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2011年6月の記事

2011年6月25日 (土)

月岡駅(羽越本線)

本日の駅紹介は羽越本線・月岡駅。

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新潟県新発田市の東部に位置する無人駅で、開業は大正元年(1912年)9月2日。
開業当時の所在は北蒲原郡本田村で、同村は昭和30年に西隣の中浦村と合併して福島村となり、その二年後に豊浦村へ自治体名を変更し昭和48年に町制を施行。
平成15年7月に新発田市へ合併編入されて今日に至ります。

さて羽越線建設が計画された当初、新津-新発田間に設置予定の中間駅は水原駅のみでした。
豊浦町史によると、これに危機感を抱く当時の本田村と中浦村は、周辺町村や当地の大地主である市島家の協力を得て当地への鉄道停車場誘致運動を積極的に展開。
停車場の敷地を地元が寄付するという条件交渉で目出度く駅設置に成功しました。
月岡駅の開業当初の駅名は「天王新田」と言いましたが、これは敷地寄付に大きく貢献した市島家の居住地にちなんでの事だそうです。

天王新田駅開業から六年後の大正七年、油田開発の為の試掘調査中に熱湯が噴出したのをきっかけに、当駅の東南約3kmの月岡地域で月岡温泉が開かれると、温泉の至近駅である当駅もそれにあやかって駅名改称の動きが活発化するようになります。
昔の駅名改称は色々と面倒で難しかったようですが、国鉄に対する数年間の駅名変更請願と、何より当駅開業の立役者であった市島家の了承も取り付けて、昭和25年9月に現在の駅名「月岡」に改称の運びとなりました。

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月岡駅駅舎の様子、2009年7月撮影。
建築財産票によると平成5年1月14日の竣工。
駅前広場は比較的広く、大正期開業の元有人駅の風格を今に残しています。
2006年11月に訪問した際にはタクシー乗り場の立て札がありましたが、この時には撤去されておりました。
タクシーの待機も無く、月岡温泉の玄関駅というその名もこれでは泣くというもの。
まぁしかし、当駅経由で温泉に行く人はいない事の表れなんでしょうしねぇ。
私の叔母のように、駅名にこってり騙されて降り立つ人も中にはおられるのでしょうけれど、タクシーも無くバスは一日数本というトホホな有様にブチギレるのがオチですな。

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月岡駅舎内の様子、2009年7月撮影。
ウィキペディアによると新駅舎竣工後しばらくはキオスクがあったようですが、現在の待合室内はベンチ一脚と券売機一台というごくありふれた無人駅の様子。
ゴミ箱が無かったのは少々残念なところです。
トイレは待合室の奥にあって男女共用で水洗。内部は無人駅のそれとしてはかなり綺麗で、温泉玄関駅たる唯一の確かな証と言ってもよいかも。

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ホーム跨線橋と駅舎周りの様子、2009年7月撮影。
月岡駅は戦前生まれの幹線系線区の駅としては少数派の島式ホーム一本です。
(他には羽越線岩船町駅加治駅、磐越西線三川駅津川駅、鹿瀬駅、日出谷駅
豊実駅=現在は棒線化、信越線黒井駅、脇野田駅二本木駅関山駅、北陸線親不知駅市振駅

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跨線橋付近から中浦駅方面を見る、2009年7月撮影。
ホームはご覧の通り幅広で長大です。

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ホーム中浦駅方から見た月岡駅構内、2009年7月撮影。
平野部に立地してしかも平板な島式ホームと、二次元的要素が多くて個人的にはあまり好みではない見付けです。
羽越線新潟県内区間では加治駅と並んで最も退屈な印象。
なお、こちらのサイト様によると現在の本線の南側に待避線?が存在したようで、かつての当駅は現在の岩船町駅と同様の構内配置だった事になります。

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ホーム中浦駅方から先を見通す、2005年5月撮影。
左の横取り線はこの時点では生きていました。
月岡温泉へは画像中央の踏切の道路を右に進みます。
またホーム上から温泉街を望見出来ます。
→月岡温泉公式はこちらへ

