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2017年8月26日 (土)

村上駅(羽越本線)

本日の駅紹介は羽越本線・村上駅。

村上駅の駅名標

新潟県村上市に所在する有人駅で、開業は大正3年(1914年)11月1日。
開業当時の所在は岩船郡村上町で、村上町は越後国で高田、長岡、新発田に次ぐ越後村上五万石の城下町の後身であり、県北の岩船郡内の中核でした。
村上町は昭和29年に周辺自治体を合併編入して市制を施行し村上市に、平成20年には平成の大合併の号令下で岩船郡の大半の町村と合併して、新たな村上市に進化を遂げて今日に至ります。
村上市は人口規模こそ六万人強ですけれど、その面積は大合併の結果極めて広大になって県下第1位です。
なにしろ村上駅から羽越本線で東に37kmの、山形県境の府屋駅が村上市なのですから。
現在の村上市の鉄道駅の範囲は羽越線の坂町駅から府屋駅までで、その距離実に約48km。
市内の東西を移動するのに特急列車で40分近くかかるのです。

JR東日本によると、村上駅の2016年度一日平均乗車人員は1,684人。
同社新潟県内有人67駅中26位で、信越本線・柏崎駅と同レベル、三条駅よりやや下というところです。
2001年度の一日平均乗車人員は2,084人なので、15年間で約二割減。
村上駅付近には県立村上高校と県立村上桜ヶ丘高校が所在しています。
その間、新潟県の公立高校が一学区制になっていますが、その恩恵も当駅には無いと言う事なのか。
しかし土曜朝に新津発酒田行の初便に乗ると、新発田から乗車した学生たちはほとんどが村上まで乗車してるんですよね。
アレを見ると広域通学が定着しているように思えるのですが。
羽越線沿線の高校普通科のレベルだと、新発田高校は少々敷居が高い学生が村上高校に集中しそうなんですよね。
村上高校の合格偏差値は52なので、平均的な成績の学生の選択肢は必然的にここになると思うのですよ。
中条高校は正直言ってうーむ・・・なレベルなので、偏差値50の子はまず選ばないでしょうし。
一方、村上桜ヶ丘高校は元々商業・農業高で現在は総合科。
色々な資格の取得が出来るカリキュラムなんだとか。
ここは新発田商業高校は少し敷居が高い学生が集中しそうなレベルなのです。
ゆえに村上駅は少子化が進んでも学生の集中が末永く続きそうな環境にあるのですが、前述のように実際の数字を見るとそれほどでもないのがまた頭を悩ませるところ。
近年の鉄道旅客流動については、錯綜する学生の移動パターンを解析推理してみるのが新たな楽しみと言えましょうか。

村上駅駅舎と駅前広場の様子
村上駅駅舎と駅前広場の様子、2017年5月撮影。
建築財産票によると昭和39年6月の完成。
横長の長大な建物で、駅からこれだけ離れないと全景を収められないのです。
平成17年6月に、駅舎のリニューアルが完成しています。
画像中央に建つやぐらのようなモノは、新潟県三大祭りの一つとされる毎年七月の村上大祭で市内を練り歩くおしゃぎりの屋台と、海岸沿いの瀬波温泉の温泉井戸を合わせているように見えます。

斜め方向から見た村上駅駅舎
斜め方向から見た村上駅駅舎、2017年5月撮影。
画像では切れてしまっていますが、駅舎向かって右側にはNew Daysが出店しています。
後述のキオスクが撤退し、駅至近にコンビニの無い当駅において貴重な買い物処になっています。

