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2017年8月の記事

2017年8月27日 (日)

昭和55年10月改正ダイヤにおける村上駅時刻表

村上駅記事に関連して、昭和55年10月改正ダイヤにおける村上駅時刻表を作成してみました。
当時の普通列車は過疎ダイヤで、また利便性も悪いものでした。
例えば夜に村上から新潟へ行きたい場合、事実上の最終列車は19:38発の急行「きたぐに」です。
次の21:38発急行「天の川」は寝台専用列車なので、短距離利用はできません。
まぁタクシーに乗ったと考えれば、当時のB寝台料金¥4,500ナリを投資した人もいるかもしれませんが、それも空席があればの話。
その次の21:48発新津行634Dは新発田で白新線の接続がなく(白新線新発田発の普通列車最終は21:10発)、新津で新潟行に乗り換えると新潟到着は日付の変わった0:09という具合だったのです。
現在は19:21発の特急「いなほ」最終が出た後も、新潟直行便は快速1本、普通2本が確保されていて、終電は22:29発。
まったく便利になったものよと、なんやかやと言われてもやはりJR東日本は偉大だの感を強くするのであります。

村上駅時刻表
昭和55年改正ダイヤから作成
赤字は特急、緑字は急行、青字は寝台専用列車
下り
列車名 始発 発車時刻 終着
急行 鳥海 上野 04:11 秋田 旧型客車10両編成+荷物車3両
特急 日本海3号 大阪 05:19 青森 24系客車11両編成+電源車
急行 天の川 上野 06:43 秋田 20系客車10両編成+電源車+郵便車
833 新津 07:16 青森
621 新津 (08:11) 当駅止
急行 羽越1号 新潟 08:23 秋田 キハ58系気動車4両編成
835D 新潟 09:32 あつみ温泉
急行 きたぐに 大阪 10:13 青森 12系客車6両編成+郵便車+荷物車
923D 柏崎 (11:09) 当駅止
特急 いなほ1号 上野 12:05 秋田 485系電車12両編成
837 新津 13:04 秋田
927M 新潟 (14:46) 当駅止
839 当駅始発 15:00 秋田
急行 しらゆき 金沢 15:35 青森 キハ58系9両編成
特急 いなほ3号 上野 16:02 青森 485系電車12両編成
629D 新津 16:15 鼠ヶ関
急行 羽越3号 新潟 16:40 秋田 キハ58系気動車5両編成
931D 新潟 (17:51) 当駅止 快速列車
841D 新潟 17:55 吹浦
特急 白鳥 大阪 18:19 青森 485系電車12両編成
933M 新潟 (18:59) 当駅止
特急 いなほ5号 上野 20:03 秋田 485系電車12両編成
843D 新潟 20:33 鼠ヶ関
637D 新津 (21:37) 当駅止
639D 新津 (23:46) 当駅止
上り
列車名 始発 発車時刻 終着
620D 当駅始発 05:20 新津
924M 当駅始発 06:31 新潟
826D 鼠ヶ関 07:34 新潟
928D 当駅始発 08:34 新潟 快速列車
828D 吹浦 09:27 新潟
特急 いなほ2号 秋田 09:40 上野 485系電車12両編成
特急 白鳥 青森 10:22 大阪 485系電車12両編成
急行 羽越2号 秋田 10:58 新潟 キハ58系気動車5両編成
832 秋田 12:16 新津
急行 しらゆき 青森 13:17 金沢 キハ58系9両編成
特急 いなほ4号 青森 13:42 上野 485系電車12両編成
834 秋田 14:08 新津
936M 当駅始発 15:37 長岡
急行 羽越4号 秋田 16:04 新潟 キハ58系気動車4両編成
830D 酒田 16:26 新潟
特急 いなほ6号 秋田 16:50 上野 485系電車12両編成
632D 鼠ヶ関 18:07 新津
838 秋田 19:19 新津
急行 きたぐに 青森 19:38 大阪 12系客車6両編成+郵便車
急行 天の川 秋田 21:38 上野 20系客車10両編成+電源車+郵便車
634D 当駅始発 21:48 新津
特急 日本海2号 青森 23:23 大阪 24系客車11両編成+電源車
急行 鳥海 秋田 23:23 上野 旧型客車10両編成+荷物車3両

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2017年8月26日 (土)

村上駅(羽越本線)

本日の駅紹介は羽越本線・村上駅。

村上駅の駅名標

新潟県村上市に所在する有人駅で、開業は大正3年(1914年)11月1日。
開業当時の所在は岩船郡村上町で、村上町は越後国で高田、長岡、新発田に次ぐ越後村上五万石の城下町の後身であり、県北の岩船郡内の中核でした。
村上町は昭和29年に周辺自治体を合併編入して市制を施行し村上市に、平成20年には平成の大合併の号令下で岩船郡の大半の町村と合併して、新たな村上市に進化を遂げて今日に至ります。
村上市は人口規模こそ六万人強ですけれど、その面積は大合併の結果極めて広大になって県下第1位です。
なにしろ村上駅から羽越本線で東に37kmの、山形県境の府屋駅が村上市なのですから。
現在の村上市の鉄道駅の範囲は羽越線の坂町駅から府屋駅までで、その距離実に約48km。
市内の東西を移動するのに特急列車で40分近くかかるのです。

JR東日本によると、村上駅の2016年度一日平均乗車人員は1,684人。
同社新潟県内有人67駅中26位で、信越本線・柏崎駅と同レベル、三条駅よりやや下というところです。
2001年度の一日平均乗車人員は2,084人なので、15年間で約二割減。
村上駅付近には県立村上高校と県立村上桜ヶ丘高校が所在しています。
その間、新潟県の公立高校が一学区制になっていますが、その恩恵も当駅には無いと言う事なのか。
しかし土曜朝に新津発酒田行の初便に乗ると、新発田から乗車した学生たちはほとんどが村上まで乗車してるんですよね。
アレを見ると広域通学が定着しているように思えるのですが。
羽越線沿線の高校普通科のレベルだと、新発田高校は少々敷居が高い学生が村上高校に集中しそうなんですよね。
村上高校の合格偏差値は52なので、平均的な成績の学生の選択肢は必然的にここになると思うのですよ。
中条高校は正直言ってうーむ・・・なレベルなので、偏差値50の子はまず選ばないでしょうし。
一方、村上桜ヶ丘高校は元々商業・農業高で現在は総合科。
色々な資格の取得が出来るカリキュラムなんだとか。
ここは新発田商業高校は少し敷居が高い学生が集中しそうなレベルなのです。
ゆえに村上駅は少子化が進んでも学生の集中が末永く続きそうな環境にあるのですが、前述のように実際の数字を見るとそれほどでもないのがまた頭を悩ませるところ。
近年の鉄道旅客流動については、錯綜する学生の移動パターンを解析推理してみるのが新たな楽しみと言えましょうか。

村上駅駅舎と駅前広場の様子
村上駅駅舎と駅前広場の様子、2017年5月撮影。
建築財産票によると昭和39年6月の完成。
横長の長大な建物で、駅からこれだけ離れないと全景を収められないのです。
平成17年6月に、駅舎のリニューアルが完成しています。
画像中央に建つやぐらのようなモノは、新潟県三大祭りの一つとされる毎年七月の村上大祭で市内を練り歩くおしゃぎりの屋台と、海岸沿いの瀬波温泉の温泉井戸を合わせているように見えます。

斜め方向から見た村上駅駅舎
斜め方向から見た村上駅駅舎、2017年5月撮影。
画像では切れてしまっていますが、駅舎向かって右側にはNew Daysが出店しています。
後述のキオスクが撤退し、駅至近にコンビニの無い当駅において貴重な買い物処になっています。

村上駅駅舎出入り口付近の様子
村上駅駅舎出入り口付近の様子、2017年5月撮影。
レトロ調のリニューアルが行われて、駅名板も戦前の右横書き。

村上駅駅前広場の様子
村上駅駅前広場の様子、2017年5月撮影。
バス停が四つ、ずらずらっと並んで戦隊モノの名乗りのようであります。
しかし運行頻度は過疎なのが現実。
鉄道補完では新潟交通観光バス運行の寒川線(間島越後早川桑川今川越後寒川各駅に移動可能)と下関線(坂町を経由せずに山間を関川村へ直行するルートで、
越後下関駅に移動可能)がありますが、双方共に本数は少なく、前者は平日上下4本、土休日全休、後者は平日上下8本、土休日5本です。
土休日の駅巡りには残念ながら有効活用が難しいのが実情です。
羽越本線の村上以北と米坂線は過疎ダイヤなので、バスが使えれば駅巡りの効率もずっと良くなるのですけれど、路線バスの主たる利用層は学生と病院通いのお年寄りなのでこうしたダイヤ構成なのもやむを得ないところです。
ちなみに米坂線の建設に当たっては、当初坂町始発と村上始発の二案を当時の二大政党である憲政会と政友会がそれぞれ主張して激しく誘致を争った経緯があります。
憲政会の推す村上始発案は、路線バス下関線(国道290号線経由)に沿ったルートだったようです。
もしこのルートで越後下関駅まで鉄路が作られたら、村上駅を出発した列車は羽越本線を新潟方に1.5kmほど進んで南方の丘陵を抜けて平地に出たあたりで分岐し、桃川駅、そして桃川峠を越えて旧女川村の中心地区・女川駅を経て荒川を渡り、架橋の位置関係的に現在位置よりもやや越後下関駅寄りになったであろう越後大島駅に行き着くという山間の細道を辿る路線になっていたのではと、妄想を滾らせる次第であります。
しかしこの案だと、峠越えを含む勾配のきつい山間部を走るのと、長い鉄橋が必要になる二点が難点。
平地を走り架橋の必要もない坂町案の方が、費用的には明らかに少なくて済みます。
素人目から見ても経費的に村上案に不利が否めないところへ、坂町始発案側が誘致の切り札として用地の無償提供を申し出た為、県北を代表する町・村上始発案もこれに対抗は難しく、結局米坂線は坂町分岐に決まってしまったのです。

