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2017年7月23日 (日)

関屋駅(越後線)

本日の駅紹介は越後線・関屋駅。

関屋駅の駅名標

新潟県新潟市中央区に所在する有人駅で、開業は大正2年(1913年)11月15日。
当時の越後鉄道・白山-西吉田(現・吉田)間開業(1912年8月)後、一年余りを経ての駅開業で、開業時の所在も市街地拡大以前の新潟市でした。
越後鉄道は開業当初、駅が少ないと沿線から不満の声が上がっていて、当駅の設置はその声に答えた第一号になります。
ただ当駅の場合は、当時周辺に製油所が集中して所在しており、それに続いて各種工場も次々と建てられて新潟市西部の工業地帯化していたので、潜在的貨物需要を考えれば設置するのが当然の停車場と言えます。
需要が無いからと当局が設置するのを渋った他の駅(寺尾駅越後赤塚駅)とは、やや性格が異なる駅だったのです。
しかし当駅が開業してから間もない大正半ばには製油所も移転や廃止(県内の産油量減少)でその数を大きく減らし、工業地帯の色合いは次第に薄れていき、後述する関屋分水の工事の影響もあってかつての面影も無くなったのが今日の駅周辺の姿です。

JR東日本によると、2015年度の関屋駅1日平均乗車人員は1,938人で同社県内有人67駅中21位。
信越本線・越後石山駅よりやや少なく、上越線・六日町駅とほぼ同レベルです。
白山-内野間の旧越後鉄道以来の駅(白山、関屋、寺尾、内野)の中では最小で、国鉄時代に設置された青山小針新潟大学前の各駅を入れた現在の7駅中6位という、所在地周辺の人口密度の高さから見ると少々物足りなく映る数字であります。
ちなみに約半世紀前の昭和40年度乗車人員は、新潟市史によると約44万三千人。
単純計算すると1日平均1,214人になります。
新参の小針駅(昭和35年開業)よりは多いものの、宅地造成で乗客数が急増した寺尾駅の約半分、旧内野町の玄関駅である内野駅の四割弱、新潟市都心の白山駅の二割強という、やはりあまり振るわない数字を残しています。

関屋駅の橋上駅舎南口
関屋駅の橋上駅舎南口の様子、2015年12月撮影。
平成18年(2006年)12月に、越後線新潟市内駅近代化の先陣を切って供用を開始しました。


橋上駅舎南口出入り口の様子
橋上駅舎南口出入り口の様子、2017年5月撮影。
この南口は駅舎改築以前からの出入り口です.

関屋駅南口駅前通りの様子
関屋駅南口駅前通りの様子、2017年5月撮影。
この辺りは昔ながらの街並で道路も狭く、その奥に押し込まれるように駅が立地しています。
そもそもの出自が資金力に乏しいローカル私鉄なので、街の只中において官営鉄道の駅のように用地を広く取れなかったのは止むを得ないところです。
これは寺尾、内野の両駅にも共通した話ですな。

関屋駅南口近くの県道の様子
駅から通りを数百m進むと、そこは車が切れ目無く行き交う通り。
画像右手の建物群のすぐ裏手が信濃川です。
至近には関屋駅のお得意様である私立新潟第一高校、その向こうには家電量販店やスーパーが立地しています。
なおこちらの通りには、鉄道補完の新潟交通運行バス路線としてBRT萬代橋ライン(対白山、新潟駅)、寺尾線(対青山、小針、寺尾、新潟大学前、内野各駅至近に移動可能、また一部の便は多少歩きますが内野西が丘駅へも移動可能)です。
当駅の最寄バス停は「第一高校前」になります。


関屋駅橋上駅舎北口
関屋駅橋上駅舎北口の様子、2017年5月撮影。
こちら側は橋上駅舎化に伴って新設されました。
駅前広場はロータリーになっていて、狭隘な南口に比べて車でのアクセスは断然上です。

橋上駅舎北口出入り口
橋上駅舎北口出入り口、2017年5月撮影。
出入り口の右奥がエレベーターです。


関屋駅北口至近の国道402号線
関屋駅北口至近の国道402号線、2017年5月撮影。
この国道には鉄道補完の路線バスとして、浜浦線と信濃町線(対新潟)、西小針線(対新潟、青山、小針、寺尾、新潟大学前、内野各駅に移動可能)が運行されています。
最寄バス停は「信濃町」です。

関屋駅橋上駅舎南北自由通路の様子
関屋駅橋上駅舎南北自由通路の様子、2017年5月撮影。
画像右側が内野方、左側が窓口と改札口のある新潟方です。

自由通路側から見た窓口と自動改札周り
自由通路側から見た窓口と自動改札周り、2017年5月撮影。

構内側から見た改札口の様子
構内側から見た改札口の様子、2015年12月撮影。
画像右奥がホームと連絡するエレベーター、右側のベンチの向こう側がホームへの階段、画像左側が待合室です。

