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2011年5月 1日 (日)

六日町駅(上越線・北越急行ほくほく線)

本日の駅紹介は上越線/北越急行ほくほく線・六日町駅。

2016年7月17日記、加筆修正及び画像追加しました。

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新潟県南魚沼市に所在し、同市の玄関駅です。
上越線の駅としての開業は1923年(大正12年)11月18日、ほくほく線の駅としてのそれは平成9年(1997年)3月22日。
開業当時の所在は南魚沼郡六日町で、戦国時代には上杉氏の大規模な山城として有名な坂戸城があり、三国街道の宿場でありまた魚野川舟運の起点でもあって、鉄道開業以前から同郡の中心地区でした。

なお舟運の場合、六日町の船着場を出発すると途中浦佐、小出、小千谷を経由して9時間もあれば長岡に到着したそうで、鉄道開業が遅れた川筋の町々では大正になってもなお重要な存在でした。
しかし上越線が長岡駅から順次延伸してくると、所要時間で圧倒的な劣勢に立たされた舟運は大打撃を受け、鉄道よりも安価な運賃をもってしても如何ともし難く大正末期、すなわち当駅が開業したすぐ後には姿を消してしまいました・・・。

さてかつての六日町は、平成の大合併以前は中蒲原郡・亀田町(現・新潟市南区)、西蒲原郡・巻町(現・新潟市西蒲区)に次ぐ県内町村第三位の人口を誇っておりましたが(平成16年4月の人口は2万8千人強)、平成16年11月に北隣の大和町と合併して新自治体の南魚沼市になりました。
しかし六日町地区が周辺地域の中心なのは今なお不変です。
なお、その後南隣の塩沢町も合併して今日に至る南魚沼市の人口は6万一千人強で、新潟県内30市町村中第10位です。

上越新幹線開業前の六日町駅は、電車特急「とき」の停車駅で14往復中4往復が停車していました。
他には電車急行「佐渡」4往復(内1往復は夜行)と「よねやま」1往復、夜行客車急行「鳥海」が上りのみ停車していて、昼行優等列車7往復が朱色とクリーム色と緑と橙で構内を華やかに彩っていたのです。
私は幼い頃、一時期この町に住んでいたことがあり、夏休みは新潟までよく「とき」や「佐渡」に乗ったものです。
「とき」はいつも混んでいて長岡まで立ちんぼが常、「佐渡」は六日町から座っていけるか半々といったところでしたっけ。

JR東日本によると2015年度の六日町駅一日平均乗車人員は1,924人で、同社新潟支社県内有人67駅中22位。
特急「はくたか」の通過客がカウントされていた2014年度は5,647人で、新潟駅、長岡駅に次ぐ県内第三位でした。
つまり「はくたか」の通過旅客は一日4,000人近くもいたわけです。
このエントリーを最初に書いた時、「はくたか」通過旅客以外の数字は最大1,800人と推定しておったのですけれど、それよりも高い数字で多少この駅を見くびっていましたなぁ、目利きが悪くて実に遺憾です。
ほくほく線の乗り換え、通過旅客はカウントされているでしようから、純粋な実数はもう少し下がるのでしょうけれど、それでも新幹線を擁する浦佐駅の約三割増しですから、南魚沼市の中心駅としての面目は立っていると申せましょう。

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六日町駅舎、2006年9月撮影。
建築財産票は見当たりませんでしたが、ウィキペディアによれば現駅舎の完成は平成8年12月。
周辺の諸駅と比較しても際立ってモダンなデザインで、上越新幹線駅を誘致出来なかった地元の無念と執念の結晶のようであります。
駅舎としての機能は二階部分で、一階は観光協会と小さな美術館になっています。
昔の駅舎は木造だった事ぐらいしか覚えていないのが実に遺憾。
何しろ当時から鉄オタだった幼児にとって、電車に乗るのは「ハレの日」で舞い上がっていたのですよ。
夏休みは祖父母の家に遊びに行くのに前述のように「とき」や「佐渡」。
日常生活では、地元で手に入りにくいモノを買うために長岡のデパートへ115系でよく行きましたけれど、当時は115系に乗る事でさえ心躍る事だったのです。
そんな状態の幼児に、駅舎の様子を観察する余力なぞあるわけもなし。

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駅舎二階部分より駅前を見下ろす、2008年4月撮影。

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同じく右側にあるバス乗り場とショッピングセンター「RARA」を見る。
この乗り場からは南越後観光バスの湯沢、小出方面への路線バスが発着しており、上越線の補完機能を有しております。
当駅を最後に訪問した2008年4月時点において、スーパーはこのショッピングセンター内、コンビニは後述西口のセブンイレブンのみ。

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六日町駅舎内の様子、2008年4月撮影。
当駅舎は橋上型で、駅の東西は自由通路で連絡。(他に地下道も有り)
取材目的で当駅を最初に訪れた2004年3月時点では、待合室内にキオスクが出店していました。
最後の訪問時にはキオスク跡はデッドスペース化していて、室内には飲料自販機が三台。

