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2012年1月の記事

2012年1月29日 (日)

海賊戦隊ゴーカイジャー第48話「宿命の対決」をヒロイン目当てで見る

本日の海賊戦隊ゴーカイジャー第48話「宿命の対決」はバスコとの決着編。
サリーはやっぱり死んでたのねん・・・。
ここまで外道に描かれた敵も珍しいですな、しかも第三勢力で。
近年の戦隊なら途中で仲間になりそうな立ち位置のキャラなのに。

ゴーカイイエロー対ルカ
バスコのデク人形版ゴーカイイエローvsルカ。
デク人形版グリーンのポーズを見た三人のやりとりに爆笑。
ドンさん
「ぼくはそんなオ◯ッコの後にズボンで手を拭くようなポーズはしないぞ!」
ルカ
「やってるやってる・・・」

「アレ、無意識だったんですか!?」
二人に言われて不安気に「オ◯ッコの後にズボンで手を拭く」ポーズをする
ドンさん。
その前歴が単なる田舎の星の発明屋だったドンさんの、最後に残った謎が
「戦闘前に何故あんなヘンなポーズをとるのか?」。
別にポーズとしてやっていたわけではなく、単にビビリで無意識にああして
いただけなのねん。
しかし今日の清水一希クンのセリフは、ゴーカイグリーンを演じる竹内康博さん
への彼自身の心の叫びと言えなくもないですな。
グリーンのオモシロアクションは竹内さんのアドリブ暴走らしいので。
話をヒロインに戻すと、ヒロイン対決はなかなか気合が入っておりましたな。
ゴーカイイエローのマスクがパッチン式なのは、かなり本気でアクションを
しているって事でしょう。

ゴーカイピンク対アイム
ヒロイン対決その二、デク人形版ゴーカイピンクvsアイム。
こちらも中々良く動いていました。
イエローの場合、蜂須賀祐一さんと市道真央さんとでは体格差がどうしても
出てしまいますけれど、ピンクの場合は流石に体格差は目立ちませんな。

蜂須賀祐一さん演じるゴーカイイエロー
本日のゴーカイイエローはセット・ロケ共に蜂須賀さんのようです。

全員で歴代レッドにゴーカイチェンジ
デク人形版ゴーカイレッドに対抗して、マーベラス不在の中オールレッドで
戦いを挑む面々。
ゴーカイイエローは女ギンガレッドに、ゴーカイピンクは女マジレッドに
ゴーカイチェンジ。

さて来週はインサーン姐さんが自ら出陣、出世コースに戻る為に海賊達と
直接対決の模様。
インサーンはせっかく大林勝さんが演じているのに、これまで派手なアクション
は無かったですからな~。
妖艶な女形アクションに期待するところであります。
またレジェンド関係で特筆すべきは、ファイブイエロー・星川レミがゲスト出演。
多分出番はほんのちょっとだとは思いますが、東映公式によると演じる成嶋涼さん
がファイブイエローのスーツに入ったという事ですから、それもホンの一瞬の
登場でしょうけれど楽しみですな!
欲を言えば花のくノ一組サクラもやって欲しかった・・・。

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2012年1月28日 (土)

豊実駅(磐越西線)

本日の駅紹介は磐越西線・豊実駅。

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新潟県東蒲原郡阿賀町に所在する無人駅で、新潟県と福島県の県境に位置します。
開業は大正3年(1914年)11月1日。
開業当時の所在は東蒲原郡豊実村で、当駅は同村の玄関駅でした。
ちなみに「豊実」という村名は、「豊田」村と「実川」村から一文字ずつ取ったもので、両村は明治36年に合併して豊実村となり、昭和30年に北隣の日出谷村と共に鹿瀬村と合併して鹿実谷村となり、翌年に町制を施行して鹿実谷町へ、それから間もなく鹿瀬町に自治体名を改名し、同町は2005年4月1日をもって周辺町村と広域合併して新自治体・阿賀町の一部となり今日に至ります。

磐越西線の計画当初は、豊実村域に停車場を設置する予定が無かったそうで、当時は村内を流れる阿賀野川に妨げられて交通不便の地であった村は、村の振興にとって停車場設置は死活問題だと当局に陳情を重ねて停車場設置に漕ぎ着けたとの事です。
それに当たっては当地域選出の代議士を頼っての、村総出での政治的行動があったようで、やっている事は昔も今も変わらぬ人の世だと言えましょう。

開業後の豊実駅は、阿賀野川流域の電源開発に伴う水力発電所建設の為の資材搬入基地として機能し、それは当駅から北に3km弱の豊実ダムが完成する昭和4年頃まで続いたようです。→豊実ダム詳細についてはこちらのサイト様を参照ください。

当地域は近年まで道路交通が極めて不便な状態が続いておりましたが、昭和49年にまず福島県側に抜ける徳石大橋が完成、次いで昭和54年に津川方面に抜ける船渡大橋が完成して道路事情は飛躍的な改善をみます。
この二つの橋の完成により、それまで当地域の最重要交通路であった磐越西線と豊実駅はその地位の地盤沈下が始まって、昭和56年に委託駅化、次いで昭和58年に完全無人化及び棒線化と斜陽の一途を辿ります。
現在は県境の山間にひっそりと佇む小駅になっておりますけれど、周辺は小集落があって人気もあり、鄙びそして枯れた実に味のある立地なのであります。


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豊実駅舎の様子、2010年5月撮影。
便宜的に駅舎と書きましたが、実際は築堤上に設けられたホームへ通じる地下道の出入り口のみです。
建築財産票によると竣工は昭和58年11月25日。
下の画像の駅舎右側の建物はトイレで、男女別で水洗ですが小用時に見たところでは水の出はイマイチ。
簡易水道だとしたら仕方の無いところなのでしょうか。
しかし駅舎(出入り口)より遥かに大きく目立つトイレというのも実に珍しい。
県内見た限りでは他に白新線・黒山駅ぐらいですかね。
また駅前広場は実に広大です。

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豊実駅を出発する朝のキハ40系気動車会津若松行、2010年5月撮影。


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ホームの日出谷駅方から見た豊実駅構内、2010年5月撮影。
画像右手にあるホームの遺構は貨物用ホーム跡でしょうか?

