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2017年2月11日 (土)

越後早川駅(羽越本線)

本日の駅紹介は羽越本線・越後早川駅。

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新潟県村上市に所在する無人駅で、開業は大正13年(1924年)7月31日。
開業当時の所在は岩船郡上海府村でしたが、、同村内の駅は羽越本線・村上-鼠ヶ関間開通時に当駅と西隣の間島駅の二つが置かれています。
当時は、特に国有鉄道の場合は一村に一駅あれば上出来で、鉄道が通っているのに後年になるまで停車場や停留所は未設置という例も珍しくはありません。
にも関わらず当時の上海府村内に二駅設置という好待遇を受けたのは、岩船地域一帯に強い影響力を持っていた関川村の市井家の意向があったという話です。
羽越線の当初計画では、上海府村内には越後早川駅と間島駅の中程に駅を置く計画だったそうですが、そうなると早川地区の山林で炭を作って重要な商売にしていた市井家にとっては、炭を鉄道で出荷する場合、予定停車場にはやや距離があるのです。
市井家がどの程度当局に働きかけを行ったのかは定かではありませんけれど、結局早川地区に停車場を置くことになり、それが現在の越後早川駅になります。
しかしそうなると隣の村上駅との距離は12kmになってしまい、少々距離が空いてしまいます。
当時の列車の平均速度が30km/hとすると、12kmを走るのに要する時間は24分。
となると列車の運行頻度は毎時一本という計算になります。
それでは輸送力不足と判断されたのか、村上駅に近い位置にもう一駅置かなければならないという事で、追加設置されたのが間島駅なんだとか。
そのお陰で割を食ったのが当初の駅設置予定地区で、おらが村のおらが地区の駅と喜んでいたら、鉄道が開通してみたら越後早川、間島両駅に2km以上ある不便な地になってしまったのです。
あちらを立てればこちらが立たず、なんとも気の毒というか難儀な話なのであります。
私鉄なら敷地を提供すれば停留所ぐらいは作ってくれそうですけれど、当時の国有鉄道ではそういう融通無碍な事はしませんしねぇ。
なお上海府村は戦後の昭和25年に岩船郡瀬波町に編入され、昭和29年には周辺諸村と共に村上市に合併編入されて今日に至ります。

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越後早川駅駅舎の様子、2004年8月撮影。
建築財産票によると竣工は昭和63年3月。
時期的に日本がバブルで踊り出し始めた頃の建物ですが、そういう浮ついた感じが無い端正な小品という佇まいです。
駅前広場は広大ですが、ご覧のように舗装はされていません。
周囲に何も無い当駅訪問者にとって、駅出入り口横の飲料自販機の存在は貴重です。

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越後早川駅駅舎内の様子、2010年6月撮影。
待合室内は壁に沿って造られた木のベンチと置き型のベンチと自動券売機。
上の画のドアの向こうは保線の休憩所なのか倉庫なのか、はたまた掲示板になっているところが旧窓口で駅舎改築後に有人だった時期があったのか。
想像を逞しくさせられるところです。
なおトイレは駅舎のホーム側にありますが、この時点では男女共用ながら水洗型になっていました。
現在のところ、私が当駅を訪れたのは2013年が最後なのですが、昨今のトイレバリアフリー化の波に乗って当駅のトイレ事情はその後果たしてどうなっているのやら。
駅巡りをしているとトイレの問題は実に切実な話なのですよ。

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酒田方面乗り場の桑川駅方から見た越後早川駅構内の様子、2010年6月撮影。
昔の駅らしく、このようなローカルなロケーションでもホームも構内も広大。

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同じく桑川駅方を見通す、2010年6月撮影。

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旧貨物引き込み線とホーム跡の様子、2010年6月撮影。
当駅の開業当時は前述の炭の出荷で賑わったのでしょうね。

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酒田方面乗り場の駅舎と跨線橋の位置関係、2010年6月撮影。

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跨線橋出入り口から振り返って一枚、2010年6月撮影。
トイレの出入り口は画像左の通路の左側です。

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酒田方面乗り場の間島駅方から見た越後早川駅構内、2010年6月撮影。
当駅も昔の駅の常としてホーム配置は千鳥式ですが、越後曽根駅のような極端なものではありません。
その辺が国有鉄道と地方私鉄の違いと言うべきなのかどうか。

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越後早川駅跨線橋内の様子、2010年6月撮影。
通路は狭く国鉄後期の無人駅標準仕様ですが、利用が少ないからなのか内部は比較的綺麗です。
白色に深緑のラインというのが清潔感を演出しているように見えます。

