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2016年5月 4日 (水)

津南駅(飯山線)

本日の駅紹介は、飯山線・津南駅。

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新潟県中魚沼郡津南町に所在する有人駅で、開業は昭和2年(1927年)8月1日。
開業当時は飯山鉄道・越後外丸駅で、中魚沼郡外丸村の所在でした。
外丸村は昭和30年に周辺諸村と合併して新自治体の津南町となり、当駅は後述するように町の中心地域からはかなり離れてはいますが、新たな町の玄関駅になります。
町の玄関駅に相応しいように、昭和43年に現在の駅名「津南」に改称して今日に至ります。
中魚沼郡の諸町村は平成の大合併の号令の下、十日町市と合併してしまいましたけれど、津南町は住民投票の結果、合併には加わらずに孤高を保つことを選択したのです。
合併するとどうしても旧町村の独自性や魅力は薄れてしまいますから、財政的に単独でもなんとかやっていける判断なのであれば、これからは特に外から人を呼び込む魅力化施策を行う為にも独立独歩の立場を維持した方が賢明ではないのかなぁと個人的には思うところで、それゆえ津南町の姿勢には応援したくなるのです。

越後鹿渡駅のエントリーでも触れたように、当時の飯山鉄道が駅設置地域に執拗に求めたのが「寄附金」です。
津南町史によると、越後外丸駅設置に当たっては飯山鉄道から外丸村に6,500円の「寄附金」要求があったとのことで、金額は隣の越後鹿渡駅よりも3,000円も多かったのです。
結局、村は「任意ではございますが絶対にお支払いくださいませ」の6,500円ナリを、大正14年から昭和14年まで15年がかりで完納したとの事。
支払い中に昭和恐慌が起きて、支払いもさぞ苦しかっただろうと思われますが、鉄道側は執拗に完納を要求したとの事・・・、自分だって越後外丸駅のおかげで多少は儲けているでしょうにねぇ。
なお、延滞した際の利子までは求めなかったそうで、893な商売にあって一服の清涼剤と言えなくもございません。
しかしそもそも、地元自治体にこれほどの負担がのしかかる根本原因は、当時の新潟県も中魚沼郡も飯山鉄道に対して補助金を一切出さなかったことにあるのですよ。
私鉄に対する自治体の補助金制度は当時どうなっていたのか、いや単に県や群がケチだったのか、その辺の経緯も知りたいところであります。

なお、旧外丸村内には越後外丸駅以外にもう一つ停車場が存在していた時期があります。
当駅から北側(越後鹿渡方面)に、昭和12年5月に足滝仮停車場と共に設置された「北外丸」仮停車場がそれです。
両者共に信濃川流域の電源開発の資材搬入用として設置された停車場で、旅客はそのついでという位置付けでした。
戦時下の昭和19年6月に飯山鉄道が国有化されると同時に、足滝と北外丸の両仮停車場は廃止。
戦後に足滝、北外丸両停車場の復活について地元から請願が国鉄当局にあり、検討の結果足滝については自治体が設置の費用負担をする請願駅として復活の運びとなった一方で、北外丸については却下されてしまいます。
津南町史によると、北外丸停車場は外丸村の中心部に位置していたとの事で、路線バス津南-鹿渡新田線の「外丸本村」バス停付近がそうなのかもしれません。
付近には郵便局があり、近年まで小学校もあったのです。
村の事だけを考えれば、最初から北外丸地区に駅を設置しておけばよかったのではとも思いますが、そうなると立地条件(適度に平坦な土地が必要)に加えて、信濃川対岸の現在の津南町中心地区との距離がさらに開いてアクセスがますます悪くなってしまうので、周辺諸村との関係上やりたくても出来なかったのかもしれませんね。
津南駅から十日町駅方面に出発して、二つ目のトンネルを過ぎたあたりが北外丸仮停車場だと思われますが、津南駅からの距離は約2km、越後鹿渡駅からの距離は約2.5km。
この距離の短さとバス路線の存在がネックになって復活は見送られたとの事で、隣駅との駅間距離が短いのにも関わらず復活した足滝駅との差は、直接競合するライバルの存在の有無だったようです。

十日町市史によると、昭和40年の越後外丸駅の一日平均乗車人数は423人で、当駅同様に準急「野沢」停車駅の越後田沢駅よりやや少ないレベルでした。
一日平均貨物取扱量については越後田沢駅の29トンに対して当駅は74トンと優勢です。
この辺りは、中里村と津南町の人口規模の差から来る物流量の違いが明確に現れていると申せましょう。
越後田沢駅は昭和45年末に貨物取扱を廃止しますが、越後外丸から改称した津南駅のそれはその後も健在で、昭和55年の一日平均貨物取扱量は30トン。
昭和53年に戸狩-津南間の貨物営業は廃止されているので、この時点では津南駅が十日町方面への貨物列車の始発着駅になっていたものと思われます。
津南駅の貨物取扱が廃止されたのは、昭和57年10月でした。
旅客に関しては、ライバルと言える越後田沢駅と拮抗する状態が長く続いていましたけれど、現在では越後田沢駅が無人化されて急行停車駅としての隆盛時代をなかなか見出せない状態なのに対して、ここ津南駅は温泉施設併設の威力もあってか、平成初期と比べてもやや上向きで、堅調という利用状況にあります。
ただ堅調とはいっても、2014年度の当駅一日平均乗車人員は106人で、新潟県内JR東日本所在有人67駅中65位。
津南駅より下位なのは、米坂線・越後下関駅と羽越本線・府屋駅のみです。

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津南駅駅舎の様子、2011年5月撮影。
駅舎といっても建物の大半は温泉施設「リバーサイド津南」。
ウィキペディアによると、駅との併設で完成したのは1995年。
駅周辺に人気があるのはこの施設のおかげでしょう。
温泉の威力は実に大きい。

