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2011年1月の記事

2011年1月30日 (日)

咲花駅(磐越西線)

本日の駅紹介は磐越西線・咲花駅。

2016年7月31日記、新駅舎画像及び記事の追加、加筆修正を実施しました。

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新潟県五泉市に所在する無人駅で、開業は昭和36年(1961年)11月1日。
開業当時から五泉市の所在で、磐越西線新潟県内区間駅としては最新の駅です。
当駅開業の経緯については資料に行き当たる事が出来ず正確なところは不明なのですが、当然当駅至近の「咲花温泉」が関係しているであろう事は容易に推察できるところであります。
咲花温泉は開湯が昭和29年(1954年)と比較的新しいものの、月岡、岩室両温泉と並び県都新潟の手近な奥座敷として知られております。
しかし大ホテルを有する月岡温泉、弥彦観光とセットで売る岩室温泉に比べて近隣に観光地が無く大手資本の進出も無く、また阿賀野川河畔という野趣に富むロケーションも相まって、新潟駅から僅か30km強しか離れていないにも関わらずその情景は実に鄙びていて、通好みなのであります。

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咲花駅の旧駅舎、2007年8月撮影。
建築財産票によると駅舎は昭和36年12月竣工です。

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咲花駅旧駅舎内の様子、2007年8月撮影。
純粋に待合室のみの機能で、ここだけを見ると有人駅だった事は無いようですが果たして?
室内にはご覧の通りベンチと券売機一台。ゴミ箱は駅舎の外にありました。
撮影時は真夏でもあり虫がうじゃうじゃ・・・。
私の住まいの街ではまずお目にかからない巨大なアブが数匹、獲物を求めてブンブン飛び回っておりました・・・。
待合室内も総じてうす汚い印象で、SL「ばんえつ物語」の停車駅としては少々似つかわしくない感が否めません。
しかし「乗車自体が観光」のSL列車の停車が地元温泉にどれだけお金を落としているかと言えば正直・・・?
それを考えれば地元が待合室の美観その他についてあまり考えないのも仕方無い事かもしれません。
同じく「ばんえつ物語号」停車の日出谷駅もかなりのモノでしたしね。

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咲花駅の新駅舎、2015年12月撮影。
建築財産票によると平成26年(2014年)2月4日。
面積は91.1平方メートルで、旧駅舎に比べて4倍強のボリュームなのですが、見た目だとそれほどの差は感じられません。
デザインは周辺の鄙びた雰囲気によく似合うクラシカルなもので、バリアフリー対応のスロープもうまく取り込んだものになっていて、鉄道建築協会の2014年度協会賞佳作にも選ばれています。

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旧駅舎時代の咲花駅駅前、2007年8月撮影。

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現在の駅前広場の様子、2015年12月撮影。
画像右側の建物は、以前から建っている公衆トイレ。
このトイレがあるので当駅駅舎にはトイレはありません。

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新駅舎の通路の様子、2015年12月撮影。
画像奥がホームです。
通路の手前左側がバリアフリーのスロープ、その向こうが待合室出入り口。
通路右側が展望台出入り口ですが、残念ながら施錠されていて立ち入ることは出来ませんでした。
「SLばんえつ物語号」シーズンオフの冬季は閉鎖しているのか、それとも他に理由があるのか?

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咲花駅新駅舎待合室の様子、2015年12月撮影。
室内には自動券売機が一台設置。
吹き抜けで虫が入り放題だった旧駅舎に比べて、新駅舎は待合室が通路と区分されていています。
木の清清しい匂いが漂っていてなかなか良い感じなのですけれど、待合室そのものは何となく窮屈な感じですな。
旧駅舎は吹き抜けの室内の四方にベンチが配置されていましたが、新駅舎は二面のみなので座れる人数は半減してもいます。

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旧駅舎時代のホーム東下条駅方から見た咲花駅構内、2004年12月撮影。
当駅は単線上の棒駅です。
「SLばんえつ物語号」停車に合わせてホームを延長したのが素人目にもくっきり。

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同じく馬下駅方から見た構内、2004年12月撮影。

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ホーム中央部の様子、2004年12月撮影。
「SLばんえつ物語号」停車駅に設置された戦前型表記の駅名票が目を惹くところ。

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駅舎改築後の咲花駅ホーム中央部の様子、2015年12月撮影。
以前からあるホームの上屋と改築駅舎の屋根が不ぞろいでのマッチングがイマイチなのが残念。
屋根の連続性を追及してオールインワンのような形状にすれば、悪天候時の利用者に対するサービスにも繋がり美観上も宜しいのにと、無責任な来訪者は感じるところです。

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ホーム端から東下条駅方を見る、2004年12月撮影。
旅館の建物が見えるのでこちら側が開けているように思えますけれど、実際にはこちら側は袋小路になっていて、鉄路はコジマ山トンネルへ、温泉街を通る県道は街終端で行き止まりです。
車や徒歩で津川方面になお進む場合は、県道を馬下側に1km程戻って阿賀野川に架かる橋を渡り対岸の国道49号線に出なければなりません。
なおコジマ山トンネルには大正10年3月20日午後6時過ぎ、トンネル東側(咲花側)出口で大規模な土砂崩落が発生、それに乗り上げた上り列車(機関車と郵便車及び客車3両)が脱線転覆して郵便車のストーブから出火、
死者10名以上、負傷者20名以上の惨事の舞台という悲しい歴史があります・・・。

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同じく馬下駅方を見る、2004年12月撮影。
一見するとこちら側から山峡に分け入る面持がありますが、実際は3kmも進むと越後平野の入口である馬下に出ます。

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駅舎改築後の咲花駅を出発するキハ40系気動車の津川行、2015年12月撮影。

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旧駅舎時代の咲花駅に到着したキハ110系気動車の快速「あがの」新潟行、2004年12月撮影。
かつての急行「いいで」「あがの」は停車しなかった当駅ですが、国鉄末期には快速化された「あがの」一往復が土休日に停車するようになり、JR化以後は「あがの」通年停車と「SLばんえつ物語号」停車駅になって一気に華やいだ感があります。
ただ咲花温泉的には通過客がほとんどと思われる「ばんえつ物語号」よりは、「あがの」通年停車の方がありがたいのではないでしょうか?