村上駅前通りの様子
村上駅前通りの様子、2017年5月撮影。
駅前には数軒のホテルと旅館がありますが、コンビニもスーパーも至近にはありません。
村上市の商業集積は、駅から2km以上南方の国道七号線沿いになっています。
駅付近には以前ジャスコが出店していましたけれど、改築で一度閉店した際に土壌から有害物質が検出されて改築計画はキャンセルされてしまいました。
元々は製錬工場だった土地だそうで、最初に建てた時の検査はどうなっていたのかなのですよ。

村上駅駅舎内部自動改札廻りの様子
村上駅駅舎内部自動改札廻りの様子、2017年5月撮影。
当駅に自動改札機が導入されたのは、駅舎リニューアルの約半年後、平成17年末の事でした。
当駅規模の駅で昔ながらの改札方式だと、私のような人種は駅構内撮りに多大の時間をかけなければならないのです。
自動改札だと旅の趣や情緒が無くなってしまうのは残念な一方、趣味の実利的には実に喜ばしい話なのであります。

駅舎内向かって左側のみどりの窓口と自動券売機
駅舎内向かって左側のみどりの窓口と自動券売機、2017年5月撮影。
券売機が二台設置されているのは、流石観光拠点の駅と言えましょうか。
しかし当駅一日平均乗車人員の約八割は定期客という現実も。

駅舎内向かって右側の待合室出入り口
駅舎内向かって右側の待合室出入り口、2017年5月撮影。
昔からいつ行っても人の多いところであります。

リニューアル以前の村上駅駅舎
リニューアル以前の村上駅駅舎、2003年11月撮影。
屋根の上の「うまい酒大洋盛」に目を奪われます。
リニューアルされるとこういう看板は概ね無くなってしまいますな。
「大洋盛」を造っているのは、その源流を遡れば江戸時代まで行き当たる村上市の酒蔵・大洋酒造ですけれど、そういう郷土色の強い会社の看板は地域性が濃く出て来訪者に強くアピールできそうなんですけどね。
まぁ広告看板代とか色々あるのでしょうけれど。

駅舎内部のリニューアル以前の様子
駅舎内部のリニューアル以前の様子、2008年4月撮影。
村上駅駅舎はまず外側が先行してリニューアルされ、内部はそれから暫く後という二段階の改装でした。
この時点では自動改札機と電光掲示板以外はまだ国鉄時代の匂いを濃厚に残しています。
待合室内ではキオスクが営業していて、当時の営業時間は07:10~18:50。

構内改良前の村上駅駅舎構内側上屋下の様子
構内改良前の村上駅駅舎構内側上屋下の様子、2005年8月撮影。
当駅は駅舎のみならず、駅構内でも待合室の改築やエレベーター付きの跨線橋設置と改良が順次実施されています。
この画はそれらに着手する以前のものです。
画像中央奥が2-3番島式ホームとの連絡地下道です。

構内改良後の駅舎構内側上屋下
構内改良後の駅舎構内側上屋下、2015年5月撮影。

上の画と反対側の駅舎構内側上屋下
上の画と反対側の駅舎構内側上屋下、2015年5月撮影。
画像中央奥に見えるのは前述の新設跨線橋とエレベーターの出入り口です。

1番線の岩船町駅方から見た村上駅構内の様子
1番線の岩船町駅方から見た村上駅構内の様子、2017年5月撮影。
1番線は新潟方面乗り場です。
画像奥のクリームイエローの跨線橋は、2011年3月に供用を開始しました。

跨線橋新設以前の村上駅構内を1番線岩船町駅方から見る
跨線橋新設以前の村上駅構内を1番線岩船町駅方から見る、2005年8月撮影。
ホーム間の移動は前述の地下道のみによって賄われていました。
当駅の構内は広く、跨線橋が無いと視覚上の目標物が無くなるのでさらに広大に錯覚してしまうのです。

1番線端から岩船町駅方を見る
1番線端から岩船町駅方を見る、2017年5月撮影。

1番線の間島駅方から見た村上駅構内
1番線の間島駅方から見た村上駅構内、2017年5月撮影。
当駅ホームの上屋は、特急停車駅としてはかなり短いのが特徴。
現在は特急も短編成化されていますが、かつて12両のフル編成が停まっていた頃は、悪天候の日など待つのは辛かったでしょうなぁ。
その頃は自由席利用だと、乗車案内板の前で待たなければ座れない時代でしたしね。
ちなみに昔の時刻表を紐解くと、昭和55年10月改正ダイヤにおける村上駅優等列車発車時刻は下記の如し。

下り
急行「鳥海」秋田行     03:55 旧型客車+10系寝台車十両編成+荷物車三両
特急「日本海3号」青森行 05:19 24系客車11両編成+電源車
急行「天の川」秋田行    06:32 20系客車十両編成+郵便車
急行「羽越1号」秋田行  08:23 キハ58系気動車4両編成
急行「きたぐに」青森行  10:13 12系客車6両編成+郵便車+荷物車
特急「いなほ1号」秋田行 12:05 485系電車12両編成
急行「しらゆき」青森行  15:35 キハ58系気動車9両編成
特急「いなほ3号」青森行 16:02 485系電車12両編成
急行「羽越3号」秋田行  16:40 キハ58系気動車5両編成
特急「白鳥」青森行    18:19  485系電車12両編成
特急「いなほ5号」秋田行 20:03 485系電車12両編成

上り
特急「いなほ2号」上野行 09:20 485系電車12両編成
特急「白鳥」大阪行    10:22  485系電車12両編成
急行「羽越2号」新潟行  10:58 キハ58系気動車5両編成
急行「しらゆき」金沢行  13:17 キハ58系気動車9両編成
特急「いなほ4号」上野行 13:42 485系電車12両編成
急行「羽越4号」新潟行  16:04 キハ58系気動車4両編成
特急「いなほ6号」上野行 16:50 485系電車12両
急行「きたぐに」大阪行   19:38 12系客車6両編成+郵便車
急行「天の川」上野行    21:38 20系客車十両編成+郵便車
急行「鳥海」上野行     23:23 旧型客車+10系寝台車十両編成+荷物車三両
特急「日本海2号」大阪行 22:47 24系客車11両編成+電源車

跨線橋新設以前の村上駅構内を1番線間島駅方から見る
跨線橋新設以前の村上駅構内を1番線間島駅方から見る、2005年8月撮影。
ここから見るとどこか北海道の駅のような印象。
画像右側の緑の空間がどこか牧歌的な感じを受けるのがその理由ですけれど、そこはかつての側線跡なのです。

1番線端から間島駅方を見る
1番線端から間島駅方を見る、2017年5月撮影。
羽越本線の村上-間島間がデットセクションになっているのは皆様ご存知の通り。
ここから先は旅客の日常利用の観点で見る限り、完全に過疎ローカル線そのものです。

跨線橋完成後は省みられなくなった地下道内の様子
跨線橋完成後は省みられなくなった地下道内の様子、2017年5月撮影。
階段は急で、お年寄りが難渋している場面にしばしば出会います。
見かねて何度か買い物袋を持ってあげた事がありましたっけ。
こういう田舎で自動車免許を持っていないお年寄りは、日々の買い物も大変なのですよ。
以前は駅付近のジャスコで買い物が出来ましたけれど、今は駅西側のスーパーを使うしかありません。
しかし西側から駅舎へは線路を跨ぐ陸橋を渡ってこなければならず、お年寄りにはこれまた酷な話なのです。
しかし村上以北は府屋までスーパーなどありませんから、他に選択肢が無いんですよねぇ。

構内移動の利便性を著しく向上させた、エレベーター付き跨線橋内部の様子
構内移動の利便性を著しく向上させた、エレベーター付き跨線橋内部の様子、2017年5月撮影。
連絡地下道に比べて幅広の通路、天井の高さ、明朗さ、何もかもが違うのは否定できないところです。

跨線橋上から見た村上駅構内の間島駅方の様子
跨線橋上から見た村上駅構内の間島駅方の様子、2017年5月撮影。
画像中央の2番線には常になにがしらの列車が停まっています。

跨線橋上から見た村上駅構内の岩船町駅方
跨線橋上から見た村上駅構内の岩船町駅方、2017年5月撮影。
画像右側にはまだ生きている側線が2本確認できます。
その向こうには車庫が見えます。

2番線の岩船町駅方から見た村上駅構内
2番線の岩船町駅方から見た村上駅構内、2017年5月撮影。
2番線は当駅折り返し列車用で、新潟都市圏の電車と過疎ローカル区間の気動車が対面停車しているのが日常の光景になっています。

3番線の岩船町駅方から見た村上駅構内
3番線の岩船町駅方から見た村上駅構内、2017年5月撮影。
3番線は酒田方面行乗り場で、酒田・秋田行の特急「いなほ」と快速「きらきらうえつ」、新津-酒田間直通の気動車列車、当駅止まりの普通電車の一部が入ってきます。
本線の列車用なので、ホームの有効長は2番よりも長くなっています。

跨線橋設置以前の村上駅構内を3番線の岩船町駅方から見る
跨線橋設置以前の村上駅構内を3番線の岩船町駅方から見る、2005年8月撮影。
昔はこの側線で、午後三時に当駅発の秋田行旧型客車が昼寝をしていました。
ぶどう色のオハ35系客車と「秋田行」のサボに、紅顔の美幼児の旅情は激しく掻き立てられたものです。

