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2012年3月17日 (土)

二本木駅(えちごトキめき鉄道)

本日の駅紹介はえちごトキめき鉄道・二本木駅。

2017年3月12日記、画像貼り替え及び加筆修正を実施しました。

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新潟県上越市に所在する有人駅で、開業は明治44年(1911年)5月1日。
今や日本で僅少となったスイッチバック式の停車場であります。
永らく国鉄/JR東日本の信越本線の駅として歩んでまいりましたが、2015年3月14日に第三セクター鉄道の「えちごトキめき鉄道」に移管されて、同鉄道の「妙高はねうまライン」の駅に転じて今日に至ります。
駅開業当時は東頸城郡中郷村の所在で、同村唯一の停車場にして玄関駅でありました。
中郷村は明治22年に発足以来、116年間もの長期に渡って他自治体との合併も無く単独で存在し続けていましたが、平成の大合併の荒波には抗えずに2005年に上越市に編入されて、その南端地域となり今日に至ります。
なお、旧中郷村の北隣の旧新井市は旧中郷村の南隣の旧妙高村・旧妙高高原町と合併して新自治体・妙高市になった為に、中郷地域は上越市の飛び地のような状態になって、妙高はねうまラインでは直江津駅から上越妙高駅まで上越市内、次の北新井新井両駅は妙高市、そして二本木駅はまた上越市内と部外の訪問者が戸惑うような形になっています。

さて二本木駅周辺はスイッチバックが物語るように、千分の二十五という急勾配区間にあったのが災いして、明治19年(1886年)に官鉄・直江津-関山間が開業した当初は停車場設置が見送られて、その後の中郷村他周辺諸村連名の停車場開設請願も色良い
返答は得られなかったそうです。
その後、日露戦争中の明治38年(1905年)に、東頸城地域の中心地である高田町(現・上越市)が、新編された帝国陸軍第13師団所属の歩兵連隊の駐屯地に選ばれると、中郷村側は当地の農産物を鉄道で駐屯地に輸送納入する利便性を主張。
ついにそれが当局に受け入れられて、二本木停車場開業となった次第です。
二本木停車場開設のきっかけになった第13師団は、大正14年(1925年)に軍縮で一旦廃止されてしまったので、二本木停車場もその存在価値の大半を失って凡百のローカル駅同様の衰退の道を・・・という訳にはいかなかったのが当駅の実に幸運なところでありました。
電力が豊富な事(恐らく当地域東側に流れる関川流域の水力発電の事だと思われます)や賃金の安さ、勾配を利用した製品工法採用により、大正8年(1919年)にまず日本
電炉(後に日本曹達と合併)、翌年に日本曹達が現在も操業している日本の電解ソーダ製造の草分けである二本木工場を建てた事で、原材料や製品の輸送が当駅から分岐する専用線から盛んに行われるようになりました。
「勾配を利用した製品工法」というのを少し説明すると、貨物線の脇が崖で谷のようになっていて、材料の原石を貨車から流し落としてその途中で砕石・溶解して、下に滑り落ちてきた時には製品になっているという仕組みだそうです。
すべり台の上から材料を落としたら下に落ちてきた時には製品になっているというイメージでしょうか、その辺は全くの門外漢なので資料を読んで理屈ではわかっても実感としてはイメージが今一つ湧いてきませんです・・・。
貨物線の脇が崖というのは、後述の駅前通りを貨物線の行き止まりの方へ進んでいくと、やがて線路が道路より随分高台になって生い茂る草木も相まって、路上から貨物線の様子を見る事が出来ないのを実地で確認済みですのでよくわかるのですけれど。 現在は専用線からの貨物列車運行も廃止されて(2007年3月)、スイッチバックの駅として好事家の注目を集めている以外は、通学の足生活の足としての地味なローカル有人駅になっています。
JR東日本によると、二本木駅が同社サイトに載っていた最後の年の2013年度の一日平均乗車人員は150人で、同社新潟県内有人75駅中70位。
当駅よりも下位にいるのは上越線・石打駅、信越線・脇野田駅、飯山線・津南駅、羽越線・府屋駅、そして米坂線・越後下関駅。
「スイッチバックの駅」としての知名度が無かったら、貨物営業終了と同時に無人化されてしまいそうな危ない位置にあったのですよ。
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二本木駅駅舎の様子、上2枚はえちごトキめき鉄道に移管後の2016年9月、一番下の画はJR東日本時代の2009年7月撮影。
えちごトキめき鉄道に移管後も、駅名板が変わり上屋を支える柱が補強?されている以外はJR時代と変わっていませんでした。
建築財産票によると、明治43年(1912年)9月の竣工。
新潟県内の鉄道駅舎として最古なのがこの駅舎。
わかりやすく言うと、帝国海軍初の超ド級巡洋戦艦「金剛」が竣工する前年にこの建物は完成しているのです。
駅舎は駅開業の約八ヶ月前に完成していた事になりますが、冬場の工事が無理なのを勘案しての前倒しだったのでしょうな。

