは1987年冬に青函連絡船に乗りに行った際の帰路に乗った特急「はつかり」の一度きり。
早朝だったのですぐ寝入ってしまい、道中はほとんど覚えていないという痛恨でした。

長岡駅に停車中のE653系電車特急「しらゆき」
越後路の新たな顔、E653系電車特急「しらゆき」が4番線に停車中、2015年12月撮影。
「しらゆき」にはこれまで4回乗っていますけれど、いずれも乗車率はまずまずというところ。
かつての不人気特急「みのり」の再来というヨタ話も杞憂に終わったようです。
なお4番線からは2016年9月時点で定期列車18本が出発していて、上りの「しらゆき」は全便4番線発になっています。

蒸気機関車とEF81形電気機関車
偶然撮影した臨時蒸機列車に、EF81形電気機関車が連結、2013年10月撮影。
このブログで度々述べていますが、私は蒸気機関車に興味が薄いのでこの列車の運転も全く知りませんでした。
日常生活、社会活動に密着した列車でないと、途端に興味が無くなるのですよ。
観光イベント型の列車は、あえて言うと遊園地の遊具みたいに感じるのですわ。

上越新幹線長岡駅構内その1
全上越新幹線長岡駅構内その2
さてここからは上越新幹線駅としての長岡駅をかいつまんでご案内。
要衝駅にしては規模の小さい構内です。

上越新幹線長岡駅構内その3
対面ホームの間に通過線の置かれた新幹線構内、2015年12月撮影。
2017年3月改正ダイヤで当駅を通過するのは1日1往復。
上越新幹線上野開業の昭和60年3月改正では1日2往復でした。

羽越新幹線用ホーム予定地
夢と消え散った形の羽越新幹線用ホーム予定地、2008年5月撮影。
長岡-上越妙高間のミニ新幹線化が実行されるのならば、ここが新在アプローチの起点として整備されるのかもしれません。
しかし県は羽越線高速化を優先し、旗振り役であった柏崎市が事実上の白旗では実現はかなりキビしい・・・。
将来の対関西アクセスを考えれば再検討する価値はあると思うのですけれど、私のようなシロウトが考えている以上に新潟と関西の結びつきは弱くなっているのかも。
今は皆、東京マンセーな土地柄ですしね。
関西直結の特急「白鳥」「雷鳥」「つるぎ」、急行「きたぐに」が高い乗車率で走っていたのも、今では遠い昔の話のようです。

停車中のE4系電車「MAXとき」
停車中のE4系電車「MAXとき」東京行、2016年9月撮影。
先日、この電車を2020年度末までにE7系電車に置き換える公式アナウンスがあったのは皆様ご存知の通りです。

到着したE2系電車「とき」
到着したE2系電車「とき」、2016年9月撮影。
上越新幹線の上野延伸開業時(昭和60年3月改正)では、当駅に停車する定期の「あさひ」「とき」は上下46本、当駅通過便は上下4本でした。
平成29年3月改正では、定期の「とき」停車は上下53本で当駅通過便は上下2本です。
かつては北陸方面との乗換駅だった上越新幹線長岡駅も、ほくほく線が開業して乗換駅の座を越後湯沢駅に譲ってからは、新潟-長岡間の速達輸送と長岡市周辺地域と首都圏の間の地に足が着いた輸送の二本立てになっています。
たとい短距離であっても新幹線の威力は絶大で、新潟-長岡間には往復割引きっぷが発売され続けていて、安価で頻発運転の高速バスと棲み分けが出来ています。
鉄オタの私も、新潟-長岡間を普通列車で移動はイヤだもんなぁ。
高速バスは便利で安いけどシモの心配と万が一の事故の懸念があるので、どうしても新幹線利用になりがちです。
駅巡りの際は4枚綴りの回数券をよく使います。
使用期限は購入後一ヶ月ですが、3枚使えば普通に自由席特急券を2回買うよりも断然おトクですもの。

山本五十六元帥生誕の実家
山本五十六元帥生誕の実家が、駅大手口近くの山本記念公園に保存されています、2012年5月撮影。

山本五十六記念館
山本記念公園の至近には、山本五十六記念館があります、2012年5月撮影。
実はわたくし、恥ずかしながらここへ見学に行ったことがありません(恥)。
この時も他に予定があって素通りの已む無きに。
駅取材は一応終了しましたし、次に長岡界隈に行くのは栃尾見学とセットになると思うので、その時はここと河井継之助記念館をぜひとも見学せねばなりますまい。

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2017年6月17日 (土)

亀田駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・亀田駅。

越後石山駅はこちらへ← →荻川駅はこちらへ

亀田駅の駅名標

新潟県新潟市江南区に所在する有人駅で、江南区の玄関駅です。
開業は明治30年(1897年)11月20日で、当時の所在は中蒲原郡亀田町。
この町は新潟市に隣接する、面積はさほど大きくない街でしたけれど財政状況は新潟市よりも良好だったそうで、それ故か新潟市に併呑されることなく、新潟県下の「町」としては最強クラスの人口を擁して永らく存在感を発揮していました。
しかしそんな町も平成の大合併の大号令の逆風には耐えられずに、平成17年3月に新潟市と合併してその江南区となり、今日に至るのです。