3番線端から岩船町駅方を見る
3番線端から岩船町駅方を見る、2017年5月撮影。
この端部は現在のホーム有効長から外れているので、ご覧のように国鉄時代そのままの白線が残っています。

村上駅2-3番島式ホーム上の跨線橋エレベーター廻り
村上駅2-3番島式ホーム上の跨線橋エレベーター廻り、2017年5月撮影。

2-3番島式ホーム上屋下の待合室
2-3番島式ホーム上屋下の待合室、2017年5月撮影。
建築財産票によると平成20年3月竣工。
近年のJR東日本標準型です。

2-3番島式ホームの跨線橋出入り口廻りの様子
2-3番島式ホームの跨線橋出入り口廻りの様子、2017年5月撮影。
待合室以外にもベンチは多く、ホームで列車を待つのに特段の不便は感じません。

跨線橋が建つ以前の2-3番島式ホーム上屋下
跨線橋が建つ以前の2-3番島式ホーム上屋下、2005年8月撮影。
画像中央奥が地下道出入り口。
長大な上屋下に三脚1セットのベンチが間隔を置いて並ぶ、やや散漫な感じのホームでした。

2-3番島式ホームの地下道出入り口の現在の姿
2-3番島式ホームの地下道出入り口の現在の姿、2017年5月撮影。
こうして案内板も新調されていますけれど、日中観察したところ地下道を利用する人は皆無でした。
平日朝の学生が集中する時間帯なら、まだ使われているのかもしれませんが。

夕闇迫る霜月の村上駅2-3番島式ホーム
1番線に停車中のキハ40の車中から見た、夕闇迫る霜月の村上駅2-3番島式ホーム、2003年11月撮影。
島式ホーム上屋の終端に待合室が置かれているのがわかります。
周辺の無人駅ホーム上の待合室と同じような造りの建物です。
現在はあの辺りに跨線橋のエレベーターが設置されています。

3番線から間島駅方を見る
3番線から間島駅方を見る、2017年5月撮影。
村上駅の次の課題は、この空間を利用して西口を設置することです。
駅西側には村上総合病院の移転が決まっており、宅地化、商業集積地化されている駅西側住民の利便性を向上させるのも合わせて、近い将来避けて通れない話になるかと思います。
村上市が策定した「村上駅周辺町づくりプラン」では、「橋上駅化も視野に入れて」という文言が明記されてもいます。
しかしその財政負担はそう簡単な話ではないでしょう。
また近年駅舎をリニューアルしてエレベーター付き跨線橋を設置しているので、さらにその上で橋上駅舎化と言っても二重投資のそしりは免れないのではと。
跨線橋を西側に延長して、自動改札機のみの無人出入り口を設置し、合わせて西口駅前ロータリーの整備と自由通路を架けるのが、おカネをそれほど掛けずに所要の効果を発揮させるやり方ではないかと、村上市に一応の縁がある者としては考えるところです。
ベストな方法は、駅舎リニューアルや跨線橋設置の話が出た時に橋上駅舎化その他の事業を一気に全てやってしまうことだったのですが、今更死んだ子の齢を数えても詮無いことですわな。

島式ホーム上から見た駅西口のスーパー
島式ホーム上から見た駅西口のスーパー、2017年5月撮影。
駐車場も広く、広域集客力を完備。
回りも宅地化されていて、駅前通りよりも活気があります。
ここと駅が直接行き来できないというのは、やはりいただけない話。

2-3番島式ホームの間島駅方から見た村上駅構内
2-3番島式ホームの間島駅方から見た村上駅構内、2017年5月撮影。
昔から上屋の遮風板が宜しくないなぁと思っています。
このような形で見通しが利かないのは精神的に不安感を惹起させられるのですよ。

2-3番島式ホーム端から間島駅方を見る
2-3番島式ホーム端から間島駅方を見る、2005年8月撮影。
画像右側の架線柱に取り付けられた琺瑯?の駅名板「むらかみ」が実にノスタルジックで良いのです。
昔はみんなこんな感じでした。
駅舎駅名板のわざとらしい右横書きよりも、こういう天然モノの方がレトロ感抜群なのは指摘するまでもないことです。
でもこういうのは次々と外されちゃうんですよね・・・。
私が取材目的で駅巡りを本格的に始めたのは2003年秋からですけれど、この手の柱に取り付けられた駅名板を見たのは、他に保内駅、羽生田駅、六日町駅ぐらいです。

2番線端から間島駅方面を見る
2番線端から間島駅方面を見る、2017年5月撮影。
古い駅の例に漏れなく、当駅のホーム配置も千鳥形です。

夜の帳の下りた村上駅構内の様子
夜の帳の下りた村上駅構内の様子、2010年6月撮影。
跨線橋設置工事が始まる直前の頃です。
1番線に停車しているのは新津行キハ110系気動車、その右隣にチラリと見えるのは当駅折り返し待機中の115系電車、3番線に停車しているのは485系電車の特急「いなほ」。
三つの乗り場全てに列車が停まっている壮観な画と言えましょう。

「きらきらうえつ」の停車駅の証であるスペシャル駅名標
土休日運転の全席指定快速「きらきらうえつ」の停車駅の証であるスペシャル駅名標、2017年5月撮影。
坂町や中条に停めるようになったら、シールなぞで誤魔化さずに新品に取り替えるのでしょうな。
なにしろおカネには不自由しない会社ですし。

村上駅1番線から発車するE653系電車特急「いなほ」新潟行
村上駅1番線から発車するE653系電車特急「いなほ」新潟行、2017年5月撮影。
左隣には当駅で折り返し待機中のE129系電車。
これからの村上駅の主役はこの電車たちです。

村上駅3番線に停車中のE653系電車特急「いなほ」酒田行
村上駅3番線に停車中のE653系電車特急「いなほ」酒田行、2015年10月撮影。
「いなほ」の新潟-村上間の需要は高く、上越新幹線乗り換え客以外にも県北の移動手段として欠かせぬ存在。
新潟-村上間の普通列車は毎時1本、午後は2時間空く過疎ダイヤでしかも混むのです。
そんな時の逃避手段が930円を投資して「いなほ」に乗る事。
願わくば午後の上りに1本増発してくれないでしょうか。
普通列車が2時間空く最悪の時間帯ですから、定期運転しても用務客はそこそこ乗るんじゃないかと。
昔は定期列車として走っていた気がするのですが、最繁忙期のみの運転に格下げされてしまったのはやはり平時の需要が無いということなのでしょうか。

お盆の村上駅1番線に停車中の485系電車T編成の特急「いなほ」新潟行
お盆の村上駅1番線に停車中の485系電車T編成の特急「いなほ」新潟行、2005年8月撮影。
自由席の乗車案内板下には荷物を抱えた大勢の客が鈴なり。
新潟駅で上越新幹線に乗り換え東京に戻る人たちでしょう。
羽越本線に設定された気動車特急「白鳥」運転開始時(昭和36年10月)は、当駅へは停車しておらず、村上駅に確実に定期特急列車が停車したのは気動車特急「いなほ」運転開始(昭和44年10月)からだと思われます。
「白鳥」は日本海縦貫線電化改正による電車化(昭和47年10月)時では停車していますけれど、それ以前は果たしてどうだったのかですな。

村上駅1番線に停車中の485系電車R編成の特急「いなほ」新潟行
村上駅1番線に停車中の485系電車R編成の特急「いなほ」新潟行、2010年6月撮影。
この時は加治-金塚間で人が線路に立ち入ったとかで、「いなほ」は坂町駅で暫く抑止。
後発の普通列車は折り返しの都合上運転の見込みが立たないので、普通列車の客を坂町駅まで特急券無しで「いなほ」に乗せていました。
おかげで「いなほ」のダイヤはメチャクチャになり、この日は村上以北の各駅で「いなほ」の通過画撮影予定だった私のスケジュールもメチャクチャに。
上り列車は時間通り来るだろうかと類推しながら、沿線を彷徨う一日でしたなぁ。

村上駅3番線に進入する485系電車R編成の特急「いなほ」秋田行
村上駅3番線に進入する485系電車R編成の特急「いなほ」秋田行、2013年9月撮影。
かつて1990年代には新潟-村上間の区間便も設定されていた「いなほ」。
165系電車で運行されていた快速「せなみ」が好評だったので、当局が欲を掻いて安易な増収を目論んだような列車でした。
しかし乗車券定期券だけで乗れる快速から特急への転移なぞ起こりようもなく、最繁忙期以外は閑古鳥のまま数年で廃止。
会社は余程頭にきたのか、信越線の特急「みのり」から快速「くびき野」への格下げのような事はせず、今日に至っています。
485系電車R編成がもっと長持ちするのなら、「くびき野」スタイルでグリーン車と指定席車を連結した新潟-村上・酒田間の快速列車を・・・という妄想をよくしたものですけれど。

村上駅3番線を出発する485系電車R編成の特急「いなほ」秋田行
村上駅3番線を出発する485系電車R編成の特急「いなほ」秋田行、2013年9月撮影。
留置線では115系電車が待機中。
村上駅のかつての主役たちであります。

村上駅2番線で折り返し待機中のE129系電車
村上駅2番線で折り返し待機中のE129系電車、2017年5月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、当駅始発の新潟方面普通電車15本中10本が2番線発になっています。

留置線から転線して1番線に入るE129系電車
留置線から転線して1番線に入るE129系電車、2017年5月撮影。

1番線に進入する当駅始発のE129系電車新潟行
1番線に進入する当駅始発のE129系電車新潟行、2017年5月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、1番線から出発する当駅始発普通電車は一日5本です。