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二本木駅駅前広場の様子、2016年9月撮影。
広場というよりは幅の広い生活道路がそのまま駅前広場という風情です。
JR時代と同様にタクシーの待機は無いようでした。

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駅前広場から駅前通り方を見る、2009年7月撮影。
広場と通りの間合いは僅かです。

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二本木駅前広場横の駅前駐車場、2009年7月撮影。
立て札には「通勤者の利用お断り」。
駅前周辺の買い物客と来訪者用との事でした。
パーク&ライドの真逆を行くものですな。
しかし買い物客って言っても、買い物する店自体がほとんど無いのに・・・。
・・・とは言っても、立て札は草に覆われて私のような好事家が近くに行って見なけりゃ何が書いてあるかわからない有様なのです。
あれでは皆、何も知らずに停めるだろうなぁ。

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二本木駅前通りの様子、2016年9月撮影。
上の画は旧新井市中心部方面、下の画は踏切及びその先の旧北国街道方面です。
通りには、かつては日本曹達御用達だったと感じられる旅館一軒と信金、雑貨店、酒屋という具合で、元商店らしき造りの空き家が目立ちます。
この通りを初めて歩いた2004年4月と、その様子はほとんど変わっていません。
唯一と言って良いほどの変化があったのは、かつてこの通りを走っていた路線バスが、現在では廃止されてデマンドの乗合タクシーになってしまった事です。
中郷村界隈と旧新井市中心部を結んでいた路線バスの廃止により、来訪者が気軽に利用できる公共交通機関は妙高はねうまラインのみとなりました。

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JR所属時代の二本木駅駅舎内部の様子、2009年7月撮影。
この時点での窓口営業時間は7時20分~17時50分。
室内には自動券売機とタバコの自販機が設置されていました。
高い天井と上部の明かり窓が古い時代の建物である事を雄弁に表しているような。
汽車の停車場の雰囲気満点でありました。

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JR所属末期の二本木駅駅舎内部の様子、2014年6月撮影。
室内空間は壁で仕切られ半分になってしまっていました。
それまでが広々としていただけに、随分窮屈になってしまった感強し。
しかし利用状況を考えれば、これでもまだ恵まれている方でしょう。
この古い駅舎に今更手を入れるとは、ひょっとして壁の向こう側にこじんまりとした新駅舎を建てるつもりなのでは!?と思ったものです。

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えちごトキめき鉄道に移管後の二本木駅駅舎内部の様子、2016年9月撮影。
心配した壁の向こう側は喫茶店の「なかごうさとまる~む」になっていました。
ただし営業日は第二、第四日曜日のみ。
この日は土曜日で、中には入れましたが誰もおらず単なる休憩所扱いでした。

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「なかごうさとまる~む」内に展示されているNゲージのレイアウト、2016年9月撮影。
二本木駅を模したと思われます。

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二本木駅駅舎から島式ホームへ続く地下道への通路の様子、2009年7月撮影。
JR時代の画ですが、上屋も柱は明治の造り、案内板は国鉄様式で実に味があります。
子供の頃に見た母の実家の倉がこんな感じで、個人的には実にノスタルジックなのであります。
ちなみに下の画の右側のドアがトイレです。

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島式ホームとの連絡地下道出入り口の様子、上はJR時代の2009年7月、下はえちごトキめき鉄道移管後の2016年9月撮影。
下の画ではそれまでの少々安っぽい感じの内壁(というよりも風除け板)に手が入れられて、アンティーク感を出しています。
古い駅舎にイメージを合わせた演出のように見えますな。

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二本木駅駅舎と島式ホームとの連絡地下道の内部の様子、2009年7月撮影。
えちごトキめき鉄道に移管後はJR関連の広告が無くなって寂しくなった他駅の跨線橋内部と違って、当駅連絡地下道の場合は逆に宣伝チラシの張り出しが増えていました。
まぁこの画を見ればわかるように、JR時代は近隣諸駅と比べて殺風景過ぎたのですけれど。

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駅舎との連絡地下道出入り口から見た、二本木駅島式ホームの様子、2016年9月撮影。
優等列車の停車しない駅のそれとしては、際立って長大な上屋です。
ホームの先では子供たちの人だかりが出来ていて、ホーム上では物産品の出店が。
一体何事か?といぶかしんでいたら、えちごトキめき鉄道のリゾート列車「雪月花」向けのイベントでした。
しかしここで営業をかけても、「雪月花」の乗客にどれほどの注目を集めさせることができるかどうか。
「雪月花」は私が乗車する普通列車との列車交換で入線してきたので、残念ながら撮影は出来ず。
普通列車の乗客の視線は、一斉に「雪月花」に注がれていました。
列車と言えばET127系電車ばかりで地味色一色のこの界隈では、一般人にも相当のインパクトを与える列車のようです。

