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2012年2月25日 (土)

新井駅(えちごトキめき鉄道)

本日の駅紹介はえちごトキめき鉄道・新井駅。

2017年3月12日記、旧記事と統合してリニューアルを実施しました。

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新潟県妙高市に所在する有人駅で、同市の玄関駅です。
開業は明治19年(1886年)8月15日で、直江津、高田関山の各駅と共に新潟県内最古の駅という、新潟の鉄道史において特筆すべき歴史的存在です。
開業以来、永らく信越本線の中堅駅として歩んできましたけれど、2015年3月の北陸新幹線金沢開業に伴って、信越本線の直江津-妙高高原間は第三セクター鉄道の「えちごトキめき鉄道」の妙高はねうまラインに移管されました。
新井駅は開業当時、中頸城郡大崎村の所在だったようですが、程なくして同村から分離した新井村の所在となり、明治25年に町制を施行して新井町となった後も周辺諸村を合併編入して逐次町勢を拡大。
昭和29年に更なる合併編入によって、市制を施行して新井市へ成長します。
町勢拡大においては、特に当駅北方至近のダイセル新井工場の誘致成功(昭和10年)が大きく貢献したようで、新井駅から工場へは専用線が敷かれて近年まで貨物輸送が行われていました。
その後、新井市は周辺町村を合併編入して新自治体・妙高市の中心地域となり今日に至ります。
なお妙高市の人口は、2016年10月現在で約3万3千人。
新潟県内30自治体中18位の人口規模です。 JR東日本によると、新井駅がJR所属時代に最後に記載されていた2013年度の一日平均乗車人員は1,196人で、同社新潟県内有人75駅中38位。
3位の六日町駅と6位の犀潟駅はほくほく線直通旅客を含む数字なので、新井駅の順位は実質36位ということになります。
同年度で在来線の自動改札化が成されていない駅としては、越後線・越後曽根駅に次ぐ第二位の堂々たるものなのです。
当駅と一日平均乗車人員がほぼ同じ羽越線・中条駅(胎内市の玄関駅)や、やや少ない磐越西線・五泉駅(五泉市の玄関駅)が自動改札化されていますから、利用状況から言えば当駅が自動改札化されても全く不思議ではありませんでした。
しかし、近い将来にJRから切り離されることが確定している駅に新規投資はなかなか出来かねるのは、民間企業としては当たり前の話。
ただ新井駅同様にJRから切り離される運命の高田駅の場合は、一日平均乗車人員が2,000人を優に超えて当駅の倍の数字ですので、駅業務の省力化を考えると自動改札化しても差し支えなかったのでしょうね。

さて自動改札無しで利用客が多いここ新井駅、駅構内を余すところ無く撮りたい私のような人種にとっては最大の鬼門なのでございまして・・・。
有人駅でも利用客が少ない委託駅の場合は、駅員氏に声を掛けて少し早く入れてもらえたりもしますが、当駅は国鉄時代さながらの厳格な「改札」を行いますから、声を掛けて早めに入れてもらう手は通用しそうにありません。
改札開始から列車到着まで10分を切った僅かな間に、二面の長大なホームを端から端まで撮り切るのはまず不可能でありますから、何度か再訪する必要があるのです。

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新井駅駅舎の様子、2016年9月撮影。
建築財産票によると竣工は昭和37年10月。
当時の国鉄地方中堅駅の標準的な横長平屋の建物です。
建物はJR時代と変化は無く、駅出入り口の看板がえちごトキめき鉄道型に変わっただけです。
ただJR時代には賑々しく色々と貼られていた企画きっぷやキャンペーンの宣伝類が無くなってしまったので、受ける印象は無味乾燥になってしまいました。
また、これは新潟発当駅止まりの特急「しらゆき」が到着して間もない時間の撮影なのですが、駅前広場で待機するタクシーはこんな感じ。
JR時代に比べて少なくなった印象です。

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JR東日本所属時代の新井駅駅舎内部の様子、2009年7月撮影。
改札時以外はチェーンでしっかり閉鎖されたホーム出入り口、昔ながらの「みどりの窓口」の表示、キオスク・・・全て国鉄時代のままで、私が子供の頃の駅は皆こんな感じだったなぁと、ノスタルジーにしばし浸った次第。
この時点でのキオスク営業時間は0730~1800、待合室開放時間は0510~2330。
当駅の待合室は私が当駅を訪れたいずれも賑やかで、列車到着30分前からベンチに座れないほどの人の数。
部活帰りの学生だけでなく一般客も多数です。
なお、このキオスクはウィキペディアによると、えちごトキめき鉄道に移管直前の2015年1月に撤退したそうです。
新井駅周辺にはコンビニが無いので、このキオスクは貴重な買い物空間でしたのに。
止むを得ないこととは言え残念です。

