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2012年3月10日 (土)

越後寒川駅(羽越本線)

本日の駅紹介は羽越本線・越後寒川駅。

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新潟県村上市に所在する無人駅で、開業は大正13年(1924年)7月31日。
開業当時の所在は岩船郡下海府村で、同村は昭和30年3月に周辺諸村と合併して新自治体・山北村になり、同村は昭和40年11月に町制を施行して山北町に、そして平成20年4月に村上市と岩船郡他町村(関川村と粟島浦村を除く)と広域合併して新たに市制を施行して現在に至ります。(自治体名は「村上」のまま)。
駅名の由来は、下海府村発足前の当地域「寒川」村より。
新潟県北のこの地域は内陸から日本海に多数の小さな川が流れていますけれど、現在「寒川」という名前の川はありません。
当地の地名の言われについて、少し調べてみる必要がありそうです。

海岸景勝地として全国にその名を知られた「笹川流れ」。
しかしその海岸の絶景奇景の裏返しで、当駅周辺を含む笹川流れの諸地域は厳しい地勢と波浪の為に道の整備も間々ならず、長い間極めて交通不便な陸の孤島状態にありました。
従って羽越線の開通と海岸諸集落に停車場が設置された事は、この地域の住民にとって大いなる福音だったのです。
道路事情の悪さは戦後になっても相変わらずで、当地域にとって頼れるのは羽越線のみという状態が長く続きました。
蒸機末期の写真を見ると、線路に並走する道路の未整備状況がよくわかります。
羽越線に並行する国道345線は、現在では2車線に整備されて信号も少なく、車にとってはトバしやすく日本海と笹川流れを眺めつつの快適なドライブを楽しめる道路になっていますけれど、こういう状態になったのはここ三十年ほどの事なのです

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越後寒川駅舎の様子、2006年11月撮影。
建築財産票によると、竣工は平成10年12月25日。
建物上部左側の天窓が印象的な小洒落たデザインなのですが、内部の天井の高さは普通なので、上からの採光を考えたのでは無い実用性の無いモノです。
駅前広場がとても広く感じられるのは、旧駅舎の規模がかなりのものだったからと考えるところですが、旧駅舎の画像はまだ未見に付き断定は出来ません。

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駅舎内の様子、上が2006年11月、下が2010年5月撮影。
2006年11月訪問時点では券売機は未設置で、代わりに乗車証明発行機が置かれていました。
トイレは駅舎内にあって待合室の隣です。

越後寒川駅は上の画像撮影の約半年前まで委託の有人駅だったのですが、元有人駅にも関わらず券売機が置かれないというのは、当駅の利用客が少なくて券売機を早急に置く必要が無いと当局が判断しての事でしょうか。
JR東日本によると、当駅の有人駅としての最後の年度である2005年度一日平均乗車人員は27人で、当時のJR東日本新潟県内有人82駅中81位(最下位は只見線・大白川駅の10人)。
運転業務上、どれほど利用者が少なくても有人を維持する必要があった大白川駅は例外的存在ですから、この年度に実質最下位だったのはこの越後寒川駅だったのです。
東隣の勝木駅の有人最終年度(2002年度)の一日平均乗車人数は92人。
同年度の越後寒川駅のそれは30人。
周辺人口から考えても、旧山北町域内で府屋駅以外の有人駅は一つに絞るというのであれば、勝木駅有人維持・越後寒川駅無人化が妥当な判断だと思うのですが、実際はその反対の結論に。
合併前の旧諸村の発言力や力関係やらが働いてこのような結果になったのか?
駅について色々と考察する向きには非常に興味深い結論だったわけであります。
有人時代の当駅には2003年11月、2004年8月、2005年8月の三回訪れておりますが、有人と言っても駅員氏は商売っ気ゼロで窓口に座っている事は無く、大抵奥の控え室でテレビを見ているという風で、これでは有人にしておく意味も無いのでは?と強く感じたものです。

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ホームから見た越後寒川駅駅舎、2006年11月撮影。

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1番ホーム(村上方面乗り場)今川駅方から見た越後寒川駅構内、2010年5月撮影。
画像右側には横取り線があります。

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おそらくかつての貨物用ホームと側線、2010年5月撮影。
内陸から当駅勝木方に流れる葡萄川の上流には鉱山があって、産出された鉛や亜鉛が当駅から各地に出荷されていたとの事です。
また駅裏の砂山からは良質の砂が採取されて鋳物用に出荷されてもいたとの事で、貨物とはまるで無縁のように見える当駅にも隆盛期はあったのです。
ウィキペディアによると、当駅の貨物取扱い廃止は昭和47年9月との事です。

