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2017年11月の記事

2017年11月23日 (木)

東三条駅[改訂版](信越本線・弥彦線)

本日の駅紹介は、信越本線・東三条駅。
オリジナル版は2015年11月22日に公開していますが、当駅はその後駅舎のリニューアルが実施されています。
これまでは新たなエピソードを付け加える場合、オリジナル版に直接追記していましたけれど、これまでの経験からそれをやるとぐぐる先生が激怒されてペナルティを受けてしまうようなのです。
従いましてオリジナル記事は一旦破棄して、加筆したものを「改訂版」として新記事扱いで再公開することにしました。
楽屋裏の話はこれぐらいにして、では本文に。

東三条駅の駅名標
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さて東三条駅は新潟県第四の都市である三条市に所在する有人駅で、同市の玄関駅です。
開業は明治30年(1897年)11月20日。
開業当時の駅名は「一ノ木戸」で、当時所在していた南蒲原郡一ノ木戸村にちなんだものでした。
当時の北越鉄道が起点の沼垂(現在の新潟駅とは異なるので注意)からこの地域まで鉄路を建設するに当たって、長岡方面への延伸までの暫定的な終着駅をどこに設置するかについては、当時の三条町と一ノ木戸村の間で激しい誘致合戦が繰り広げられたとの
事です。
三条市史によると一ノ木戸村はとりわけ熱心で、駅用地を村で買い上げて北越鉄道に寄付するという条件を提示。
その結果、明治29年に北鉄と村の間で土地の寄付に加えて駅の設置費用の一部を村が負担する形で契約が成立。沼垂からの鉄路は三条町と一ノ木戸村を分かつ五十嵐川を渡河せずに、一ノ木戸駅止まりとすることになりました。
駅が出来てまずは目出度い...と言いたいところなのですけれど、一ノ木戸駅は田圃の真ん中にある小駅に過ぎず、鉄道が労働集約型産業の典型であった当時において、当駅の駅員はたったの二人だっとの事。
いかに需要が無いかの表れで、それゆえに駅設置に当たっては村があれだけの負担をしなければならなかったのですな。

一ノ木戸駅開業から約七ヶ月後の明治31年6月には、北越鉄道が当駅から長岡まで延伸開業して、一ノ木戸村と駅設置を激しく争った三条町にも玄関駅として三条駅が開業。
開業当時の三条駅も周辺は一ノ木戸駅と似たような状態なものの、県央地域随一の自治体である三条の求心力と、弥彦神社参拝客や町内の本成寺への参詣客の最寄下車駅であることが相まって、一ノ木戸駅とは駅勢に大差が付くようになります。
明治34年には一ノ木戸村が三条市に編入合併されると、一ノ木戸駅はまがりなりにも村の玄関駅であったのが三条町の外れの小駅という位置付けになってしまいます。
大正12年当時の両駅の比較では、
乗車人員
三条駅 273,847人  一ノ木戸駅 160,067人
貨物発送トン
三条駅 15,236t 一ノ木戸駅 8,255t
三条駅は旅客で一ノ木戸駅の1.7倍、貨物は1.8倍。
現在の両駅の関係を見るに、にわかには信じがたい数字なのです。

このような一ノ木戸駅のあまり冴えない状況に変化が見え始めるのが、大正14年(1925年)4月に現在の弥彦線の前身である越後鉄道・燕駅-一ノ木戸駅間の開通でした。
弥彦駅から南伸する越後鉄道の終着駅を三条、一ノ木戸のどちらに置くかについてはかなり議論されたようですけれど、後者の方が距離を少なくできる(建設資金の節約になりますし、資料では触れていませんけれど後者だと五十嵐川へ架橋せずに済むのも重要ではなかったかと思います)、一ノ木戸地域に置かれた裁判所や学校への往来通学に便利などの理由から、一ノ木戸駅乗り入れに軍配が上がります。
この翌年には駅名を現在の東三条に改称します。
この時点でも信越線急行列車の停車駅は三条駅で、駅の格としてはまだまだ三条駅優勢であったものの、三条町の町勢は次第に一ノ木戸駅周辺にシフトし始めて、戦後には両駅の立場は完全に逆転することとなりました。
三条界隈を歩くと古くからの旧市街地は道も狭く再開発の余地はあまり無いように思われ、町勢の拡大に伴って未開発の一ノ木戸地区がクローズアップされた結果であろうかと考えるところです。

