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2017年6月 6日 (火)

鹿瀬駅(磐越西線)

本日の駅紹介は磐越西線・鹿瀬駅。

鹿瀬駅の昔の駅名標

新潟県東蒲原郡阿賀町に所在する無人駅で、開業は大正3年(1914年)11月1日。
開業当時の所在は東蒲原郡両鹿瀬村で、同村の玄関駅でした。
両鹿瀬村は戦後の昭和30年4月に近隣の日出谷村、豊美村と合併して鹿実谷村になります。
合併した旧村の名前から一字ずつ取った、三方丸く収めたようなネーミングでしたけれどこれは長続きせず、翌年1月の町制施行を機に鹿瀬町と名を改めます。
結局は合併3村の力関係をそのまま表したような形になったのでしょうね。
鹿瀬町は平成の大合併の号令下で近隣町村と合併し、新自治体の阿賀町の一地域として再出発して今日に至ります。

鹿瀬駅は新潟水俣病でその名が全国に知られた昭和電工鹿瀬工場の最寄駅で、工場は昭和初期に建設されて当駅との間に専用線も引かれて、戦前から戦後にかけては旅客貨物共に賑わいを見せていたのです。
かつての気動車急行「あがの」「いいで」も当駅に停車していました。
また当駅における戦前の貨物収入は新潟県内屈指のものであったそうで、現在の駅の寂寥とした姿からは想像のつかない話なのです。

鹿瀬駅の駅舎
鹿瀬駅駅舎の様子、2015年12月撮影。
建築財産票を確認できなかったので竣工年月は不明ですが、屋根や上屋の造りからして戦前の建物ではと思います。
昭和30年代末までの当駅全盛時代には、この駅舎もさぞや活気があったことでしょう。
現在は内部に布団屋さんが入っていて、その脇を間借りしているような風で待合空間があります。
なおトイレは画像には映っていませんが、向かって右側に駅舎とは別棟であります。
私が取材目的で初めて当駅を訪れた2003年11月時は、非水洗の昔の形態のトイレでしたけれど、2010年5月に行った時には改築されて水洗化・一部バリアフリー化されていました。

鹿瀬駅前通りの様子
鹿瀬駅前通りの様子、2015年12月撮影。
画像右手が鹿瀬駅駅舎です。
この通りが旧鹿瀬町のメインストリートでもありました。
この時には周囲に集客力の高い店舗はありませんでした。
列車の本数も少ないので、駅巡りで立ち寄る場合は相応の時間をここで過ごすことになるかと思います。
軽食程度は持参していった方が良いでしょう。

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駅前通りを反対側から一枚、2015年12月撮影。
画像左手が鹿瀬駅駅舎、奥の陸橋は国道459号線です。
なお当地のバス事情ですが、駅前には乗り入れないものの国道経由の津川-日出谷線が新潟交通観光バスによって運行されています。
本数は少ないですが、土休日にも運行されているのが私のような人種には実に有難いところ。
しかも昼過ぎという使い勝手のいい便が通年運行で走っているのですよ。

鹿瀬駅駅舎内部の様子
鹿瀬駅駅舎内部の待合空間、2010年5月撮影。
ベンチにクッションが置かれているのは温かみがあって良いですな。
画像左側の壁には鹿瀬地域の大きな観光案内板があります。

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鹿瀬駅の構内と駅舎の位置関係、2015年12月撮影。
画像右側の空間はかつての線路跡です。

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構内通路から見た鹿瀬駅ホームの様子、2015年12月撮影。

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鹿瀬駅の旧島式ホームから見た構内通路とその先の駅舎、2015年12月撮影。

日出谷駅方から見た鹿瀬駅構内
日出谷駅方(駅舎方)から見た鹿瀬駅旧島式ホーム、2015年12月撮影。
かつては気動車急行「いいで」「あがの」やDD51形ディーゼル機関車牽引の旧型客車列車が、このホームに発着していたのです。
磐越西線の現在の花形「SLばんえつ物語」は当駅を通過。
かつての急行列車停車駅で「ばん物」が通過するのは、当駅と荻野駅のみです。
急行の通過駅だった咲花駅三川駅、日出谷駅には停車していますから、当駅の凋落ぶりが否が応でも目立ってしまうのです。
ホーム上の上屋の存在は、流石元有人駅にして急行停車駅の貫禄ですけれど、平板な島式ホームということもあり、正直見栄えはしない構内です。

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津川駅方から見た鹿瀬駅ホームの様子、2015年12月撮影。

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ホームの津川駅方を見る、2015年12月撮影。

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島式ホーム上の待合室内部の様子、2015年12月撮影。
建築財産票によると昭和58年5月23日の完成。
日出谷駅や三川駅のホーム待合室と同じスタイルの造りになっています。
内部には自動券売機を一台設置。

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画像右側の空間がかつての線路跡です、2015年12月撮影。
昔の時刻表を紐解いて見ると、当駅では昭和55年10月改正ダイヤで1日2回、昭和60年3月改正ダイヤでは1日1回の定期旅客列車の交換が行われていました。

