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2011年6月の記事

2011年6月25日 (土)

月岡駅(羽越本線)

本日の駅紹介は羽越本線・月岡駅。

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2018年6月24日記、画像の入れ替えと加筆修正を実施しました。

月岡駅の駅名標

月岡駅は新潟県新発田市の東部に位置する無人駅で、開業は大正元年(1912年)9月2日。
開業当時の所在は北蒲原郡本田村で、同村は昭和30年に西隣の中浦村と合併して福島村となり、その二年後に豊浦村へ自治体名を変更し昭和48年に町制を施行。
平成15年7月に新発田市へ合併編入されて今日に至ります。

さて羽越本線建設が計画された当初、新津-新発田間に設置予定の中間駅は水原駅のみでした。
豊浦町史によると、これに危機感を抱く当時の本田村と中浦村は、周辺町村や当地の大地主である市島家の協力を得て当地への鉄道停車場誘致運動を積極的に展開。
停車場の敷地を地元が寄付するという条件交渉で目出度く駅設置に成功しました。
月岡駅の開業当初の駅名は「天王新田」と言いましたが、これは敷地寄付に大きく貢献した市島家の居住地にちなんでの事だそうです。

天王新田駅開業から六年後の大正七年、油田開発の為の試掘調査中に熱湯が噴出したのをきっかけに、当駅の東南約3kmで月岡温泉が開かれると、温泉の至近駅である当駅もそれにあやかって駅名改称の動きが活発化するようになります。
昔の駅名改称は色々と面倒で難しかったようですが、国鉄に対する数年間の駅名変更請願と、何より当駅開業の立役者であった市島家の了承も取り付けて、昭和25年9月に現在の駅名「月岡」に改称の運びとなりました。

月岡駅駅舎の様子
月岡駅駅舎の様子、2017年5月撮影。
建築財産票によると平成5年1月14日の竣工。
駅前広場は比較的広く、大正期開業の元有人駅の風格を今に残しています。
2006年11月に訪問した際には駅前にタクシー乗り場の立て札がありましたが、2009年7月訪問時では撤去されておりました。
タクシーの待機も無く、月岡温泉の玄関駅というその名もこれでは泣くというもの。
まぁしかし、当駅経由で温泉に行く人はいない事の表れなんでしょうしねぇ。
私の叔母のように、駅名にこってり騙されて降り立つ人も中にはおられるのでしょうけれど、タクシーも無くバスは一日数本というトホホな有様にブチギレるのがオチですな。

月岡駅前広場の様子その1
月岡駅前広場の様子その2
駅前広場の様子、2017年5月撮影。
羽越本線の新津-新発田間開業の際に水原駅と共に設置された、かつての主要停車場の威勢の残影の如き広さです。
駐車空間やロータリーは整備されておらず、放置された状態なのに少々の痛々しさを覚えます。
これだけ広ければバスも入ってこれるでしょうに、路線バスはここまでは入ってきません。

月岡駅前通りの様子
月岡駅前通りの様子、2017年5月撮影。
画像中央が駅舎です。
前述したように、新発田と月岡温泉を結ぶ新潟交通観光バス運行の路線バスのバス停は駅前広場では無くこの駅前通りにあります。
また、当駅から北東6kmの白新線豊栄駅と月岡温泉の間にシャトルバスが運行されておりますので、鉄道利用で温泉へ向かう方は月岡駅下車よりも豊栄駅からのバス利用の方が便利でしょう。

月岡駅駅舎内部の様子その1
月岡駅駅舎内部の様子その2
2009年7月時点の駅舎内部の様子。
ウィキペディアによると新駅舎竣工後しばらくはキオスクがあったようですが、現在の待合室内はベンチ一脚と券売機一台というごくありふれた無人駅の様子。
ゴミ箱が無かったのは少々残念なところです。
トイレは待合室の奥にあって男女共用で水洗。内部は無人駅のそれとしてはかなり綺麗で、温泉玄関駅たる唯一の確かな証と言ってもよいかも。

