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2017年9月 9日 (土)

五泉駅(磐越西線)

本日の駅紹介は磐越西線・五泉駅。

五泉駅の昔の跨線橋

新潟県五泉市に所在する有人駅で、同市の玄関駅です。
開業は明治43年(1910年)10月25日。
開業当時の所在は中蒲原郡五泉町で、明治時代には既に中蒲原郡域有数の街になっていました。
五泉町の隣の村松町には帝国陸軍の歩兵連隊が駐屯していましたけれど、磐越西線開通以前は信越本線の羽生田駅が部隊輸送や軍人の往来の玄関駅。
村松から羽生田へは約10kmで道中は山道多し。
一方村松から五泉へは約5kmで平野部です。
部隊の迅速なる移動にどちらが優れているかは言うまでもありません。
当駅の開業は軍事上大きな意義があったのです。

五泉停車場開業の13年後には、江戸時代はこの地域の中心だった村松藩三万石の城下町村松に向かう蒲原鉄道が開業して、五泉駅は官鉄とローカル私鉄の乗り入れるジャンクションの機能を持つようになります。
五泉町はその後、周辺自治体を合併編入して町勢を拡大、昭和29年には市制を施行して五泉市になり、平成の大合併の号令下で隣の村松町と合併し新たな五泉市として再スタートをきり、現在に至ります。
五泉市は特急の走らぬローカル亜幹線・磐越西線沿線で周辺に著名な観光地が少ないことから他県の方から見るとかなり地味に映るかもしれません。
しかし当地は昔から「ニットの街」として有名で、その生産高は日本一。
生産高のみならず技術の点でも高く評価されているところなのです。
また市勢についてもその人口は北陸新幹線の停車する糸魚川市よりも多く、当市より面積が七割近く多い十日町市に匹敵するレベルで、新潟県下においては見附市と共に、地味に見えるが実は侮りがたい街なのであります。

さてJR東日本によると、2016年度の五泉駅の一日平均乗車人員は1,070人。
同社新潟県内有人67駅中38位で、弥彦線・燕駅や越後線青山駅、白新線・早通駅、信越本線・矢代田駅と同レベルにあります。
また当駅は自動改札設置駅で、設置の一応の目安と言われる一日平均乗車人員千人をギリギリ満たしている駅であります。
なお新潟県内の自動改札設置駅で乗車人員が当駅よりも少ないのは、信越本線・さつき野駅のみになります。
市の人口、そして新潟都市圏の一員としての立ち位置も考えればもう少し利用が多くてもよさそうなところなのですが、五泉市中心部に所在する五泉高校へは、当駅よりも隣の北五泉駅の方が近いのです。
北五泉駅の2015年度一日平均乗車人員が737人もいるのは、それが大きく貢献していると思われます。
北五泉駅に学生利用の集中が見られる、その割を食っているのが五泉駅の現状なのです。

五泉駅駅舎の様子
五泉駅駅舎の様子、2017年6月撮影。
建築財産票を見つけられなかったので竣工年月は不明。
横長の建物で建てられたのは昭和30年代半ばから後半という印象です。
昔の造りの駅の常として、構外側にもトイレがあるのは来訪者にとって実に心強い限りですな。
昨今の改築駅舎だと間違いなく、構外のトイレは無くなっちゃってますもんねぇ。

駅前広場の中央連絡橋方を見る
駅前広場の中央連絡橋方を見る、2017年6月撮影。
画像奥中央に見えるのが、駅の南北を繋ぐ中央連絡橋です。
駅舎に合わせて横長で、奥行きの小さい駅前広場はどことなく物寂しい風情。

中央連絡橋側から見た五泉駅の駅前広場
中央連絡橋側から見た五泉駅の駅前広場、2017年6月撮影。
画像手前右側の辺りに、かつて蒲原鉄道五泉駅の駅舎が建っていたそうです。
画像には何も映っていませんが、これはタクシーが客を乗せて走り去った直後の、誰もいない駅前広場を狙って撮った苦心の一枚です。
通常、タクシーは数台待機していて五泉市コミニュティバスも乗り入れてきます。
路線バスの鉄道補完としては、新潟交通観光バス運行の五泉-新津線が磐越西線の補完として利用できます(新関東新津両駅)。
運行頻度は2時間に1本というところですが、土休日も大半の便が走っているので使い勝手が良いのです。
ただし乗り場は五泉駅前ではなく、駅前通りを少し歩いて右折したところにあるので土地勘の無い来訪者には少々わかりにくいのが難点。
一方、駅前に乗り入れる五泉市コミニュティバスは北五泉駅やかつての蒲原鉄道の終点・村松への足として使えます。
磐越西線の津川方面については、十年ほど前まで運行されていた路線バス五泉-馬下線が廃止されデマンドタクシー化されてしまった為、来訪者の移動手段としては磐越西線のみになっています。