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ホーム端から日出谷駅方を見る、2010年5月撮影。

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豊実駅ホーム上の待合室周りの様子、2010年5月撮影。
待合室の後方に地下道出入り口があります。

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徳沢駅方から見た豊実駅構内、2010年5月撮影。
地下道出入り口はホーム徳沢方端にあります。
画像左側の整地されている辺りはかつての引込み線跡なのか、はたまた旧駅舎跡なのでしょうか?
いずれにしても、当駅は山間の小駅の割りに構内は広く感じられて、かつて阿賀野川電源開発の資材搬入基地として機能していた当駅の活況期を偲ばせます。

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ホーム端から徳沢駅方を見る、2010年5月撮影。
画像右側に空き地が無い事から、かつての引込み線は津川側へのみ延びていたものと推察されますが?

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豊実駅が島式ホームだった頃の線路跡、2010年5月撮影。
線路跡は完全に埋まってしまっていて、ホーム上の消えかかった白線がかつて島式ホームだった事の唯一の証と言えましょうか。

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徳沢駅側から見た待合室周り、2010年5月撮影。
待合室の右側にあるドアはトイレのものです。待合室はホーム右側に完全に接して建てられており、これではかつての島式ホーム時代にはホーム上通行の妨げになるのでは?と早合点しそうですけれど、待合室の竣工は建築財産票によれば昭和58年11月25日。
豊実駅の棒線化と同時期の竣工なので何ら問題は無かったのです。

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かつての線路跡の徳沢駅方を見る、2010年5月撮影。
画像右側が地下道出入り口ですが、こちらの竣工は昭和56年11月。それまで旧駅舎とホームの連絡はどのようになっていたのか興味の湧くところです。
前述の整地箇所が旧駅舎跡であるならば、ホームとはフラットな位置関係ですから構内通路だったのでしょうけれど。
→豊実駅旧駅舎画像はこちらを参照ください。

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豊実駅ホーム上の待合室内の様子、2010年5月撮影。
室内には建物に作り付けのベンチが二つ。
この時点では自動券売機・乗車証明発行機共にありません。
磐越西線新潟県側各駅で券売機が未設置なのは豊実駅のみでした。

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前述の整地箇所から見た豊実駅全景、2010年5月撮影。
やはりここに旧駅舎が置かれていたと見るのが妥当でしょうか?

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整地箇所と駅前広場の位置関係、2010年5月撮影。
うーむ、やはりここが旧駅舎跡ではという想像を逞しくさせます。

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豊実駅前を通る国道459号線福島県方を見る、2010年5月撮影。
この先を800m程進むと、前述の徳石大橋へ行き着きます。
この日は時間的制約で見てこれなかったのが残念なところ。

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同じく津川方を見る、2010年5月撮影。
なお、当地域に路線バスの設定は無く、磐越西線が唯一の公共交通機関になっております。

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国道沿いに広がる豊実集落の様子、2010年5月撮影。
駅至近には軽食事処「和彩館」があり、スーパーもコンビニも無い当地域で唯一飲食が出来るお店です。
小粋な印象のところで、キャッチは「阿賀野川を見ながらコーヒーを」。
すぐ裏手を阿賀野川が流れているので、時間があればこちらでコーヒーを飲みながら川を眺めてぼーっと過ごすのもよいかもしれませんな。

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豊実集落を抜け振り返って一枚、2010年5月撮影。

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俯瞰で見た国道459号線の船渡大橋、2010年5月撮影。
当地域交通の最大のネックだったのが、この地点に架かる橋が長い間無かった事でした。

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船渡大橋上から阿賀野川福島方を見る、2010年5月撮影。
この橋が完成するほんの30年と少し前までは、ここを渡し舟が通っていたのです。

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日出谷方踏切から見た豊実駅、2010年5月撮影。

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船渡大橋の全景、2007年7月撮影。

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2012年1月22日 (日)

海賊戦隊ゴーカイジャー第47話「裏切りの果て」をヒロイン目当てで見る

本日の海賊戦隊ゴーカイジャー第47話「裏切りの果て」は、バスコのいっそ
清々しいほどの外道ぶりが話の中心で、ヒロイン変身後専的には収穫は
実に寂しかったところ。
・・・しかし、サリーまで宇宙猿爆弾にするとはねぇ~。
以前、サリーがゴーカイジャーの攻撃を受けた時、バスコが
サリーを庇って攻撃を撥ね付けた描写があったので、こんな
どうしょうもない自己チュー野郎のたった一つの良心が、この猿との
友愛の関係なのかなーと思っていたのですが。
バスコの最期も、その辺からお涙頂戴の展開になるのかなぁなどと予想して
おったところですが、どうやら彼はDQNの外道として描き切る予定!?
まぁ、ゴーカイジャーの面々が爆死したと思い込んでいるサリーが、爆発寸前
にバスコの超能力で瞬間転送されて助かっていたという展開も無くは無いですけれど。

ダイレンジャーにゴーカイチェンジ
前回のエントリーでも触れましたが、やっぱりイエローは蜂須賀祐一さんじゃ
ない場合があるような・・・。
女キリンレンジャーは背も高くガタイもしっかりしてます。
前回の女バルパンサーと同じくですな。