月岡駅駅舎内部の様子その3
月岡駅駅舎内部の様子その4
月岡駅駅舎内部の様子その5
2017年5月時点の駅舎内部の様子。
隣の中浦駅同様に、待合室の自動券売機が撤去されて代わりに朱色の乗車証明書発行機が置かれています。
ここ二年ぐらいの間に、無人駅用の簡易自動券売機が新型に更新されていますけれど、ひょっとしたらその際に利用状況の思わしくない券売機については更新せずに撤去したのではないかと思います。
前回訪問の2009年7月時点と比較して券売機以外に変化しているのは、suicaの簡易改札機と待合室のベンチが更新されている事でした。

跨線橋内部の様子
跨線橋内部の様子、2017年5月撮影。
当駅は駅舎がホームと直接繋がっておらず、島式ホームへはこの通路を通って行きます。
国鉄時代の無人駅仕様の跨線橋よりも通路の幅はやや広めです。

跨線橋上から見た構内の新発田方
跨線橋上から見た構内の新発田方の様子、2017年5月撮影。
月岡温泉は画像右手に所在しています。

跨線橋上から見た構内の新津方
跨線橋上から見た構内の新津方、2017年5月撮影。
跨線橋の出入り口は島式ホームの新津方端に位置していて、こちら側にホームはありません。
構内の有効長は大きくて、長編成の貨物列車も充分に収容できそうです。
当駅の列車交換設備が残されているのは、この辺の事情もあるのかも。

月岡駅構内の様子その1
新発田方の端部から見た月岡駅島式ホームの全容、2017年5月撮影。
前述したように跨線橋の出入り口は新津方の端部に置かれているため、ホームは新発田方にむかって目一杯伸び切った形です。
跨線橋はもうはるか彼方の世界なのですよ。
なお羽越本線の新津-新発田間の定期旅客列車の最大編成は4両なので、この辺りに利用客が立ち入ることはありません。

月岡駅構内の様子その2
ホームの端部から新発田方を見る、2017年5月撮影。
左側の線路のその横には横取線が残存しています。
しかしすっかり草生していて廃線路の様相。

月岡駅構内の様子その3
駅舎、跨線橋、上屋、駅名標揃い踏みの月岡駅重心部、2017年5月撮影。
上屋は車両一両分ほどのささやかなものですが、羽越本線の新津-新発田間の無人駅でホームに駅舎の付属以外で上屋が架かっているのは当駅だけ。
信号場上がりの京ヶ瀬、神山、中浦あたりとは格が違うのです。

月岡駅構内の様子その4
ホーム端部から新津方を見る、2017年5月撮影。
こちら側は面白味がありません。

月岡駅構内の様子その5
上屋端部下から見通した月岡駅島式ホーム、2017年5月撮影。
色んな柱が林立していて、落ち着きの無い見付けです。
この駅の構内は新発田方から見通すのが最高にして唯一の眺めと申せましょう。

月岡駅周辺のガイドマップ
月岡駅の名所案内板
ホーム上にはかつてこのようなガイドマップや名所案内板が設置されていました。
上は2003年7月、下は2006年11月撮影。
上の画は現在のような明確なビジョンのないまま、ただなんとなく駅廻りを始めた最初の撮影でしたっけ。
新発田から中浦、月岡、神山、水原と回るコースでした。

新発田方の踏切から見た月岡駅構内
新発田方の踏切から見た構内の様子、2017年5月撮影。
かつてはこの線路を寝台特急「日本海」「トワイライトエクスプレス」、上野直通の特急「いなほ」、夜行客車急行「鳥海」、古くは気動車特急「白鳥」が疾走していたのです。
今ではここを走る優等列車は皆無です。

月岡駅に進入するキハ40系気動車
夕刻の2番線に進入するキハ40系気動車新津行、2005年5月撮影。
2018年6月現在でもこの昔懐かしい気動車の姿を見る事ができますが、来年からは新型気動車の新潟地区投入が開始されます。
キハ40系は真先に淘汰されてしまうのでしょう。

月岡駅を出発するキハ110系気動車
月岡駅を出発するキハ110系気動車新津行、2009年7月撮影。
一年で最も陽の長い初夏の午後2時台の撮影ですが、既に逆光になっています。
当駅の場合、構内撮影は午前中がベストなのですけれど、新津-新発田間は過疎ダイヤで朝の輸送力列車が行ってしまうと昼近くまで旅客列車は来ないのです。
そしてキハ110系が朝に当駅に顔を出すのは、朝イチの新津発酒田行のみ。
この列車は時間帯が早すぎて、車で乗り付けない限り撮影は現実的ではありません。
ゆえに当駅においてキハ110系気動車をベストポジションで撮るには、曇りの日を狙う必要があるのです。