JR東日本によると2016年度の東三条駅一日平均乗車人員は2,781人で同社新潟支社管内有人67駅中11位。
隣町の加茂市(人口約二万七千人)の玄関駅である加茂駅の2016年度一日平均乗車人員は2,851人で当駅を上回り、同社新潟支社管内県内有人67駅中10位。
人口が加茂市よりも3.5倍多い三条市(人口約九万七千人)の玄関駅たる当駅の利用状況が加茂駅よりも少ないのは一見すると奇異に感じられることかもしれません。
しかしこれには裏があって、三条市の中心市街地は東三条、三条、北三条各駅に広がっていているのに対して、加茂駅は加茂市唯一の駅なのです。
三条市の場合は新幹線の駅として燕三条駅も存在するので、鉄道駅は加茂市のような一極集中ではなく分散しているのです。
分散してなお、東三条駅のこの数字は流石新潟県第四の都市の玄関駅よと、むしろ褒め称えたいところなのであります。
ちなみにかつては当駅よりも遥かに格上であった三条駅は1,722人で新潟支社管内県内有人67駅中25位。
これは新潟都市圏外や特急の停車しない駅としては、上越線・六日町駅に次いで第2位の数字です。
三条市役所最寄の弥彦線・北三条駅は389人で、新潟支社管内県内有人67駅中56位。
こちらは弥彦線が朝夕以外は過疎ダイヤであるのでやむを得ない数字と言えましょう。

2017年3月改正ダイヤでは、特急「しらゆき」五往復全便が停車する東三条駅ですが、当駅に特急が最初に停車したのは昭和40年10月ダイヤ改正で、上野-新潟間の電車特急「とき」1往復です。
対秋田・青森の「いなほ」が停車することはついに叶わなかったものの、「とき」に加えて「北越」「雷鳥」「白鳥」、寝台特急「つるぎ」の停車駅となり、上越新幹線開業以前は実に華やかな駅であったのです。
昭和55年10月改正ダイヤでは、「とき」は14往復中10往復、「雷鳥」三往復、「北越」「白鳥」「つるぎ」で合計16往復が停車。
急行は全列車が停車し「佐渡」四往復と「とがくし」二往復、「しらゆき」「赤倉」「きたぐに」「うおの」「天の川」「鳥海」の12往復で、優等合計28往復です。
信越線の普通・快速は20本なので、当時の普通列車は低密度長編成のいわゆる「汽車型ダイヤ」であったとはいえ、優等停車の方が本数が多いのは当時の東三条駅の立ち位置が大きかった表れと言えましょうか。

東三条駅駅舎
リニューアル以前の東三条駅駅舎(北口)の様子、2012年5月撮影。
建築財産票を発見できなかったので詳細は不明ですが、昭和34年1月完成との事。
同時期に見附、加茂両駅の現駅舎が完成していて、これら三駅は当時の国鉄標準型として類似した平屋の建物になっています。

2008年4月時点の東三条駅駅舎内の様子
東三条駅の待合室
リニューアル以前の東三条駅駅舎内の様子、少々古い画で恐縮ですが上は2008年4月、下の待合室内が2009年7月撮影。
上の画は日曜夜の撮影ですけれど、このクラスの駅は光量が多いので日が落ちてからの方がかえって明るくて撮影によさげ。
内部は駅利用客の多さに比べて少々手狭な感じです。
駅舎内にはNEW DAYSが出店していて、周囲にこれといった店がない中で貴重な買い物どころです。

東三条駅西口ロータリーの様子
駅舎リニューアル前の東三条駅北口広場の様子、2012年6月撮影。
ロータリーには路線バスが発着し、タクシー待機も数台あります。
鉄道関連ではここから加茂、長岡、燕、分水方面にバス路線が設定されています。
見附市今町、北長岡、長岡へはこちらへ
燕へはこちらへ
燕三条分水へはこちらへ
加茂へはこちらへ

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リニューアル後の東三条駅駅舎の様子、2017年5月撮影。
駅舎リニューアルは2016年3月に完成しています。
これまでの実用一点張りの外観や工夫の無い色合いに比べると、シックで引き立つ形に仕上がっています。
コントラストがハッキリする色使いは、雪国には似合うのです。
正面の赤いオブジェは弥彦神社の鳥居をイメージしたものなのでしょうか。
当駅は弥彦線の起点でもあるので、弥彦観光の玄関口と言えなくも無し。
でも実際に鉄道利用で弥彦へ行くとなったら、上越新幹線・燕三条駅がその出入り口でしょう。
なおエキナカコンビニのNew Daysはリニューアル前から引き続き営業しています。

