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2016年8月14日 (日)

矢代田駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・矢代田駅。

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新潟県新潟市秋葉区に所在する有人駅で、開業は明治30年(1897年)11月20日。
開業当時の所在は中蒲原郡矢代田村で、同村は当駅開業直後の明治34年(1901年)11月に西隣の小須戸町と合併し、平成までその状態を維持してきました。
平成の大合併の号令下で平成17年(2005年)3月に新潟市に合併編入されて、旧新津市と共に新潟市秋葉区に転身して今日に至ります。
旧小須戸町は新潟市中心部から20km以上離れていて、新津市と合併するならともかく、それを飛び越えていきなり新潟市と合併してしまう展開には驚いたものです。

矢代田駅開設に当たっては、信濃川水運の水駅が置かれて商業物流拠点として賑わいを見せていた小須戸町にではなく、その中心地区から東に約2kmも離れた矢代田村内に設置した経緯が非常に気になるところなのですが、色々調べてもコレといった結論が無いのです。
曰く、
この地に鉄道を敷設した北越鉄道は新発田までの免許を持っていて、新発田へは遠回りになる小須戸町経由は避けたのだとか、
曰く、
最初は小須戸町へ停車場設置を考えていたが、鉄道が通ると水運が衰退するので町が反対して止めさせただとか、
曰く、
信濃川の氾濫による悪影響を考慮して小須戸町への設置は避けたのだとか。
印象としては、小須戸町は鉄道駅誘致にあまり積極的ではなかったのだろうというのが最大公約数的な話になるのですけれど、矢代田村が小須戸町に合併された後、小須戸町が矢代田駅を「小須戸駅」に改称しろという声があったという話もあり、また話がこんがらがってくるわけなのであります。
ともあれ、駅名の改称が行われることはなく、矢代田駅は東に1.5kmに所在する、新潟県下トップクラスの石油産出地域である新津油田の石油輸送に重宝されることになりました。
新津市史によると、おりしも当駅開業から6年後には、金津地区を含む新津油田の産油量が西山油田を超えて県内トップになっているのです。
ちなみにこの新津油田、明治末期に産油量が落ちてしまいましたが掘削の新技術導入で盛り返し、大正5年にピークを迎えます。
しかしそれが新津油田の限界で、伸び代を使い切った油田の産油量は以後下降の一途を辿っていったとの事です。

JR東日本によると、2014年度の矢代田駅一日平均乗車人員は1,119人。
同社新潟県内有人67駅中36位で、越後線・青山駅や磐越西線・五泉駅と同レベルです。
人口約1万人の旧小須戸町中心地区から2kmも離れていてこの数字は中々に立派なもので、付近に高校が所在し学生の集積拠点となっているのが大きいと思われます。
駅西側には新たな宅地造成も行われていて、新潟市近郊のフロンティア的な立ち位置としてこれから周辺人口も漸増していきそうなところです。

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矢代田駅駅舎東口の様子、2012年6月撮影。
2008年6月に供用を開始した橋上駅舎です。
前述したように駅東口では宅地造成が行われていて、そちらへのアクセス向上と老朽化した駅舎の改築を兼ねた結果、このような立派な駅舎が建設されたのです。

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矢代田駅東口の上屋とロータリー、2010年7月撮影。
この時点ではタクシー一台が常駐。
手前にバス停があり、新潟交通観光バス運行の路線バス新津-小須戸線と秋葉区運営のコミニュテイバスが乗り入れていますが、便数は少なくあまり便利とは言えないのでタクシー常駐は必要でしょうねぇ。

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東口ロータリーから信越線に並行する県道方面を見る、2012年6月撮影。
旧駅舎時代はこちら側が唯一の駅出入り口でした。

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矢代田駅東側の県道の様子、2012年6月撮影。
旧矢代田村の中心地区ですが、人口集積はそれほどではありません。
駅前にはYショップがありますが、コンビニではないので深夜早朝は閉まっています。
なお、この県道では矢代田駅から新津駅方面には前述の路線バスが運行されていますが、田上駅方面へのバス路線設定はなく、信越本線新潟-長岡間におけるバス空白区間の一つになっています。
田上駅は南蒲原郡田上町の所在なので、自治体を跨いでコミニュティバスを走らせるわけにもいかないのでしょう。
なお、この県道は当駅前を過ぎて間もなく、国道403号線に昇格しています。

