« 蒲原鉄道廃線跡と村松 | トップページ | 昭和55年10月改正ダイヤにおける新津駅優等列車時刻表 »

2017年9月17日 (日)

新津駅(信越本線・羽越本線・磐越西線)

本日の駅紹介は信越本線・新津駅。

新津駅の駅名標

新潟県新潟市秋葉区に所在する有人駅で、同区の玄関駅です。
開業は明治30年(1897年)11月20日で、当時の北越鉄道、現在の信越本線の停車場としてでした。
開業当時の所在は中蒲原郡新津町で、新津一帯は江戸時代末から石油が採れることで知られ、新津停車場が開業する直前の頃には油田に上総堀工法が採用されます。
従来の手掘りでは最大でも200mほどしか掘れないのに対して、この工法だとその倍近くまで掘ることが出来、石油の眠る層まで到達するチャンスが大きく増えることになります。
その数年後には近代的な機械掘りが採用されて、新津市史によると明治37年の産油量は約53万石。
それまで産油量で新潟県内首位の座にあった西山油田を凌ぐ全盛期を迎え、その輸送手段として新津駅と矢代田駅がその役目を担うことになりました。
(西山油田については当ブログの西山駅記事内で触れています)
しかし油田の衰退は早く、明治末から産油量の減少が始まります。
大正時代に入ると更なる新技術導入による一時的な産油量の上昇はあったものの、それも僅か数年の事。
大正五年を境に産油量は再び低下し、以後回復することは無く衰退の一途を辿ります。
新津駅を拠点とする石油輸送もそれで消滅していってしまいますけれど、当駅の場合は石油輸送に代わる駅勢拡大の大きな機会が与えられます。
それは信越本線・羽越本線・磐越西線という地方幹線2路線と亜幹線の交わるジャンクション、そしてそれに付随する機関区の設置と操車場機能の付加でした。
大正元年に当駅に乗り入れた羽越本線は、大正13年に全通。
明治43年に当駅に乗り入れた磐越西線は、大正3年に全通。
磐越西線全通前年の大正2年には、新津機関区を設置。
この新津機関区はその後、日本海縦貫線と磐越西線を管轄する蒸気機関車の一大拠点となります。
当地に動力近代化の波が押し寄せる直前の昭和35年当時、新津機関区に所属していた蒸気機関車は41両(主力はD51で18両、次にC57の9両)。
当時の国鉄新潟鉄道管理局内の五つの機関区(酒田、坂町、新津、長岡第一、直江津)中、最も多い蒸機の配車です。
操車場としての機能も大きく日本海縦貫線の一大拠点で、まさに新津こそは「鉄道の町」であった、昔日の栄光の日々だったのです。

しかし動力近代化が進んで蒸気機関車が姿を消すと、新津機関区から機関車の姿は消えてしまいます。
昭和47年秋の日本海縦貫線全線電化で投入された交直流型電気機関車EF81形は、酒田、富山、金沢の各機関区に集中配備。
ディーゼル機関車についても、本線用のDD51形は東新潟機関区の配置です。
かくて新津機関区は気動車の基地に変貌し、現在のJR東日本新津運輸区として現在に至っているのです。
また昭和44年に後発の新潟操車場に貨物拠点の座を奪われ、昭和55年に新潟操車場の機能が更に拡充されて貨車取扱能力が昭和44年当時の2,400両から3,000両に増大するに至り、新津駅の操車場としての命脈を完全に断つことになりました。

戦前は新潟県内の駅では三駅しかない「一等駅」の一つ(残り二つは新潟と長岡)に数えられたという新津駅は、かくて現在の姿に収斂されていきました。
駅の所属自治体も、中蒲原郡新津町から昭和26年に市制を施行して新津市になった後、平成の大合併で新潟市に編入されて今日に至っています。
JR東日本によると2016年度の当駅一日平均乗車人員は4,343人。
同社新潟県内有人67駅中、堂々の第五位。
四位の亀田駅とも六位の豊栄駅ともやや差があるので、当駅の県内ナンバーファイブの座は当分揺るぐことはないでしょう。
運転上の要衝という地位は薄れ、貨物拠点の機能は喪失してしまった新津駅ですが、旅客輸送に関しては元々が人口七万人弱の市の玄関駅だったことと新潟都市圏であることもあって、実に堅調です。

