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2017年6月10日 (土)

馬下駅(磐越西線)

本日の駅紹介は磐越西線・馬下駅。

馬下駅の昔の駅名標

新潟県五泉市に所在する無人駅で、開業は明治43年(1910年)10月25日。
開業当時の所在は中蒲原郡川東村で、戦後の昭和26年に猿和田駅が開業するまでは村の唯一の駅でした。
しかし人口集積は小中学校を有する猿和田駅周辺の方が多いように思われ、馬下駅の設置は多分に駅用地取得の容易さや五泉駅からの距離などの要素が大きく絡んでいたのではないかと推測しておるところです。
猿和田駅の開業で村内に鉄道駅が二つという恵まれた交通事情の川東村でしたが、昭和29年に周辺町村と合併し、新自治体の五泉市の東部地域になって今日に至ります。

さて、ここ馬下の地は、かつては事実上越後と会津の国境といえるところで、広大な越後平野と阿賀の山々の境界でもあります。
馬下という地名の由来も、ここから会津へは馬を下りて進む他なしという道中の過酷さから来たのだとか。
鉄道の駅としても新潟近郊区間の終端であり、昔から当駅止まりの列車が常に設定されている分水嶺でもあるのです。

2015年12月時点の馬下駅駅舎の様子
2011年6月時点の馬下駅駅舎
馬下駅駅舎の様子、上は2015年12月、下は2011年6月撮影。
建築財産票によると、昭和58年(1983年)12月9日の竣工。
同年2月に磐越西線の新津-喜多方間がCTC化されて、駅に運転要員の配置の必要が無くなった後の完成ゆえか駅舎はこじんまりとしています。
トイレは駅舎向かって左側のドアが出入り口で男女兼用。
2011年6月訪問時までは非水洗型で、内部はお察しください・・・なレベルでした。
しかし2015年12月に再訪した時にはその変わりように仰天。
男女兼用は変わらずながら、トイレットペーパー装備の水洗洋式にリニューアルされていました。
田舎のローカル駅のトイレのバリアフリー化は着々と進んでおるようでまずは目出度し。
しかしこういう事案はどこがおカネを出しているのか?
バリアフリー関連ですからJR東日本が出しているのですかね?

駅前広場の様子
駅前広場の様子、2011年6月撮影。
舗装された生活道路と未舗装の空間が混じる、どこかとりとめのない混沌とした印象。
駐車空間は広いので、「SLばんえつ物語」をクルマで駅撮りに来る場合は具合の良さそうなところです。

駅舎から見た駅前通りの様子
駅舎から見た駅前通りの様子、2015年12月撮影。
短い駅前通りの向こうは、かつて路線バスが運行されていた県道です。

路線バスが運行されていた県道の様子
かつて路線バスが運行されていた県道の様子、2011年6月撮影。
道沿いに目立つ建物は郵便局ぐらいです。
五泉駅と馬下保養センターの間には以前路線バスが運行されていて、本数は少ないとはいえ五泉-猿和田-馬下間相互の移動に利用出来、駅巡り者には貴重な存在でした。
馬下-猿和田間を乗車したことがありますが、見事なまでにガラガラで乗客は私を含め三人ほどでしたっけ。
現在ではコミニュティバス化を通り越してデマンドタクシー化されており、部外者の利用は事実上出来ません。
コミニュティバスでも路線維持が困難な程の需要の少なさということなのでしょうね。
また周辺で食料調達は出来ないので、当駅訪問の際は軽食ぐらいは持参していった方が良いでしょう。
時間帯によっては列車の運行頻度も過疎化しますしね。

馬下駅駅舎内部の様子
馬下駅駅舎内部の様子、2015年12月撮影。
室内は自動券売機一台と三人掛けのベンチで、駅構内の規模と比較すると相当に狭いのです。
昭和58年時点でも、運転上の要衝ではあっても営業上はこれで足りる利用状況であったということなのでしよう。

1番ホームの猿和田駅方から見た馬下駅構内
1番ホームの猿和田駅方から見た馬下駅構内の様子、2015年12月撮影。
1番ホームは新津方面乗り場です。

1番ホーム端から猿和田駅方を見る
1番ホーム端から猿和田駅方を見る、2011年6月撮影。
ホームの左隣にはモーターカーの車庫があります。
現在のホームの有効長表示は6両ですが、日中は2両で充分なのが実際のところ。

