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2016年2月21日 (日)

津川駅(磐越西線)

本日の駅紹介は磐越西線・津川駅。

津川駅の駅名票

新潟県東蒲原郡阿賀町に所在する有人駅で、開業は大正2年(1913年)6月1日。
開業時の所在は東蒲原郡津川町で、同町は平成の大合併で2005年4月に周辺諸町村と広域合併して新自治体の阿賀町となり今日に至ります。

よく知られているように、旧津川町をはじめ東蒲原郡一帯は古来より越後ではなく会津に属し、ここ津川の地は会津藩の領国支配の重要拠点として、また会津と越後の中継地として重要な位置を占めていて、鉄道開通以前に越後と会津の物流交易の主柱であった阿賀
野川舟運の河港が置かれていました。
東蒲原郡域は明治19年(1889年)に福島県から新潟県に編入されましたが、その後も暫くは津川の威勢は大きく、明治22年に町村制が施行されると津川は東蒲原郡域内唯一の「町」となっています。

舟運で古くから栄えた街ゆえに、それを衰退させかねない鉄道に対する忌避はかなりあったようで、「図説東蒲原郡史」によると舟運衰退への危惧から津川までの鉄道開通に対して好意的ではなかったとの事です。
鉄道の開通式典も当面の終着駅である津川ではなく五十島で行われました。
津川駅も津川の中心街ではなく、阿賀野川対岸の街外れに置かれています。
街の中心街に駅を置き、そこから鹿瀬へ至るとなると阿賀野川を二回渡河しなければならないので、その辺の技術的予算的問題もあったのかもしれません。
しかしやはり最大の理由は、舟運衰退に対する抵抗感が相当に根強かったからではと邪推してしまうところなのですが、実際は果たして?

JR東日本によると、2014年度の津川駅一日平均乗車人員は161人。
同社新潟支社新潟県内有人67駅中63駅で、当駅より下位にあるのは上越線・石打駅、飯山線・津南駅、米坂線・越後下関駅、羽越線・府屋駅の四駅のみ。
当駅が属する磐越西線・五泉-喜多方間の一日平均通過人員は2014年度で一日平均465人。
JRが発足した1987年度比で74%もの大幅減で過疎路線化は相当に深刻、それがここ津川駅の置かれた環境なのであります。

改築後の津川駅駅舎
津川駅駅舎の様子、2010年5月撮影。
2009年9月に改築された新駅舎で、津川の昔の商家を思わせる風情は個人的になかなか良し。
阿賀町の玄関駅に対する地元の力の入れ方が伝わってくるような建物であります。

改築前の津川駅駅舎遠景
改築前の津川駅近景
かつての津川駅駅舎、上は2007年7月、下は2005年3月撮影。
昭和10年改築の建物で、戦前の亜幹線の主要駅の典型のような実に堂々として味のある建物でありました。
鉄道が労働集約型産業であった頃の証である駅務空間の広さ、吹き抜けで広々とした舎内。
個人的には柿崎駅の旧駅舎の次に好きな建物だったのであります。

津川駅駅舎内の様子
待合室内の様子
現在の津川駅駅舎内部の様子、2010年5月撮影。
外観の風情とは対照的に内部は実用本位のドライな造り。
上の画像左側が待合室です。
待合室の開放時間は明記されていませんでした。
トイレは駅舎改札内にあります。
近年の改築駅舎はこれが常態になっていますな。
旧駅舎時代は駅舎とは別棟のトイレがあって、急にもよおしても安心できる環境でしたけれど、駅舎改築に伴い解体されてしまいました。

跨線橋出入り口から見た駅舎
跨線橋出入り口から見た駅舎、2010年5月撮影。
磐越西線の当駅前後の区間は駅舎とホームが離れている駅が連続していて、津川駅の他に五十島三川、鹿瀬、日出谷豊実の各駅がそうした構造です。

跨線橋内の様子
津川駅跨線橋内の様子、2015年12月撮影。
通路は狭く、主要駅といえども亜幹線のそれなのだなぁと強く感じさせられるところです。
季節柄、冬の観光やイベントポスターがところ狭しと貼られており、「なんか必死やな・・・」

跨線橋上から三川方面を望む
跨線橋上から三川方面を望む、2005年3月撮影。
ここ津川の地は新潟県下越地方で最も雪深い土地のひとつで、三月中旬のこの時期、私の住まいの新潟市では積雪ゼロなのに約50km離れた当地ではこのような情景。