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えちごトキめき鉄道に移管後の新井駅駅舎内部の様子、2016年9月撮影。
内部も窓口や自動券売機がトキ鉄仕様になったのとキオスク撤退以外はJR時代と変わりません。
改札が厳格なのもJR時代と同様です。
下の画は待合室内のキオスク撤去跡です。
ベンチが増設されることもなく、完全に遊休空間になってしまっています。

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1番ホーム(直江津方面乗り場)の二本木駅方から見た新井駅構内、2011年6月撮影。
駅構内は駅名標がJR東日本型からえちごトキめき鉄道型に変わった以外、変化はありません。

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1番ホーム端から二本木駅方を見る、2011年6月撮影。
直江津駅から人口の集積した平野部を南下してきた鉄路も、新井駅から先は俄かにローカル色が濃くなってまいります。

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1番ホームの北新井駅方から見た新井駅構内、2011年6月撮影。

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1番ホーム端から北新井駅方面を見る、2011年6月撮影。
画像中央やや左にちらりと見えるプラントが、前述のダイセル新井工場です。

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新井駅跨線橋内部の様子、2016年9月撮影。
こちらも基本的に国鉄時代そのままで、天井の造りが何ともクラシカルで懐かしい。
駅舎内外と同様に、JR時代はびっしりと貼られていた宣伝類が無くなったので活気が無くなった印象を拭えないのですよ。



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跨線橋上から北新井駅方面を見る、2011年6月撮影。
貨物用とおぼしき中線が残っていました。

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同じく二本木駅方を見る、2011年6月撮影。
北新井方とは対照的に、行く手には山々が広がります。

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2番ホーム(妙高高原方面乗り場)の二本木駅方から見た新井駅構内、2011年6月撮影。
当駅の本線は一、二番線なので、待避・折り返し用の三番ホームよりも二番ホームの方が有効長が大です。
長野新幹線開業までは、このホームに長編成の上野行電車特急「あさま」「白山」が停車していたのです。→新井駅全盛期の時刻表はこちらのエントリーへ

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2番ホーム端から二本木駅方を見る、2016年9月撮影。

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2番ホームから見た新井駅構内中央部の様子、2016年9月撮影。

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2番ホーム上から見た新井駅駅舎ホーム側の様子、2004年9月撮影。

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2番ホーム端から北新井駅方を見る、2011年6月撮影。

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島式ホーム上屋部の様子、2011年6月撮影。
2016年9月現在でも、島式ホーム上に待合室はありません。
改札開始から列車到着まで僅かな時間しかありませんから、待合室の有無どころかベンチで座って待つ余裕すらあまり無いかもしれません。
ちなみに2004年4月訪問時点では、島式ホームの北新井方端手前に相当の経年と思われるもう一つの上屋がありました。

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JR時代の新井駅2番線から出発する長野色115系電車の長野行、2009年7月撮影。

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JR時代の新井駅の夕刻、3番線で折り返し待機中の115系電車直江津行、2004年4月撮影。

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JR時代末期の新井駅2番線に停車中の湘南色115系電車長野行、2014年5月撮影。
JR東日本の115系電車はえちごトキめき鉄道に乗り入れを行っていて、現在は新潟-新井間の快速列車として運行されています。

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新井駅1番線から出発する189電車使用の普通列車「妙高」直江津行、2004年9月撮影。

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新井駅2番線に停車中の189系電車「妙高」を跨線橋上から一枚、2011年6月撮影。

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新井駅2番線に停車中の189系電車「妙高」長野行、2013年10月撮影。
「妙高」は料金不要の列車としては、快速「くびき野」と共に破格の列車でした。
しかし115系電車三連はいつも混んでいて大抵は座れなかったのに、六連の「妙高」は概ねガラガラでしたなぁ。

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新井駅1番線に到着した189系電車国鉄特急色の「妙高」直江津行、2014年5月撮影。
塗装もちょっとハゲかかってきていました。

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夕刻の新井駅3番線で折り返し待機中の485系電車快速「くびき野」新潟行。
上は2009年7月、下は2004年9月撮影。
上越界隈からの帰宅の足として、新井駅を夕方に出発する「くびき野5号」は私の愛用する列車でありました。
指定席車が連結されるようになってからはそっちによく乗りました。
18きっぷとは関係ない普通の土日の指定席はいつもガラガラ。
直江津から新潟まで客は私ひとりなんてこともありましたっけ。
自由席は満員で立ち客もいるのに、誰もガラ空きの指定に移ってこないのです。
500円ちょっとの投資で大名気分を味わえるというのに。

