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2012年1月28日 (土)

豊実駅(磐越西線)

本日の駅紹介は磐越西線・豊実駅。

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新潟県東蒲原郡阿賀町に所在する無人駅で、新潟県と福島県の県境に位置します。
開業は大正3年(1914年)11月1日。
開業当時の所在は東蒲原郡豊実村で、当駅は同村の玄関駅でした。
ちなみに「豊実」という村名は、「豊田」村と「実川」村から一文字ずつ取ったもので、両村は明治36年に合併して豊実村となり、昭和30年に北隣の日出谷村と共に鹿瀬村と合併して鹿実谷村となり、翌年に町制を施行して鹿実谷町へ、それから間もなく鹿瀬町に自治体名を改名し、同町は2005年4月1日をもって周辺町村と広域合併して新自治体・阿賀町の一部となり今日に至ります。

磐越西線の計画当初は、豊実村域に停車場を設置する予定が無かったそうで、当時は村内を流れる阿賀野川に妨げられて交通不便の地であった村は、村の振興にとって停車場設置は死活問題だと当局に陳情を重ねて停車場設置に漕ぎ着けたとの事です。
それに当たっては当地域選出の代議士を頼っての、村総出での政治的行動があったようで、やっている事は昔も今も変わらぬ人の世だと言えましょう。

開業後の豊実駅は、阿賀野川流域の電源開発に伴う水力発電所建設の為の資材搬入基地として機能し、それは当駅から北に3km弱の豊実ダムが完成する昭和4年頃まで続いたようです。→豊実ダム詳細についてはこちらのサイト様を参照ください。

当地域は近年まで道路交通が極めて不便な状態が続いておりましたが、昭和49年にまず福島県側に抜ける徳石大橋が完成、次いで昭和54年に津川方面に抜ける船渡大橋が完成して道路事情は飛躍的な改善をみます。
この二つの橋の完成により、それまで当地域の最重要交通路であった磐越西線と豊実駅はその地位の地盤沈下が始まって、昭和56年に委託駅化、次いで昭和58年に完全無人化及び棒線化と斜陽の一途を辿ります。
現在は県境の山間にひっそりと佇む小駅になっておりますけれど、周辺は小集落があって人気もあり、鄙びそして枯れた実に味のある立地なのであります。


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豊実駅舎の様子、2010年5月撮影。
便宜的に駅舎と書きましたが、実際は築堤上に設けられたホームへ通じる地下道の出入り口のみです。
建築財産票によると竣工は昭和58年11月25日。
下の画像の駅舎右側の建物はトイレで、男女別で水洗ですが小用時に見たところでは水の出はイマイチ。
簡易水道だとしたら仕方の無いところなのでしょうか。
しかし駅舎(出入り口)より遥かに大きく目立つトイレというのも実に珍しい。
県内見た限りでは他に白新線・黒山駅ぐらいですかね。
また駅前広場は実に広大です。

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豊実駅を出発する朝のキハ40系気動車会津若松行、2010年5月撮影。


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ホームの日出谷駅方から見た豊実駅構内、2010年5月撮影。
画像右手にあるホームの遺構は貨物用ホーム跡でしょうか?

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ホーム端から日出谷駅方を見る、2010年5月撮影。

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豊実駅ホーム上の待合室周りの様子、2010年5月撮影。
待合室の後方に地下道出入り口があります。

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徳沢駅方から見た豊実駅構内、2010年5月撮影。
地下道出入り口はホーム徳沢方端にあります。
画像左側の整地されている辺りはかつての引込み線跡なのか、はたまた旧駅舎跡なのでしょうか?
いずれにしても、当駅は山間の小駅の割りに構内は広く感じられて、かつて阿賀野川電源開発の資材搬入基地として機能していた当駅の活況期を偲ばせます。

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ホーム端から徳沢駅方を見る、2010年5月撮影。
画像右側に空き地が無い事から、かつての引込み線は津川側へのみ延びていたものと推察されますが?

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豊実駅が島式ホームだった頃の線路跡、2010年5月撮影。
線路跡は完全に埋まってしまっていて、ホーム上の消えかかった白線がかつて島式ホームだった事の唯一の証と言えましょうか。

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徳沢駅側から見た待合室周り、2010年5月撮影。
待合室の右側にあるドアはトイレのものです。待合室はホーム右側に完全に接して建てられており、これではかつての島式ホーム時代にはホーム上通行の妨げになるのでは?と早合点しそうですけれど、待合室の竣工は建築財産票によれば昭和58年11月25日。
豊実駅の棒線化と同時期の竣工なので何ら問題は無かったのです。

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かつての線路跡の徳沢駅方を見る、2010年5月撮影。
画像右側が地下道出入り口ですが、こちらの竣工は昭和56年11月。それまで旧駅舎とホームの連絡はどのようになっていたのか興味の湧くところです。
前述の整地箇所が旧駅舎跡であるならば、ホームとはフラットな位置関係ですから構内通路だったのでしょうけれど。
→豊実駅旧駅舎画像はこちらを参照ください。

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豊実駅ホーム上の待合室内の様子、2010年5月撮影。
室内には建物に作り付けのベンチが二つ。
この時点では自動券売機・乗車証明発行機共にありません。
磐越西線新潟県側各駅で券売機が未設置なのは豊実駅のみでした。

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前述の整地箇所から見た豊実駅全景、2010年5月撮影。
やはりここに旧駅舎が置かれていたと見るのが妥当でしょうか?

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整地箇所と駅前広場の位置関係、2010年5月撮影。
うーむ、やはりここが旧駅舎跡ではという想像を逞しくさせます。

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豊実駅前を通る国道459号線福島県方を見る、2010年5月撮影。
この先を800m程進むと、前述の徳石大橋へ行き着きます。
この日は時間的制約で見てこれなかったのが残念なところ。

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同じく津川方を見る、2010年5月撮影。
なお、当地域に路線バスの設定は無く、磐越西線が唯一の公共交通機関になっております。

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国道沿いに広がる豊実集落の様子、2010年5月撮影。
駅至近には軽食事処「和彩館」があり、スーパーもコンビニも無い当地域で唯一飲食が出来るお店です。
小粋な印象のところで、キャッチは「阿賀野川を見ながらコーヒーを」。
すぐ裏手を阿賀野川が流れているので、時間があればこちらでコーヒーを飲みながら川を眺めてぼーっと過ごすのもよいかもしれませんな。

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豊実集落を抜け振り返って一枚、2010年5月撮影。

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俯瞰で見た国道459号線の船渡大橋、2010年5月撮影。
当地域交通の最大のネックだったのが、この地点に架かる橋が長い間無かった事でした。

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船渡大橋上から阿賀野川福島方を見る、2010年5月撮影。
この橋が完成するほんの30年と少し前までは、ここを渡し舟が通っていたのです。

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日出谷方踏切から見た豊実駅、2010年5月撮影。

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船渡大橋の全景、2007年7月撮影。

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