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東下条駅方踏切から見た咲花駅全景、2007年8月撮影。
こうして見れば山間の典型的なローカル駅の風情。

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駅前の「佐取古戦場」石碑、2007年8月撮影。
当地は戊辰戦争激戦地の一つでもあります。

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咲花温泉街入口、2007年8月撮影。
旅館やホテルの間に廃墟と化したアパートが点在しているのが実に印象的。
元は温泉従業員用だったのでしょうか?
なお温泉街に一般商店は無く、温泉まんじゅうを売るみやげ物店が唯一食べ物を買える店です。

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県道馬下側の様子、2007年8月撮影。
こちら側には民家もあります。しかし少し進むと人跡未踏の山奥の様相・・・。
しかしこれもつかの間の光景で、前述のように越後平野の入口まではあと僅かです。
なお路線バスの設定はありませんので、咲花駅及び温泉への公共交通機関は磐越西線のみになります。

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2011年1月26日 (水)

1970年の英国海軍

前回エントリー「1960年の英国海軍」の続きで、今回は1970
年時点の英海軍勢力を振り返ってみます。

まず1960~70年の英国海軍関係主要トピックスは下記の如し。

1960年
英国海軍最後の戦艦「ヴァンガード」解体。

1961年
中型空母「アルビオン」のコマンド空母への改装開始(翌年完成)。
英国海軍最後の巡洋艦「ブレイク」就役。
西側初のガスタービン推進水上戦闘艦である81型フリゲイト一番艦
「アシャンティ」就役。

1962年
英国海軍初のミサイル駆逐艦(シー・スラグSAM搭載)カウンティ級一番艦
「デヴォンシャー」就役。

1963年
英国海軍最初の原潜「ドレッドノート」就役。
米国からのポラリスSLBM導入決定に伴い、英国海軍最初の戦略ミサイル原潜
「レゾリューション」級建造決定。
戦後計画の英国海軍水上戦闘艦最高傑作と名高い対潜フリゲイト「リアンダー」
級一番艦「リアンダー」就役。

1964年
艦戦シーヴィクセン後継機としてファントムFG.1の導入決定。
空母「イーグル」、1959年以来の大改装を終えて艦隊復帰。

1965年
中型空母「セントー」退役。
ドック型揚陸艦「フィアレス」級一番艦「フィアレス」就役。
対空巡洋艦「ブレイク」の対潜ヘリ巡洋艦への改装開始(69年完成)。
世界初のターボファンエンジン搭載戦闘用航空機・バッカニアS2の実戦部隊
発足、翌年には空母「ヴィクトリアス」に搭載されて実運用開始。

1966年
英労働党政権、スエズ以東からの軍事力撤退を決定。それに伴い通常型空母
全廃も決定。新空母CVA-01計画中止。

1967年
地中海艦隊廃止。
英国海軍初の戦略ミサイル原潜「レゾリューション」就役。
空母「アーク・ロイヤル」、ファントム運用の為の最後の改装を開始
(70年完成)。

1968年
最後の戦前計画型空母「ヴィクトリアス」退役。
対空巡洋艦「タイガー」の対潜ヘリ巡洋艦への改装開始(72年完成)。
戦略ミサイル原潜による戦略パトロール開始。

1970年
改装終了した空母「アーク・ロイヤル」でファントムFG.1の運用開始。

待望の高性能艦攻バッカニアの運用を開始し、超音速艦戦ファントムの導入を
決定し、期待の新型空母CVA-01型計画が進んでいたその僅か1~2年後に
空母全廃が決定されようとは、空軍が計画する超音速V/STOL戦闘機導入
の執拗な圧力を跳ね除けて、愛しの恋人ファントムをようやくゲットしたばかりの
海軍にとってまさに青天の霹靂。
その代わりに戦略核任務を空軍の戦略爆撃機から戦略ミサイル原潜へシフト
させたまではよかったものの、その運用にはとてつもないコストがかかり海軍
の通常戦備をますます圧迫する事になります。
その他水上戦闘艦艇では両用戦の確実性を担保するドック型揚陸艦2隻が
就役し、また戦時計画型の駆逐艦やフリゲイトが急速に姿を消す一方で、
新世代の旗手として英国国産のシースラグSAMを搭載したカウンティ級ミサ
イル駆逐艦とホイットビィ級以来の戦後型対潜フリゲイトの完成形であるリア
ンダー級が艦隊に加わります。
これにより戦力の質的な向上は相応に図られておりますけれど、量的減勢
はそれを上回る規模で情け容赦なく実行されます・・・。

そんな1970年時点での英国海軍主要戦力は下記の通り。
米ソ両国の概数も比較の為に記述しております。
ほんの30年前は対等であった米海軍には大差をつけられ、かつては全く考慮
の外であったソ連海軍に対しても艦隊航空兵力以外は圧倒され、海軍力は
世界第三位に転落。

戦略ミサイル原潜:4隻:レゾリューション級4隻。
潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)定数64発。

