カテゴリー「R006 信越本線の駅」の記事

2017年11月 5日 (日)

新潟駅その二(上越新幹線及び市内点描)

本日の駅紹介は、新潟駅その二。

Niigata0020916


前回は在来線の駅としての新潟駅を紹介しましたので、今回は上越新幹線の駅としての新潟駅と、新潟市内の点描です。

Niigata1010916
新潟駅13番ホームに到着したE4系電車の「MAXとき」、2016年9月撮影。
永らく上越新幹線の顔的な存在だった二階建ての「MAX」も、2020年度末に二代目のE4系電車引退をもってその歴史を終えることになりました。

Niigata1021215
現在の上越新幹線の両輪、E2系電車とE4系電車、2016年9月撮影。
2017年3月改正ダイヤでの新潟発の上り定期列車は27本でうち1本は越後湯沢行。
E2系は10本、E4系は17本で、数的にはE4系がまだまだ主力です。

Niigata1030916
入線して乗客が乗り込み始めた朝のE2系電車「とき」、2016年9月撮影。
E2系は1998年から上越新幹線に投入され、新潟駅ではその後一時期乗り入れが無くなっていました。
引退する200系電車の後継として新潟駅に再度姿を見せるようになったのは2013年初頭からです。

Niigata1041215
夕方の新潟駅新幹線ホームに、E4系電車重連16両編成が二本揃い踏み、2015年12月撮影。
この時は長岡駅から新潟駅まで乗車しましたが、朝晩の混雑する時間帯では無いのでガラガラでしたなぁ。
やはり日中の16連は上越新幹線の特に高崎以北に関しては、輸送力過剰なのです。

Niigata1051215
初夏の土曜日の昼下がり、16連で待機中のE4系電車「MAXとき」、2017年7月撮影。
2001年5月の投入開始以来、上越新幹線の主力として君臨してきたこの電車を見られるのもあと3年ほどです。

Niigata1060717
上越新幹線のホームと、その左側で鋭意工事中の新幹線及び在来線高架島式ホーム、2017年7月撮影。
完成の暁には、上越新幹線と在来線特急「いなほ」の平面乗り継ぎが可能になります。

Niigata1070717
車両基地方から見た新潟駅新幹線ホームと、その右側で工事中の新幹線10番ホーム、
2017年7月撮影。

Niigata1110717
在来線の高架ホームもかなり形を成してきています、2017年7月撮影。

Niigata1080717
右側で工事が進む新幹線11番ホームに、E4系電車「MAXとき」が入線、2017年7月撮影。

Niigata1090717
この日(7月上旬の土曜日)は臨時便が多く、昼下がりの構内二面4線全てに電車が入っていました、2017年7月撮影。
昔の時刻表を紐解くと、1985年3月の上野駅までの延伸本格開業時の上越新幹線新潟発上り定期列車は26本(全列車上野行)。
対して現在(2017年3月改正ダイヤ)では27本(内1本は越後湯沢行)で、この32年間に本数の増減はほとんど無かったのです。
これが仙台駅発上り定期列車となると、1985年3月時点で38本、2017年3月時点で66本。
32年間で約74%増です。
盛岡駅発上り定期列車の場合は1985年3月時点で22本、2017年3月時点で37本と32年間で約68%増。
仙台駅との比較ではは新潟市と仙台市の都市の規模、機能の差が表れていますし、盛岡駅との比較では新潟駅が事実上の行き止まりで後背の人口規模(新潟県北部及び山形県庄内地方)が非常に少ないのに対して、盛岡駅は秋田、八戸、青森、そして函館へ新幹線が延伸したことの差となって表れています。

Niigata1100717
上越新幹線新潟駅構内の様子、2017年7月撮影。
画像中央奥が改札口です。

Niigata2010617
新潟駅万代口から北に進む事1km弱の萬代橋南側手前の交差点、2017年6月撮影。
画像中央に直進すると萬代橋です。

Niigata2020617
かつて「ダイエー新潟店」だったラブラ万代の建物、2017年6月撮影。
ダイエー新潟店はかつてダイエー店舗中売り上げ全国1位に輝いたこともある集客力の大きい店でしたが、会社が傾くと実にあっさりと撤退。
時に2005年8月末日。
お役に立ちますあなたのっ!オレンヂエスコート!ダイエーダイエー!のフレーズに慣れ親しんだ身としては、まさに裏切られた感アリアリでしたのよ。
ダイエー撤退後は各種専門店複合型の「ラブラ万代」に衣替えして盛業中です。
書店の紀伊国屋新潟店はかつては後述の万代シテイ向いの万代シルバーボウルビルに出店していましたが、現在はこのビルに移転しています。
私は本を買いに行くといったらかつては紀伊国屋一択でしたけれど、近年はアマゾンか新潟駅南のジュンク堂利用で、めっきり足が遠のきましたなぁ。

Niigata2350717
ラブラ万代の裏手に所在する万代シティバスセンター、2017年7月撮影。
昭和48年11月に現位置に移転して44年が経過しました。
新潟交通の新潟市近郊バス路線の中心として永らく機能してきました。

Niigata2360717
万代シティバスセンターの内部の様子、2017年7月撮影。
剛健な造りの天井の背は低く、なかなかに圧迫感があります。

Niigata2370717
万代シティバスセンター内部の乗り場はこんな感じ、2017年7月撮影。
私は画像手前の大判焼屋さんでは、しばしば大判焼を買って食します。
わて大判焼大好きやねんホンマに。
バスセンター内部の乗り場は10箇所あって、以前は全て出発便に使用していました。
2015年9月にBRTが導入されてからは新潟市内バス路線の再編が進み、バスセンター内部の乗り場も整理統合されて一部の乗り場は降車専用になっています。

Niigata2030617
萬代橋上から北岸の古町方を見る、2017年6月撮影。

Niigata2040617
信濃川南側の「やすらぎ堤」から萬代橋遠景を見る、2017年6月撮影。

Niigata2050617
萬代橋のたもとの水上バス乗り場、2017年6月撮影。
私はまだ乗船体験がありませんが、信濃川最下流の「朱鷺メッセ」から上流側の県庁前、さらにその先のふるさと村までちょっとしたクルージングを楽しめます。

Niigata2060617
昭和4年(1929年)に竣工した新潟市のシンボル、萬代橋、2017年6月撮影。
昭和39年6月に発生した新潟地震で信濃川上流側の新しい橋が大打撃を受けた惨状の中、この橋だけは健在だったのです。

Niigata2071015
萬代橋上から上流方を見る、2015年10月撮影。
画像奥に架かる橋は八千代橋です。
信濃川に架かる新潟市中心部の橋は下流から上流へ約1.5kmの間に柳都大橋、萬代橋、八千代橋、昭和大橋の四つ。
越後線の信濃川鉄橋はさらにその向こう。
萬代橋から信濃川鉄橋までは2km弱といったところ。

Niigata2080617
萬代橋上から下流方を見る、2017年6月撮影。
川に架かる橋は2002年に供用を開始した柳都大橋。
それまでは萬代橋より下流の河口側に橋が無く、両岸相互の移動には萬代橋まで出る必要がありましたけれど、この橋の完成で両岸の移動が容易になりました。
画像中央にそびえ立つビルは、新潟市の新たなシンボルと言える「朱鷺メッセ」です。
ここからの展望は素晴らしいそうですが、極度の高所恐怖症の私はとても無理です・・・。

Niigata2090617
新潟市の旧中心街である古町通りの様子、2017年6月撮影。
集客力の大きな店舗は三越百貨店、あとはせいぜいスーパーの丸大ぐらい。
私が子供の頃は、古町といったらちょっとオサレして行く感じでしたけれど、今では寂しい限りなのですわ。

Niigata2100617
先述の柳都大橋上から上流側(萬代橋方)を見る、2017年6月撮影。

Niigata2110617
柳都大橋上から下流側(河口方)を見る、2017年6月撮影。
手前の「朱鷺メッセ」の後方の画像中央左側に見える建物は、佐渡汽船のターミナルビルです。
ここから信濃川河口までは約2km。

Niigata2120617
佐渡の両津港を出発して越佐海峡を押し渡ること二時間半、新潟港に到着する「ときわ丸」、2017年6月撮影。
この日はフネの入港を観察するのが目的の一つで、ターミナルの手前から一部始終を10分ほど見学していました。

Niigata2130617
無事接岸した「ときわ丸」、2017年6月撮影。
総トン数五千トン強でそれほど大きなカーフェリーではないのですが、幅広の肥満船体なので排水量に対して中々にマッシブ。
私は佐渡汽船に乗船したのは、仕事で佐渡まで出張した1往復きり、しかも道中は早朝夜間で船内ではただ横になっているだけ。
いずれ日中の船旅としゃれ込みたいところです。
佐渡金山と薪能の見学もしたいし。

Niigata2140617
佐渡汽船の新潟港ターミナルビルの様子、2017年6月撮影。
新潟駅から2km弱と近く、万代口のバス乗り場発の路線バスが設定されています。

Niigata2150617
ターミナルビル内の様子、2017年6月撮影。
画像左側が乗船券売り場です。

Niigata2160617
ジェットフォイル乗り場に着岸中の「ぎんが」、2017年6月撮影。
米国ボーイング社製で昭和61年就航の、最大速力47ノットの韋駄天で新潟-両津間をカーフェリーの半分以下の一時間5分で結ぶ、海の新幹線はたまたコンコルドといった存在です。
就航から30年を経過して代船が必要でしょうけれど、その辺りはどうなっているのやら。
佐渡汽船の経営状況は厳しいのですし。

Niigata2170617
ジェットフォイル乗り場付近を徘徊していたら、対岸に偶然入港してきた海上保安庁第九管区新潟海上保安部所属の巡視船「ひだ」、2017年6月撮影。
日本海から帰投旋回して着岸しようとしているところです。
ウォータージェット船の入港作業を見たのは生まれて初めてで目が釘付け。
旋回半径がとても小さいのと操船の手際の良さに驚嘆したものです。

Niigata2180617
旋回を終えて向かいの岸壁に横付けした巡視船「ひだ」、2017年6月撮影。
2006年4月に竣工した「ひだ」型巡視船(総トン数1,800トン)のネームシップです。

Niigata2190617
「ひだ」の前甲板には40ミリ機関砲と20ミリ多銃身機関砲を装備、2017年6月撮影。
射撃指揮装置を完備して、北朝鮮工作船の搭載する武器をアウトレンジ出来る強力な装備です。

Niigata2200617
「ひだ」の後方に係留中の巡視船「さど」、2017年6月撮影。
「いわみ型」巡視船(総トン数1,250トン)の6番船で、2015年2月に竣工。
「ひだ」よりやや小ぶりで武装も30ミリ機関砲一基のみですが、射撃指揮装置付きなので海上警察行動において有効な阻止火力を持っていると言えましょう。


Niigata2210617
「さど」の更に後方に係留中の巡視艇「ゆきつばき」、2017年6月撮影。
実に165隻が建造された「ひめぎく型」巡視艇(総トン数23トン)の一隻で、1999年3月竣工。
海上保安庁のワークホースと呼べる艇です。

Niigata2220617
「ゆきつばき」の同型艇「こしかぜ」も係留中、2017年6月撮影。
こちらは2008年3月竣工。

Niigata2230617
「ゆきつばき」「こしかぜ」の更に後方には新潟県警の警備艇「えちご」が係留中、2017年6月撮影。

Niigata2240617
佐渡汽船ターミナルビルから歩くこと30分程で、新日本海フェリーのターミナルに停泊中のフネを望見できる位置まで進出、2017年6月撮影。

Niigata2250617
佐渡汽船ターミナルから徒歩約35分で新日本海フェリーの新潟フェリーターミナルに到着です、2017年6月撮影。
建物のその後方に停泊中のカーフェリーは「らへんだぁ」です。
ターミナルの建物を圧倒する巨躯の「らべんだぁ」は新潟-小樽航路で運用されるフネで、就航開始は2017年3月の最新鋭船です。
新潟-小樽間を17時間弱で結んでいます。
新潟界隈から北海道へ渡る場合、時間的余裕があるのならばこのフェリーでゆったり行くのがベストかと思います。
鉄路の場合、在来線は特急の本数が少なくて不便ですし新幹線大宮乗り継ぎはおカネがかかります。
空路の場合、とにかく速いのでおカネがかかるのは仕方ないとしても席を取れるかどうか心配なところですから。

Niigata2260617
信濃川の最下流を横断する「新潟みなとトンネル」の立抗を利用して作られた「山の下みなとタワー」、2017年6月撮影。
一見すると焼却場のような建物です。

Niigata2270617
「山の下みなとタワー」の最上階展望台から見た下界の様子、2017年6月撮影。
こちら側は信濃川河口の東側でスクラップの集積場があるなど、景観的には冴えないところです。

Niigata2380617
山の下みなとタワーから約300m地点に所在する「新潟みなとトンネル」の歩行者自転車専用通路の出入り口、2017年6月撮影。
「新潟みなとトンネル」は信濃川最下流の河口両岸を結ぶトンネルで、2002年5月に暫定供用を開始、2005年7月に全面供用になって今日に至ります。

Niigata2390617
「新潟みなとトンネル」の歩行者自転車用通路内部の様子、2017年6月撮影。
こんな通路が約1.2km続きます。
前方から白装束の怖いおんなのひとが長い髪を振り乱し、「おほほほほほほほ」と高笑いしながら全力疾走してきたら逃げ場はないな一戦交えるしかないな・・・と妙な心配をしながら歩くのです。

Niigata2280617
全長約1.2kmの通路を徒歩約13分で横断して、信濃川河口西側の「入船みなとタワー」に到着、2017年6月撮影。

Niigata2290617
「入船みなとタワー」の展望台から「新潟みなとトンネル」の西側出入り口を見る、2017年6月撮影。
この道を海岸に沿って少し進むと、白山駅の記事で紹介した界隈に出ます。

Niigata2300617
「入船みなとタワー」の展望台から見た、新日本海フェリーの「らべんだぁ」、2017年6月撮影。
総トン数14,400トンの「らべんだぁ」はやはり巨船ですな。

Niigata2310517
旧国道7号線の県道新潟新発田村上線の陸橋上から見た、信越本線の貨物支線の上沼垂方、2017年5月撮影。

Niigata2320517
同じく陸橋上から信越本線貨物支線の焼島駅方を見る、2017年5月撮影。

Niigata2330517
工場街の只中に所在するJR貨物の焼島駅、2017年5月撮影。
土地勘の無い人間には少々わかりにくいところで、2004年に初めて行ってみた時は道に迷ってウロウロした覚えがあります。
駅の開業は太平洋戦争会戦直前の1941年9月で、ウィキペディアによると現駅舎は昭和44年7月の改築との事。
恐怖劇場アンバランスの撮影が開始された頃に完成した建物なのですな。
Niigata2340517
焼島駅構内にはDE10形ディーゼル機関車1728号機が留置中、2017年5月撮影。

| | コメント (0)

2017年10月29日 (日)

新潟駅その一(信越本線、白新線、越後線)

本日の駅紹介は、新潟県の県都新潟市の代表駅である新潟駅その一です。

Niigata0010817

当駅は駅周辺も含めると画像が多くなるので、二回に分けてご紹介致したく存じます。
今回は在来線の駅としての様子をご紹介します。

さて新潟駅は2005年の大合併によって市勢を大幅に拡大して人口80万人強を数え、2007年には日本海側初の政令指定都市となった新潟市の代表駅です。
しかし1958年に現在位置に移転した駅は、1982年の上越新幹線開業に伴って南口が整備された以外は近年まで大きな改修が加えられないままでした。
完成当時は日本海側有数の規模であったという駅舎(万代口)も、今では手狭感が否めません。
また後付で様々な機能を追加していった為に、構内外共に雑然とした印象が強い駅です。
そこで新潟市の立体交差事業による駅の南北交通の円滑化に合わせて駅の高架化を伴う改築が実施されることになり、当初計画より数年の遅れではありますが来年度(2018年)に高架ホームの一部供用が開始される予定になっています。
全面改築完了するのは2021年の予定で、古馴染みの駅舎万代口も間もなく改築着手になりますが、子供の頃から慣れ親しんだ駅舎だけに寂しさはつのる一方、利用者としての観点からは現状はあまりに錯綜していて不便ですので、改築駅舎の開業を待ち望む気持ちもまた強いという複雑な心境というのが、私の正直な想いです。

Niigata0030617
新潟駅万代口の様子、2017年6月撮影。
灯台下暗しの例え通り、私にとってあまりに身近な当駅の場合、昔の様子はロクに撮影していないのです。
駅や周辺を撮り始めたのはここ数年の事で、昔の駅の姿と比較する術をあまり持っていないのは実に遺憾なところです。
閑話休題、画像中央の路線バスが停車している上屋周りは、近年新潟交通が導入したBRTの萬代橋ラインの乗り場です。
BRTの導入に伴って、それまでは古町や市役所に直通していた郊外線バス、特に市中心部と東部や南部を結ぶ路線バスは、直通が無くなって新潟駅前や万代シティバスセンター前でBRTへの乗り継ぎを余儀なくされました。
交通弱者にとっては運賃が割高であっても、乗り換え無しで新潟都心に行けるのが路線バスの利点でしたのに、それが無くなってしまったのです。
それで色々と文句を言うお年寄りが間々おられるのですが、市長選ではBRT熱烈推進論者である市長が、BRT中止を掲げる日共の候補に圧勝爆勝完勝しているので仕方ないことなのです。

Niigata0040617
駅前から見た新潟駅万代口前の様子、2017年6月撮影。
県都の代表駅らしく、待機するタクシーも多数。
この通りを1kmほど進むと、新潟市のシンボルとして全国的に有名な万代橋に行き着きます。
なおこの万代口は商業拠点としての整備は行われておらず、実にビジネスライクな街並になっています。

Niigata0050617
駅に隣接する新潟交通のバス乗り場、2017年6月撮影。
長岡駅大手口のように、バス乗り場が駅前のここに集約されていれば良いのですけれど、新潟駅の場合はここに収まりきれず、バス乗り場が分散してしまっています。
駅構内外だけでなく、バス交通についても雑然としているのがこの界隈の特徴です。

Niigata0060617
駅の南北を結ぶ自由通路の西側出入り口から見た新潟駅万代口の様子、2017年6月撮影。
画像左側が先述のバス乗り場です。

Niigata0070617
万代口から少し歩いて、歩道橋上から新潟駅方面を俯瞰で見る、2017年6月撮影。

Niigata0081015
新潟駅南口の様子、2015年10月撮影。
1982年11月の上越新幹線開通に伴って開発されたエリアですが、近年までは大きな発展も無く停滞していました。

Niigata0091015
自由通路上から俯瞰で見た南口の様子、2015年10月撮影。

Niigata0750717
同じく自由通路上から駅南口バス乗り場を見る、2017年7月撮影。
このバス乗り場は近年の南口再整備に伴って移転再整備されたところです。
万代口駅前のバス乗り場よりもスッキリして使い易いところですけれど、乗り入れるバス路線は少なめ。

Niigata0100617
駅舎万代口から見た自動改札機群、2017年6月撮影。
JR東日本によると、2016年度の新潟駅一日平均乗車人員は37,345人。
新潟県内ではダントツの首位です。
2位の長岡駅の約3.1倍という圧倒的な規模なのです。

