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2017年5月 7日 (日)

燕三条駅(上越新幹線・弥彦線)

本日の駅紹介は上越新幹線/弥彦線・燕三条駅。

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新潟県三条市に所在する駅で、弥彦線の駅としては無人駅です。
開業は上越新幹線の大宮暫定開業日の昭和57年(1982年)11月15日。
当時の所在も三条市でした。
当駅の設置に関して、三条市と燕市がどちらも一歩も退かない誘致合戦を繰り広げた果てに、玉虫色の結論として両市の境界線上に置くという結論に達したことは皆様よくご存知の通りです。
三条市と燕市は昔から折り合いが悪く、平成の大合併の大号令の最中に話し合われた合併話も頓挫して、両市は引き続き別々の道を歩んでいくこととなりました。
まぁ仲が悪いといっても、現代ではエラいさんたちの利権利害絡みが主要因で、一般市民の感覚としてはそんな事は無いと思いますけどね。
三条市と燕市が合併すれば、その人口は約17万八千人。
新潟県第三の都市である上越市(人口約19万六千人)に次ぐ規模になるのです。
さらに近隣の加茂市とも合併できれば、人口は20万人を越えて上越市を抜き、新潟市、長岡市に次ぐ県内第三の都市になれるのです。
しかしこの3市は方向性がバラバラで纏まる気配はなし。
大合併は必ずしも良いことばかりでないことは、生活実感としてよく承知しておりますけれど、部外者の野次馬的視点で見ると、三条・燕・加茂がうまく纏まれないのは実に惜しい話であると常々思っておるところなのですよ。

さて、そんな色々と面倒な経緯の末に生まれた燕三条駅。
JR東日本によると2015年度の1日平均乗車人員は2,200人で、同社新潟県内有人67駅中16位。
直江津駅にやや劣り、寺尾駅とほぼ同じレベルです。
ただし前述したように、燕三条駅は弥彦線の駅としては無人駅扱い。
乗車人員としてカウントされているのは上越新幹線のそれだけと思われるので、新幹線・在来線込みの数字はもっと多く、隣の燕駅の数字が約千人であることを考えると当駅の実際の数字は三千人に達するのは確実と思われます。
三千人台となれば三条市の玄関駅である東三条駅を抜き、新発田駅に次ぐJR東日本県内有人8位になるのです。

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燕三条駅の高架駅舎の様子、2012年5月撮影。
第一級の大駅のような威容を誇ります。
駅前には大きな駐車場を有しています。
この反対側の駅前広場に燕三条駅前バス停があって、鉄道補完としては越後交通運行の東三条駅-寺泊車庫線(東三条、北三条分水各駅及びその至近へ)、東三条駅-燕線(東三条、北三条、燕各駅及びその至近へ)、地場産センター-加茂駅線(加茂駅へ)、燕市コミニュティバス「スワロー号」(燕、西燕吉田南吉田粟生津、分水各駅及びその至近へ)が主な路線ですけれど、残念ながら本数そのものが少ない上に土休日運休が多いので駅巡りの補完手段としては多くを望めないのが残念なところです。

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燕三条駅前通りの様子、2012年5月撮影。
交通量が多いので、このように車が映り込まない画を撮るのは少々の忍耐を必要とします。
当駅と北陸自動車道のICを併せ持つこの地域は、周辺人口20万人の県央地域最大の商業集積地になっています。

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上越新幹線高架下の自由通路の様子、2012年5月撮影。

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燕三条駅コンコース内の様子、2008年4月撮影。

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弥彦線乗り場前に立つ、弥彦神社をイメージした小さな鳥居、2012年5月撮影。
これから弥彦に向かう気分を盛り上げていますけれど、残念ながら上越新幹線と弥彦線の接続はあまり良くありません。

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画像奥が弥彦線乗り場になります、2012年5月撮影。
弥彦線の駅としては無人駅扱いなのを象徴するように、設置されている自動券売機は無人駅仕様。
地道な増収策として、有人改札を置くか自動改札化すれば・・・とシロウトの私は考えるところですけれど、それに必要な経費はキセルで失う収入を大きく上回ったりするのかも。

