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2017年2月 5日 (日)

越後曽根駅(越後線)

本日の駅紹介は越後線・越後曽根駅。

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新潟県新潟市西蒲区に所在する有人駅で、開業は大正元年(1912年)8月25日。
開業当時の駅名は「曽根」で、開業翌年の4月に現駅名に改称しています。
当駅の開業時点では既に「曽根駅」は二つも存在しているので、それゆえの「越後」なのでしょうね。
ちなみにその二つとは、明治21年開業の山陽本線兵庫県下の曽根駅と明治45年開業の箕面有馬電気軌道(現・阪急電鉄宝塚線)大阪府下の曽根駅であります。
箕面有馬電気軌道の曽根駅が構い無しで越後鉄道の当駅が改名というのは、当局に田舎者の分際で都会さまの駅名とダブらせるなとバカにされているようで、実に遺憾に思うところなのです。

さて越後曽根駅の開業時の所在は西蒲原郡鎧郷村で、当駅の現在の所在地名から推測するに、鎧郷村に隣接する曽根村との境に近い位置のようです。
曽根村は後の西川町の中心地区であり、こちらの方が駅開業当時でも人口が多そうではあるのですけれど、それにも関わらず鎧郷村内に駅が設けられたのは、鉄道開通前は当地域の交通運輸の要であった西川の存在が大きかったのではと推察されるところです。
曽根村は鎧郷村の西川対岸にあって、曽根村中心部に駅を設けるには、西川を鉄橋で二回越えなければなりません。
西川自体は大きな川ではないのですが、零細地方私鉄である当時の越後鉄道にとって、おカネのかかる架橋は出来るだけ避けたいところでしょう。
なお鎧郷村は昭和五年に町制を施行した曽根町と昭和30年三月に合併して新自治体の西川町になり、越後曽根駅は平成17年三月時点で人口一万二千人余りを擁する町の玄関駅でした。
約半世紀に渡って、日本海側最大の都市新潟市の西端と境を接する自治体として歩んできた西川町でしたが、平成の大合併の大号令下で平成17年三月に周辺市町村と共に新潟市へ合併編入され、同市西蒲区の一部となって今日に至ります。

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越後曽根駅駅舎全景、上から順に2012年6月、2008年5月、2006年11月撮影。
よく見ると2006年11月から2008年5月までの間に、屋根や上屋が塗り替えられています。
建築財産票によると昭和41年12月の完成で、築半世紀の駅舎です。
横長平屋の国鉄標準型の建物で、画像左側の、今日では大半が遊休化していると思われる事務運転空間の採光が極めて良好そうであります。
駅舎は近い将来、改築の話も出てくるでしょうが、そうなれば駅舎の規模は今の半分ほどになってしまいそうです。
駅前広場は流石に人口一万二千人の旧町の玄関駅らしく、相応に広大であります。
画像右側にタクシーが一台駐車していますが、何度か訪問して観察したところでは常駐しているわけではないようです。
毎時一本の列車到着に合わせて来ているようでした。
駅前広場には新潟交通観光バス運行の路線バス白根-曽根線が乗り入れていますが、2016年12月時点で平日四往復、土休日は二往復と過疎ダイヤです。
西蒲区のコミュニティバスは旧西川町に設定されておらず、越後線と並行するバス路線はありません。

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駅前広場の端にある二階建ての駐輪場、2008年5月撮影。
当駅の一日乗車人員の約八割は学生です。

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越後曽根駅駅舎内の様子、2012年6月撮影。
一番上の画像の右側が待合室です。
自動券売機が二台設置されていますけれど、JR東日本新潟支社の券売機複数設置の基準がイマイチよくわからないところです。
当駅よりも乗車人員が多い駅が一台きりだったりしますし。
なおJR東日本によると、2015年度の越後曽根駅の一日平均乗車人員は1,007人で同社新潟県内有人67駅中40位です。
新潟市西蒲区の中心駅である西隣の巻駅は2,471人なので、当駅はその四割に過ぎませんが、旧巻町と旧西川町の人口差もこれとほぼ同等なので、純粋に人口に見合った利用状況と申せましょう。
一日平均乗車人員が千人というのは、新潟支社の自動改札駅の下限レベルであるのですけれど、越後線・新潟-吉田間の有人駅で自動改札未設置駅は当駅のみでもあります。
それなら思い切って自動改札を導入してしまえば区間の有人全駅自動改札化でスッキリ収まるのにと考えてしまうのは素人の浅はかさなんでしょう。

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待合室内の様子、上は2008年5月、下は2012年6月撮影。
2008年5月時点では壁に沿ってベンチが置かれており、遊休空間が大きいガランした室内でした。
ウィキペディアによると2002年9月まではキオスクが出店していたようです。
私が当駅に取材目的で初めて降り立ったのは2004年6月の事でした。
もうちょっとこのプロジェクトを始めるのが早ければそれを見ることも出来たであろうにと、少々残念なのであります。
ちなみに私がこういう事を思いついて始めたのは2003年7月で、最初に行ったのは羽越本線・中浦駅でしたっけ。
おっと閑話休題、2012年6月訪問時では待合室内のベンチのレイアウトが全面的に変更されていて、遊休化していた中央部にベンチを集中して設置していました。