女性版キリンレンジャー
腕も太いし・・・OPクレジットは蜂須賀さんなんですけどね。
前回あたりからは次回作と撮影がダブっているでしょうから、
蜂須賀さんがあちら優先で入って、ゴーカイジャーでアクションのみの
シーンは代役で・・・というのも考えられますな。
マーベラスを戦闘不能にして、このロケシーンでゴーカイレッドの出番が無かっ
たのも、レッドを演じる福沢博文さんが次回作のアクション監督で忙しい事との
絡みなのでは?と、舞台裏をちょっと勘ぐってみたりして。

バスコに首を絞められるホウオウレンジャー
ヒロイン目当てで本日唯一の収穫、バスコに首を絞められて高い高い~される、
野川瑞穂さん演じるホウオウレンジャー。
ヒロインピンチ略してヒロピン首絞めフェチの方々はさぞや随喜の涙を流された
ことでしょう。

次回予告によると、来週は変身前の海賊さんたちと、デク人形版
ゴーカイジャーの対決があるようです。
つまり市道真央さん演じるルカvs蜂須賀イエロー(代役でなければ)、
小池唯さん演じるアイムvs野川ピンクという、魅惑のヒロイン変身前後の対決
を見られるという事であります!
マーベラスvsバスコの一騎打ちもあるようで、ヒロインウオッチ的にもドラマ
的にも次週は必見と思われます。

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越後水沢駅(飯山線)

本日の駅紹介は飯山線・越後水沢駅。

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新潟県十日町市に所在する無人駅で、昭和4年(1929年)9月1日に飯山鉄道の駅として開業しました。
その後、飯山鉄道は昭和19年6月に国有化されて、当駅は国鉄飯山線の駅となって今日に至ります。
開業当時の所在は中魚沼郡水沢村で、同村は昭和37年4月に十日町市に編入されて今日に至ります。

土市駅のエントリーで述べたように、当駅は飯山鉄道の当初の予定では設置せず、当時の水沢村内には土市駅のみを設ける事になっていました。
それに対して村側は土市駅設置は止めてその予定地の両側に駅を一箇所ずつ設置する事を要求します。
結局、会社側が譲歩した形になって水沢村内には土市駅と越後水沢駅が設けられましたけれど、昔日の利用実態を見るに会社側の当初予定が妥当であったのではないかと思うところです。

十日町市史によると、越後水沢駅の昭和40年度の一日平均乗車人員は188人で、隣の土市駅の6割弱の旅客利用実態でした。
同年度の一日平均手小荷物扱い個数は土市駅31個に対して越後水沢駅10個、貨物扱いは土市駅のみとなっていて、両駅の格の違いは歴然としています。
このような利用状況を反映してか、当駅は飯山線内の越後田中魚沼中条両駅と共に昭和45年12月に無人化されております。
ちなみに土市駅の貨物取り扱いもこの時期に廃止されています。

しかしその後、両駅の乗車人員は右肩下がりを続けてその差を縮め続け、平成4年度の一日平均乗車人員は土市駅32人に対して越後水沢駅25人と、かつての格の違いなど最早忘却の彼方と言うべき、両駅共に地方ローカル線の何の変哲も無い一停留所と成り果ててしまいました・・・。
十日町駅の一日平均乗車人数の推移から察するに、現在はこの数字から更に下がっているでしょう。
45年間で乗車人員1/10に激落なのは、ほぼ間違いないところでは。

当地域は確かに過疎地域には違いありませんが、それでも周囲に人家は多数あって集落を維持し続けており、人気もあります。
しかし鉄道の利用状況はこれです。
当駅のような地味な無人駅を見聞するにつけ、地方において如何に鉄道離れが深刻かを考えさせられます・・・。

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越後水沢駅駅舎の様子、2011年5月撮影。
飯山線内改築駅舎お馴染みのスタイル。
建築財産票によると竣工は平成10年9月。

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越後水沢駅駅舎内部の様子、2011年5月撮影。
こちらもお馴染みのスタイルで、一人掛けx3人分のベンチ一脚と「善意の傘」。
勿論トイレはありません。
当駅界隈はトイレを借りられる店もありませんから、駅めぐりで当駅に立ち寄る場合は特に「大」への事前の対処が不可欠です。

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ホーム側から見た越後水沢駅駅舎、2011年5月撮影。
このデザインの改築駅舎は正面の窓のアレンジで個性の主張を試みているようです。

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駅舎側から見たホームの様子、2011年5月撮影。
越後水沢駅も土市駅同様にかつては列車交換可能な島式ホームでした。
しかし土市駅と違って貨物取り扱いが無かった為に、駅構内は実にこじんまりとしております。

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駅舎方(越後田沢方)から見た越後水沢駅のホームの様子、2011年5月撮影。
2005年6月に訪れた時には上屋の手前に駅名票が置かれていましたが、今回訪問時には撤去されていて鉄道の駅としては少々残念なところ。

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2005年6月当時のホームの様子。
駅名票が置かれ、ベンチは古びて枯れ果てた風情。

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土市駅方から見た越後水沢駅の上屋付き待合所の様子、2011年5月撮影。
土市駅のそれと比べて古びた錆びの浮いた上屋が、当駅と土市駅のそもそもの「格の違い」を表す唯一のものと言えそうです。
しかし何故かベンチはこちらの方が多い・・・どういう基準で置いているんだろう?