村上駅駅舎出入り口付近の様子
村上駅駅舎出入り口付近の様子、2017年5月撮影。
レトロ調のリニューアルが行われて、駅名板も戦前の右横書き。

村上駅駅前広場の様子
村上駅駅前広場の様子、2017年5月撮影。
バス停が四つ、ずらずらっと並んで戦隊モノの名乗りのようであります。
しかし運行頻度は過疎なのが現実。
鉄道補完では新潟交通観光バス運行の寒川線(間島越後早川桑川今川越後寒川各駅に移動可能)と下関線(坂町を経由せずに山間を関川村へ直行するルートで、
越後下関駅に移動可能)がありますが、双方共に本数は少なく、前者は平日上下4本、土休日全休、後者は平日上下8本、土休日5本です。
土休日の駅巡りには残念ながら有効活用が難しいのが実情です。
羽越本線の村上以北と米坂線は過疎ダイヤなので、バスが使えれば駅巡りの効率もずっと良くなるのですけれど、路線バスの主たる利用層は学生と病院通いのお年寄りなのでこうしたダイヤ構成なのもやむを得ないところです。
ちなみに米坂線の建設に当たっては、当初坂町始発と村上始発の二案を当時の二大政党である憲政会と政友会がそれぞれ主張して激しく誘致を争った経緯があります。
憲政会の推す村上始発案は、路線バス下関線(国道290号線経由)に沿ったルートだったようです。
もしこのルートで越後下関駅まで鉄路が作られたら、村上駅を出発した列車は羽越本線を新潟方に1.5kmほど進んで南方の丘陵を抜けて平地に出たあたりで分岐し、桃川駅、そして桃川峠を越えて旧女川村の中心地区・女川駅を経て荒川を渡り、架橋の位置関係的に現在位置よりもやや越後下関駅寄りになったであろう越後大島駅に行き着くという山間の細道を辿る路線になっていたのではと、妄想を滾らせる次第であります。
しかしこの案だと、峠越えを含む勾配のきつい山間部を走るのと、長い鉄橋が必要になる二点が難点。
平地を走り架橋の必要もない坂町案の方が、費用的には明らかに少なくて済みます。
素人目から見ても経費的に村上案に不利が否めないところへ、坂町始発案側が誘致の切り札として用地の無償提供を申し出た為、県北を代表する町・村上始発案もこれに対抗は難しく、結局米坂線は坂町分岐に決まってしまったのです。

村上駅前通りの様子
村上駅前通りの様子、2017年5月撮影。
駅前には数軒のホテルと旅館がありますが、コンビニもスーパーも至近にはありません。
村上市の商業集積は、駅から2km以上南方の国道七号線沿いになっています。
駅付近には以前ジャスコが出店していましたけれど、改築で一度閉店した際に土壌から有害物質が検出されて改築計画はキャンセルされてしまいました。
元々は製錬工場だった土地だそうで、最初に建てた時の検査はどうなっていたのかなのですよ。

村上駅駅舎内部自動改札廻りの様子
村上駅駅舎内部自動改札廻りの様子、2017年5月撮影。
当駅に自動改札機が導入されたのは、駅舎リニューアルの約半年後、平成17年末の事でした。
当駅規模の駅で昔ながらの改札方式だと、私のような人種は駅構内撮りに多大の時間をかけなければならないのです。
自動改札だと旅の趣や情緒が無くなってしまうのは残念な一方、趣味の実利的には実に喜ばしい話なのであります。

駅舎内向かって左側のみどりの窓口と自動券売機
駅舎内向かって左側のみどりの窓口と自動券売機、2017年5月撮影。
券売機が二台設置されているのは、流石観光拠点の駅と言えましょうか。
しかし当駅一日平均乗車人員の約八割は定期客という現実も。

駅舎内向かって右側の待合室出入り口
駅舎内向かって右側の待合室出入り口、2017年5月撮影。
昔からいつ行っても人の多いところであります。

リニューアル以前の村上駅駅舎
リニューアル以前の村上駅駅舎、2003年11月撮影。
屋根の上の「うまい酒大洋盛」に目を奪われます。
リニューアルされるとこういう看板は概ね無くなってしまいますな。
「大洋盛」を造っているのは、その源流を遡れば江戸時代まで行き当たる村上市の酒蔵・大洋酒造ですけれど、そういう郷土色の強い会社の看板は地域性が濃く出て来訪者に強くアピールできそうなんですけどね。
まぁ広告看板代とか色々あるのでしょうけれど。

駅舎内部のリニューアル以前の様子
駅舎内部のリニューアル以前の様子、2008年4月撮影。
村上駅駅舎はまず外側が先行してリニューアルされ、内部はそれから暫く後という二段階の改装でした。
この時点では自動改札機と電光掲示板以外はまだ国鉄時代の匂いを濃厚に残しています。
待合室内ではキオスクが営業していて、当時の営業時間は07:10~18:50。