1番ホーム横のモーターカー車庫の先の廃線路
1番ホーム横のモーターカー車庫の先の廃線路、2015年12月撮影。
画像右側にかつての貨物ホームらしきものが見えます。

馬下駅構内の中枢部の様子
馬下駅構内の中枢部の様子、2015年12月撮影。
列車運転上の重要駅である当駅ですが、旅客営業上はまぎれもなくローカル。
その証にホームの上屋はほぼ無い状態です。

1番ホームの咲花駅方から見た馬下駅構内
1番ホームの咲花駅方から見た馬下駅構内、2011年6月撮影。

馬下駅のレンガ積みのランプ小屋
馬下駅名物と言えばコレ、明治の停車場開業以来のレンガ積みのランプ小屋です、2011年6月撮影。
文明開化の香り漂う洋風の小品です。

1番ホーム端から咲花駅方を見る
1番ホーム端から咲花駅方を見る、2015年12月撮影。
後背にはかつての会津領であった阿賀の山々。

馬下駅跨線橋内部の様子
馬下駅跨線橋内部の様子、2015年12月撮影。
国鉄時代後期のローカル駅跨線橋の典型的スタイルです。
窓は開閉可能で高さも程よく、俯瞰フェチには大変有難いとこめです。

跨線橋上から咲花駅方面を俯瞰で見る
跨線橋上から咲花駅方面を俯瞰で見る、2015年12月撮影。
当駅は古い時代の停車場ですが、ホームの配置は千鳥型ではありません。
平地で用地取得も容易であった故なのかどうか。

跨線橋上から猿和田駅方面を見る
同じく猿和田駅方面を見る、2011年6月撮影。
前述したように当駅は平野と山地の境界に立地していて、上下方向で見せる顔が全く違うのが魅力です。

馬下駅島式ホームの3番線の様子
馬下駅島式ホームの3番線の様子、2015年12月撮影。
こちらには当駅折り返し列車が入ります。
2017年3月改正ダイヤでは馬下始発6本(内1本は休日運休)、終着が5本。

島式ホーム端から猿和田駅方を見る
島式ホーム端から猿和田駅方を見る、2011年6月撮影。

島式ホーム上から見た駅舎構内側
島式ホーム上から見た駅舎構内側の様子、2015年12月撮影。
駅舎の通路右側の窓部が待合室なので、旅客用の空間は駅舎全体の1/3程です。


島式ホームの2番線側から見た馬下駅構内中枢部
島式ホームの2番線側から見た馬下駅構内中枢部、2015年12月撮影。
2番は津川方面乗り場です。

島式ホーム上の待合室内部
島式ホーム上の待合室内部、2015年12月撮影。
建築財産票によると昭和55年10月2月の完成。
駅舎よりもこの待合室の方が五割ほど面積が広く、待合空間のそれは倍以上の差があります。
ベンチも駅舎の倍の三人掛け二脚を設置ですが、倉庫を兼ねているからなのかその配置は千鳥式。
画像右側のブルーシートに包まれているのは除雪機械です。

跨線橋出入り口から見た島式ホームと待合室
跨線橋出入り口から見た島式ホームと待合室、2011年6月撮影。

島式ホーム端から咲花駅方を見る
島式ホーム端から咲花駅方を見る、2015年12月撮影。

当駅止まりの列車が発着する3番線の咲花駅方はすっかり草生して廃線の様相
当駅止まりの列車が発着する3番線の咲花駅方はすっかり草生して廃線の様相、2015年12月撮影。

島式ホームの咲花駅方端には、駅舎反対側を通る国道290号線への出入り口があります
島式ホームの咲花駅方端には、駅舎の反対側を通る国道290号線への出入り口があります、2011年6月撮影。

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こちら側には上屋付きの駐輪場が置かれていて、一定の需要があるようです、2015年12月撮影。