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土市駅方から見た越後水沢駅構内、2011年5月撮影。

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ホーム端から土市駅方を見る、2011年5月撮影。
線路が緩やかに曲がっているのが、かつて当駅が島式ホームであった事の名残です。

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駅舎ホーム側出入り口から越後田沢駅方を見る、2011年5月撮影。

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撤去された線路跡の様子、2011年5月撮影。
撤去跡が綺麗に整地整備されているのは、非常に好印象です。

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越後水沢駅に停車中のキハ110系気動車戸狩野沢温泉行、2005年6月撮影。

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越後水沢駅前の様子、2011年5月撮影。
路線バスも走る国道117号線から当駅へ行き着くのは、土地勘の無いストレンジャーには少々難しいものがあります。
国道上には「水沢駅前」バス停がありますが、駅へのルートを示す案内は路上には無く、また国道から飯山線の線路へ向かう小道は入組んでいて実に厄介。
私は当駅を2005年と昨年の二度訪れましたが、その二回共に国道から駅まで一発で辿り着く事が出来ませんでした・・・。
駅に向かって進んでいるつもりが、いつの間にか踏切に出てしまったりして。
国道から駅までは直線距離でせいぜい300mぐらいしかないのに、10分以上かかってしまいましたがなorz。

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越後田沢方の踏切から見た越後水沢駅構内の様子、2011年5月撮影。

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土市方の踏切から見た越後水沢駅構内の様子、2011年5月撮影。

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飯山線と並行する国道117号線「水沢駅前」バス停の様子。
周辺にはコンビニ・スーパー共にありません。

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2012年1月15日 (日)

海賊戦隊ゴーカイジャー第46話「ヒーロー合格」をヒロイン目当てで見る

さて、今回の海賊戦隊ゴーカイジャー第46話「ヒーロー合格」、一縷の望みを
持って本日を迎えましたが、やっぱり花のくノ一組は出ませんでしたなぁ・・・。
バスコが、
「カクレンジャーの大いなる力はゲットしてないけど、こういうのなら
あるんだよねぇ~♪」
と、ラッパをぷーぷーと吹くと、バトルスーツ姿のくノ一組の五人が!
・・・なんて画を妄想してました。
配役は橋本恵子さん、神尾直子さん、五味涼子さん、大林勝さん、
藤田慧さんあたりで。
女性あり女形ありで二度美味しいでんがな!!!
しかしそんな妄想も今回でオシマイ、まぁ敵役まで再現なんてしたら、
お金が幾らあっても足りないでしょうしねぇ。
歴代戦隊のスーツ修理&新造で二億円もかかったなんて話も聞きますし。

ゴーカイピンク対ゴーカイグリーンとゴーカイシルバー
今回はヒロインピンチ、略してヒロピンファンの方お待ちかねの一作でした。
敵の力でワルい子になったドンさんと鎧が大喧嘩。
間に入って喧嘩をやめさせようとするアイムに、
「ピンクテメェ放せ!」(ドンさん談)
「カマトトぶってんちゃうぞゴラァ!」(鎧談)
そして二人にボコボコにされるゴーカイピンク。
ヒロインがヒーローにボコられるって前代未聞じゃないの?
そしてこの二人、素の普段はこういう喋り方なんじゃないかと思ってしまう
程、セリフ以上のナニかを感じる剣呑さでございました。
しかし仮にも子供番組で「カマトト」なんてセリフが聞けるとはw。
それも日曜の朝もはよから。
「パパァ、ママァ、カマトトってなーに?」とお子さんに尋ねられて、
どう説明しようか困り果てる親御さん多数かと存じますな。
明日の幼稚園では先生に向かって「カマトト!」と暴言を吐くいたいけな
園児多数の予感。

サンバルカンにゴーカイチェンジ
本日のゴーカイチェンジその一、マベちゃん、ジョー、ルカはサンバルカンに
チェンジ。
・・・本日のイエローはなんかゴツく感じましたなぁ。
動きもいつもの蜂須賀祐一さんの動きとはちょっと違うよーな?
気のせいかなぁ。

カクレンジャーにゴーカイチェンジ
本日のゴーカイチェンジその二・カクレンジャーにチェンジ。
・・・やっぱりイエローがゴツいよーな?
ピンクとの体格差ってこんなにあったっけか?

誰が演じているのか定かでないゴーカイピンク
ゴーカイピンクも、いつもより巨乳なよーな気もしますが!?
野川瑞穂さんだったり神尾直子さんだったり他の方だったりとか、
場面によって演者が違っているのかな?
下面もいつもよりユルいような気がしますけど、細い喉がよく動いていて、
現場ではマスクの下からくぐもったお声がよく聞こえるのだろうと
妄想の一助となり実に有難いのです。

本日の隠れた目玉はインサーン役の大林勝さんが顔出しで出演。
ワルい子になって家電店から万引きするリーマン役です。
普段あんな妖艶な演技してる方が、万引き逆ギレしてるよ・・・。
大林さんはイケメンで声も声優向きなので、妖艶なヒロイン女形良し男の敵役
良し、ふざけたバカ怪人も良し(ご自分で声も当てるのですよ、ボウケンジャー
での詐欺師な怪人役怪演は必見)顔出し良しと、何でもこなせるマルチプレーヤー
なのです。
また戦隊ヒロイン役やってくれませんかねぇ。
去年、中川素州さんが抜けてしまわれたので、蜂須賀さん以外で近年に戦隊
ヒロイン女形レギュラーの経験があるのは実質的にこの方だけなんですよねぇ。

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保内駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・保内駅。

