« 筒石駅(北陸本線) | トップページ | 柿崎駅(信越本線) »

2015年11月 3日 (火)

能生駅(北陸本線)

本日の駅紹介は、北陸本線・能生駅。

能生駅の駅名標


新潟県糸魚川市に所在する有人駅で、現在はえちごトキめき鉄道・日本海ひすいラインの所属です。
開業は大正元年(1912年)12月16日で、開業当時の所在は西頸城郡能生町で、平成17年3月に糸魚川市と合併してその東部地域になって今日に至ります。

現在の能生駅は名立筒石両駅と同じく、昭和44年10月1日の北陸本線糸魚川-直江津間の複線電化に伴い、それまでの海岸近くから山側に移転して今日に至っているわけですが、トンネル間の僅かな明かり区間に移転した名立、頸城トンネル内に移転せざるを得なかった筒石両駅と比べると谷あいの地形も緩やかで立地条件は悪くないように感じられます。
駅構内は二面四線という立派な造りで、本線たる通過線にホーの無い名立駅と比べても、移転当時の能生駅の地位を窺い知れる
のです。
駅移転計画時点の日本経済は右肩上がりの高度成長下にあり、貨物輸送はまだまだ重要でしたから、当駅のこの豪勢な造りは普通列車の優等退避以外にも、急行貨物・荷物の退避も考えての事ではなかったかと推測している次第ですけれど、貨物の重要路線であり続けてはいるものの往時に比べてその輸送量は大幅に減り、優等列車は僅かな快速列車だけの今日にあっては、全てが過剰な設備になってしまっています。
当線区の斜陽化を最も象徴しているのがこの能生駅と申せましょうか。

糸魚川市統計要覧によると、平成19年度の能生駅年間乗車人員は159,428人で、単純計算では一日平均約437人。
上越線・越後堀之内駅と同水準で、合併前の能生町の人口一万人強、広域合併して魚沼市になる前の堀之内町の人口が一万人弱ですから、人口一万人前後の自治体の玄関駅で期待できる利用はこのレベルに落ち着いてしまっているということなのでしょう。
能生町史によると、昭和55年度の能生駅一日平均乗車人員は約1,160人で、それから27年間で六割強も減ってしまっているのです。

前述したように駅構内の造りは豪勢な能生駅ですけれど、定期優等列車の停車実績は少なくて、手元の古い時刻表を紐解くと昭和55年10月改正ダイヤでは上野発金沢行の上り急行「能登」と新潟-青海間の気動車急行「ひめかわ」1往復。
「能登」の当駅発車時刻は早朝04:20なので、この停車は東京からの新聞輸送と思われます。
昭和57年11月改正では「ひめかわ」が廃止された救済措置として、青海駅と共に新潟-金沢間特急「北越」1往復が停車。
朝新潟に行き、夜帰ってくるパターンです。
昭和60年3月ダイヤ改正では長野経由になっていた「能登」が上下とも停車しており、特急、急行各1往復が停車していたこの時期が、能生駅の優等列車停車史におけるピークと言えます。
しかし、明確な時期は遺憾ながら資料が無いものの、「能登」も「北越」も当駅停車を取り止めます。
夜行の「能登」はともかく、「北越」が通過になったのは青海駅共々余程利用が少なかったのでしょう。
一度特急の停車駅になったらそれが既得権化して、利用が少なくても慣例的に続いていくのが常なのにです。
かくてJR所属時代の晩年は、特急「はくたか」「北越」が高速で走り抜けていく一陣の疾風だけが広い構内を吹き荒れるだけの駅となってしまいました.....