Niigata0110617
万代口に限らず新潟駅構内外は利用者の多さに比べて明らかに手狭です、2017年6月撮影。
狭い駅舎内は常に人でごったがえしているので、駅舎内撮影は躊躇してしまうところです。
人影がまばらといったら早朝深夜だけですな。
撮影するとしたらその時間帯を狙うより他に道無しです。

Niigata0120617
1番線側から見た自動改札機群、2017年6月撮影。
新潟駅在来線の自動改札は2004年11月に導入されました。
今となっては自動改札機が無い事が想像できません。

Niigata0210617
高架化工事の為に2012年11月に廃止された6-7番線の代わりに、1番線の東方に頭端式で仮設されたのがこの8-9番線です、2017年6月撮影。
画像は9番線です。
2017年3月改正ダイヤで9番線から出発する列車は、信越線19本(内2本は特急「しらゆき」、白新線11本の計30本です。

Niigata0220617
9番線端から越後石山東新潟駅方を見る、2017年6月撮影。
画像右側の高架線はすっかり立ち上がって、ホームの工事もかなり進んでいます。

Niigata0230517
仮設ホームの8番線と、停車中のE129系電車、2017年5月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、8番ホームから出発する列車は信越線5本(内1本は特急「しらゆき」、白新線13本(内1本は快速「きらきらうえつ」)の計18本です。

Niigata0270517
9番線の頭端方から越後石山・東新潟方を見る、2017年5月撮影。
ホームの有効長は6両程度で、4両編成の特急「しらゆき」もこのホームに出入りできます。

Niigata0810717
万代口改札と接する1番乗り場から8-9番ホームに向かう通路、2017年7月撮影。
この通路の狭さも、後述の4番及びその通路と並んで現在の新潟駅のアメニティ度の低さを象徴しているのです。

Niigata0240517
1番線の白山駅方から見た新潟駅構内、2017年5月撮影。
後付けで諸施設が設置されているので、狭雑感が否めないのが新潟駅構内の現状です。
2017年3月改正ダイヤでは、1番線から出発する列車は信越線19本(内2本は特急「しらゆき」)、白新線12本、越後線12本の計43本で、新潟駅在来線ホーム最多になります。

Niigata0890305
2005年3月時点の、1番線白山駅方から見た新潟駅構内。
まだ高架化工事未着手の頃で、構内もスッキリとして見通しが良かったのです。

Niigata0880305
2005年3月時点の新潟駅構内俯瞰図。
この頃の様子は、早や忘却の彼方という感じ。

Niigata0250517
1番線端から白山駅方を見る、2017年5月撮影。
現在、越後線は単線ですが高架化に伴って信濃川鉄橋の手前まで部分複線化されます。
そこまでやるのなら、あの極めて危なっかしい信濃川鉄橋も悪ノリで複線仕様で架け替えれば、ホームを増やした白山駅のサブターミナルとしての価値も高まり、冬季のダイヤももっと安定したものになると思うのです。
JRは架け替えのおカネなぞ簡単には出してくれませんから、そこは地元選出の国会議員のセンセイが地震津波対策の名目で国からおカネをうまいこと引っ張ってくれば・・・。
しかし新潟市の場合、野党の極左勢力が強くて自民の議員は小粒。
アベガー戦争法案ガー憲法改正ガーとアカいハチマキをきりりと締めて連呼するばかりで、街のためになることなどてんでやってくれないのですわ。

Niigata0260517
1番線から見た新潟駅在来線構内中心部の様子、2017年5月撮影。
高架化工事が本格化する以前は7番線まであった構内も、現在は5-7番線が廃止されて両方向にスルーできるのは1~4番線です。
ゆえにもともと横方向には左程広くなかった在来線構内は更に狭苦しくなり、長岡駅と比べてかなりの見劣り感があります。
昭和55年10改正ダイヤでは、新潟駅から出発する定期列車は一日105本。
これを七つの乗り場でさばいていたので、単純計算すると乗り場一つ当たり15本です。
平成29年3月ダイヤでは、それが一日170本。
これを六つの乗り場でさばいているので、単純計算すると乗り場一つあたり28本強。
後述するように極めて狭隘な4番から出発する列車は少ないので、残りの乗り場五つの負担は大きく、ひっきりなしに列車が乗り入れて来る印象が強いのです。

Niigata0280517
東側跨線橋上から見た新潟駅在来線構内、2017年5月撮影。
画像右側が駅舎万代口で、1番線にはE129系電車が待機中。

Niigata0840517
西側跨線橋上から見た新潟駅在来線構内、2017年5月撮影。
画像右側は4番線です。

Niigata0290517
西側自由通路に接する駅西口と連絡する構内跨線橋内部の様子、2017年5月撮影。

Niigata0300517
島式ホームの2-3番線の2番白山駅方から見た駅構内、2017年5月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、2番から出発する列車は信越線11本、白新線15本(内7本は特急「いなほ」)、越後線10本の計36本です。

Niigata0310517
2-3番島式ホーム端から白山駅方を見る、2017年5月撮影。

Niigata0320517
2-3番島式ホームの3番側から構内中心方向を見る、2017年5月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、3番から出発する列車は信越線9本(内1本は「SLばんえつ物語」)、白新線4本、越後線25本の計38本です。
なお「SLばんえつ物語」は、高架化後の新潟駅には乗り入れなくなります。
高架線の勾配の問題がかなり大きいようで、かつて115系電車の置き換えとして211系電車の新潟地区転用が検討された時も、高架線の勾配が問題視されて結局転用中止、E129系電車の新造投入になったという噂もありましたなぁ。

Niigata0330517
構内白山駅方には電車の留置線群が置かれています、2017年5月撮影。

Niigata0800717
2-3番島式ホーム上屋下の様子、2017年7月撮影。
この無骨な上屋とも、もうじきお別れです。

Niigata0340517
2-3番島式ホームの越後石山・東新潟駅方から見た構内、2017年5月撮影。

Niigata0350414
2-3番島式ホームの越後石山・東新潟駅方から構内中心部を見る、2014年4月撮影。
画像右側は1番線とその手前の仮設8-9番ホームへの通路です。

Niigata0360414
2-3番島式ホームの2番端から仮設の8-9番ホームを見る、2014年4月撮影。
信越、白新線では過去帳入りとなったE127系電車が待機中です。

Niigata0870517
2-3番ホームの2番端から9番で待機中のE653系電車特急「しらゆき」を見る、2017年5月撮影。

Niigata0370517
4番線と待機中のE129系電車、2017年5月撮影。
この4番ホームはとにかく狭い!
休日の昼下がりでも混みあいます。
通路も狭く、新潟人の習い性のモッサリしたトロトロ歩きも相まって大混雑。
日常的に平均時速6キロでノシ歩く私は、あまりのトロさにイラついて怒鳴りたくなるのですよ、いやマジな話。
ここから8-9番ホーム発の列車に乗り継ぐ場合は、5分程度の乗り継ぎ時間だと乗り遅れる恐れがあります。

Niigata0380517
4番線端から越後石山・東新潟駅方を見る、2017年5月撮影。
このホームは元々4-5番の島式ホームでしたが、5番は高架化工事の進行に伴って2013年3月に廃止されています。

Niigata0390517
4番線の白山駅方から見た駅構内中心部、2017年5月撮影。
ホーム幅がいかに狭いかよくわかります。
2017年3月改正ダイヤではこの4番から出発する列車は少なく、信越線1本、白新線2本、越後線6本の計9本です。

Niigata0400517
4番線端から白山駅方を見る、2017年5月撮影。

Niigata0850517
Niigata0860517
4番ホームへの通路はこのような狭さ、2017年5月撮影。

Niigata0410517
Niigata0740508
駅舎万代口と在来線各ホームを結ぶ地下道内部の様子、2017年5月撮影。
地下道内にも自動改札機が設置されていて、駅舎地下の書店や飲食店からすぐ構内に入れるようになっています。
かつては構内南側の6-7番島式ホームまでここを通って移動できましたが、高架化工事に伴ってこの通路経由では4番に行けなくなりました。

Niigata0420612
1番ホームと前述の構内地下道出入り口周りの様子、2012年6月撮影。

Niigata0430612
従来から置かれている構内跨線橋内部の様子、2012年6月撮影。

Niigata0760717
駅東側の南北自由通路上から見た新潟駅構内その一、2017年7月撮影。
手前のホームは仮設の8-9番です。

Niigata0770717
駅東側の南北自由通路上から見た新潟駅構内その二、2017年7月撮影。
手前のホームは昔からの島式ホームでは現在唯一完全にな形で残っている2-3番です。

Niigata0780717
駅東側の南北自由通路上から見た新潟駅構内その三、2017年7月撮影。
越後石山・東新潟駅方の様子です。

Niigata0790717
駅東側の南北自由通路上から仰ぎ見た、工事中の高架線とその上屋、2017年7月撮影。
完成すると在来線は二面4線プラス上越新幹線との対面乗り換えが可能なホーム一つの、計五つの乗り場で構成される構内になります。
高架化着手以前より乗り場が二つ減りますが、白山駅の乗り場を増やして信越、白新線の列車を白山駅までスルー運転することにより、新潟駅在来線のホーム減を補います。
しかし先述のように最大の隘路である新潟-白山間の信濃川鉄橋は単線そのままなので、冬季のダイヤの乱れは今よりも大きくなるのではと心配するところであります。

Niigata0820517
新潟駅東側の東跨線橋上から見た新潟駅構内、2017年5月撮影。

Niigata0830517
振り返って越後石山・東新潟駅方を見る、2017年5月撮影。
新潟市都心は西側の新潟-白山間に広がっていて、東側のこちらは背の高い建物も僅かで、先に進むにつれローカル色が急速に濃くなっていきます。

Niigata0510517
高架化工事に伴う仮設の9番線で待機中のE653系電車特急「しらゆき」上越妙高行、2017年5月撮影。
この時はこの列車で加茂駅へ行き、久しぶりの駅再取材と洒落込んだのです。
しかし加茂駅に降り立つと、長岡界隈の変電所が故障したとかで停電し運転の目処立たずという無情のアナウンスが。
そんなこと車中では一言も言ってなかったのに。

Niigata0520916
夜の仮設9番線で待機中のE653系電車特急「しらゆき」新井行、2016年9月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、新潟発「しらゆき」は5本中3本がこの8-9番ホームから出発します。

Niigata0531015
高架化工事の影響で狭隘化した4番線に到着したE653系電車特急「しらゆき」、2015年10月撮影。
上越新幹線開業前の昭和55年10月改正ダイヤでは、新潟駅から各方面に出発する優等列車は特急急行合わせて一日41本を数えました。
現在は一日12本です。

Niigata0540517
夕闇迫る皐月、2番線で待機中のE653系電車特急「いなほ」酒田行、2017年5月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、定期の新潟発「いなほ」7本は全て2番から出発です。

Niigata0550612
朝の3番線で待機中の485系電車R編成の特急「北越」金沢行、2012年6月撮影。

Niigata0560612
上の画と同じ、朝の金沢行「北越」、2012年6月撮影。
こちらは国鉄特急色のK編成です。

Niigata0571005
夜の3番線で折り返し待機中の485系電車T編成の快速「くびき野」新井行、2005年10月撮影。

Niigata0580508
Niigata0591005
夜の1番線で待機中の485系電車快速「らくらくトレイン村上」、2008年5月撮影。
乗車整理券購入を必須とするホームライナーで、座って新発田以遠の主要駅に帰りたい方には良い列車と言えましょう。
2017年現在では車両はE653系に変わっていて、15分先発の普通列車村上行を金塚駅で追い抜いて中条、坂町、終点の村上に先着する速達ダイヤになっています。
しかしこの列車が設定されている為に、白新線の普通列車は30分強空白になるのです。
退勤時間帯で混むというのに。
私のような短距離利用者にとっては、少々目障りな存在なのが正直なところ。

Niigata0600803
Niigata0610803
お盆の只中の午前中、3番線で待機中の485系電車臨時特急「ふるさと雷鳥」大阪行、2003年8月撮影。
大阪方は貫通型、新潟方はボンネット型という編成です。
貫通、ボンネット共に、私が新潟駅で実見した最後のものです。
これももう見納めだろうなぁと、感慨に耽りながら撮りまくったものでした。

Niigata0620312
定期運行終了の約二週間前、まだ雪の残る5番線に到着した583系電車急行「きたぐに」、2012年3月終了。
ギャラリーが多くて編成全体を納められる画の掲載はちょっと無理です。
いつでも乗れるからいずれそのうち・・・と思い続けているうちにその機会を逸した列車でしたなぁ。
新潟駅で出発待機中の夜の情景も撮っておくべきだったと後悔しきりなのです。

Niigata0630517
頭式の仮設8番線で待機中の快速「きらきらうえつ」酒田行、2017年5月撮影。
485系電車のサウンドを聞ける列車も、新潟駅ではとうとうこの「きらきらうえつ」のみとなりました。
下回りが古いので近い将来の引退は不可避なのでしょうけれど、後継は果たしてどうなるのか。
私見では新型電気式気動車導入で余剰になるキハ110の魔改造だと思っておるところですが。

Niigata0640517
1番線で回送待機中のE129系電車、2017年5月撮影。
導入開始当時はあまりそそるモノが無かったこの電車ですが、最近は見慣れて違和感も無くなり、撮影の対象になってまいったところです。

Niigata0650517
3番線で待機中の115系電車長岡行、2017年5月撮影。
E129系電車に主役の座を譲った115系電車は、数を大幅に減じながらもまだまだ元気な姿を見る事が出来ます。

Niigata0660612
今は亡き7番線で待機中の115系電車、2012年6月撮影。

Niigata0670612
これまた今は亡き6番線で待機中の湘南色115系電車、2012年6月撮影。
私の世代の115系電車といったらこの色ですなやはり。
私は幼い頃上越線沿線に住んでいて、新潟界隈では新潟色の70系電車オンリーだった時代に、上野からはるばる乗り入れて来る115系電車長岡行に亡き母に連れられて乗って長岡のデパートまで度々買い物にいったものです。
新潟や長岡からやってくる板張りで天井から雨漏りのする末期の70系電車に比べて、115系電車の小奇麗さがとても立派に感じたものです。

Niigata0680612
半月の照らす夜の新潟駅構内、2012年6月撮影。
2番線には115系電車が待機中。
光量の多い都会?の駅は夜の方が映えますな矢張り。

Niigata0690914
2番線で待機中のE127系電車新発田行、2014年9月撮影。
信越、白新口で最後の秋を過ごすE127系電車であります。

Niigata0701015
朝の9番線で待機中のキハ110系気動車馬下行、2015年10月撮影。

Niigata0710612
亡き7番線で待機中のキハ110系気動車快速「あがの」会津若松行、2012年6月撮影。
新潟駅を出発する磐越西線への直通列車は、2017年3月改正ダイヤで9本(「SLばんえつ物語」は除く)。
昔の時刻表を紐解くと、1980年10月改正では11本(急行3本を含む)。
五泉、津川方面への直通利便性はこの37年間でほとんど変化が無いのが実情です。

Niigata0720805
1番線で待機中の、キハ52を最後部に連結した馬下行、2005年8月撮影。

Niigata0730508
6番(多分)で待機中のキハ52国鉄色車を先頭にした新津行、2008年5月撮影。

| | コメント (0)

2017年9月24日 (日)

荻川駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・荻川駅。

Ogikawa0010705

新潟県新潟市秋葉区に所在する有人駅で、開業は大正15年(1926年)11月20日。
開業当時の所在は中蒲原郡荻川村の所在で、同村の玄関駅でした。
荻川村は昭和14年に隣接する新津町に合併編入され、その新津市は戦後の昭和26年に市制を施行して新津市に、そして平成の大合併の号令下で平成17年に新潟市に合併編入されて同市秋葉区となり今日に至ります。

荻川駅の前身は大正6年(1917年)9月4日に開設された荻川信号場で、荻川村と周辺諸村は大正10年に信号場の駅昇格を当局に陳情したものの、良い回答を得るのは出来ませんでした。
そこで駅設置に向けて期成同盟会が設立され、駅用地を寄付することでようやく駅昇格になったとのことです。
信越線の新津-亀田間は8.7kmあり、その中間地点であるこの地域に信号場を置くことは至極妥当な話なのでありますが、その時点で駅が設置されなかったというのは当地域の鉄道需要がまず見込めないという当局の意思の表れであったのでしょう。
現在の目で見ると奇異に感じる点が多々見受けられる明治大正期の駅設置にまつわる話ですけれど、当時の町の、村の様子はどのような状況であったのか、それを考えて単なる鉄道話に留まらず地域史や郷土史に触れて考えてみるのがこの手の趣味の面白さなのであります。

JR東日本によると2016年度の荻川駅一日平均乗車人員は1,907人。
同社新潟県内有人67駅中22位で、白新線・東新潟駅よりもやや多く、越後線・関屋駅よりもやや少ないレベルです。
当駅付近に高校は所在していないので、学生の集中は無く新潟都市圏の典型的中間駅という立ち位置と言えましょう。

Ogikawa0020816
バリアフリー対策で駅舎向かって右側にエレベーターを追加装備した荻川駅橋上駅舎東口の様子、2016年8月撮影。
ウィキペディアによると供用開始は2015年2月との事です。
当駅の場合は駅舎右側が空いているので、エレベーター設置に頭を悩ますこともなかったでしょう。
またエレベーターを追加すると、後付のやっつけ感から駅舎の美観的にはあまり宜しくなかったりするものなのですが、当駅の場合は駅舎右側の空間の未整備から来る雑感が解消されて、駅舎の見た目は以前よりもむしろ良くなっているように個人的に感じるところです。

Ogikawa0031106
エレベーターが追加装備される前の荻川駅橋上駅舎東口、2006年11月撮影。
この橋上駅舎が供用を開始したのは国鉄最末期の1986年12月で、新潟県内の純然たる在来線橋上駅舎としては北陸本線(現・えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン)・
青海駅に次ぐ二例目でした。
デザインは昨今の橋上駅舎とは異なるボクシーなもの。
正直、あまりイケてるデザインとは申せません・・・。

Ogikawa0040816
荻川駅東口駅前広場の様子、2016年8月撮影。
駅舎橋上化の副産物でこの駅前広場も拡幅できたのでしょう。
狭隘な取り付け道路に比して広大です。
しかしロータリーとして秩序立った整備がされているわけではないので、どこかルーズに映る広場です。
なお当駅前には路線バス、コミニュテイバス共に乗り入れておらず、新潟新津間の路線バスが通る県道に出るには少々歩くことになります。

Ogikawa0050816
荻川駅東口駅前通りの様子、2016年8月撮影。
画像奥が荻川駅です。
周辺は旧荻川村由来の街並。
この通りをもう少し進むと、荻川地区の中心街に出ます。

Ogikawa0060816
荻川駅橋上駅舎西口の様子、2016年8月撮影。
西口にも東口同様にエレベーターが追加設置されています。
こちら側は比較的新興の住宅街になっています。

Ogikawa0270310
荻川駅西口から少し歩けば、スーパーウオエイなどが出店しています、2010年3月撮影。

Ogikawa0070816
荻川駅橋上駅舎自由通路の様子、2016年8月撮影。
通路中央右側が窓口と自動改札です。
国鉄時代に改築された橋上駅舎ゆえに、昨今のデザイン性を相応に重視したものとは違って実用一点張りです。