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新潟県央地域の中心都市で人口10万余を数える三条市の東端に所在する無人駅です。
開業は昭和24年8月1日で、当時は南蒲原郡大崎村の所在。
同村は昭和29年11月に三条市に編入され今日に至ります。
ちなみに当時の大崎村内には保内駅の他にもう一つ国鉄の駅が存在しておりまして、それは「越後大崎駅」。
昭和60年4月1日をもって廃止された弥彦線南部区間の駅で、保内駅から直線距離で西南に約3kmです。
ヨソから見ると両駅が同村内というのは今ひとつピンときませんが、それは大崎村が三条の旧市域を取り巻く形の村域だったからです。
また、越後大崎駅のそもそもの出自は私鉄の越後鉄道の駅。
それが昭和2年10月に国有化されて弥彦線となって、越後大崎駅は鉄道隆盛時代にあって村の玄関駅に。
弥彦線の東三条-越後長沢間は、大東亜戦争末期には不要不急線として休止されましたけれど、それ程の閑散ローカル線の駅が村の玄関駅である一方、堂々たる幹線である信越本線は村内に駅無し。
なんとも不条理な状態が、この保内駅が開業するまでの22年間続いていたのです。
村の重心地域が大崎地区であったから仕方が無いと言われればそうなのですけれど・・・。

なお保内駅は同じ信越線内の古津田上東光寺長鳥駅と同じく、戦時決戦輸送増強用の信号場として昭和18年9月に開設され、戦後の国鉄発足直前時期の信号場の駅への格上げ請願によって、古津、田上両駅と共に駅への昇格が成り今日に至ります。

保内駅は前回紹介の米山駅同様に近年まで有人駅で、ウィキペディアによると無人化されたのは平成16年(2004年)10月末。
JR東日本のHPを見ると、当駅が「一日平均乗車人員」表に載っていたのは2003年度が最後で、それによると保内駅の同年度一日平均乗車人員は355人。
当時のJR東日本新潟県内有人86駅中61位。
現在も有人を維持している信越線・安田駅や近年無人化された上越線・五日町駅よりもやや多いレベルで、意外な程健闘していたのです。

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保内駅駅舎の様子、上は2007年3月、下は2005年9月撮影。
建築財産票によると竣工は平成12年2月29日。
現駅舎竣工後、有人だったのは四年半強。
駅舎改築決定時は末長く委託で有人を維持するつもりだったのでしょうけれど、現実は中々に厳しかったようです。
同様の事例は小~中規模の集落に所在する改築駅舎に間々見られるところ。

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保内駅駅舎内部の様子、上がホーム側、下が駅舎出入り口側。
2008年5月撮影。
ベンチは西側(東三条方)の窓に沿って建物の作り付けです。
窓が大きくて採光は充分、外から見た場合の死角も少ないので防犯上の利点も多し。
室内には自動券売機一台とsuicaの簡易改札機。
「新潟鉄道管理局」と書かれた黄色の金属製ゴミ箱が目を惹きます。
四半世紀前の備品ですよ・・・物持ちが良いと褒めるべきかなんと言うかw。

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ホーム側から見た保内駅駅舎、2005年9月撮影。
トイレはここから見た駅舎左側にあって男女別です。

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上りホーム(長岡方面乗り場)東三条駅方から見た保内駅構内、2005年9月撮影。
上下のホームは千鳥型配置。

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上りホーム端から東三条駅方を見通す、2005年9月撮影。
当駅は平野部の直線上に位置していて、この地に信号場として開設されたのも成る程と頷ける立地条件。
ここなら長編成の貨物列車を収める有効長を難無く確保できますからね。
しかし撮影場所としては、個人的にあまり面白味はありませんな・・・。

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上りホームの加茂駅方から見た保内駅構内、2005年9月撮影。

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同じく加茂駅方を見る、2005年9月撮影。

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日曜夜の深閑とした保内駅構内、2008年5月撮影。

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跨線橋上から加茂方面を望む、2007年3月撮影。
雪が消えて間もない時期ゆえ、色彩に乏しい情景です。

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同じく東三条方面を望む、2007年3月撮影。
こちら側には日が差していますが直上にはどんよりとした雲が。
ここ越後の海岸平野部の春先はこんな調子の空模様。

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下りホーム(新潟方面乗り場)の東三条駅方から見た保内駅構内、2005年9月撮影。

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下りホーム端から東三条駅方を見通す、2005年9月撮影。

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下りホームの中程から加茂駅方を見る、2005年9月撮影。

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保内駅下りホームの待合室付近、2005年9月撮影。
下りホーム至近には国道403号線が通っていますが、当駅の出入り口は反対側の保内集落側一箇所のみ。
この国道に出るには踏切を渡らなければなりませんが、両方向共に駅からはやや距離があって時間を要します。
部外者が見るに、下りホーム側に出入り口を設けてもバチは当たるまいに・・・と感じるところなのですが、カネをかけて整備するだけの必要性を自治体は認めていないんでしょうな。
ホーム至近の国道にはラーメン店がありますが、駅からあの店に行くには駅前通りを進み踏切を渡って軽く10分はかかりそう。
下りホームに出入り口があればすぐですのに。

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保内駅下りホーム待合室内部の様子、2008年5月撮影。
建築財産票によると昭和39年3月の竣工。
白一色だとその古さが一層際立ってしまいます。
そして冬は非常に寒そうですな・・・視覚的に。

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下りホームにあった昔懐かしい駅名票、2005年9月撮影。
「ほない」の字体が何とも渋い。
その前の木の柵もこれまた渋い。

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下りホームの加茂駅方から見た保内駅構内、2007年3月撮影。
くだんの柵は檻のそれのような無機質なモノに変えられちゃってました。

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下りホーム端から加茂駅方を見る、2007年3月撮影。
踏切の先で下り線路が不自然な線形になっていますが、これは単線時代の名残かはたまた側線分岐の跡?


