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2016年11月の記事

2016年11月27日 (日)

三才駅(信越本線)

本日の駅紹介は、信越本線・三才駅。

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長野県長野市に所在する有人駅で、かつてはJR東日本・信越本線、現在はしなの鉄道・北しなの線に所属しています。
開業は昭和33年(1958年)1月8日と、県庁所在地周辺の駅としては後発で、しかも当時の扱いは停車場(というか乗降場)扱いで飯山線の列車しか停車しなかったという極めてユニークな出自なのです。
昭和41年10月1日に晴れて駅に昇格して今日に至るのですけれど、この辺の事情や駅及び周辺の雰囲気は、どことなく我が県の信越本線・越後石山駅に似ています。
なお当駅は開業当時から長野市の所在でした。

そんな異色の、そして冴えない出自の三才駅ですけれど、今日ではその利用状況は鉄道開業当初からの古参駅である豊野駅牟礼駅を大きく凌いでいます。
訪問したのは日曜の夕方近くで、豊野駅とその周辺を見て回った後すぐ当駅に来たのですけれど、人気の多さに加えて雰囲気、空気が明らかに違いましたねぇ。
デカい街の近郊、そういう匂いを肌で感じるのですよ。
JR東日本によると、2013年度の当駅一日平均乗車人員は1,542人。
当時の同社長野県内有人67位中17位でした。
我が県でいうと越後線/弥彦線・吉田駅と同レベルで、あの賑わいが対面式ホーム二本に凝縮されていると考えると中々に凄いのですよ。

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三才駅駅舎の様子、2011年6月撮影。
なお撮影は全て同日であります。
建築財産票を確認できなかったので、完成年月は残念ながら不明。
青色の屋根の張り出しが大きい独特の趣きです。
昔の造りの駅らしく、駅舎構外にトイレがあります(画像上左側)。
当駅は駅名にちなんで子供連れが多く訪れていて、私が当駅に滞在した約一時間の間に五組の親子連れが来て駅名票前で写真を撮っていました。
全員クルマで来ています。
皆、小さな我が子をまるで愛玩動物のように扱っているのが印象的でしたな。
根無し草の私には理解に苦しむところです。
私が三歳の頃は、親の躾が厳しくてあんな扱いを受けた記憶は無いですがな。
ちょっと悪戯すると家から閉め出されて、夜まで入れてもらえなかった事も数々ありましたしね。
記憶にはないのですが、閉め出された後どこかにさ迷い出て、家からかなり離れたところで発見されたなんて事もあったそうです。

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三才駅駅舎内の様子。
内部は吹き抜けで壁に沿って三人掛けのベンチが配置されています。

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改札口を抜けてホームへ向かいながら振り返って一枚。
三才駅は駅舎とホームがやや離れていて、大手私鉄の小さな駅にありそうなレイアウト。

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一番ホーム改札口方(北長野方)から見た三才駅構内。

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一番線豊野駅方から見た三才駅構内。
相対式のホームは長大で、短編成の列車ばかりの現在ではあまりにも無駄なものに見えてしまいます。
飯山線の列車しか停まらなかった時代は、比較的短編成の飯山線列車に合わせたホーム長しか無かったでしょう。
正式に駅に昇格して、長編成の信越線列車も停めるのに合わせてホームを拡張したということなのでしょうか?

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上の画からホーム端に進んで一枚。
ホームの左カープがよくわかります。
往時はここから、特急「白山」や「あさま」が長編成をうねらせながら進入する画を存分に見れたことでしょう。

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一番ホーム端から豊野駅方を見る。
ホームが長大な三才駅ですが、駅の有効長はさらに長いのです。

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上下のホーム間は地下道で連絡。
至近に高台も無いので三才駅を俯瞰で見ることは出来ず、俯瞰マニアとしては残念なところ。

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二番ホーム端から北長野駅方を見る。
画像右側が駅舎です。
ホーム端には立ち入り禁止の構内通路があり、地下道完成前のホームの行き来はそこで行っていたのでしょう。

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二番ホーム中程から北長野駅方を見る。

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北長野駅方の踏切から見た三才駅構内。

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三才駅二番線を出発した115系電車長野色の長野行。
行く手のマンションが、この先いよいよ長野市都心部へ入ることを告げております。

