« さらばシーハリアーそして第一世代ハリアー | トップページ | 「第二次大戦のイギリス軍艦」で元戦艦アイアン・デューク女史に妄想を廻らす »

2016年5月15日 (日)

只見駅(只見線)

本日の駅紹介は、只見線・只見駅。

Tadami0010704

当ブログは新潟県の駅紹介がメインコンテンツなのでありますが、只見線の列車運用上は小出-只見間で一区間になっている関係もあり、区切りも良いと思うので新潟福島県境の只見駅も番外編的な形で紹介致したく存じます。

さて只見駅は福島県南会津郡只見町に所在する有人駅で、開業は昭和38年(1963年)8月20日。
当時の所在も既に只見町でした。
只見駅は会津方から延伸された当時の会津線の終着駅としてまず開業しましたけれど、この延伸区間の元々の出自は只見川の電源開発用に敷設された専用鉄道でした。
それを国鉄が買収して、会津線の延長区間として開業させたのですが、その際には大赤字必至のこの区間の買収に当局が難色を示してすんなりとはいかなかったようです。
(その辺の事情は、鉄道ピクトリアル2010年11月号に詳細が載っています)。
沿線の道路もまだ未整備の状況下でさえ赤字が懸念されるレベルであったわけで、昭和46年8月に只見-大白川間が開通して小出-会津若松間が全通し、線名を「只見線」と改めた後もその状況に変化は無く、JR東日本によると2014年の当駅一日平均乗車人員は22名。
運転業務の為にJR直営の有人駅として維持しているようなもので、旅客営業は片手間といったら失礼かもしれませんけれど、この利用の少なさではそれしか適切な表現が思い浮かびません・・・。

Tadami0020709
只見駅駅舎の様子、2009年7月撮影。
建築財産票を発見できなかったのですが、間違いなく駅開業当時からの建物です。
昭和30年代に建てられた地方中堅級駅舎の典型的な姿で、平屋と横長の実用一点張り。
駐車場はきわめて広く、道の駅の代わりのような使われ方をされているのが特徴。
トイレは駅構外にあるので、クルマの人には都合が良いのです。
なお当日は日曜の午後でしたが、駅前にタクシーの待機はありませんでした。

Tadami0030704
只見駅を取材目的で訪れたのは2004年7月と2009年7月の二回で、この画は2004年7月のもの。
おそらくもう只見駅には入ってこないであろう、「SL会津只見号」の運行を祝う看板が目を惹きます。
画像右側に路線バスの停留所が見えますが、この時点では当駅から町内を南東に縦貫する国道289号線経由のバスが運行されていました。
20年程前の道路地図を見ると、只見線に並行する国道252号線経由のバス路線も確認できます。
しかし現在、それらは全て廃止されています。

Tadami0040709
Tadami0050709
只見駅駅舎内部の様子、2009年7月撮影。
ベンチはJR東日本定番型ではなく、病院の待合室に置いてあるようなモノです。
直営駅だというのに何故?
まぁ人がいない時はこの方がくつろげていいのか。
上の画像左上の横に只見町の観光案内所がありました。
地元の名産品を販売していて、この時点では18時までの営業でした。
下の画像左上の発車時刻表に注目。
上下併せて一日八本。
知識としてはわかっていても、実際に現地でこういうのを見ると軽い衝撃を受けるのです。

Tadami0060704
ホームへは構内通路で行き来します。
2004年7月撮影。

Tadami0070709
構内通路から只見駅の島式ホームを見る、2009年7月撮影。
駅舎とホームは結構な距離があるのです。

Tadami0080709
構内通路出入り口付近(田子倉方)から見た只見駅ホーム全景、2009年7月撮影。

Tadami0090704
只見駅ホーム上の名所案内板、2004年7月撮影。
いずれの名所も遠方で、バスが全路線廃止された現在では、只見線に乗ってはるばるやって来てもタクシーかレンタカーで行くしか無いのです。