跨線橋上から鹿瀬方面を望む
同じく鹿瀬方面を望む、2010年5月撮影。

三川方から見た津川駅構内の様子
ホームの三川駅方から見た津川駅構内の様子、2010年5月撮影。
アクセントの少ない島式ホームは駅フェチとしては魅力に乏しいのが正直な感想。
ロケーションは良い駅なんですけどね。

ホーム先端部から三川方を見る
同じく三川駅方を見る、2007年7月撮影。
線路は三川方面に向かって左に急カーブしており見通しは悪いものの、キィキィと車輪を軋ませながら進入してくる列車はなかなかの見物なのであります。

ホーム鹿瀬方から見た津川駅構内
ホームの鹿瀬駅方から見た津川駅構内、2007年7月撮影。
左手には当駅折り返しの新潟行キハ40系普通列車が待機中。
左手前の旧字体の駅名標こそは、「SLばんえつ物語号」停車駅の栄えある証なのです。
画像右手には明らかに側線跡とおぼしき空間が広がっています。
かつてはそこに貨物用のホームがあったのか否か。

ホーム先端部から鹿瀬方を見る
同じく鹿瀬駅方を見る、2007年7月撮影。
画像中央が待合室です。

ホーム上の待合室内の様子
ホーム上の待合室内の様子、2010年5月撮影。
ベンチは「ばん物」停車駅用のモノです。

現在の待合室の様子
現在の待合室の様子、2015年12月撮影。
津川駅を訪れたのは2010年5月以来、話には聞いていましたが、実物を見て「ありゃ~」と苦笑してしまいましたがな。
この待合室、「オコジロウの家」と呼称するのだそうで、2013年11月完成との事。
オコジロウというのは「ばん物」のいわゆる「ゆるキャラ」で、「オコミ」という奥さんががいるのだとか。
ドックンとキャサリンから一言ご意見を頂戴したいところであります。

オコジロウの家の内部
オコジロウの家の内部、2015年12月撮影。
つがいは常駐しているわけではないようです。
「ばん物」オフシーズンは冬眠中なのでしょうか。
しかしうーむ、ここまで幼児に媚びなくても・・・

構内通路の鹿瀬方から先を望む
ホームというより構内通路の鹿瀬駅方から先を望む、2010年5月撮影。

秋の朝の車中から見た旧駅舎時代の津川駅
鹿瀬駅に向け出発した秋の朝の車中から見た旧駅舎時代の津川駅、2004年10月撮影。

停車中のキハ40系
停車中のキハ40系気動車新潟行、2010年5月撮影。

列車交換中のキハ110系とキハ40
津川駅で列車交換中の会津若松行キハ110系気動車とキハ40系気動車新潟行普通列車、2015年12月撮影。
磐越西線の馬下以南では、キハ110系は少数派で撮影する為のスケジュール立ては少々面倒。

停車中のキハ47首都圏色
津川駅に停車中のキハ47気動車首都圏色を先頭にした新潟行、2007年7月撮影。

列車交換待機中のキハ110系快速「あがの」
津川駅で列車交換待機中のキハ110系気動車先頭の新潟行快速「あがの」、2015年12月撮影。
昭和57年11月までは、「いいで」と「あがの」二往復の計三往復の急行列車が停車していたここ津川駅。
かつての急行「あがの」の後身であるこの快速列車も、一往復になって十年以上経ちました。
「あがの」と前後して急行から快速に格下げされた「うおの」「ひめかわ」は程なく廃止され、「べにばな」は米坂線内各駅停車で急行時代の面影無し。
唯一亜幹線優等列車の余韻を感じられるのがこの「あがの」なのです。
新潟-津川間の速達手段としては、磐越自動車道経由の高速バスも運行されていますけれど、本数は極めて少なく一日二往復。
なお同自動車道には津川便の他に新潟-会津若松便に一日四往復、新潟-郡山間に一日二往復が運行されているものの、前者は津川-会津若松方面間の利用しか認められておらず、後者は津川を通過しています。

停車中のキハ58系を先頭にした臨時列車
駅巡りを本格的に始めて津川駅に初めて降り立ったときに偶然遭遇した、キハ58系を先頭にした臨時列車、2003年11月撮影。
磐西・只見ぐるり一周号でしょうか?

