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2015年10月12日 (月)

妙高高原駅(えちごトキめき鉄道)

本日の駅紹介は信越本線・妙高高原駅。

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新潟県妙高市に所在する有人駅で、現在は第三セクター「えちごトキめき鉄道」の管轄で「しなの鉄道」が乗り入れています。
開業は明治21年(1888年)5月1日で、当時の駅名は「田口」。
現駅名に改称したのは昭和44年(1969年)10月1日。
当駅は新潟県内の鉄道駅では上越線・土樽駅に次ぐ標高の高さ(510m)を誇り、高原の名に相応しい立地であります。 開業時の田口という駅名は、当時の駅所在地が中頚城郡妙高村田口であったことに由来しています。
なお、こちらの妙高村は、隣の関山駅が所在していた妙高村とは異なり、明治34年に周辺諸村と合併して「名香山村」となり、戦後の昭和30年に「妙高々原」村に改称。
さらに隣接村と合併して町制を施行、昭和44年に「妙高高原町」に改称という経緯を辿ります。
妙高高原町は温泉と冬季レジャーでその名を広く知られる存在でしたけれど、平成の大合併では新井市に編入される形で新自治体「妙高市」の南部地域となって今日に至ります。 さてこの地に鉄道を敷設するにあたって、当局は駅予定地として北国街道の宿場がある関川地区を考えていたのですが、鉄道が敷設されては街道の機能が低下し宿場が廃れるという極めて保守的な理由から地元の反対に遭い、已む無く現在地で開業という成り行きに。
しかし鉄道が開業すると、客貨共に輸送は全面的にシフト。
宿場が廃れるからと反対して駅設置を阻止したというのに、逆に駅が置かれなかったせいで一気に廃れてしまったそうです。
鉄道の有用性がまだまだ認知されていない山間地域であったとはいえ、時流に乗らない代償は極めて高くついたわけです。 こうした経緯で開業した田口駅でしたが、周辺人口が少ないのと観光も赤倉温泉以外はまだまだ未開発だったこともあり、戦前は温泉に加えて陸軍の演習場が近くにある隣の関山駅の方が賑わっていたそうです。
しかし戦後の周辺リゾート・レジャー開発でそれも逆転。
上野からの優等列車が続々停車する信越本線の主要駅へと変貌していったのです。
手元にある昭和55年10月改正ダイヤの時刻表を見ると、妙高高原駅発着対上野の優等列車の時刻は下記の通り。

下り
急行越前     福井行  01:58
2321レ    直江津行 06:19
(長野まで急行妙高6号)
急行妙高1号   直江津行 10:55
急行妙高3号   当駅終着 12:43
特急白山1号   金沢行  13:13
特急白山3号   金沢行  15:11
特急白山5号   金沢行  18:42
急行妙高5号   直江津行 19:54
特急あさま15号 直江津行 20:40

上り(全列車上野行)
急行越前    福井発  01:35
特急あさま6号 直江津発 08:02
特急白山2号  金沢発  09:55
急行妙高2号  直江津発 11:31
特急白山4号  金沢発  12:55
急行妙高4号  当駅始発 13:25
特急白山6号  金沢発  16:54
急行妙高6号  直江津発 17:14
2322レ   直江津発 22:38
(長野から急行妙高10号)

優等列車はその他に、新潟-名古屋間の急行赤倉1往復、新潟-上田間に急行とがくし2往復が停車していて、実質21往復。
信越本線長野-直江津間の優等列車全てが停車する駅は、高田駅とここ妙高高原駅。
特急白山は通過する新井駅よりも、当駅の方がランクは高かったのです。
なお当駅発着の普通列車は上下18本で、普通よりも優等の方が運転本数の多い地方幹線の小典型でもありました。