キハ52形気動車を最後部にした新津行が2番線から出発
キハ52形気動車を最後部にした新津行が2番線から出発、2006年11月撮影。
秋の昼の撮影ですが、この時期ともなればこの位置からではすでに激しく逆光です。

2番線に停車中の115系電車
2番線に停車中の115系電車新津行、2005年5月撮影。
朝夕しか電車列車の入らない新津-新発田間においては希少な存在だった115系電車も、2016年秋に新鋭E129系電車に席を譲って当線区から撤退しています。

月岡駅2番線を出発するE129系電車
朝の月岡駅2番線を出発するE129系電車新津行、2017年5月撮影。
この構図が当駅における列車撮影のベストだと思います。
この電車が新津駅で折り返し新発田行として戻ってくるので、撮影のチャンスは二回。
新津-新発田間の夕方のE129系運用は夕方5時から7時台なので、陽の短い時期は日没後になってしまいます。
またこの位置での撮影の場合、晩夏から秋にかけては思い切り逆光になってしまいます。
夜の列車の風情を撮りたいのであれば話は別ですが、順光でこのように撮りたい場合は年間通じて朝限定になってしまうのが、当駅における列車撮影の泣き所なのであります。
なお当駅ではほとんどの列車が2番線に出入りしていて、1番線に定期旅客列車が入るのは唯一列車交換の行われる夕方6時台の新発田行のみです。

月岡駅を通過するEF510形電気機関車牽引の貨物列車
EF510形電気機関車牽引の貨物列車が春の朝の月岡駅を颯爽と通過、2017年5月撮影。
E129系電車新発田行を待っていると、この貨物列車が先行してやってきます。
以前は貨物列車を撮影の対象と捉えていなかった私ですが、新型車両に味気なさを感じてからはこのような重量級の車両、列車に瞠目するようになりました。

国道460号線の月岡駅付近の様子
羽越本線と並走する国道460号線の月岡駅付近の様子、2017年5月撮影。
コンビニやレストランがあり、フラリと降りても食べ物には困らないところです。

市島邸その一
市島邸その二
国道460号線を越えて次の通りを右折すると市島邸に到着、2009年7月撮影。
市島邸は前述のように月岡駅誕生の立役者であった市島家の邸宅です。
近世豪農の威勢を今に伝える貴重な存在で、新潟県指定有形文化財に指定されており、一般公開が行なわれております。→公式サイトはこちらへ
邸の敷地は2万6千平方メートルと広大で、以前紹介した新潟市南区(旧味方村)の笹川邸(小大名に準ずる経済力を持つ)の1万4千平方メートルを凌ぎます。
一部の建物(湖月閣)は平成7年4月に発生した新潟県北部地震で倒壊してしまっており、その復元が今後望まれるところであります。

市島邸内の様子その一
市島邸内の様子その二
市島邸内の様子その三
市島邸内の様子その四
市島邸内の様子、2009年7月撮影。
笹川邸見学時と異なり外はどぴーかんの真夏の日差し。
それゆえ撮影にも苦労しませんでした。
風通しの良い邸内は過ごし易く、先人の避暑の知恵に敬服する限りなのでありました。

広い池を廻る庭園その一
広い池を廻る庭園その二
個人的には邸内もさる事ながら、広い池を廻る庭園がなかなかツボでした。

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2011年6月11日 (土)

湯檜曽駅(上越線)

本日の駅紹介は上越線・湯檜曽駅。

土合駅はこちらへ← →水上駅はこちらへ

2017年4月15日記、旧記事を新記事に統合しました。

湯檜曽駅の駅名標

群馬県利根郡みなかみ町に所在する無人駅で、昭和6年(1931年)9月1日の開業です。

湯檜曽駅の旧駅舎
湯檜曽駅旧駅舎の威容、2005年6月撮影。
山荘のような趣は実に味がありました。
2009年秋に築42年で解体されてしまいましたが、それ以上に古い駅舎はたいして珍しくありません。
やはり乗降客数と駅舎の大きさが著しくアンバランスなのが要因だったのでしょうか?
建物もこれだけ大きいと、特に冬期の保守の手間が馬鹿にならないのは想像できるところではありますし・・・。
対して収入の方は推して知るべし。