1970年末時点の米ソが保有する戦略ミサイル原潜は下記の如し。
米国:41隻:ラファイエット級31隻、イーサン・アレン級5隻、
ジョージ・ワシントン級5隻。SLBM定数656発。
ソ連:25隻:ヤンキー級17隻、ホテル級7隻。
他にホテル級1隻が大改装中。
SLBM定数293発、但し他に通常動力型戦略ミサイル潜ゴルフ級
22隻とズールー改型6隻を保有(SLBM定数78発?)。

攻撃型原潜:4隻:チャーチル級1隻、ヴァリアント級2隻、
ドレッドノート。

1970年末時点での米ソ攻撃型及び巡航ミサイル原潜は下記の如し。
米国:47隻:スタージョン級20隻、ナーワル、タリビー、パーミット級
13隻、ハリバット、スキップジャック級5隻、スケート級4隻、
シーウルフ、ノーチラス。
スタージョン級、ナーワル、タリビー、パーミット級は対潜核兵器サブ
ロックの運用が可能。
ソ連:61隻
攻撃型18隻:ヴィクターⅠ級7隻、ノヴェンバー級11隻。
巡航ミサイル型:43隻:チャーリーⅠ級7隻、パパ級1隻
、エコーⅡ級29隻、エコーⅠ型(659型)6隻。

戦術原潜への核装備が常態化している米ソに比べ、英国は依然として通常
装備のみに留まっておりました。

ディーゼル潜:27隻:戦後計画艦21隻(オベロン級13隻、
ポーパス級8隻)
戦時計画艦6隻(A級6隻)

艦隊空母:3隻:ハーミーズ、アーク・ロイヤル、イーグル。

前述のようにアーク・ロイヤルは大改装を終えて現役復帰、早速ファントム
FG.1を搭載して地中海クルーズに出発しています。
その一方で最後の中型空母ハーミーズは翌年からコマンド空母への改装
工事に入り、イーグルはファントムの本格運用能力を与えられぬまま2年
後に退役する運命です。
またウィキペディア英語版によると、1960年代後半にオーストラリア
海軍が空母「メルボルン」(満載排水量2万t)の後継艦としてハーミーズ
取得を検討し、A-4攻撃機とS-2対潜機の着艦訓練を行なったが、
コスト高に付き見送ったそうです。
「世界の傑作機A-4スカイホーク」によると、オーストラリア海軍にA-4
Gが引き渡されたのは67年7~12月との事なので、ハーミーズで着艦
訓練を行なったのは67年末から68年初めあたりでしょうか?
しかしメルボルンは67年末から米国で近代化改装を実施しているので、
時期的に少々合点が行きません。
ハーミーズ取得見送りを受けての改装なら納得なのですけれど、それが
恐らくまだ正式決定を見ないうちの改装着手というのは?
しかも改装場所はオーストラリア国内ではなく米国なので、相当以前に
決定された事だと思うのですが・・・。
オーストラリア海軍には当時、元空母の輸送艦シドニーが在役していたので
それの代艦扱いでハーミーズを取得し、近代化改修後のメルボルンと共に
ジェット母艦2隻体制に移行という話ではないようですし・・・。
それともA-4とS-2のハーミーズでの訓練は、ハーミーズ取得とは直接
関係無い話だったのでしょうか?
メルボルンの現役復帰は1969年初頭で、それまではせっかくのA-4も
S-2も母艦上での訓練を実施出来ませんから、極東艦隊所属のハーミーズ
で訓練を行なわせてもらっていたという推察も出来ます。
当時米海軍空母はベトナムツアーにかかりきりで、同盟国の艦載機訓練を
請け負うだけの余裕は無かったでしょうし、消去法で行けばそれが可能なの
はハーミーズしかありません。

さて1970年末時点での米海軍現役空母は下記の如し。
攻撃空母:15隻:
ファントム運用艦12隻:エンタープライズ、キティホーク級4隻、
フォレスタル級4隻、ミッドウェイ級3隻。
ファントム運用不可艦3隻:エセックス級3隻(オリスカニー、ボノム・
リシャール、ハンコック)。
対潜空母:4隻:エセックス級4隻(イントレピッド、ワスプ、タイコン
デロガ、シャングリラ)。
最早英国とは質量共に隔絶した強力無比の海上航空戦力です。

コマンド空母:2隻:アルビオン、ブルワーク。

ドック型揚陸艦:2隻:フィアレス、イントレピッド。

巡洋艦:2隻:対潜ヘリ巡ブレイク、対空巡洋艦ライオン。タイガーは
対潜ヘリ巡への改装中。

1970年末時点の米ソ巡洋艦/ミサイルフリゲイトは下記の如し。
米国:30隻:
戦後計画艦:原子力ミサイル巡洋艦/フリゲイト3隻(ロング・ビーチ、
ベインブリッジ、トラクスタン)、ミサイルフリゲイト(後にミサイル巡洋艦
に類別変更)18隻(ベルナップ級9隻、レイヒ級9隻)。
戦時計画艦:ミサイル巡洋艦7隻(アルバニー級3隻、ガルベストン級
2隻、プロビデンス級2隻)、重巡洋艦2隻(デ・モイン級1隻、ボルティ
モア級1隻)。
ソ連:22隻:
対潜ヘリ巡洋艦モスクワ級2隻。対潜ミサイル巡洋艦6隻:クレスタⅡ級
2隻、クレスタⅠ級4隻。対艦ミサイル巡洋艦キンダ級4隻。
軽巡洋艦10隻(スヴェルドロフ級7隻、チャパエフ級2隻、キーロフ級1隻)。

大型対潜ヘリを搭載するブレイクは、イタリア海軍の対潜ヘリ巡洋艦ヴィット
リオ・ヴェネトと並ぶユニークな存在でしたが、最初からヘリ運用を主眼に
して設計されまた艦隊防空用にテリアSAMを装備するヴェネトに比べる
と、やはり大きさの割に無駄の多い艦のように思えます、元々の出自が
伝統的な砲戦用軽巡なので仕方が無い事ではありますが・・・。

駆逐艦:10隻?:ミサイル駆逐艦カウンティ級8隻、戦時計画型駆逐艦
後期バトル級2隻?