構内改良前の村上駅駅舎構内側上屋下の様子
構内改良前の村上駅駅舎構内側上屋下の様子、2005年8月撮影。
当駅は駅舎のみならず、駅構内でも待合室の改築やエレベーター付きの跨線橋設置と改良が順次実施されています。
この画はそれらに着手する以前のものです。
画像中央奥が2-3番島式ホームとの連絡地下道です。

構内改良後の駅舎構内側上屋下
構内改良後の駅舎構内側上屋下、2015年5月撮影。

上の画と反対側の駅舎構内側上屋下
上の画と反対側の駅舎構内側上屋下、2015年5月撮影。
画像中央奥に見えるのは前述の新設跨線橋とエレベーターの出入り口です。

1番線の岩船町駅方から見た村上駅構内の様子
1番線の岩船町駅方から見た村上駅構内の様子、2017年5月撮影。
1番線は新潟方面乗り場です。
画像奥のクリームイエローの跨線橋は、2011年3月に供用を開始しました。

跨線橋新設以前の村上駅構内を1番線岩船町駅方から見る
跨線橋新設以前の村上駅構内を1番線岩船町駅方から見る、2005年8月撮影。
ホーム間の移動は前述の地下道のみによって賄われていました。
当駅の構内は広く、跨線橋が無いと視覚上の目標物が無くなるのでさらに広大に錯覚してしまうのです。

1番線端から岩船町駅方を見る
1番線端から岩船町駅方を見る、2017年5月撮影。

1番線の間島駅方から見た村上駅構内
1番線の間島駅方から見た村上駅構内、2017年5月撮影。
当駅ホームの上屋は、特急停車駅としてはかなり短いのが特徴。
現在は特急も短編成化されていますが、かつて12両のフル編成が停まっていた頃は、悪天候の日など待つのは辛かったでしょうなぁ。
その頃は自由席利用だと、乗車案内板の前で待たなければ座れない時代でしたしね。
ちなみに昔の時刻表を紐解くと、昭和55年10月改正ダイヤにおける村上駅優等列車発車時刻は下記の如し。

下り
急行「鳥海」秋田行     03:55 旧型客車+10系寝台車十両編成+荷物車三両
特急「日本海3号」青森行 05:19 24系客車11両編成+電源車
急行「天の川」秋田行    06:32 20系客車十両編成+郵便車
急行「羽越1号」秋田行  08:23 キハ58系気動車4両編成
急行「きたぐに」青森行  10:13 12系客車6両編成+郵便車+荷物車
特急「いなほ1号」秋田行 12:05 485系電車12両編成
急行「しらゆき」青森行  15:35 キハ58系気動車9両編成
特急「いなほ3号」青森行 16:02 485系電車12両編成
急行「羽越3号」秋田行  16:40 キハ58系気動車5両編成
特急「白鳥」青森行    18:19  485系電車12両編成
特急「いなほ5号」秋田行 20:03 485系電車12両編成

上り
特急「いなほ2号」上野行 09:20 485系電車12両編成
特急「白鳥」大阪行    10:22  485系電車12両編成
急行「羽越2号」新潟行  10:58 キハ58系気動車5両編成
急行「しらゆき」金沢行  13:17 キハ58系気動車9両編成
特急「いなほ4号」上野行 13:42 485系電車12両編成
急行「羽越4号」新潟行  16:04 キハ58系気動車4両編成
特急「いなほ6号」上野行 16:50 485系電車12両
急行「きたぐに」大阪行   19:38 12系客車6両編成+郵便車
急行「天の川」上野行    21:38 20系客車十両編成+郵便車
急行「鳥海」上野行     23:23 旧型客車+10系寝台車十両編成+荷物車三両
特急「日本海2号」大阪行 22:47 24系客車11両編成+電源車

跨線橋新設以前の村上駅構内を1番線間島駅方から見る
跨線橋新設以前の村上駅構内を1番線間島駅方から見る、2005年8月撮影。
ここから見るとどこか北海道の駅のような印象。
画像右側の緑の空間がどこか牧歌的な感じを受けるのがその理由ですけれど、そこはかつての側線跡なのです。