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矢代田駅西口の様子、2009年7月撮影。
西口とはまた意匠が異なったデザインです。
新潟市近郊のフロンティアとして売り出していこうという当局の意欲が伝わってくるようですな。
駅の東西でデザインを変えて画一化から脱却するのは実に良いことだと思うのですけれど、その分おカネは張りそうでもあります。

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矢代田駅西口駅前通りの様子、2009年7月撮影。
この時点ではまだまだこれから、まさにフロンティアでありました。

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駅の東西を結ぶ橋上駅舎内の自由通路の様子、2010年7月撮影。
画像奥のステンドグラス調の花の画、旧小須戸町の町花はツツジなんですが描かれているのはコスモス?
花には全く知識が無いのでよくわかりません・・・。
ちなみに旧小須戸町を含む新潟市秋葉区のウリの一つが「花のまち」なのです。

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矢代田駅橋上駅舎改札口周りの様子、2010年7月撮影。
当駅の一日平均乗車人員はJR東日本新潟支社の自動改札機導入対象の下限に位置していて、当駅と利用状況が同レベルの五泉駅には自動改札機が導入されています。
駅舎を改築する話を聞いた時は、これに合わせて自動改札機を導入するのではと思いましたけれど、実際は従来の有人改札のままでした。

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橋上駅舎構内の待合室の様子、2009年7月撮影。
総ガラス張りなので、うっかり鼻クソもほじれないのです。

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新潟方面乗り場の旧島式ホームの田上駅方から見た矢代田駅構内の様子、2010年7月撮影。
駅舎改築前に既に遊休化していた中線上には架線柱が建ち、完全に分断されてしまいました。
「二度と甦らないようにトドメ刺しておきましたっ」的なこういう図は、駅フェチにとっては残念!の一言なのであります。

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同じく田上駅方を見る、2010年7月撮影。
画面奥の跨線橋は、旧小須戸町中心部に行き着く国道403号線です。

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旧島式ホームの古津駅方から見た矢代田駅構内、2010年7月撮影。
手持ちの時刻表を紐解くと当駅での普通列車の優等列車退避は、上越線特急全盛の昭和55年10月改正ダイヤでは上下合わせて4本、上越特急廃止後の昭和60年3月改正ダイヤでは上り1本で実施されていました。

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長岡方面乗り場の対面式ホーム田上駅方から見た矢代田駅構内、2010年7月撮影。
ここから見ると橋上駅舎の構内部分の構えも中々立派なものです。
西口へ伸びるアーム状の自由通路が良いアクセントになっています。

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同じく古津駅方から見た矢代田駅構内、2010年7月撮影。

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対面式ホーム端から古津駅方を見る、2010年7月撮影。
ここから見ると人家も疎らな広大な平野にこれから投げ出されていくような感じですけど、実際は新潟県最大の人口集積地域にどんどん近づいていくわけです。

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旧島式ホーム上から見た矢代田駅西側の様子、2010年7月撮影。

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橋上駅舎上から古津駅方を見る、2012年6月撮影。
宅地として開発されたエリアから一歩出れば、越後平野の広大無辺な田圃の海なのです。
お子さんの情操教育には、こういうロケーションに住んでみるのがプラスかもしれませんな。

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同じく田上駅方を見る、2012年6月撮影。
ここから見るとこちら側の方が賑やかに見えるのでけれど、実際は逆なのです。

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田上駅方の国道跨線橋上から見た矢代田駅全景、2010年7月撮影。

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古津駅方の踏切から見た矢代田駅、2012年6月撮影。
こちら側は中線が完全に撤去されているので、上下線間に不自然な空間が生じてしまっています。

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矢代田駅に停車中の115系電車新潟行、2012年6月撮影。

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矢代田駅に到着した115系電車湘南色の長岡行、2012年6月撮影。
こういう光景も間もなく見納めです。