駅前通りから見た五泉駅駅舎
駅前通りから見た五泉駅駅舎、2017年6月撮影。
通りからでは全体像をはっきり把握できない横長の建物なのであります。

駅舎出入り口から見た五泉駅駅前通り
駅舎出入り口から見た五泉駅駅前通り、2017年6月撮影。
背の高い建物は周囲にありません。
五泉市の旧中心街はこの通りではなく、画像左側に入って少し進んだ先の、磐越西線の踏切がある通りになります。
駅至近にはコンビニ等はございませんのでご注意の程を。

中央連絡橋の階段上から俯瞰で見た五泉駅前通りの様子
中央連絡橋の階段上から俯瞰で見た五泉駅前通りの様子、2017年6月撮影。

五泉駅駅舎内部の自動改札機群
五泉駅駅舎内部の自動改札機群、2017年6月撮影。
前述のように、当駅は新潟県内の在来線自動改札設置駅では下から二番目の一日乗車人員ですが、磐越西線の新潟県内区間では断トツの賑わいを見せる駅でもあるのです。

磐越西線新潟県内区間最大の駅である当駅には、当然みどりの窓口を設置
磐越西線新潟県内区間最大の駅である当駅には、当然みどりの窓口を設置、2017年6月撮影。

窓口隣には、自動券売機が一台きり
窓口隣には、自動券売機が一台きり、2017年6月撮影。
当駅乗車人員に占める定期外の割合は約22%で、実数は一日平均で200人台前半。
上越新幹線利用など遠出のきっぷは窓口で買いますから、近距離の定期外客対応は一台で充分という当局の判断なのでしょう。

かつての五泉駅待合室内にはキオスクがありました
かつての五泉駅待合室内にはキオスクがありました、2010年6月撮影。
当時の営業時間は途中休憩を挟んで朝七時から夜七時四十分で、休日定休。
私がこの後に当駅を訪れたのは2012年7月でしたが、その時は既に撤退していました。

キオスク撤退後の待合室内部
キオスク撤退後の待合室内部、2017年6月撮影。
キオスクの代わりに自販機を二台設置しています。
当駅のように至近に適当な買い物処がない環境では、キオスクが無いのはやはり不便。

1番線の猿和田駅方から見た五泉駅構内の様子
1番線の猿和田駅方から見た五泉駅構内の様子、2017年6月撮影。
1番線は津川方面乗り場です。
対面式ホームと島式ホームの組み合わせによる2面3線の、ごく標準的な仕様になっています。

1番線端から猿和田駅方を見る
1番線端から猿和田駅方を見る、2017年6月撮影。
「SLばんえつ物語」の機関車停止位置が表示されています。
私はあの列車にさして興味が無く、積極的に撮りに行くことはないので当駅での停車も見たことが無いのですが、機関車の停止位置がホーム外れのここということは、機関車+客車七両の列車がホーム長いっぱいに余すことなく停車するということなのでしょう。
上越新幹線大宮暫定開業前の気動車急行「あがの」「いいで」も最大6両ですから、停車する列車の威勢はそれを上回って過去最大なのですよ。

1番線上屋下の様子
1番線上屋下の様子、2017年6月撮影。
「ようこそ五泉へ!」・・・、しかし「SLばんえつ物語」で五泉下車というお客はあまりいないのでは。

1番線の跨線橋出入り口側から見た上屋下の様子
1番線の跨線橋出入り口側から見た上屋下の様子、2017年6月撮影。
こちらには「SLばんえつ物語」の吊り看板を設置。
磐越西線の新潟県内区間を統括する「阿賀野ライン営業所」は当駅に置かれています。
こういった看板の類も、「ウチはSLで推して推して推しまくる!」という営業所の決意の表明と言えましょうか。

1番線の北五泉駅方から見た五泉駅構内
1番線の北五泉駅方から見た五泉駅構内、2017年6月撮影。
当駅の跨線橋は北五泉駅方に偏って設置されているので、ここからの見通しは良くありません。
何事も偏向はいけませんな。