湯檜曽駅の旧駅舎内部その1
駅舎内部の様子、2004年3月撮影。
天井が高く、広々とした空間でした。
この駅舎は新清水トンネル開通に伴う駅の移設に際して建てられた建物でしたが、移設開業した昭和42年当時の当駅は、この内部に相応しい利用状況だったのでしょう。
しかしこの虚無的な様子はしかし・・・。
この時は自動券売機も乗車証明書発行機も未設置です。
撮影したのは当駅無人化の三ヶ月後でしたが、人っ子一人いない日中のこの光景・・・
無人化も已む無しという他言葉がありません。
JR東日本が公開している駅の1日平均乗車人員表によると、2002年度の当駅のそれは27人でした。

湯檜曽駅の旧駅舎内部その2湯檜曽駅の旧駅舎内部その3
旧駅舎の改札口とその向こうのホームへ至る通路、2004年3月撮影。
この頃は今のようにディープではなかったので、旧駅舎内部の画はこの三枚だけというのが、我ながら痛恨の極みなのです。
あぁ、もっとムチャクチャに撮っておけばよかった・・・。


湯檜曽駅正面その1
現在の駅正面の様子、2011年5月撮影。
旧駅舎があった場所は基礎のみ残して跡地はフェンスで囲まれ、その横に新駅舎・・・というより待合室が無くトイレがあるだけの単なる出入り口が出来ました。

湯檜曽駅正面その2
湯檜曽駅の新しい出入り口を正面から見る、2011年5月撮影。
冬期降雪対策に手間がかからないように、また必要な強度確保の為に、一見すると無意味に高く屋根の傾斜した建物になったと推察されますが・・・。

更地になった旧駅舎跡
更地になった旧駅舎跡の様子、2011年5月撮影。
この土地は今後どうするんでしょうかね?
JRが抱えていても固定資産税が余計にかかるだけですし、地元に売却?
(もう売却済み?)。
でも買っても使い道は無さそうだなぁ・・・。

湯檜曽駅の出入り口その1
新駅舎出入り口の様子、2011年5月撮影。
画像左側がトイレです。
男女別で水洗、身障者対応済みで綺麗です。
・・・しかしドアに男女の明記は無く、ドアの水色とピンクで男女を推察する他無し。
水色の方に入って用足しを致しましたが洋式でした。
ピンクの方もきっとそうなのでしょう、ピンクが男性用でなければ。
男女共同じ仕様のトイレ、時代は変わった・・・!

湯檜曽駅の出入り口その2
下りホームへの階段から駅出入り口を見る、2011年5月撮影。
乗車証明発行機が設置されていますが、電車に乗車しても車掌氏の来訪は無し。
私は長岡-水上間フリーの「雪国観光パス」を使用したので直接関係無いのですけれど、あれが常態だと運賃の取りはぐれも多いのではないかと。
そのクセ、水上駅からの下り列車だと出発早々きっぷ拝見に回ってきましたからねぇ、有人駅始発なんですから乗客は皆きっぷをちゃんと持ってるでしょうに。
傍目から見ると何かやってる事がチグハグ・・・。
土樽駅から上り列車に乗車した時も車掌氏の来訪はありませんでしたし・・・。
客の方から車掌のところへ出向け!って事?

下りホームへの通路
下りホームへの通路を見る、2011年5月撮影。

湯檜曽駅の上りホームその1
越後湯沢方から見た湯檜曽駅上りホームの様子、2011年5月撮影。

ホームから見た上越線のループ線その1
ホームから見た上越線のループ線その2
ホーム端から土合駅方のループ線を見る、2004年3月撮影。
上の画のループ線上に、駅に向かって下ってくる115系電車が見えます。

上りホームの出入り口
上りホームの出入り口と駅名標、2011年5月撮影。
当駅に再訪を果たした2005年6月時点では昔ながらの駅名標でしたが、この時点では現在のJR東日本定番風に書き換えられています。
しかし駅名標自体は昔の形のままなのは隣の土合駅と同じ。