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昔懐かしい書式形式の名所案内標。

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跨線橋上から神山駅方面を見る、2009年7月撮影。
ご覧のように駅構内の有効長は広大です。

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同じく中浦駅方面を見る、2009年7月撮影。
羽越線新津-新発田間の中間駅で列車交換設備を持っているのは京ヶ瀬、水原、そして当駅です。
京ヶ瀬駅の設備は臨時や貨物に使われており、定期の旅客列車は水原駅と当駅で交換します。
しかし現在では水原駅にほとんど集約されていて、平成23年3月改正ダイヤで月岡駅の列車交換設備が定期活用されているのは夜の新発田発新津行134Dのみのようです。
おそらく下りトワイライトエクスプレスの通過待避と思われます。

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中浦駅方踏切から見た月岡駅構内、2005年5月撮影。
かつてはこの線路を特急「いなほ」、客車急行「鳥海」古くは気動車特急「白鳥」が疾走していたのです。
今ではここを走る優等列車は寝台特急「日本海」と「トワイライトエクスプレス」のみ。

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月岡駅に進入するキハ40系気動車の新津行、2005年5月撮影。

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月岡駅に停車中のキハ110系気動車の新発田行、2009年7月撮影。

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月岡駅には一日朝夕2往復のみ顔を見せた115系電車新津行、2005年5月撮影。

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月岡駅前から駅前通りを見通す、2009年7月撮影。
新発田と月岡温泉を結ぶ路線バスのバス停は駅前広場では無くこの駅前通りにあります。
また、当駅から北東6kmの白新線豊栄駅-月岡温泉間にシャトルバスが運行されておりますので、鉄道利用で温泉へ向かう方はこちらのバス利用が便利でしょう。
なお、このシャトルバスも月岡駅前には停まりません。

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駅前通りから駅方面を見通す、2009年7月撮影。
この通りには目を惹くものは特にありません。
昔ながらの小集落の風情です。

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月岡駅から300m程歩いて、羽越本線と並行する国道460号線に出ます、2009年7月撮影。
訪問当時はコンビニ2軒と定食屋と寿司レストランがあって、食事に困る事はまずありません。
駅至近のこの食の充実ぶりは羽越本線新津-新発田間の中間駅中髄一のものです。

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国道を越えた次の通りを右折すると市島邸に到着、2009年7月撮影。
市島邸は前述のように月岡駅誕生の立役者であった市島家の邸宅です。
近世豪農の威勢を今に伝える貴重な存在で、新潟県指定有形文化財に指定されており、一般公開が行なわれております。→公式サイトはこちらへ
邸の敷地は2万6千平方メートルと広大で、以前紹介した新潟市南区(旧味方村)の笹川邸(小大名に準ずる経済力を持つ)の1万4千平方メートルを凌ぎます。
一部の建物(湖月閣)は平成7年4月に発生した新潟県北部地震で倒壊してしまっており、その復元が今後望まれるところであります。

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市島邸内の様子、2009年7月撮影。
笹川邸見学時と異なり外はどぴーかんの真夏の日差し。
それゆえ撮影にも苦労しませんでした。
風通しの良い邸内は過ごし易く、先人の避暑の知恵に敬服する限りなのでありました。

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個人的には邸内もさる事ながら、広い池を廻る庭園がなかなかツボでした。

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2011年6月11日 (土)

湯檜曽駅(上越線)

本日の駅紹介は上越線・湯檜曽駅。

2017年4月15日記、旧記事を新記事に統合しました。

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群馬県利根郡みなかみ町に所在する無人駅で、昭和6年(1931年)9月1日の開業です。