1970年末時点での米海軍保有ミサイル駆逐艦/フリゲイトは下記の如し。
テリアSAM搭載艦10隻:クーンツ級(DLG、後にミサイル駆逐艦に
類別変更)。
ターターSAM搭載艦29隻:チャールズ・F・アダムス級23隻、ディケイ
ター級4隻、ミッチャー級2隻。
SAMシステムの完成度は英海軍のシースラグよりも米海軍のテリアや
ターターが明らかに上なので、その艦隊防空力は隻数以上の差が
あります。

フリゲイト:65隻前後:リアンダー級23隻(対潜ヘリ搭載)、ロスシー
級9隻(近代化改装により対潜ヘリ運用能力逐次追加中)、トライバル級
7隻(対潜ヘリ搭載)、ソールズベリ級4隻、レパード級4隻、ブラックウッド
級9~11隻、ホイットビィ級6隻、Type15型少なくとも1隻。

小型水上戦闘艦への有人ヘリ搭載に関しては、英国海軍は世界最先進の水準
にありました。
米海軍の護衛艦(後にフリゲイトに類別)やFRAM駆逐艦は無人対潜ヘリ
DASH運用を前提にしていて、しかもそのDASHは69年に計画中止。
その代替としてLAMPS計画がスタートして駆逐艦やフリゲイトへの多用
途ヘリ搭載がようやく開始される事になります。
策士策に溺れた格好のDASHに比べ、英国海軍のワスプ・ヘリコプターを使用
するMATCHシステムは堅実。
世界をリードする数々の革新的な技術や装備を生み出す一方で、慎重に過ぎる
姿勢も併せ持つ英国海軍ですが、その慎重さと技術の身の丈が合っていたから
こその名を捨てて実を取った結果と言えましょうか。

一方、この時点の我が海自の戦力は下記の如し。
護衛艦:38隻:
ターターSAM・アスロック搭載艦:DDGあまつかぜ。
アスロック・DASH搭載艦:DDAたかつき型4隻。
アスロック搭載艦:DDKやまぐも型3隻。
DASH搭載艦:DDKみねぐも型3隻。
いずれも未搭載:国産DD14隻(あきづき型2隻、むらさめ型3隻、
あやなみ型7隻、はるかぜ型2隻)。国産DE7隻(いすず型4隻、
いかづち型2隻、あけぼの)、
貸与DD2隻(ありあけ型)、貸与DD/PF3隻(あさひ型2隻、
くす型1隻)、旧帝国海軍艦1隻(わかば)。
ようやく一線級の対潜装備が米国から提供されて、10年前の古色蒼然と
した姿から近代海軍へ脱皮しつつあります。
しかし対空ミサイル艦はあまつかぜ唯一隻、それに次ぐ対空火力のMk
42五インチ速射砲を装備するのはたかつき型のみ。
残りの艦は亜音速機の攻撃に対してさえ自衛戦闘すらおぼつかない有様で、
これはこの10年後においても抜本的な解決をみずなのでした。
洋上航空兵力を抜きにしても、まだまだ英海軍水上戦闘艦艇との差は大きく、
その英国海軍すら遥かに凌ぐ米海軍のそれは海自護衛艦とどれ程の差が
あった事か・・・。

潜水艦:10隻:
あさしお型4隻、おおしお、なつしお型2隻、はやしお型2隻、
おやしお。

洋上哨戒が可能な大きさと装備を持つあさしお型の就役で、ようやく潜水艦
の実戦的運用に目鼻が付き始めた状況でした。

ここまで書いたら200行超え! 本日も紙面が尽きてしまいました・・・。
1980年以降はまた次回に。

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2011年1月25日 (火)

平成のミスアメリカついにお披露目!

ども。
某画像掲示板に「海賊戦隊ゴーカイジャー」の新たなネタバレ画像が!
・・・それはゴーカイジャーの過去戦隊への「変身」!画像でございます。

前回エントリーで、「ゴーカイジャーは歴代レッドにのみ変身」と書いたのは、
これを見る限り嬉しい勘違いであったのか! 
そう思わずにはおれない物凄い画です。

この画像を見ると、ゴーカイジャーは「レンジャーキー」なるものを使って、
歴代戦士に変身するようです。
ゴーカイピンクはモモレンジャーから始まって、勿論我らがミスアメリカの御姿もっ!
ミスアメリカのスーツは濃い目のピンクに変わっていますが、デザインは原典準拠
のようです。
そして、最も危惧していたスカート化ではなく、オリジナルのミスアメリカ同様に
ハイレグですがな!
脚は肌色ですがミスアメリカの映りが小さいので、スーツと同じ生地の肌色タイツ
なのか原典同様のストッキングなのかはちょっとわかりませんが・・・。
しかしスカートじゃなかっただけでも凄い事ですよコレは!
他のピンクも皆華奢で、歴代女形とは一味違います。
ファイブピンクのポーズなんかめちゃくちゃ可愛いんですけど! 
野川瑞穂さん(多分)はこういう乙女ちっくなポーズも出来るんですねw。
ちなみにピンク以外にはブラックパイソン、ホワイトスワン、ニンジャホワイト、
ガオホワイト、クワガライジャー、ゲキチョッパー、ゴーオンブラックに変身する
ようですな。
ブラパイ、クワガ、チョッパー、ゴーオン黒は原典の牡から性別チェンジです。
うーむ、黒の女戦士というのも今までいなかっただけに新鮮です。
しかし・・・特にゴーオン黒は原典の変身前があまりに濃いキャラだったので、
かなり違和感あるなぁw。