Ogikawa0080816
荻川駅橋上駅舎の中枢部、窓口と自動券売機、2016年8月撮影。
画像奥が東口エレベーター出入り口です。

Ogikawa0090816
自由通路側から見た自動改札の様子、2016年8月撮影。

Ogikawa0250310
自由通路上の待合室内部の様子、2010年3月撮影。
車内も構内も禁煙なのに煙草の自販機が設置されている摩訶不思議。

Ogikawa0100816
橋上駅舎の構内側通路の様子、2016年8月撮影。
画像奥の1番線は新津方面乗り場、私の立っている側(2番線)が新潟方面乗り場になります。
今の感覚だと随分古びて見えてしまうこの駅舎、内装のリニューアルはそろそろ実施した方が宜しいのではないかと思いますなぁ。

Ogikawa0110816
橋上駅舎の自由通路方から見た荻川駅構内の亀田駅方、2016年8月撮影。
当駅駅舎の窓は一体型で開かない仕様なので、俯瞰は撮影は窓越しになります。
画像右上のシミみたいなものは、窓の汚れです。

Ogikawa0120517
橋上駅舎の構内側から見た荻川駅構内のさつき野駅方、2017年5月撮影。

Ogikawa0130517
1番線(新津方面乗り場)のさつき野駅方から見た荻川駅構内、2017年5月撮影。
当駅構内は複線上の対面式直線型ホーム二面の平凡な構造です。

Ogikawa0140517
1番線端からさつき野駅方を見る、2017年5月撮影。
画像左側の横取線に注目。

Ogikawa0260816
横取線の終端部の様子、2016年8月撮影。
かつては貨物側線だったのでしょうか。
多くの列車が行き来する電化幹線の駅のすぐ横に、このような遺構めいたものがひっそり存在しているのを見るのもこの手の趣味の醍醐味なのであります。

Ogikawa0150517
1番ホーム上屋下の様子、2017年5月撮影。
上屋下にはベンチが設置されていますが、数はご覧の通りの少なさ。

Ogikawa0160617
1番ホームの上屋の長さはこんな感じ、2017年6月撮影。

Ogikawa0340705
後述の2番ホーム(画像左側)待合室が設置されていない頃の構内中央部の様子、2005年7月撮影。

Ogikawa0170617
1番線の亀田駅方から見た荻川駅構内、2017年6月撮影。
1番のこちら側には上屋無し、隣の2番には上屋有り。
この辺は乗車人員の大小によるものなのでしょうかね。
当駅から乗車するのは新潟方面が多いでしょうからね。
ホーム上で待つ客が多いのならば上屋の長さもそれに対応。

Ogikawa0300705
1番ホームの亀田駅方が短くされる以前の荻川駅構内、2005年7月撮影。
長大編成の汽車時代の名残のホーム長でした。

Ogikawa0310705
現在は解体されてしまった1番ホームの亀田駅方突出部の様子、2005年7月撮影。
国鉄時代の白線も完全に消えてしまっていました。

Ogikawa0180617
2番線(新潟方面乗り場)の亀田駅方から見た荻川駅構内、2017年6月撮影。
トイレは2番ホームの橋上駅舎直下に設置されています。

Ogikawa0350705
エレベーターが設置される以前のオリジナル形態の橋上駅舎時代の荻川駅2番線亀田駅方の様子、2005年7月撮影。
当時も今も、ホーム上の国鉄時代の白線が健在です。

Ogikawa0190517
2番線亀田駅方の現在の様子、2017年5月撮影。
二本のホームのこちら側は対称形になっています。

Ogikawa0320705
前述した1番線のホームが短くされる前の亀田駅方の様子、2005年7月撮影。
切断解体された1番ホームがいかに長かったかがよくわかります。

Ogikawa0330705
雰囲気的に何かいわくがありそうな線路横の空間、2005年7月撮影。

Ogikawa0200617
荻川駅2番ホーム上屋下の様子、2017年6月撮影。
2番ホームは待合室が設置されているのに加えて、ベンチの数も多くなっています。

Ogikawa0241215
1番ホーム上から見た2番ホームの待合室、2015年12月撮影。
建築財産票によると平成27年3月の完成。
上屋下の空間という制約ゆえなのか、近年多くの駅に設置されているJR東日本定番型の構内待合室とは異なる独特の建物です。

Ogikawa0210617
2番ホーム待合室内部の様子、2017年6月撮影。
飲料の自販機が設置されています。
当駅の場合、自由通路上の待合室は利用状況に対して手狭感は否めず、風雨を凌ぎながら列車を待つ空間が不足していました。
よってこの待合室の設置は乗客にとって大いなる福音と言えましょう。

Ogikawa0220517
2番ホームのさつき野駅方上屋の様子、2017年5月撮影。
2番の上屋の長さは1番の倍というところでしょうか。
待合室の空間も合わせれば、風雨を凌げる空間の差はもっと開きます。

Ogikawa0230517
2番線のさつき野駅方から見た荻川駅構内、2017年5月撮影。
2番のこの辺りも今では完全に遊休化していますが、1番と異なり現在に至るまで手付かずのままです。

Ogikawa0280310
さつき野駅方の踏切から見た荻川駅構内、2010年3月撮影。
2番線にはE127系電車新潟行が停車中。

Ogikawa0410814
荻川駅2番線を通過する484系電車R編成の特急「北越」新潟行、2014年8月撮影。
この時期、橋上駅舎はエレベーターの設置工事もたけなわ。

Ogikawa0420705
荻川駅1番線を通過する485系T編成の快速「くびき野」新井行、2005年7月撮影。
まだ全席自由席の4両編成の頃で、先頭車は北海道向けとして製造された二ツ目の1500番代です。

Ogikawa0430617
荻川駅1番線に到着するE129系電車長岡行、2017年6月撮影。
新潟では普通列車の最長になる6両編成です。

Ogikawa0440517
荻川駅2番線に進入するE129系電車新潟行、2017年5月撮影。
新潟-新津間の頻発運転区間の日中はこの2連が標準型です。

Ogikawa0450617
荻川駅2番線を通過する115系電車の通称「新井快速」新潟行、2017年6月撮影。
快速「くびき野」の後任として、115系電車最後と思われる長距離速達運用に就いています。

Ogikawa0530816
荻川駅1番線に停車中の115系電車長岡行、2016年8月撮影。
現在(2017年9月)もまだその姿を見る機会がありますけれど、塗装もすっかり退色してしまってE129系電車との差が歴然です・・・。

Ogikawa0460805
荻川駅1番線に停車中のキハ110系気動車五泉行、2005年8月撮影。

Ogikawa0470617
荻川駅2番線に進入するキハE120形気動車新潟行、2017年6月撮影。
左の1番線にはE127系電車が停車中。

Ogikawa0480310
信越線の新潟近郊区間では過去帳入りしたE127系電車新津行が荻川駅1番線に到着、2010年3月撮影。

Ogikawa0510705
この10年後に115系電車やキハ40系気動車よりも先に姿を消すとは思いもしなかった頃、荻川駅2番線に進入するE127系電車新潟行、2005年7月撮影。

Ogikawa0490814
後継車GV-E400系気動車投入決定で、引退までのカウントダウンが始まった落日のキハ40系気動車馬下行が夏の夕方の荻川駅に到着、2014年8月撮影。
新潟-新津間にキハ40系が乗り入れる機会は僅少なので、撮影はなかなかに面倒な話なのです。

Ogikawa0500814
C57形蒸気機関車牽引の「SLばんえつ物語」が荻川駅を通過中、2014年8月撮影。

Ogikawa0521106
キハ52を先頭にした「磐西只見ぐるり一周号」が秋晴れの朝の荻川駅を通過、2006年11月撮影。

| | コメント (0)

2017年9月17日 (日)

新津駅(信越本線・羽越本線・磐越西線)

本日の駅紹介は信越本線・新津駅。

新津駅の駅名標

新潟県新潟市秋葉区に所在する有人駅で、同区の玄関駅です。
開業は明治30年(1897年)11月20日で、当時の北越鉄道、現在の信越本線の停車場としてでした。
開業当時の所在は中蒲原郡新津町で、新津一帯は江戸時代末から石油が採れることで知られ、新津停車場が開業する直前の頃には油田に上総堀工法が採用されます。
従来の手掘りでは最大でも200mほどしか掘れないのに対して、この工法だとその倍近くまで掘ることが出来、石油の眠る層まで到達するチャンスが大きく増えることになります。
その数年後には近代的な機械掘りが採用されて、新津市史によると明治37年の産油量は約53万石。
それまで産油量で新潟県内首位の座にあった西山油田を凌ぐ全盛期を迎え、その輸送手段として新津駅と矢代田駅がその役目を担うことになりました。
(西山油田については当ブログの西山駅記事内で触れています)
しかし油田の衰退は早く、明治末から産油量の減少が始まります。
大正時代に入ると更なる新技術導入による一時的な産油量の上昇はあったものの、それも僅か数年の事。
大正五年を境に産油量は再び低下し、以後回復することは無く衰退の一途を辿ります。
新津駅を拠点とする石油輸送もそれで消滅していってしまいますけれど、当駅の場合は石油輸送に代わる駅勢拡大の大きな機会が与えられます。
それは信越本線・羽越本線・磐越西線という地方幹線2路線と亜幹線の交わるジャンクション、そしてそれに付随する機関区の設置と操車場機能の付加でした。
大正元年に当駅に乗り入れた羽越本線は、大正13年に全通。
明治43年に当駅に乗り入れた磐越西線は、大正3年に全通。
磐越西線全通前年の大正2年には、新津機関区を設置。
この新津機関区はその後、日本海縦貫線と磐越西線を管轄する蒸気機関車の一大拠点となります。
当地に動力近代化の波が押し寄せる直前の昭和35年当時、新津機関区に所属していた蒸気機関車は41両(主力はD51で18両、次にC57の9両)。
当時の国鉄新潟鉄道管理局内の五つの機関区(酒田、坂町、新津、長岡第一、直江津)中、最も多い蒸機の配車です。
操車場としての機能も大きく日本海縦貫線の一大拠点で、まさに新津こそは「鉄道の町」であった、昔日の栄光の日々だったのです。

しかし動力近代化が進んで蒸気機関車が姿を消すと、新津機関区から機関車の姿は消えてしまいます。
昭和47年秋の日本海縦貫線全線電化で投入された交直流型電気機関車EF81形は、酒田、富山、金沢の各機関区に集中配備。
ディーゼル機関車についても、本線用のDD51形は東新潟機関区の配置です。
かくて新津機関区は気動車の基地に変貌し、現在のJR東日本新津運輸区として現在に至っているのです。
また昭和44年に後発の新潟操車場に貨物拠点の座を奪われ、昭和55年に新潟操車場の機能が更に拡充されて貨車取扱能力が昭和44年当時の2,400両から3,000両に増大するに至り、新津駅の操車場としての命脈を完全に断つことになりました。

戦前は新潟県内の駅では三駅しかない「一等駅」の一つ(残り二つは新潟と長岡)に数えられたという新津駅は、かくて現在の姿に収斂されていきました。
駅の所属自治体も、中蒲原郡新津町から昭和26年に市制を施行して新津市になった後、平成の大合併で新潟市に編入されて今日に至っています。
JR東日本によると2016年度の当駅一日平均乗車人員は4,343人。
同社新潟県内有人67駅中、堂々の第五位。
四位の亀田駅とも六位の豊栄駅ともやや差があるので、当駅の県内ナンバーファイブの座は当分揺るぐことはないでしょう。
運転上の要衝という地位は薄れ、貨物拠点の機能は喪失してしまった新津駅ですが、旅客輸送に関しては元々が人口七万人弱の市の玄関駅だったことと新潟都市圏であることもあって、実に堅調です。

新津駅駅舎東口の様子
新津駅駅舎東口の様子、2016年8月撮影。
当駅は橋上駅舎で、平成15年(2003年)12月6日。
画像右側の上屋のある辺りが、路線バスの発着場です。
鉄道補完の路線バスは、新潟交通運行の新津-万代シティ線が平日上下26本、土休日21本で、沢海経由は信越本線亀田駅へ、二本木経由はそれに加えてさつき野、荻川両駅に移動できます。
越後石山駅へは最寄のバス停「山二ツ」からやや距離があるのでご注意ください。
新潟交通観光バス運行の新津-白根線は平日16本、土休日12本で信越本線古津駅と矢代田駅に移動可能です。
新津-五泉線は平日19本、土休日10本で磐越西線東新津駅、新関駅、五泉駅に移動可能。
北五泉駅へは最寄バス停からやや距離があるのでご注意ください。
羽越本線に関しては、阿賀野川対岸の京ヶ瀬営業所までしかパスが運行されておらず、その本数も少ないのが残念。
秋葉区の区バスは新津駅東口から三便が出ていて、古津、矢代田両駅には早回りのコースになっています。

駅前通りから見た新津駅東口
駅前通りから見た新津駅東口、2016年8月撮影。
こちら側が旧来からの駅前通りです。

新津駅前通りの様子
新津駅前通りの様子、2016年8月撮影。
この日はお盆、「新津まつり」の準備でこのように紅白で飾られていました。
鉄道の町全盛時代には賑わっていたであろうこの界隈も、現在は営業している店の方が少ないのでは?と思わせる寂しい通りになっています。
地方の御他聞に漏れず、新津界隈の商業集積は周辺のロードサイドに完全シフトしてしまっています。

橋上駅舎上から俯瞰で見た新津駅東口
橋上駅舎上から俯瞰で見た新津駅東口、2016年8月撮影。

駅の東西を結ぶ自由通路の様子
駅の東西を結ぶ自由通路の様子、2016年8月撮影。
幅広のゆったりした空間であります。

新津駅橋上駅舎西口の様子
新津駅橋上駅舎西口の様子、2016年8月撮影。
橋上駅舎化によって整備されたところで、ロータリーを完備。
こちら側にもタクシーが待機しています。
こちらからは秋葉区の区バスが一日四便出ています。
古津、矢代田両駅に移動可能ですが、東口発の便に比べると遠回りでやや時間がかかるので、利用の際はご注意を。

西口に置かれた、蒸気機関車8620形の動輪
西口に置かれた、蒸気機関車8620形の動輪、2016年8月撮影。

橋上駅舎上から俯瞰で見た新津駅西口
橋上駅舎上から俯瞰で見た新津駅西口、2016年8月撮影。
こちら側は新興住宅地になっています。

新津駅橋上駅舎改札口の様子
新津駅橋上駅舎改札口の様子、2015年12月撮影。
構内側からの画です。
利用の多さに対して自動改札機の数は少ない印象。
画像左側が待合室になります。

構内通路の様子
構内通路の様子、2017年5月撮影。

自由通路上から俯瞰で見た新津駅構内のさつき野・京ヶ瀬駅方
自由通路上から俯瞰で見た新津駅構内のさつき野京ヶ瀬駅方、2011年6月撮影。

同じく俯瞰で古津・東新津駅方を見る
同じく俯瞰で古津東新津駅方を見る、2011年6月撮影。

自由通路からは新津運輸区とそこに集う気動車たちを望見することができます
自由通路からは新津運輸区とそこに集う気動車たちを望見することができます、2011年6月撮影。
2016年現在では新津運輸区に気動車71両を配置との事ですが、先日導入計画が正式発表された電気式気動車GV-E400系は果たして何両配置になるのか。
キハ110やキハE120も全て置き換えになるのでしょうか。
だとしたらちょっと寂しい話です。
キハ40系は乗っていてやはりちょっとなーと感じるので、更新も仕方の無い話と納得していますが。

1番線の古津・東新津駅方から見た新津駅構内の様子
1番線の古津・東新津駅方から見た新津駅構内の様子、2017年5月撮影。
当駅を発車する列車は五つの乗り場にランダムに割り振られています。
2017年3月改正ダイヤでは、信越線長岡方面3本(内1本は特急「しらゆき」)、新潟方面6本、羽越線3本、磐越西線3本(内1本は「SLばんえつ物語」)の計15本です。
当駅の五つの乗り場で使用頻度が最も少ないのがここ。

かつて磐越西線用だった0番線跡
かつて磐越西線用だった0番線跡、2017年5月撮影。
私が最後に旧型客車に乗ったのが、確かここから出発する郡山行。
昭和57年の夏休み、旧客で会津若松、只見線に乗り換えて小出まで乗り通し、急行佐渡に乗り換えて新潟に戻るというささやかなワンデイトリップでした。

0番線跡から東新津駅方を見る
0番線跡から東新津駅方を見る、2017年5月撮影。

1番線上屋下の様子
1番線上屋下の様子、2017年5月撮影。
当駅では「SLばんえつ物語」を推して推して推しまくっています。
しかし私はあの列車には触手が全然伸びない・・・
客車がねぇ、旧型客車かオリジナルの12系客車なら乗るんですけど。
オリジナルの12系に乗ったのも、昭和57年の夏が最後だったなぁそう言えば。
急行「きたぐに」で新潟から村上まで。
昭和61年に急行「津軽」で上野から山形まで乗った時は14系客車だったもんなぁ。

1番線上屋下のベンチは、他のホームと違ってレトロ調
1番線上屋下のベンチは、他のホームと違ってレトロ調であります、2017年5月撮影。
どうせやるなら上屋の柱もそれらしく改修すればいいのに。

Niitsu0200517
1番線の出入り口付近の様子、2017年5月撮影。
階段の他にエスカレーターも設置されています。

1番線のさつき野・京ヶ瀬駅方から見た新津駅構内
1番線のさつき野・京ヶ瀬駅方から見た新津駅構内、2017年5月撮影。
機関車込みで8両の「SLばんえつ物語」の存在ゆえか、ホームに引かれた黄色のラインも長いのです。
このホームのこちら側は上屋が短いので、狭雑感が少なく撮影には好都合。

1番線端から、さつき野・京ヶ瀬駅方を見通す
1番線端から、さつき野・京ヶ瀬駅方を見通す、2017年5月撮影。
ホーム端部は流石に国鉄時代由来の白線が残存。


2-3番島式ホームの2番線さつき野・京ヶ瀬駅方から見た新津駅構内
2-3番島式ホームの2番線さつき野・京ヶ瀬駅方から見た新津駅構内、2017年5月撮影。
左隣の中線には貨物列車がよく停車しています。
2017年3月改正ダイヤでは、信越線長岡方面28本(内特急「しらゆき」4本)、新潟方面7本、磐越西線7本の計42本が2番線から発車しています。
当駅の五つの乗り場でもっとも列車の出入りが激しいのがこの2番。

2-3番島式ホームの3番線さつき野・京ヶ瀬駅方から見た新津駅構内
2-3番島式ホームの3番線さつき野・京ヶ瀬駅方から見た新津駅構内、2017年5月撮影。
このホームは3番のホーム長が長くなっています。
かつては長編成の特急列車が停車していたのかもしれません。
9両編成の札幌行寝台特急「トワイライトエクスプレス」もこの3番に停車していました。
しかし今日では特急「しらゆき」はたったの4両編成。
ホームの張り出しも完全に遊休化してしまっています。
2017年3月改正ダイヤでは、信越線長岡方面1本、新潟方面8本(内1本は「SLばんえつ物語)、羽越線8本、磐越西線2本の計19本が3番線から発車しています。

2-3番島式ホームの3番線端からさつき野・京ヶ瀬駅方を見通す
2-3番島式ホームの3番線端からさつき野・京ヶ瀬駅方を見通す、2017年5月撮影。
「トワイライトエクスプレス」の出入りしていたホームにもかかわらず、この辺は国鉄時代の白線のまま。
当駅の目玉「SLばんえつ物語」と違って、長距離クルージングトレインはウリにならなかったということなのか。