1番線で客待ち中のE129系電車新潟行と、2番線間島方で待機中のキハ40系気動車
1番線で客待ち中のE129系電車新潟行と、2番線間島方で待機中のキハ40系気動車、2017年5月撮影。
両者の歳の差は実に37歳。
親子ほど歳の離れた僚友ですが、キハ40系は新型のGV-E400系電気式気動車に早晩置き換えられる運命です。

終着の村上駅3番線に到着したE129電車
終着の村上駅3番線に到着したE129電車、2017年5月撮影。
1番線では新潟行E129電車が待機中です。

跨線橋設置前の村上駅1番線から出発する115系電車新潟行
跨線橋設置前の村上駅1番線から出発する115系電車新潟行、2005年8月撮影。

1番線から発車する長野色の115系電車新潟行と、2番線で折り返し待機中のE129系電車
1番線から発車する長野色の115系電車新潟行と、2番線で折り返し待機中のE129系電車、2015年10月撮影。

秋もゆる村上駅3番線に到着した当駅止まりの長野色115系電車
秋もゆる村上駅3番線に到着した当駅止まりの長野色115系電車、2015年10月撮影。
この色の電車が走っていたのも僅かな期間でした。
鉄道ピクトリアルによると塗装を新潟色に変えた編成が健在だそうですけれど、引退寸前の電車にそんな手間を掛けずとも、別にこのままでも良かったんじゃないのと。

留置線から転線して1番線に進入する、当駅始発の115系電車新潟行
留置線から転線して1番線に進入する、当駅始発の115系電車新潟行、2012年5月撮影。

E127系電車新潟行が1番線で客待ち顔
羽越本線では影の薄い存在に終始したE127系電車新潟行が1番線で客待ち顔、2013年9月撮影。
2番線には国鉄首都圏色のキハ40系気動車が待機中。

3番線に到着後、留置線でお昼寝中のE127系電車
3番線に到着後、留置線でお昼寝中のE127系電車、2014年4月撮影。

村上駅2番線で折り返し待機中のE127系電車
村上駅2番線で折り返し待機中のE127系電車、2005年8月撮影。

2番線で待機中のキハ40系気動車二連
1番ホームから見た、2番線で待機中のキハ40系気動車二連、2017年5月撮影。
この姿を見られるのもあと数年になりました。

国鉄急行色のキハ40系気動車が村上駅2番線で待機中
国鉄急行色のキハ40系気動車が村上駅2番線で待機中、2015年10月撮影。
70系電車カラーの115系電車といいこれといい、定期運用の実績がない、それでいて懐かしの色合いに塗り替えるのはやはり悪ノリに見えて仕方ないのです。

キハ40系気動車四連が村上駅2番線で待機中
キハ40系気動車四連が村上駅2番線で待機中、2010年6月撮影。
通常運用カラー三色の揃い踏みであります。
キハ40系の村上以北は最大で三連と認識していたので、この光景には少々驚いたところです。

夜の村上駅1番線に佇むキハ110系気動車新津行
前掲した夜の村上駅、3番線の「いなほ」が出発した後1番線に佇むキハ110系気動車新津行、2010年6月撮影。
キハ110系はかつてのE127系電車以上に、村上界隈で見かける機会の少ない車両です。

村上駅3番線を出発する全席指定の快速「きらきらうえつ」酒田行
村上駅3番線を出発する全席指定の快速「きらきらうえつ」酒田行、2015年10月撮影。
タネ車の485系電車は2017年3月改正で最後の(事実上の)定期運用列車だった通称「糸魚川快速」が廃止されて車両も廃車回送され越後の地から姿を消しました。
今となってはMT54形電動機のサウンドを堪能できる希少な存在になっています。
タネ車の車齢からみても、余命はそれほど残っていないと思われますが、後継車両はどうするつもりなのか。
キハ110系あたりを魔改造して転用しそうな気がしますが・・・。


村上駅構内を徘徊中に偶然捉えたオリジナル色の583系電車
2004年の夏、村上駅構内を徘徊中に偶然捉えたオリジナル色の583系電車、2004年8月撮影。
当時の南秋田運転所所属編成でしょうか。
こんな美味しいモノが入ってきているのに、構内でマニアとおぼしき人は私の他に一名のみ。

村上駅3番線で5分程停車していた583系電車
村上駅3番線で5分程停車していた583系電車、2004年8月撮影。
車内のブラインドは全て下ろされていて、回送列車のような雰囲気でした。
かつての特急「白鳥」「いなほ」「日本海」に583系電車が入ることは無く、当駅に583系電車が出入りするのは最繁忙期の臨時列車と団体列車のみ。
「白鳥」-「日本海」のパターンは距離が長過ぎて昼夜兼行が難しいのが、583系が投入されなかった理由のようです。
「いなほ」はカウンターパートの夜行が無いので投入の仕様が無かったのが残念。
寝台急行「天の川」が20系客車ではなく583系ならと、つまらぬ妄想を抱いた鉄オタ少年時代でしたけれど、当時まだバリバリの特急車両だった583系電車の急行転用なぞ無理な話だったのでありましょう。

村上市役所にほど近いかつての中心街、小町界隈の様子
さてここからは村上市内の点描をば。
村上市役所にほど近いかつての中心街、小町界隈の様子、2012年5月撮影。
村上駅から1km半の通りです。
なんかもうね、この光景はいたたまれないんですよマジで。
私が子供の頃は、スーパー有りおもちゃ屋有り本屋有りパチンコ屋有り怪しい映画館有りで、なかなか賑やかな通りだったのですよ。
それが今では、行き交う車も無いシャッター通りの極みみたいになっちゃってます・・・。

国史跡「村上城跡」、通称「お城山」の登り口
国史跡「村上城跡」、通称「お城山」の登り口、2008年4月撮影。
越後村上五万石の村上城がこの上にそびえ立っていたのです。
戊辰戦争時に藩内が幕府派と新政府派で内ゲバの挙句、幕府派に火を放たれて燃え尽きた悲運の城だったのです。

天守閣跡への道中では残存した石垣を見る事が出来ます
天守閣跡への道中では残存した石垣を見る事が出来ます、2008年4月撮影。

頂上の天守閣跡に到着
登り口から私の足で約15分で頂上の天守閣跡に到着、2008年4月撮影。
GWの初日でしたが、熊蜂がブンブン飛び回るのに恐怖を感じながらの撮影でしたなぁ。
私は紅顔の美幼児のみぎり、アシナガバチに耳と目の上を刺されて以来極度のハチ恐怖症なのです。

お城山頂上から見た村上城下の眺め
お城山頂上から見た村上城下の眺め、2008年4月撮影。
遠くに見えるのは日本海。
順光なのは良いのですけれど、この日は春の霞がかかっていて見通しはイマイチ。

村上駅から西方に3km弱の瀬波温泉街
村上駅から西方に3km弱の瀬波温泉街、2012年5月撮影。
下越の代表的な温泉街であります。
日本海の大海原を眺めながら温泉に入れます。
村上駅前から瀬波温泉へは、タクシー以外にも岩船方面行の路線バスで訪れることが出来ます。
岩船線は村上界隈のバス路線では最も運行頻度の高い路線で、新潟交通観光バス運行便は平日上下26本、土休日18本。
村上市の「せなみ巡回バス」は月~土曜の運行で四便。

温泉街らしく、こうしておみやげ屋さんもあります
温泉街らしく、こうしておみやげ屋さんもあります、2012年5月撮影。
幼少期に泊まった時、おみやげ屋で親戚のおばさんに栄光の七人ライダー(除くライダーマン)の小さなソフビ人形セットを買ってもらったのが良い思い出です。
それで有頂天になって、肝心の温泉の事は何も覚えていません。

環境省指定の「快水浴場百選」に選定されている、瀬波温泉海水浴場
環境省指定の「快水浴場百選」に選定されている、瀬波温泉海水浴場、2012年5月撮影。

瀬波海水浴場前の広場から笹川流れ方面を見る
瀬波海水浴場前の広場から笹川流れ方面を見る、2012年5月撮影。

瀬波温泉街の高台にある、現在稼働中の温泉井戸
瀬波温泉街の高台にある、現在稼働中の温泉井戸、2012年5月撮影。
もうもうと蒸気を吹き上げていて、眺望の効きそうな直上の神社への行く手を遮り少々慌てました。

放棄された温泉井戸
廃墟マニア諸氏の一部が見たら辛抱タマランのかもしれない、放棄された温泉井戸、2012年5月撮影。

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2017年8月20日 (日)

坂町駅(羽越本線・米坂線)