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駅舎リニューアル後の東三条駅北口広場、2017年5月撮影。
駅前に出店していた長崎屋東三条店が2002年2月に閉店して以来、駅前にこれといった店が無いのは相変わらず。
市の玄関駅で特急停車駅でこの何もなさ加減は、新潟県内屈指です。

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東三条駅北口駅前通りの様子、2017年5月撮影。
新潟県内第四の都市の玄関駅前とは信じられない寂しい通りなのであります。

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リニューアル後の東三条駅駅舎内部の様子その一、2017年5月撮影。
柱の位置から考えて、窓口の位置は以前と変わっていないようです。
天井に飾られているのは、毎年六月に行われる三条市名物の「三条凧合戦」のものです。

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リニューアル後の東三条駅駅舎内部の様子その二、2017年5月撮影。
待合室は以前と比べて、自動改札機の横まで張り出して拡幅されています。
この時点での待合室の開放時間は05:50~23:50。
待合室の上部は格子状に装飾が成されて、三条市本成寺で毎年節分に行われる鬼踊の鬼の面をモチーフにしたような画が描かれています。
近年のリニューアル駅舎は、このように郷土色を全面に押し出した意匠が多いのです。
この日は列車が来ない時間帯にも関わらず室内が無人にならなかったので、内部の撮影はやむなく断念。
内部のベンチは四人掛けが四脚で、リニューアル前よりも一脚増えています。
待合室の左横はNew Daysで、この時点での営業時間は平日06:40~20:00、土休日07:00~19:30。
依然として当駅至近に買い物処は無いので、この店の存在は極めて貴重です。

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構内側から見たリニューアル後の東三条駅駅舎内部の様子、2017年5月撮影。
自動改札機の数は以前と変化無し。

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駅舎リニューアル後の東三条駅構内側の様子その一、2017年5月撮影。
画像奥が弥彦線乗り場の0番線です。
リニューアル以前と比べて、改札口廻り以外に大きな変化はありません。

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駅舎リニューアル後の東三条駅構内側の様子その二、2017年5月撮影。
上の画と反対側で、画像奥が駅南口にも通じている跨線橋出入り口です。

東三条駅一番ホーム中央部の様子
駅舎に接する1番ホーム中央部の様子、2011年6月撮影。

一番ホーム三条方から見た東三条駅構内
1番ホームの三条駅方から見た東三条駅構内、2011年6月撮影。
左隣の0番線が頭端式の弥彦線用ホームで、1997年に東三条-北三条間の高架化に伴い駅東側からここに移転しました。
ホームの上屋は実に長く、現在当駅での信越線乗降において雨に濡れる心配はありません。

一番ホーム三条方先端から先を見通す
同じ位置から三条駅、北三条駅方を見る、2011年6月撮影。
左側が信越線、右側が弥彦線です。

一番ホーム保内方から見た東三条駅構内
1番ホームの保内駅方から見た東三条駅構内、2012年5月撮影。
この位置からだと、何の変哲も無い至って地味な構内に見えます。

一番ホーム保内方先端から先を見通す
同じく保内駅方を見通す、2011年6月撮影。

東三条駅跨線橋内の様子
東三条駅跨線橋内の様子、2012年5月撮影。
天井の造作など、鉄道全盛の古き良き時代の産物です。
画像中央奥は高架化以前の弥彦線ホーム跡に作られた東口への出入り口です。

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駅舎リニューアルと連動してなのか、2017年5月訪問時の跨線橋内部の床は緑色になっていました。
うーむ、中々評価が難しい色合いですな・・・。

跨線橋上から見た三条方面
跨線橋上から見た三条方面、2011年6月撮影。

跨線橋上から見た保内方面
同じく保内方面を見る、2011年6月撮影。

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駅構内の外れには、旧貨物駅としてのこのような広大な余剰空間が広がっています、2017年5月撮影。
当駅構内の東側(新潟方)にはかつてJR貨物のオフレールステーションが置かれていましたが、2012年3月に営業を終了しています。
貨物取扱駅としての籍はまだ残しているようですけれど、果たして今後はどういうことになるのやら。
JR貨物が完全撤退するのであれば、この余剰空間を取得して橋上駅舎化と南口の本格的再開発もあり得なくはなさそうに思いますが。