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跨線橋内から間島駅方面を見る、2013年5月撮影。
画像中央にかつての中線の未撤去の線路が見えます。

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同じく桑川駅方面を見る、2013年5月撮影。
こちら側の中線は撤去済みです。

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島式ホームの桑川方から見た越後早川駅構内、2010年6月撮影。

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跨線橋出入り口から見た越後早川駅島式ホームの様子、2010年6月撮影。
旧中線側のホームの白線は既に風化したように消えていたので、線路が撤去されて使われなくなってからかなり経っているように思われます。

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越後早川駅島式ホーム上の待合室と内部の様子、2010年6月撮影。
建築財産票によると竣工は昭和43年10月。
面積は駅舎の約半分で、跨線橋内と同様、ゴミも散らかっておらず清潔ですが使用感はあまり感じられません。

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島式ホームの村上方面乗り場の間島駅方から見た越後早川駅構内、2010年6月撮影。

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島式ホームの間島駅方から先を見通す、2010年6月撮影。
中線以外に機関車の待機線も敷かれていそうな感じ。

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越後早川駅を出発するキハ40系気動車二連の酒田行、2013年6月撮影。
新潟地区向けの電気式気動車導入も近く始まり、この昔懐かしい情景が見れるのも後数年となりました。

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越後早川駅に停車中のキハ110系気動車二連の酒田行、2010年6月撮影。
この当時も現在も、キハ110系を当駅で撮影出来るのは朝の新津発酒田行のこの列車のみです。
上り列車は日が最も高い時期でも、桑川駅の夜七時が限界なのですよ。
くだんの新型気動車は新潟、秋田、八戸の各地区に配置するようですが、そうなると郡山にキハ110系を集中配置するのかもしれません。
そうなると羽越線や米坂線のキハ110系も新型気動車に置き換えられる事になるわけで、駅に停車中の画をまだ撮影していない間島、今川越後寒川府屋各駅で早急に実行しなければなりますまい。
しかしキハ40系に対するような思い入れはこの形式には無いので、あまり気合が乗らないのが困ったところ。
E127系電車もそんな感じで、新津-長岡間ではほとんど撮りませんでしたっけ。

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越後早川駅を通過する485系電車R編成の特急「いなほ」新潟行、2010年6月撮影。
来る2017年3月改正でこの電車の定期運行も終了です。
大いなる一つの時代がいよいよ終わってしまい、実に寂しい。

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越後早川駅を通過する485系電車T編成の特急「いなほ」酒田行、2013年6月撮影。

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越後早川駅至近の羽越本線と並走する国道345号線、2013年5月撮影。
付近に信号機が無いので、車は高速で走る手合いが多いのです。
撮影横断には注意が必要です。

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国道にある路線バスのバス停「早川駅前」、2013年5月撮影。
このバス停には2017年2月現在、新潟交通観光バス運行の村上-寒川線が停車していますが、一日二往復で土休日は全便運休です。
私が当駅を初めて訪れた2004年秋の時点では、ここから桑川方面に4kmほどの馬下止まりだったので、桑川やその先の今川、寒川までバスで直接行けるようになったのは駅巡りの身にとっては実にありがたい話なのです。
しかし土休日運休というのはねぇ・・・まぁ病院通いのお年寄りが主要な顧客なんでしょうし、それは仕方が無い事ではあるのですが。

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道路から見た春の日本海、画像中央に見える島は粟島です、2013年5月撮影。
この時はここで海を眺めながらコンビニ弁当を食したのですが、後方にカモメたちが多数集まってきましたなぁ。
試しにご飯をあげても食べようとはせず逃げようともせず、ただ並んでこちらを凝視するのみ。
鳥たちの視線を背中に感じつつ、潮風に吹かれながらメシを食べる皐月の長閑な昼下がりです。

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越後早川駅を出発して隣の間島駅まで約5kmの歩きです、2010年6月撮影。
道路の右側が墓地になっています。
海岸手前まで山地が迫り、平地が狭いこの地域では、墓地の土地確保に難渋した為なのか平地の人目に付くところでこういう風景が間々見られます。

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越後早川駅と間島駅の中間地点にある上海府小学校付近の様子、2010年6月撮影。
鉄道敷設の当初計画では、この辺りに停車場を置く予定だったとの事です。

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国道をぷらぷらと一時間ほど歩いて、間島界隈に到達、2010年6月撮影。
所謂「笹川流れ」からは外れている海辺の道ですが、こちらの風情もなかなかどうして。
青い空と海と遠い島影を眺めながら歩くのは実に楽しい事なのですよ。

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