一方、もう一人のヒロイン・ゴーカイイエローはというと、こちらはちょっと・・・。
物凄く抵抗あるキャラ多数・・・。
キレンジャーやバトルコサックやイエローオウルやマジイエローあたりは、もう口
では言い表せないような・・・。
戦隊ヒロイン女形萌えで蜂須賀祐一さんのファンである私でも、コレを受け入れろ
というのは無理ですな。
しかしゴーカイイエローを蜂須賀さんが演じるとすると、ヒロインではファイブ
イエローを21年ぶりに、メガイエローを14年ぶりに、ボウケンイエローは5年ぶり
に演じられる事になり、またピンク役として女形コンビを組んで一緒に芝居してマスク
のゴーグル越しに常に見ていたチェンジマーメイドやイエローフラッシュ、イエロー
マスクを今度は自分で演じられる事になり、雑誌のインタビューでこれらキャラを
演じていた赤田昌人さんへの思いを語っておられた蜂須賀さんには、感慨深いもの
があるのではないでしょうか。
さらに面白いのは、ゴセイジャーではピンクを演じていた蜂須賀さんが、今度は
イエローを演じるという事。
どう演じるのか、野川さんの突貫娘っぷりとの差が見所になろうかと思います。

・・・ハイ、ここでブルードルフィンやブルースワローやハリケンブルーやマジブルー
変身後が大好きなヒロイン萌え諸兄に残念なお知らせ!
彼女たちは「男」になっちゃってます。
中の人の話ではなく設定上の性別として。
ご愁傷さまでございます。
マスクが小さく見えるほど肩幅広く皆逞しい体ですよ。
なんかもうここまで性別捩れちゃうとねぇ・・・、全ての戦士に無理に変身させなくて
もいいんじゃない?と思いますけどね。
まぁ現役視聴者である3歳児に抵抗感が無ければそれで正解なんですけど。
でもコレを見るとドルフィンやスワローやハリブルでは二度とハァハァ出来ないですね
、大きなお友達は。
ドルフィンやスワローは蜂須賀兄弟が演じていましたから体型も男なんですけど、
体格が違い過ぎる上に劇中性別が男か女かで受ける印象全然違っちゃいますな。

歴代登場となると気になるのがオモチャ、そしてアトラク。
お面はどうするんでしょうね、これを機会に復刻?
金型はゴセイジャー以外残っていないでしょうけど、そうなるともう一度金型から作り
直し?
アトラクはホントにどうするんだろうか・・・?
レッドにのみ変身にするのかなぁ、番組のウリとして歴代変身を全面に出す以上、
アトラクショーが過去戦隊への変身無しでは困るでしょう。
ショーにミスアメリカが登場するならば、万難を排してでもぜひ見に行きたいw
ショーの場合は撮影のように着替える時間なんてありませんから、ゴーカイジャー
役と変身した過去戦隊役は別キャストになります。
キャストが倍になって、動ける人手集めが大変そうですな。

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2011年1月23日 (日)

押切駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・押切駅。

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新潟県長岡市に所在する無人駅で、開業は明治34年(1901年)9月1日。
開業時の所在は南蒲原郡神通村で、同村は駅開業の三ヶ月後に周辺諸村と合併して中之島村の一部となりました。
その後昭和61年に村は町制を施行、次いで平成の大合併の大号令の中、2005年4月1日をもって長岡市に編入合併し今日に至ります。

当地周辺は現在でも蓮根の栽培が盛んなほど湿地の多い土地で停車場設置に不向きな事と、停車場設置によって外から様々な悪影響を受けるという鉄道創成期に頻出した地元の反対意見が多いという二重のハンデの中、当地の大地主が駅用地を当局に寄付し更に
村の有力者を説得して賛同を取り付けて、押切停車場設置に漕ぎ着けたという経緯があります。
ちなみに駅名に当時の村名ではなく押切の名を冠したのは、土地を提供した地主が駅北方至近の「押切新田」在住であったからのようです。

進取の気概に富む有力者の尽力で停車場設置を実現した話は日本中で聞かれる事例で、押切駅のケースもその小典型ですが、ここ南蒲原の農村にもそのような人物が存在した事実を見るに明治日本勃興はまた必然だったのだなぁと強く感じる次第。
日本中にこうした過去の因習に囚われない人たちがいて、その小さな力の総体が明治日本をごく短期間の内に世界の一等国へと押し上げたのです。
今、立ち返ってこの明治の気概の源泉は何だったのか考えてみる事に、現代日本を覆う閉塞感打破のヒントがあるように思います。

おっと閑話休題。
押切駅は旧中之島町唯一の鉄道駅で、2006年度まで有人駅だったのにはその辺の事情もありそうです。
ちなみに2006年度の当駅一日平均乗車人員は、JR東日本によれば365人で当時の同社新潟県内有人82駅中61位。
信越線・安田駅と同レベルの数字で、長岡、見附両市の高校に通う学生の多さゆえと見るべきでしょう。