改札方から見た構内待合室とトイレの位置関係
改札方から見た構内待合室とトイレの位置関係、2015年12月撮影。

構内待合室内部の様子
構内待合室内部の様子、2010年5月撮影。
ベンチの定員は僅か9人と実にこじんまりしたもの。
しかし利用客は高校生主体で且つ日中毎時3本の頻発運転区間。
これで充分と割り切れる利用動向なのでしような。

橋上駅舎構内側の窓から俯瞰で見た駅構内新潟方の様子
橋上駅舎構内側の窓から俯瞰で見た駅構内新潟方の様子、2017年5月撮影。
ここは窓が開かないので、俯瞰マニア的には少々不満なところです。

自由通路上から見た駅構内の内野方
自由通路上から見た駅構内の内野方、2017年5月撮影。
先端に向けて絞り込まれていく三角形の島式ホームが当駅の特徴であります。

島式ホームの青山駅方から見た関屋駅構内
島式ホームの青山駅方から見た関屋駅構内、2015年12月撮影。
幅狭のホームを圧するツインタワーな橋上駅舎の威容であります。
ローカル私鉄由来の狭い構内と巨大な駅舎のミスマッチぶりも当駅の特徴。

島式ホーム端から青山駅方を見通す
島式ホーム端から青山駅方を見通す、2017年5月撮影。
画像左横の横取り線はまだ生きていて、上の画像の右側のように保線車両が留置されているのを時折見かけます。

島式ホームと橋上駅舎を連絡するエレベーター
島式ホームと橋上駅舎を連絡するエレベーター、2015年12月撮影。

橋上駅舎出入り口とホームの上屋下の様子
橋上駅舎出入り口とホームの上屋下の様子、2017年5月撮影。
ホーム上のベンチはこの画に映っているものが全てです。


島式ホームの白山駅方から見た関屋駅構内
島式ホームの白山駅方から見た関屋駅構内、2017年5月撮影。
2台設置されている監視カメラが物々しい。
まぁ最近は色々と物騒ですし、安全上からも防犯上からもカメラの設置、増強は仕方ないですな。

島式ホーム端から白山駅方を見通す
島式ホーム端から白山駅方を見通す、2017年5月撮影。
遊休化した部分は立ち入り禁止になっています。
画像左側は関屋自動車学校。
県民にはTVCMの「せっきっや!じどうしゃっガッコー!」のフレーズでよく知られたところ。
ここの教習生も当駅を利用しているのでしょう。
目出度く免許を取ったら、きしゃなんてカッタルくて使わないのでしょうけれど。

青山駅方の踏切から見た関屋駅構内
青山駅方の踏切から見た関屋駅構内、2017年5月撮影。
当駅駅舎は耐震性強化の為の「連結耐震構造」を採用していて、駅舎と自由通路の間に揺れを吸収するオイルダンパーを設置しており、その働きによって建物が損壊しにくくなっているそうです。
駅舎改築開始の一年前に中越地震が起きているので、それが駅舎の設計に影響を与えたのでしょうか。
あの時は新潟市で震度4。
しかし我が家の地域を含む地盤軟弱地帯では4なんてもんじゃなかった。
5弱はいってましたな。
しかも揺れている時間が長かった。

白山駅方の踏切から見た関屋駅構内
白山駅方の踏切から見た関屋駅構内、2017年5月撮影。

関屋駅2番線に停車中のE129系電車新潟行
関屋駅2番線に停車中のE129系電車新潟行、2017年5月撮影。
非電化時代、昭和50年代半ばまで磐越西線馬下駅から当駅終着の旧型客車列車が運転されていたのも遠い遠い昔の話になりました。

関屋駅で顔を合わせた越後の電車新旧の主役
関屋駅で顔を合わせた越後の電車新旧の主役、2015年12月撮影。

関屋駅での115系電車同士の列車交換
今ではすっかり少数派になった115系電車同士の列車交換、2015年12月撮影。

関屋駅でのE129系電車同士の列車交換
越後路のこれからの主役、E129系電車同士の列車交換、2017年5月撮影。
全区間単線で日中毎時3本の頻発運行区間である越後線・新潟-内野間において、最も頻繁に列車交換が行われるのがここ関屋駅。
平成29年3月改正ダイヤでは1日28回が実施されています。

関屋駅1番線に停車中の115系電車新潟行
関屋駅2番線に停車中の115系電車新潟行、2017年5月撮影。
昭和59年の越後線電化で颯爽デビューし、気動車が騒々しく走る元ローカル私鉄の鉄路に新風を吹き込んで、今日の都市型路線への脱皮に大きく貢献したのがこの115系電車です。

E127系電車内野行が1番線から出発
E129系電車に新世代の主役の座を譲ったE127系電車内野行が1番線から出発、2012年6月撮影。

関屋駅の旧駅舎
ここからは改築以前の関屋駅の様子をご紹介。
かつての関屋駅駅舎は昭和7年(1932年)の完成で、このように実にこじんまりとした建物でした、2003年11月撮影。
しかしその佇まいは周りの風景とうまく溶け込んでいました。