新津駅駅舎東口の様子
新津駅駅舎東口の様子、2016年8月撮影。
当駅は橋上駅舎で、平成15年(2003年)12月6日。
画像右側の上屋のある辺りが、路線バスの発着場です。
鉄道補完の路線バスは、新潟交通運行の新津-万代シティ線が平日上下26本、土休日21本で、沢海経由は信越本線亀田駅へ、二本木経由はそれに加えてさつき野、荻川両駅に移動できます。
越後石山駅へは最寄のバス停「山二ツ」からやや距離があるのでご注意ください。
新潟交通観光バス運行の新津-白根線は平日16本、土休日12本で信越本線古津駅と矢代田駅に移動可能です。
新津-五泉線は平日19本、土休日10本で磐越西線東新津駅、新関駅、五泉駅に移動可能。
北五泉駅へは最寄バス停からやや距離があるのでご注意ください。
羽越本線に関しては、阿賀野川対岸の京ヶ瀬営業所までしかパスが運行されておらず、その本数も少ないのが残念。
秋葉区の区バスは新津駅東口から三便が出ていて、古津、矢代田両駅には早回りのコースになっています。

駅前通りから見た新津駅東口
駅前通りから見た新津駅東口、2016年8月撮影。
こちら側が旧来からの駅前通りです。

新津駅前通りの様子
新津駅前通りの様子、2016年8月撮影。
この日はお盆、「新津まつり」の準備でこのように紅白で飾られていました。
鉄道の町全盛時代には賑わっていたであろうこの界隈も、現在は営業している店の方が少ないのでは?と思わせる寂しい通りになっています。
地方の御他聞に漏れず、新津界隈の商業集積は周辺のロードサイドに完全シフトしてしまっています。

橋上駅舎上から俯瞰で見た新津駅東口
橋上駅舎上から俯瞰で見た新津駅東口、2016年8月撮影。

駅の東西を結ぶ自由通路の様子
駅の東西を結ぶ自由通路の様子、2016年8月撮影。
幅広のゆったりした空間であります。

新津駅橋上駅舎西口の様子
新津駅橋上駅舎西口の様子、2016年8月撮影。
橋上駅舎化によって整備されたところで、ロータリーを完備。
こちら側にもタクシーが待機しています。
こちらからは秋葉区の区バスが一日四便出ています。
古津、矢代田両駅に移動可能ですが、東口発の便に比べると遠回りでやや時間がかかるので、利用の際はご注意を。

西口に置かれた、蒸気機関車8620形の動輪
西口に置かれた、蒸気機関車8620形の動輪、2016年8月撮影。

橋上駅舎上から俯瞰で見た新津駅西口
橋上駅舎上から俯瞰で見た新津駅西口、2016年8月撮影。
こちら側は新興住宅地になっています。

新津駅橋上駅舎改札口の様子
新津駅橋上駅舎改札口の様子、2015年12月撮影。
構内側からの画です。
利用の多さに対して自動改札機の数は少ない印象。
画像左側が待合室になります。

構内通路の様子
構内通路の様子、2017年5月撮影。

自由通路上から俯瞰で見た新津駅構内のさつき野・京ヶ瀬駅方
自由通路上から俯瞰で見た新津駅構内のさつき野京ヶ瀬駅方、2011年6月撮影。

同じく俯瞰で古津・東新津駅方を見る
同じく俯瞰で古津東新津駅方を見る、2011年6月撮影。

自由通路からは新津運輸区とそこに集う気動車たちを望見することができます
自由通路からは新津運輸区とそこに集う気動車たちを望見することができます、2011年6月撮影。
2016年現在では新津運輸区に気動車71両を配置との事ですが、先日導入計画が正式発表された電気式気動車GV-E400系は果たして何両配置になるのか。
キハ110やキハE120も全て置き換えになるのでしょうか。
だとしたらちょっと寂しい話です。
キハ40系は乗っていてやはりちょっとなーと感じるので、更新も仕方の無い話と納得していますが。