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コンコースから弥彦線乗り場へやって来て、階段上からホームの燕駅方を見る、2012年5月撮影。

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燕三条駅の弥彦線ホーム燕駅方から見た構内の様子、2012年5月撮影。

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同じく燕駅方を見る、2012年5月撮影。
線路を跨ぐ陸橋は北陸自動車道です。
当駅至近には三条燕ICがありますが、あちらは「三条」を前に置いて、「燕」を前に置く当駅とのバランスを保たせているのは皆様ご存知の通り。
三条市と燕市のメンツを立てる為の措置ですが、それなら「新潟県央」とか中立的な名称にしてしまえばいいのにと部外の野次馬は感じるところ。

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上越新幹線高架下のホーム中央部の様子、2012年5月撮影。
設置されているベンチは、駅の利用状況の割にはかなり少なめ。

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燕三条駅の弥彦線ホーム北三条駅方から見た構内、2012年5月撮影。

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同じく北三条駅方を見る、2012年5月撮影。
画像中央にチラリと見えるのは信濃川鉄橋です。
あの橋を越えると間もなく、線路は三条市の旧市街地に入っていきます。

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弥彦線を跨ぐ歩道橋上から見た、燕三条駅の弥彦線ホーム、2012年5月撮影。
ホームの右側の空間は、当駅の列車交換駅化に備えたものです。
上越新幹線建設当初は、弥彦観光を当て込んだ弥彦線増発の思惑があった故の事だったのかもしれません。
しかし現状はそれを全く必要としない状況で、隣の燕駅での交換で十分なのです。
当駅の弥彦線定期列車発着本数も、1985年3月改正時では上下合わせて32本だったのが、2017年3月改正では上下合わせて27本と減ってしまっています。

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燕三条駅の弥彦線ホームに停車中の115系電車Y編成弥彦行、2012年5月撮影。
このY編成は2015年3月改正で全車運用を離脱し廃車されています。

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師走の夕刻、燕三条駅に到着するE129系電車東三条行、2015年12月撮影。
弥彦線では2015年3月改正で前掲の115系電車Y編成の後任として、E127系電車2編成が定期運用に入りました。
しかしそれから間もなく、矢作駅付近の踏切で立ち往生したフォークリフトと電車が衝突して修理の為に1編成が一時運用離脱。
そのピンチヒッターとして、当時最新鋭のE129系電車が弥彦線で運用されていた頃の一枚です。

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燕三条駅の上越新幹線乗り場前の様子、2015年12月撮影。

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燕三条駅の上越新幹線駅構内の様子、2015年12月撮影。
規格化されていて面白みのない新幹線駅構内ですけれど、ホームドアの設置が標準化されている昨今の新幹線駅と比べれば、昔ながらの鉄道駅としての雰囲気を残していると言えましょうか。

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燕三条駅12番線を出発するE1系新幹線電車「MAXとき」東京行、2008年4月撮影。
E1系電車は2012年9月に運用離脱引退しています。

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燕三条駅11番線に停車中のE4系新幹線電車「MAXとき」新潟行、2015年12月撮影。
先日、JR東日本からE4系電車を2020年度末までに引退させて、北陸新幹線で運用しているE7系電車に更新する公式アナウンスがあったのは皆様よくご存知の通り。
MAX編成が無くなると、混雑が酷くなりそうでちょっとイヤなんですけど。

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燕三条駅12番線に停車中のE2系新幹線電車「とき」東京行、2015年12月撮影。
2017年3月改正ダイヤにおける、当駅の上越新幹線定期列車の停車本数は上下合わせて50本。
新幹線開通直前の東三条駅発着の特急「とき」と昼行の急行「佐渡」の停車本数が上下合わせて28本ですから、県央地域と東京の鉄道アクセス利便性は新幹線開業によって大きく高まったのです。

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