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2015年8月の記事

2015年8月30日 (日)

東新津駅(磐越西線)

本日の駅紹介は磐越西線・東新津駅。

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新潟県新潟市秋葉区に所在する無人駅で、開業は昭和27年(1952年)2月20日。
当時の所在は新潟県新津市で、新津市は平成の大合併により2005年(平成17年)3月に新潟市に編入されて、旧新津市は小須戸町と共に秋葉区を形成し今日に至ります。
磐越西線・新津-五泉間には開業以来永らく中間駅が存在しておりませんでしたが、「新津市史」によると戦後の昭和25年に至って、新潟地区で産出される天然ガスを燃料にした「ガスカー」導入(翌26年4月から新潟-新津-馬下-新発田間で運行開始)に伴い、その停留所として設置の請願が成されたのが東新津駅のルーツであるそうです。
短編成のガスカー専用の停留所としての開業なので、ホーム長はすこぶる短くてたったの一両分!
ガスカーは機械式気動車なので単行が原則、ゆえにこれで一向に構わなかったのでしょうけれど、「鉄道ピクトリアル」2008年3月号掲載の1970年当時の当駅の写真を見ると、比較的大きな木造の待合室と短すぎるホームの組み合わせが異様で、軍艦に例えますとかつての低喫水の河用砲艦を連想させるのであります。
その出自とホームの短さゆえか、往年の磐越西線の主役であった機関車牽引の客車列車は当駅を通過していて、国鉄時代は区間運転の気動車列車がひっそりと停車していくだけの極めて地味な存在だったのであります。
平成21年度の新潟市統計書によると、平成20年度の東新津駅年間乗車人員は八万人。
一日当たりでは200人強ということになります。
利用状況は概ね微増と言えるようです。

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東新津駅舎の様子。2006年11月撮影。
建築財産票によると、竣工は2001年1月24日。

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東新津駅待合室の様子。2008年12月撮影。
小奇麗な室内には自動券売機が一台設置。

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ホーム側の駅舎の様子。2008年12月撮影。
トイレは向かって右側(新津方)にあって、新しい建物の常として水洗です。

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新津駅方から見た東新津駅構内の様子。2004年7月撮影。
ホームを大幅延長した様子がはっきりわかります。

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ホーム延長部分の中ほどにある出入り口、2008年12月撮影。
この時点で簡易Suika改札機が設置済み。

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ホーム延長部分から新津駅方を見る。
2004年7月撮影。
線路の両側共に宅地になっていて、家並みを縫うように進む気動車は大都市の下町を走っているような風情です。

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新津市所在時代の駅名票と駅舎、2004年7月撮影。
東新津駅前には日帰り温泉の「秋葉温泉 花水」があるので、沿線で蒸機など撮影の折には、こちらで一汗流していくのも良いでしょう。

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東新津駅に接近する新津行キハ110系気動車、2006年7月撮影。

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東新津駅に到着する新津行キハ110系気動車、2006年7月撮影。

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東新津駅に停車中のキハ40系、2005年7月撮影。
会津若松直通便はキハ40系、五泉・馬下区間便はキハ110系がメインになります。

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東新津駅を通過する、キハ52を先頭とした「磐越・只見ぐるり一周号」、2006年11月撮影。
レアなこの列車をこんな地味な駅で朝から待ち構えておったのは、何を隠そう私だけでしたw
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東新津駅正面から温泉を横目に見ながら進むとこの道に出ます。
この道には路線バス五泉発新津行が通っています。
なおバスは当駅周辺では上下それぞれ別の道を通るので、利用の際はご注意ください。
2006年11月撮影。

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こちらは駅の裏手に当たる道、2006年11月撮影。
この道には路線バス新津発五泉行が通ります。
東新津駅の最寄バス停は「滝谷」になります。
→バスダイヤについてはこちらへ。

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東新津駅周辺唯一?の観光地「秋葉公園」、2008年12月撮影。
地図で見ると駅からすぐのように見えたので行ってみたのですけれど、道に案内表示板が無く且つ道が入り組んでいて、辿り着くのに一時間以上かかってしまいました。

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公園には展望台があります、2008年12月撮影。
展望台自体は大した高さではないのですけれど、公園自体が高台にあるために、眺望はなかなかのものです。
窓が開閉式でないのが残念ですが。
画像は羽越本線の阿賀野川鉄橋と国道460号線の阿賀浦橋(手前の薄緑の橋)。

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公園内でひときわ目を惹くのが、この「新津秋葉山平和塔」、2008年12月撮影。
平和塔を含む公園の案内はこちらへ。

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2015年8月29日 (土)

薮神駅(只見線)