2-3番島式ホームのさつき野・京ヶ瀬駅方上屋下の様子
2-3番島式ホームのさつき野・京ヶ瀬駅方上屋下の様子、2017年5月撮影。
ベンチの空白地帯になっています。

2-3番島式ホーム中央部の様子
2-3番島式ホーム中央部の様子、2017年5月撮影。
列車が停車するのは概ねこの辺り。
画像中央にエレベーターの出入り口が見えます。

2-3番島式ホームの古津・東新津駅方から見た新津駅構内
2-3番島式ホームの古津・東新津駅方から見た新津駅構内、2017年5月撮影。
こちら側の上屋下には待合室を設置。

3番から見た隣の4-5番島式ホームの様子
3番から見た隣の4-5番島式ホームの様子、2017年5月撮影。
島式ホーム2本の古津・東新津駅方は、いずれも上屋を出てすぐホーム端という形になっていて、撮影には不向きであろうというのが個人的な感想。

4-5番島式ホームの4番さつき野・京ヶ瀬駅方から見た新津駅構内
4-5番島式ホームの4番さつき野・京ヶ瀬駅方から見た新津駅構内、2017年5月撮影。
このホームも3番同様に張り出しているのが特徴。
2017年3月改正では信越線長岡方面1本、新潟方面30本(内5本は特急「しらゆき」)、磐越西線2本の計33本が発車しています。

4-5番島式ホームの5番端から、さつき野・京ヶ瀬駅方を見通す
4-5番島式ホームの5番端から、さつき野・京ヶ瀬駅方を見通す、2017年5月撮影。
左隣は新潟地区の気動車の拠点・新津運輸区。

4-5番島式ホームの5番の右側に広がるかつての繁栄の夢の跡
4-5番島式ホームの5番の右側に広がるかつての繁栄の夢の跡、2017年5月撮影。

4-5番島式ホームの古津・京ヶ瀬方上屋下の様子
4-5番島式ホームの古津・京ヶ瀬方上屋下の様子、2017年5月撮影。
となりの2-3番の上屋は実用一点張りですが、こちらはゆるやかな三角形で「停車場」の雰囲気を構内で最も濃厚に残していると感じるところです。

4-5番島式ホーム上屋下からさつき野・京ヶ瀬駅方を見る
4-5番島式ホーム上屋下からさつき野・京ヶ瀬駅方を見る、2017年5月撮影。

4-5番島式ホームの5番古津・東新津駅方から見た新津駅構内さいはての風景
4-5番島式ホームの5番古津・東新津駅方から見た新津駅構内さいはての風景、2017年5月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは信越線新潟方面14本、羽越線2本、磐越西線6本の計22本が5番から発車しています。

4-5番島式ホーム端から古津・東新津駅方を見通す
4-5番島式ホーム端から古津・東新津駅方を見通す、2017年5月撮影。
この構造物の基礎っぽい部分は一体何なのか。
昔はこの島式ホームももっと長かったのか、はたまた構内通路の痕跡なのか。

古津・東新津駅方の陸橋上から見た新津駅全景
古津・東新津駅方の陸橋上から見た新津駅全景、2017年5月撮影。
5番線から左側に分岐する線路は草生して遊休化しているのがわかります。
地上のホームから見るよりも色々と発見が多いのが俯瞰の醍醐味。

新津駅4番線に停車中のE653系電車特急「しらゆき」新潟行
新津駅4番線に停車中のE653系電車特急「しらゆき」新潟行、2017年5月撮影。
たった4両編成でグリーン車無しというカジュアルなスタイルの列車ですけれど、「SLばんえつ物語」を除けばこの列車が当駅に出入りする列車の日常的な花形です。
日中は毎時3本の新潟方面普通列車が確保している今日、流石に特急の新潟行に乗り込む客はほとんど見かけませんが。
しかし国鉄時代、普通列車が毎時1本しかなかった時代には、時間帯によっては普通列車よりも本数が多かった優等列車に乗って新潟と行き来する人たちもいました。
私の叔母もよくそうしてましたな。
新津から新潟まで出てくるのに特急に乗車するなんて豪勢やのーと、子供心に羨望また羨望でしたな。

新津駅2番線から出発するE653系電車特急「しらゆき」上越妙高行
新津駅2番線から出発するE653系電車特急「しらゆき」上越妙高行、2015年8月撮影。
右隣の1番線に停車しているのは「SLばんえつ物語」。

新津駅4番線から出発する485系電車R編成の特急「北越」新潟行
新津駅4番線から出発する485系電車R編成の特急「北越」新潟行、2012年7月撮影。

夜の新津駅4番線に停車中の485系電車R編成の特急「北越」新潟行
夜の新津駅4番線に停車中の485系電車R編成の特急「北越」新潟行、2012年6月撮影。


新津駅4番線を発車加速して遠ざかる485系電車R編成の特急「北越」新潟行
新津駅4番線を発車加速して遠ざかる485系電車R編成の特急「北越」新潟行、2012年7月撮影。
国鉄時代の基準に照らせば短い七両編成でも、今日の「しらゆき」と比べればまだまだ優等列車の貫禄が感じられます。
失って初めて理解できることも多いのですわ世の中は。

新津駅2番線を出発した485系電車国鉄特急色の特急「北越」金沢行
新津駅2番線を出発した485系電車国鉄特急色の特急「北越」金沢行、2012年8月撮影。
左隣の中線には貨物列車が一休み中。

新津駅4番線に停車中の、485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行
秋の陽が降り注ぐ新津駅4番線に停車中の、485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行、2013年10月撮影。
この列車が2015年3月に廃止されて、同時に新潟と上越地区間の特急割引きっぷも大幅値上げでしかも上越新幹線・新潟-長岡間の利用は別途特急券を買わなければならなくなりました。
それまでは特急の運行していない時間帯を考慮して、新潟-長岡間の新幹線利用は特急料金を払わずにそのまま乗車できる特典付きでしたのに。
もう高速バスと張り合う薄利多売はしない当局の決意表明とか、北陸新幹線の建設分担金財源捻出のために沿線で取れるところからはギッチリ取るためとか色々噂を聞きますが、それによる鉄道からバスへの顧客の再移転はどれほどのものなのか興味があります。

夕闇迫る新津駅4番線から発車する、485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行
夕闇迫る新津駅4番線から発車する、485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行、2013年6月撮影。

新津駅4番線から発車する583系電車急行「きたぐに」新潟行
新津駅4番線から発車する583系電車急行「きたぐに」新潟行、2011年6月撮影。
堂々の10両編成でホームの黄線もそれに対応しています。
この日は平日でしたが、偶然にも5番の隣で酒田駅に回送準備中だという蒸気機関車C57と遭遇。

新津駅2番線から出発するE129系電車長岡行
新津駅2番線から出発するE129系電車長岡行、2017年5月撮影。

新津駅3番線で特急「北越」退避中の115系電車村上行
新津駅3番線で特急「北越」退避中の115系電車村上行、2012年7月撮影。
当時は新津駅での普通列車の特急退避が上下1本ずつありました。
2017年3月改正ダイヤでは午前下りに1本のみ設定されています。

夜の新津駅5番線に停車中の115系電車新潟行
夜の新津駅5番線に停車中の115系電車新潟行、2012年6月撮影。
昔の時刻表を紐解くと、昭和55年10月改正ダイヤでの平日の新津-新潟間定期普通・快速列車の本数は上下合わせて61本。
対して2017年3月改正ダイヤでは116本(「おはよう信越」「らくらくトレイン信越」を除く)。
一方同区間の優等列車は昭和55年10月改正ダイヤで48本(寝台特急「つるぎ」と寝台急行「天の川は除く)、対して2017年3月改正ダイヤでは12本(「おはよう信越」「らくらくトレイン信越」を含む)。

2015年3月改正以前は新潟-新津間の区間列車に多用されていたE127系電車
2015年3月改正以前は新潟-新津間の区間列車に多用されていたE127系電車、2014年8月撮影。

新津駅4番線から出発するE127系電車新潟行
新津駅4番線から出発するE127系電車新潟行、2012年6月撮影。

新津駅1番線に到着した、羽越線新発田発のキハ110形気動車
新津駅1番線に到着した、羽越線新発田発のキハ110形気動車、2017年5月撮影。
広い構内に単行気動車がポツンと停車。
れきとした地方幹線であるはずの羽越本線新津-新発田間の現実です。
昭和55年10月改正ダイヤでの羽越本線新津口の発着普通列車は上下合わせて23本(気動車15本、客車8本)。
他に寝台特急「日本海」4本と電車特急「いなほ」6本、客車夜行急行「鳥海」2本。
同時期の白新線・新潟-新発田間の普通・快速列車は上下27本で、今日の目から見ると甚だ奇異なダイヤ構成だったのです。
当時も沿線人口は白新線沿いがずっと多かったのですから。
旅客の流動実態に目をそむけて伝統に固執する汽車型ダイヤの面目躍如と言えましょうか。
気動車の拠点が新津にあったから・・・というのも理由のひとつかもしれませんが。
一方、2017年3月改正ダイヤでは、37年前と同じく上下合わせて23本(電車4本、気動車19本、他に休日運休の新津-水原区間便2本)。
運行本数は同じですけれど、当時と今とでは一列車当たりの編成長が大きく違いますから、総合的な輸送力としては現状は昔の半分以下でしょうね。

新津駅3番線で待機中のキハ110系気動車新発田行
新津駅3番線で待機中のキハ110系気動車新発田行、2017年5月撮影。

新津駅3番線に停車中のキハ40系気動車会津若松行
新津駅3番線に停車中のキハ40系気動車会津若松行、2009年7月撮影。
お昼に出発するこの列車はキハ40系とキハ110系が日替わりで運用に就いているらしく、運用パターンがわからない私にとっては実にメンドくさい存在なのです。
この列車がキハ110で運用されていれば、その停車画をまだ未撮の日出谷駅豊実駅で撮れるのですよ。
午前の会津若松行はキハ110の固定運用なので、それで日出谷駅まで行って2時間滞在して次のこの列車で豊実駅へ行き、そこから歩いて県境を越えて徳沢駅を初訪問するという効率的なスケジュールを立てられるのですわ。

新津駅5番線で新津運輸区へ回送待機中のキハ40系気動車
新津駅5番線で新津運輸区へ回送待機中のキハ40系気動車、2017年5月撮影。

夜の新津駅5番線に停車中のキハ110系気動車
夜の新津駅5番線に停車中のキハ110系気動車、2005年9月撮影。
昭和55年10月改正ダイヤでの磐越西線・新津-五泉間の平日定期旅客列車運行本数は上下合わせて33本(気動車急行6本、気動車普通12本、客車普通15本)。
対して2017年3月改正ダイヤでは41本。
本数は増えていますが、その伸び率は小さめ。
「SLばんえつ物語」ダイヤ設定の為なのか、午前中の新津発は2時間空白があったりして、運行時間帯が朝晩にやや偏っている印象。
それだけ日中の旅客流動は小さいということなのか。

>晩秋早朝の新津駅4番線で待機中のキハ52形気動車新潟行
晩秋早朝の新津駅4番線で待機中のキハ52形気動車新潟行、2003年11月撮影。
当駅下り新潟方面の初便は当時も今も気動車で運行されています。
この頃はホーム上の待合室も昔のままです。

新津駅3番線に停車中の寝台特急「トワイライトエクスプレス」札幌行
新津駅3番線に停車中の寝台特急「トワイライトエクスプレス」札幌行、2012年6月撮影。

キハ58系気動車国鉄急行色二連が新津駅5番隣の側線で休息中
当時盛んに「キハ58系懐かしの急行」シリーズに充てられていた、キハ58系気動車国鉄急行色二連が新津駅5番隣の側線で休息中、2004年9月撮影。

「SLばんえつ物語」編成の回送列車
急行「きたぐに」が新潟に向け出発した後、おもむろに動き出した「SLばんえつ物語」編成の酒田への回送列車、2011年6月撮影。

| | コメント (0)

2017年7月 2日 (日)

直江津駅(信越本線・えちごトキめき鉄道)

本日の駅紹介は信越本線/えちごトキめき鉄道・直江津駅。

国鉄型の直江津駅駅名標
えちごトキめき鉄道型の直江津駅駅名標

新潟県上越市に所在する有人駅で、開業は明治19年(1886年)8月15日。
ただし現在位置に移転したのは明治31年8月1日との事です。
開業時の所在は中頚城郡直江津町で、同町は周辺自治体を合併編入して昭和29年に市制を施行して直江津市になります。
国指定の重要港湾である直江津港を抱える直江津市は日本海沿岸海運の要衝のひとつでしたが、昭和46年に南隣の高田市と合併して人口約12万人の県内第三の都市・上越市に発展的解消を遂げて今日に至ります。
旧高田市はかつての越後高田藩の城下町で商業の中心地、対して旧直江津市は海運工業と鉄道道路の交通上の要路で、それぞれの力をひとつに纏めて地域の発展を図る大同団結であったのです。
上越市は平成の大合併によってその市域を拡大し、面積は村上市に次ぐ県内第二位、人口は20万人弱で新潟、長岡両市に次ぐ県内第3位の都市になっています。

さて直江津駅は信越本線と北陸本線の接続駅で、平成27年3月の北陸新幹線金沢延伸までは特急列車が多数行きかう活気ある大駅でした。
昔の時刻表を紐解くと、昭和55年10月改正ダイヤで直江津駅に発着する優等列車はかくのごとき。

寝台特急3往復半: 「つるぎ」、「日本海」2往復、上り「北陸」
電車特急11往復: 「白鳥」、「雷鳥」3往復、「はくたか」2往復、「白山」3往復、「あさま」1往復、「北越」
電車急行5往復:「とがくし」2往復、「妙高」2往復、「よねやま」
気動車急行3往復:「赤倉」「しらゆき」「ひめかわ」
客車急行3往復:「きたぐに」「能登」「越前」
合計25往復半で、定期優等列車発着本数は長岡駅、新潟駅に次ぐ県内第三位。

昭和60年3月改正ダイヤでは
寝台特急3往復半: 「つるぎ」、「日本海」2往復、上り「北陸」
電車特急14往復:「白鳥」、「雷鳥」3往復、「北越」5往復、「白山」2往復、「あさま」3往復
電車急行4往復:「きたぐに」、「南越後」、「とがくし」2往復
客車急行1往復:「能登」
合計22往復半で、在来線定期優等列車発着本数は新潟、長岡両駅を凌ぎ県内堂々の1位。
当駅はこの首位の座を昭和59年2月改正から平成27年3月改正までの約31年間守ってきたのです。

しかし北陸新幹線金沢延伸で、在来線特急の「はくたか」が永遠の旅路に走り去ってそれは激変。
長中距離の優等列車が賑やかに行き交う鉄路の要衝としての機能は既に昔日の光景となり、広大な構内に短編成のローカル列車が出入りする寂しい風景。
夏草や兵どもが夢のあと。

JR東日本によると、2015年度の直江津駅1日平均乗車人員は2,337人。
同社新潟県内有人65駅中15位で、燕三条駅(上越新幹線・弥彦線)よりもやや多く、
巻駅(越後線)よりやや少ないというレベルです。
ただ燕三条駅は上越新幹線駅としての数字なので、無人駅扱いの弥彦線の数字を入れれば当駅よりもかなり大きい数字になると思われます。
また北陸新幹線金沢延伸前年の2014年度と比べると265人減で、思っていたよりも減少幅はずっと小さいのです。

JR東日本管理下の直江津駅駅舎北口
北陸新幹線金沢延伸以前、JR東日本管理下の直江津駅駅舎北口の様子、2005年10月撮影。
2000年4月に供用を開始した駅舎は、前時代の風格たっぷりだった旧駅舎と正反対の現代建築。
とごとなく客船をイメージさせるデザインであります。
鉄路の要衝の新たな顔としてこれからも華やかに・・・といきたかったところですが、現駅舎供用開始の八ヶ月後には、北陸新幹線・長野-富山間のフル規格建設が決定したのです。
華々しく再デビューを飾ったこの立派な駅舎も、近い将来の斜陽化ローカル化を決定付けられてしまったわけです。

えちごトキめき鉄道管理に移った直江津駅駅舎
第三セクター鉄道のえちごトキめき鉄道管理に移った直江津駅駅舎、2015年10月撮影。
駅名から「JR」の二文字が消えています。
なお駅前のバス停には上越市各地及び周辺地域への路線が多数乗り入れていて、鉄道補完では上越大通り線(上越妙高高田犀潟土底浜潟町の各駅に移動可能、南高田黒井駅へは少々歩きます、土休日上下24本)、春日山・佐内線(春日山駅に移動可能、黒井、高田両駅へは少々歩きます、土休日上下15本)、桑取線(谷浜駅に移動可能、有間川駅へは少々歩きます、土休日上下8本)が出入りしています。

直江津駅北口駅前通りの様子
直江津駅北口駅前通りの様子、2010年5月撮影。
昔ながらの旅館や店舗が軒を連ねる通りです。

夜の直江津駅北口駅前通り
夜の直江津駅北口駅前通り、2009年6月撮影。
昼よりも夜の方が風情を感じさせますな。

直江津駅周辺で最大の集客力を持つ店舗「イトーヨーカドー直江津店」
画像左側は直江津駅周辺で最大の集客力を持つ店舗「イトーヨーカドー直江津店」、その手前にあるのはくびきバスの「イトーヨーカドー前」バス停の待合室です、2010年6月撮影。
このバス停には直江津駅発着の路線バスが概ね停まります。

直江津駅南口の様子
直江津駅南口の様子、2010年5月撮影。
道路を渡る自由通路の窓は船の舷窓のようです。

直江津駅南口出入り口の様子
直江津駅南口出入り口の様子、2010年5月撮影。
内陸側のこちらには、特段目を惹くようなものはありません。
南口からもバス停があって、鉄道補完では名立線(谷浜、有間川両駅に移動可能、名立駅へは少々歩きます、土休日上下6本)と能生線(谷浜、有間川両駅に移動可能、名立筒石能生の各駅には少々歩きます、土曜上下4本、休日は全便運休)が発着しています。

えちごトキめき鉄道管理になった今日の直江津駅駅舎改札口
えちごトキめき鉄道管理になった今日の直江津駅駅舎改札口、2015年10月撮影。
2005年末に導入された自動改札機こそ維持されているものの、看板を見ればわかる通り今ではJRは添え物的な扱い。

JR東日本時代の駅窓口
JR東日本時代の駅窓口、2009年6月撮影。

えちごトキめき鉄道に移管後の駅窓口
えちごトキめき鉄道に移管後の駅窓口、2016年9月撮影。

えちごトキめき鉄道窓口脇の自動券売機群
えちごトキめき鉄道窓口脇の自動券売機群、2016年9月撮影。
右側から順に、JRの指定券用、通常用、えちごトキめき鉄道用2台。
JR券売機上のモニターは空席案内板で、この時は上越新幹線の空席情報を表示していました。
直江津界隈からだと上越妙高駅から北陸新幹線を利用するのが対東京の主要路だと思うのですが、これを見るとほくほく線で越後湯沢駅まで出て上越新幹線に乗り換えというルートも、まだ需要があるということなのでしょうか。