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越後曽根駅一番ホーム改札付近の様子、2012年6月撮影。

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一番ホームの越後赤塚駅方から見た越後曽根駅構内の様子、2012年6月撮影。
ホーム配置は典型的な千鳥式と言えましょうか。
なお列車交換の無い場合、列車発着は基本的にこの一番ホームになります。

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一番ホームの巻駅方から先を見通す、2012年6月撮影。
当駅構内はご覧のような際立った千鳥配置のホームになっています。
画像左側の線路は旧貨物引き込み線でしょうか。

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一番ホーム巻駅方の跨線橋出入り口、2012年6月撮影。
跨線橋出入り口の前方はすぐホームの端になっています。
かつて越後線唯一の優等列車であった急行「ひめかわ」は当駅には停車しておらず、跨線橋出入り口の狭さは当駅のその立ち位置を表しているかのようです。

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越後曽根駅跨線橋内部の様子、2012年6月撮影。
ウィキペディアによると当駅跨線橋は昭和56年の竣工。
この時点で築31年ですが、それ以上の経年を感じさせます。
板張りで安普請感が否めない空間なのであります。

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跨線橋通路から駅構内越後赤塚駅方を望む、2012年6月撮影。

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同じく巻駅方を望む、2012年6月撮影。
画像右側の駅裏手はこの時点では線路沿いに民家が立ち並んでいるものの、奥行きはあまりありません。
と言うことは、新潟市の新たな新興住宅地としての潜在的発展性を持っていると申せましょうか。

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基本的に列車交換時のみ列車が入る二番ホームの巻駅方から見た越後曽根駅構内、2012年6月撮影。
2016年3月改正ダイヤでこのホームに出入りする定期列車は一日六本です。

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二番ホーム中央の上屋あたりの様子、2005年3月撮影。
ベンチはご覧のように四人掛けが二脚のみです。
自動改札未設置の越後曽根駅の改札は開くのが概して遅く、列車到着数分前だったりします。
その為、列車の発着が限られる二番ホームを存分に撮影するには、窓口が開く前の早朝六時台を狙うしかないと思い詰めて行きましたっけ。

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二番ホームの越後赤塚駅方から先を見通す、2005年3月撮影。
三月中旬でしたが、霜の降りた寒い土曜の朝でした。

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二番ホームの越後赤塚駅方から見た早朝の越後曽根駅構内、2005年3月撮影。
画像右側の線路の出自に興味が湧くのです。
元々は島式ホームだったりしたのだろうか?
しかしホームの巻駅方に線路を敷く空間は無いような気も・・・。

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越後曽根駅一番ホームで列車交換待機中の115系電車吉田行、2012年6月撮影。
画像右側の二番ホームに、新潟行き列車を待つ人たちが見えます。
2012年3月から2015年3月までの三年間、越後線では新潟市の社会実験として内野-吉田間のデータイム増発が施行されていて、それまでのデータイム一時間ヘッドが40分ヘッドになり、その列車交換の多くは越後曽根駅で行われていました。
しかし結果は惨憺たるもので、乗車人員は実験前を下回ったほどで目標値を大きく割り込んでしまい、増発定期化の要無しとして現在は社会実験以前の一時間ヘッドに戻ってしまっています。
この社会実験失敗で、越後線の内野駅以西の今後の増発の目はほぼ無くなってしまったと申せましょう。
敗因は定期客の減少だそうで、沿線高校のクラス数は三年間で四クラス160人も減ってしまったとの事。
そもそも定期客頼みの増発なんて、この少子化のご時勢では失敗が目に見えていたのですけれどねぇ。
学生以外の需要開拓を余程行わなければあきませんわなぁ。

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越後曽根駅で並ぶ越後線のかつての両雄、吉田行の115系電車と新潟行のE127系電車、2012年6月撮影。

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越後曽根駅二番線を出発するE127系電車新潟行、2012年6月撮影。

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巻駅方の踏切から見た越後曽根駅構内の様子、2012年6月撮影。

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同じ位置から巻駅方を見る、2012年6月撮影。
越後曽根駅の駅構内は踏切を越えています。

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駅舎から見た越後曽根駅駅前通りの様子、2012年6月撮影。
駅前通りと言っても、前述のように当駅と旧西川町の中心地区とはやや距離があり、この時点ではコンビニ等はありません。

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越後線と並行する駅前の道路、2012年6月撮影。
駅周辺で目立つのは画像右側の郵便局ぐらいです。

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越後曽根駅から歩いて十分弱の、旧西川町中心部の様子、2012年6月撮影。
人口一万人強の町の中心部ですが、正直なところ、寂れているなぁ・・・という印象しかもてませんでした。
道幅の狭い古い形の商店街で、スーパーは無し。
銀行と画像左手のヤマザキショップが目立つ程度の、車の往来も少ない通りでした。

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