1番線端から間島駅方を見る
1番線端から間島駅方を見る、2017年5月撮影。
羽越本線の村上-間島間がデットセクションになっているのは皆様ご存知の通り。
ここから先は旅客の日常利用の観点で見る限り、完全に過疎ローカル線そのものです。

跨線橋完成後は省みられなくなった地下道内の様子
跨線橋完成後は省みられなくなった地下道内の様子、2017年5月撮影。
階段は急で、お年寄りが難渋している場面にしばしば出会います。
見かねて何度か買い物袋を持ってあげた事がありましたっけ。
こういう田舎で自動車免許を持っていないお年寄りは、日々の買い物も大変なのですよ。
以前は駅付近のジャスコで買い物が出来ましたけれど、今は駅西側のスーパーを使うしかありません。
しかし西側から駅舎へは線路を跨ぐ陸橋を渡ってこなければならず、お年寄りにはこれまた酷な話なのです。
しかし村上以北は府屋までスーパーなどありませんから、他に選択肢が無いんですよねぇ。

構内移動の利便性を著しく向上させた、エレベーター付き跨線橋内部の様子
構内移動の利便性を著しく向上させた、エレベーター付き跨線橋内部の様子、2017年5月撮影。
連絡地下道に比べて幅広の通路、天井の高さ、明朗さ、何もかもが違うのは否定できないところです。

跨線橋上から見た村上駅構内の間島駅方の様子
跨線橋上から見た村上駅構内の間島駅方の様子、2017年5月撮影。
画像中央の2番線には常になにがしらの列車が停まっています。

跨線橋上から見た村上駅構内の岩船町駅方
跨線橋上から見た村上駅構内の岩船町駅方、2017年5月撮影。
画像右側にはまだ生きている側線が2本確認できます。
その向こうには車庫が見えます。

2番線の岩船町駅方から見た村上駅構内
2番線の岩船町駅方から見た村上駅構内、2017年5月撮影。
2番線は当駅折り返し列車用で、新潟都市圏の電車と過疎ローカル区間の気動車が対面停車しているのが日常の光景になっています。

3番線の岩船町駅方から見た村上駅構内
3番線の岩船町駅方から見た村上駅構内、2017年5月撮影。
3番線は酒田方面行乗り場で、酒田・秋田行の特急「いなほ」と快速「きらきらうえつ」、新津-酒田間直通の気動車列車、当駅止まりの普通電車の一部が入ってきます。
本線の列車用なので、ホームの有効長は2番よりも長くなっています。

跨線橋設置以前の村上駅構内を3番線の岩船町駅方から見る
跨線橋設置以前の村上駅構内を3番線の岩船町駅方から見る、2005年8月撮影。
昔はこの側線で、午後三時に当駅発の秋田行旧型客車が昼寝をしていました。
ぶどう色のオハ35系客車と「秋田行」のサボに、紅顔の美幼児の旅情は激しく掻き立てられたものです。

3番線端から岩船町駅方を見る
3番線端から岩船町駅方を見る、2017年5月撮影。
この端部は現在のホーム有効長から外れているので、ご覧のように国鉄時代そのままの白線が残っています。

村上駅2-3番島式ホーム上の跨線橋エレベーター廻り
村上駅2-3番島式ホーム上の跨線橋エレベーター廻り、2017年5月撮影。

2-3番島式ホーム上屋下の待合室
2-3番島式ホーム上屋下の待合室、2017年5月撮影。
建築財産票によると平成20年3月竣工。
近年のJR東日本標準型です。

2-3番島式ホームの跨線橋出入り口廻りの様子
2-3番島式ホームの跨線橋出入り口廻りの様子、2017年5月撮影。
待合室以外にもベンチは多く、ホームで列車を待つのに特段の不便は感じません。

跨線橋が建つ以前の2-3番島式ホーム上屋下
跨線橋が建つ以前の2-3番島式ホーム上屋下、2005年8月撮影。
画像中央奥が地下道出入り口。
長大な上屋下に三脚1セットのベンチが間隔を置いて並ぶ、やや散漫な感じのホームでした。

2-3番島式ホームの地下道出入り口の現在の姿
2-3番島式ホームの地下道出入り口の現在の姿、2017年5月撮影。
こうして案内板も新調されていますけれど、日中観察したところ地下道を利用する人は皆無でした。
平日朝の学生が集中する時間帯なら、まだ使われているのかもしれませんが。

