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2016年1月11日 (月)

越後鹿渡駅(飯山線)

本日の駅紹介は飯山線・越後鹿渡駅。

越後鹿渡駅の駅名票

新潟県中魚沼郡津南町に所在する無人駅で、開業は昭和2年(1927年)11月6日。
飯山線の前身である飯山鉄道の越後外丸駅(現・津南駅)-
越後田沢駅間延長開業時にその中間駅として設置されました。
開業当時の所在は中魚沼郡外丸村で、同村は昭和30年に周辺諸村と合併して町制を施行して津南町となり、平成の大合併の嵐の中にあっても十日町市と合併する事なく独立独歩の道を選んでいます。

私鉄の駅として誕生したこの越後鹿渡駅、津南町史を見ると中々に面倒な経緯で設置されております。
飯山鉄道は当時新潟県からも中魚沼郡からも補助金等の支援を得られなかった為、駅設置地域へ「寄付金」を要求したそうで、
当駅周辺地域からは3,500円の「寄付金」を徴収。
大正15年から昭和11年まで約12年をかけて完納させたそうです。
昭和初期の新聞の月極購読料は1円だったそうですから、極めて大雑把に1円=現在の約三千円と考えるとこの「寄付金」は、現在の一千万円ほどになりますね。
この「寄付金」は駅の規模や地元からの駅用地寄付の程度によってかなり変わるようで、いずれエントリーする津南駅(当時は越後外丸駅)は相当の高額に、越後田沢駅は少額で済んだそうです。
しかしたとえ「寄付金」を強要されようと、おらが村おらが地域に鉄道の駅を置かせたかったのが当時の社会状況で、ここ越後鹿渡駅設置に当たっては鹿渡地区と隣の辰ノ口地区の間で熾烈な駅誘致合戦が繰り広げられたとの事で、しかも駅設置後は「寄付金」の分担をめぐってまたモメたそうです。
辰ノ口地区からすれば、自分のとこから約1km離れた隣地区の駅の為にけして少なくないおカネを支払わされるなんて、到底納得いかないところでしょうしねぇ、あぁメンドくさい話...。

さて誕生にこのような経緯を経た飯山鉄道・越後鹿渡駅は、昭和19年6月に同鉄道が国有化されたことにより、戦後は国鉄の駅として歩んできたわけです。
十日町市史によると、当駅の半世紀前の1965年一日平均乗車人員は218人。
現在の駅とその周辺を考えると、俄かには信じられない凄い数字です。
それが1970年12月の貨物取り扱い廃止を経て、1980年の一日平均乗車人員は96人で、15年間で56%の大幅減。
1992年は38人にまでさらに減っていて、現在は10人台でも驚かない、そんな駅の佇まいです。

越後鹿渡駅駅舎の様子
越後鹿渡駅舎の様子、2010年5月撮影。
飯山線新潟県内区間の他の改築駅と同一のデザインです。
最初からそうだったのかはわかりませんが、出入り口がスロープになっているのは時流に沿ったものでしょう。
建築財産票によると2002年12月の完成です。
1997年から2002年にかけて、当駅の他に十日町市、中里村、津南町に所在する
内ヶ巻下条魚沼中条土市越後水沢越後田中の各駅がこのようなデザインで改築されています。
これら改築駅にはトイレが無いので要注意。
当駅周辺にはトイレを借りられる店はありません。

越後鹿渡駅前の様子
越後鹿渡駅前の様子、2010年5月撮影。
かつての隆盛ぶりを偲ばせる広い駅前です。

ホーム十日町方から見た越後鹿渡駅構内の様子
ホームの越後田沢駅方から見た越後鹿渡駅構内の様子、2010年5月撮影。
ホームの有効長は四両です。
当駅の列車交換設備がいつ頃撤去されたのかは残念ながら資料に行き当たりませんでした。
ただ昔の時刻表を紐解くと、昭和55年10月改正ダイヤでは十日町-森宮野原間の定期旅客列車の交換の大半は越後田沢駅で行われており、この時点で当駅の交換設備は不要であったと推測できます。

ホーム十日町方から越後田沢方面を見通す
ホーム端から越後田沢駅方面を見通す、2010年5月撮影。
当駅が列車交換駅であった事が線形からもよくわかります。

津南方から見た越後鹿渡駅構内の様子
ホームの津南駅方から見た越後鹿渡駅構内の様子、2010年5月撮影。

ホーム先端部から津南方面を見通す
ホーム端から津南駅方を見通す、2010年5月撮影。

ホーム上の古びた上屋
越後鹿渡駅の昔日の栄光を知っているであろう、ホーム上の古びた上屋、2010年5月撮影。

越後鹿渡駅の交換設備や側線の撤去跡の様子
当駅の交換施設や貨物側線の撤去跡は再利用されていないようです。
2010年5月撮影。

実に味のある駅の佇まい
この角度から見ると程好く静かに自然に朽ちた、実に味がある駅の佇まいだと個人的に思うところであります、2010年5月撮影。

待合室内の様子
越後鹿渡駅待合室内の様子、2010年5月撮影。
飯山線はワンマン運行区間なので、自動券売機も乗車証明書発行機もありません。
右奥の「善意の傘」は、この界隈で時折見かけるものです。

越後鹿渡駅を出発するキハ110系気動車
越後鹿渡駅を出発するキハ110系気動車長野行普通列車、2010年5月撮影。
画像右側端に、駅裏を流れる信濃川の水面がチラリと映っています。

駅周辺の鹿渡地区の様子
駅周辺の鹿渡地区の様子、2010年5月撮影。
この道路は国道353号線です。
この撮影の二ヶ月前までは、付近に津南町立三箇小学校がありました。
過疎化少子化の為、信濃川の対岸の国道117号線沿いの津南小学校に統合されてしまいました。
当地域から直線距離で3kmほどありますけれど、橋が少ないので実際にはその倍はあります。
画像右手前の民家の前にバス停がありますが、これは鹿渡新田-津南駅前-津南小学校間に運行されている路線バスのものです。
→ダイヤはこちらへ

鹿渡集落の山側に見えるおそらくは砂防ダム
鹿渡集落の山側に見えるおそらくは砂防ダム、2010年5月撮影。
信濃川と山地に挟まれた狭隘な立地なのです。

鹿渡地区から国道117号線へ通じる橋の様子
鹿渡地区から信濃川対岸の地域の大動脈国道117号線へはこの橋を渡っていきます、2010年5月撮影。
中越地震の一週間前(2004年10月)に当駅を初めて訪れた時には、十日町から津南行きの路線バスに乗車し、この道への入り口にあるバス停で降りて約2km歩いてみました。
季節的にも野生動物さんとの不意遭遇の気配濃厚で、かなりビビりながら進んだのが記憶にまざまざと甦る、そんなロケーションでしたね。

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