Tadami0100709
ホーム端から田子倉方を望む、2009年7月撮影。
線路は合計三本で構内も広く、只見線の要衝駅に相応しい風格と言えましょうか。

Tadami0110709
会津蒲生駅方から見た只見駅ホーム全景、2009年7月撮影。
左上に見えるのは旧貨物ホーム跡でしょうか。
往時には会津若松方から貨物列車が当駅まで乗り入れていて、近くの山々から切り出されてくる材木を送り出していましたけれど、昭和57年7月に廃止されました。
大白川-只見間は貨物列車の設定はありませんでした。
当地域と新潟県側の物流面での交流がいかに無かったかの表れのようです。

Tadami0120709
ホーム端から会津蒲生駅方を望む、2009年7月撮影。
この撮影の頃は、ホームの駅名標が急速にJR東日本定番型に置き換えられていたのですけれど、只見駅の駅名標はご覧のように定番風に書き換えただけです。
この先の区間は2011年7月に発災した新潟福島豪雨による路線寸断で、現在も只見-会津川口間が不通なのは皆様よくご存知の通り。
復旧はまぁ、残念ながら無理でしょうなぁ。

Tadami0130709
只見駅に停車中の会津若松行キハ40系気動車、2009年7月撮影。
当駅に会津若松からの列車が到着することは、恐らくもう無いのでしょうなぁ。

Tadami0140709
只見駅に到着したキハ40系気動車小出行、2009年7月撮影。
ウィキペディアによると、当駅発着列車は全て駅舎反対側のホームを出入りしているそうなので、小出行キハ40が停まっているこちら側では列車の姿は見れないのでしょう。
只見-会津川口間の復旧が断念されて部分廃止になったら、こちらの線路は撤去されてしまうかもしれませんね。
只見駅は山間の盲腸線の棒線駅になって、その場合は直営駅ではなくなって只見町の委託駅になるのでしょう。

Tadami0150709
田子倉駅方の踏切から見た只見駅構内、2009年7月撮影。
駅を離れて距離を置き再見すれば、やはり小さな駅なのだなぁと実感できるのです。
この小さな駅から、短期間の臨時列車とはいえ上野直通の気動車急行「奥只見」が発着していたのですよ。

Tadami0160709
只見駅前通りの様子、2009年7月撮影。
付近には旅館の看板が三軒と食事喫茶処が一軒。
しかし日曜の午後のこの時はひっそり閑で、営業しているのか否かも定かではなく。

Tadami0170709
Tadami0180709
駅前通りを数分歩いて、只見線と並行する国道252号線に出ます。
この道沿い周辺が只見町の中心地です。
只見町は人口五千人弱と、このような山間の町としてはそこそこのボリュームがあるように見えるのですけれど、町域が広く人口密度が小さいのです。
その為か中心部は町の人口規模に比べると、寂しさはぬぐえません。
人影だけではなく行きかうクルマも少ない。
撮影当時は道沿いにはヤマザキショップと雑貨店が各一軒といったところ。

Tadami0190709
町内を流れる只見川の様子、2009年7月撮影。

Tadami0200709
只見駅から徒歩約10分の「只見保養センター ひとっぷろまち湯」。
食堂も併設されているので、時間潰しも兼ねてアイスコーヒーでも飲んで涼んでいこうかと入りかけたら、休憩中ということでダメでした・・・。
当時は食堂の開いている時間帯が食事時のみだったようです。
現在はそんなことはないようですけれど。

Tadami0210709
只見川の水位上昇注意喚起の看板、2009年7月撮影。
水力発電の盛んな当地域ならではですな。

Tadami0220709
只見保養センター ひとっぷろまち湯で涼めなかったので、前回来た時から気になっていた駅裏のスキー場を見物に行きます。
行きがてらに撮った只見駅裏とその周辺の様子、2009年7月撮影。
後背に高くそびえ立つのは標高871mの紫倉山です。

Tadami0230709
町営の只見スキー場の様子、2009年7月撮影。
リフトは一本だけでこじんまりとしています。
しかし頂上の傾斜は33度あるそうで、なかなか侮れないかも!?

|

« さらばシーハリアーそして第一世代ハリアー | トップページ | 「第二次大戦のイギリス軍艦」で元戦艦アイアン・デューク女史に妄想を廻らす »

R007 只見線の駅」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« さらばシーハリアーそして第一世代ハリアー | トップページ | 「第二次大戦のイギリス軍艦」で元戦艦アイアン・デューク女史に妄想を廻らす »