陸橋から見た東三条駅構内
駅前通りを保内方に向かって歩いて、線路に架かる陸橋から東三条駅構内を見る、2008年3月撮影。
駅周辺はマンションが建ち並び、駅前商圏の壊滅的状況とは好対照。


陸橋上から保内方面を見る
同じく陸橋上から保内駅方を見る、2008年3月撮影。
画像右側の線路の先に、前述の東三条オフレールステーションがありました。
この時点ではまだ営業中です。

一番ホームから見た島式ホーム上のエレベーター
1番ホームから見た島式ホーム上のエレベーター、2011年6月撮影。
これ以前に訪問した2009年7月時点では未設置だったので、設置されたのはその二年の間になりますな。

三番ホーム保内方から見た東三条駅構内
3番ホームの保内駅方から見た東三条駅構内、2012年5月撮影。
構内はこのように広いものの、この直前にトラック代行も無くなり当駅の貨物取扱が終了した為に、画像左側の線路はすっかり遊休化しています。

三番ホーム保内方先端から先を見通す
同じく保内駅方面を見る、2012年5月撮影。

二番ホーム保内方から見た駅構内
2番ホームの保内方から見た東三条駅構内、2012年5月撮影。
上越新幹線開業前は普通列車の優等退避が度々見られたこの2番線も、撮影当時は朝の下り快速「くびき野」退避が一度あるきり。
2017年3月改正ダイヤでは設定されていません。

東三条駅島式ホーム中央部の様子
東三条駅島式ホーム中央部の様子、2012年5月撮影。
画像中央が待合室です。

島式ホーム上の待合室内の様子
島式ホーム上の待合室内の様子、2011年6月撮影。
この待合室は建築財産票によると平成21年12月8日の完成です。
この待合室が建てられるまでは、当駅島式ホームには待合室が存在しませんでした。
上屋が長いので余程の風雨風雪でなければ客が濡れることは無かったにしても、真冬の厳しい季節風を凌げる空間が出来たのは大変喜ばしい話であります。

三番ホームから見た旧弥彦線ホーム跡の東口
3番ホームから見た、旧弥彦線ホーム跡の南口出入り口。
2011年6月撮影。

二番ホームから見た一番ホーム中央部の様子
2番ホームから見た1番ホーム中央部の様子、2011年6月撮影。
上屋のある構内撮影の場合、晴天曇天に関わらずコントラストがキツくてイマイチですな。
駅舎内同様に、このアングルだと夜間撮影の方が映えそうです。

二番ホームから三条方を見る
2番ホーム端から三条駅方を見る、2011年6月撮影。

東三条駅東口の様子
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東三条駅南口の様子、上は2008年3月、下は2017年5月撮影。
こちらはこの九年間の間、変化は無し。
駅前はロータリーになっています。
駅へ車で送迎する場合は、こちら側の方がやり易いでしょう。
ただし、ホームからはやや距離があります。

東口の自動改札
東三条駅東口の自動改札、2008年3月撮影。
こちら側は無人で、自動券売機が一台置いてあるだけの簡素なもの。

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跨線橋南側から見た東三条駅南口の様子、2017年5月撮影。
画像右側は駐輪場になっていますが、上屋が無いのは相変わらず。
他の駅だと二階建ての立派な駐輪場が建てられていたりしますけれど、三条市にそれを実行するだけのおカネが無いのでしょうか。

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東三条駅南口の駅前通りの様子、2017年5月撮影。
この九年間で変わったところはありません。
街並は再開発や大規模な天災が無い限り、早々変わるものではありません。



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東三条駅1番線に進入する115系電車新潟行、2017年5月撮影。
この時点では後継のE129電車に主役の座を譲りながらも、まだまだ健在な姿を見ることが出来ました。

東三条駅二番線に停車中の湘南色115系電車
東三条駅2番線で快速「くびき野」退避の下り新潟行湘南色115系電車と、3番線から出発する上り長岡行115系電車、2012年5月撮影。
当駅での普通列車の優等列車退避が無くなった今では、もはや見られない光景です。

東三条駅を出発する115系電車L編成
3番線を出発する長岡行115系電車、2012年5月撮影。

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新潟界隈の鉄道の新たな顔役、E129系電車新潟行が1番線を出発、2017年5月撮影。

東三条駅0番線で待機中の弥彦線115系電車Y編成
東三条駅の弥彦線専用0番線で待機中の弥彦線115系電車S編成、2005年8月撮影。
今ではもう過去帳入りの車両です。