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えちごトキめき鉄道移管後の新井駅2番線に進入するET127系電車妙高高原行、2016年9月撮影。
かつての115系電車と189系電車に変わる、新井駅に出入りする新たな顔です。

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新井駅で列車交換するET127系電車の妙高高原行と直江津行、2016年9月撮影。
上越都市圏の直江津-新井間にはJR時代同様に、区間列車が設定されています。


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新井駅1番線に停車中のET127系電車直江津行、2016年9月撮影。

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新井駅を出発したET127系電車直江津行、2016年9月撮影。
片側三扉の電車と背景のプラント、大都市圏の工場地帯を走る電車の趣です。

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新井駅1番線に停車中のET127系電車直江津行と、3番線で折り返し待機中の北越急行ほくほく線直通のHK100形電車、2016年9月撮影。

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新井駅3番線で待機中のHK100形電車越後湯沢行、2016年9月撮影。
えちごトキめき鉄道への移管後は、ほくほく線電車が新井駅まで乗り入れるようになりました。

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新井駅3番線で折り返し待機中のE653系電車特急「しらゆき」、2016年9月撮影。
新潟-長野間の「みのり」が2001年12月改正で廃止されてから、定期特急列車の発着が無かったここ新井駅。
しかしJRから切り離されると同時に運行を開始した「しらゆき」5往復のうち2往復が当駅発着になって、13年ぶりに特急停車駅の座に返り咲いたのです。
考えようによってはひどく皮肉な話なんでありますが。
さて、新井駅構内でこのアングルから撮影する場合、順光は本来午後なのです。
しかし新井発着の「しらゆき」は朝イチと午前中と夜遅くなのです。
現地で一泊しない限り、撮影のチャンスは午前中の折り返ししかありません。
しかし午前中はこのアングルだと逆光に・・・。
これを撮るためには天気が曇りであることが必須条件で、土日でそういう日をずっと待っておったのですけれど、9月下旬のこの日まで中々好機が廻ってこなかったのですよ。

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新井駅の「駅前通り」と言える道は二つあって、こちらが駅舎から見て左側の道です。
2016年9月撮影。

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新井駅から向かって左側の通りを少し進むと頸南バスの営業所があります、2009年7月撮影。
この地域の路線バスは、新井駅前広場ではなくこちらに発着しますので利用の際はご注意ください。
鉄道補完としては、新井-中央病院間の「上越大通り線」が運行されていて、北新井、上越妙高、南高田、高田各駅への足として使えます。
2017年3月現在は平日12往復、土休日9往復の運転です。
二本木駅へのバス路線は廃止されてしまい、現在は代わりに乗合タクシーが運行されています。
予約制なので来訪者はちょっと使えませんな。


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新井駅から向かって右側の通りの様子、2016年9月撮影。
駅前通り周辺の各所には北国街道「新井宿」の説明板が設置されていて、かつての宿場街の賑わいを今に伝えています。
通りには新井駅周辺唯一のスーパーが営業中です。
2011年6月にぶらぶら歩いた時には、通りにポール・モーリア風の音楽が流れていて、時折「ジェットストリーム」の英語版といった感じの小洒落たナレーションが人気の少ないアーケードに響いておったものです。
しかしこの日は音無しの構え。
あの音楽とナレーションは止めてしまったのか否か。

さて新井駅に関する歴史的資料を探して行き当たった興味深い話が、新井-飯山間の鉄道敷設提案の件。
飯山鉄道(現・JR飯山線)豊野-飯山間が開通する大正10年(1921年)10月までは、飯山地方の人は日本海側に出るのに、新潟長野県境の富倉峠を越えて新井に出ていたそうです(現在の国道292号線経由)。
当地域の地理に詳しくない方は今ひとつピンと来ない話だと思いますが、この富倉峠経由の場合、飯山から新井までは30kmに満たない近さなのです。
(飯山線豊野乗り換えの場合は約67km)
戦後、富倉峠経由で飯山-新井間に鉄道路線建設の話が新潟、長野両県の国会議員から提起された事もあったそうですが、資金の問題から具体化には至らなかったとの事です。
国鉄線として建設させるつもりだったのか、それとも私鉄線としてだったのかは資料に明記されておらず不明ですけれど、もし開通していたらどんな歴史を辿っていただろうかと妄想してみるのもまた楽しいもの。
国鉄線であれば、小編成の気動車列車が山間の小道をガタゴトと走り、直江津まで直通運転していたかもしれません。
特定地方交通線としてJRに継承される事なく廃止になっていたでしょうけれど。
なにしろ現在、新井から国道292号線を走るバス路線は富倉峠から6km以上手前までしか運行されておらず、運行本数も非常に少ないのですから。
自家用車が広く普及してからは、バスですらその程度の需要しか無いという事なのです。

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