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保内駅に到着した新潟行115系電車、2005年9月撮影。

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保内駅を出発する長岡行115系電車、2014年7月撮影。

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保内駅を通過する485系R編成の新潟行特急「北越」、2014年7月撮影。



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保内駅を通過する485系電車T編成の新潟行特急「北越」、2005年9月撮影。

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単機回送中?のDE10型ディーゼル機関車、2005年9月撮影。

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保内駅前の様子、2007年3月撮影。
駅前通りには交番と郵便局、昔ながらの食料品店とヘアーサロンといった按配。
駅前に交番があるのは安心感があって良いですな。

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駅前から通りを進む事数分で、前述の越後大崎駅方面へ伸びる県道に。
2007年3月撮影。
この当時はこの通りに越後交通の「保内駅前」バス停があり、加茂病院及び燕駅前(東三条経由)への路線バスが走っていました。
越後交通のHPを見ると、前述の国道403号線に地場産センター-東三条駅前-加茂駅前の路線が運行されていて、その一部が保内公園経由となっているので、その便が「保内駅前」バス停を通るのかもしれません。
→ダイヤはこちら
ちなみに保内公園は当駅から直線距離で東に500mにあって、温室の熱帯植物園があります。→詳細はこちら

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2012年1月 9日 (月)

海賊戦隊ゴーカイジャー第45話「慌てん坊忍者」をヒロイン目当てで見る

新年一回目の海賊戦隊ゴーカイジャー第45話「慌てん坊忍者」、鶴姫がゲスト
出演という事で、ひょっとしたら花のくノ一組も!?と、妄想を膨らましながら見た
わけですが・・・。

歴代ブルーにゴーカイチェンジ
ニンジャマンと同色の青い戦士にゴーカイチェンジしたゴーカイジャーの面々。
手前の野川瑞穂さん再演のマジブルーに狂喜歓喜したヤングな諸君は
さぞ多かろうとは存じますが、おぢさんのような年寄り世代には一番奥にいる
ブルードルフィンに目が釘付けなわけでして。
今までジョーが変身した性転換版ブルードルフィンは登場しましたけれど、
オリジナルな性別のブルードルフィンは今回が初めて、そして恐らく今回が最後・・・。
だと言うのにですよ、このカメラアングルはあまりにも残酷というか、中年虐待と
いうか・・・orz。
蜂須賀祐一さんがブルードルフィンを再演するなんて機会はもうありませんぞ!
しかもルカそのままのやる気なさそーなアンニュイな演技で、スーツのテカりも最高!
戦隊ヒロイン女形の真髄発揮でございます。
ここは両側からのアングルで右、真ん中、左と撮って欲しかったですな。

女イエローライオンの萌えポーズ
カクレンジャーの大いなる力をゲットする為、ニンジャマンへのデモンストレー
ションで「獅子繋がり」の戦士にゴーカイチェンジしたゴーカイジャーの面々。
ナビィと戯れる女イエローライオンのまねきぬこ萌えポーズには最早悩殺・・・
トドメを刺されても文句は言えますまい。
戦隊ヒロイン女形ファンはこういうのがもう辛抱タマランわけであります。
しかしこの演技、たぶん蜂須賀さんのアドリブなんでしょうけど、この辺が後輩
が逆立ちしたって敵わないところなんでしょーな。
アクションだけじゃなくて、見えるか見えないかの細かい演技までしっかりやって
いて手抜きが全然無いし。
ハカセシシレンジャーの相変わらずの挙動不審にチラチラ視線を送りながら
がおがおしている野川さん演じる女ギンガレッドも非常に可愛らしいっす!
2月から始まる新シリーズのヒロインは蜂須賀さんが演じるようで、
野川さんのヒロイン登板はとりあえずお休みみたいですが、前作で演じた
見敵必殺直情突貫娘のゴセイイエローとは真逆のゴーカイピンクを演じきれ
た事で表現の幅もかなり広がったでしょうし、来年の次々期戦隊では蜂須賀
さんとまたWヒロインを見せて欲しいなぁ。

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2012年1月 8日 (日)

米山駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・米山駅。

2017年2月24日記、画像入れ替え及び加筆修正しました。

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新潟県柏崎市の西端に所在する無人駅で、開業は明治30年(1897年)5月13日。
柏崎駅を発ち鯨波駅手前から続く峻険な山地と日本海に挟まれた地形=米山福浦八景を進んできた鉄路の視界も、この駅を境に急速に開けてまいります。
開業当時の駅名は当時の村名(中頚城郡鉢崎村)を採って「鉢崎」で、当駅は北越鉄道・春日新田駅(地名から察して、現在の直江津駅-黒井駅間に架かる関川の鉄橋東側に
設けられていたようです、あの鉄橋を架けるのに時間を要する為の暫定措置だったのでしょう)から東に伸びる鉄路の終端に位置していました。
それから約三ヶ月後の同年8月1日には当駅-柏崎駅間が延伸開通し、鉢崎駅は終着駅から幹線上の一ローカル駅にその身を落として現在に至ります。
鉢崎村はその後、明治34年に周辺諸村との合併で中頚城郡米山村となり、同村は戦後の昭和31年末に柏崎市に合併編入されて今日に至ります。
鉢崎駅から現在の米山駅に改称されたのは昭和36年3月20日ですが、これは当地域が柏崎市に編入されたのを機に起こった改称運動の結果だと聞きます。
しかし米山村が無くなった後の改称ですから、この二文字から誰もが連想するのは旧村名よりも日本百名山の一つに数えられる霊峰・米山。
しかしその米山の登山口までは当駅から徒歩一時間とかなりの距離があって、登山の玄関駅とは言いかねる感強し。
ウィキペディアによると、米山駅が駅舎との合築であるJAの委託を終了して無人化されたのは2002年10月との事です。
JR東日本のHPを見ると、当駅が「一日平均乗車人員」表に載っていたのは2001年度が最後で、それによると米山駅の一日平均乗車人員は83人で、当時のJR東日本新潟県内有人89駅中86位。
当駅より下位にあるのは只見線・入広瀬駅(56人・87駅)と大白川駅(9人・最下位)、羽越線越後寒川駅(31人・88位)に過ぎず、これら三駅も2009年度末までに無人化されています。
柏崎市統計要覧によると、当駅の平成20年度の乗車数は年間16,100人(一日平均44人)。
平成17年度は一日平均35人まで落ちていましたから、そこから幾分かの回復傾向にはあるものの、当駅利用が有人時代の約半分に減ってしまっているのは矢張り寂しい・・・。
実際、信越線を幾度と無く利用しても土日の米山駅は乗降ごく僅かで、かつて二面四線を誇った広い構内ゆえにその寂しさは近隣の笠島青海川、鯨波の各駅以上に強調されて映ります。