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0番線で待機中のE127系電車弥彦行、2017年5月撮影。
2015年3月改正までは新潟都市圏の主力だったこの電車も、新潟市周辺で見られるのは弥彦線用のみとなりました。

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0番線で待機中のE129系電車吉田行、2017年5月撮影。
平日なら学生の帰宅時間帯に差し掛かる頃で、編成も四連でそれに対応しています。

東三条駅二番線に停車中の115系電車Y編成
東三条駅2番線に停車中の、弥彦線直通寺泊行115系電車、2009年7月撮影。
2017年3月改正ダイヤで2番線に入る定期旅客列車は、朝の越後線吉田行のみです。
前述のように、当駅での普通列車の優等列車退避は2017年3月改正ダイヤでは無くなっています。

東三条駅を出発する485系電車国鉄特急色の特急「北越」
東三条駅3番線から出発する485系電車国鉄特急色の特急「北越」金沢行、2012年6月撮影。

東三条駅を出発する485系電車T編成の特急「北越」
東三条駅3番線から出発する485系電車T編成の特急「北越」金沢行、2012年6月撮影。

東三条駅を出発する485系国鉄特急色の快速「くびき野」
下り普通列車を2番線に退避させ先発する485系電車国鉄特急色の快速「くびき野」新潟行、2012年6月撮影。

東三条駅から遠ざかる快速「くびき野」
東三条駅から遠ざかる快速「くびき野」、2012年6月撮影。

東三条駅に停車中の485系電車R編成の特急「北越」
東三条駅3番線に停車中の金沢行485系R編成特急「北越」、2014年7月撮影。

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東三条駅3番線を出発するE653系電車特急「しらゆき」上越妙高行、2017年5月撮影。
2015年3月改正で「北越」からバトンタッチした信越本線新潟口の新たな主役です。

東三条駅に停車中の583系電車急行「きたぐに」
東三条駅1番線に停車中の新潟行583系電車急行「きたぐに」、2009年7月撮影。

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東三条駅1番線に停車中の臨時気動車快速「柳都Shu*Kura」新潟行、2017年5月撮影。

東三条駅を通過するEF81形電気機関車牽引の貨物列車
東三条駅1番線を轟然と通過するEF81形電気機関車牽引の下り貨物列車、2012年6月撮影。
寝台特急「トワイライトエクスプレス」廃止後の現在、東三条駅を通過する営業列車は貨物だけになりました。

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2017年11月 5日 (日)

本日で全駅紹介を終了しました

今回の更新「新潟駅その二」を持ちまして、新潟県内の鉄道駅196駅(季節営業のガーラ湯沢駅は除く)の紹介を一応終了しました。
この試みを始めたのは2006年2月で、11年と九ヶ月かかっての到達です。
途中で続けることに飽きてしまって放置していた数年間があったりして、ここまで時間がかかってしまいました(反省)。
まぁそれでも一応の完走を見て、万事堪え性が無い私にしてはよくやったものよと感慨に耐えないところなのであります。
これも飽きずに見に来てくれた方々の存在あればこそで、改めて感謝申し上げます、真にありがとうございました。

今後の駅記事については、過去エントリーの書き直しや改築駅舎の随時公開中心になるかと存じます。
更新頻度は今までより低下するかと思いますが、今後ともご贔屓の程、宜しくお願い致します。

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新潟駅その二(上越新幹線及び市内点描)

本日の駅紹介は、新潟駅その二。

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前回は在来線の駅としての新潟駅を紹介しましたので、今回は上越新幹線の駅としての新潟駅と、新潟市内の点描です。

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新潟駅13番ホームに到着したE4系電車の「MAXとき」、2016年9月撮影。
永らく上越新幹線の顔的な存在だった二階建ての「MAX」も、2020年度末に二代目のE4系電車引退をもってその歴史を終えることになりました。

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現在の上越新幹線の両輪、E2系電車とE4系電車、2016年9月撮影。
2017年3月改正ダイヤでの新潟発の上り定期列車は27本でうち1本は越後湯沢行。
E2系は10本、E4系は17本で、数的にはE4系がまだまだ主力です。

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入線して乗客が乗り込み始めた朝のE2系電車「とき」、2016年9月撮影。
E2系は1998年から上越新幹線に投入され、新潟駅ではその後一時期乗り入れが無くなっていました。
引退する200系電車の後継として新潟駅に再度姿を見せるようになったのは2013年初頭からです。