2013年9月時点の能生駅駅舎の様子
2004年4月時点の能生駅駅舎の様子
能生駅駅舎の様子、上は2013年9月、下は2004年4月撮影。
二階建ての大きな建物、広大な駅前広場。
駅舎は一見すると無駄に大きいと思えますけれど、名立駅では駅舎とは別に構内にあった運転保守関係とおぼしき建物と駅舎の合築と考えれば、妥当な大きさなのかもしれません。

能生駅駅舎内の待合室
能生駅駅舎内の様子その二
能生駅駅舎内の様子、2008年5月撮影。
名立駅のような吹き抜けではなく、出入り口のあるテレビ付き待合室があります。
この辺も移転当時の当駅の立ち居地を感じさせます。
撮影当時の窓口営業時間は07:00~17:30で待合室の開放時間は07:00~18:00まででした。
自動券売機も一台設置されておりました。
昨年(2014年)の消費増税では、「増税に対応できないから」(要するに一年後には切り捨てる線区の特急も停まらないローカル駅には余計なコストをかけたくないってこと?w)という理由で券売機を撤去(これは糸魚川以外の近隣他駅も同様)してしまいましたが、えちごトキめき鉄道移管後は改めて設置されたそうでまずは目出度し。

二番ホーム筒石方から見た能生駅構内
2番線の筒石駅方から見た能生駅構内、2005年10月撮影。

二番ホーム筒石方から見た頸城トンネル
同じ位置から直江津方の頸城トンネルを見る、2005年10月撮影。

二番ホーム浦本方から見た能生駅構内
2番線の浦本駅方から見た能生駅構内、2005年10月撮影。
当駅構内の眺めはこの位置がベストだと個人的には思っています。

二番ホーム浦本方先端から先を見る
同じ位置から糸魚川方を見る、2005年10月撮影。
能生駅の乗り場は1、2番線が直江津方面、3、4番線が糸魚川方面になります。

一番ホーム浦本方から見た様子
1番線の浦本駅方から見た能生駅構内、2014年5月撮影。

三番ホーム筒石方から見た能生駅構内
3番線の筒石駅方から見た能生駅構内、2014年5月撮影。

三番ホーム筒石方先端から見た頸城トンネル
同じ位置から直江津方頸城トンネルを見る、2014年5月撮影。
上下線共に横取り線が分岐しているのがわかります。

三・四番ホームの駅舎との連絡地下道出入り口付近
3・4番ホームの駅舎との連絡地下道出入り口付近の様子、2014年5月撮影。

三番ホーム浦本方から見た能生駅構内
3番線の浦本駅方から見た能生駅構内、2013年9月撮影。

四番ホーム浦本方先端から先を見る
4番線の浦本駅方から先を見る、2014年5月撮影。
横長の架線柱から見るに、かつては四番線の横に側線があったのかもしれません。

能生駅構内地下道の様子
能生駅構内地下道の様子、2008年5月撮影。

能生駅四番線から出発する北陸地域色の475系電車
秋雨降りしきる能生駅4番線から出発する北陸地域色の475系電車富山行、2013年10月撮影。
くもりのち晴れの天気予報が大外れの雨の日でしたなぁ。

能生駅四番線から出発する青一色の475系電車
同じく四番線から出発する青一色の475系電車富山行、2013年9月撮影。
青一色の電車には最後まで馴染めなかったですな。

能生駅に停車中の国鉄急行交直流色475系電車
夕刻の下り特急「北越」退避の為に、能生駅1番線に停車中の国鉄急行交直流色の475系電車直江津行、2012年6月撮影。
幸運にも国鉄交直型急行色編成に乗り合わせて、「北越」通過撮影までの間くまなく撮影しようとホルホルしておりましたところ、予測より早く「北越」が来てしまって最適撮影位置に行けず、頸城トンネルに突入する後姿しか撮れなかったのは一生の不覚にございました.....
なおこの特急退避、確か翌年の改正で名立駅に変更になり、当駅での優等退避は無くなってしまいました。

能生駅を出発する北陸地域色の413系電車
能生駅3番線から出発する北陸地域色の413系電車富山行、2013年9月撮影。
当駅の場合、当時は3番4番に特急退避の有無を問わず、適宜停車していました。