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三才駅一番線を出発したキハ110系気動車越後川口駅行。

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三才駅二番線を出発した189系電車「妙高」直江津行。

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三才駅前の様子。
ロータリーになっています。
タクシーの待機はありませんでした。

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三才駅前に駐車中の長野電鉄路線バス。
エンジンが切られていて表示が消えていましたが、当駅始終着便の折り返し待機中と思われます。
三才駅前からは鉄道補完として長野電鉄の長野駅行が三系統設定されています。
長野市都心部を通るので、直接そちらに行きたい場合はしなの鉄道よりも利便性は高いようです。
なお、路線バスは当駅始終着便以外は駅前通りの県道にバス停があるのでご注意ください。

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三才駅前通りの県道の様子。
道路左側にローソンの看板がチラリと見えます。
前述したように、豊野駅までと違って周辺は人気もあります。

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2016年11月23日 (水)

豊野駅(信越本線・飯山線)

本日の駅紹介は、信越本線/飯山線・豊野駅。

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長野県長野市に所在する有人駅で、かつてはJR東日本所属、現在はJR東日本(飯山線)としなの鉄道(北しなの線)の共同管理駅です。
開業は明治21年(1888年)5月1日で、当時の所在は上水内郡豊野村。
近代の町村制が施行される直前の停車場開業で、信越本線長野-直江津間はこのような古い駅が多いのです。
豊野村は停車場開業翌年の町村制施行に伴って神郷村になり、昭和29年に隣接する鳥居村と合併して再び豊野村を名乗ることになりましたが、翌30年に町制を施行して豊野町になります。
平成の大合併の大号令の下、人口約一万人の豊野町は長野市に編入されて今日に至ります。

長野駅から豊野駅までは、その距離約11km。
我が街新潟のスケールだと、新潟駅から信越本線・荻川駅、越後線・新潟大学前駅、白新線・早通駅の距離感ですけれど、当駅の佇まいはこれらのどれにも当てはまっておらず、独特の風情があります。
新潟市の場合は三方共にだだっ広い平野部なのですが、長野市の場合は当駅方は新潟との県境の山々に分け入る出入り口に当たるので、当てはまらなくても当然ではあるのですけれど。

JR東日本によると、豊野駅がJR東日本単独の管轄であった2013年度の一日平均乗車人員は960人で、同社長野県内有人67駅中28位。
後述するように当駅は橋上駅舎なので、駅はとても立派に大規模に見えるのです。
しかし利用実態としては人口約1万人の旧豊野町に相応のレベル。
見た目と内実の差が大きいのは田舎の橋上駅舎に付き物の話で、我が県でも信越本線・矢代田駅あたりはその典型ですな。
一日平均乗車人員は千人強で立派な橋上駅舎なのです。

国鉄全盛時代は「町の玄関駅」であった豊野駅は、長野駅に近いこともあってか優等列車の停車は少なく、昭和55年10月改正ダイヤでは新潟-上田間の電車急行「とがくし」二往復と飯山線を走破する唯一の急行「野沢」が停車するきりでした。
豊野町の人口規模的には、優等列車が停車しなくても不思議ではない豊野駅への急行列車停車はやはり飯山線との接続駅であった事が多分に影響していると思われます。
かつての準急列車は駅の規模がそれほどでなくても国鉄他線との接続駅には大抵停車していましたから、その出自が準急である「とがくし」「野沢」が停車するのも頷けます。
JR移行後、「とがくし」の後身である「赤倉」の妙高高原-長野間が普通列車に格下げされた事により、豊野駅に停車する定期優等列車は一旦消滅しました。
しかし1997年10月の長野新幹線開業に伴い、「赤倉」二往復は特急「みのり」に格上げ。
これにより豊野駅に特急「みのり」一往復が停車するようになりました。
一度は消滅した優等列車停車の灯火が、赤々と燃え上がりながら復活を遂げたわけです。
しかしこれはさながら赤色巨星の最期の輝きのようなもので、2001年12月には長野「みのり」は廃止。
これで当駅への優等列車停車史はその幕を閉じたわけであります。