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交換設備の撤去跡を日出谷方から見る、2010年5月撮影。
跡地の一部は宅地に転用されていて、当駅の列車交換設備復旧は事実上不可能になっています。
ちなみに鉄道ジャーナル別冊「急行列車ジグザグ日本全周大追跡」には、昭和59年当時の当駅での列車交換(急行「あがの」とDD51形ディーゼル機関車牽引の50系客車列車)の写真が載っています。
機関車と客車6両がホーム一杯に停まっている、その種のマニアにはもう辛抱タマラン画なのであります(私がその種のマニアw)。

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日出谷方の陸橋上から俯瞰で見た鹿瀬駅構内の様子、2010年5月撮影。
かつての貨物最盛期には、本線の右側の空間に貨物側線が数本並んでいたのでしょう。

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同じく、より俯瞰で鹿瀬駅周辺を観察、2010年5月撮影。
周辺の人口密度は高そうですな。

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同じく陸橋上から日出谷駅方を見る、2010年5月撮影。
画像右側を流れているのは阿賀野川です。
鹿瀬駅から日出谷駅へは鉄道の営業キロで5.2kmと比較的近いのですけれど、国道459号線経由ですと距離は鉄道の倍以上です。
これは磐越西線が平瀬トンネルで山をぶち抜き直進するのに対して、国道は山を大きく迂回して三角形の二辺を往くような形になっているからです。
鉄道と国道の間にはもう一本道がありますが、何しろ野趣に富むロケーション故に、徒歩の場合は野生動物さんとの不意遭遇の危険性があります。
現に津川-鹿瀬間では車中からニホンザルの群れを目撃できるのです。

鹿瀬駅に停車中の快速「あがの」会津若松行
鹿瀬駅に停車中のキハ110+キハE120の快速「あがの」会津若松行、2015年12月撮影。
かつての気動車急行「あがの」の後身で、昭和60年3月改正から運行されている今年(2017年)で運行開始33年目の老舗の快速です。
急行時代は前身の準急を含めても約26年の生涯でしたので、快速としての歴史が長い列車になりました。
運行本数はかつての2往復から1往復に減ってしまったものの、上りは全区間、下りも会津若松-新津間は快速運転をしていて、新潟と会津地方を結ぶ速達便としての機能を今なお果たしているのです。
土休日に乗っても乗車率は上々で、18きっぷ期間以外は閑散としている米坂線の「べにばな」とは格が違う印象を受けます。

鹿瀬駅に到着するキハ40系気動車新津行
鹿瀬駅に到着するキハ40系気動車の新津行、2004年11月撮影。
キハ110やキハE120と比べると、乗り心地も車内設備も旧式の謗りを免れない車両です。
この時期は非冷房車も入っていて、真夏はガーラガラでしたな。
暑い車内で座っているよりも、立ってもいいから冷房の効いた車両がいいのでしょう。

磐越西線の津川-野沢間は過疎ダイヤのローカル線化していて、鹿瀬駅に発着する定期列車は2017年3月改正ダイヤでは上下16本(快速2本、普通14本)。
上越新幹線開通前の昭和55年10月改正ダイヤでは24本(急行6本、普通18本)。
新津方の区間列車の折り返しが、国鉄時代の日出谷駅から津川駅に移ってしまったのは、その間にある当駅にとって大きなマイナスだったのです。

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鹿瀬駅の所在する向鹿瀬地区と、阿賀野川対岸の旧町役場がある鹿瀬地区を連絡する歩行者用の橋、2015年12月撮影。
高所恐怖症の私にとっては中々にスリリングなところです。
しかし橋から見た阿賀野川の眺めは格別。
紅葉シーズンは実に良い景色です。
橋脚部分の古さから見て、国道の立派な橋が架かるまではこの橋に車も通していたのかも。

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放水中の鹿瀬ダム(角神ダム)
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鹿瀬駅からちょっと足を伸ばして、国道459号線を日出谷方に向かって往くこと約3kmで
鹿瀬ダムに到達、2010年5月撮影。
1928年(昭和3年)に完成した、阿賀野川流域電源開発の主役であります。

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満々と水を湛えた角神ダム湖、2010年5月撮影。

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鹿瀬ダムを見物しながら国道をなおも進むと、奥阿賀地域の観光拠点であるレークサイド角神に到着、2010年5月撮影。

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レークサイド角神から徒歩数分で奥阿賀遊覧船の発着場に行けます、2010年5月撮影。

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皐月の快晴の日曜日だというのに、奥阿賀遊覧船二隻が揃って係留中、2010年5月撮影。
この日は鹿瀬ダムの放流日で、遊覧船は終日運休だったのです。

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鹿瀬地区から角神を経て、日出谷方面に伸び往く国道459号線、2010年5月撮影。
ここから先、しばらくは人跡稀な道行です。

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