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米山駅駅舎の様子、2013年6月撮影。
JA柏崎の米山支所との合築で、建築財産票によると竣工は昭和61年11月。
合築のJA支所が閉鎖されて建物が遊休化している例は、新潟県内では他に磐越西線・日出谷駅がありましたが、あちらは最近建物が取り壊されております。
こちらの建物も今年で築26年であり、建物に入っている診療所(現在もやっているのかどうか?)の行き先が決まれば駅舎の解体も充分に予想出来るところ。
建物のメンテナンスをやっていないのか、2008年5月時点と比べて劣化が進んでいるようです。
なおトイレは画像左側の建物(跨線橋下)で、水洗なのが流石元有人駅です。

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駅前広場の先の道路から見た米山駅駅舎と駅前の様子、2013年6月撮影。

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米山駅前通りの様子、2013年6月撮影。
直進すると国道8号線に出ます。
通りに目立つのは郵便局のみの、静かな海辺の米山地区であります。

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米山駅駅舎内の様子、2013年6月撮影。
有人時代の面影を今に留める内部には自動券売機一台と一人掛けベンチが七脚。
2005年10月訪問時にはまだ券売機は未設置で、代わりに乗車証明発行機が置かれていました。

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駅舎内に掲げられた周辺の案内、2005年10月撮影。
当駅から米山山頂までは3時間30分、休憩を入れて4時間半あれば行けそうですな。
余談ですが、個人的に「米山」と聞いて真っ先に思い浮かべるのが「三階節」。
小学生の頃、80代とおぼしきしわくちゃの枯れた婆様から、それは見事ななまりの入ったダミ声で、
「よねやましゃんから~くもぉぉぉがぁぁぁぁでたぁぁぁ~♪」
と一節聞かされて、それが今日まで耳から離れないのですw。

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跨線橋に通じる通路から待合室を見る、2008年5月撮影。
駅舎はホームと直接繋がっておらず、この通路から跨線橋を通って上下ホームへ向かいます。

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米山駅跨線橋内部の様子、2013年6月撮影。
通路が広いのは、至近の「米山海水浴場」利用客で混みあうのを見越しての事でしょうか?
そのような事例は北陸本線・谷浜駅に見られます。

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跨線橋上から柿崎駅方面を望む、2008年5月撮影。

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同じく笠島駅方面を望む、2008年5月撮影。
こちら側からの景観は素晴らしいの一言。

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上りホーム(直江津方面)柿崎駅方から見た米山駅構内、2013年6月撮影。
前述のように、廃止された中線には架線柱がどーんと鎮座。
上越新幹線開業前の昭和55年10改正ダイヤを見ると、当駅での普通列車の優等退避は下りのみ三回ありました。
米山駅停車普通列車は上下合わせて22本という時代です。
(2011年3月改正ダイヤでは同25本)
それら普通列車をこの中線に待たせて本線を駆け抜けたのは急行「よねやま」上野行、特急「白鳥」青森行、特急「雷鳥13号」新潟行。
どの列車も皆遥か郷愁の彼方ですな・・・。
参考までに直江津-長岡間の他の駅(直江津駅と長岡駅は除く)を見ると、宮内駅で下り1本、来迎寺駅で下り1本上り2本、柿崎駅で下り1本、犀潟駅で上り1本の優等退避という具合。
ちなみに当時の同区間昼行優等列車は特急7往復(白鳥、北越、雷鳥3往復、はくたか2往復)と急行5往復(赤倉、しらゆき、よねやま、とがくし2往復)、他に柏崎-直江津間に
急行「ひめかわ」という面々。 上越東北新幹線上野開業時の昭和60年3月ダイヤを見ると、普通列車は基本的に優等列車に続行するダイヤパターンに変更されている為、米山駅での優等退避は無くなり直江津-長岡間でも安田駅で二回あるだけになりました。
その時点での同区間昼行優等列車は特急9往復(白鳥、雷鳥3往復、北越5往復)、急行3往復(南越後、とがくし2往復)です。
ほくほく線開業と特急「はくたか」運行開始に伴って、金沢-長岡間の特急「かがやき」が廃止され、安田駅での列車退避が無くなってからは、信越線長岡-直江津間の優等列車退避は柏崎駅と柿崎駅に集約されて今日に至っています。

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上りホームの端から柿崎駅方を見通す、2013年6月撮影。
廃止された中線には、「二度と甦らないようにトドメ刺しときましたっ♪」なノリの架線柱が。