JR東日本によると、妙高高原駅がJR所属時の2013年度一日平均乗車人員は373人。
JR東日本新潟支社管内有人75駅中59位で、信越本線・安田駅と同レベル。
至近の高校の通学生メインで観光要素皆無の安田駅と同等の数字は、周辺人口が少ない事に加えて観光需要の大幅減退ぶりを冷徹に物語っているようです。
ウィキペディアによれば、2000年度は644人。
長野新幹線開業後でもこの数字ですから、開業以前に上野から特急「白山」「あさま」で直接来れた頃はさらに多かったのは確実なのです。

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妙高高原駅駅舎全景、2009年7月撮影。
平屋の横長な駅舎は昭和38年12月の完成。
現在の利用実態では無意味に大き過ぎます。
築半世紀を越えてもおり、近い将来に改築になるのでしょうけれど、その時はずっとこじんまりした建物になるのは必至かと。

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妙高高原駅駅舎出入り口の様子 2004年4月撮影。
名にしおう豪雪地帯の駅ゆえに、屋根の厚さが目を引きます。
出入り口の佇まいは正調国鉄型。
タクシー数台が常に待機しているのは、かつて栄えた観光拠点駅の確かな余韻であります。

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妙高高原駅駅舎内部の様子、2009年7月撮影。
昔懐かしい「みどりの窓口」の案内板も、えちごトキめき鉄道に移管と同時に無くなってしまったようです。
下の画像撮影の時点ではキオスクが健在でしたけれど、一昨年(2013年10月)に訪れた際には撤退してしまっていました。

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1番線の黒姫駅方から見た妙高高原駅構内、2013年10月撮影。
かつてはこのホーム長一杯に、食堂車付きの12連「白山」が停車していたのです。
上越線の越後湯沢駅と並ぶ、実に寂寥感溢れる眺めなのであります、兵どもが夢の後...。

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同じ位置から黒姫駅方を見る、2013年10月撮影。
この先の急勾配が一見してわかります。

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妙高高原駅1番ホームの駅舎部分、2013年10月撮影。
日曜の昼下がり、間もなく列車が到着するというのに客の影もありません。

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1番ホームの関山駅方から見た妙高高原駅構内、2013年10月撮影。
右側に貨物ホームと側線が見えますが、当駅の貨物取り扱いは昭和53年6月に廃止。
観光拠点駅として賑わってはいても、地元の物流量は町の規模(人口一万人未満)に相応しいレベルでしかなかった証なのでしょう。

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同じ位置から関山駅方を見る、2013年10月撮影。

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妙高高原駅跨線橋内部の様子、2013年10月撮影。
当駅のかつての賑わいの生き証人が、この通路の広さと言えましょうか。
中央に見える案内板は、かつての優等列車の残照であった189系電車使用の普通列車「妙高」の乗車案内です。

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跨線橋上から長野方を見る、2013年10月撮影。
駅舎の屋根同様に、ホーム上屋も頑丈な造りなのが観察できます。

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同じく直江津方を見る、2013年10月撮影。

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2番ホームの直江津方から先を見る、2013年10月撮影。
随分前に廃止された「シュプール号」の名残が未だ残存。
三セク化された今でも残っているでしょうか?...
なお2番ホームはJR所属当時は当駅折り返し用で、2013年10月時点では長野行が三本、直江津行が一本発着しておりました。
三セク移管後はしなの鉄道・北しなの線用になっているとの事。

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3番ホームの関山駅方から見た妙高高原駅構内、2013年10月撮影。
JR時代は長野方面行だった3番線は、三セク移管後えちごトキめき鉄道・妙高はねうまライン用になっているとの事。

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3番ホームの黒姫駅方から見た妙高高原駅構内、2013年10月撮影。

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島式ホーム跨線橋出入り口付近の様子、2013年10月撮影。
妙高高原駅では、現在は2番に長野方面、3番に直江津方面の列車が発着して乗り換えの手間を極力廃して、、しなの鉄道とえちごトキめき鉄道が相互乗り入れを実施していない現状を出来る範囲でカバーしています。