さて亀田駅は旧来の亀田町中心街から約1km弱北方に位置しています。
これは明治の鉄道黎明期によくある鉄道忌避の産物で、火の粉を撒き散らす汽車は火事をもたらすとされて当時の町外れに設置されたとの事。
昔は今と違って消防の整備もまだまだ、一旦火事が起きると酷いことになります。
新潟の沿岸地域は特に冬の季節風が強いので、そんな時に火事が起きれば大変なことになります。
当時の人たちの懸念はごもっともでよく判るのですけれど、戦前戦後の町の発展の観点から見れば、駅と中心街がこれだけ離れているのはマイナス材料でしょう。
しかし今日の視点で見ると、道路も狭く路地が入り組んでいて、発展性に欠ける旧来の中心街よりは、現在位置の方が発展性はずっと上なのです。
駅の東側には高校が2校あり、西側は新々バイパスに通じる一本道で亀田界隈の新たな商業集積地帯になっています。
昔はマイナスでも今はプラス、駅の立地はその時々の各種要因によって正否が揺れ動くことを実感させられる、それがこの駅なのであります。

JR東日本によると、2015年度の亀田駅1日平均乗車人員は5,402人。
同社県内有人67駅中、堂々の第4位で越後線の白山駅と第3位の座を争っています。
旧町時代から経済や人の流動で新潟市と一体化していた為に、駅の利用は周辺人口以上に大きいのです。

亀田駅橋上駅舎西口
亀田駅橋上駅舎西口の様子、2016年8月撮影。
こちら側が昔からの出入り口で、橋上駅舎に改築完成したのは平成17年(2005年)10月1日。
かつては大正期に立てられた古めかしい駅舎で、その時代を知っている者としてはこの豪勢さはまさに隔世の感。
しかしあの駅舎が建て替えられてこうなる事を予期していたのならば、撮影しておくべきだったと激しく後悔しているのであります。
私がデジカメを弄り始めたのは2002年の秋からで、その頃は当駅の旧駅舎はまだ健在だったのですよ。
この界隈は日常の延長で来れるところなので、遠方の直江津や糸魚川のように、スケジュールを立ててさぁ撮るぞ見るぞと構える必要もないのです。
しかしその辺が落とし穴、まさに灯台下暗しなのであります。
気軽に行けるところだと、そのうちそのうちと後回しになって、気が付いてみた時は既に手遅れ。
なにしろ、取材目的で当駅を訪れたのは2008年秋。
新潟県内の数ある駅の中で、一番最後に来たのがこの駅だったのです。

橋上駅舎の自由通路から見た西口駅前
橋上駅舎の自由通路から俯瞰で見た西口駅前、2016年8月撮影。
駅前広場もかつての旧駅舎時代はずっと小さかったのです。
今ではきっちり明確に整備されたロータリーです。
このロータリーには新潟交通運行の路線バスが乗り入れていて、鉄道補完では万代シティ-新津線、万代シティ-水原線があり、新潟駅の他に前者は荻川、さつき野、新津各駅(越後石山駅へは最寄バス停から少々距離アリ)、後者は水原駅への移動に活用できます。
特に後者は毎時1本と比較的運行本数が多いので、新津駅で過疎ダイヤの羽越本線に乗り換えて行くよりはずっと便利な存在なのです。

亀田駅西口の駅前通り
駅西口の駅前通り、2016年8月撮影。
画像の左右は県道で、左手を1km弱進むと旧町の中心街に行き着きます。
画像中央の道は、前述した新々バイパスへ向かう道です。

旧亀田町の中心商店街
旧町の中心商店街の様子、2008年10月撮影。
この頃、通りで集客力のある店舗はスーパー1軒のみ。
現在は更に廃れていて、廃業した個人商店も見かけるようになりました。
この時、今では絶版のハセガワ1/72スケールF-102デルタダガーを発見して小躍りしつつ購入したおもちゃ屋さんも、数年前に廃業してしまいました。

亀田駅東口
亀田駅橋上駅舎東口の様子、2016年8月撮影。
こちら側はこれから発展の余地があるフロンティアと言えます。

自由通路から見た東口駅前通り
自由通路から見た東口駅前通り、2016年8月撮影。
画像左側には漫画「ドカベン」の明訓高校のモデルの私立新潟明訓高校があります。
新潟明訓は新潟県内の私立高校でトップの学校で、且つ野球を始めスポーツの強豪高でもあります。