1番線の古津・東新津駅方から見た新津駅構内の様子
1番線の古津・東新津駅方から見た新津駅構内の様子、2017年5月撮影。
当駅を発車する列車は五つの乗り場にランダムに割り振られています。
2017年3月改正ダイヤでは、信越線長岡方面3本(内1本は特急「しらゆき」)、新潟方面6本、羽越線3本、磐越西線3本(内1本は「SLばんえつ物語」)の計15本です。
当駅の五つの乗り場で使用頻度が最も少ないのがここ。

かつて磐越西線用だった0番線跡
かつて磐越西線用だった0番線跡、2017年5月撮影。
私が最後に旧型客車に乗ったのが、確かここから出発する郡山行。
昭和57年の夏休み、旧客で会津若松、只見線に乗り換えて小出まで乗り通し、急行佐渡に乗り換えて新潟に戻るというささやかなワンデイトリップでした。

0番線跡から東新津駅方を見る
0番線跡から東新津駅方を見る、2017年5月撮影。

1番線上屋下の様子
1番線上屋下の様子、2017年5月撮影。
当駅では「SLばんえつ物語」を推して推して推しまくっています。
しかし私はあの列車には触手が全然伸びない・・・
客車がねぇ、旧型客車かオリジナルの12系客車なら乗るんですけど。
オリジナルの12系に乗ったのも、昭和57年の夏が最後だったなぁそう言えば。
急行「きたぐに」で新潟から村上まで。
昭和61年に急行「津軽」で上野から山形まで乗った時は14系客車だったもんなぁ。

1番線上屋下のベンチは、他のホームと違ってレトロ調
1番線上屋下のベンチは、他のホームと違ってレトロ調であります、2017年5月撮影。
どうせやるなら上屋の柱もそれらしく改修すればいいのに。

Niitsu0200517
1番線の出入り口付近の様子、2017年5月撮影。
階段の他にエスカレーターも設置されています。

1番線のさつき野・京ヶ瀬駅方から見た新津駅構内
1番線のさつき野・京ヶ瀬駅方から見た新津駅構内、2017年5月撮影。
機関車込みで8両の「SLばんえつ物語」の存在ゆえか、ホームに引かれた黄色のラインも長いのです。
このホームのこちら側は上屋が短いので、狭雑感が少なく撮影には好都合。

1番線端から、さつき野・京ヶ瀬駅方を見通す
1番線端から、さつき野・京ヶ瀬駅方を見通す、2017年5月撮影。
ホーム端部は流石に国鉄時代由来の白線が残存。


2-3番島式ホームの2番線さつき野・京ヶ瀬駅方から見た新津駅構内
2-3番島式ホームの2番線さつき野・京ヶ瀬駅方から見た新津駅構内、2017年5月撮影。
左隣の中線には貨物列車がよく停車しています。
2017年3月改正ダイヤでは、信越線長岡方面28本(内特急「しらゆき」4本)、新潟方面7本、磐越西線7本の計42本が2番線から発車しています。
当駅の五つの乗り場でもっとも列車の出入りが激しいのがこの2番。

2-3番島式ホームの3番線さつき野・京ヶ瀬駅方から見た新津駅構内
2-3番島式ホームの3番線さつき野・京ヶ瀬駅方から見た新津駅構内、2017年5月撮影。
このホームは3番のホーム長が長くなっています。
かつては長編成の特急列車が停車していたのかもしれません。
9両編成の札幌行寝台特急「トワイライトエクスプレス」もこの3番に停車していました。
しかし今日では特急「しらゆき」はたったの4両編成。
ホームの張り出しも完全に遊休化してしまっています。
2017年3月改正ダイヤでは、信越線長岡方面1本、新潟方面8本(内1本は「SLばんえつ物語)、羽越線8本、磐越西線2本の計19本が3番線から発車しています。

2-3番島式ホームの3番線端からさつき野・京ヶ瀬駅方を見通す
2-3番島式ホームの3番線端からさつき野・京ヶ瀬駅方を見通す、2017年5月撮影。
「トワイライトエクスプレス」の出入りしていたホームにもかかわらず、この辺は国鉄時代の白線のまま。
当駅の目玉「SLばんえつ物語」と違って、長距離クルージングトレインはウリにならなかったということなのか。