本日の駅紹介は只見線・薮神駅。

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新潟県魚沼市に所在する無人駅で、開業は昭和26年(1951年)10月1日で仮乗降場からの昇格です。
昭和17年11月の只見線・小出-大白川間開業時には存在しなかった駅で、魚沼田中駅上条駅と共に仮乗降場から駅に昇格したという経歴があります。
薮神駅の場合、駅昇格時の所在は北魚沼郡藪神村でありましたから、ぜひ村の玄関駅をという村の要求と、過疎路線の収益を少しでも改善したいという国鉄の思惑が一致した結果のようにも思えるのですが、実際は如何に?
なお藪神村は昭和30年(1955年)3月に隣接する広瀬村と合併して広神村になります。
広瀬村は只見線開業時から玄関駅として越後広瀬駅が置かれており、薮神村との格の違いを見せておりますけれど、合併前年の両村に関する統計を見ますとその力にそれほどの違いは無いのです。
人口は広瀬村の七千人強に対して薮神村は五千人。
面積は広瀬村の約41km3に対して薮神村は約63km3。
農業生産額は広瀬村の約1億2千万円に対して薮神村は約1億円という具合。
平成12年3月までは「JA薮神」が「JA広瀬」と並立していたのも、旧薮神村の勢力の大きさゆえだったのかもしれません。
拮抗する旧両村のバランスを考慮してのことなのか、広神村役場は広瀬村役場ではなく新規に作られることになり、それが薮神駅裏手の立地になったのです。
なお広神村は周辺町村と平成16年11月1日に広域合併して、旧小出町を中核とする新自治体「魚沼市」の一部となり現在に至ります。

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薮神駅待合室遠景。平成20年4月撮影。
雪解け直後のまだ荒涼とした風景の中、ちっぽけな待合室がポツンと。

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薮神駅待合室の様子。平成16年7月撮影。
建築財産票を確認できなかったので、竣工年は不明。
古いような新しいような...ちょっと判断に迷う不思議な感じの建物です。

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薮神駅待合室内の様子。平成20年4月撮影。
窓が大きくて採光は上々のようです。
この時はゴミも無く、非常に綺麗でした。
ほうきが二つ置いてあるので、地域の方々がこまめに清掃しているのかもしれません。
そういう例は他にも多々ありますし。
なお只見線の駅の常として、券売機・乗車証明書発行機共にありません。

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小出駅方から見た薮神駅構内の様子。平成16年7月撮影。
ホームは非常に短く、気動車二両分といったところ。
かつて大白川までの区間運転時代はSLもしくはDL牽引の客車列車や混合列車が運行されておりましたけれど、混合列車はホームを大きくはみ出していたでしょうね。

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越後広瀬駅方から見た薮神駅構内の様子、平成20年4月撮影。
ここから小出方への見通しは大変良くて、駅に刻々と接近するキハ40の逞しい姿を思うさま望見できるのであります。

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只見線の主役、キハ40系気動車が盛夏の薮神駅を出発。平成15年8月撮影。

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薮神駅を出発した小出行キハ40系気動車。平成16年7月撮影。

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薮神駅に停車中の小出行キハ40系気動車。平成16年7月撮影。
過疎路線の秘境駅でもない、何の変哲もない地味な小駅にわざわざ降り立つ酔狂なヲタも、そうそうおりますまい。

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越後広瀬駅方踏切から見た薮神駅全景。平成20年4月撮影。

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ホームの端から見た越後広瀬駅方の様子。平成20年4月撮影。

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只見線と並走する国道252号線の薮神駅付近の様子、平成20年4月撮影。
国道には小出-穴沢(入広瀬)・大白川間に路線バスが運行されています。
薮神駅最寄は「島」バス停です。
至近にはセブンイレブンがあります。

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薮神駅への入り口は少々わかりにくいのです。
とりあえずこの建物を目印にしていただきたい。
「広神商工会館」の右の小道が薮神駅へ至るルートです。
平成20年4月撮影。

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2015年8月22日 (土)

今川駅(羽越本線)

本日の駅紹介は羽越本線・今川駅。

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新潟県村上市に所在する無人駅で、駅としての開業はJR発足と同日の昭和62年(1987年)4月1日。
この時点では岩船郡山北町の所在で、その後山北町は平成20年(2008年)4月に周辺町村と共に村上市と広域合併してその北部地域となり現在に至ります。

今川駅のそもそもの出自は信号場で、大東亜戦争の戦況が日に日に不利に急傾斜していた昭和19年(1944年)7月に、日本海縦貫ルートの輸送力増強の目的で、羽越本線の新潟県内区間では京ヶ瀬神山中浦と共に設置されました。
これらの信号場は戦後、地元の請願という形で駅に昇格していきましたけれど、今川信号場だけは昭和20年代半ばの周辺世帯数が約60戸に過ぎない為に需要僅少と判断されて、長年に渡り駅昇格が見送られてきた経緯があるそうです。
しかしながら、当時の道路事情の極めて貧弱なことから陸の孤島であった周辺集落の学童の通学に鉄道利用は必要不可欠であり、昭和24年(1949年)4月に仮乗降場として、旅客利用が認可されたのです。
なお、仮乗降場化された時点の所在は岩船郡下海府村で、同村は翌25年3月末日をもって山北村と合併。
山北村は昭和40年(1960年)11月に町制を施行し、新潟県最北の町として長らく独特な存在感を保っていたのであります。