夕闇迫る霜月の村上駅2-3番島式ホーム
1番線に停車中のキハ40の車中から見た、夕闇迫る霜月の村上駅2-3番島式ホーム、2003年11月撮影。
島式ホーム上屋の終端に待合室が置かれているのがわかります。
周辺の無人駅ホーム上の待合室と同じような造りの建物です。
現在はあの辺りに跨線橋のエレベーターが設置されています。

3番線から間島駅方を見る
3番線から間島駅方を見る、2017年5月撮影。
村上駅の次の課題は、この空間を利用して西口を設置することです。
駅西側には村上総合病院の移転が決まっており、宅地化、商業集積地化されている駅西側住民の利便性を向上させるのも合わせて、近い将来避けて通れない話になるかと思います。
村上市が策定した「村上駅周辺町づくりプラン」では、「橋上駅化も視野に入れて」という文言が明記されてもいます。
しかしその財政負担はそう簡単な話ではないでしょう。
また近年駅舎をリニューアルしてエレベーター付き跨線橋を設置しているので、さらにその上で橋上駅舎化と言っても二重投資のそしりは免れないのではと。
跨線橋を西側に延長して、自動改札機のみの無人出入り口を設置し、合わせて西口駅前ロータリーの整備と自由通路を架けるのが、おカネをそれほど掛けずに所要の効果を発揮させるやり方ではないかと、村上市に一応の縁がある者としては考えるところです。
ベストな方法は、駅舎リニューアルや跨線橋設置の話が出た時に橋上駅舎化その他の事業を一気に全てやってしまうことだったのですが、今更死んだ子の齢を数えても詮無いことですわな。

島式ホーム上から見た駅西口のスーパー
島式ホーム上から見た駅西口のスーパー、2017年5月撮影。
駐車場も広く、広域集客力を完備。
回りも宅地化されていて、駅前通りよりも活気があります。
ここと駅が直接行き来できないというのは、やはりいただけない話。

2-3番島式ホームの間島駅方から見た村上駅構内
2-3番島式ホームの間島駅方から見た村上駅構内、2017年5月撮影。
昔から上屋の遮風板が宜しくないなぁと思っています。
このような形で見通しが利かないのは精神的に不安感を惹起させられるのですよ。

2-3番島式ホーム端から間島駅方を見る
2-3番島式ホーム端から間島駅方を見る、2005年8月撮影。
画像右側の架線柱に取り付けられた琺瑯?の駅名板「むらかみ」が実にノスタルジックで良いのです。
昔はみんなこんな感じでした。
駅舎駅名板のわざとらしい右横書きよりも、こういう天然モノの方がレトロ感抜群なのは指摘するまでもないことです。
でもこういうのは次々と外されちゃうんですよね・・・。
私が取材目的で駅巡りを本格的に始めたのは2003年秋からですけれど、この手の柱に取り付けられた駅名板を見たのは、他に保内駅、羽生田駅、六日町駅ぐらいです。

2番線端から間島駅方面を見る
2番線端から間島駅方面を見る、2017年5月撮影。
古い駅の例に漏れなく、当駅のホーム配置も千鳥形です。

夜の帳の下りた村上駅構内の様子
夜の帳の下りた村上駅構内の様子、2010年6月撮影。
跨線橋設置工事が始まる直前の頃です。
1番線に停車しているのは新津行キハ110系気動車、その右隣にチラリと見えるのは当駅折り返し待機中の115系電車、3番線に停車しているのは485系電車の特急「いなほ」。
三つの乗り場全てに列車が停まっている壮観な画と言えましょう。

「きらきらうえつ」の停車駅の証であるスペシャル駅名標
土休日運転の全席指定快速「きらきらうえつ」の停車駅の証であるスペシャル駅名標、2017年5月撮影。
坂町や中条に停めるようになったら、シールなぞで誤魔化さずに新品に取り替えるのでしょうな。
なにしろおカネには不自由しない会社ですし。

村上駅1番線から発車するE653系電車特急「いなほ」新潟行
村上駅1番線から発車するE653系電車特急「いなほ」新潟行、2017年5月撮影。
左隣には当駅で折り返し待機中のE129系電車。
これからの村上駅の主役はこの電車たちです。