2-3番島式ホームのさつき野・京ヶ瀬駅方上屋下の様子
2-3番島式ホームのさつき野・京ヶ瀬駅方上屋下の様子、2017年5月撮影。
ベンチの空白地帯になっています。

2-3番島式ホーム中央部の様子
2-3番島式ホーム中央部の様子、2017年5月撮影。
列車が停車するのは概ねこの辺り。
画像中央にエレベーターの出入り口が見えます。

2-3番島式ホームの古津・東新津駅方から見た新津駅構内
2-3番島式ホームの古津・東新津駅方から見た新津駅構内、2017年5月撮影。
こちら側の上屋下には待合室を設置。

3番から見た隣の4-5番島式ホームの様子
3番から見た隣の4-5番島式ホームの様子、2017年5月撮影。
島式ホーム2本の古津・東新津駅方は、いずれも上屋を出てすぐホーム端という形になっていて、撮影には不向きであろうというのが個人的な感想。

4-5番島式ホームの4番さつき野・京ヶ瀬駅方から見た新津駅構内
4-5番島式ホームの4番さつき野・京ヶ瀬駅方から見た新津駅構内、2017年5月撮影。
このホームも3番同様に張り出しているのが特徴。
2017年3月改正では信越線長岡方面1本、新潟方面30本(内5本は特急「しらゆき」)、磐越西線2本の計33本が発車しています。

4-5番島式ホームの5番端から、さつき野・京ヶ瀬駅方を見通す
4-5番島式ホームの5番端から、さつき野・京ヶ瀬駅方を見通す、2017年5月撮影。
左隣は新潟地区の気動車の拠点・新津運輸区。

4-5番島式ホームの5番の右側に広がるかつての繁栄の夢の跡
4-5番島式ホームの5番の右側に広がるかつての繁栄の夢の跡、2017年5月撮影。

4-5番島式ホームの古津・京ヶ瀬方上屋下の様子
4-5番島式ホームの古津・京ヶ瀬方上屋下の様子、2017年5月撮影。
となりの2-3番の上屋は実用一点張りですが、こちらはゆるやかな三角形で「停車場」の雰囲気を構内で最も濃厚に残していると感じるところです。

4-5番島式ホーム上屋下からさつき野・京ヶ瀬駅方を見る
4-5番島式ホーム上屋下からさつき野・京ヶ瀬駅方を見る、2017年5月撮影。

4-5番島式ホームの5番古津・東新津駅方から見た新津駅構内さいはての風景
4-5番島式ホームの5番古津・東新津駅方から見た新津駅構内さいはての風景、2017年5月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは信越線新潟方面14本、羽越線2本、磐越西線6本の計22本が5番から発車しています。

4-5番島式ホーム端から古津・東新津駅方を見通す
4-5番島式ホーム端から古津・東新津駅方を見通す、2017年5月撮影。
この構造物の基礎っぽい部分は一体何なのか。
昔はこの島式ホームももっと長かったのか、はたまた構内通路の痕跡なのか。

古津・東新津駅方の陸橋上から見た新津駅全景
古津・東新津駅方の陸橋上から見た新津駅全景、2017年5月撮影。
5番線から左側に分岐する線路は草生して遊休化しているのがわかります。
地上のホームから見るよりも色々と発見が多いのが俯瞰の醍醐味。

新津駅4番線に停車中のE653系電車特急「しらゆき」新潟行
新津駅4番線に停車中のE653系電車特急「しらゆき」新潟行、2017年5月撮影。
たった4両編成でグリーン車無しというカジュアルなスタイルの列車ですけれど、「SLばんえつ物語」を除けばこの列車が当駅に出入りする列車の日常的な花形です。
日中は毎時3本の新潟方面普通列車が確保している今日、流石に特急の新潟行に乗り込む客はほとんど見かけませんが。
しかし国鉄時代、普通列車が毎時1本しかなかった時代には、時間帯によっては普通列車よりも本数が多かった優等列車に乗って新潟と行き来する人たちもいました。
私の叔母もよくそうしてましたな。
新津から新潟まで出てくるのに特急に乗車するなんて豪勢やのーと、子供心に羨望また羨望でしたな。