津川駅前の様子
津川駅前の様子、2010年5月撮影。
駅舎がコンパクト化され、別棟のトイレは撤去されたので元々広い駅前が一層大きくなりました。
この日はタクシーが三台待機中。
阿賀町は町域が極めて広く、津川市街地以外の路線バスも便利とは言えない本数なので、クルマの送迎が無ければタクシー利用が多いのではと推察されます。

津川駅前バス停に進入する路線バス
津川駅前バス停に進入する新潟交通観光バスの路線バス津川営業所行、2010年5月撮影。
駅から約2km離れた川向こうの市街地へは、一定の本数が確保されています。→くわしくはこちらを
駅から市街地までは150円ナリ。

日出谷方の踏切から見た旧駅舎時代の津川駅構内
日出谷方の踏切から見た旧駅舎時代の津川駅構内、2007年7月撮影。
こうしてみると前方の山深さが際立ちます。

駅裏手の高台から俯瞰で見た津川駅
駅裏手の高台から俯瞰で見た津川駅の様子、2010年5月撮影。
跨線橋の形状や駅前広場の広大さが把握実感できます。

旧駅舎時代の駅前通りの様子
旧駅舎時代の駅前通りの様子、2007年7月撮影。
この道は県道で、画像奥に向かって鹿瀬駅に続いていますけれど、津川駅を過ぎると俄かにローカル色を増した細道になり、列車から観察するとサルの群れを見ることも間々あります。
特に秋口は群れとの不意遭遇の恐れがあるので、歩きはお勧めできませんです。
この道は鹿瀬駅への近道なんですけどね・・・。
なお駅周辺には何もありません。
津川駅は単なる公共交通の結節点に過ぎません。

「きりん橋」上から津川駅方面を見る
阿賀野川に架かる「きりん橋」上から津川駅方面を見る、2007年7月撮影。
市街地へはこの橋を通って行きます。

きりん橋上から見た阿賀野川初冬の風情
きりん橋上から見た阿賀野川初冬の風情、2015年12月撮影。
鹿瀬方面の眺めです。
昨年(2015年)12月は記録的な温かさで、雪は降る気配すらありませんでした。

橋上から見た三川方面の様子
同じく三川方面を見る、2005年3月撮影。
このぐらいの雪景色が一番良いなぁと個人的に思うところです。

阿賀野川対岸から見たきりん橋
きりん橋を渡り対岸から一枚、2015年12月撮影。

津川河港跡の様子
津川河港跡の様子、2007年7月撮影。
古来より鉄道開通までの永きに渡って、会津からの陸路と越後からの舟運の中継地として大いに栄えたこの河港も、今はこのようにひっそり。

旧津川町中心街の様子
人口五千人強の旧津川町中心街の様子、2015年12月撮影。
昔ながらの街並みが続きます。
目立つのは銀行の看板ぐらい。
しかし荒廃した雰囲気を感じさせず、まったりと街歩きを楽しめます。

国道459号線の城山トンネル入り口
鹿瀬方面へ進む国道459号線の城山トンネル、2010年5月撮影。
画像左側の駐車場が麒麟山への登り口です。
標高は200m弱。

麒麟山から見たきりん橋周辺
麒麟山から見たきりん橋周辺の眺望、2010年5月撮影。

麒麟山から見たSLばんえつ物語号
津川駅を出発したSLばんえつ物語号を山から俯瞰で見る、2010年5月撮影。

麒麟山展望台の城址記念碑
麒麟山展望台の城址記念碑、2010年5月撮影。
麒麟山には鎌倉中期から江戸初期まで津川城があり、ここはその本丸跡です。
登山口からここまで、あちこちフラフラ寄り道しながら私の足で10分でした。
コースタイムは20分とのことなので、トシの割には相当の健脚であろうと自画自賛するところです。

金上稲荷神社の様子
展望台と記念碑に隣接する金上稲荷神社、2010年5月撮影。
ここから先が短くも険しい山頂への道のりです。

麒麟山山頂への入り口
山頂への入り口、2010年5月撮影。
足元危険!登山注意!の警告が。
ちょっと大げさじゃないの?と甘く見るとヤバいですマジで。

山頂に向け上る岩場
これから登る岩場、2010年5月撮影。

岩場の途中から下を見下ろす
筋金入りの高所恐怖症な私はかなりビビりましたが、俯瞰フェチの沸き立つ血潮が恐怖に打ち勝ちながら歩みを続けて振り返り一枚、2010年5月撮影。

麒麟山山頂から見た阿賀野川
麒麟山山頂から見た津川市街地
何とか頂上まで上がり、津川の素晴らしい俯瞰を思うさま撮りまくった次第であります、神社から所要6分。
2010年5月撮影。
しかしここはホントに怖い。
人ひとり通るのがやっとの岩場を足踏み外したら一貫の終わりですがな。

麒麟山温泉の様子
下山して城山トンネルを通り、麒麟山温泉界隈に達して一枚。
2010年5月撮影。
鹿瀬へはこの道をなおも進みます。

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