能生駅に停車中の419系電車
上り特急「北越」退避の為に四番線に停車中の、上り419系電車富山行、2005年10月撮影。

能生駅を通過する485系電車R編成の特急「北越」
能生駅3番線を通過する485系電車R編成の金沢行特急「北越」、2014年5月撮影。

能生駅を通過する特急「はくたか」
能生駅2番線を通過する下り越後湯沢行特急「はくたか」、2014年5月撮影。

雨の中、能生駅を通過する特急「はくたか」
土砂降りの雨の中、能生駅2番線を通過する下り越後湯沢行特急「はくたか」、先頭車両は貫通型です、2013年10月撮影。

能生駅前通りの様子
能生駅から海岸沿いの国道8号線へ至る能生駅前通りの様子。
国道まではおよそ1km。
山側に少し進むと北陸自動車道のICに行き着きます。
この駅前通り沿いにはスーパー一軒、コンビニ二軒、ホームセンター一軒があって、日常の利便性は極めて高し。
なお、路線バスは糸魚川便と筒石便はこの道を通って駅前バス停に停車しますけれど(ダイヤはこちらへ)、直江津便は国道沿いの能生案内所止まりです(ダイヤはこちらへ)。
いずれの便も日祝は全休なので要注意。

旧能生町役場の様子
旧能生駅跡の記念碑
海岸近くの旧能生町役場、2013年9月撮影。
かつてはここに旧能生駅が所在していたのです。

旧能生町のメインストリート
旧能生町のメインストリート、2008年5月撮影。
国道8号線に並行して、筒石方に沿って昔からの個人商店街になっております。
しかし御他聞に漏れず、開いている店は僅かでひっそり。
近くのスーパーやホームセンターは駐車場に車が並び賑わっているというのに。

旧能生町の白山神社
メインストリートを抜けて白山神社へ到着、2008年5月撮影。
能生駅からここまで私の足でおよそ20分。
この白山神社、重要文化財として神社本殿と聖観音立像、重要無形民俗文化財として舞楽、重要有形民俗文化財として海上信仰資料97点、新潟県文化財として十一面観音立像と汐路の鐘と泰澄大師坐像と舞楽面五面などなど、周辺随一と言ってよい古来文化の集積地と言えます。
隣接して旧能生町の歴史民俗資料館もあって見学にかなり心が動いたのですけれど、この日はマリンドーム能生まで歩きそこから路線バスで筒石集落に移動というスケジュールでゆっくりしてもいられず、後ろ髪を引かれながら先を急いだ次第。

旧北陸本線跡サイクリングロードの白山トンネル
白山神社近くにある旧北陸本線跡サイクリングロードの白山トンネル、2008年5月撮影。

旧能生町海岸の弁天岩その一
旧能生町海岸の弁天岩その二
神社から海岸に出てすぐの弁天岩、2008年5月撮影。
話によるとここが「竜宮」への入り口なんだとか。
すぐ向こうにはロケットに跨ったツインテールの乙姫ちゃんが手を叩き風船ガムをぷーっと膨らませてゲヘヘと笑いながら待っておられるのでしょうかね?
それはさておき、大昔の海底火山の噴火による噴出物で構成されているというこの大岩は実に眼福です。
岩へ渡る橋とその下の浅海のコントラストも良し。

弁天岩の頂上から歩いてきた方向を望む
弁天岩の頂上から歩いてきた方向を望む、2008年5月撮影。

能生マリンパーク
能生マリンパーク内の海の資料館「越山丸」
能生駅から白山神社と弁天岩に立ち寄りつつ、プラプラ歩いておよそ50分で能生マリンパークに到着、2008年5月撮影。
距離にして3km弱、寄り道せずに直行していれば35分程で歩けたのに。
そのツケがこのフネ、「海の資料館越山丸」見学の時間を取れなかったこと。
能生にある海洋高校の実習船が、退役後の余生を浮かぶ資料館として送っているのです。
こういうフネを見学できる機会は他に無いので、こちらもかなり心が動きましたなぁ.....
しかし筒石行のバスの時間も極めて切迫しているし、前述の歴史民俗資料館同様に見学断念。

マリンパーク近くの国道上のバス停から見える旧北陸本線のトンネル
マリンパーク近くの国道上のバス停から一枚、2008年5月撮影。
少々わかりにくいですが、信号の左上に旧北陸本線のトンネルが見えます。
この地を再訪することがあったら、それは有間川-浦本間の旧線跡徒歩踏破の道草でということになるでしょう。

|

« 筒石駅(北陸本線) | トップページ | 柿崎駅(信越本線) »

R012 北陸本線の駅」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 筒石駅(北陸本線) | トップページ | 柿崎駅(信越本線) »