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豊野駅の橋上駅舎の様子、2011年6月撮影。
なお撮影は全て同日であります。
新潟県内の橋上駅舎といえば白色ですが、当駅はご覧のようなクリーム色。
撮影的にはこの方が光の反射が少なくて良いのです。
色合いも落ち着いていて中々良い。
建築財産票を確認出来なかったのですが、ウィキペディアによると2008年2月の供用開始との事です。

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豊野駅橋上駅舎改札口周りの様子。
待合室は画像左側です。
当駅の利用状況は前述したように千人弱で、新潟の場合ですと自動改札機導入対象の最下限レベルです。

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豊野駅橋上駅舎の自由通路の様子。

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豊野駅橋上駅舎構内の様子。

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一番線三才駅方から見た豊野駅構内の様子。
このホームは妙高高原、飯山方面乗り場です。
二本のホームの配置は昔の停車場らしいものです。


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一番ホーム端から三才駅方を見る。
豊野駅はまだ大都市近郊らしからぬ長閑な雰囲気ですけれど、この先三才駅に近づくと沿線は一気に都市近郊のそれに変わっていきます。

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一番ホームの橋上駅舎出入り口付近の様子。

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一番線牟礼駅方から見た豊野駅構内。

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一番ホーム端から牟礼駅方を望む。

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橋上駅舎自由通路上から三才駅方を望む。
一番、二番線の間に線路が一本あって両方向共に接続していました。

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同じく構内から牟礼駅方を望む。

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島式ホームの様子。
こちらは長野方面乗り場です。
車両二両分ほどの上屋の下に、三人掛けベンチが計4脚。

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二番ホーム端から三才駅方を見る。
ホームはエレベーターの先に続いていますが、幅が狭く安全上問題があるのか立ち入り禁止になっています。
豊野駅に停車する列車は最大で6両程度あれば充分なので、これでも差し支えないのでしょう。

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島式ホーム牟礼駅方から見た豊野駅構内の様子。
当駅構内撮影のベストポジションはこの位置かと思います。
時間帯は午前中が良いでしょう。
午後だと薄曇でもこんな感じ。

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島式ホーム端から牟礼駅方を見る。
こちら側は三番線の右側に線路が三本。
かつての貨物側線のようです。
ただし本線と繋がっているのは本線の右の線路のみです。

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牟礼駅方の踏切から見た豊野駅構内の様子。

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同じく牟礼駅・信濃浅野駅方を望む。
ここからしばらくは左側の信越本線(現・しなの鉄道北しなの線)と右の飯山線が並走しています。

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三才駅方の陸橋上から俯瞰で見た豊野駅構内。
周辺の建物を圧倒する威容の橋上駅舎であります。

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豊野駅二番線に進入する115系電車長野色の長野行。

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豊野駅一番線に停車中の115系電車長野色の直江津行。

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豊野駅二番線から出発する189系電車「妙高」長野行。
かつての特急「あさま」としては当駅に脇目も振らなかった189系電車ですが、長野新幹線開業後は快速(のち普通列車)妙高号として停車するようになりました。
3連の115系電車はいつも混んでいて、途中駅から乗車するとまず座れなかったのに、6連で自由席5両の「妙高」は対照的に空いていて快適でしたなぁ。

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豊野駅一番線に停車中のキハ110系気動車越後川口行。
2011年当時、飯山線・長野-越後川口間を完走する列車は上下合わせて四本。
2016年現在では七本に増えています。
運用合理化の為でしょうかねぇ?

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豊野駅北口の様子。
こちら側が橋上駅舎以前からの駅正面のようです。
画像左側の上屋は長野市営バスの豊野駅北口バス停です。
当時は鉄道補完として三才への路線がありましたが、現在は乗合タクシー化されているようです。
またタクシーが一台待機。
駅前に人影は極めて少なく、北隣の牟礼駅よりも人気がありませんでしたなぁ。

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豊野駅南口の様子。

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豊野駅北口駅前通りの様子。
駅前通りは道幅が狭く住宅と個人商店が混在していて、集客力のある店が無いのでひっそり。
道幅が狭いということは、周辺が古くから集落であったという事なのでしょう。

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