駅の南北を横断する小奇麗な自由通路
駅の南北を横断する小奇麗な自由通路、2009年6月撮影。

構内通路から見た直江津駅構内の春日山・谷浜方
構内通路から見た直江津駅構内の春日山・谷浜方、2010年5月撮影。
おりしも3番線には快速「くびき野」が停車中。

自由通路から見た直江津駅構内の黒井方
自由通路から見た直江津駅構内の黒井方、2010年5月撮影。
錯綜する多数の線路は、鉄路の要衝たる証です。

自由通路から見た直江津駅構内の春日山方
自由通路から見た直江津駅構内の春日山方、2015年10月撮影。

自由通路から見たえちごトキめき鉄道の直江津運転センター
自由通路から見たえちごトキめき鉄道の直江津運転センター、2015年10月撮影。
同鉄道の二大主役であるET122形気動車とET127系電車を俯瞰で同時に見物できます。

構内各ホームへ連絡する構内通路
構内各ホームへ連絡する構内通路、2010年5月撮影。
構内のトイレはこの通路上(私が立っている側)にあります。
特急「はくたか」が飛び去った後も、駅弁売りの方が出ておられますが、正直なところ、直江津駅の現状では売り上げも相当に減ってしまったのではと心配になるところです。

直江津駅1-2番島式ホームの春日山、谷浜駅方から見た構内
直江津駅1-2番島式ホームの春日山、谷浜駅方から見た構内の様子、2010年5月撮影。
画像左側の1番線には食パン顔の419系電車が客待ち中。
ご覧のように当駅構内は実に広大で、在来線の駅としては新潟、長岡両駅を凌ぎ、新津駅と並ぶ新潟県下随一の規模です。

島式ホームの2番線端から春日山、谷浜駅方を見る
島式ホームの2番線端から春日山、谷浜駅方を見る、2010年5月撮影。
ホーム端の小屋が視界を遮るので、ここからの眺めはイマイチ。

直江津駅1番線で待機中の413系電車富山行
直江津駅1番線で待機中の413系電車富山行、2012年6月撮影。
2011年3月改正をもって引退した419系電車の後任として、北陸本線の糸魚川以東で運用を開始したこの電車。
しかしその姿を当駅で見られたのは僅か4年でした。

夜の直江津駅1番ホームと、停車中の475系電車
夜の直江津駅1番ホームと、停車中の475系電車、2009年6月撮影。
重厚な上屋の造りが夜目にくっきり。

直江津駅1番線に到着した単行のET122形気動車
直江津駅1番線に到着した単行のET122形気動車、2015年10月撮影。
JR時代の3両編成を単行にしたので当たり前の話なのですが、とにかく混んでいました。
日曜なので学生が集中しているわけではなく、一般の用務客が利用するのです。
あれだけ混んでいると、意気地のない私なぞは糸魚川との往来に北陸新幹線を使いたくなるというものです。
なお2016年9月時点で、1番線から出発する定期列車は1日7本。
全てえちごトキめき鉄道・日本海ひすいラインのこの気動車です。

直江津駅2番線に到着する当駅止まりの475系電車
直江津駅2番線に到着する当駅止まりの475系電車、2011年6月撮影。
個人的には最後まで馴染めなかった青一色の車体です。

2番線に進入する特急「はくたか」越後湯沢行
2番線に進入する特急「はくたか」越後湯沢行、2013年5月撮影。
北陸新幹線金沢延伸まで当駅最大のスタァと言えたのが、金沢-越後湯沢間新幹線連絡輸送の重責を担っていたこの列車でした。
「北越」よりも長編成で見映えのする列車でしたなぁ。

直江津駅2番線に到着する485系電車国鉄特急色の特急「北越」新潟行
直江津駅2番線に到着する485系電車国鉄特急色の特急「北越」新潟行、2010年6月撮影。
当駅2番線には新潟行「北越」と越後湯沢行「はくたか」が発着していました。
2016年9月時点で2番線を出発する定期列車は、えちごトキめき鉄道日本海ひすいラインの3本と妙高はねうまライン1本、JR東日本が8本(うち特急「しらゆき」が3本)の合計12本です。

3-4番島式ホームの3番春日山、谷浜方から見た構内
3-4番島式ホームの3番春日山、谷浜方から見た構内、2011年6月撮影。

3-4番島式ホーム端から春日山、谷浜方を見通す
3-4番島式ホーム端から春日山、谷浜方を見通す、2011年6月撮影。

3-4番島式ホーム上屋下の待合室内部
3-4番島式ホーム上屋下の待合室内部、2013年5月撮影。
主要駅に相応しく広い室内です。
待合室の向こうの上屋下はガランとして何もなく、今日では完全に遊休化。
新津駅構内と通ずるものがあります。

3-4番島式ホーム上屋下の様子
3-4番島式ホーム上屋下の様子、2011年6月撮影。

南北連絡通路を見上げる3番線黒井駅方から見た構内
南北連絡通路を見上げる3番線黒井駅方から見た構内、2011年6月撮影。
駅周辺の交通事情改善に多大な効果があったと思われるこの連絡橋も、駅撮りの観点のみで言うのならばあまり見栄えは・・・
位置がもう少し構内中央寄りであればまた違っていたと思うのですが。

3番線端から黒井駅方を見通す
3番線端から黒井駅方を見通す、2011年6月撮影。

3番線に停車中の485系電車R編成の特急「北越」金沢行
3番線に停車中の485系電車R編成の特急「北越」金沢行、2013年5月撮影。
かつての3番線は金沢方面への「北越」「はくたか」が発着していていました。
2016年9月時点で3番線から出発する定期列車は、えちごトキめき鉄道・日本海ひすいラインが9本、妙高はねうまラインが8本(内特急「しらゆき」5本)、JRが2本の合計19本です。

2番線に停車中のET122形気動車と、3番線に到着するE653系電車の特急「はくたか」上越妙高行
2番線に停車中のET122形気動車と、3番線に到着するE653系電車の特急「はくたか」上越妙高行、2016年9月撮影。
特急「はくたか」「北越」が飛び去ってしまった今、寂れた雰囲気が構内に漂う直江津駅に一時の華やぎをもたらすのがこの「しらゆき」でありましょう。

3番線を出発加速する「しらゆき」
上越妙高駅へ向けて、えちごトキめき鉄道に足を踏み入れるべく3番線を出発加速する「しらゆき」、2016年9月撮影。

2番線に停車中の特急「はくたか」と、3番線に停車中の快速「くびき野」
2番線に停車中の特急「はくたか」と、3番線に停車中の快速「くびき野」のツーショット、2013年5月撮影。

秋の夕陽の直江津駅3番線に停車中の115系電車
秋の夕陽の直江津駅3番線に停車中の115系電車、2015年10月撮影。

4番線に停車中の475系電車
4番線に停車中の475系電車、2011年6月撮影。
新潟県内では急行くずれの快速「立山」が糸魚川駅に出入りする以外、国鉄交直流急行色を目にする機会が無かったので、この電車のカラーといえば白地に青のラインです。
2016年9月時点で4番線から出発する定期列車は、えちごトキめき鉄道・日本海ひすいラインが1本(2017年3月改正で廃止された所謂「糸魚川快速)、妙高はねうまラインが9本、JRが5本の合計15本です。

夕刻の直江津駅4番線に到着した485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行
夕刻の直江津駅4番線に到着した485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行、2011年6月撮影。
上越地方からの帰路、私がもっぱら愛用したのがこの「くびき野5号」でした。
直江津駅を六時前に出発する時間帯の良さで、指定席に腰を落ち着けてまったりと大名気分で帰宅の一時を過ごしたものです。
この時も撮影後すぐ車中の人へ。
日曜の夕方ですが、車内には新潟到着まで私ひとり。
「くびき野」の指定席は概ねそんな感じでした。
10月の三連休の中日に乗ったことがありますけど、その時でも指定は半分にも行ってない乗り具合でしたっけ。
自由席はぎゅう詰め満員なのにですよ。

南北連絡橋直下の5-6番島式ホームから見た直江津駅構内
南北連絡橋直下の5-6番島式ホームから見た直江津駅構内、2011年6月撮影。
画像左の6番線には指定席車連結の普通列車「妙高」が待機中。

5-6番島式ホーム端から黒井駅方を見る
5-6番島式ホーム端から黒井駅方を見る、2011年6月撮影。
中央には喫煙者憩いの場の喫煙所。
私はそもそも煙草を吸った事が一度も無いので、ホーム端のここまで来て吸いまくる喫煙者の気持ちは理解できませぬ。
中学生の時、「タバコは体にいい」とか言って私にも無理強いしてきたあのバカ、今頃は肺もまっくろけかなぁw

5番線から見た構内中央部
5番線から見た構内中央部、2011年6月撮影。
やはり当駅のような、上屋の長大な大駅の昼間の撮影はイマイチ。
しかも梅雨時の一面の曇り空だし。
これまでに何度か言及してますが、夜の方が映えます。

5番線から構内の春日山、谷浜方を見る
5番線から構内の春日山、谷浜方を見る、2011年6月撮影。
ご覧の通り、この辺りの上屋下には何もありません。

当駅最果ての地、6番線から見た構内の様子
当駅最果ての地、6番線から見た構内の様子、2011年6月撮影。


4番線に停車中のJR東日本E129系電車と5番線に到着したえちごトキめき鉄道のET127系電車
画像左側の4番線に停車中のJR東日本E129系電車と、右側の5番線に到着したえちごトキめき鉄道のET127系電車、2016年9月撮影。
私にとって長年慣れ親しんだE127系電車と、現在多用しているE129系電車の新旧顔合わせであります。
2016年9月時点で5番線から出発する定期列車は、えちごトキめき鉄道・妙高はねうまラインが9本、北越急行ほくほく線直通が8本、JR東日本が4本の合計21本。

4番線と5番線で仲良く顔を合わせるET127系電車
4番線と5番線で仲良く顔を合わせるET127系電車、2015年10月撮影。

4番線の115系電車長野色と5番線の115系電車N編成
今ではもう見られない顔合わせ、4番線の115系電車長野色と5番線の115系電車N編成、2013年5月撮影。

4番線に停車中のJR西日本所属475系電車と5番線で待機中のJR東日本所属115系電車長野色
こちらも今では思い出のひとコマ、4番線に停車中のJR西日本所属475系電車と5番線で待機中のJR東日本所属115系電車長野色、2012年6月撮影。

5番線で待機中の北越急行所属HK100形電車
5番線で待機中の北越急行所属HK100形電車、2012年6月撮影。
ほくほく線直通列車はこの5-6番島式ホームのみに発着します。

5番線で待機中の189系電車国鉄特急色の「妙高」
5番線で待機中の189系電車国鉄特急色の「妙高」、2014年5月撮影。
「妙高」最後の皐月の姿であります。

朝の485系電車T編成の普通列車新井行
快速「くびき野」を新井駅に送り込む回送を兼ねて運転されていた、朝の485系電車T編成の普通列車新井行、2014年5月撮影。
半室グリーンと指定席車は締め切り扱いでの運転でした。

寝台特急「トワイライトエクスプレス」札幌行が直江津駅5番線に進入
Naoetsu0430513
寝台特急「トワイライトエクスプレス」札幌行が直江津駅5番線に進入、上は2014年5月、下は2013年5月撮影。

停車中の「トワイライトエクスプレス」
5番ホームの有効長を目一杯使って停車中の「トワイライトエクスプレス」、2014年5月撮影。
こんな長編成の旅客列車が直江津駅に停車する事はおそらく二度とないのでしょうな。

出発する「トワイライトエクスプレス」
次の停車駅長岡に向けて出発する「トワイライトエクスプレス」、2014年5月撮影。
私が直接見た「トワイライトエクスプレス」最後の姿です。

6番線を出発したET127系電車妙高高原行
当駅最果ての6番線を出発したET127系電車妙高高原行、2015年10月撮影。
2016年9月現在、6番線から出発する定期列車はえちごトキめき鉄道・妙高はねうまラインが7本、北越急行ほくほく線直通が8本、JRが3本(うち2本は特急「しらゆき」)の合計18本。
頭端式ホームで日本海ひすいライン専用の1番は別にして、他の2~6番には万遍なく列車を割り振っている今日の直江津駅ですが、利用者の目から見れば路線別にホームを集約使用してもらった方が便利なのは確かでしょう。

直江津駅6番線で折り返し待機中の189系電車「妙高」
直江津駅6番線で折り返し待機中の189系電車「妙高」、2011年6月撮影。
いつも適度に空いていて、実に利用しやすい列車でしたっけ。

6番線で待機中の419系電車富山行
6番線で待機中の419系電車富山行、2009年6月撮影。
タネ車の581/583系電車の風格を偲ばせる面構えでした。
このホームは一見すると信越本線長野方面とほくほく線直通列車専用のような印象でしたけれど、北陸本線の普通列車もこのように入ってきていました。

6番線で待機中の419系電車「食パン顔」
6番線で待機中の419系電車「食パン顔」、2005年10月撮影。

陸橋上から俯瞰で見た直江津駅構内
駅至近の陸橋上から俯瞰で見た直江津駅構内、2010年10月撮影。
うねりながら集散する線路は、鉄道のジャンクションの持つ黒鉄色のダイナミズムそのものであります。

同じ位置から春日山、谷浜方を俯瞰で見る
同じ位置から春日山、谷浜方を俯瞰で見る、2010年10月撮影。
右側が北陸本線、左側が信越本線です。

五智国分寺の三重塔
ここからは直江津駅周辺の見所をご紹介。
これは駅から谷浜方面に2km弱進むと行き着く、五智国分寺の三重塔、2011年6月撮影。
オリジナルは焼失してしまっていて、現存するこの塔は1856年に建て直したものだそうです。

親鸞聖人が1207年に上陸したと言われる居多ヶ浜
越後に流罪となった親鸞聖人が1207年に上陸したと言われる居多ヶ浜、2011年6月撮影。
五智国分寺のすぐ近くです。

海水浴場になっている居多ヶ浜の様子
海水浴場になっている居多ヶ浜の様子、2011年6月撮影。

安寿姫と厨子王丸の供養塔
直江津駅から黒井駅方に歩いて関川沿いに海岸近くまで行くと、そこには安寿姫と厨子王丸の供養塔があります、2010年5月撮影。
私は小学生の時に学校で観劇した「山椒大夫」がちょっとしたトラウマなのですよ。
「タローが森の、タローが家~」、まさに地獄の一丁目でした。

| | コメント (0)

2017年6月26日 (月)

塚山駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・塚山駅。

塚山駅の昔の駅名標

新潟県長岡市に所在する無人駅で、開業は明治31年(1898年)12月27日。
開業当時の所在は三島郡塚山村で、同村の玄関駅でした。
塚山村は昭和30年に周辺諸村と合併して町制を施行して越路町になりますが、越路町の玄関駅は来迎寺駅で、当駅は傍流の地位にありました。
越路町は平成の大合併の号令下で、中越地方の雄都・長岡市に編入されて柏崎市と境を接する長岡西端の地となり今日に至ります。

塚山駅は単に塚山村の玄関駅であっただけではなく、同村から南に約6kmの刈羽郡旧小国町地域(塚山駅開業時は四つの村に分かれていました)の玄関口としての機能も併せ持ち、道路の整備が進むまでは広域に渡る旅客貨物需要の結節点であったのです。
かつては現在の国道404号線沿いに流れる渋海川を使って、旧小国町地域から舟運で農産物が塚山停車場に持ち込まれ、鉄道で各地に出荷されていたそうです。

塚山駅は近年まで有人駅で、無人化されたのは平成27年6月1日。
JR東日本によると、当駅が通年で有人駅だった最後の年の2014年度の1日平均乗車人員は210人で、同社県内有人65駅中58位。
当駅より下位にあるのは、出雲崎駅(越後線)、越後川口駅(上越線)、潟町駅(信越本線)、津川駅(磐越西線)、石打駅(上越線)、越後下関駅(米坂線)、府屋駅(羽越本線)です。
2001年度の当駅1日平均乗車人員は318人で、13年間で三割以上減少してしまっています。
なお当駅周辺の高校は、かつて旧小国町に県立柏崎高校の小国分校が所在していましたけれど2008年に閉校。
当駅の2008年度と2009年度の乗車人員に差はほとんど無いので、分校閉校の影響は無いようですね。

高台から俯瞰で見た塚山駅駅舎の様子
駅前を走る国道404号線向かい側の高台から俯瞰で見た塚山駅駅舎の様子、2013年10月撮影。
篠付く秋雨で駅舎と後背の緑が映えます。
しかし後背の緑が当駅の構内撮影に際してクセ者なのも確か。
この小山が構内に入る朝日を遮るので、秋口だと午前八時なのにまだ夜明け直後のような暗さだったりするのですよ。

塚山駅駅舎正面の様子
塚山駅駅舎正面の様子、2016年9月撮影。
近年のやや硬質な感じの改築駅舎と比べて、和風で素朴な温かみの感じられるデザインの建物です。
建築財産票によると完成は平成18年2月28日。
駅舎改築から僅か9年で無人化の憂き目を見たのです。

塚山駅駅前広場の様子
塚山駅駅前広場の様子、2011年6月撮影。
駅前広場は広大で、かつての貨物用地を転用したように見えます。
当駅の貨物取扱が廃止されたのは昭和46年12月。

Tsukayama0040611
国道404号線の塚山駅前の様子
信越本線と並走する国道404号線の塚山駅前の様子、2011年6月撮影。
旧塚山村の中心部は駅からやや離れています。
上の画の道路両側に建つ小屋は路線バスの「塚山駅前」バス停待合室で、鉄道補完では越後交通運行の長岡駅-小国車庫線がこのバス停に停まります。
2017年3月改正ダイヤでは平日上下17本、土休日上下12本が設定されていて、越後岩塚駅へは最寄バス停から1km弱、来迎寺駅へは最寄バス停から約1.5kmと離れているので、この路線は実質的に長岡駅への移動のみに限られる用途でしょう。
私は2008年5月に来迎寺駅で急行「きたぐに」を撮影した後、越後交通長岡線の廃線跡を見ながら国道404号に出て、バスで塚山駅まで来たことがあります。
土曜の朝、しかも人の流れとは逆コースでガラガラの車中でしたっけ。

改築前の塚山駅駅舎Tsukayama0070804
改築前の塚山駅駅舎、2004年8月撮影。
中越地震被災の約二ヶ月前の光景です。
建築財産票によると完成は戦後間もない昭和23年10月。
この頃はまだ当ブログを始める前で、現在のようにディープな展開なぞは全く考えていなかったので駅舎内部は未撮影、メモすらとっていない有様。
鉄オタどころか社会人失格ですなこれは。
今となっては我ながら遺憾の一言なのです。

有人時代の塚山駅駅舎内部の様子
有人時代の塚山駅駅舎内部の様子、2013年10月撮影。
画像左側が待合室の出入り口です。
内装も温かみのある小洒落た雰囲気でなかなか良いムード。

無人化後の駅舎内部
無人化後の駅舎内部、2016年9月撮影。
壁に埋め込み式の有人駅仕様の自動券売機は撤去されて、代わりにこのような無造作な形で無人駅用の簡易券売機を設置。
これを見ると、無人化の悲哀がひしひしと伝わってくるのです。
当駅の場合、駅舎はまだピカピカで綺麗なので尚更なのですよ。

Tsukayama0100611
有人時代の待合室内部の様子
有人時代の待合室内部の様子、2011年6月撮影。
来訪者の心を和ませる色々な展示物です。

無人化後の待合室内部
Tsukayama0130916
無人化後の待合室内部、2016年9月撮影。
管理上の問題からなのでしょうけれど、展示物は撤去されて殺風景になってしまいました。
座布団が健在なのが唯一の救い。