新津駅2番線から出発するE653系電車特急「しらゆき」上越妙高行
新津駅2番線から出発するE653系電車特急「しらゆき」上越妙高行、2015年8月撮影。
右隣の1番線に停車しているのは「SLばんえつ物語」。

新津駅4番線から出発する485系電車R編成の特急「北越」新潟行
新津駅4番線から出発する485系電車R編成の特急「北越」新潟行、2012年7月撮影。

夜の新津駅4番線に停車中の485系電車R編成の特急「北越」新潟行
夜の新津駅4番線に停車中の485系電車R編成の特急「北越」新潟行、2012年6月撮影。


新津駅4番線を発車加速して遠ざかる485系電車R編成の特急「北越」新潟行
新津駅4番線を発車加速して遠ざかる485系電車R編成の特急「北越」新潟行、2012年7月撮影。
国鉄時代の基準に照らせば短い七両編成でも、今日の「しらゆき」と比べればまだまだ優等列車の貫禄が感じられます。
失って初めて理解できることも多いのですわ世の中は。

新津駅2番線を出発した485系電車国鉄特急色の特急「北越」金沢行
新津駅2番線を出発した485系電車国鉄特急色の特急「北越」金沢行、2012年8月撮影。
左隣の中線には貨物列車が一休み中。

新津駅4番線に停車中の、485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行
秋の陽が降り注ぐ新津駅4番線に停車中の、485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行、2013年10月撮影。
この列車が2015年3月に廃止されて、同時に新潟と上越地区間の特急割引きっぷも大幅値上げでしかも上越新幹線・新潟-長岡間の利用は別途特急券を買わなければならなくなりました。
それまでは特急の運行していない時間帯を考慮して、新潟-長岡間の新幹線利用は特急料金を払わずにそのまま乗車できる特典付きでしたのに。
もう高速バスと張り合う薄利多売はしない当局の決意表明とか、北陸新幹線の建設分担金財源捻出のために沿線で取れるところからはギッチリ取るためとか色々噂を聞きますが、それによる鉄道からバスへの顧客の再移転はどれほどのものなのか興味があります。

夕闇迫る新津駅4番線から発車する、485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行
夕闇迫る新津駅4番線から発車する、485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行、2013年6月撮影。

新津駅4番線から発車する583系電車急行「きたぐに」新潟行
新津駅4番線から発車する583系電車急行「きたぐに」新潟行、2011年6月撮影。
堂々の10両編成でホームの黄線もそれに対応しています。
この日は平日でしたが、偶然にも5番の隣で酒田駅に回送準備中だという蒸気機関車C57と遭遇。

新津駅2番線から出発するE129系電車長岡行
新津駅2番線から出発するE129系電車長岡行、2017年5月撮影。

新津駅3番線で特急「北越」退避中の115系電車村上行
新津駅3番線で特急「北越」退避中の115系電車村上行、2012年7月撮影。
当時は新津駅での普通列車の特急退避が上下1本ずつありました。
2017年3月改正ダイヤでは午前下りに1本のみ設定されています。

夜の新津駅5番線に停車中の115系電車新潟行
夜の新津駅5番線に停車中の115系電車新潟行、2012年6月撮影。
昔の時刻表を紐解くと、昭和55年10月改正ダイヤでの平日の新津-新潟間定期普通・快速列車の本数は上下合わせて61本。
対して2017年3月改正ダイヤでは116本(「おはよう信越」「らくらくトレイン信越」を除く)。
一方同区間の優等列車は昭和55年10月改正ダイヤで48本(寝台特急「つるぎ」と寝台急行「天の川は除く)、対して2017年3月改正ダイヤでは12本(「おはよう信越」「らくらくトレイン信越」を含む)。

2015年3月改正以前は新潟-新津間の区間列車に多用されていたE127系電車
2015年3月改正以前は新潟-新津間の区間列車に多用されていたE127系電車、2014年8月撮影。