村上駅3番線に停車中のE653系電車特急「いなほ」酒田行
村上駅3番線に停車中のE653系電車特急「いなほ」酒田行、2015年10月撮影。
「いなほ」の新潟-村上間の需要は高く、上越新幹線乗り換え客以外にも県北の移動手段として欠かせぬ存在。
新潟-村上間の普通列車は毎時1本、午後は2時間空く過疎ダイヤでしかも混むのです。
そんな時の逃避手段が930円を投資して「いなほ」に乗る事。
願わくば午後の上りに1本増発してくれないでしょうか。
普通列車が2時間空く最悪の時間帯ですから、定期運転しても用務客はそこそこ乗るんじゃないかと。
昔は定期列車として走っていた気がするのですが、最繁忙期のみの運転に格下げされてしまったのはやはり平時の需要が無いということなのでしょうか。

お盆の村上駅1番線に停車中の485系電車T編成の特急「いなほ」新潟行
お盆の村上駅1番線に停車中の485系電車T編成の特急「いなほ」新潟行、2005年8月撮影。
自由席の乗車案内板下には荷物を抱えた大勢の客が鈴なり。
新潟駅で上越新幹線に乗り換え東京に戻る人たちでしょう。
羽越本線に設定された気動車特急「白鳥」運転開始時(昭和36年10月)は、当駅へは停車しておらず、村上駅に確実に定期特急列車が停車したのは気動車特急「いなほ」運転開始(昭和44年10月)からだと思われます。
「白鳥」は日本海縦貫線電化改正による電車化(昭和47年10月)時では停車していますけれど、それ以前は果たしてどうだったのかですな。

村上駅1番線に停車中の485系電車R編成の特急「いなほ」新潟行
村上駅1番線に停車中の485系電車R編成の特急「いなほ」新潟行、2010年6月撮影。
この時は加治-金塚間で人が線路に立ち入ったとかで、「いなほ」は坂町駅で暫く抑止。
後発の普通列車は折り返しの都合上運転の見込みが立たないので、普通列車の客を坂町駅まで特急券無しで「いなほ」に乗せていました。
おかげで「いなほ」のダイヤはメチャクチャになり、この日は村上以北の各駅で「いなほ」の通過画撮影予定だった私のスケジュールもメチャクチャに。
上り列車は時間通り来るだろうかと類推しながら、沿線を彷徨う一日でしたなぁ。

村上駅3番線に進入する485系電車R編成の特急「いなほ」秋田行
村上駅3番線に進入する485系電車R編成の特急「いなほ」秋田行、2013年9月撮影。
かつて1990年代には新潟-村上間の区間便も設定されていた「いなほ」。
165系電車で運行されていた快速「せなみ」が好評だったので、当局が欲を掻いて安易な増収を目論んだような列車でした。
しかし乗車券定期券だけで乗れる快速から特急への転移なぞ起こりようもなく、最繁忙期以外は閑古鳥のまま数年で廃止。
会社は余程頭にきたのか、信越線の特急「みのり」から快速「くびき野」への格下げのような事はせず、今日に至っています。
485系電車R編成がもっと長持ちするのなら、「くびき野」スタイルでグリーン車と指定席車を連結した新潟-村上・酒田間の快速列車を・・・という妄想をよくしたものですけれど。

村上駅3番線を出発する485系電車R編成の特急「いなほ」秋田行
村上駅3番線を出発する485系電車R編成の特急「いなほ」秋田行、2013年9月撮影。
留置線では115系電車が待機中。
村上駅のかつての主役たちであります。

村上駅2番線で折り返し待機中のE129系電車
村上駅2番線で折り返し待機中のE129系電車、2017年5月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、当駅始発の新潟方面普通電車15本中10本が2番線発になっています。

留置線から転線して1番線に入るE129系電車
留置線から転線して1番線に入るE129系電車、2017年5月撮影。

1番線に進入する当駅始発のE129系電車新潟行
1番線に進入する当駅始発のE129系電車新潟行、2017年5月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、1番線から出発する当駅始発普通電車は一日5本です。