本日の駅紹介は羽越本線/米坂線・坂町駅。

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新潟県村上市に所在する有人駅で、開業は大正3年(1914年)11月1日。
開業当時の所在は岩船郡保内村で、周囲には萱の茂る寂しい停車場だったそうです。
開業後暫くは、地方幹線である羽越本線の平凡な駅に過ぎなかった坂町駅でしたけれど、昭和6年(1931年)8月10日に米坂線が当駅に乗り入れると、次第に発展し駅勢を拡大していくことになります。
そもそも米坂線の新潟側起点については、当時の二大政党・憲政会と政友会を巻き込んだ熾烈な誘致合戦が村上と坂町の間で行われ、結局は坂町起点を押す政友会の勝利となって現在の米坂線のルートが確定された経緯がありました。
それでも米坂線開通当初は機関庫が村上駅に置かれて、村上起点案を推した憲政会の面子も立てる形になっていたのですけれど、昭和13年に機関庫は坂町駅に移転。
憲政会や村上町の有力者たちの顔を思い切り潰す形で、坂町駅は名実共に米坂線の起点として機能するようになったのです。
移転した機関庫は坂町機関区に格上げされて、構内の貨物取扱機能も拡充。
これによって現在の駅構内の原型が概ね完成しました。
戦後は駅構内の拡充が更に行われて、幹線の羽越本線と亜幹線の米坂線の結節点として客貨共に賑わいを見せます。
当駅の所在する保内村が隣の金屋村と合併して町制を施行し、岩船郡荒川町になったのは昭和29年で、当駅の隆盛と機を一にしていました。
しかし羽越本線の電化や米坂線から蒸気機関車が撤退するなどで、坂町機関区の地位は下落し、国鉄末期の昭和60年に廃止されて派出所として再出発。
オイルショック後の貨物需要減退、さらに合理化施策で坂町駅の貨物取扱機能は東新潟駅至近の新潟操車場に移されてしまい、当駅の地盤沈下に拍車がかかることになります。
かつては新潟と山形・仙台を結ぶ重要な使命を担っていた米坂線も、平成3年(1991年)夏に奥羽本線の改軌工事に伴い奥羽本線との直通運転が不可能になって事実上その使命を終えます。
駅勢の没落に止めを刺すかのように、荒川町は平成20年(2008年)4月に周辺町村と共に村上市と合併。
坂町駅は自治体の玄関駅という大看板も失う事になりました。

JR東日本によると、2016年度の坂町駅一日平均乗車人員は728人。
同社新潟県内有人67駅中47位で、磐越西線・北五泉駅にやや劣り、信越本線・犀潟駅よりやや上というレベル。
かつてのライバル村上駅とは倍以上の差がついてしまっています。

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坂町駅駅舎正面、2017年5月撮影。
建築財産票によると、昭和38年9月の完成。
冷房の無い時代の産物ゆえか、窓が多く大きいのが特徴。
羽越本線と米坂線の分岐駅であり、機関区を有し日本海縦貫線の貨物拠点の一つでもあった当駅の絶頂期に建てられた二階建ての大きな建物です。
しかし前述したように今日では機関区も無く貨物は拠点どころか取扱もなく、米坂線は斜陽の一途。
現在の駅勢ではあまりに過大な駅舎と言えましょう。

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斜め視点で見た坂町駅駅舎と駅前広場、2017年5月撮影。
駅前にタクシーが数台常駐しているのは、かつての繁栄の最後の残影と言えるかも。

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駅舎の画像奥手にはトイレがあります、2017年5月撮影。

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駅舎から見た駅前通りの様子、2013年6月撮影。
この通りを500mほど直進すると国道七号線に行き当たります。
駅前通りの道幅は広く開放感がありますけれど、銀行以外は個人商店が点在するだけ。

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国道方から見た坂町駅前通り、2017年5月撮影。
画像中央奥が坂町駅です。

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歩道橋上から見た国道七号線の新潟方、2017年5月撮影。
地方の御他聞に漏れず、旧荒川町の商業集積はこの国道沿線になっています。

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坂町駅の向かって右側にある、新潟交通観光バスの「坂町駅前」バス停、2017年5月撮影。
この界隈のバス事情は宜しくなく、鉄道補完に関しても羽越本線に対しては存在しません。
米坂線に対しては越後下関駅の所在する関川村への路線がありますが、土休日は全休です。
「路線バスの旅」では青森から新潟を目指す一行が、村上から関川、そしてここ坂町に出て隣の平木田駅まで歩いていましたっけ。
あの時は平木田駅から中条への一日1本のコミニュテイバスを捕まえていましたが、現在はあの路線は廃止されています。
従ってルート再現には当駅から中条まで、道路で約10km歩く以外に選択肢が無いのです。

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坂町駅駅舎内部の様子、2017年5月撮影。
窓口の「みどりの窓口」の昔ながらのシンボルマークが郷愁を誘います。
suicaの簡易改札機は新潟都市圏から飛び出して当駅にも波及しています。

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坂町駅駅舎内待合室の様子、2017年5月撮影。

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待合室内にはかつてキオスクがありました、2008年4月撮影。
当時は午前七時~午後五時の営業。

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現在のキオスク跡には自動販売機を二台設置、2017年5月撮影。

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坂町駅駅舎の構内側の様子、2017年5月撮影。
当駅は駅舎とホームが直接繋がっておらず、構内通路と跨線橋を介して行き来します。
構内側にもトイレがあって、画像奥手になります。
構外側のトイレは昔ながらのモノで正直うーむ・・・ですけれど、構内側のトイレはバリアフリー対応で綺麗なものです。

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構内通路の跨線橋出入り口廻りの様子、2017年5月撮影。
上屋の頑健そうな造りと広々とした通路、国鉄全盛期に絶頂期を迎えた駅の威容であります。

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坂町駅跨線橋内部の様子、2017年5月撮影。
二つの島式ホームと駅舎構内通路を結ぶ長大なものです。

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跨線橋上から見た坂町駅構内の平木田駅方その一、2017年5月撮影。
1番線やその左隣の側線やモーターカーの横取線は草生して、使用頻度の少なさを無言の内に示しているよう。

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跨線橋上から見た坂町駅構内の平木田駅方その二、2017年5月撮影。
画像中央の向かって左から2番線と3番線、これが本線です。

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跨線橋上から見た坂町駅構内の越後大島駅方、2017年5月撮影。
ここから米坂線に足を踏み出す1番線は、平木田駅方と違って生き生きとした鉄路。
また画像右側の駅舎の構内側はお色直しをしていないようで、相当に古びてしまっていますな。

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跨線橋上から見た坂町駅構内の平林駅方、2017年5月撮影。
画像左側の空き地がかつての機関庫や貨物関係施設の跡です。

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1番線の平木田駅方から見た坂町駅構内、2017年5月撮影。
1番線は米坂線乗り場ですが、米坂線の列車は最長二連なのでホーム中央に停まります。
羽越本線と米坂線の直通列車は、平成29年3月改正ダイヤでは上下合わせて3本が設定されていますけれど、いずれも1番線には入ってきません。
つまり草生しているこの辺りに定期列車は入ってきていないということです。

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1番線端から平木田駅方を見る、2017年5月撮影。

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島式ホーム2番線の平木田駅方から見た坂町駅構内、2017年5月撮影。
2番線は新潟方面乗り場です。
当駅構内で目を惹くのはまずこの跨線橋でしょう。
この島式ホーム中央の上屋下に見えるのは待合室で、JR東日本構内待合室の小型標準型です。

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2番線端から平木田駅方を見通す、2017年5月撮影。
古い時代の駅の常として、当駅のホーム配置もやはり千鳥式。

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1番線の越後大島駅方から見た坂町駅構内、2017年5月撮影。
米坂線は過疎ダイヤで、当駅発は一日6本。
そのうち3本がこの1番線からです。
列車は上屋に完全に架かるので、雨に濡れる心配はなし。

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1番線端から越後大島駅方を見る、2017年5月撮影。
こちら側の横取線も1番線と繋がっています。
モーターカーの車庫がこちら側にもありますけれど、雰囲気的にあまり使用されていないような。

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島式ホーム2番線の平林駅方から見た坂町駅構内、2017年5月撮影。
ホーム配置がこれだけ顕著な千鳥配置だと、画にメリハリが付いて個人的には大変宜しい。
対面平行式配置だと味気ないことこの上ないですからね。

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1-2番島式ホーム東方の上屋下の様子、2017年5月撮影。
西方には前述のように待合室がありますが、こちら側は跨線橋出入り口近くにベンチがあるのみ。
ベンチの数は少ないので、新潟方面列車を待つ場合は立ちんぼが多いのです。

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3-4番島式ホームの3番線平木田駅方から見た坂町駅構内、2017年5月撮影。
3番線は村上方面乗り場です。
3番は本線なので、左隣の待避線4番に比べてホームが張り出して有効長が長くなっています。
定期旅客列車で当駅に定期停車した最長編成は、かつての客車急行「鳥海」(荷物車込みで13両)だと思いますが、このホームに完全に入れていたのかどうか。

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3番線端から平木田駅方を見通す、2017年5月撮影。

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現在は使用頻度のごく少ない4番線と、その左隣の元貨物取扱空間、2017年5月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、4番から出発する定期列車は米坂線の2本のみ。
うち夕方の1本は新津駅発の米坂線直通列車です。

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3-4番島式ホーム上の短い上屋、2017年5月撮影。
個人的には当駅構内で跨線橋の次に目を惹くモノです。
作りからして大分古いモノのようですが、何故こんな中途半端な大きさなのか、昔は跨線橋方の上屋と繋がっていたのだろうか、電化で架線柱をホーム上に建てる際に邪魔だからバッサリ短くしたのか、そんなことを訪れる度に考えるわけです。
画像奥の第二の上屋下に見えるのは、1-2番ホームと同様に近年建てられた小型標準型の待合室です。

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1-2番島式ホーム上から見た3-4番島式ホーム上の上屋、2017年5月撮影。
上屋下には一昔前までの定番ベンチが並んでいます。
冬や悪天候時以外は、ここに座って広大であっけらかんとした構内をつくづく眺めつつ、風に吹かれながら缶コーヒーをすすりつつ、ぼーっと過ごすのが脱日常で精神衛生上実に宜しい。

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3-4番島式ホーム上の上屋を跨線橋方から見る、2017年5月撮影。

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3-4番島式ホームの跨線橋出入り口、2017年5月撮影。
出入り口直上の「のりば案内」は国鉄そのままの感じでノスタルジーの世界です。

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3-4番島式ホームの3番平林駅方から見た坂町駅構内、2017年5月撮影。
1-2番ホーム同様に、こちら側の上屋下にベンチはありません。