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一番ホームの端から今川駅方を見通す、2010年5月撮影。

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1番線の勝木駅方から見た越後寒川駅構内、2010年5月撮影。

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1番ホーム端から勝木駅方を見る、2010年5月撮影。

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跨線橋内の様子、2010年5月撮影。
通路は狭く味も素っ気も無く。

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跨線橋上から今川駅方面を望む、2010年5月撮影。
ご覧の通り、日本海はごく至近に。

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同じく勝木駅方を望む、2010年5月撮影。

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島式ホーム(酒田方面乗り場2・3番線)勝木方から見た越後寒川駅構内、2010年5月撮影。
島式ホームは跨線橋からホーム端まで距離が無いので、ここからの撮影は画面が跨線橋に圧倒されてしまって駅撮り的には向いていません。

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島式ホーム端から勝木駅方を見る、2010年5月撮影。
こちら側は複線になっています。

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跨線橋階段から島式ホームを見通す、2010年5月撮影。

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越後寒川駅島式ホーム上の待合室内部、2010年5月撮影。
建築財産票によると、待合室の竣工は大正14年6月。

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島式ホームから見た越後寒川駅構内中央部の様子、2010年5月撮影。

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島式ホーム今川駅方から見た駅構内、2010年5月撮影。

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島式ホーム端から今川駅方を見る、2010年5月撮影。
こちら側は単線です。

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一番線を通過する485系電車R編成の特急「いなほ」、2010年5月撮影。
この日当駅を再訪した理由は「いなほ」の通過画像撮影の為。この当時、次のダイヤ改正(2011年3月)で常磐線に新型特急電車が投入されて、玉突きでE653系が「いなほ」投入されて485系は少なくとも未リニューアル車は運用から撤退!という噂が流れていて、それに踊らされた私は、葬式鉄で騒ぎになる前に撮影しておこうと思い立った次第。
蓋を開けてみれば、実際にそうなるのは最短でも来年のダイヤ改正(2013年3月)なので、今考えると異常に焦り過ぎだったなぁと反省しきりなのであります。

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越後寒川駅1番線を通過する485系国鉄特急色の特急「いなほ」新潟行、2013年5月撮影。

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越後寒川駅1番線を通過した485系電車T編成の特急「いなほ」新潟行、2013年9月撮影。

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1番線を通過する485系電車国鉄特急色の団体列車、2010年5月撮影。

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3番線を通過中の貨物列車、2004年8月撮影。
当駅は一番線(上り)と三番線(下り)が本線で、二番線が待避線です。

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3番線に停車中のキハ40系気動車酒田行普通列車、2003年11月撮影。
当時も今も、羽越線村上-酒田間普通列車の主力はキハ40系。
エンジンの音も高らかに日本海沿岸を進む姿は、いぶし銀の味があって個人的に大好きなのですが、一部で言われるように確かにノロいのは事実ですな。

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越後寒川駅1番線を出発するキハ40系気動車の普通列車村上行、2010年6月撮影。

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線路と並行する駅前通りの様子、2010年5月撮影。
通りは車一台分の路地という風で、通年民宿一軒と郵便局が目立つ程度の鄙びた漁村の印象です。

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今川方の踏切から見た越後寒川駅構内、2010年5月撮影。

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踏切を渡るとすぐに国道345号に出ます、2006年11月撮影。
羽越線勝木-桑川間には路線バスの設定がありません。
越後寒川駅と今川駅への公共交通機関でのアクセスは羽越線のみ
になります。
2015年現在、村上-寒川間に土休日運休の路線バスが運行されております。
→詳しくは「新潟交通観光バス(株)」を検索ください。

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越後寒川駅から今川方面に約1.5km進むと脇川漁港に到着。
2004年8月撮影。
村上市内に所在する漁港6港のうちの一つです。
安土桃山時代末期には漁港として成立していたようで、漁業以外に生活の糧の乏しかったこの地域にとっては至極当然の存在でしょう。
現在の漁獲高は175.7トン(平成19年度)で、勝木駅エントリーで紹介した寝屋漁港は同年度1664.7トン。寝屋漁港の一割強の漁獲高です。

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今川駅へと至る国道345号線を歩いての笹川流れ点描、2004年8月撮影。
8月下旬の暑い日で、大汗掻きながらてくてくと歩いてみました。
一番下の画の水平線に見える島は粟島です。
新潟には離島が二島(佐渡と粟島)がありますが、私は佐渡には仕事で一度行ったきり、粟島は未踏の地であります。
今年辺り、行く機会があったらいいなぁ。

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