長岡方面乗り場の1番ホーム側の駅舎とその向こうの跨線橋の位置関係
長岡方面乗り場の1番ホーム側の駅舎とその向こうの跨線橋の位置関係、2011年6月撮影。
上屋下にもベンチが八人分も置かれているのは、有人時代の名残と申せましょうか。
純然たる田舎の無人駅ですとこういう例はあまり無いですからね。
なお駅舎は1番ホームの越後岩塚駅方に偏って置かれています。


1番ホーム端から越後岩塚駅方を見通す
1番ホーム端から越後岩塚駅方を見通す、2011年6月撮影。
古い時代の開業である当駅構内のホーム配置は顕著な千鳥形です。
保線用車両の留置されている線路はかつての貨物用だったのでしょう。

1番ホームの越後岩塚駅方から見た塚山駅構内
1番ホームの越後岩塚駅方から見た塚山駅構内の様子、2011年6月撮影。

1番ホームの長鳥駅方から見た塚山駅構内
1番ホームの長鳥駅方から見た塚山駅構内、2011年6月撮影。
前述したように構内は顕著な千鳥配置で且つ駅舎の位置が偏っているため、跨線橋からここまでの距離は相当なモノになっています。

塚山駅跨線橋内の様子
塚山駅跨線橋内の様子、2013年10月撮影。
まだ有人時代の姿で、ポスターが貼られています。

跨線橋上から越後岩塚駅方を俯瞰で見る
跨線橋上から越後岩塚駅方を俯瞰で見る、2011年6月撮影。
左の本線と右の旧中線の状態の差に注目。
また駅舎改築後の新しい上屋と以前からのそれとの間に歴然とした違いがある事にも更に注目。
どうせなら改築に合わせて1番の上屋だけでも茶色に塗り替えればいいのにと感じるのは、費用を考えない素人の浅はかな考えと断言できましょう。
列車の発着はもう無い2番に黄色い線が引かれているのは律儀というべきか

駅舎改築以前の構内を俯瞰で見る
同じ位置から駅舎改築以前の構内を俯瞰で見る、2004年8月撮影。
駅舎内部は華麗にスルーだったのに、俯瞰はしっかりと撮っているのです。
流石コテコテの俯瞰マニアと自身をホメ称えてあげたい。
旧駅舎の巨大さがよくわかりますな。

跨線橋上から俯瞰で見た長鳥駅方の様子
跨線橋上から俯瞰で見た長鳥駅方の様子、2011年6月撮影。
旧塚山村中心部は、画像右の国道を少し進んだ後、信越線の下をくぐった左手に広がっています。
信越線のこの先は、線内でもっとも鄙びた地域を進んで行きます。

旧島式ホーム上屋下の様子
旧島式ホーム上屋下の様子、2011年6月撮影。
上屋の重厚な造りはやはり大変に宜しい。
ホーム上に待合室は無くベンチのみ。

島式ホームの越後岩塚駅方から見た塚山駅構内
島式ホームの越後岩塚駅方から見た塚山駅構内、2011年6月撮影。
1番とは逆に、こちら側は越後岩塚駅方に大きく偏ったホーム配置です。
跨線橋ははるか彼方ですけれど、この位置までかかる定期旅客列車はもう存在しないので心配御無用。

島式ホーム端から越後岩塚駅方を見通す
島式ホーム端から越後岩塚駅方を見通す、2011年6月撮影。
この時点では旧中線が上下本線と繋がっているのを確認できます。
当駅の中線は相当以前から遊休化していたようで、日中に特急7往復と急行5往復が走っていた昭和55年10月改正ダイヤでも、塚山駅で優等列車を退避する普通列車は皆無でした。
使われていたとしても、貨物列車の退避が精々だったのでしょう。
ちなみに当時、当駅に停車する普通列車は上下合わせて24本、現在(2017年3月改正ダイヤ)は同じく31本です。
当時は普通列車も6~7両編成が当たり前でしたので、今日の短編成列車の多さを考えるに、トータルの輸送力は同程度かあるいは減っているやもしれません。

島式ホームから見た塚山駅構内中枢部
島式ホームから見た塚山駅構内中枢部、2008年5月撮影。
上下の上屋と跨線橋の三点セットであります。

島式ホームの3番線長鳥駅方から見た塚山駅構内
島式ホームの3番線(柏崎方面乗り場)の長鳥駅方から見た塚山駅構内、2011年6月撮影。
国鉄時代以来の白線が残っているのは、この辺りも遊休化している証です。

島式ホーム端から長鳥駅方を見通す
島式ホーム端から長鳥駅方を見通す、2011年6月撮影。
当駅構内のホーム千鳥配置を改めてよく認識できる一枚。
旧中線のこちら側はすっかり草生して廃線そのもの。
当駅の中線が生きていれば、宮内-柏崎間でアクシデントが発生しても臨機応変なダイヤを組めると思うのですけれど、そんな考えは当局にはもう無いのでしょうな。
何かあったらウヤでOKですものね。




旧駅舎時代の塚山駅構内を越後岩塚駅方から見る
旧駅舎時代の塚山駅構内を越後岩塚駅方から見る、2004年10月撮影。
中越地震発生二週間前の様子であります。

同じく長鳥駅方から見た旧駅舎時代の構内
同じく長鳥駅方から見た旧駅舎時代の構内、2004年10月撮影。
上屋を支える支柱の形状など、戦後第一世代らしからぬクラシックな形状でいい味出してました。

塚山駅1番線に到着した115系電車長岡行
秋雨そぼ降る塚山駅1番線に到着した115系電車長岡行、2013年10月撮影。

塚山駅3番線を出発して加速する115系電車直江津行
塚山駅3番線を出発して加速する115系電車直江津行、2013年10月撮影。

夕陽の塚山駅3番線を通過する485系電車国鉄特急色の快速「くびき野」新井行
夕陽の塚山駅3番線を通過する485系電車国鉄特急色の快速「くびき野」新井行、2014年6月撮影。
特急に準じた都市間輸送を担う「くびき野」が、当駅に停車する機会はありませんでした。
その後身である通称「新井快速」も当駅は通過。
宮内-柏崎間は過疎ダイヤなので、都市間輸送からはやや外れた現在の快速は少なくとも当駅に停車しても良いのではと部外者は強く思うところなのですけれど、当局が通過でOKと判断しているからには想定される乗降はほとんどいないのでしょうな。

塚山駅1番線に進入する485系電車R編成の特急「北越」新潟行
塚山駅1番線に進入する485系電車R編成の特急「北越」新潟行、2004年10月撮影。

夕闇迫る塚山駅を轟然と通過する寝台特急「トワイライトエクスプレス」札幌行
夕闇迫る塚山駅を轟然と通過する寝台特急「トワイライトエクスプレス」札幌行、2014年6月撮影。
日の長いこの時期だからこその画です。

塚山駅から「長谷川邸」見学の為に旧塚山村中心部へ向かって10分ほど歩いて一枚
塚山駅から「長谷川邸」見学の為に旧塚山村中心部へ向かって10分ほど歩いて一枚、2011年6月撮影。
長閑な風景が続きます。

「ほたるロード」
ここ塚山地域はホタルの生息地として有名らしく、この先の道は「ほたるロード」と命名されています、2011年6月撮影。
右側の看板には定点観測点におけるホタルの確認生息数が隔日で記録されていて、撮影時の最新の数字はヘイケホタル72匹。

三波春夫先生を記念する公園と銅像
ほたるロードの横には当地の生んだ最大の有名人、三波春夫先生を記念する公園と銅像があります、2011年6月撮影。
私的には三波先生といったらやはり「ルパン音頭」と「銭形マーチ」ですな。
特に後者は銭形のとっつあんのルパンに対する嫉妬と羨望のホンネを三波先生が高らかに歌い上げていて最高の一曲であります。

、「長谷川邸」の所在する旧塚山村中心部
塚山駅から徒歩15分で、「長谷川邸」の所在する旧塚山村中心部に到達、2011年6月撮影。
国道両側のバス停は前述の長岡-小国車庫線のものです。
駅からは歩いてこれる距離なので、バスは長岡駅から長谷川邸に直接行く場合の交通手段ですな。

長谷川邸の正門
長谷川邸の正門、2011年6月撮影。
戦国時代以来、代々世襲の庄屋としてこの地を収めてきた長谷川家の邸宅であります。

長谷川邸の主屋
長谷川邸の主屋、2011年6月撮影。
1716年にほぼ完成したと伝えられている家屋で、築300年になります。
新潟県内では最古の木造民家との事です。
端正な建物と邸内ですけれど、コレだ!というインパクトに欠けるのが正直なところです。

邸内の仏間と茶の間
邸内の仏間と茶の間、2011年6月。
訪ねたのは梅雨に入りたての土曜日の朝九時。
私以外の見学者はゼロでした。

邸内の土間とかまど
邸内の土間とかまど、2011年6月撮影。
このかまどは調理用ではなくお風呂用だそうです。

Tsukayama0430611
塚山駅に戻って今度は越後岩塚駅方に7分ほど歩くと行き着くのが、信越線の廃トンネルです、2011年6月撮影。

塚山-越後岩塚間複線化で廃棄された塚山第三トンネル
これは昭和43年に塚山-越後岩塚間複線化で廃棄された塚山第三トンネルらしいです。
ネットで色々見てまわると、塚山-長鳥間にも単線時代の遺構が多数存在するようです。

| | コメント (2)

2017年6月24日 (土)

長岡駅(信越本線・上越新幹線)

本日の駅紹介は信越本線/上越新幹線・長岡駅。

長岡駅の在来線駅名標
長岡駅の上越新幹線駅名標

新潟県長岡市に所在する有人駅で、新潟県中越地方の中心にして県内第2の都市である長岡市の玄関駅です。
開業は明治31年(1898年)6月16日で、当時の所在は古志郡長岡町。
かつての越後長岡藩14万2,700石の城下町であった長岡町は、駅開業の5年後に県都新潟に次ぐ県内で二番目の市制施行を果たして長岡市となり、その後も周辺自治体の合併編入で市勢を拡大、現在の人口は約27万2千人を数える新潟県内第2の都市としての立場を確固たるものとしています。

JR東日本によると、長岡駅の2015年度1日平均乗車人員は11,623人で、同社県内有人67駅中新潟駅に次ぐ第2位の堂々たる数字です。
乗車人員に占める定期と定期外の比率は1対1に近く、通勤通学と用務観光の両方で利用が活発な駅であります。
県内では利用状況が突出した第2位で比較対象が無いので、他県の駅と比べてみると、秋田県の県庁所在地である秋田駅や、最近某女性タレントの「山奥」暴言で話題になったw埼玉県埼京線の指扇駅と同レベルです。

長岡駅大手口の様子
長岡駅大手口の様子、2012年6月撮影。
かつての長岡城跡、つまり町の中心部に造られたのが長岡駅です。
という事は、鉄道に対する忌避感がこの町には無かったということなのでしょう。
城跡にまとまった用地があったという理由以外にも、失った城に変わる町の象徴として、新時代、文明開化の象徴たる鉄道の停車場を選ぶ、そういう空気があったのかもしれません。
現在の駅舎は上越新幹線建設に伴い改築されたもので、昭和55年に供用開始。
店舗も建物内に多数展開していて、なかなか活気があります。

大手口の駅前の様子
大手口の駅前の様子、2016年9月撮影。
日曜の早朝とあって人影はまばら。
画像左側は路線バス乗り場です。

空中回廊の大手スカイデッキ上から見た長岡駅大手口駅前広場
駅と駅前通りを結ぶ空中回廊の大手スカイデッキ上から見た長岡駅大手口駅前広場、2016年9月撮影。
タクシーが多数待機しているあたりは流石県内第二の都市の玄関駅であります。
しかしこの辺は夜ともなればムクドリの大群が集結して、蜂の巣のつついたような大騒ぎになるのであります。

越後交通の長岡駅前バス乗り場
前掲の画の反対側に位置する、越後交通の長岡駅前バス乗り場、2016年9月撮影。
左側が長岡駅です。
ここには長岡市各地や近隣自治体へのバス路線多数が乗り入れています。
後付で手狭かつごちゃごちゃしている新潟駅前に比べると、駅舎改築に伴う駅前整備によるものだけあって、スッキリとして利用しやすい構造になっています。
鉄道補完では、上越線の越後滝谷小千谷各駅、信越線の宮内前川来迎寺塚山柏崎北長岡東三条、飯山線の越後岩沢下条魚沼中条十日町、越後線の分水
寺泊小島谷出雲崎礼拝西山刈羽西中通東柏崎の各駅にバスで直接もしくは最寄バス停から僅かの徒歩で移動可能です。
特に新潟駅から越後線南部の各駅に行く場合、上越新幹線で長岡下車、越後交通のパスに乗り換えて行く方が、時間帯によっては圧倒的に便利だったりするのはちょっとした豆知識。

大手スカイデッキ上から見た長岡駅大手口駅前通り
大手スカイデッキ上から見た長岡駅大手口駅前通りの様子、2016年9月撮影。
長岡駅周辺はダイエーの撤退など、一時は衰退の危機感が相当にあったのですけれど、近年はだいぶ持ち直してきている印象。
まぁたまにしかこない部外者の目にはそう映っても、地元の方にはまた別に見えるのかもしれませんが。

夜の長岡駅大手口と大手スカイデッキ
夜の長岡駅大手口と大手スカイデッキ、2016年9月撮影。
光量の多い大駅周辺は夜の方が画になります。

長岡駅東口の様子
長岡駅東口の様子、2016年9月撮影。
こちら側にはかつて越後交通電車線の駅が置かれていたのだとか。
うーむ、全然記憶にないわ・・・、越後交通電車線で記憶に残っているのは、急行「佐渡」車中から見た袋町駅の短くて雑然としたホームぐらいですな。
上屋の壁に琺瑯の広告板がいっぱい貼られていましたっけ。
まだ国鉄と私鉄の区別も付かない紅顔の美幼児だったので、なぜあの駅にオレンジと緑のでんしゃは停まらないのだろうと不思議に思っていましたなぁ。

長岡駅東口のバス乗り場の様子
長岡駅東口の旧ダイエー長岡店の建物とその直下のバス乗り場の様子、2016年9月撮影。
こちらに乗り入れて来る路線バスは大手口よりもずっと少な目。
駅舎通路から俯瞰でみた駅東口の様子
駅舎通路から俯瞰でみた駅東口の様子、2010年5月撮影。
賑やかな大手口と異なり、こちら側は行きかう人も車も少ない静かな佇まい。
通りの道幅が広いので、余計にその感を強くするのです。

長岡駅駅舎内の商業施設「CoCoLo」
長岡駅駅舎内の商業施設「CoCoLo」、2015年12月撮影。

在来線改札周りの様子
在来線改札周りの様子、2015年12月撮影。
ずらりと並ぶ自動改札機が駅利用者の多さを無言のうちに物語っているのです。

上越新幹線の改札周り
こちらは上越新幹線の改札周り、2015年12月撮影。
自動改札機はご覧のようにちょっと少なめ。

改札を通り、駅構内に足を踏み入れて一枚
改札を通り、駅構内に足を踏み入れて一枚、2015年12月撮影。
複数の改札口があってごちゃごちゃしている新潟駅と比べて、長岡駅は出入り口がひとつに集約されていて通路も広いのが印象的。

構内には広い待合室、待合室右横の通路奥手にトイレがあります
構内には広い待合室、待合室左横の通路奥手にトイレがあります、2016年9月撮影。

構内通路から見た長岡駅構内の北長岡駅方
構内通路から見た長岡駅構内の北長岡駅方、2012年5月撮影。
画像左側は言わずと知れた上越新幹線。

構内通路から見た長岡駅構内の宮内駅方
構内通路から見た長岡駅構内の宮内駅方、2016年9月撮影。
おりしもE129系電車が3番線に進入中。

長岡駅在来線構内の島式ホーム(2-3番線)の3番線宮内駅方から見た構内
長岡駅在来線構内の島式ホーム(2-3番線)の3番線宮内駅方から見た構内の様子、2012年5月撮影。
現在は定期列車の発着が無くホームが閉鎖されている1番線と新潟方面への列車が多く入る2番線の直上に、上越新幹線の高架が建てられています。

2番線宮内駅方から見た、新幹線高架下の構内
島式ホーム(2-3番線)の2番線宮内駅方から見た、新幹線高架下の構内の様子、2012年5月撮影。
ここは昼間だとコントラストがあり過ぎて画にならないので、夜間撮影の方が良かろうと強く感じるところであります。

2番線端から宮内駅方を見る
2番線端から宮内駅方を見る、2012年5月撮影。

3番線北長岡駅方から見た長岡駅構内
島式ホーム(2-3番線)の3番線北長岡駅方から見た長岡駅構内、2012年5月撮影。

2番線北長岡駅方から見た新幹線高架下の構内
島式ホーム(2-3番線)の2番線北長岡駅方から見た新幹線高架下の構内、2012年5月撮影。
画像右側が現在閉鎖されている1番線で、貨物列車の通過線になっているようです。
私も2011年5月の朝に1番線を通過する貨物列車を見たことがあります。
当駅で貨物列車を見たのは、後にも先にもその一度だけ。
そもそも長岡駅は、隣の宮内駅との中間地点に造られた貨物専用の南長岡駅が昭和41年10月に開業後、貨物取扱は翌年12月にそちらへ移されていて、随分前から貨物列車との縁は薄いのです。

2番線端から北長岡駅方を見る
島式ホーム(2-3番線)の2番線端から北長岡駅方を見る、2012年5月撮影。

3番線端から北長岡駅方を見る
島式ホーム(2-3番線)の3番線端から北長岡駅方を見る、2012年5月撮影。

4番線宮内駅方から見た長岡駅構内
島式ホーム(4-5番線)の4番線宮内駅方から見た長岡駅構内、2012年5月撮影。

4番線端から宮内駅方を見る
4番線端から宮内駅方を見る、2012年5月撮影。
右端の上越新幹線高架も開業から早35年になって、大分いい感じに古びてきました。
中越地震の災厄も乗り越えた、すっかり古強者の風格。

5番線の宮内駅方から見た構内
5番線の宮内駅方から見た構内、2012年5月撮影。

島式ホーム(4-5番線)上屋下の様子
島式ホーム(4-5番線)上屋下の様子、2012年5月撮影。
上屋の風情は昔のまま。

4番線の北長岡駅方から見た長岡駅構内
4番線の北長岡駅方から見た長岡駅構内、2012年5月撮影。
個人的には当駅構内はこの位置からの眺めがベストですな。
駅の新旧が一同に会しているのをじっくり見物できますから。


4番線端から北長岡駅方を見通す
4番線端から北長岡駅方を見通す、2012年5月撮影。

宮内駅方の踏切から見た、長岡駅構内の上越新幹線高架下の様子
宮内駅方の踏切から見た、長岡駅構内の上越新幹線高架下の様子、2010年5月撮影。
高架のせいでこの2本の線路だけ、他とは別線のような印象を持たされます。

在来線構内中央部辺りの様子
視点を変えて、在来線構内中央部辺りの様子、2010年5月撮影。
大きな駅の割には、貨物線が無く中線も1本だけなのでシンプルな構造と言えましょう。