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湯檜曽駅旧駅舎の威容、2005年6月撮影。
山荘のような趣は実に味がありました。
2009年秋に築42年で解体されてしまいましたが、それ以上に古い駅舎はたいして珍しくありません。
やはり乗降客数と駅舎の大きさが著しくアンバランスなのが要因だったのでしょうか?
建物もこれだけ大きいと、特に冬期の保守の手間が馬鹿にならないのは想像できるところではありますし・・・。
対して収入の方は推して知るべし。

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湯檜曽駅駅舎内の様子、2004年3月撮影。
天井が高く、広々とした空間でした。
この駅舎は新清水トンネル開通に伴う駅の移設に際して建てられた建物でしたが、移設開業した昭和42年当時の湯檜曽駅は、この内部に相応しい利用状況だったのでしょう。
しかしこの虚無的な様子はしかし・・・。
この時は自動券売機も乗車証明書発行機も未設置です。
撮影したのは当駅無人化の三ヶ月後でしたが、人っ子一人いない日中のこの光景・・・
無人化も已む無しという他言葉がありません。
JR東日本が公開している駅の1日平均乗車人員表によると、2002年度のそれは27人でした。

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湯檜曽駅旧駅舎の改札口とその向こうのホームへ至る通路、2004年3月撮影。
この頃は今のようにディープではなかったので、旧駅舎内部の画はこの三枚だけというのが、我ながら痛恨の極みなのです。
あぁ、もっとムチャクチャに撮っておけばよかった・・・。


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現在の湯檜曽駅正面の様子、2011年5月撮影。
旧駅舎があった場所は基礎のみ残して跡地はフェンスで囲まれ、その横に新駅舎・・・というより待合室が無くトイレがあるだけの単なる出入り口が出来ました。

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湯檜曽駅の新しい出入り口を正面から見る、2011年5月撮影。
冬期降雪対策に手間がかからないように、また必要な強度確保の為に、一見すると無意味に高く屋根の傾斜した建物になったと推察されますが・・・。

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更地になった旧駅舎跡の様子、2011年5月撮影。
この土地は今後どうするんでしょうかね?
JRが抱えていても固定資産税が余計にかかるだけですし、地元に売却?
(もう売却済み?)。
でも買っても使い道は無さそうだなぁ・・・。

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新しい湯檜曽駅舎出入り口の様子、2011年5月撮影。
画像左側がトイレです。
男女別で水洗、身障者対応済みで綺麗です。
・・・しかしドアに男女の明記は無く、ドアの水色とピンクで男女を推察する他無し。
水色の方に入って用足しを致しましたが洋式でした。
ピンクの方もきっとそうなのでしょう、ピンクが男性用でなければ。
男女共同じ仕様のトイレ、時代は変わった・・・!

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下りホームへの階段から湯檜曽駅出入り口を見る、2011年5月撮影。
乗車証明発行機が設置されていますが、電車に乗車しても車掌氏の来訪は無し。
私は長岡-水上間フリーの「雪国観光パス」を使用したので直接関係無いのですけれど、あれが常態だと運賃の取りはぐれも多いのではないかと。
そのクセ、水上駅からの下り列車だと出発早々きっぷ拝見に回ってきましたからねぇ、有人駅始発なんですから乗客は皆きっぷをちゃんと持ってるでしょうに。
傍目から見ると何かやってる事がチグハグ・・・。
土樽駅から上り列車に乗車した時も車掌氏の来訪はありませんでしたし・・・。
客の方から車掌のところへ出向け!って事?

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湯檜曽駅下りホームへの通路を見る、2011年5月撮影。

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土合駅方から見た湯檜曽駅上りホームの様子、2011年5月撮影。

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ホーム端から土合駅方のループ線を見る、2004年3月撮影。
上の画のループ線上に、湯檜曽駅に向かって下ってくる115系電車が見えます。

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地上ホーム出入り口と駅名標、2011年5月撮影。
湯檜曽駅に再訪を果たした2005年6月時点では昔ながらの駅名標でしたが、この時点では現在のJR東日本定番風に書き換えられています。
しかし駅名標自体は昔の形のままなのは隣の土合駅と同じ。