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島式ホーム上の記念撮影用立て看板、2016年9月撮影。

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JR時代の二本木駅島式ホーム側の地下連絡道出入り口の様子、2009年7月撮影。
「出口」の案内板の風情が実に良いのです。

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JR時代の二本木駅構内を本線側から見る、2009年7月撮影。
画像中央がホーム上の待合室です。

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ホーム端からスイッチバックの本線方を見る、上は2005年10月、下は2016年9月撮影。
上の画の時点では、二本木駅の貨物営業はまだ健在でした。
画像右側には日本通運所属入換用ディーゼル機関車とその車庫が見えます。
当駅の貨物取扱は2007年3月に廃止され、入換用機関車の車庫は2009年7月時点で既に撤去されていて、現在(下の画)は側線にかつての盛況ぶりを見出すのみに。

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スイッチバックの線路配置は見ても見飽きたらない魅力であります、2005年10月撮影。

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二本木駅の島式ホーム中程からスイッチバックの行き止まり方を見る、2016年9月撮影。
画像右側の建物が駅舎ですが、以前と異なり上屋を支える柱の間に風除けが付けられています。
これで風雪雨の厳しい日でも、安心して駅舎から地下道出入り口まで移動できるようになりました。

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二本木駅の島式ホーム中程から本線方を見る、2005年10月撮影。

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駅構内に残る明治期から?のレンガ小屋、2009年7月撮影。

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島式ホーム上の待合室内部の様子、2009年7月撮影。
駅舎内部の待合空間が小さくなった今日では、こちらの方が広々としています。

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二本木駅の島式ホームの行き止まり方の様子、上は2004年4月、下は2016年9月撮影。
画像左側の木々の向こうが、現在も盛業の日本曹達二本木工場です。
上の画では画像奥に黄色いタンク車が多数留置中。
下の画の段階では二本木駅の貨物営業終了から9年半で、かつては貨車で賑わった側線群もすっかり廃線の様相。
貨物営業時代にホーム端にあった小屋は、2009年7月訪問時点で既に撤去されていました。
えちごトキめき鉄道の規模ではここに車両基地を移すのも無駄な事でありましょうし、今後はこの旧貨物駅の空間をどう活用していくのかですな。

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二本木駅に停車中のET127系電車妙高高原行、2016年9月撮影。

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二本木駅を出発したET127系電車、2016年9月撮影。

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二本木駅に停車して、リゾート列車「雪月花」の到着待ちのET127系電車直江津行、2016年9月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、夜間に直江津-二本木間の区間列車が1往復設定されています。

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二本木駅に到着した115系電車直江津行、2014年6月撮影。

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二本木駅で189系電車長野行の「妙高」と列車交換する115系電車直江津行、2009年7月撮影。

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二本木駅に停車中の189系電車直江津行「妙高」、2009年7月撮影。

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二本木駅を出発した189系電車国鉄特急色の「妙高」長野行、2014年6月撮影。
私が当駅で189系電車を見たのはこれが最後でした。

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二本木駅構内に進入する189系電車直江津行「妙高」と、貨物線で待機中のEF64形電気機関車牽引の貨物列車、2005年10月撮影。

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二本木駅構外から見た、貨物線に留置中のEF64形電気機関車重連牽引の貨物列車、2005年10月撮影。
今日では貨物列車といえばほとんどがコンテナ列車なので、黒光りするタンク車は新鮮に映りますな。

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二本木駅構内で待機中の、日本通運所属入換用ディーゼル機関車、2005年10月撮影。
2004年4月に取材目的で初めて当駅に降り立った時には、同型の青色の機関車が待機していましたけれど、アレを塗り替えたのがこの機関車なのかはたまた同型の機関車が2両配置だったのかわかりません。
しかしNゲージの小レイアウトには、国鉄型レールバス共々ぜひ欲しい一品であります。

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旧中郷村、そして二本木駅のかつての隆盛の立役者であった日本曹達の二本木工場、2009年7月撮影。
旧中郷村が116年間も単独で存続出来たのは、この工場の存在によるところがきっと大きかったのでしょう。
この工場が健在な限り、合併して上越市の飛び地的な地域になって埋没してしまうよりは、村でい続ける選択肢もあったのでは?と外部の野次馬は思うところなのですけれど。
税収はどれほどだったのか。

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二本木駅から日本曹達の工場前を経て約1km強で国道18号線に出ます、2014年6月撮影。
建物が密集している二本木駅周辺とは全く印象の異なる、スッキリとし過ぎな通りであります。

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