快速「越乃Shu*Kura」の停車駅の証であるスペシャル駅名標
日本酒好きには辛抱タマラン、快速「越乃Shu*Kura」の停車駅の証であるスペシャル駅名標、2016年9月撮影。

2番線で客待ち中の115系電車湘南色新潟行
新幹線高架下の2番線で客待ち中の115系電車湘南色新潟行、2014年5月撮影。
直近の取材の2016年9月時点では、新潟方面への定期列車34本中、2番線発は19本。
新潟行の特急「しらゆき」は5本全て2番線発になっています。

かつては構内で115系電車の姿が常に見れました
かつては構内で115系電車の姿が常に見れました、2012年5月撮影。
長岡地区では新潟地区のような短区間頻発運転が実施されていないため、普通列車の本数は国鉄時代と比べて爆発的に増えている・・・とは言えない現状です。
昭和55年10月改正ダイヤにおける普通・快速列車の方面別本数は、対新潟が18本、対柏崎が12本、対上越線は12本で合計42本。
平成29年3月改正ダイヤでは対新潟27本(全席指定の「おはよう信越」を除く)、対柏崎18本(らくらくトレイン信越を除く)、対上越線18本で合計64本。
現在の1列車あたりの両数は国鉄時代と比べて確実に減っているので、輸送力全体としては37年前と比べて増減の判断がつきかねる微妙な数字なのです。
優等列車を含めた在来線トータルだと、昭和55年10月改正では対新潟54本、対柏崎27本、対上越線が41本で合計122本。
対して平成29年3月改正では対新潟33本、対柏崎24本、対上越線18本で合計75本。

115系電車長野色の越後湯沢行が3番線に停車中
新潟ではE129系電車の充足までのショートリリーフ的存在だった、115系電車長野色の越後湯沢行が3番線に停車中、2015年12月撮影。
2016年9月時点では3番線から出発する定期列車は18本で、上越線へ9本、信越線新潟方面に3本、信越線直江津方面に6本という構成。

5番線で待機中の115系電車湘南色の水上行
5番線で待機中の115系電車湘南色の水上行、2015年12月撮影。
2016年9月時点で5番線から出発する定期列車は15本で、信越線新潟方面に9本、上越線へ5本、信越線直江津方面に1本という構成。
こうして見ると長岡駅在来線の四つの乗り場はほぼ均等に使われていますが、ホームは方面別に明確な区分をしていないので、自分の乗車する列車について電光掲示や時刻表で確認を要します。

長岡駅には早朝のみ姿を見せる飯山線直通キハ110系気動車十日町行
長岡駅には早朝のみ姿を見せる飯山線直通キハ110系気動車十日町行、2008年5月撮影。
飯山線直通はもっと増やしても・・・と、無責任な部外者は思うところです。

長岡駅で見かける機会が激増した新鋭E129系電車
上越線長岡口の普通列車が2016年3月改正で全便更新されたことで、当駅で見かける機会が激増した新鋭E129系電車、2016年9月撮影。

2番線に停車中の485系電車R編成の特急「北越」新潟行
夜の2番線に停車中の485系電車R編成の特急「北越」新潟行、2010年5月撮影。
やはりここは夜間の方が映えます。
長岡駅は上越新幹線開業以前の在来線全盛時代では、日中の優等列車は全て停車していました。
当駅で旅客取扱をしない優等列車は寝台特急「日本海」2往復と「北陸」のみ。
昭和55年10月改正ダイヤでは、長岡駅で旅客取扱いをする定期優等列車の本数は僅かながら新潟駅を上回り、県内首位だったのです。

2番線に停車中の485系電車T編成快速「くびき野」新潟行
同じく2番線に停車中の485系電車T編成快速「くびき野」新潟行、2005年9月撮影。
「くびき野」が廃止されるなど、夢想さえしなかった頃の撮影です。
T編成はいずれ廃車されても、R編成で相当先まで運行を続けるのだろうと、当時は漠然と考えておったところですが、結果は実にあっけないものでした。
しかも後任は今更感の強い115系電車快速・・・。

朝の2番線に停車中の583系電車急行「きたぐに」新潟行
朝の2番線に停車中の583系電車急行「きたぐに」新潟行、2008年5月撮影。
来迎寺-新潟間の停車各駅で追っかけをした列車でしたが、乗車機会はついにありませんでしたなぁ。
583系電車自体、乗車したのは1987年冬に青函連絡船に乗りに行った際の帰路に乗った特急「はつかり」の一度きり。
早朝だったのですぐ寝入ってしまい、道中はほとんど覚えていないという痛恨でした。

E653系電車特急「しらゆき」が4番線に停車中
越後路の新たな顔、E653系電車特急「しらゆき」が4番線に停車中、2015年12月撮影。
「しらゆき」にはこれまで4回乗っていますけれど、いずれも乗車率はまずまずというところ。
かつての不人気特急「みのり」の再来というヨタ話も杞憂に終わったようです。
なお4番線からは2016年9月時点で定期列車18本が出発していて、上りの「しらゆき」は全便4番線発になっています。

偶然撮影した臨時蒸機列車に、EF81形電気機関車が連結
偶然撮影した臨時蒸機列車に、EF81形電気機関車が連結、2013年10月撮影。
このブログで度々述べていますが、私は蒸気機関車に興味が薄いのでこの列車の運転も全く知りませんでした。
日常生活、社会活動に密着した列車でないと、途端に興味が無くなるのですよ。
観光イベント型の列車は、あえて言うと遊園地の遊具みたいに感じるのですわ。

Nagaoka0401215
全列車が停車する要衝駅にしては規模の小さい構内
さてここからは上越新幹線駅としての長岡駅をかいつまんでご案内。
要衝駅にしては規模の小さい構内です。

対面ホームの間に通過線の置かれた新幹線長岡駅構内
対面ホームの間に通過線の置かれた新幹線長岡駅構内、2015年12月撮影。
2017年3月改正ダイヤで当駅を通過するのは1日1往復。
上越新幹線上野開業の昭和60年3月改正では1日2往復でした。

夢と消え散った形の羽越新幹線用ホーム予定地
夢と消え散った形の羽越新幹線用ホーム予定地、2008年5月撮影。
長岡-上越妙高間のミニ新幹線化が実行されるのならば、ここが新在アプローチの起点として整備されるのかもしれません。
しかし県は羽越線高速化を優先し、旗振り役であった柏崎市が事実上の白旗では実現はかなりキビしい・・・。
将来の対関西アクセスを考えれば再検討する価値はあると思うのですけれど、私のようなシロウトが考えている以上に新潟と関西の結びつきは弱くなっているのかも。
今は皆、東京マンセーな土地柄ですしね。
関西直結の特急「白鳥」「雷鳥」「つるぎ」、急行「きたぐに」が高い乗車率で走っていたのも、今では遠い昔の話のようです。

長岡駅に停車中のE4系電車「MAXとき」東京行
長岡駅に停車中のE4系電車「MAXとき」東京行、2016年9月撮影。
先日、この電車を2020年度末までにE7系電車に置き換える公式アナウンスがあったのは皆様ご存知の通りです。

長岡駅に到着したE2系電車「とき」
長岡駅に到着したE2系電車「とき」、2016年9月撮影。
上越新幹線の上野延伸開業時(昭和60年3月改正)では、当駅に停車する定期の「あさひ」「とき」は上下46本、当駅通過便は上下4本でした。
平成29年3月改正では、定期の「とき」停車は上下53本で当駅通過便は上下2本です。
かつては北陸方面との乗換駅だった上越新幹線長岡駅も、ほくほく線が開業して乗換駅の座を越後湯沢駅に譲ってからは、新潟-長岡間の速達輸送と長岡市周辺地域と首都圏の間の地に足が着いた輸送の二本立てになっています。
たとい短距離であっても新幹線の威力は絶大で、新潟-長岡間には往復割引きっぷが発売され続けていて、安価で頻発運転の高速バスと棲み分けが出来ています。
鉄オタの私も、新潟-長岡間を普通列車で移動はイヤだもんなぁ。
高速バスは便利で安いけどシモの心配と万が一の事故の懸念があるので、どうしても新幹線利用になりがちです。
駅巡りの際は4枚綴りの回数券をよく使います。
使用期限は購入後一ヶ月ですが、3枚使えば普通に自由席特急券を2回買うよりも断然おトクですもの。

山本五十六元帥生誕の実家が、長岡駅大手口近くの山本記念公園に保存されています
山本五十六元帥生誕の実家が、長岡駅大手口近くの山本記念公園に保存されています、2012年5月撮影。

山本五十六記念館
山本記念公園の至近には、山本五十六記念館があります、2012年5月撮影。
実はわたくし、恥ずかしながらここへ見学に行ったことがありません(恥)。
この時も他に予定があって素通りの已む無きに。
駅取材は一応終了しましたし、次に長岡界隈に行くのは栃尾見学とセットになると思うので、その時はここと河井継之助記念館をぜひとも見学せねばなりますまい。

| | コメント (0)

2017年6月17日 (土)

亀田駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・亀田駅。

亀田駅の駅名標

新潟県新潟市江南区に所在する有人駅で、江南区の玄関駅です。
開業は明治30年(1897年)11月20日で、当時の所在は中蒲原郡亀田町。
亀田町は新潟市に隣接する、面積はさほど大きくない街でしたけれど財政状況は新潟市よりも良好だったそうで、それ故か新潟市に併呑されることなく、新潟県下の「町」としては最強クラスの人口を擁して永らく存在感を発揮していました。
しかしそんな町も平成の大合併の大号令の逆風には耐えられずに、平成17年3月に新潟市と合併してその江南区となり、今日に至るのです。

さて亀田駅は旧来の亀田町中心街から約1km弱北方に位置しています。
これは明治の鉄道黎明期によくある鉄道忌避の産物で、火の粉を撒き散らす汽車は火事をもたらすとされて当時の町外れに設置されたとの事。
昔は今と違って消防の整備もまだまだ、一旦火事が起きると酷いことになります。
新潟の沿岸地域は特に冬の季節風が強いので、そんな時に火事が起きれば大変なことになります。
当時の人たちの懸念はごもっともでよく判るのですけれど、戦前戦後の町の発展の観点から見れば、駅と中心街がこれだけ離れているのはマイナス材料でしょう。
しかし今日の視点で見ると、道路も狭く路地が入り組んでいて、発展性に欠ける旧来の中心街よりは、現在位置の方が発展性はずっと上なのです。
駅の東側には高校が2校あり、西側は新々バイパスに通じる一本道で亀田界隈の新たな商業集積地帯になっています。
昔はマイナスでも今はプラス、駅の立地はその時々の各種要因によって正否が揺れ動くことを実感させられる、それがここ亀田駅なのであります。

JR東日本によると、2015年度の亀田駅1日平均乗車人員は5,402人。
同社県内有人67駅中、堂々の第4位で越後線の白山駅と第3位の座を争っています。
亀田町時代から経済や人の流動で新潟市と一体化していた為に、駅の利用は周辺人口以上に大きいのです。

亀田駅橋上駅舎西口の様子
亀田駅橋上駅舎西口の様子、2016年8月撮影。
こちら側が昔からの出入り口で、橋上駅舎に改築完成したのは平成17年(2005年)10月1日。
かつては大正期に立てられた古めかしい駅舎で、その時代を知っている者としてはこの豪勢さはまさに隔世の感。
しかしあの駅舎が建て替えられてこうなる事を予期していたのならば、撮影しておくべきだったと激しく後悔しているのであります。
私がデジカメを弄り始めたのは2002年の秋からで、その頃は亀田駅の旧駅舎はまだ健在だったのですよ。
亀田界隈は日常の延長で来れるところなので、遠方の直江津や糸魚川のように、スケジュールを立ててさぁ撮るぞ見るぞと構える必要もないのです。
しかしその辺が落とし穴、まさに灯台下暗しなのであります。
気軽に行けるところだと、そのうちそのうちと後回しになって、気が付いてみた時は既に手遅れ。
なにしろ、取材目的で亀田駅を訪れたのは2008年秋。
新潟県内の数ある駅の中で、一番最後に来たのがこの駅だったのです。

橋上駅舎の自由通路から俯瞰で見た亀田駅西口駅前
橋上駅舎の自由通路から俯瞰で見た亀田駅西口駅前、2016年8月撮影。
駅前広場もかつての旧駅舎時代はずっと小さかったのです。
今ではきっちり明確に整備されたロータリーです。
このロータリーには新潟交通運行の路線バスが乗り入れていて、鉄道補完では万代シティ-新津線、万代シティ-水原線があり、新潟駅の他に前者は荻川、さつき野、新津各駅(越後石山駅へは最寄バス停から少々距離アリ)、後者は水原駅への移動に活用できます。
特に後者は毎時1本と比較的運行本数が多いので、新津駅で過疎ダイヤの羽越本線に乗り換えて行くよりはずっと便利な存在なのです。

亀田駅西口の駅前通り
亀田駅西口の駅前通り、2016年8月撮影。
画像の左右は県道で、左手を1km弱進むと旧亀田町の中心街に行き着きます。
画像中央の道は、前述した新々バイパスへ向かう道です。

旧亀田町の中心商店街の様子
旧亀田町の中心商店街の様子、2008年10月撮影。
この頃、通りで集客力のある店舗はスーパー1軒のみ。
現在は更に廃れていて、廃業した個人商店も見かけるようになりました。
この時、今では絶版のハセガワ1/72スケールF-102デルタダガーを発見して小躍りしつつ購入したおもちゃ屋さんも、数年前に廃業してしまいました。

亀田駅橋上駅舎東口の様子
亀田駅橋上駅舎東口の様子、2016年8月撮影。
こちら側はこれから発展の余地があるフロンティアと言えます。

自由通路から見た亀田駅東口駅前通り
自由通路から見た亀田駅東口駅前通り、2016年8月撮影。
画像左側には漫画「ドカベン」の明訓高校のモデルの私立新潟明訓高校があります。
新潟明訓は新潟県内の私立高校でトップの学校で、且つ野球を始めスポーツの強豪高でもあります。

亀田駅自由通路内の様子
亀田駅自由通路内の様子、2016年8月撮影。

改札口付近の様子
改札口付近の様子、2016年8月撮影。
自動改札機4台が、駅の利用状況を物語っていますな。
両隣の荻川駅(一日平均乗車人員1,800人台)のそれは3台、越後石山駅(一日平均乗車人員2000人強)は実質2台です。
画像右側に見えるのはNew Days。
待合室は改札内にあります。

構内通路から見た亀田駅構内の荻川駅方
構内通路から見た亀田駅構内の荻川駅方、2016年8月撮影。


島式ホームの1番線(新潟方面乗り場)の越後石山駅方から見た亀田駅構内の様子
島式ホームの1番線(新潟方面乗り場)の越後石山駅方から見た亀田駅構内の様子、2016年8月撮影。
当駅は駅舎改築以前、2面3線で中線を持っていました。
昭和55年10月、昭和60年3月の改正ダイヤでは毎日1回、普通列車が特急列車に道を譲っていましたし、新潟-亀田間の区間列車も運行されていたのです。
しかし駅舎改築、橋上駅舎化に伴う構内改修で幅広の島式ホーム1本という実に味気ない姿に変わってしまいました。
率直に言って、私見では見所の無さという点で亀田駅が新潟県内数ある駅の中では一番と申せます。

島式ホームの上屋直前から越後石山駅方を見る
島式ホームの上屋直前から越後石山駅方を見る、2016年8月撮影。

島式ホーム上屋下の様子
島式ホーム上屋下の様子、2012年3月撮影。
ホーム上には待合室はありません。

島式ホームの荻川駅方から見た亀田駅構内
島式ホームの荻川駅方から見た亀田駅構内、2016年8月撮影。

島式ホーム端から荻川駅方を見る
島式ホーム端から荻川駅方を見る、2016年8月撮影。
少々見難いですが、画像中央にはかつての中線と思しき線路が1本。

駅南方の陸橋上から俯瞰で見た亀田駅構内の様子
駅南方の陸橋上から俯瞰で見た亀田駅構内の様子、2008年10月撮影。
前述の中線と思われる線路をはっきり確認出来ます。


越後石山駅方の踏切から見た亀田駅構内
越後石山駅方の踏切から見た亀田駅構内、2008年10月撮影。
こちら側には中線跡は残っていません。

荻川駅方の踏切から見た亀田駅構内
荻川駅方の踏切から見た亀田駅構内、2008年10月撮影。
こちら側から見るとかつての中線の様子を仔細に観察出来ます。

亀田駅1番線に停車中のE129系電車新潟行
亀田駅1番線に停車中のE129系電車新潟行、2016年8月撮影。

亀田駅1番線に到着した朝の内野行E127系電車
亀田駅1番線に到着した朝の内野行E127系電車、2012年3月撮影。
平日なら大混雑する時間帯ですが、日曜のこの朝はホームの人影もまばら。
亀田駅2番線を出発して加速するE127系電車新津行
亀田駅2番線を出発して加速するE127系電車新津行、2008年10月撮影。
信越本線の新潟近郊区間では、2015年3月ダイヤ改正をもって過去帳入りした電車です。

亀田駅2番線から出発する115系電車長岡行
亀田駅2番線から出発する115系電車長岡行、2012年3月撮影。
永らく越後路の主役として君臨してきたこの電車も現在では少数派に。
しかし日中でも見かける機会はまだよくあります。
でも車体は薄汚れて退色しているし、やはりそろそろ潮時なのですな。

亀田駅1番線を出発したキハ110系+キハE120の5両編成磐越西線直通新潟行
亀田駅1番線を出発したキハ110系+キハE120の5両編成磐越西線直通新潟行、2012年3月撮影。

真夏の夕刻の亀田駅1番線に停車中のキハ40系気動車の新潟行
真夏の夕刻の亀田駅1番線に停車中のキハ40系気動車の新潟行、2014年8月撮影。
この列車は磐越西線直通列車ではなく、新津発新潟行の区間列車です。
新津-新潟間の区間気動車列車は、平日上下合わせて6本が設定されています。

亀田駅2番線を通過する、485系電車国鉄特急色の快速「くびき野」新井行
亀田駅2番線を通過する、485系電車国鉄特急色の快速「くびき野」新井行、2014年8月撮影。
「くびき野」最後の夏のひとコマです。
特急に準ずる都市間輸送を主な使命とする「くびき野」の当駅停車は適わず。
駅東口にある養護学校から「くびき野」を亀田駅に停車させてほしいという要望があったという話を聞いたことがありますけれど、「くびき野」に先が見えてきた時期の話でもあり、実現には至りませんでした。
なお「くびき野」の後身である通称「新井快速」は当駅に停車します。

まだ残雪の残る亀田駅構内を駆け抜ける485系電車国鉄特急色の特急「北越」金沢行
まだ残雪の残る亀田駅構内を駆け抜ける485系電車国鉄特急色の特急「北越」金沢行、2012年3月撮影。

真夏の夕刻、終点新潟駅に向けラストスパートをかける485系電車R編成の特急「北越」
真夏の夕刻、終点新潟駅に向けラストスパートをかける485系電車R編成の特急「北越」、2014年8月撮影。

名残の雪と共に亀田駅を去り行く583系電車の急行(快速)きたぐに新潟行
Kameda0250312
間も無く定期運行を終了という時期、名残の雪と共に亀田駅を去り行く583系電車の急行(快速)きたぐに新潟行、2012年3月撮影。
大阪発の下り列車の新津-新潟間が快速列車として朝ラッシュ対応の一翼を担っていたことは、皆様よくご存知の通り。

| | コメント (0)

