« やっぱり地味な特命戦隊ゴーバスターズ | トップページ | アキバブルーとアキバイエローに血も魂も捧げたい »

2012年3月 3日 (土)

石地駅(越後線)

本日の駅紹介は越後線・石地駅。

2017年3月12日記、「石地駅」の旧記事を新記事に統合しました。

Ishiji101

新潟県柏崎市の東端に所在する無人駅で、大正元年(1912年)11月11日の開業。
開業当時の所在は刈羽郡内郷村で、同村は昭和31年に石地町と合併して朝日町となり、その三年後には西隣の二田村と合併して西山町が発足。
しかし町の中心は旧二田村地域で、自治体としては格上だった旧石地町地域ではないところが外部から見ると非常に興味深いところ。
交通の利便性は、海岸沿いに広がる旧石地町域よりも、越後線と国道の二本柱を擁する旧二田村域の方が遥かに上なのではありますけれど・・・。
その西山町も平成17年5月に柏崎市に編入されて今日に至ります。 前述のように、そもそもの当駅周辺地域は「石地」ではなく内郷村の「別山」地区で、当地域から海岸沿いの石地地域までは5km近い距離があります。
それだけ距離があるにも関わらず、当駅が「石地」を名乗っているのは、同じく越後線の西中通駅の例同様に、石地地域にある「石地漁港」の存在が大きく影響しているのではと推察しているのですが・・・。
漁港に揚がった海産物を当駅まで運んで出荷、駅にとっては貨物の大得意様ゆえに、その自治体名を駅名に採用して顔を立てる・・・というカラクリだと思うのですが、町誌にそんな事は一行たりとも書かれていないので、全て私個人の妄想ですw。
続西山町誌によると、昭和40年度の石地駅旅客乗車人員は246,462人で、一日平均675人。
昭和53年のそれは120,564人・330人。
同年度の西山駅のそれが148,868人・408人で、平成18年度のそれが18,800人・52人(柏崎市統計年鑑より)で、28年で約87%ダウンですから、石地駅にその数字を当てはめれば平成18年度のそれは43人というところでしょうか。 また貨物についても、昭和35年の当駅出荷は5,445トンと、西山駅の4,426トン、礼拝駅の1,460トンを凌いでいるのが意外です。
続西山町誌によると、昭和48年8月に帝石KK専用線撤去という記述があるので、石地駅のかつての貨物出荷量の多さは、この専用線と関連しての事だと思われます。
当地域は西山駅エントリーで紹介した「長嶺鎌田油帯」に隣接した「別山油帯」を有しており、この油帯の本格的開発は昭和8年からで西山油田の諸油帯中後発であり、昭和30年代には鉄道貨物での石油輸送がまだ成立するだけの産油量があったのでは?と思えるのです。
しかしその貨物輸送も、昭和48年末に廃止されてしまったとの事です。

Ishiji102
Ishiji2030411
石地駅駅舎の様子、2011年4月撮影。
建築財産票によれば、平成4年1月21日竣工。
駅前広場は広大で駐車スペースも充分です。
この広さはかつての石油輸送と関係しているのでしょうか?

Ishiji103
Ishiji104
石地駅駅舎内部の様子、2011年4月撮影。
ウィキペディアによると、当駅が委託解除されて無人化されたのは平成4年との事。
現在の駅舎竣工が同年1月ですから、無人化は現駅舎竣工と同時だったのか、それとも僅かな期間ながらこの駅舎に人が詰めていた事があったのか?
駅舎の造りを見るに、一応は有人前提で設計されているのでは?とも思えるのですが・・・。

Ishiji105
ホームの礼拝駅方から見た石地駅構内、2011年4月撮影。
1991年に棒線化されて20年経ちますが、旧ホームは未だ原型を留めています。
なお昭和60年3月改正ダイヤを見ると、当駅での列車交換は一日二回あったようで、早期に遊休化していた訳ではないようです。
この当時は石地駅に上下合わせて24本の列車が停車していました。
現在(2017年3月改正ダイヤ)は18本で、本数が減った分列車交換設備の撤去(当駅)と遊休化(分水駅)が実施されたのでしょう。

Ishiji2010504
石地駅の廃ホームに残っていた駅名標、2004年5月撮影。
棒線化されて13年も経つのに、この駅名標は真新しいままなのが不思議。
2011年4月に再訪した時には撤去済みでした。

Ishiji106
ホーム端から礼拝駅方を見る、2011年4月撮影。
この先に踏切があるのですが、線路のカーブの為に踏切から駅への見通しが出来ないのは残念なところ。

Ishiji107_2
石地駅駅舎ホーム側の様子、2011年4月撮影。
建物右側のドアがトイレで、男女兼用水洗です。

Ishiji108
小木ノ城駅方から見た石地駅構内、2011年4月撮影。
画像右下に見えるのは貨物用ホーム跡でしょうか?

Ishiji109
ホーム端から小木ノ城駅方を見る、2011年4月撮影。
2本のホームは千鳥配置です。

Ishiji101
石地駅を出発する夕刻の115系電車柏崎行、2011年4月撮影。

Ishiji2021004
石地駅を通過するキハ58系気動車「なつかしの急行ひめかわ号」、2004年10月撮影。
当時は只見線や米坂線でも「なつかしの急行」が運転されていました。
この日は台風が接近する荒れ模様の天気で、撮影後、出雲崎駅まで約7km歩く間に雨に降られて散々なことに。
こんなこともあろうかと替えのズボンを持っていって大正解でしたな。

Ishiji110
石地駅前広場の様子、2011年4月撮影。
駅前広場には石地郵便局があります。

Ishiji111 
石地駅駅舎から駅前通りを見る、2011年4月撮影。
当駅周辺にはスーパー・コンビニともありません。
また路線バスの設定は無く公共交通は不便、山がちな周辺のロケーションも相まって、越後線の駅の中で最も鄙びた雰囲気です。

Ishiji112
石地駅から歩いてすぐの、越後線に並行する県道の様子、2011年4月撮影。
路線バスの廃止整理が現在ほど深化していなかった十数年前の道路地図を見ても、この県道に路線バス設定は無く、相当以前よりバス空白地帯であった事が窺えます。

|

« やっぱり地味な特命戦隊ゴーバスターズ | トップページ | アキバブルーとアキバイエローに血も魂も捧げたい »

R004 越後線の駅」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« やっぱり地味な特命戦隊ゴーバスターズ | トップページ | アキバブルーとアキバイエローに血も魂も捧げたい »