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4番線の越後大島駅方を見る、2017年5月撮影。
4番のホーム端部は画像の「9」から向こうはロープと柵で封じてあり、ホームの有効長は短くなっています。

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3番端から平林駅方を見る、2017年5月撮影。
画像左側に見えるのは、当駅に機関区が置かれ蒸気機関車の基地だった時代の名残の給水塔です。

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2017年3月改正ダイヤでは、米坂線の列車一日2本が出発するのみの4番線発の米沢行単行に乗って、ホーム上からでは見られない視点で坂町駅構内を見てみる、2017年5月撮影。
狙って撮ったわけではなく、ぎっしり満員で身の置き所がここしかなかった故の副産物と言えましょうか。
新潟県内では只見線に次ぐ閑散線区の米坂線ですけれど、個人的な印象では磐越西線の五泉以南よりも乗客が多い印象。
土休日限定ですが、ガラガラの米坂線列車には乗ったことがないのです。


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同じく米坂線の列車最後部から見た坂町駅構内、2017年5月撮影。
当駅付近の踏切や陸橋は駅とやや距離があるので、この視点で駅構内を観察するのはなかなか新鮮な眺めです。

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駅付近の陸橋上から見た坂町駅構内遠景、2012年5月撮影。
画像左端の線路が米坂線です。

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坂町駅北側で静かに佇む坂町機関区跡、2012年5月撮影。
画像奥に見えるのはターンテーブル。
その左側には機関庫。
昭和35年3月時点では、蒸気機関車のD51形と9600形が計14両配置されていました。
画像左端には字のかすれた「坂町派出所」の立て札が残っています。
悲壮感や寂寥感はあまりなく、ただただあっけらかんとしているのがこの坂町駅と付近の不思議なところなのですよ。

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3番線に停車中の、485系電車T編成の特急「いなほ」秋田行、2012年5月撮影。
上越新幹線大宮暫定開業(昭和57年11月ダイヤ改正)以前は当駅に特急列車の定期停車は無く、上野直通時代の「いなほ」は当駅を通過して9km西方の中条駅に停車していました。
当時の中条町は荒川町の三倍ほどの人口を抱え、大企業の工場も立地しているので出張用務の需要もあったでしょうから、「いなほ」が中条駅に停車するメリットは坂町駅に停車するより多かったのでしょうね。
ちなみに昭和55年10月改正ダイヤでの、坂町駅優等列車発車時刻表はかくの如し。
全て急行列車です。

下り
鳥海      秋田行 03:55 旧型客車+10系寝台車
天の川     秋田行 06:32 20系客車
羽越1号    秋田行  08:12 キハ58系気動車、新潟-坂町間べにばな2号と併結
べにばな2号  仙台行  08:14 キハ58系気動車、新潟-坂町間羽越1号と併結
きたぐに    青森行  10:00 12系客車
しらゆき     青森行  15:24 キハ58系気動車
べにばな4号 仙台行   16:25 キハ58系気動車、新潟-坂町間羽越3号と併結
羽越3号    秋田行  16:28 キハ58系気動車、新潟-坂町間べにばな4号と併結

上り
羽越2号    新潟行 11:11  キハ58系気動車
べにばな1号 新潟行  11:46  キハ58系気動車
しらゆき    金沢行  13:30  キハ58系気動車
羽越4号   新潟行   16:17   キハ58系気動車
きたぐに    大阪行  20:00  12系客車
べにばな3号 新潟行  21:09 キハ58系気動車
天の川    上野行   21:51 20系客車
鳥海      上野行   23:41 旧型客車+10系寝台車

当駅に特急が停車するようになったのは、前述のダイヤ改正で昼行急行が特急に格上げされてからのことです。
昭和60年3月改正時点では、「いなほ」「白鳥」全便が当駅に停車するようになっています。

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坂町駅2番線から発車する、485系電車R編成の特急「いなほ」新潟行、2012年5月撮影。

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越後の地でもようやく春を迎えた晴天の卯月、坂町駅に停車中のE653系電車特急「いなほ」秋田行、2014年4月撮影。

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坂町駅3番線に停車中の新鋭E129系電車村上行、2017年5月撮影。

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坂町駅3番線に停車中の115系電車村上行、2014年4月撮影。
E129系電車導入前、羽越本線村上口の主役がこの電車でした。

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坂町駅2番線から出発する115系電車新潟行、2017年5月撮影。
現在(2017年)ではすっかり少数派になった、かつての越後路の主役であります。
昭和55年10月改正ダイヤでは、当駅に停車する羽越本線普通・快速列車は上下合わせて25本。
うち115系電車は僅か4本に過ぎず、EF81形電気機関車牽引の客車列車は6本、気動車列車は15本でした。
羽越本線の村上以西の電化区間に115系電車が積極投入されるのは、昭和57年11月改正以降で、坂町駅構内で115系電車が顔役になったのは比較的近年の事だったのです。
昭和60年3月改正ダイヤでは、当駅に停車する羽越本線の普通列車は上下合わせて24本。
うち115系電車は16本、EF81形電気機関車牽引の50系客車は2本、気動車が6本です。

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坂町駅2番線に進入するE127系電車新潟行、2014年4月撮影。
2015年3月改正で羽越・白新線から撤退して過去帳入りの電車です。
羽越本線内でその姿を見る機会は少なく、ゆえに各駅で停車中の画を撮るために沿線を何度と無く行き来したものです。

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夕刻の坂町駅4番線で、特急「いなほ」を退避待機中のキハ40系気動車新津行、2012年5月撮影。
当時は当駅での普通列車の特急退避が朝に1回、夕方に2回実施されていました。
2017年3月改正ダイヤでは特急退避は無くなっています。

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坂町駅3番線に停車中のキハ110系気動車快速「べにばな」米沢行、2012年5月撮影。
昭和40年代までは白新・羽越線内を併結運転する秋田行の「羽越」よりも、編成が長く指定席車を連結するなど格上の存在だった仙台行の急行「あさひ」。
その後「べにばな」への改称を経て山形止まりと短編成化、米沢止まりと快速格下げ、1往復廃止と変転を重ねた今の姿がこの列車です。
やはりかつての急行列車の末裔である磐越西線の快速「あがの」が今なお快速運転で気を吐いているのに比べて、こちらの速達運転は新潟-坂町間のみで「快速」の名も泣こうというものです。

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3番線に進入する快速「べにばな」、2013年6月撮影。

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坂町駅1番線で待機中のキハ52形気動車、2005年5月撮影。

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卯月の夕刻、同じく1番線で客待ち中のキハ52形一般色の米沢行、2008年4月撮影。

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坂町駅に到着後、回送待機中のキハ58系気動車、2003年11月撮影。
私が取材目的で当駅に最初に降り立った時の画です。
あれから14年も経って、ようやく坂町駅の記事を書くまで辿り着こうとは。

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坂町駅3番線を通過するEF81形電気機関車牽引の貨物列車、2003年11月撮影。
かつては日本海縦貫線の電機といったらこれでしたけれど、今ではもう引退寸前です。

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老雄EF81形に代わる日本海縦貫線物流の新たな主役、EF510形電気機関車牽引の貨物列車が坂町駅2番線を颯爽通過、2013年6月撮影。
新型電車や気動車の持つある種の軽薄さと異なり、電気機関車は新型であっても迫力たっぷり。
今では貨物列車の通過におおっと目を見張りますからねぇ。
あの重厚感は、今日の旅客列車では絶えてしまったものなのです。

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2017年8月13日 (日)

東新潟駅(白新線)

本日の駅紹介は白新線・東新潟駅。

東新潟駅の駅名標


新潟県新潟市東区に所在する有人駅で、駅としての正式な開業は昭和53年(1978年)10月2日。
ただし当駅は「新潟操車場前」という名称で、昭和33年2月以来、実に20年余りに渡る仮乗降場としての歴史を持っています。
仮乗降場の名称の由来となった「新潟操車場」は、昭和32年11月に開業した操車場で現在の新潟貨物ターミナルの前身です。
一日の操車能力1,200両、職員100名という当時の日本海縦貫線最大の貨物取扱能力を誇り、新潟界隈の貨物輸送能力に大きく貢献しています。
昭和44年にはその能力は倍増されて、新津駅に代わる名実共に貨物拠点になっています。
その傍らに地元の要望でひっそりと置かれたのが、新潟操車場前仮乗降場だったのです。
東隣の大形駅は、白新線の葛塚-沼垂間開業の翌年昭和32年に開業しています。
現在の東新潟駅と大形駅の周辺人口の比較では、前者が圧倒的に勝っていると一目でわかるレベル。
しかし、新潟市史によると約半世紀前の昭和40年度乗車人員は新潟操車場前が五千人に対して大形駅は24万9千人。
単純計算すると一日平均は前者が約14人!に対して後者は約682人。
これって資料の数字を誤記してない?と怪しむレベルなのであります。
この数字が事実ならば、新潟操車場前が駅ではなく乗降場止まりだったのも理解できるのですけれど。