1番線端から北五泉駅方を見る
1番線端から北五泉駅方を見る、2017年6月撮影。
構内通路が健在なのは、亜幹線の駅らしい雰囲気濃厚です。

五泉駅跨線橋内部の様子
五泉駅跨線橋内部の様子、2017年6月撮影。
小都市や大きな町の玄関駅として標準サイズの通路幅です。

跨線橋上から五泉駅構内の猿和田駅方を望む
跨線橋上から五泉駅構内の猿和田駅方を望む、2017年6月撮影。
跨線橋の位置が偏っていて上屋の終端にある為に、ここから見る構内は上屋が長く見えて残念ながら見通しは利かず。
反対側至近には前述の中央連絡橋があるので視界が遮られています。

2-3番島式ホームの2番線側上屋下の様子
2-3番島式ホームの2番線側上屋下の様子、2017年6月撮影。
当駅構内には待合室はありません。

2-3番島式ホームの2番線猿和田駅方から見た五泉駅構内
2-3番島式ホームの2番線猿和田駅方から見た五泉駅構内、2017年6月撮影。
2番線は新津方面乗り場です。

島式ホームの3番線側端から猿和田駅方を見る
島式ホームの3番線側端から猿和田駅方を見る、2017年6月撮影。
横取線は1本残存していますが、使用頻度はどの程度なのか

島式ホーム3番線の上屋直前から北五泉駅方を見る
島式ホーム3番線の上屋直前から北五泉駅方を見る、2017年6月撮影。
3番線は現在新津方からの短編成当駅折り返し列車用になっていて、この辺りに列車が停車することは通常ありません。
3番側のホームもそのような仕様になっていて、前述のベンチが配置されているところは遮風板が設置されています。

島式ホーム3番の中ほどから猿和田駅方を見る
島式ホーム3番の中ほどから猿和田駅方を見る、2017年6月撮影。
横取線はこちら側とは繋がっていません。

五泉駅島式ホーム端から北五泉駅方を見る
五泉駅島式ホーム端から北五泉駅方を見る、2017年6月撮影。

3番線北五泉駅方から猿和田駅方を見る
3番線北五泉駅方から猿和田駅方を見る、2017年6月撮影。

猿和田駅方の踏切から見た五泉駅構内の様子
猿和田駅方の踏切から見た五泉駅構内の様子、2017年6月撮影。


北五泉駅方の踏切から見た五泉駅構内
北五泉駅方の踏切から見た五泉駅構内、2017年6月撮影。

平成4年12月に竣工した中央連絡橋内部
平成4年12月に竣工した中央連絡橋内部、2017年6月撮影。
比較的新しい構造物ですが、バリアフリー化されていないのが五泉市で問題視されているようで、平成24年からの五泉駅周辺の整備事業ではこの橋の再整備が謳われています。

中央連絡橋上から見た五泉駅構内外れの北五泉駅方
中央連絡橋上から見た五泉駅構内外れの北五泉駅方、2017年6月撮影。

駅南側が再整備される以前の五泉駅構内外れの様子
駅南側が再整備される以前の五泉駅構内外れの様子、2004年12月撮影。
画像左側には、1999年10月に廃止された蒲原鉄道五泉駅の用地が空き地になっていました。
→蒲原鉄道・五泉-村松間の廃線跡と旧村松町界隈の様子についてはこちらを。

中央連絡橋上から五泉駅構内の猿和田駅方を見る
中央連絡橋上から五泉駅構内の猿和田駅方を見る、2017年6月撮影。
画像右の駅南側には、五泉地域の公共福祉の中核として「五泉地域包括支援センター」が近年建てられました。

蒲原鉄道関係の空き地の再活用が手付かずだった時期の駅南側の様子
蒲原鉄道関係の空き地の再活用が手付かずだった時期の駅南側の様子、2004年12月撮影。

2010年6月時点の五泉駅南側
駅南側は、2010年6月時点でも未だこのような姿でした。
ここから見ると、3番ホームの仕様を簡単に把握できます。
列車が停車するのは、遮風板の手前からです。

>「五泉地域包括支援センター」が建設される以前の、中央連絡橋南側出入り口付近の様子
「五泉地域包括支援センター」が建設される以前の、中央連絡橋南側出入り口付近の様子、2010年6月撮影。
周辺は宅地になっています。
上屋付きの駐輪場が置かれていて、こちら側から五泉駅への需要が少なからず存在する事がわかります。
駅舎の経年もかなりのものになっていますし、中央連絡橋の再整備という話もあるからには、いっそ全て包括して橋上駅舎化してしまえばと、無責任な部外者は思ってしまうところ。
しかし前述の駅周辺整備事業では、その辺については全く触れられていません。