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妙高高原駅3番ホームの「妙高」指定席車乗車表示板、2004年4月撮影。
私は「妙高」の指定席乗車体験が無いのですが、いつ覗いても見事なまでにガーラガラでしたな...
繁忙期のピーク時以外はそれが常態だったようです。
長野駅で新幹線から乗り継ぐ人も、指定料金は乗り継ぎ割引の適用外ですから有り難味も無いでしょうし。
自由席からして、私の乗車経験では概ね乗車率五割切ってる感じでしたしね。
三連115系が常に混んでいて、途中駅からの乗車ではまず座れなかったのとは好対照でしたっけ。
2013年10月に直江津駅から当駅まで乗車した際は、新幹線開業以前にここまで来る事は無いだろうからと、最後に一度指定に乗ってみたかったのですけれど、直江津駅の指定券自動券売機では「妙高」の指定券が買えない!
窓口はジジババが旅行センター代わりにベチャクチャしていていつ買えるか判らないし、まぁええわと断念してそれっきりでしたなぁ。

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かつては観光客で賑わった妙高高原駅のかつての賑やかさの余韻の一つか? 臨時改札口?の跡。2013年10月撮影。
団体さんはここから外に出て送迎バスに乗り込んでいたのでしょうか?
上部の白紙の案内板っぽいのは、旅館やホテルの案内掲示跡?

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妙高高原駅1番線に到着した189系電車の直江津行「妙高」、2009年7月撮影。

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3番ホームを出発した189系電車の長野行「妙高」、2013年10月撮影。

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3番線に到着した115系電車長野行、2004年4月撮影。

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妙高高原駅1番線に到着した115系電車直江津行 2013年10月撮影。

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妙高高原駅前の様子、2009年7月撮影。
撮影時点では駅前にみやげ物店が三軒と食堂二軒と喫茶店一軒という具合。
付近にはさらにヤマザキショップと食堂が各一軒。
駅は周辺観光地へ向かうバスやタクシーと鉄道の結節点としての役割です。
当駅から赤倉、池の平方面へのバスダイヤはこちらへ→ 頸南バス(株)

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妙高高原駅前通りの様子、2009年7月撮影。
画像中央に小さく映っているのが妙高高原駅です。
駅から6分ほど歩いた先がこんな感じです。
民家と小さな個人商店が混在していて、集客力のある店舗は皆無でした。

えちごトキめき鉄道移管後は直江津-長野間直通運転も無くなり、観光客は恐らく新幹線長野駅からバスで現地へ直行。
長野県側のしなの鉄道との乗り換え・運行拠点としての機能しか見出せなくなってしまいそうなこの妙高高原駅。
新幹線金沢延伸の陰で寂れる並行在来線の象徴のような駅ですが、時間があればぜひ一度降り立って、過去の栄光の日々に思いを馳せていただきたく存じます。
どう頑張っても後ろ向きの事しか言えないのが遺憾なのですが、他にどうしようもないじゃないの...

2015年10月18日追記
先日、えちごトキめき鉄道移管後の妙高高原駅を実見してきました。

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第三セクター「えちごトキめき鉄道」移管後の妙高高原駅駅舎正面の様子。
駅名板は当然のことながら、えちごトキめき鉄道のそれに変更。

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えちごトキめき鉄道移管後の妙高高原駅駅舎内の様子。
みどりの窓口表示が無くなった以外は、JR時代とさしたる変化は無し。
土曜夕刻ですが、人気無くガランとしてました。

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妙高高原駅3番線に折り返し待機中の、えちごトキめき鉄道所属ET127系電車。
前述したように当駅の乗り場はJR時代と異なっていて、2番がしなの鉄道専用、1番と3番がえちごトキめき鉄道専用です。
ただし、1番が使用されるのは一日四回のみ。
2015年12月訪問時点では、発車時刻は07:11、09:33、18:34、20:33です。

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妙高高原駅2番線に到着したしなの鉄道北しなの線所属の115系電車。
こちらは三連ですが、ガラガラなのはえちごトキめき鉄道ET127系と同様。

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跨線橋上から見た、折り返し待機中のしなの鉄道所属115系電車。

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