そんな新潟操車場前仮乗降場も、前述のように昭和53年に目出度く駅に昇格。
しかし同時期に供用を開始した白新線・新潟-新崎間の複線化に伴い、当駅の上下ホームは新潟操車場を挟んで南北に分離した形にされてしまいます。
新潟操車場の構内改良をしてまで、ホームを併設する意味は無いと判断されたのかもしれません。
従来からのホームは上り新潟方面乗り場に、新設された下りホームは新発田方面乗り場になりました。
新潟へ向かうのは今まで通りでよいのですが、新潟から帰ってくる際は操車場を陸橋で越えてこなければなりません。
その距離は約1km。
新設された北側の下りホーム側は当時宅地化されていないので、そもそも駅に対する需要はごく限られていたと推測されます。
したがって上下ホーム分離による損得勘定は、人口の集積した南側(上りホーム側)の利用者に圧倒的に不利という状況だったのです。
せっかく駅に昇格したというのにこれでは・・・。
また白新線は一部複線化されたといっても列車本数はほとんど増えていないので、従来通りの過疎ダイヤです。
手元の時刻表によると、部分複線化後の昭和55年10月改正ダイヤで東新潟駅に停車する普通列車は、上下合わせて25本に過ぎません(2017年3月改正ダイヤでは上下合わせて94本)。
白新線と並行する新潟交通運行の路線バス石山線は、白新線の運行頻度が低かったのに加えて駅の不便さも手伝ったからか利用が多く、また当時はまだ大繁華街であった古町に直行できるとあって盛況でした。
実体験として子供の頃、古町や今は亡きダイエー界隈へ買い物遊びに行った帰路、万代シティバスセンターからバスに乗る場合は出発の十数分前に並んでいないと座れませんでしたからねぇ。
不便な東新潟駅下車なんてウチの母親の選択肢にはハナから無かった様子。

そんな状態が十年以上続いた後、平成元年秋にようやく下りホームの上りとの併設が行われて、東新潟駅も晴れて通常形態の駅の仲間入りに。
国鉄末期から新潟都市圏にも都市型ダイヤが導入され、白新線・新潟-豊栄間の列車本数が増えたこともあって、東新潟駅は大都市近郊駅としての立ち位置を確立して今日に至っています。

JR東日本によると2016年度の当駅一日平均乗車人数は1,844人で、同車新潟県内有人67駅中23位。
南魚沼市の玄関駅である上越線・六日町駅や信越本線・荻川駅、越後線・関屋駅と同レベルにあります。
当駅周辺に高校は所在していないので、学生の集中はありません。
東隣の大形駅は至近に高校が一校、徒歩圏内に大学が一校所在していて学生が集中する環境にあって1,256人ですから、東新潟駅周辺人口の多さがわかります。
なお、東新潟駅の利便性の画期的向上で過疎化しているのが前述のバス路線。
当地域から新潟市中心部へは2系統が設定されていますが、駅に近い側の県道経由の路線は本数を大幅に減らされた後、今春からルートを大幅に変更して新潟駅南口発着になっています。
過去にも南口発着便が設定されたことがあったのですけれど、長続きせずに廃止になっています。
また新潟市中心部のBRT化に伴って、もう一系統の方は万代シティ止まりになってしまって古町や新潟市役所へは乗り換えが必要になりました。
乗り換えの必要が無いから、運賃は倍違ってもバスを選択する層も多かったでしょうにねぇ。
赤字の会社ゆえ、JRと並走する郊外線は切り捨てる序曲ではと勘ぐってしまうところです。

東新潟駅駅舎全景と駅前ロータリーの様子
東新潟駅駅舎全景と駅前ロータリーの様子、2016年8月撮影。
駅舎の供用開始は平成元年(1989年)12月25日との事。
駅前にはタクシー数台が常駐しています。

東新潟駅駅舎の出入り口付近
東新潟駅駅舎の出入り口付近、2016年8月撮影。

東新潟駅駅前通りの様子
東新潟駅駅前通りの様子、2012年3月撮影。
駅舎左側至近にコンビニ、画像左側にはスーパーがあって利便性はなかなか高し。
駅舎の右側至近には以前書店があったのですが、現在は跡地にマンションが建っています。

駅付近の前述の路線バスが通る県道
駅付近の前述の路線バスが通る県道、2012年3月撮影。
豆知識として、東新潟駅から信越本線の越後石山駅へはこの県道を道なりに進んで2km強といったところ。
路線バスでも行けますが、近年は本数がめっきり減ってしまったので徒歩移動が吉かもしれません。

東新潟駅駅舎内部の様子
東新潟駅駅舎内部の様子、2017年5月撮影。
画像左側が窓口でしたけれど、平成22年3月に指定券券売機が設置されたのに伴って、みどりの窓口業務は終了しています。
えちごツーデーパスを買える指定券券売機の稼動時間は朝七時半からで、事前購入せずに早朝に出発する場合は、新潟駅で一度降りてツーデーパスを買わねばならないのがちと面倒。
券売機対応にしたのなら、稼動開始時間をもっと早めてほしいところです。

構内側から見た駅舎内部
構内側から見た駅舎内部、2017年5月撮影。
画像右側の自動券売機二台のうち、手前がくだんの指定券券売機です。
JR東日本新潟支社管内では同時期に、当駅と越後石山駅新潟大学前駅に指定券券売機が設置されています。
その後、他駅に波及しなかったのはやはり苦情その他があったから?

駅舎構内側の待合室内部
駅舎構内側の待合室内部、2017年5月撮影。
新潟都市圏の通勤通学メインの駅のそれとして大きな空間です。

駅舎構内側出入り口と、その奥の跨線橋出入り口の位置関係
駅舎構内側出入り口と、その奥の跨線橋出入り口の位置関係、2017年5月撮影。
トイレは駅舎と跨線橋出入り口の間の建物側面に男女別で設置されていましたが、最近バリアフリー化施策に伴って多機能トイレが追加されています。

1番線の新潟駅方から見た東新潟駅構内の様子
1番線の新潟駅方から見た東新潟駅構内の様子、2016年8月撮影。
1番線は新潟方面乗り場です。
白新線が単線時代の仮乗降場時代は、このホームが上下を兼ねていました。
当時は枕木を敷き詰めたような簡素なホームで、上屋もロクになかったような記憶があります。

1番線端から新潟駅方面を見通す
1番線端から新潟駅方面を見通す、2016年8月撮影。

1番線の大形駅方から見た東新潟駅構内
1番線の大形駅方から見た東新潟駅構内、2017年5月撮影。
2017年2月から供用を開始した跨線橋併設エレベーターが目を惹きます。

エレベーター未設置の頃の跨線橋の様子
エレベーター未設置の頃の跨線橋の様子、2012年3月撮影。
この方向から見た跨線橋の背部の見付けは、無味乾燥で宜しくないと個人的に常々感じているところで、その点からもエレベーター設置は見映えも良くなってなかなか感じが良いのです。

1番線端から大形駅方を望む
1番線端から大形駅方を望む、2016年8月撮影。
画像奥に見える陸橋は、前述の当駅不遇時代に客が徒歩移動を強いられた苦難の道です。

東新潟駅跨線橋内部の様子
東新潟駅跨線橋内部の様子、2017年5月撮影。
JRになってからの建物ですが、内も外も国鉄末期色が濃厚に漂っているのです。
せっかくバリアフリー化したのですから、ここもせめてお色直しぐらいすればいいのにと感じてしまうところ。

バリアフリー化施策に伴って、新設されたエレベーターの出入り口
バリアフリー化施策に伴って、新設されたエレベーターの出入り口、2017年5月撮影。

跨線橋上から見た東新潟駅構内の新潟駅方
跨線橋上から見た東新潟駅構内の新潟駅方、2017年5月撮影。

同じく大形駅方を見る
同じく大形駅方を見る、2017年5月撮影。

バリアフリー化を完了した跨線橋と新設されたエレベーター乗り場
バリアフリー化を完了した跨線橋と新設されたエレベーター乗り場、そしてこれからの新潟の主役電車・E129系、2017年5月撮影。


2番線の新潟駅方から見た東新潟駅構内
2番線の新潟駅方から見た東新潟駅構内、2017年5月撮影。
2番線は新発田方面乗り場です。
このホームは前述のように「日本一不便な駅」の一つとテレビで言われるほどだった当駅の利便性の悪さを解消する為に設置されました。

2番ホームの上屋下と跨線橋の位置関係
2番ホームの上屋下と跨線橋の位置関係、2017年5月撮影。
このホーム上に待合室はありません。

2番ホーム上から見た駅舎構内側の様子
2番ホーム上から見た駅舎構内側の様子、2017年5月撮影。
自動改札の左隣が待合室です。

前述の陸橋を上りつつ、東新潟駅構内を見てみる
前述の陸橋を上りつつ、東新潟駅構内を見てみる、2017年5月撮影。

東新潟駅2番線に進入するE129系電車豊栄行
東新潟駅2番線に進入するE129系電車豊栄行、2016年8月撮影。

東新潟駅2番線に停車中のE129系電車豊栄行
東新潟駅2番線に停車中のE129系電車豊栄行、2016年8月撮影。

東新潟駅1番線に停車中の115系電車新潟行
東新潟駅1番線に停車中の115系電車新潟行、2013年9月撮影。

残雪の残る弥生の東新潟駅を発車加速する115系電車村上行
残雪の残る弥生の東新潟駅を発車加速する115系電車村上行、2012年3月撮影。

白新線では2015年3月をもって過去帳入りしたE127系電車豊栄行が2番線に停車中
白新線では2015年3月をもって過去帳入りしたE127系電車豊栄行が2番線に停車中、2013年9月撮影。

東新潟駅2番線を通過するキハE120二連の気動車快速「べにばな」米沢行
東新潟駅2番線を通過するキハE120二連の気動車快速「べにばな」米沢行、2013年9月撮影。
白新線には快速が昔から設定されていますけれど、当駅はスルーされています。