駅舎と跨線橋間の上屋の様子
駅舎と跨線橋間の上屋の様子、2003年11月撮影。
自動券売機の設置の仕方といい、雰囲気といい、関西の大手私鉄の各駅停車しか停まらない小駅のような印象でした。

関屋駅旧駅舎とホーム、跨線橋の位置関係
関屋駅旧駅舎とホーム、跨線橋の位置関係、2005年8月撮影。
この三ヶ月後に駅舎改築工事が始まっています。
旧駅舎時代最後の夏の午後の一時であります。

青山駅方から見たホーム上の待合室
青山駅方から見たホーム上の待合室、2005年8月撮影。
室内には今から10年程前まで無人駅でよく見られた朱色のベンチを設置。

旧駅舎時代の島式ホーム上屋下の様子
旧駅舎時代の島式ホーム上屋下の様子、2005年8月撮影。
乗り場案内もなんとなく私鉄っぽかったのですよ。

旧駅舎時代の関屋駅構内を青山駅方から見る
旧駅舎時代の関屋駅構内を青山駅方から見る、2005年8月撮影。
この頃の方が、駅の美観上はずっと良いなぁ。
小さい中にも土着の地に足が付いたしたたかさを感じるのですわ。

旧駅舎時代のホーム端から青山駅方を見る
旧駅舎時代のホーム端から青山駅方を見る、2005年8月撮影。
画像左端の旧貨物側線とおぼしきレールはまだその姿をはっきり確認できます。
現在はすっかり草生してしまっていますな。

旧駅舎時代の関屋駅構内を白山駅方から見る
旧駅舎時代の関屋駅構内を白山駅方から見る、2005年8月撮影。
真夏の午後とあって完全に逆光です。
この撮影当時はこのブログを始めたばかりの頃で、ヘンテコな趣味にうつつを抜かしていて現在のような展開は全く意図していなかったのです。
今思い返すに、もっとちゃんと撮っておけばよかったと後悔ばかりなのです。
駅舎内部の画像も、人が居たので遠慮したとはいえ、現在のように撮れるまで待つとか後日また来るとかせずに諦める淡白さだったのです。

旧駅舎時代のホーム端から白山駅方を見る
旧駅舎時代のホーム端から白山駅方を見る、2005年8月撮影。
周りの様子は12年経った今も変わっていません。

跨線橋上から見た旧駅舎時代の関屋駅構内の青山駅方
跨線橋上から見た旧駅舎時代の関屋駅構内の青山駅方、2005年8月撮影。
完全に逆光で背景はまっしろけ。

跨線橋上から島式ホームを見る
跨線橋上から島式ホームを見る、2005年8月撮影。

構外から見た旧駅舎時代の関屋駅構内
構外から見た旧駅舎時代の関屋駅構内、2005年8月撮影。
このスリムさ、狭さが関屋駅本来の姿です。

青山駅方の踏切から見た旧駅舎時代の関屋駅構内
青山駅方の踏切から見た旧駅舎時代の関屋駅構内、2005年8月撮影。

旧駅舎時代の関屋駅で交換するE127系電車
旧駅舎時代の関屋駅で交換するE127系電車、2005年8月撮影。

初夏の関屋浜海水浴場
昔ながらの街並の只中にある関屋駅ですが、歩くこと1km弱で日本海に到達します、2017年6月撮影。
ここは関屋浜海水浴場で、海開きに備えて海の家の準備が進んでいました。

関屋浜と初夏の美しい日本海
関屋浜と初夏の美しい日本海、2017年6月撮影。
この日は海沿いをじっくりとトレッキング。

関分記念公園
北から約5km続いた海沿いロードの終着が関分記念公園です、2017年6月撮影。
新潟市を信濃川の氾濫による水害から救った救世主、それが昭和47年に完成した関屋分水です。
画像中央は展望台で、高所恐怖症の私としてはお尻がムズムズして衝動的に飛び降りてしまいそうな恐怖を感じる高さの塔であります。

展望台から関屋分水の上流方を見る
くだんの展望台から関屋分水の上流方を見る、2017年6月撮影。
手前は新潟大堰で、下部のゲートを上げ下げすることで信濃川の水量を調整し、海から川への逆流も防いでいるんだとか。
ここから南に約1.8kmの信濃川との合流地点までに、鉄道橋と合わせて六つの橋が架かっています。
越後線の鉄橋はここから五つ目で、画像奥に辛うじて確認できます。

関屋分水の日本海口
関屋分水の日本海口、2017年6月撮影。
汽水域と海とでは色が違いますな。

展望台から見下ろして一枚
展望台から見下ろして一枚、2017年6月撮影。

ここまで歩いてきた日本海沿いの道のりを振り返って一枚
ここまで歩いてきた日本海沿いの道のりを振り返って一枚、2017年6月撮影。
この道沿いでは波や風による侵食から砂浜を守る為の工事が間断無く行われていて、画像中央に見えるクレーン車が停まっているあたりもその一つ。

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