2017年4月 9日 (日)

黒井駅(信越本線)

本日の駅紹介は、信越本線・黒井駅。

Kuroi0010904

新潟県上越市に所在する無人駅で、開業はまず貨物駅として明治35年(1902年)7月1日。
その前年、当駅付近に米国のスタンダード石油傘下のインターナショナル石油によって直江津製油所が完成し、当時の北越鉄道が石油関連の貨物輸送拠点として黒井駅を開設しました。
この時点では客貨分離が図られており、旅客営業は当駅の直江津方約1km地点に設置された「春日新田」駅で行っています。
黒井駅はその4年後の明治39年9月1日に旅客営業を開始しています。
この直前に春日新田駅が廃止されているので、当駅が旅客営業を開始したのはその代替措置であったようです。
当駅誕生のきっかけとなった直江津製油所は、その後日本石油に売却された後、大正11年に閉鎖。
黒井駅はその最大の顧客を失って危機に陥る・・・かと思いきや、製油所廃止から間もなく、当駅付近に大手の各種工場が相次いで進出。
これによって当駅はそれら工場の物流拠点として活況を呈するようになったのです。

黒井駅の開業当時の所在については、私の調べでは何とも判断がつきかねるのが正直なところであります。
駅南方の地名から推察すると中頚城郡大瀁村ではないかとも思えるのですけれど、当駅周辺は複数の自治体の境界線上にあるので断言が出来ないのです。
ともあれ駅名票にある中頚城郡頸城村は、昭和32年(1957年)4月に大瀁村と明治村が合併して誕生し、平成17年1月に上越市に合併編入されて今日に至ります。

やや古い資料で恐縮ですが、上越市統計要覧によると平成19年度の黒井駅年間乗車人員は9万人。
単純計算すると一日平均約247人です。
この数字は有人駅の潟町駅を凌ぐもので、通学以外にも周辺工場への通勤需要があるのかもしれません。

Kuroi0020614
改築後の黒井駅北口の様子、2014年6月撮影。
こちら側が従来からの駅出入り口になります。
駅の南北を結ぶ自由通路は2011年6月に竣工しました。
これに伴い旧駅舎は解体撤去されています。

Kuroi0030612
自由通路の供用開始に伴って新設された黒井駅南口の様子、2012年6月撮影。
この時点ではこちら側は全くの未開発エリアです。

Kuroi0040612
自由通路上の駅構内出入り口付近の様子、2012年6月撮影。
自動券売機が一台置いてあるだけの、簡素極まりない出入り口です。

Kuroi0050612
犀潟駅方から見た黒井駅構内の様子、2012年6月撮影。
画像右側がJR貨物の黒井貨物駅。
旅客駅と生きた貨物駅が併設されているのは、新潟県内では当駅と白新線・東新潟駅ぐらいですな。
かつての黒井貨物駅は、約1km南にある直江津港の発展とリンクして盛況を呈していました。

Kuroi0060612
ホーム端から犀潟駅方を見る、2012年6月撮影。

Kuroi0070612
黒井駅の島式ホームの様子、2012年6月撮影。
ホーム右側の1番は下り長岡方面、左側の2番は上り直江津方面乗り場です。
当駅のホーム上屋は昭和41年3月の完成。
おそらく旧駅舎と同時期に建てられたのでしょう。
信越本線・北長岡駅のそれと類似した印象。
隣が貨物駅のせいか、実用本位の雰囲気が強まって旅情は感じられませんなぁ。

Kuroi0080612
ホーム中央部から見た黒井駅自由通路南口側、2012年6月撮影。

Kuroi0090612
ホーム上の待合室内の様子、2012年6月撮影。
ホーム上の待合室も、近年はこういう形態が増えました。
待合室も以前は犀潟方のホーム上屋端に設けられていましたが、自由通路化に合わせて出入り口近くの現在位置に移動しています。

Kuroi0100612
自由通路に通じる出入り口付近の様子、2012年6月撮影。

Kuroi0110612
黒井貨物駅構内で待機中のEF81形電気機関車455号機、2012年6月撮影。

Kuroi0120612
ホーム端から直江津駅方面を見る、2012年6月撮影。

Kuroi0130612
自由通路上から俯瞰で見た黒井駅構内の様子、2012年6月撮影。
前述したように当駅の元々の出自は貨物駅なのがよくわかります。
構内は犀潟駅方に向って広がっています。

Kuroi0140612
同じく直江津方を俯瞰で見る、2012年6月撮影。
こちら側は線路群が収束していくのを望見できます。

Kuroi0150612
黒井駅1番線から出発する115系電車長岡行、2012年6月撮影。

Kuroi0160612
黒井駅1番線を通過する北越急行ほくほく線HK100形電車の越後湯沢行、2012年6月撮影。
ホーム上の建物は閉鎖された旧待合室です。
北陸新幹線開業以前、ほくほく線列車は当駅を全列車通過していましたが、2015年3月改正でほくほく線列車の当駅停車が実現しました。
当時は下り(六日町方面)が朝の二本、上りが昼の一本の計3本。
2017年3月改正では上下各三本ずつ計6本に拡大しています。

Kuroi0170612
黒井駅2番線に進入する特急「はくたか」金沢行、2012年6月撮影。
ホーム端の貨物運行事務用と思われる建物が犀潟方面への視界を大きく遮っているので、ここからの画はあまり見栄えはしないのです。
しかし直江津方のホーム端は自由通路が視界を遮るので、これまたあまり宜しくない。
元々島式ホームというのは駅撮りに適しているとは言いかねるのですけれど、当駅の場合はそれら悪条件が重なるので駅撮りには向いていません。
目当てとするべきなのは旅客列車よりも貨物列車でしょうな。

Kuroi0180612
黒井駅2番線を通過する特急「北越」金沢駅、2012年6月撮影。
自由通路側を背景にする場合、直江津方面への列車はすれ違いざまの咄嗟撮影になるのでこれまたあまり宜しくないのです。

Kuroi0190612
黒井駅前通りの様子、2012年6月撮影。
駅付近に住宅、その周りは工場群という環境です。
この時点では駅周辺にこれといった店舗はありません。

Kuroi0200612
直江津方の踏切から見た黒井駅構内、2012年6月撮影。

Kuroi0320612
同じく直江津方を見る、2012年6月撮影。
20年程前の道路地図を見ると引込線(専用線?)がこれと同じような位置に健在なのですが、これがその跡なのでしょうか?

Kuroi0210612
まだまだこれからというところの、黒井駅南口の道路沿い、2012年6月撮影。
当駅南にはかつてナローゲージの頸城鉄道・新黒井駅が併設されていました。
昭和43年10月に新黒井駅乗り入れが廃止され、昭和46年5月に全線廃止されています。
駅跡には碑が立っていたことはよく知られており、私も探したことがあったのですが探し方が悪かったのか見つけられませんでした(涙)。
自由通路建設に伴う再開発前は、駅の南側は一面雑草で覆われて近づくことが出来ず、新黒井駅の遺構も全く窺い知ることが出来なかったのです。

Kuroi0221106
Kuroi0230904
ここからは旧駅舎時代の黒井駅についてご紹介。
上は2006年11月、下は2004年9月撮影。
前述の自由通路建設に伴って撤去された建物です。
昭和41年に貨物駅の構内大改修が実施された際に改築されたとの事。
建築財産票は明らかに剥ぎ取られた跡がありました。
駅舎が存在していた当時の当駅は、独特の荒んだ雰囲気があり、そんなことをするDQNがいても全く不思議に思わない状況だったのですよ。

Kuroi0241106
黒井駅旧駅舎内部の様子、2006年11月撮影。
内部にベンチは無く、自動券売機が一台ポツンと置いてあるきりの素っ気無いところでした。
駅舎内外共に、工場地帯の立地に相応しい実用性のみを追求したような姿なのです。

Kuroi0280904
黒井駅旧駅舎のホーム出入り口付近の様子、2004年9月撮影。
ホームへは貨物線群を跨ぐ長大な跨線橋で連絡していました。
階段の右横にあるのがトイレで、男女兼用・水洗。

Kuroi0251106
旧黒井駅舎時代の長大な跨線橋、2006年11月撮影。
壁面の汚れのようなものは概ね靴跡です。
DQNたちが壁を蹴りまくっているのです。
こんなのは色々噂の加茂駅や中条駅でも、他の無人駅でもお目にかかれないものでした。

Kuroi0261106
そんな壁面にはこんな張り紙が、2006年11月撮影。
「蹴らないでください」
「喫煙禁止場所」
こんなのが張ってある駅も、そうそうお目にかかれるものではありません。
きょうびは防犯カメラが無いと実に危ない。

Kuroi0290904
旧駅舎から見た黒井駅の旧跨線橋、2004年9月撮影。
駅舎は素っ気無さ過ぎて、美的にはあまり宜しくありませんでしたけれど、この無骨かつ頑健な跨線橋は実に味わいがありました。
鉄骨が水色なのが清新なアクセントになっていて実に宜しい。
内部の荒れ方とは全てにおいて対照的です。

Kuroi0300904
旧駅舎・旧跨線橋時代の黒井駅構内を直江津方から見る、2004年9月撮影。
直江津港を臨む貨物拠点、そして周辺工場群の物流拠点。
そんな栄光の時代を濃厚に留めていたかつての姿です。
この頃はこの位置から列車を撮影しても、下り列車は充分に画になったのです。

Kuroi0310904
同じく犀潟駅方から見る、2004年9月撮影。

Kuroi0270904
直江津方の踏切から見た旧駅舎・旧跨線橋時代の黒井駅構内、2004年9月撮影。

| | コメント (0)

2017年3月19日 (日)

犀潟駅(信越本線)

本日の駅紹介は、信越本線・犀潟駅。

Saigata0011004

新潟県上越市に所在する有人駅で、開業は明治30年(1897年)5月13日。
開業当時の所在は中頚城郡犀潟村です。
犀潟村は明治34年(1901年)に東隣の潟町村と合併してその西部地域になり、潟町村は昭和32年(1957年)に町制を施行して大潟町になります。
大潟町は平成17年(2005年)に上越市に編入されて、現在に至ります。

かつては駅付近の工場やセメントターミナルの貨物輸送の拠点として、昭和61年まで貨物取扱が行われ、物流面で相応の地位を占めていたここ犀潟駅ですが、旅客駅としては大潟町の玄関駅ではなく(玄関駅は潟町駅)、優等列車が停車する事もなく、ほくほく線が開業してその分岐駅になるまではいたって地味な存在でした。
ほくほく線が開業すると、一日平均乗車人員が新潟県内トップクラスになって統計マニアの目を大きく惹きつけることになりましたが、これは統計上のマジック。
上越線・六日町駅と当駅は、ほくほく線の通過旅客をカウントしているので数字が駅の利用実態と大きく乖離しているのは皆様よくご存知の通りです。
JR東日本によると、2015年度の当駅一日平均乗車人員は704人で、同社新潟県内有人67駅中48位。
ほくほく線に特急「はくたか」が運行されていた最後の年である2014年度は4,497人なので、減少率は約85%という凄まじいものです。
現在の数字はそれだけ減っていても、近隣の特急停車駅の柿崎駅よりもまだ多いのですけれど、当駅の数字はほくほく線直通列車の通過旅客を含んだものですから、純粋な乗車人員はもっと少ないでしょうね。
一日500人を割っているのではと個人的には思うところです。

Saigata0021013
犀潟駅駅舎の様子、2013年10月撮影。
建築財産票を見つけられなかったのですが、北越鉄道の停車場として開業当時からの建物だそうです。
出入り口の上屋の形状はそれを物語っておりますな。
新潟県内では当駅のような古い駅舎が上越地方に集中していて、えちごトキめき鉄道の二本木、谷浜、有間川、梶屋敷、親不知、市振の各駅がそうです。
ウィキペディアの犀潟駅の項の出展にある上越市議会での答弁書を見ると、当駅も南北を結ぶ自由通路を備え、さらにエレベーターの設置や南側広場の整備が計画されていたようで、私はこの件は初耳で驚いたところです。
答弁書でははっきり述べられてはいませんでしたが、「改築」「自由通路」「エレベーター」となれば想定される新しい駅舎は橋上駅舎だったのでしょう。
しかし当駅の利用実績で、橋上駅舎を大金掛けて建設するというのは、上越市としてはやはり考えてしまうところでしょうなぁ。
バリアフリー関係費以外は全て上越市の負担になるのでしょうし。
新潟県内の駅で近年に橋上駅舎化されたのは、越後線の関屋駅と内野駅、白新線の豊栄駅、信越本線の亀田駅と矢代田駅ですけれど、この中で最も利用が少ない矢代田駅でも一日平均乗車人員は四桁で、且つ駅東側の宅地開発と連動しているのです。
当駅の場合も、南口でそのような開発計画が具体化しない限り橋上駅舎化は難しいのではないかと思うところです。
しかし駅舎老朽化は待ったなしの話でもあり、近い将来の改築は必至。
現在と同じく北口だけの駅舎を作ってしまえば、向こう数十年は橋上化はナシということになるので、それを期待していた地元の反発もあるでしょう。
上越市としては、前述のえちごトキめき鉄道内の老朽駅舎の手当も考えなければならないでしょうから、それも含めて頭の痛いところです。

Saigata0250611
犀潟駅前広場の様子、2011年6月撮影。
駐車スペースは広いのですが、大半は月極になっていました。
私の立ち位置からさらに直江津方に行くと、2011年10月に供用を開始した立派な作りの公衆トイレがあります。
それと引き換えに犀潟駅のトイレは廃止されたのでご注意を。
駅トイレ廃止も駅舎老朽化の影響なんですかねぇ。
近い将来駅舎が改築された場合はトイレ無しなんでしょうねぇ。

Saigata0030612
犀潟駅駅舎内の様子、2012年6月撮影。
吹き抜けで三人掛けベンチを四脚設置。

Saigata0040611
1番ホームの土底浜駅方から見た犀潟駅構内、2011年6月撮影。
この位置だと跨線橋の出入り口が向いておらず駅舎も見えないので、撮影ポイントとしては不適でしょう。

Saigata0050611
同じく土底浜駅方を見る、2011年6月撮影。
画像左側がかつての貨物線で、このクラスの駅のそれとしては規模が大きいのが特徴。
国鉄末期まで貨物取扱が行われていたのも伊達ではないのです。

Saigata0060612
1番ホーム駅舎前の上屋とその先の跨線橋出入り口の様子。
犀潟駅のホーム上屋は対面、島式両方とも跨線橋直前だけで、この辺は優等列車の停車しないローカル駅定番の配置なのです。

Saigata0070611
1番ホームの黒井駅方から見た犀潟駅構内、2011年6月撮影。
1番ホームは長岡方面乗り場です。

Saigata0080611
1番ホームの黒井駅方から見た犀潟駅。
古い時代に作られた駅の常として、当駅構内のホーム配置は千鳥型でそれも顕著なものです。
現在のホーム有効長を示す黄色の太線は遥か向こうで、画像手前の辺りはホームとして完全に遊休化しています。

Saigata0090611
ホーム端から黒井駅方を見る。

Saigata0100611
犀潟駅跨線橋内の様子、2011年6月撮影。
優等列車の停車しない駅のそれとしては幅広の通路です。

Saigata0110612
跨線橋上から黒井駅方を見る。
2012年6月撮影。

Saigata0120612
同じく土底浜駅・くびき駅方を見る。
2012年6月撮影。
画像左側の広い旧貨物用空間に改めて注目。

Saigata0130612
犀潟駅島式ホームの跨線橋出入り口と上屋直下の様子、2012年6月撮影。
ベンチがほくほく線用の2番ホームに背を向けて設置されているのが、JRと北越急行の力関係を暗示しているような気がしますな。
画像左側の3番線は直江津方面乗り場です。

Saigata0140612
2番・3番の島式ホーム端から黒井駅方を見る、2012年6月撮影。

Saigata0150612
同じくくびき駅方を見る、2012年6月撮影。
2番線はほくほく線普通・快速列車発着用で、特急「はくたか」のみ1番、3番線を通過していました。

Saigata0160612
2番ホームのくびき駅方から見た犀潟駅構内の様子、2012年6月撮影。
この時点ではワンマン運転用のミラーが設置されているのが、2番ホームがほくほく線用ホームたる証でした。
しかしE129系電車の投入で、信越本線直江津-長岡間でも2016年3月から一部列車のワンマン運転が始まったので、現在は当駅の1、3番ホームにもミラーが設置されているのでしょう。

Saigata0170612
2番ホーム端からくびき駅方を見る、2012年6月撮影。

Saigata0180612
犀潟駅2番線から出発した115系電車直江津行、2012年6月撮影。

Saigata0191013
犀潟駅1番線から出発する115系電車長岡行、2013年10月撮影。

Saigata0200611
犀潟駅2番線に到着するHK100形単行の電車越後湯沢行、2011年6月撮影。
この時は東日本大震災の余波で節電が強く叫ばれていた時期で、この列車も所定2両のところを節電対策で単行運行に変えていました。

Saigata0210612
犀潟駅2番線に停車中のHK100形越後湯沢駅、2012年6月撮影。
上の画像の一年後の同じ列車の画ですが、既に所定の2両編成に戻っています。

Saigata0231013
犀潟駅2番線から出発するHK100形「ゆめぞら」直江津行、2013年10月撮影。

Saigata0221013
犀潟駅1番線を通過する越後湯沢行特急「はくたか」、2013年10月撮影。

Saigata0240514
犀潟駅1番線を通過する485系電車R編成の新潟行特急「北越」、2013年10月撮影。
485系R編成は「北越」廃止後も新潟-糸魚川間の快速列車で運用されていましたが、2017年3月ダイヤ改正で列車廃止となりついに引退しました。
またこの快速列車は犀潟駅に停車していました。
かつての485系運用の快速「くびき野」の停車が叶わなかった当駅ですが、糸魚川快速の停車実現によって国鉄型特急電車の速達運用における停車駅の一つに加えられることになったのです。

Saigata0260612
犀潟駅前広場にある犀潟駅前バス停から出発する、くびきバス運行の路線バス直江津行、2012年6月撮影。
この撮影時には当駅前に乗り入れるのが直江津-柿崎線で、他に駅付近の県道経由の直江津-鵜の浜温泉線がありました。
2016年秋のバス路線の再編が実施されて、新たに設定された上越妙高駅-鵜の浜線は県道にある「犀潟駅入口」バス停発着で、犀潟駅前には直接乗り入れしていないので利用の際はご注意ください。
なおこの路線は鉄道補完では上越妙高高田直江津、犀潟、土底浜、潟町各駅間の移動に便利です。
平日は上下30本、土休日は上下24本の運行になっています。

Saigata0270612
犀潟駅前の国道8号線の様子、2012年6月撮影。
通行量はとにかく多く、日中はひっそりしている犀潟駅とは大違い。
2006年に当駅を訪問した時は、国道を挟んだ向かい側にあるヤマザキショップが、駅至近唯一の買い物処でした。
2012年段階では別の看板になっていて、現在はどうなっているのか確認してません。
国道を柏崎方に歩くと、信越線とほくほく線の分岐点近くにセブンイレブンがありますが、駅からは少々距離があります。
こちらは現在も盛業中のようです。

Saigata0281013
直江津方の踏切から見た犀潟駅構内の様子、2013年10月撮影。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