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今川駅入り口の様子。2010年6月撮影
今川海水浴場の旧民宿が並ぶ小道にあります。

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酒田方面乗り場の1番ホームから見た越後寒川方の様子。
2010年6月撮影。
一番ホームの待合室は建築財産票によると、昭和25年12月の竣工。
仮乗降場、臨時駅、そして現在までの今川駅の歴史の生き証人であります。
村上方面乗り場の二番ホームの待合室は平成8年2月の竣工。
実用性のみに徹した一番ホームのそれとは歳の差実に46。
また取材時点では両待合室共に、券売機も乗車証明証発行機も未設置でした。
羽越線の新潟県内区間では唯一の駅で、通学定期以外の利用がそれだけ少ないということなのでしょう。

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今川駅1番ホームの待合室内部。2010年6月撮影。
ベンチも少なく、仮乗降場のそれとしては広めに感じる室内は初夏の夕陽を浴びてガランとして。
なおトイレはこの建物の越後寒川側に出入り口があります(待合室とは独立しています)が、取材時点では非水洗で内部はお察しください。
海沿いの国道に出ると海水浴客向けの水洗トイレがありますので、よほど切迫していなければそちらを使った方が不愉快な思いをせずに済みそうです。

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構内踏切から見た今川駅構内の様子。2010年6月撮影。
当駅前後の区間は依然として単線なので、そもそもの出自である信号場の機能も今日も果たしており、普通列車と貨物列車の離合が見られます。

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1番ホームのそれとは対照的に、デザインありきで内部スペースが犠牲になっている今川駅2番ホームの待合室、2004年8月撮影。

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2番ホーム上の高台から見た越後寒川駅方の様子。
2004年8月撮影。

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同じく高台から見た今川駅構内桑川駅方の様子、2004年8月撮影。
ホームはご覧のように桑川方に向かってカープしており、当駅の良きアクセントになっています。

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2番ホーム待合室前から見た今川駅構内の様子、2004年8月撮影。
2番ホームの高台と建物は、信号場関連のものなのでしょうか?

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1番ホームの桑川駅方から見た今川駅構内の様子、2004年8月撮影。
両ホーム共、途中から桑川方は後付で延長しているように見えるのですが、施行されたのは臨時駅化の時点でしょうか?

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2番ホームの桑川方端から見た村上方面の様子、2004年8月撮影。
長編成の貨物に対応した為か、有効長はかなり広いのです。
手前の「いまがわ」のホーロー製柱用駅名票が郷愁を誘います。

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キハ40系気動車二連の普通列車とEF510電気機関車牽引の貨物列車が今川駅で交換、2010年6月撮影。
平成14年デビューの同電機も、今や完全に羽越路の主に。
かつての主役EF81形を見る機会もめっきり減りました。

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今川駅を出発するキハ40系気動車の普通列車三連村上行、2004年8月撮影。
これが普通列車の最大長であります。

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二番線を通過するEF81形(500番台)電気機関車牽引の貨物列車、2010年6月撮影。
この形式は僅か3両しか製造されなかった為か、私の各駅取材行脚でも見る機会は僅少でした。

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今川駅一番線を通過する485系電車R編成の特急「いなほ」秋田行、2010年6月撮影。
ほんの三年前までは羽越白新・信越北陸で当たり前のように走っていたこの車両も、昨年七月に「いなほ」定期運用から撤退。
2016年夏現在の新潟県内での定期運用は、名無しの通称「糸魚川快速」一往復のみとなりました。

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二番線を通過する485系電車T編成の特急「いなほ」新潟行、平成22年6月撮影。
この車両もかつては「ゲップが出るほど」、「いなほ」「北越」「くびき野」として走り回っていましたけれど、今やその姿を見ることは出来ません...

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二番線を通過する快速「きらきらうえつ」と一番ホームの板張り部分、2010年6月撮影。
この位置では見通しが悪く撮影には不適です。

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今川駅前集落の様子、2010年6月撮影。
平成16年訪問時点では民宿の看板を五軒確認出来ましたけれど、今川海水浴場紹介ページによると平成27年夏時点で営業しているのは一軒きりのようです。
しかしこの小道、道路は全くの門外漢で知識も無い私にはよくわからないのですが、コレがひょっとして国道345号の旧道?

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羽越線と並走する海岸沿いの国道345号線、2006年11月撮影。
こちらはバイパスで旧道とは別の存在のようです。
かつての陸の孤島とは隔世の感な立派な道路であります。
取材当時はこの地域に路線バスは走っていなかったのですが、現在は一日二便で土休日運休ながら、寒川-村上間に運行されています。

ここから隣の桑川駅まで、笹川流れを眺めながら歩いてみました。
撮影はいずれも2006年11月。

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左側の廃トンネルは旧道跡なんだとか。

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右側のトンネルが羽越線です。

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