1番線で客待ち中のE129系電車新潟行と、2番線間島方で待機中のキハ40系気動車
1番線で客待ち中のE129系電車新潟行と、2番線間島方で待機中のキハ40系気動車、2017年5月撮影。
両者の歳の差は実に37歳。
親子ほど歳の離れた僚友ですが、キハ40系は新型のGV-E400系電気式気動車に早晩置き換えられる運命です。

終着の村上駅3番線に到着したE129電車
終着の村上駅3番線に到着したE129電車、2017年5月撮影。
1番線では新潟行E129電車が待機中です。

跨線橋設置前の村上駅1番線から出発する115系電車新潟行
跨線橋設置前の村上駅1番線から出発する115系電車新潟行、2005年8月撮影。

1番線から発車する長野色の115系電車新潟行と、2番線で折り返し待機中のE129系電車
1番線から発車する長野色の115系電車新潟行と、2番線で折り返し待機中のE129系電車、2015年10月撮影。

秋もゆる村上駅3番線に到着した当駅止まりの長野色115系電車
秋もゆる村上駅3番線に到着した当駅止まりの長野色115系電車、2015年10月撮影。
この色の電車が走っていたのも僅かな期間でした。
鉄道ピクトリアルによると塗装を新潟色に変えた編成が健在だそうですけれど、引退寸前の電車にそんな手間を掛けずとも、別にこのままでも良かったんじゃないのと。

留置線から転線して1番線に進入する、当駅始発の115系電車新潟行
留置線から転線して1番線に進入する、当駅始発の115系電車新潟行、2012年5月撮影。

E127系電車新潟行が1番線で客待ち顔
羽越本線では影の薄い存在に終始したE127系電車新潟行が1番線で客待ち顔、2013年9月撮影。
2番線には国鉄首都圏色のキハ40系気動車が待機中。

3番線に到着後、留置線でお昼寝中のE127系電車
3番線に到着後、留置線でお昼寝中のE127系電車、2014年4月撮影。

村上駅2番線で折り返し待機中のE127系電車
村上駅2番線で折り返し待機中のE127系電車、2005年8月撮影。

2番線で待機中のキハ40系気動車二連
1番ホームから見た、2番線で待機中のキハ40系気動車二連、2017年5月撮影。
この姿を見られるのもあと数年になりました。

国鉄急行色のキハ40系気動車が村上駅2番線で待機中
国鉄急行色のキハ40系気動車が村上駅2番線で待機中、2015年10月撮影。
70系電車カラーの115系電車といいこれといい、定期運用の実績がない、それでいて懐かしの色合いに塗り替えるのはやはり悪ノリに見えて仕方ないのです。

キハ40系気動車四連が村上駅2番線で待機中
キハ40系気動車四連が村上駅2番線で待機中、2010年6月撮影。
通常運用カラー三色の揃い踏みであります。
キハ40系の村上以北は最大で三連と認識していたので、この光景には少々驚いたところです。

夜の村上駅1番線に佇むキハ110系気動車新津行
前掲した夜の村上駅、3番線の「いなほ」が出発した後1番線に佇むキハ110系気動車新津行、2010年6月撮影。
キハ110系はかつてのE127系電車以上に、村上界隈で見かける機会の少ない車両です。

村上駅3番線を出発する全席指定の快速「きらきらうえつ」酒田行
村上駅3番線を出発する全席指定の快速「きらきらうえつ」酒田行、2015年10月撮影。
タネ車の485系電車は2017年3月改正で最後の(事実上の)定期運用列車だった通称「糸魚川快速」が廃止されて車両も廃車回送され越後の地から姿を消しました。
今となってはMT54形電動機のサウンドを堪能できる希少な存在になっています。
タネ車の車齢からみても、余命はそれほど残っていないと思われますが、後継車両はどうするつもりなのか。
キハ110系あたりを魔改造して転用しそうな気がしますが・・・。


村上駅構内を徘徊中に偶然捉えたオリジナル色の583系電車
2004年の夏、村上駅構内を徘徊中に偶然捉えたオリジナル色の583系電車、2004年8月撮影。
当時の南秋田運転所所属編成でしょうか。
こんな美味しいモノが入ってきているのに、構内でマニアとおぼしき人は私の他に一名のみ。