東新潟駅1番線を通過する485系電車R編成の特急「いなほ」新潟行
東新潟駅1番線を通過する485系電車R編成の特急「いなほ」新潟行、2013年9月撮影。


新潟貨物ターミナルに一両常駐している、JR貨物所属のDE10形ディーゼル機関車
東新潟駅に隣接する新潟貨物ターミナルに常駐している、JR貨物所属のDE10形ディーゼル機関車、2012年3月撮影。
新潟県広しと言えども、駅構内からディーゼル機関車の働く様子を日常的に見られるのは当駅だけでしょう。
ディーゼル機関車大好きな私はいつも目が釘付けなのであります。
2017年7月時点では白新線の車窓から構内外れに3両を確認出来ましたが、ウィキペディアによると常駐は一両ということなので、残りの二両は休廃車なんでしょうな。
しかし国鉄時代から活躍するこの機関車も、早晩HD300形あるいはDD200形に置き換えられる運命です。

新潟貨物ターミナルを陸橋上から見る
新潟操車場の後身である新潟貨物ターミナルを陸橋上から見る、2012年3月撮影。
画像左側が東新潟駅、右側にかつて駅の下りホームがありました。

陸橋の北側から見た新潟貨物ターミナルの様子
陸橋の北側から見た新潟貨物ターミナルの様子、2012年3月撮影。
日本海縦貫線随一の規模を誇った旧新潟操車場の血統を受け継いだ、日本海側最大の鉄道貨物拠点であります。

のかつて東新潟駅下りホームが置かれていた界隈を見る
陸橋を降りつつ、画面奥のかつて東新潟駅下りホームが置かれていた界隈を見る、2012年3月撮影。
当時の面影は残っていません。

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陸橋の北側から東新潟駅を遠望、2012年3月撮影。

新潟貨物ステーションの北隣には、JR東日本所属の新潟新幹線車両センター
新潟貨物ステーションの北隣には、JR東日本所属の新潟新幹線車両センターがあります、2012年3月撮影。
引退して随分経つ初代MAXのE1系電車の先頭車両が留置されているのを、陸橋上から観察出来ます。

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2017年8月 6日 (日)

改築中の中条駅

本日の駅紹介は改築中の羽越本線・中条駅。

中条駅の駅名標

中条駅は現在(2017年8月時点)、JR東日本と胎内市の共同事業で「中条駅西口周辺整備事業」を実施しており、駅の東西自由通路と橋上駅舎の建設、西口駅前広場の新設工事を行っています。
橋上駅舎は来年(2018年)7月に供用開始予定、事業全ての完了は再来年(2019年)3月の予定で鋭意工事中です。
当ブログでは駅舎改築前の中条駅について既にご紹介していますが、今回は新たな姿に脱皮途上にある駅の姿について点描してまいりたく存じます。

従来からの東口ロータリーと中条駅の仮駅舎
従来からの東口ロータリーと中条駅の仮駅舎、2017年5月撮影。
なお画像撮影は全て同日であります。

上の画と反対側から仮駅舎を見る
上の画と反対側から仮駅舎を見る。
旧駅舎は仮駅舎の向かって左側にありましたけれど、昨年(2016年)12月に入って間もなく営業を終了し、その後解体されています。
出来れば正月に訪れて、解体直前の旧駅舎と仮駅舎をセットで撮影したかったのですが、天候不良その他で断念の已む無きに至ったのが残念至極。
雪ならまだいいのですけれど、雨で風も強いとなると最早打つ手無しなのがここ越後の冬なのでございます。

中条駅仮駅舎のサイドビュー
中条駅仮駅舎のサイドビュー。
仮駅舎の向こう側のかつて旧駅舎が置かれていたあたりの上屋は、そのまま東西自由通路の東側上屋になるのでしょうか。

中条駅仮駅舎正面の様子
中条駅仮駅舎正面の様子。
ドア回りはやはり仮設の安価な仕様ですけれど、それ以外はなかなかの建物であります。
橋上駅舎化という至上命題が無ければ、耐震性にとりあえずの問題が無ければこの仮駅舎でも問題無い感じです。
えちごトキめき鉄道の春日山駅みたいに。

中条駅仮駅舎内部の窓口と自動改札機群
中条駅仮駅舎内部の窓口と自動改札機群。
窓口上部の表示板は旧駅舎のモノを流用したのかも。
新駅舎の窓口は緑のラインの簡素な表示になってしまうのでしょうから、国鉄時代の匂いを今に伝えるこれを見られるのも、橋上駅舎完成予定の来年(2018年)7月までなのでしょう。

仮駅舎の壁面には二台の有人駅仕様自動券売機を設置
仮駅舎の壁面には二台の有人駅仕様自動券売機を設置。
仮だからといって、余剰の無人駅用券売機を置くなぞというセコい事をJR東日本はしません。

仮駅舎待合室の出入り口
仮駅舎待合室の出入り口。
上部にはテレビを設置。

仮駅舎待合室内部の様子
仮駅舎待合室内部の様子。
五人掛けのベンチが四脚設置されていて、着席定員は20名。
旧駅舎の年季の入った待合室よりも、こちらの方が快適度はずっと上です。
建物が仮とはいえまだ新しいからなのは大きな要素ですけれど、それ以上に国鉄仕様の建物は休息を最優先に考えて見た時に、気疲れがするのですよね。
趣味的に見れば勿論全然違う見方になるのですけれど、一般人はそんな見方はしないのです。

構内側から見た中条駅仮駅舎の改札口廻り
構内側から見た中条駅仮駅舎の改札口廻り。

1番線の金塚駅方から見た、改築工事中の中条駅構内の様子
1番線の金塚駅方から見た、改築工事中の中条駅構内の様子。
1番線は新潟方面乗り場です。

1番線の平木田駅方から見た、改築工事中の中条駅構内
1番線の平木田駅方から見た、改築工事中の中条駅構内。
こちらは橋上駅舎と自由通路建設空間から外れているので、大きな変化はありません。

1番線の上屋手前から見た構内
1番線の上屋手前から見た構内。
改築に先立って上屋が新調されました。

1番線上屋下の様子
1番線上屋下の様子。
トイレは男女別でこの先にあります。
改築空間上のホームの幅が危険なまでに狭くなっているので、列車の発着はかつての金塚駅方ではなくこちらの平木田駅方に変わっています。
それゆえにこの上屋下にはベンチが設置されています。

跨線橋上から見た中条駅構内の平木田駅方
跨線橋上から見た中条駅構内の平木田駅方。
前述したようにこちら側は駅改築の無風地帯なので、上屋が新しくなった以外の変化は無し。
なお跨線橋内部は以前と全く変わっていないので、画像は割愛しました。

跨線橋上から見た改築中の中条駅構内金塚駅方
跨線橋上から見た改築中の中条駅構内金塚駅方。
こちら側が改築の本丸で、カオスな状況を呈しつつあります。

島式ホーム2番線の金塚駅方から見た、改築中の中条駅構内
島式ホーム2番線の金塚駅方から見た、改築中の中条駅構内。
2番線は現在も中線として機能していて、2017年3月改正ダイヤでは夕方五時台に上下の普通列車が1本ずつ、特急「いなほ」をここで退避しています。

島式ホーム上の、最初の土台らしき空間
島式ホーム上の、最初の土台らしき空間。
駅前に貼ってあった工事完了後の駅概念図によると、ここに東西自由通路の柱が立ち上がりそうなのですが。

島式ホーム上の橋上駅舎の出入り口が置かれると思われる辺り
島式ホーム上の橋上駅舎の出入り口が置かれると思われる辺り。
近年設置されたJR東日本標準仕様のホーム待合室は解体されてしまい、少々勿体ないですな。
まぁどこかの駅に流用再使用するのかもしれませんが。

跨線橋側から見た橋上駅舎直下になると思われる空間
跨線橋側から見た橋上駅舎直下になると思われる空間。
島式ホームのこのあたりの幅は、1番以上に狭くて危険です。

構内工事中の跨線橋廻りの様子
構内工事中の跨線橋廻りの様子。
橋上駅舎供用開始までの間、当駅ホームは跨線橋の向こう側(平木田駅方)が実質的なホーム有効長になっています。

島式ホーム2番線側中央から金塚駅方を見通す
島式ホーム2番線側中央から金塚駅方を見通す。
現在の駅はこのように画にならない状態なので、改築中の記録を取りたい方以外の駅巡りはあまりお勧めできませんです。

島式ホーム2番線の平木田駅方から見た、改築中の中条駅構内
島式ホーム2番線の平木田駅方から見た、改築中の中条駅構内。
列車を待つのは基本的にこちら側でどうぞ。

3番線の平木田駅方から西口広場造成空間を見る
3番線の平木田駅方から西口広場造成空間を見る。
ここはロータリーを擁し、路線バスの乗り入れが可能な中条駅第二の玄関口になる予定です。
かつての側線群が寸断されてしまったのには寂しさを感じますけれど、これも利便性向上バリアフリー化の時流ゆえ已む無きこと。
もって冥福を祈りましょう。

島式ホーム上の新たな上屋下
島式ホーム上の新たな上屋下。
こちら側にもベンチが設置されています。
ベンチの向きが、今後の2番線の運命を暗示しているような不吉な予感。

改築中の中条駅1番線に到着したE129系電車新潟行
改築中の中条駅1番線に到着したE129系電車新潟行。
この電車は四連ですが、先頭車両は跨線橋の先のホーム幅が狭くなる手前あたりに停まるようです。

改築中の中条駅3番線を発車する115系電車村上行。
改築中の中条駅3番線を発車する115系電車村上行。
三両編成の停車位置はここです。

改築中の中条駅3番線に停車中のE653系電車特急「いなほ」酒田行
改築中の中条駅3番線に停車中のE653系電車特急「いなほ」酒田行。
「いなほ」は七両編成なので、停車位置ももっと手前に来ると思って身構えていたのですけれど、実際はこの位置。
これだと後部はあのホーム幅狭の危険ゾーンにかかってしまうでしょうに。

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