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夕方の新潟駅新幹線ホームに、E4系電車重連16両編成が二本揃い踏み、2015年12月撮影。
この時は長岡駅から新潟駅まで乗車しましたが、朝晩の混雑する時間帯では無いのでガラガラでしたなぁ。
やはり日中の16連は上越新幹線の特に高崎以北に関しては、輸送力過剰なのです。

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初夏の土曜日の昼下がり、16連で待機中のE4系電車「MAXとき」、2017年7月撮影。
2001年5月の投入開始以来、上越新幹線の主力として君臨してきたこの電車を見られるのもあと3年ほどです。

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上越新幹線のホームと、その左側で鋭意工事中の新幹線及び在来線高架島式ホーム、2017年7月撮影。
完成の暁には、上越新幹線と在来線特急「いなほ」の平面乗り継ぎが可能になります。

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車両基地方から見た新潟駅新幹線ホームと、その右側で工事中の新幹線10番ホーム、
2017年7月撮影。

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在来線の高架ホームもかなり形を成してきています、2017年7月撮影。

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右側で工事が進む新幹線11番ホームに、E4系電車「MAXとき」が入線、2017年7月撮影。

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この日(7月上旬の土曜日)は臨時便が多く、昼下がりの構内二面4線全てに電車が入っていました、2017年7月撮影。
昔の時刻表を紐解くと、1985年3月の上野駅までの延伸本格開業時の上越新幹線新潟発上り定期列車は26本(全列車上野行)。
対して現在(2017年3月改正ダイヤ)では27本(内1本は越後湯沢行)で、この32年間に本数の増減はほとんど無かったのです。
これが仙台駅発上り定期列車となると、1985年3月時点で38本、2017年3月時点で66本。
32年間で約74%増です。
盛岡駅発上り定期列車の場合は1985年3月時点で22本、2017年3月時点で37本と32年間で約68%増。
仙台駅との比較ではは新潟市と仙台市の都市の規模、機能の差が表れていますし、盛岡駅との比較では新潟駅が事実上の行き止まりで後背の人口規模(新潟県北部及び山形県庄内地方)が非常に少ないのに対して、盛岡駅は秋田、八戸、青森、そして函館へ新幹線が延伸したことの差となって表れています。

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上越新幹線新潟駅構内の様子、2017年7月撮影。
画像中央奥が改札口です。

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新潟駅万代口から北に進む事1km弱の萬代橋南側手前の交差点、2017年6月撮影。
画像中央に直進すると萬代橋です。

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かつて「ダイエー新潟店」だったラブラ万代の建物、2017年6月撮影。
ダイエー新潟店はかつてダイエー店舗中売り上げ全国1位に輝いたこともある集客力の大きい店でしたが、会社が傾くと実にあっさりと撤退。
時に2005年8月末日。
お役に立ちますあなたのっ!オレンヂエスコート!ダイエーダイエー!のフレーズに慣れ親しんだ身としては、まさに裏切られた感アリアリでしたのよ。
ダイエー撤退後は各種専門店複合型の「ラブラ万代」に衣替えして盛業中です。
書店の紀伊国屋新潟店はかつては後述の万代シテイ向いの万代シルバーボウルビルに出店していましたが、現在はこのビルに移転しています。
私は本を買いに行くといったらかつては紀伊国屋一択でしたけれど、近年はアマゾンか新潟駅南のジュンク堂利用で、めっきり足が遠のきましたなぁ。

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ラブラ万代の裏手に所在する万代シティバスセンター、2017年7月撮影。
昭和48年11月に現位置に移転して44年が経過しました。
新潟交通の新潟市近郊バス路線の中心として永らく機能してきました。

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万代シティバスセンターの内部の様子、2017年7月撮影。
剛健な造りの天井の背は低く、なかなかに圧迫感があります。

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万代シティバスセンター内部の乗り場はこんな感じ、2017年7月撮影。
私は画像手前の大判焼屋さんでは、しばしば大判焼を買って食します。
わて大判焼大好きやねんホンマに。
バスセンター内部の乗り場は10箇所あって、以前は全て出発便に使用していました。
2015年9月にBRTが導入されてからは新潟市内バス路線の再編が進み、バスセンター内部の乗り場も整理統合されて一部の乗り場は降車専用になっています。

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萬代橋上から北岸の古町方を見る、2017年6月撮影。

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信濃川南側の「やすらぎ堤」から萬代橋遠景を見る、2017年6月撮影。