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施設一階の津南駅関連空間の様子、2011年5月撮影。
この日は平日の月曜日で、温泉は残念ながら定休日で委託の津南駅窓口業務も休みのようでした。
東日本大震災の影響による節電で、温泉休業の建物内は照明も切られています。
津南町は3.11の翌日未明に発生した長野北部地震で震度6弱に見舞われているので、節電に関しても新潟の他地域よりも敏感だったのかもしれません。

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ホームへの出入り口の様子、2011年5月撮影。

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越後田中駅方から見た津南駅ホームの様子、2011年5月撮影。
十日町駅を除く飯山線新潟県内区間各駅に比べて上屋の長さは突き抜けていて、十日町駅以外の飯山線の新潟県内他駅とは別格て゜す。
建築財産票によると、上屋の完成は平成9年12月。
しかしホームに停車中の単行列車を撮る場合、この立派な上屋で空が遮られてあまり見栄えのよくないものに。

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ホーム端から越後田中駅方を望む、2011年5月撮影。
画像右側の空き地が、かつての貨物側線跡なのでしょうか。

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越後鹿渡駅方から見た津南駅構内、2011年5月撮影。
かつては島式ホームだったそうですけれど、温泉施設や駐車場の整備でその面影はあまり見られません。
昭和60年3月ダイヤ改正では津南-十日町間で7回の定期旅客列車の交換機会(十日町駅は除く)がありましたけれど、うち6回は越後田沢駅で行われていて、津南駅では夜の一回きり。
当時は他に下りの津南始発が一本ありました。

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ホーム端から越後鹿渡駅方を望む。
津南駅のホーム有効長は4両で他駅と同じです。

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津南駅に到着したキハ110系気動車戸狩野沢行、2011年5月撮影。

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晩秋の津南駅を出発するキハ110系気動車戸狩野沢行、2003年11月撮影。
取材目的で津南駅に降り立って最初の一枚がこれ。

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津南駅ホームの名所案内板、2004年10月撮影。

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越後鹿渡駅方の踏切を渡って一枚、2004年5月撮影。

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駅裏にある津南町営の「マウンテンパーク津南スキー場」への道すがらに一枚、2011年5月撮影。

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かつては津南駅から連絡リフトで直上のスキー場に行けたそうですけれど、このリフトはこの時点で使用停止されて久しいそうです、2011年5月撮影。
日本最大規模を誇る津南の河岸段丘を望めるというマウンテンパーク津南スキー場ですが、2015-16シーズンは一般客向け営業を行いませんでした。
大資本の入っていない公営の中小スキー場の苦境の小典型と言えますなぁ。

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津南駅前広場から見た、国道405号線の津南市街地方面。
2011年5月撮影。
この時点では、温泉施設の他に駅前に食堂が一軒ありました。
生憎この日は定休日で、リバーサイド津南の定休日に合わせているようでした。
おかげでこの日、昼ごはんを食いはぐれるハメに。

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さて、津南駅を後にして、国道405号線で信濃川対岸の津南町中心地区まで歩いてみます。
2011年5月撮影。

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国道405号線の信濃川大橋から見た信濃川、2011年5月撮影。
この辺はまだ荒々しくて、最下流の新潟市に住む私が万代橋から見る穏やかな流れとは全く違う野性味溢れる姿なのです。

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津南駅から国道405線を南下して、津南中心街の国道117号線までは約1.5km。
道中は勾配があって、距離以上に遠く感じます。
お年寄りにとってはかなり酷な道のりでしょう。
津南駅-津南間は南越後観光バス運行の津南-鹿渡新田線と津南駅-中子線を利用できますが、本数は多いとは言えません。
詳細は当ブログ右サイドバーからリンクしている「南越後観光バス」の津南・十日町地区を参照願います。

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終点へラストスパートの、南越後観光バス運行の路線バス十日町発津南行。
この路線が毎時一本以上の運行頻度を確保出来ているのは、十日町以外で沿線最大の人口集積地域である国道沿線の津南界隈の鉄道事情が悪すぎるのが要因の一つかと思われますな。
なお津南中心街と長野県の森宮野原駅間には、南越後観光バス運行の急行バス越後湯沢-森宮野原線と路線バス津南-森宮野原線が国道117号線経由で運行されています。
前者は越後田沢界隈から国道353号線に入って、清津峡を通り石打、越後湯沢へと抜けていきます。
駅巡りに使える日中の時間帯の運行は両者合わせて5往復で、飯山線と相互補完で使うのが吉です。
ただし、途中の越後田中、足滝両駅と国道はやや距離があるので要注意。
特に足滝は、道を確認しながら行かないと方向感覚を失って迷う可能性があります(12年前に迷ってバスに乗り遅れ、足滝から津南まで歩くハメになった経験者は語るw)。

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コメント

管理人様こんにちは。所謂「駅中温泉」ですね。出来れば北越急行の新潟中央環状鉄道の早期着工が実現すれば幸甚で御座います。何せ、新潟市南区(旧白根市)には現在、公共交通機関と云えば、バス路線があるのみです。以前は「新潟交通電車線」が旧県庁前と弥彦線燕駅との間に通って居りました。まあ将来的には現在のjr越後線越後曽根駅から旧潟東村内を通り、尚且つ旧白根市の「大凧博物館」辺りに「白根中央駅」、又更に旧小須戸管内を通り、行く行くは、jr信越本線古津に接続されれば、「少子高齢化」も解消される事に成るでしょう。早期の実現が待たれます。

投稿: 不思議な名無し | 2016年5月 7日 (土) 11時20分

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