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湯檜曽駅上りホーム中央部に残る渡り線?の痕跡、2005年6月撮影。

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湯檜曽駅上りホームの待合室、2011年5月撮影。
駅舎の解体後、当駅で列車を座って待てるのはこの待合室だけになりました。

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水上駅方から見た湯檜曽駅上りホームの様子、2005年6月撮影。
古い形の駅名標のペンキの剥がれ具合がまた絶妙で、幹線閑散区間の世間から忘れ去られた独特の雰囲気の演出の一助に。

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ホーム端から水上駅方を見る、2004年3月撮影。

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湯檜曽駅の上りホームから見た新清水トンネル入口、2004年3月撮影。

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ループ線を越えて湯檜曽駅上りホームに進入する115系電車水上行、2004年3月撮影。
走行音が聞こえ出してから実際に電車が入線するまでのタイムラグは必見必聴。

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早春とはまた趣の異なる、春から初夏への端境期の湯檜曽駅と115系電車、2005年6月撮影。

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水上駅方から見た、新清水トンネル内の湯檜曽駅下りホームの様子、2011年5月撮影。
このホームにはベンチは置かれていません。

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土合駅方から見た湯檜曽駅下りホーム、2005年6月撮影。
現在の輸送実態から見て過剰に過ぎるホーム長。
しかしかつてはこのホームには、長編成の電車急行「佐渡」新潟行が毎日一本停車していたのです。

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上りホーム上から駅舎解体後の湯檜曽駅前を見下ろす、2011年5月撮影。

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湯檜曽駅前を通る国道291号線の様子、2011年5月撮影。
画像左側の建物は郵便局です。
この時点では周辺にコンビニ等はありません。

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運賃こそ割高なものの、頻発運行で上越線より遥かに利便性の高い路線バス谷川ロープウェイ-水上駅-上毛高原駅線の「ゆびそ駅前」バス停、2011年5月撮影。

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上越線のループ線に至る橋脚、2011年5月撮影。
昔の造りはつくづく味がありますなぁ・・・。
その隅々にまで血が通っているようで見るたびに発見があって見飽きません。
今度行く機会があったら電車が通過する様子を見上げてみたいものです。

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湯檜曽温泉街の様子、2011年5月撮影。
土合駅前から乗車したバスの車中から眺めた事はありましたけれど、歩いてつくづくと見て回るのは初めて。
・・・人気がありません、とにかく・・・
隣の水上温泉街は浴衣姿で散歩するオジさんたちをポツポツ見かけましたが・・・。
廃墟然としたホテルや旅館の様子も噂通り。
上越線は不便、新幹線の上毛高原駅からは遠くバス乗り換えは面倒、関越道の月夜野インターからも遠い・・・交通インフラからことごとく離れているので、相当に強烈なインパクトが無いと客足が遠のくのは自明の理。

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温泉街の外れから土合方面を見る、2011年5月撮影。

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話によると画像左側の道を進むと、旧湯檜曽駅跡への入口に行き着くそうなのですが、「工事車両出入口」の注意喚起が、2011年5月撮影。
何か近づき難い雰囲気でもあったので、旧駅跡見物は断念。

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旧駅跡見物断念の代わりに、駅までの道すがらにミョーなものを発見、2011年5月撮影。
コンクリ製?の長い階段と打ち捨てられて久しい様子の街灯。
待合室のようにも見える建物とホーム跡に見えなくも無い構造物。
これ以上は藪コギにならざるを得ず、水上行の時間が切迫している中でイケドン調査は少々無謀に付きこれ以上の探索は断念。

かつての急行「佐渡」停車駅も、駅舎解体でかつての栄華の残光も一気にその光量を減じて、残るは長大編成を収容可能なホームのみ。
次に来るのは実態に対してあまりに長いホームの前後を立ち入り禁止にして有効使用長の大幅縮小、そして将来は清水トンネル廃止による単線化、ループ線廃止すなわち現在の上りホームの廃止まで行き着くのでしょうか・・・?

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