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萬代橋のたもとの水上バス乗り場、2017年6月撮影。
私はまだ乗船体験がありませんが、信濃川最下流の「朱鷺メッセ」から上流側の県庁前、さらにその先のふるさと村までちょっとしたクルージングを楽しめます。

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昭和4年(1929年)に竣工した新潟市のシンボル、萬代橋、2017年6月撮影。
昭和39年6月に発生した新潟地震で信濃川上流側の新しい橋が大打撃を受けた惨状の中、この橋だけは健在だったのです。

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萬代橋上から上流方を見る、2015年10月撮影。
画像奥に架かる橋は八千代橋です。
信濃川に架かる新潟市中心部の橋は下流から上流へ約1.5kmの間に柳都大橋、萬代橋、八千代橋、昭和大橋の四つ。
越後線の信濃川鉄橋はさらにその向こう。
萬代橋から信濃川鉄橋までは2km弱といったところ。

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萬代橋上から下流方を見る、2017年6月撮影。
川に架かる橋は2002年に供用を開始した柳都大橋。
それまでは萬代橋より下流の河口側に橋が無く、両岸相互の移動には萬代橋まで出る必要がありましたけれど、この橋の完成で両岸の移動が容易になりました。
画像中央にそびえ立つビルは、新潟市の新たなシンボルと言える「朱鷺メッセ」です。
ここからの展望は素晴らしいそうですが、極度の高所恐怖症の私はとても無理です・・・。

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新潟市の旧中心街である古町通りの様子、2017年6月撮影。
集客力の大きな店舗は三越百貨店、あとはせいぜいスーパーの丸大ぐらい。
私が子供の頃は、古町といったらちょっとオサレして行く感じでしたけれど、今では寂しい限りなのですわ。

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先述の柳都大橋上から上流側(萬代橋方)を見る、2017年6月撮影。

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柳都大橋上から下流側(河口方)を見る、2017年6月撮影。
手前の「朱鷺メッセ」の後方の画像中央左側に見える建物は、佐渡汽船のターミナルビルです。
ここから信濃川河口までは約2km。

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佐渡の両津港を出発して越佐海峡を押し渡ること二時間半、新潟港に到着する「ときわ丸」、2017年6月撮影。
この日はフネの入港を観察するのが目的の一つで、ターミナルの手前から一部始終を10分ほど見学していました。

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無事接岸した「ときわ丸」、2017年6月撮影。
総トン数五千トン強でそれほど大きなカーフェリーではないのですが、幅広の肥満船体なので排水量に対して中々にマッシブ。
私は佐渡汽船に乗船したのは、仕事で佐渡まで出張した1往復きり、しかも道中は早朝夜間で船内ではただ横になっているだけ。
いずれ日中の船旅としゃれ込みたいところです。
佐渡金山と薪能の見学もしたいし。

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佐渡汽船の新潟港ターミナルビルの様子、2017年6月撮影。
新潟駅から2km弱と近く、万代口のバス乗り場発の路線バスが設定されています。

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ターミナルビル内の様子、2017年6月撮影。
画像左側が乗船券売り場です。

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ジェットフォイル乗り場に着岸中の「ぎんが」、2017年6月撮影。
米国ボーイング社製で昭和61年就航の、最大速力47ノットの韋駄天で新潟-両津間をカーフェリーの半分以下の一時間5分で結ぶ、海の新幹線はたまたコンコルドといった存在です。
就航から30年を経過して代船が必要でしょうけれど、その辺りはどうなっているのやら。
佐渡汽船の経営状況は厳しいのですし。

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ジェットフォイル乗り場付近を徘徊していたら、対岸に偶然入港してきた海上保安庁第九管区新潟海上保安部所属の巡視船「ひだ」、2017年6月撮影。
日本海から帰投旋回して着岸しようとしているところです。
ウォータージェット船の入港作業を見たのは生まれて初めてで目が釘付け。
旋回半径がとても小さいのと操船の手際の良さに驚嘆したものです。

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旋回を終えて向かいの岸壁に横付けした巡視船「ひだ」、2017年6月撮影。
2006年4月に竣工した「ひだ」型巡視船(総トン数1,800トン)のネームシップです。

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「ひだ」の前甲板には40ミリ機関砲と20ミリ多銃身機関砲を装備、2017年6月撮影。
射撃指揮装置を完備して、北朝鮮工作船の搭載する武器をアウトレンジ出来る強力な装備です。