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六日町駅西口、2008年4月撮影。
コンビニはこちら側にあります。
こちら側は市街地化されておらず未だ発展途上の趣。

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自由通路から五日町・魚沼丘陵駅方面を見る、2008年4月撮影。
窓越しなので画質はいつにも増して汚く恐縮ですが(汗)。

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同じく塩沢方面を見る、2008年4月撮影。
後背の山々はいまだ雪深し。

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1番ホーム(越後湯沢方面)の塩沢駅方から六日町駅構内を見る、2004年10月撮影。
この撮影日のちょうど一週間後、新潟県中越地震が発生しました。


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1番ホーム端から塩沢駅方を見通す、2004年10月撮影。

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1番ホーム五日町駅方から構内を見る、2004年10月撮影。
新幹線駅と見まごう威容の橋上駅舎を仰ぎ見ます。
上越新幹線の開業で在来線の「とき」が廃止されてから約14年半ぶりに、ほくほく線開業で運転を開始した「はくたか」が停車するようになって優等列車停車が復活した当駅でしたが、その18年後には北陸新幹線開業で「はくたか」が廃止。
構内から優等列車の姿は絶えて、恐らく復活することはないでしょう。
上越線・ほくほく線の純然たるローカル輸送がメインになる今後の駅に、この豪華な駅舎のアンバランスさ・・・。
駅舎改築時には北陸新幹線のフル規格での延伸は不透明な状態でしたから、東京と北陸を結ぶ主要ルートとしてのほくほく線の存続発展に期待もあったのでしょう。
しかし今となっては・・・。

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同じく五日町駅方を見る、2004年10月撮影。
当駅の待避線は未だ健在でしたが、2014年春以降は遊休化が心配されます。
ちなみに上越新幹線開業前の昭和55年10月改正ダイヤでは、当駅での普通列車の特急待避が一日一回設定されていました。
なおこの当時、上越線新潟県内区間では当駅の他に越後滝谷小千谷、越後堀之内、小出、浦佐五日町石打、土樽の各駅で優等待避が行なわれています。

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1番ホーム塩沢駅方に残る旧貨物線?跡、現在は保線車両の待機に使用。
2004年10月撮影。

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島式ホームk塩沢駅方から六日町駅構内を見る、2004年10月撮影。
近代的な橋上駅舎と昔ながらの古びたホームが極めて対照的です。

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島式ホームの3番線を塩沢駅方から見る、2004年10月撮影。
画像左側の線路がほくほく線です。

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島式ホーム中央部の様子、2005年5月撮影。
屋根の形状や”2”の素っ気無い番線表示が郷愁を誘うところ。

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島式ホームの五日町駅方から構内を見る、2005年5月撮影。
2番ホームの有効長は3番ホーム(長岡方面)より短いのですが、普通列車が単編成化された今日ではこれでも問題無いのでしょう。
なお現在、2番線に定期列車発着は設定されておりません。

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六日町駅ほくほく線ホームの様子、2008年4月撮影。
ホーム中央部に待合室有り。
何度か乗り降りした経験では、上越線ホームよりもこのホームの方が常に人がいる印象です。

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六日町駅1番線を出発する115系電車越後湯沢行、2012年5月撮影。

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六日町駅2番線に停車中の115系電車、2004年3月撮影。
定期列車ではなく、スキー客向けの臨時列車だったように記憶しています。

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六日町3番線に停車中の115系電車長岡行、2012年5月撮影。

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六日町駅五番線から出発するHK100形電車「ゆめぞら号」の直江津行、2014年5月撮影。

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ほくほく線ホームから見た特急「はくたか」通過三態。
いずれも2003年3月撮影。
2011年3月改正ダイヤでは、「はくたか」13往復中1往復のみ当駅に停車。

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六日町駅前通り、2008年4月撮影。
画像中央が駅になります。
豪雪に耐えるアーケードが印象的。
昔はもっと人通りが多かったのに、今ではシャッター街に近い感じに。

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駅前通りを抜けて出る国道17号線、2008年4月撮影。
通行量は極めて多し。
幼少のみぎりに住んでいたのはこの道を塩沢方に少し歩いたあたりで、そこにも行ってみたのですが昔とは何もかも違っていて、国道に架かる歩道橋だけが昔のままでした。
そりゃまぁ、当時の幼児がいい歳をしたおっさんになる程、時は流れていますしねぇ。

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駅前通りと国道の交差点から町の旧中心部方面を見る。
六日町旧来の中心部は国道17号とこの先の国道291号線に挟まれた一帯周辺です。
この道を直進すると坂戸橋で魚野川を渡り、後背の坂戸山へ向かえます。
坂戸山登山は私の念願とするものなのですが、日々一応の足腰鍛錬を行なって同年代諸兄よりは脚力にいささかの自信がある私にとっても、この山はヘビーで骨が折れそう。
取材の片手間に行けるところじゃないですからね、行くからには一日がかりで腰を据えてかからねばなりますまい。

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