とは言え、当駅は中之島町の南端、長岡市との境界線上の立地で、中之島の中心街は北に4km強と相当の距離があります。
また中之島中心街と見附市を構成する二大地区の一つ、今町との距離は刈谷田川を挟んで僅か数百m。
その今町と見附駅の距離は約1.5kmで、長岡市へ合併編入時の人口約1万2千人の町最大の人口集積地区は見附駅が玄関駅と言っても過言では無かったのです。
従って町唯一の鉄道駅というステータスを持ちながら、実際の利用状況はそれとは余りに乖離しているという少々気の毒にも思える状況のここ押切駅なのでありました。
現在は長岡市内の一小駅という立場に落ち着き、無人化によって無意味な背伸びも止めて本来あるべき姿に戻った観有りと申せましょう。

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押切駅舎の様子、2007年8月撮影。
冬期の積雪対策なのかカマボコ型の屋根が特徴的。
建築財産票によると竣工は平成7年3月16日、許容積雪量は180cm。

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無人化後の駅舎内の様子、2007年8月撮影。
窓口はシャッターで閉鎖。
内部は無人駅定番朱色ベンチ二脚と券売機一台でガランとした印象。

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下り線(新潟方面乗り場)の見附駅方から見た押切駅構内、2004年10月撮影。
ホームは現在の普通列車にはあまりに不釣合いな長大さです。
地味な駅ですがこの辺は流石明治開業の歴史を感じさせます。
昔ながらの白線にも注目。

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下りホーム端から見附駅方面を見る、2004年10月撮影。
ホームのすぐ上を県道の陸橋が通っています。

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有人当時の押切駅駅舎の下りホーム側、2004年10月撮影。
トイレは駅舎ホーム側向かって左側にあり男女兼用です。

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下りホーム北長岡駅方から見た押切駅構内、2004年10月撮影。

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下りホーム端から北長岡駅方面を見る、2004年10月撮影。

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下りホーム中程から駅舎と跨線橋を見る、2007年8月撮影。

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跨線橋上から北長岡駅方面を望む、2004年10月撮影。

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同じく見附駅方面を望む、2004年10月撮影。
押切駅も元々は二面三線で貨物取扱い駅でした。
貨物取扱い廃止は昭和45年との事です。
中線は撤去されて久しいようですが、上越新幹線大宮暫定開業前の昭和55年10月改正ダイヤでは、この二番線での普通列車の優等待避が一日三回ありました。
電車特急「とき」や気動車時代の急行「赤倉」が、中線でジッと待つ115系電車を颯爽と追い抜いていったのはもう30年も昔の話です・・・。

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島式ホーム(長岡方面乗り場)の見附駅方から見た押切駅構内、2004年10月撮影。
駅裏は一面田圃の海で、駅及びその周辺の雰囲気共に帯織駅によく似ています。

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島式ホームの北長岡駅方から見た押切駅構内、2004年10月撮影。
この島式ホーム上にはこの時点では待合室もベンチもありません。
上屋も跨線橋出入り口から車両一両分ほどしかかかっていないので、悪天候時の列車待ちは待合室でギリギリまで粘るか跨線橋の階段にでも座るかの二択。

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押切駅を出発する115系電車湘南色の長岡行、2012年6月撮影。

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押切駅に到着した115系電車新潟行、2012年6月撮影。

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押切駅を通過する485系電車T編成の快速「くびき野」、2012年6月撮影。
485系電車のR編成通過を撮る機会を逸したのが心残りです。

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押切駅を轟然と通過するEF81形450番台電気機関車牽引の下り貨物列車、2012年6月撮影。

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押切駅上り線を通過するEF81形電気機関車牽引の上り貨物列車、2012年6月撮影。
私の世代にとって、EF81形といったら矢張りこのカラーですなぁ。

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駅舎前から見た押切駅前の様子、2007年8月撮影。
駅前のポストは平日休日共に一日一回の回収。
山間地域並みの回収体制は、長岡市と見附市の狭間の空白地帯の
ようなこの地域の独特な状況をよく表わしているような・・・。

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信越本線の線路に並行する道を長岡方面に少し進み振り返って一枚、2006年9月撮影。
この土地が村の中心だったのは明治の話で、それ以降は中之島村/町の南端の一集落に過ぎなかった事から、駅が置かれても明確な「駅前通り」は未発達に終わった印象です。
駅付近には自販機数台を設置した菓子店がある以外目ぼしい商店はありません。

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前述の県道陸橋から見た押切駅構内、2006年9月撮影。
旧中線の残骸とそのすぐ右手に車止めともう一本の線路が見えますが、この線路は陸橋の反対側(見附方)に伸びていて上下本線と繋がっていました。
保線用だと思われます。

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押切駅を通過する583系電車の急行「きたぐに」新潟行、2006年9月撮影。
快晴の秋の朝陽が厳しくて露出を失敗してしまいトホホ・・・
撮影は薄曇の日を選ぶべきだなぁと痛感の一枚。
この時はこれを撮影が旅程メインディッシュだったんですけど。
コントラストを修正してこれですから、元画像の酷さはお察しください・・・

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陸橋上から俯瞰で見た押切駅周辺、2006年9月撮影。

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その陸橋から見た駅裏(東側)の様子、2006年9月撮影。
ここを道なりに進むこと4km強で見附市の二大地区の一つ・見附本町に到達します。
なお、この陸橋の反対側(長岡方)の踏切を渡って300m程進むと、
越後交通の長岡駅前-(見附本町経由)-栃尾車庫(旧栃尾市中心部)間を結ぶ路線バスが設定されている県道に出ます。
最寄バス停は「七軒町」です。

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押切駅北方の蓮根畑。2006年9月撮影。
後背に見える高架は上越新幹線のものです。
長岡から北長岡を経て当駅まで信越本線と並行してきた高架も、当駅至近を過ぎてから徐々にその距離を広げていきます。

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2011年1月22日 (土)

それでも諦めないぞ平成のミスアメリカ!