渡り線跡
上り線に残る渡り線?の痕跡、2005年6月撮影。

上りホームの待合室
上りホームの待合室、2011年5月撮影。
駅舎の解体後、当駅で列車を座って待てるのはこの待合室だけになりました。

湯檜曽駅の上りホームその2
水上方から見た上りホームの様子、2005年6月撮影。
古い形の駅名標のペンキの剥がれ具合がまた絶妙で、幹線閑散区間の世間から忘れ去られた独特の雰囲気の演出の一助に。

湯檜曽駅の上りホームその3
ホーム端から水上方を見る、2004年3月撮影。

上りホームから見た新清水トンネル入口
上りホームから見た新清水トンネル入口、2004年3月撮影。

湯檜曽駅に進入する115系電車
ループ線を越えて上りホームに進入する115系電車水上行、2004年3月撮影。
走行音が聞こえ出してから実際に電車が入線するまでのタイムラグは必見必聴。

湯檜曽駅に停車中の115系電車
早春とはまた趣の異なる、春から初夏への端境期の湯檜曽駅と115系電車、2005年6月撮影。

新清水トンネル内の湯檜曽駅下りホームその1
水上方から見た、新清水トンネル内の下りホームの様子、2011年5月撮影。
このホームにはベンチは置かれていません。

湯檜曽駅下りホームその2
越後湯沢方から見た下りホーム、2005年6月撮影。
現在の輸送実態から見て過剰に過ぎるホーム長。
しかしかつてはこのホームには、長編成の電車急行「佐渡」新潟行が毎日一本停車していたのです。

上りホームから見た湯檜曽駅前
上りホーム上から駅舎解体後の駅前を見下ろす、2011年5月撮影。

湯檜曽駅前の国道291号線
駅前を通る国道291号線の様子、2011年5月撮影。
画像左側の建物は郵便局です。
この時点では周辺にコンビニ等はありません。

「ゆびそ駅前」バス停
運賃こそ割高なものの、頻発運行で上越線より遥かに利便性の高い路線バス谷川ロープウェイ-水上駅-上毛高原駅線の「ゆびそ駅前」バス停、2011年5月撮影。

上越線のループ線に至る橋脚その1
上越線のループ線に至る橋脚その2
上越線のループ線に至る橋脚その3
上越線のループ線に至る橋脚、2011年5月撮影。
昔の造りはつくづく味がありますなぁ・・・。
その隅々にまで血が通っているようで見るたびに発見があって見飽きません。
今度行く機会があったら電車が通過する様子を見上げてみたいものです。

湯檜曽温泉街
湯檜曽温泉街の様子、2011年5月撮影。
土合駅前から乗車したバスの車中から眺めた事はありましたけれど、歩いてつくづくと見て回るのは初めて。
・・・人気がありません、とにかく・・・
隣の水上温泉街は浴衣姿で散歩するオジさんたちをポツポツ見かけましたが・・・。
廃墟然としたホテルや旅館の様子も噂通り。
上越線は不便、新幹線の上毛高原駅からは遠くバス乗り換えは面倒、関越道の月夜野インターからも遠い・・・交通インフラからことごとく離れているので、相当に強烈なインパクトが無いと客足が遠のくのは自明の理。

湯檜曽界隈の国道291号線その1
温泉街の外れから土合方面を見る、2011年5月撮影。

湯檜曽界隈の国道291号線その2
話によると画像左側の道を進むと、旧湯檜曽駅跡への入口に行き着くそうなのですが、「工事車両出入口」の注意喚起が、2011年5月撮影。
何か近づき難い雰囲気でもあったので、旧駅跡見物は断念。

謎の遺構その1
謎の遺構その2
謎の遺構その3
旧駅跡見物断念の代わりに、駅までの道すがらにミョーなものを発見、2011年5月撮影。
コンクリ製?の長い階段と打ち捨てられて久しい様子の街灯。
待合室のようにも見える建物とホーム跡に見えなくも無い構造物。
これ以上は藪コギにならざるを得ず、水上行の時間が切迫している中でイケドン調査は少々無謀に付きこれ以上の探索は断念。

かつての急行「佐渡」停車駅も、駅舎解体でかつての栄華の残光も一気にその光量を減じて、残るは長大編成を収容可能なホームのみ。
次に来るのは実態に対してあまりに長いホームの前後を立ち入り禁止にして有効使用長の大幅縮小、そして将来は清水トンネル廃止による単線化、ループ線廃止すなわち現在の上りホームの廃止まで行き着くのでしょうか・・・?

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