五泉駅2番線に停車中のキハ40系気動車新津行
五泉駅2番線に停車中のキハ40系気動車新津行、2017年6月撮影。
キハ40系が国鉄急行色で定期運用された事は無いので、115系電車の新潟色といいコレといい私的にはやはり当局の悪ノリに見えてしまいます。
まぁしかし、こうして見るとキハ40系のこの塗装はなかなか良い感じなのです。
115系の新潟色よりはずっとマシかな。

五泉駅1番線に到着したキハ40系気動車会津若松行
五泉駅1番線に到着したキハ40系気動車会津若松行、2012年7月撮影。
夕方で平日ならば帰宅部学生の帰宅時間帯です。
しかし列車は二連。
磐越西線の厳しい現実を垣間見るようです。
ちなみに昔の時刻表を紐解くと、昭和55年10月改正ダイヤでの五泉駅発着列車は上下合わせて33本。
内訳は急行列車6本、普通列車27本(五泉折り返しは2本)で、15本はDD51形ディーゼル機関車牽引の客車列車でした。
それから37年後の2017年3月改正では上下合わせて41本(「SLばんえつ物語」は除く)。
五泉-新津間の普通列車に限って言えば、約五割増えていますけれど、日中はまだまだ過疎ダイヤなのが実情。
一方馬下駅の先、津川方面に向かう場合は昭和55年10月では上下合わせて24本(急行列車6本を含む)に対して、2017年3月では22本と、乗車機会は微減なのです。

五泉駅で行き違う、キハ110系気動車馬下行とキハE120気動車快速「あがの」新潟行
五泉駅で行き違う、キハ110系気動車馬下行とキハE120気動車快速「あがの」新潟行、2012年7月撮影。
この馬下行は、この後運転区間が短縮されて、五泉駅3番線折り返し列車になっています。
日中の短編成列車なら当駅3番線の短い収容空間でもOKですから、列車留置の為に利用の少ない五泉-馬下間を回送同然の姿でわざわざ走らせることもないのです。
快速「あがの」はかつての気動車急行「あがの」の末裔で一日1往復。
本数が半減して久しいのですが、米坂線の「べにばな」と異なり上りは全区間、下りは新津まで快速運転を維持しているのは元急行の矜持を感じさせます。
なお当駅の2017年3月改正ダイヤにおける列車交換は一日2回(朝と夜の各1回)で、馬下駅が交換の大半を担っています。

五泉駅3番線で客待ち顔のキハE120
五泉駅3番線で客待ち顔のキハE120、2014年8月撮影。
2017年3月改正ダイヤで日中にこの光景を見れるのは一日2回です。
磐越西線新津口の区間列車は、五泉と馬下折り返しがそれぞれ一日四往復ずつ設定されていますけれど、編成の長い朝夕の列車はホーム収容力の大きい馬下、短編成の早朝と日中、深夜は当駅と両者の棲み分けが出来ています。
当駅の3番線をもっと長く使えるようにホームの改修を行わない限り、五泉折り返しがこれ以上増えることはなさそう。

3番線に停車中の当駅折り返しキハ110を北五泉駅方から見る
3番線に停車中の当駅折り返しキハ110を北五泉駅方から見る、2014年8月撮影。

五泉駅3番線に到着したキハE120
五泉駅3番線に到着したキハE120、2017年6月撮影。

五泉市の旧中心商店街
五泉市の旧中心商店街、2017年6月撮影。
昔ながらの商店街で懐かしさに溢れていますが、集客力の大きい店舗は現在出店していません。


廃墟化したジャスコ2003年11月
五泉駅前通りと上述の旧中心商店街の通りの中間に出店していたジャスコの成れの果ての廃墟、2003年11月撮影。
この時点で閉店から四年ほど経っているようです。
ここが流行っていれば五泉駅付近ももっと賑わいがあったでしょうに。

廃墟化したジャスコ2010年6月
2010年6月時点の旧ジャスコとその周辺の様子。
ジャスコの大きな看板が撤去された以外、何も変わらず

廃墟化したジャスコ2017年6月その一
廃墟化したジャスコ2017年6月その二
そして2017年6月時点の旧ジャスコ。
建物の壁面が緑に覆われつつあります。
権利関係がメンドくさくてこんな放置状態なんでしょうけど、いつまでこんな状態が続くのでしょうか。

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