ども。
某画像掲示板に「海賊戦隊ゴーカイジャー」のネタバレ画がうぷされておりまし
たが・・・。
噂通り、全員歴代レッドに変身しておりました。
画にはボウケンレッド、デカレッド、ゴーオンレッド、ゲキレッド、マジレッド。
ゲキとマジはスカート付きなので、イエローとピンクが変身した姿なのでしょう。
噂や推測通りであるならば、体格から考えてゴーカイイエロー(蜂須賀祐一さん)
=マジレッド、ゴーカイピンク(野川瑞穂さん)=ゲキレッドでしょうか。
前回エントリーで触れた巷の噂、

「ゴーカイジャーは歴代レッドにのみ変身」

戦隊ヒロイン変身後萌えにとって実にガッカリなこの噂が、あの画で真実だと
裏付けされてしまったわけであります。

この種の世界にも色んな方がいらっしゃいますから、中にはヒロインがレッドに
変身するのが「男装の麗人」っぽくてイイ!というご意見もあろうかと存じます。
それはそれで傾聴に値するお話なのですが、矢張り色による性別を刷り込まれて
いるおっさんにとっては、アカと言えば古くは角刈りでストリートファイトやらせたら
東映最強と噂のアカレンジャーであり、また黒人のデカい男を一発KOし分厚い氷を
素手で真っ二つの男臭さ満点のデンジレッドであり、はたまた熱いリーダーシップで
皆を引っ張るレッドワンという暑苦しい方々だったりするのです。

かような認識が改められない限り、ヒロインがレッドに変身というのはなかなか受け
入れられない事なんでありまして・・・。
まぁ、現役視聴者の幼児やティーンの若い特オタ諸君は、シンケンジャーの
「姫レッド」で既に刷り込み済み折り込み済みでそれほど抵抗はないのでしょうね。

・・・しかしねぇ、実は昨晩夢を見たばかりなんですわ。
「ゴーカイジャー」の初期話にバトルフィーバー隊が揃って登場(コスは昔のまま)。
勿論ミスアメリカもオリジナルそのままのハイレグに艶かしい光沢パンスト姿で名乗り
ポーズをキメて戦闘というそれは素晴らしい光景を。
そしてそれが事前情報一切無しで、突然画面に登場したので、見ていた私が、

「しまった!!!!!!!!!!!!!!!!」

・・・と、録画をしていなかった事をテレビの前で死ぬほど後悔して魂が抜けたように
呆然としている夢をw。

また過去の戦隊登場についてはボウケンレッドのチーフが、「懐かしいところで撮影
した」という噂や、ゴセイピンク・エリ嬢のブログにデカイエロー&マジピンクとご飯を
食べにいったという話(事実)もあったりして・・・。
ボウケン、デカ、マジ、皆前述の画像でゴーカイジャーが変身した戦隊の出演者じゃ
ないですか! なんか匂うよこれはw
ゴーカイジャーの変身とはまた別の形で歴代戦隊が登場するのではないかと、まだ
まだ諦めてはいない私なのでした。
とにかく平成のミスアメリカやピンクファイブやチェンジマーメイドが見たい!
私の世迷い言はそれだけです。

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2011年1月19日 (水)

1960年の英国海軍

前回のエントリー「破断界を越えつつあるか英国海軍?」に関連して
自己資料的に。

英国海軍は戦後衰退削減の一途を辿っているのは皆様ご承知と存じますが、
五十年前に遡ってその勢力の消長を回顧すべく、手持ちの資料に加え
英語サイトを見て参考にしつつ、海自と比較しながら纏めてみました。
一応現役艦のみをカウントしておりますが、甚だ不正確であり一応の目安として
お考えください。

1960年(昭和35年)
この時点の英国海軍は本国艦隊に加えて地中海艦隊と極東艦隊を保持し、水上
艦隊は依然として米海軍に次ぐ世界第二位の勢力を誇っておりました。
艦隊の主力を成す戦時計画艦に加えて戦後計画の新世代フリゲイトが就役を
開始し、その戦力の質量共に当然の事ながら未だ揺籃期と言える我が海自を
遥かに凌ぐものでしたが、米海軍との比較では空母艦載機、対空ミサイル艦
や原潜の分野において劣弱ぶりが顕著であり、斜陽の二文字を痛切に感じさせ
ずにはおれません・・・。

艦隊空母:5隻:
ハーミーズ(28,000t)、セントー(24,000t)、アルビオン(24,0
00t)、アーク・ロイヤル(43,060t)、ヴィクトリアス(35,500t)。
他にイーグルが近代化改装中(1964年復帰)。
大改装により面目を一新した戦前計画のヴィクトリアス以外はいずれも戦時
計画艦であり、米海軍ミッドウェイ級に準ずる第一級の能力を持っているの
はアークロイヤルと改装中のイーグルのみです。
ジェット機先進国でありながら、戦後のジェット機発達のペースを誤断して
セントー他の中型空母建造を継続した結果、これら空母が就役後程無くして
新型機の運用に困難をきたしたのは皆様ご承知のところであります。
艦載機は艦戦が双発複座のシーヴィクセンと亜音速のシーホーク及び
シーヴェノム、昼間迎撃と攻撃(核を含む)にシミター、AEW機にターボ
プロップ機のガネットと米国から供与されたAEW型スカイレイダー。
シーヴィクセンもシミターも遷音速機で、またシーヴィクセンが運用する
AAMは赤外線誘導のファイアストリークであり全天候性に欠けます。
超音速戦闘機F8UやSARHのスパローAAMを運用する全天候戦闘機
F3Hを擁する米海軍空母機群とは一世代遅れておりました。
なおアルビオンは翌年からコマンド空母へ改装されます(1962年再就役)。