新津駅4番線から出発するE127系電車新潟行
新津駅4番線から出発するE127系電車新潟行、2012年6月撮影。

新津駅1番線に到着した、羽越線新発田発のキハ110形気動車
新津駅1番線に到着した、羽越線新発田発のキハ110形気動車、2017年5月撮影。
広い構内に単行気動車がポツンと停車。
れきとした地方幹線であるはずの羽越本線新津-新発田間の現実です。
昭和55年10月改正ダイヤでの羽越本線新津口の発着普通列車は上下合わせて23本(気動車15本、客車8本)。
他に寝台特急「日本海」4本と電車特急「いなほ」6本、客車夜行急行「鳥海」2本。
同時期の白新線・新潟-新発田間の普通・快速列車は上下27本で、今日の目から見ると甚だ奇異なダイヤ構成だったのです。
当時も沿線人口は白新線沿いがずっと多かったのですから。
旅客の流動実態に目をそむけて伝統に固執する汽車型ダイヤの面目躍如と言えましょうか。
気動車の拠点が新津にあったから・・・というのも理由のひとつかもしれませんが。
一方、2017年3月改正ダイヤでは、37年前と同じく上下合わせて23本(電車4本、気動車19本、他に休日運休の新津-水原区間便2本)。
運行本数は同じですけれど、当時と今とでは一列車当たりの編成長が大きく違いますから、総合的な輸送力としては現状は昔の半分以下でしょうね。

新津駅3番線で待機中のキハ110系気動車新発田行
新津駅3番線で待機中のキハ110系気動車新発田行、2017年5月撮影。

新津駅3番線に停車中のキハ40系気動車会津若松行
新津駅3番線に停車中のキハ40系気動車会津若松行、2009年7月撮影。
お昼に出発するこの列車はキハ40系とキハ110系が日替わりで運用に就いているらしく、運用パターンがわからない私にとっては実にメンドくさい存在なのです。
この列車がキハ110で運用されていれば、その停車画をまだ未撮の日出谷駅豊実駅で撮れるのですよ。
午前の会津若松行はキハ110の固定運用なので、それで日出谷駅まで行って2時間滞在して次のこの列車で豊実駅へ行き、そこから歩いて県境を越えて徳沢駅を初訪問するという効率的なスケジュールを立てられるのですわ。

新津駅5番線で新津運輸区へ回送待機中のキハ40系気動車
新津駅5番線で新津運輸区へ回送待機中のキハ40系気動車、2017年5月撮影。

夜の新津駅5番線に停車中のキハ110系気動車
夜の新津駅5番線に停車中のキハ110系気動車、2005年9月撮影。
昭和55年10月改正ダイヤでの磐越西線・新津-五泉間の平日定期旅客列車運行本数は上下合わせて33本(気動車急行6本、気動車普通12本、客車普通15本)。
対して2017年3月改正ダイヤでは41本。
本数は増えていますが、その伸び率は小さめ。
「SLばんえつ物語」ダイヤ設定の為なのか、午前中の新津発は2時間空白があったりして、運行時間帯が朝晩にやや偏っている印象。
それだけ日中の旅客流動は小さいということなのか。

>晩秋早朝の新津駅4番線で待機中のキハ52形気動車新潟行
晩秋早朝の新津駅4番線で待機中のキハ52形気動車新潟行、2003年11月撮影。
当駅下り新潟方面の初便は当時も今も気動車で運行されています。
この頃はホーム上の待合室も昔のままです。

新津駅3番線に停車中の寝台特急「トワイライトエクスプレス」札幌行
新津駅3番線に停車中の寝台特急「トワイライトエクスプレス」札幌行、2012年6月撮影。

キハ58系気動車国鉄急行色二連が新津駅5番隣の側線で休息中
当時盛んに「キハ58系懐かしの急行」シリーズに充てられていた、キハ58系気動車国鉄急行色二連が新津駅5番隣の側線で休息中、2004年9月撮影。

「SLばんえつ物語」編成の回送列車
急行「きたぐに」が新潟に向け出発した後、おもむろに動き出した「SLばんえつ物語」編成の酒田への回送列車、2011年6月撮影。

|

« 蒲原鉄道廃線跡と村松 | トップページ | 昭和55年10月改正ダイヤにおける新津駅優等列車時刻表 »

R006 信越本線の駅」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 蒲原鉄道廃線跡と村松 | トップページ | 昭和55年10月改正ダイヤにおける新津駅優等列車時刻表 »