亀田駅橋上駅舎内部その1
橋上駅舎自由通路内の様子、2016年8月撮影。

亀田駅橋上駅舎内部その2
改札口付近の様子、2016年8月撮影。
自動改札機4台が、駅の利用状況を物語っていますな。
両隣の荻川駅(一日平均乗車人員1,800人台)のそれは3台、越後石山駅(一日平均乗車人員2000人強)は実質2台です。
画像右側に見えるのはNew Days。
待合室は改札内にあります。

構内通路から見た構内の新津方
構内通路から見た構内の新津方、2016年8月撮影。


亀田駅の島式ホームその1
島式ホームの1番線(新潟方面乗り場)の新潟方から見た亀田駅構内、2016年8月撮影。
当駅は駅舎改築以前、2面3線で中線を持っていました。
昭和55年10月、昭和60年3月の改正ダイヤでは毎日1回、普通列車が特急列車に道を譲っていましたし、新潟-亀田間の区間列車も運行されていたのです。
しかし駅舎改築、橋上駅舎化に伴う構内改修で幅広の島式ホーム1本という実に味気ない姿に変わってしまいました。
率直に言って、私見では見所の無さという点で当駅が新潟県内数ある駅の中では一番と申せます。

亀田駅の島式ホームその2
島式ホームの上屋直前から新潟方を見る、2016年8月撮影。

亀田駅の島式ホームその3
島式ホーム上屋下の様子、2012年3月撮影。
ホーム上には待合室はありません。
当駅が所在する信越本線の新潟-新津間は日中毎時3本の頻発運転区間なので、ホームに待合室が無くても差し支えない利便性の高さなのです。

亀田駅の島式ホームその4
島式ホームの新津方から見た構内、2016年8月撮影。

亀田駅の島式ホームその5
島式ホーム端から新津方を見る、2016年8月撮影。
少々見難いですが、画像中央にはかつての中線と思しき線路が1本。

駅南方の陸橋上から見た構内
駅南方の陸橋上から俯瞰で見た構内の様子、2008年10月撮影。
前述の中線と思われる線路をはっきり確認出来ます。


新潟方の踏切から見た亀田駅構内
新潟方の踏切から見た構内、2008年10月撮影。
こちら側には中線跡は残っていません。

新津方の踏切から見た構内
新津方の踏切から見た構内、2008年10月撮影。
こちら側から見るとかつての中線の様子を仔細に観察出来ます。

亀田駅に停車中のE129系電車
1番線に停車中のE129系電車新潟行、2016年8月撮影。

亀田駅に到着したE127系電車
1番線に到着した朝の内野行E127系電車、2012年3月撮影。
平日なら大混雑する時間帯ですが、日曜のこの朝はホームの人影もまばら。
亀田駅を出発して加速するE127系電車
2番線を出発して加速するE127系電車新津行、2008年10月撮影。
信越本線の新潟近郊区間では、2015年3月ダイヤ改正をもって過去帳入りした電車です。

亀田駅から出発する115系電車
2番線から出発する115系電車長岡行、2012年3月撮影。
永らく越後路の主役として君臨してきたこの電車も現在では少数派に。
しかし日中でも見かける機会はまだよくあります。
でも車体は薄汚れて退色しているし、やはりそろそろ潮時なのですな。

亀田駅を出発したキハ110系+キハE120
1番線を出発したキハ110系+キハE120の5両編成磐越西線直通新潟行、2012年3月撮影。

亀田駅に停車中のキハ40系気動車
真夏の夕刻の1番線に停車中のキハ40系気動車の新潟行、2014年8月撮影。
この列車は磐越西線直通列車ではなく、新津発新潟行の区間列車です。
新津-新潟間の区間気動車列車は、平日上下合わせて6本が設定されています。

亀田駅を通過する485系電車快速「くびき野」
2番線を通過する、485系電車国鉄特急色の快速「くびき野」新井行、2014年8月撮影。
「くびき野」最後の夏のひとコマです。
特急に準ずる都市間輸送を主な使命とする「くびき野」の当駅停車は適わず。
駅東口にある養護学校から「くびき野」を亀田駅に停車させてほしいという要望があったという話を聞いたことがありますけれど、「くびき野」に先が見えてきた時期の話でもあり、実現には至りませんでした。
なお「くびき野」の後身である通称「新井快速」は当駅に停車します。

亀田駅を通過する485系電車特急「北越」その1
まだ残雪の残る構内を駆け抜ける485系電車国鉄特急色の特急「北越」金沢行、2012年3月撮影。

亀田駅を通過する485系電車特急「北越」その2
真夏の夕刻、終点新潟駅に向けラストスパートをかける485系電車R編成の特急「北越」、2014年8月撮影。

亀田駅に停車中の583系電車急行「きたぐに」
亀田駅を出発した「きたぐに」
間も無く定期運行を終了という時期、名残の雪と共に亀田駅を去り行く583系電車の急行(快速)きたぐに新潟行、2012年3月撮影。
大阪発の下り列車の新津-新潟間が快速列車として朝ラッシュ対応の一翼を担っていたことは、皆様よくご存知の通り。

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