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矢代田駅を通過する485系電車R編成の特急「北越」金沢行、2012年6月撮影。
特急の定期停車実績は無く、急行列車も停まりそうで停まらないビミョーな立ち位置の当駅ですが、快速列車に関しては昔から停車駅でした。
特急に準じた使命の快速「くびき野」停車は叶わなかったのは残念でしたが、現在(2016年)時点では特急型車両が充当される快速列車として夜の「らくらくトレイン信越」と、新潟-糸魚川間に一日一往復が運行されている485系最後の定期運用列車である8621M・8622Mが停車しています。

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矢代田駅に進入する485系電車T編成の特急「北越」新潟行、2012年6月撮影。

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矢代田駅旧駅舎の様子、2004年10月撮影。
建築財産票を確認できなかったのですが、相当に年季の入った建物でした。
二重屋根?の造り、上屋を支える支柱の形状など実に興味深い。
旧駅舎時代の駅前広場は狭くて、路線バスも乗り入れていませんでした。
あのような立派な橋上駅舎が建つとは当時夢想だにしませんでしたなぁ。
下の画像の駅舎出入り口左手が待合室で、内部は吹き抜けではなく待合室は仕切られていました。
駅舎内部を撮影しておかなかったのが悔やんでも悔やみきれないのでありますが、当時はこのブログを始める前でこんな記事を書くとは全く考えておらず、現在のように人がいなくなるまで辛抱強く待って撮影するとか面倒な事はやっていなかったのですよ。

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対面式ホームに面した駅舎とその先の跨線橋、2004年10月撮影。

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島式ホームから見た駅舎の様子、2004年10月撮影。
この時点では中線はまだその姿を留めていました。

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島式ホームから見た矢代田駅旧構内の様子、2004年10月撮影。

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島式ホーム上には実用本位な作りの待合室がありました、2004年10月撮影。

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島式ホーム古津駅方から見た、矢代田駅旧構内の様子、2004年10月撮影。
現在の駅構内と比較して見ていただければ、単に駅舎の改築に留まらず構内も相当に手が入れられているのがお分かりいただけると存じます。

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対面式ホーム田上駅方から見た矢代田駅旧構内、2004年10月撮影。

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対面式ホーム古津駅方から見た旧構内中心部、2006年11月撮影。
この半年後、旧駅舎は撤去解体されてしまったのです。
この時点では既に当ブログを始めていましたけれど、最初の頃のエントリーを見ていたたければわかるように、現在のようにディープな様式では無く撮影も今日の視点では色々と不備があったのです。
今なら駅舎内、跨線橋内、待合室内は絶対に押さえておくポイントですのに、この時はそのいずれもスルーという有様。

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跨線橋上から見た矢代田駅旧構内古津駅方の様子、2004年10月撮影。
跨線橋内は撮影していないものの、俯瞰マニアなのは昔も今も変わらないので優先的に撮影しています。

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同じく田上駅方を見る、2004年10月撮影。
現在と比べると、ホームは長く見えます。

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田上駅方の国道跨線橋上から見た矢代田駅旧構内、2004年10月撮影。
この時点では駅西側はまだ未開発でした。

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ここからはかつて新津油田の一角を占めていた金津地区の様子を簡単にご紹介。
ここから先の画像は全て2010年7月撮影です。
矢代田駅から東に1.5kmの金津地区は「石油の里」として観光地になっています。
公共交通機関でのアクセスは、新潟交通観光バス運行の新津-金津線(2016年3月時点で一日四往復、この撮影時と変わっていません)と、秋葉区運行のコミニュティバス(新津駅から古津駅、矢代田駅を経由して新津駅へ戻るルートで一日七便)です。

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石油の里では、往時の石油関連施設が野外展示されていて、明治~大正期の石油産出最盛期を偲ぶことが出来ます。

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産出した原油の量を測る計量タンク。
同時に一日かけて油と水を分離するそうです。

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計量タンクからこの加熱炉に送られた原油は、70℃の加熱で油と水の分離をさらに行います。

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頭上に架かる送油管。

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画像中央右手の建物が「石油の世界館」。
新津油田の歴史を学ぶことが出来ます。

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