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「ひだ」の後方に係留中の巡視船「さど」、2017年6月撮影。
「いわみ型」巡視船(総トン数1,250トン)の6番船で、2015年2月に竣工。
「ひだ」よりやや小ぶりで武装も30ミリ機関砲一基のみですが、射撃指揮装置付きなので海上警察行動において有効な阻止火力を持っていると言えましょう。


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「さど」の更に後方に係留中の巡視艇「ゆきつばき」、2017年6月撮影。
実に165隻が建造された「ひめぎく型」巡視艇(総トン数23トン)の一隻で、1999年3月竣工。
海上保安庁のワークホースと呼べる艇です。

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「ゆきつばき」の同型艇「こしかぜ」も係留中、2017年6月撮影。
こちらは2008年3月竣工。

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「ゆきつばき」「こしかぜ」の更に後方には新潟県警の警備艇「えちご」が係留中、2017年6月撮影。

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佐渡汽船ターミナルビルから歩くこと30分程で、新日本海フェリーのターミナルに停泊中のフネを望見できる位置まで進出、2017年6月撮影。

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佐渡汽船ターミナルから徒歩約35分で新日本海フェリーの新潟フェリーターミナルに到着です、2017年6月撮影。
建物のその後方に停泊中のカーフェリーは「らへんだぁ」です。
ターミナルの建物を圧倒する巨躯の「らべんだぁ」は新潟-小樽航路で運用されるフネで、就航開始は2017年3月の最新鋭船です。
新潟-小樽間を17時間弱で結んでいます。
新潟界隈から北海道へ渡る場合、時間的余裕があるのならばこのフェリーでゆったり行くのがベストかと思います。
鉄路の場合、在来線は特急の本数が少なくて不便ですし新幹線大宮乗り継ぎはおカネがかかります。
空路の場合、とにかく速いのでおカネがかかるのは仕方ないとしても席を取れるかどうか心配なところですから。

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信濃川の最下流を横断する「新潟みなとトンネル」の立抗を利用して作られた「山の下みなとタワー」、2017年6月撮影。
一見すると焼却場のような建物です。

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「山の下みなとタワー」の最上階展望台から見た下界の様子、2017年6月撮影。
こちら側は信濃川河口の東側でスクラップの集積場があるなど、景観的には冴えないところです。

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山の下みなとタワーから約300m地点に所在する「新潟みなとトンネル」の歩行者自転車専用通路の出入り口、2017年6月撮影。
「新潟みなとトンネル」は信濃川最下流の河口両岸を結ぶトンネルで、2002年5月に暫定供用を開始、2005年7月に全面供用になって今日に至ります。

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「新潟みなとトンネル」の歩行者自転車用通路内部の様子、2017年6月撮影。
こんな通路が約1.2km続きます。
前方から白装束の怖いおんなのひとが長い髪を振り乱し、「おほほほほほほほ」と高笑いしながら全力疾走してきたら逃げ場はないな一戦交えるしかないな・・・と妙な心配をしながら歩くのです。

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全長約1.2kmの通路を徒歩約13分で横断して、信濃川河口西側の「入船みなとタワー」に到着、2017年6月撮影。

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「入船みなとタワー」の展望台から「新潟みなとトンネル」の西側出入り口を見る、2017年6月撮影。
この道を海岸に沿って少し進むと、白山駅の記事で紹介した界隈に出ます。

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「入船みなとタワー」の展望台から見た、新日本海フェリーの「らべんだぁ」、2017年6月撮影。
総トン数14,400トンの「らべんだぁ」はやはり巨船ですな。

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旧国道7号線の県道新潟新発田村上線の陸橋上から見た、信越本線の貨物支線の上沼垂方、2017年5月撮影。

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同じく陸橋上から信越本線貨物支線の焼島駅方を見る、2017年5月撮影。

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工場街の只中に所在するJR貨物の焼島駅、2017年5月撮影。
土地勘の無い人間には少々わかりにくいところで、2004年に初めて行ってみた時は道に迷ってウロウロした覚えがあります。
駅の開業は太平洋戦争会戦直前の1941年9月で、ウィキペディアによると現駅舎は昭和44年7月の改築との事。
恐怖劇場アンバランスの撮影が開始された頃に完成した建物なのですな。
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焼島駅構内にはDE10形ディーゼル機関車1728号機が留置中、2017年5月撮影。

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