村上駅3番線で5分程停車していた583系電車
村上駅3番線で5分程停車していた583系電車、2004年8月撮影。
車内のブラインドは全て下ろされていて、回送列車のような雰囲気でした。
かつての特急「白鳥」「いなほ」「日本海」に583系電車が入ることは無く、当駅に583系電車が出入りするのは最繁忙期の臨時列車と団体列車のみ。
「白鳥」-「日本海」のパターンは距離が長過ぎて昼夜兼行が難しいのが、583系が投入されなかった理由のようです。
「いなほ」はカウンターパートの夜行が無いので投入の仕様が無かったのが残念。
寝台急行「天の川」が20系客車ではなく583系ならと、つまらぬ妄想を抱いた鉄オタ少年時代でしたけれど、当時まだバリバリの特急車両だった583系電車の急行転用なぞ無理な話だったのでありましょう。

村上市役所にほど近いかつての中心街、小町界隈の様子
さてここからは村上市内の点描をば。
村上市役所にほど近いかつての中心街、小町界隈の様子、2012年5月撮影。
村上駅から1km半の通りです。
なんかもうね、この光景はいたたまれないんですよマジで。
私が子供の頃は、スーパー有りおもちゃ屋有り本屋有りパチンコ屋有り怪しい映画館有りで、なかなか賑やかな通りだったのですよ。
それが今では、行き交う車も無いシャッター通りの極みみたいになっちゃってます・・・。

国史跡「村上城跡」、通称「お城山」の登り口
国史跡「村上城跡」、通称「お城山」の登り口、2008年4月撮影。
越後村上五万石の村上城がこの上にそびえ立っていたのです。
戊辰戦争時に藩内が幕府派と新政府派で内ゲバの挙句、幕府派に火を放たれて燃え尽きた悲運の城だったのです。

天守閣跡への道中では残存した石垣を見る事が出来ます
天守閣跡への道中では残存した石垣を見る事が出来ます、2008年4月撮影。

頂上の天守閣跡に到着
登り口から私の足で約15分で頂上の天守閣跡に到着、2008年4月撮影。
GWの初日でしたが、熊蜂がブンブン飛び回るのに恐怖を感じながらの撮影でしたなぁ。
私は紅顔の美幼児のみぎり、アシナガバチに耳と目の上を刺されて以来極度のハチ恐怖症なのです。

お城山頂上から見た村上城下の眺め
お城山頂上から見た村上城下の眺め、2008年4月撮影。
遠くに見えるのは日本海。
順光なのは良いのですけれど、この日は春の霞がかかっていて見通しはイマイチ。

村上駅から西方に3km弱の瀬波温泉街
村上駅から西方に3km弱の瀬波温泉街、2012年5月撮影。
下越の代表的な温泉街であります。
日本海の大海原を眺めながら温泉に入れます。
村上駅前から瀬波温泉へは、タクシー以外にも岩船方面行の路線バスで訪れることが出来ます。
岩船線は村上界隈のバス路線では最も運行頻度の高い路線で、新潟交通観光バス運行便は平日上下26本、土休日18本。
村上市の「せなみ巡回バス」は月~土曜の運行で四便。

温泉街らしく、こうしておみやげ屋さんもあります
温泉街らしく、こうしておみやげ屋さんもあります、2012年5月撮影。
幼少期に泊まった時、おみやげ屋で親戚のおばさんに栄光の七人ライダー(除くライダーマン)の小さなソフビ人形セットを買ってもらったのが良い思い出です。
それで有頂天になって、肝心の温泉の事は何も覚えていません。

環境省指定の「快水浴場百選」に選定されている、瀬波温泉海水浴場
環境省指定の「快水浴場百選」に選定されている、瀬波温泉海水浴場、2012年5月撮影。

瀬波海水浴場前の広場から笹川流れ方面を見る
瀬波海水浴場前の広場から笹川流れ方面を見る、2012年5月撮影。

瀬波温泉街の高台にある、現在稼働中の温泉井戸
瀬波温泉街の高台にある、現在稼働中の温泉井戸、2012年5月撮影。
もうもうと蒸気を吹き上げていて、眺望の効きそうな直上の神社への行く手を遮り少々慌てました。

放棄された温泉井戸
廃墟マニア諸氏の一部が見たら辛抱タマランのかもしれない、放棄された温泉井戸、2012年5月撮影。

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