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上りホームの左側には貨物用ホームらしき遺構が残っています、2013年6月撮影。

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上りホームの跨線橋出入り口と上屋辺り、2013年6月撮影。
日本海から吹き込む季節風から客を守るための遮風壁付き。
中線が健在だった頃からこういう形状なのか興味の湧くところです。
この時点ではベンチは設置されておらず、駅撮りで列車待ちの時は身の置き所がないのが辛いところ。

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上りホームの笠島駅方から見た米山駅構内、2013年6月撮影。
外から見ても堂々たる跨線橋が目を惹きます。

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上りホーム端から笠島駅方を見る、2013年6月撮影。
こちら側の旧中線にも、当然トドメ刺しの架線柱が無慈悲に屹立しているのです。

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下りホーム(長岡方面乗り場)の笠島駅方から見た米山駅構内、2013年6月撮影。
古い時代の駅の常として、当駅のホーム配置も千鳥型です。

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下りホーム端から笠島駅方を見通す、2013年6月撮影。
右隣の撤去された中線跡が物悲しいのです。

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下りホームの跨線橋と上屋周り、2013年6月撮影。
こちら側にもベンチは置かれていません。

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下りホームから見た米山駅構内の中心部、2013年6月撮影。

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下りホームの柿崎駅方から見た米山駅構内、2013年6月撮影。
駅の人気の無さとは対照的な、この時期の周辺の開放感とあっけらかんとした明るさが印象的。
しかし厳冬期の今はそれとは違った、灰色の空と雪と烈風と荒々しさを剥き出しにした日本海の白い波の牙が、旅人に苛烈な自然の本質の一端を見せつけているのでしょう。

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下りホーム端から柿崎駅方を見通す、2013年6月撮影。
ホームの先に構内通路があるのに注目。

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旧貨物用ホームらしきところが構内通路の出入り口のようです、2013年6月撮影。
手前には「ここは踏切ではありません 立ち入らないでください」の警告が。
ここは画像中央の機関車待機線?らしきものも要チェックです。

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もう一本の中線?跡、2005年10月撮影。
こちらはかなり前に廃止されたらしく、線路は撤去されております。
ホームの中線方には白線すら無く、ホームの形さえ崩れかけています。
当駅取材がひとまず終了した2008年5月以降、信越線の車中から当駅を見ると、この中線跡の柿崎方で工事が行われていたのですがアレは何の工事なのだろうと常々疑問に感じていたところ。
護岸工事なのかはたまた?

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柿崎方の丘の上から見下ろした米山駅全景、2005年10月撮影。
この画像は大きくしてあります。
季節柄、やたら赤トンボが多いのには閉口しました・・・
左上のヤツは交尾中だしw。
しかしこうして俯瞰で見ると、往時の駅の規模はかなりのものだったのがよくわかります。

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米山駅を出発する115系電車直江津行、2013年6月撮影。

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米山駅の旧貨物ホームから見た構内と発着する115系電車、2005年10月撮影。

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米山駅を通過する四両編成時代の485系電車快速「くびき野」新潟行、2005年10月撮影。

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米山駅を通過する485系電車T編成の上り金沢行特急「北越」、2013年6月撮影。

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米山駅を通過する485系R編成の下り新潟行特急「北越」、2013年6月撮影。

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米山駅を通過するEF81形電気機関車牽引の上り貨物列車、2013年6月撮影。

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米山駅を通過するEF510形電気機関車牽引の下り貨物列車、2005年10月撮影。

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駅前通りを進んで国道8号線に出る、2008年5月撮影。
画像左側にバス停がありますが、これはスクールバス用で、廃止された路線バスのものを転用しているようです。
かつては柿崎から当地域にバス路線があったようで、柿崎駅前通りのバス営業所の待合室に掲示してあるバス路線図は、米山方面への路線をテープで貼って消していました。
現在、柿崎駅-青海川駅間の公共交通機関は信越線のみになっています。
当地域は柏崎市の「交通空白地区・不便地区」とされており、2007年から地域住民主体の「乗合タクシー」の試行実験を始めたとの事です。
2016年時点では毎週火曜運行で事前予約制です。
旧柿崎町(現・上越市柿崎区)がずっと近いので、そちらへの交通利便性向上が必然だと思いますが、自治体またぎのコミュニティバス整備は難しそうですね・・・。
なお、この国道沿いも見通す限り、この時点でスーパーやコンビニはありません。

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信越線と並行する道路を笠島方に進むと行き当たるのが「鉢崎関所跡」、2013年6月撮影。
戦国時代から江戸時代にかけて、ここには関所が置かれて陸路の交通統制を行っていたのです。

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米山駅といえばここ、笠島方の米山第一トンネル直上の山の上、2008年5月撮影。
前述の鉢崎関所跡からさらに進んで小山を登って到着。
デジカメのデータによると、駅からこのポジションまで徒歩20分弱。
高所恐怖症の身にとっては相当にビビる高さですが、ご覧のように柿崎方面への眺めは最高!(画像三枚共大きくなります)

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同じ位置から笠島方を見る、2008年5月撮影。
前年7月に発生した中越沖地震によって土砂崩落が起きていて、下には降りれませんでした。

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地震の爪跡はまだ生々しく残っていて、ここまで来る道路も復旧工事の最中でクルマは通行止めでした、2008年5月撮影。

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米山福浦八景の西端・聖ヶ鼻観光用の駐車場?もご覧の通りの状態、2008年5月撮影。

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小山のふもとには信越線旧線の廃トンネルが残っています、2013年6月撮影。

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シーズン前の米山海水浴場の様子、2013年6月撮影。
ゴミが多い!この一言でしたなぁ・・・。

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