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2016年12月 4日 (日)

北長野駅(信越本線)

本日の駅紹介は、信越本線・北長野駅。

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長野県長野市に所在する有人駅で、JR東日本在籍時は信越本線、現在はしなの鉄道・北しなの線に所属しています。
開業は1898年(明治31年)9月1日で、当初の駅名は「吉田」。
現駅名に改称したのは昭和32年4月1日です。
開業時の所在は上水内郡中越村で、信越線・長野-関山間開通から10年目でようやく村の玄関駅が誕生したのです。
北隣の三才駅は戦後しばらくしてからの誕生なので、開業当初の鉄道は長野-豊野間約11kmの間に停車場が一つも無かったことになるのが、現在の目で見ると奇異感が夥し。
まぁしかし、当時の貧弱な蒸気機関車の性能では、そう頻繁に加減速、停車発進を繰り返すわけにもいかなかったでしょうから、それを考えれば致し方のない事だったのでしょうか。
中越村は周辺諸町村と共に、大正12年(1923年)に長野市に編入されて今日に至ります。
当地域が村であった時に子供だった方の御歳は百歳近いわけであります。
もう一世紀も昔の話では、地元で生まれ育った方も「村」の意識は無いんでしょうなぁ。

三才駅で大都市近郊の雰囲気が濃厚になって来たところで、次の北長野駅は人口38万人弱を数える甲信越地方最大の大都市・長野市副都心の様相であります。
JR東日本によると、当駅が同社在籍時の2013年度一日平均乗車人員は2,170人で、同社長野県内有人67駅中12位。
新潟県内の駅との比較だと、越後線・寺尾駅と同格なのですけれど、駅周辺の賑わいは一日平均5,000人以上の乗車人員がある越後線・白山駅よりもずっとあります。
隣の芝生は青く見えるとよく申しますが、それを差し引いても勢いを感じる周辺の様子なのです。

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北長野駅駅舎の様子、2011年6月撮影。
なお画像は全て同日撮影であります。
当駅駅舎は北陸新幹線の高架下にあって、その辺がまた都会的なイメージを増幅させているのです。
建築財産票を見つけられなかったので完成年月は不明ですが、この新幹線高架線は元々長野駅-長野新幹線運転所間として建設されたものなので、1997年10月の長野新幹線開業以前の供用開始であろうことは推察できます。
駅前広場が駐車場になっていて、そこの車の出入りが激しいのが強く印象に残っています。

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北長野駅駅舎内の様子。
駅舎内は吹き抜けです。

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改札口と跨線橋周りの様子。

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一番線三才駅方から見た北長野駅構内の様子。
一番線は豊野方乗り場です。

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同じくホーム端から三才駅方を見る。

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一番線長野駅方から見た北長野駅構内の様子。
これまでの信越本線の諸駅と違って、上屋が長大で現在の列車の編成長なら完全にフォローできています。
従って悪天候の日でも特定の場所に乗客が固まらずに済むのです。
この辺も大都市圏の駅らしいのですよ。

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同じくホーム端から長野駅方を見る。

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北長野駅跨線橋内の様子。
当駅は優等列車の停車駅ではありませんが、大都市圏の駅の利用状況に相応しく通路の幅はそれに準じたレベルです。

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跨線橋上から長野駅方を見る。
上屋が長大なのは利用客にとっては実に喜ばしい話ですけれど、俯瞰マニアとしてはホームの様子が窺い知れないのが不満なところ。

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同じく三才駅方を見る。

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島式ホーム長野駅方から見た北長野駅構内。
右側に留置されているのは209系電車のようです。
当駅の長野駅方寄りにはJR貨物のターミナルがあり、当駅の側線の多くは同社の持ち物のようです。

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島式ホーム端から長野駅方を見る。

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島式ホーム三才駅方から見た北長野駅構内。
この時点(2011年6月)で、二番線への定期列車発着はありませんでした。
ウィキペディアによると現在も予備として残っているそうですが、一番、二番線間の中線共々この先使い道はあるのかどうか。
JR東日本の飯山線列車が乗り入れている関係上、必要とされているんでしょうかね?

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同じく三才駅方を見る。

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島式ホーム中央部の様子。
左側三番線は長野方面乗り場です。
ホーム上のベンチが全て三番線に向いているのは、当駅の二番線に対する当局の見解を無言のうちに物語っていますなぁ。

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北長野駅三番線に停車中の115系電車長野色の長野行。

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北長野駅三番線に停車中の飯山線直通キハ110系気動車の長野行。

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北長野駅三番線から出発する189系電車「妙高」長野行。

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北長野駅前の様子。
駅前道路は交通量が多い上に至近で三叉路になっている為、渋滞気味でした。
おそらく慢性的にこうなのでしょう。
右側の駐輪場は日曜日にも関わらず自転車が鈴なり。
左側の建物は、当駅周辺で最大の集客力を持つ「ながの東急ライフ」。
1990年11月の出店だそうで、バブルの最末期なんですな。

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駅と駅前をつらつらと眺めても、まだ時間があったので数分歩いて長野電鉄の信濃吉田駅まで足を伸ばしてみました。
当駅は北長野駅開業の28年後、大正15年6月に開業しました。

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1997年に完成した信濃吉田駅橋上駅舎自由通路の様子。

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信濃吉田駅改札口周りの様子。
我が新潟の私鉄といえば、古めかしい電車が信濃川の堤防下をゴトゴトと走る新潟交通電鉄線なので、新潟市よりも人口規模の小さい長野市で長野電鉄、富山市で富山地方鉄道が盛業なのは驚異的な話に感じられるのですよ。

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朝陽駅方の踏切から見た信濃吉田駅構内。
当駅から南隣の桐原駅は僅か0.7kmで、ここからでも桐原駅の跨線橋を容易に確認出来ます。

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桐原駅方の踏切から見た信濃吉田駅構内の様子。

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まったくの偶然だったのですけれど、信濃吉田駅の桐原方踏切で長野電鉄2000系電車に遭遇。
この時点で唯一健在だったD編成のようです。
「普通 須坂」とあるので代走運転だったのでしょう。
日曜日なので惜別ファンたちが多いのかと思いきや、車内はガラガラでした。
この電車には昭和55年の夏休みに、湯田中への旅行の際に乗りましたっけ。
気動車急行「赤倉」の冷房の無い自由席で長野駅まで揺られてきた後に、2000系特急に乗り換えて湯田中まで。
車中は程よい乗り具合で、座席確保に汲々とすることもありませんでした。
私が長野電鉄に乗ったのは、その時と学生の時に長野回りで帰省した際に善光寺参りに利用した二回きり。
その時は善光寺下駅で降りたのですが、道に迷って汗だくになり、パニくる寸前まで追い詰められたものです。
道に迷わなければ10分ぐらいで行けるそうですが、あの時は一時間以上さ迷っていました。
長野駅から素直に道なりに歩いた方がずっと速かったw
不案内な土地でフラフラしたがるのが私の昔からの悪癖なのでございます。

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