馬下駅裏手の国道290号線の様子
馬下駅裏手の国道290号線の様子、2015年12月撮影。
こちら側にも目を引くような建物や店はありません。
当駅の北方約5kmには周辺唯一の遊園地「サントピアワールド」(旧安田アイランド)があって、物理的な距離としては当駅が最も近く、最寄り駅と言えなくもないのです。
そう言えば新津を出発し五泉を過ぎた磐越西線の車中で同席した母子連れに、安田アイランドへはどこで降りたら良いかと尋ねられて驚愕したことがありましたっけ。
鉄道利用なら五泉で降りてタクシー利用がデフォなのです。
距離的には馬下が一番近そうですけど・・・と答えたら、ホントに当駅で降りちゃいました。
子供連れで5km歩くのは流石に無理でしょうにねぇ。
ケータイの普及するずっと前の話ですから、公衆電話でタクシーを呼ぶより他に道無しでしょうけれど。

咲花駅方の踏切から見た馬下駅構内
咲花駅方の踏切から見た馬下駅構内の様子、2011年6月撮影。

猿和田駅方の踏切から見た馬下駅構内
猿和田駅方の踏切から見た馬下駅構内の様子、2011年6月撮影。

馬下駅1番線に停車中のキハ110系+キハE120の気動車快速「あがの」新潟行
馬下駅1番線に停車中のキハ110系+キハE120の気動車快速「あがの」新潟行、2015年12月撮影。
かつての急行「あがの」「いいで」は停車せず、快速も永らく通過だった当駅ですが、現在は上下共停車しています。
この日、当駅に下車したのは私ひとり、乗車はナシ。

列車交換中のキハ40系気動車新津行とキハ110系快速「あがの」会津若松行
列車交換中のキハ40系気動車新津行とキハ110系快速「あがの」会津若松行、2011年6月撮影。
磐越西線の五泉-津川間で列車交換可能駅は当駅と五十島駅ですが、交換のメインは当駅になっていて、運転上の要衝の地位を今も保っています。
2017年3月改正ダイヤでは1日4回の交換を実施。
対して五十島駅は1日2回で内1回は「SLばんえつ物語」絡みです。

馬下駅に到着したキハ40系気動車新津行
馬下駅に到着したキハ40系気動車新津行、2011年6月撮影。
新潟都市圏の末端に位置する当駅は、国鉄時代よりも列車本数が増えています。
昭和55年(1980年)10月改正ダイヤでは当駅停車の定期列車は上下合わせて25本。
対して2017年3月改正ダイヤでは上下合わせて33本です。
数年前まではもう少し多かったのですけれど、新津-馬下間の区間列車が五泉発着に変更されて減少していてなおもこの数字なのです。
しかしこの利便性の高さも、需要の喚起に必ずしも直結していなさそうなのも事実でしょう。

馬下駅を出発するキハ40系気動車新津行
馬下駅を出発するキハ40系気動車新津行、2011年6月撮影。
あと数年で国鉄時代からのベテラン気動車ともお別れです。

3番線で折り返し待機中のキハ58系気動車
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真夏の夕暮れ、3番線で折り返し待機中のキハ58系気動車、2007年8月撮影。
新潟地区での定期運用も残り一年半の頃の画です。
キハ110系の代車で臨時に運用に入っていたのかどうかは定かではありません。

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秋の馬下駅を通過する、DD53形ディーゼル機関車牽引の「DD53ばんえつ物語号」
機関の轟音と共に秋の馬下駅を通過する、DD53形ディーゼル機関車牽引の「DD53ばんえつ物語号」、2006年11月撮影。
普段のSL牽引は積極的に撮りに行く気が全く起きないこの列車、しかしDL、しかもレアなDD53形が引くとなれば話は別。
私はSLよりもDLの方が断然好きなのです。
現役時代のSLってほぼ記憶に無いのですが、DLは磐越西線直通の客車列車や貨物列車、操車場の構内入れ替えで日常的に見てましたから、子供時代の記憶の琴線にビンビンと触れるのですよ。
どの駅で撮るか色々と思案した結果、当駅で実行することにしたのですけれど、本当は午後が構内撮影のベストなのです。
しかし11月ともなれば、午後は日暮れでまともに撮れませんからこれで致し方なし。

阿賀野川対岸の国道49号線へ向かう国道290号線の馬下橋
阿賀野川対岸の国道49号線へ向かう国道290号線の馬下橋、2007年8月撮影。

馬下橋上から見た真夏夕暮れの阿賀野川の穏やかな流れ
馬下橋上から見た真夏夕暮れの阿賀野川の穏やかな流れ、2007年8月撮影。

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