コマンド空母:1隻:
ブルワーク(26,200t)。
英国海兵隊の強襲揚陸能力を画期的に向上させたのがコマンド空母。
能力の限界に達した中型空母の廃物利用的産物ではあるものの、転んでも
タダでは起きない英国流の真髄発揮であります。
ヘリコプターによる立体強襲能力獲得は米海軍と比べてもさほど遅れを取っ
ておりませんが、その動機は正規戦を主眼とした米海軍とは異なり、旧植民地
の紛争介入能力確保というところでしょうか?。

巡洋艦:2隻:
タイガー(1959年就役)、ライオン(1960年就役)。
他にブレイクが英国海軍最後の巡洋艦として艤装中(1961年就役)。
世界中に植民地を抱える「日の沈まぬ」大英帝国の海外発展の尖兵であっ
た巡洋艦も、戦後の植民地喪失と共にその数を打ち減らしてしまい、この
一万トン型軽巡洋艦タイガー級が最後になりました。
就役年を見ると新型艦のように思えますが、実際は戦時計画に基づき起工
しながら永らく放置され、新型の6インチ両用砲実用化で対空巡洋艦として
ようやく陽の目を見た姉妹なのです。
なお当時米海軍は対空ミサイル艦の整備を巡洋艦の改装と新型艦建造の
二本柱で急速に進めていて、英国海軍とはこれまた一世代差をつけておりま
した・・・。

駆逐艦:38隻前後?
デアリング級8隻、ウェポン級4隻、後期バトル級6隻、バトル級5隻、
C級15隻?。
C級については英語サイトでも退役年が全く解らなかった為、世界の艦船別冊
「イギリス駆逐艦史」の各艦解体年からの推定です。従って完全なる私見であり
ますのであくまで目安程度にお考えください。
駆逐艦については全艦戦時計画型で、いずれの艦も艦型は小型に過ぎて装備
の近代化を受け入れる余地がありません。
C級は高速フリゲイトに改造して活用の道も考えられるのですが、それ以前
の戦時建造型駆逐艦を改造後に着手した新型対潜フリゲイト建造と時期的
に重なってしまい、予算上の問題で着手に至らず・・・だったのでしょうか?

フリゲイト:70隻前後。
戦後計画艦:29隻:
ロスシー級(2,600t)3隻、ソールズベリ級(2,350t)4隻、
レパード級(2,520t)4隻、ブラックウッド級(1,535t)12隻、
ホイットビィ級(2,600t)6隻。
50年代に計画着手された完全な戦後世代のフリゲイトで、用途に応じて
多様なタイプが建造されました。
対潜高性能型に類別されるのがロスシー、ホイットビィの各級、対空型が
レパード級、対空警戒型がソールズベリ級、戦時量産を考慮した安価な
対潜型がブラックウッド級。
この中で今日の多用途フリゲイトのルーツとなったのがロスシー/ホイット
ビィ級になります。
戦時建造型駆逐艦改造艦:33隻:
タイプ15型23隻、タイプ16型10隻。
戦時中に大量建造された中型駆逐艦群を1950年代前半から中盤にかけて
対潜用に改造したもので、艦型装備を一変する大改造を受けた15型と予算
上の問題から装備の近代化に留めた16型に大別されます。
基準排水量1,500~1,700tの伝統的な任務・艦型の駆逐艦を、求められ
る性能が異なる対潜艦に改造するのは相当に無理のある事と思われ、費用
対効果はあまり芳しくなかったのではと推察されますが・・・。
戦後のソ連海軍潜水艦大増強に直面し、既存の駆逐艦の対潜能力向上に躍起
になったのは米海軍も同じでしたけれど、彼らは英国海軍のように艦型を一変
させるような大改造までは行ないませんでした。
費用対効果を重視するある意味においての堅実さの表れのようであります。
それに比べてタイプ15型の些かやり過ぎと思われる大改造後の姿は、
英国海軍伝統の進取の気概未だ健在と申せましょうか。
・・・しかしそれでいて空母の艦橋構造物は米空母に比べて実にクラシカル
だったりしますから・・・、英国人の発想ってよくワカラン!
しかし私は彼らのそういう部分が大好きでもあります(笑)。
大戦型フリゲイト:少なくとも8隻:
ベイ級2隻、ロック級少なくとも6隻。
原型のリバー級は1950年代末までに英国海軍から退役し、改良型のベイ級
とロック級が主にペルシャ湾に派遣されて英国の中東における権益保護に
当っておりました。
また当時の中東は英国の保護国もまたまだ多く、この地域における安全保障
には米国よりも英国が深くコミットメントしていたのです。

潜水艦:41隻前後:
戦後計画艦:7隻:オベロン級1隻、ポーパス級6隻。
戦時計画艦:34隻前後:A級15隻、T級19隻前後。
この時期、米海軍は既に10隻以上の各種原潜を保有し、ソ連も最初の
SSNノヴェンバー級の就役が始まっておりましたが、英国は戦時計画艦が
まだまだ主力。
勿論水中高速型への改造を実施してはおりますけれど・・・。

一方この頃の海自はというと・・・
国産護衛艦:18隻:
DD:あきづき型2隻、むらさめ型3隻、あやなみ型7隻、
はるかぜ型2隻。
DE:いかづち型2隻、あけぼの、わかば(旧帝国海軍丁型駆逐艦)。
供貸与護衛艦:24隻:
DD:ありあけ型2隻、あさかぜ型2隻。
DE:あさひ型2隻。
PF:くす型18隻。
対潜最重視を標榜しながら、有効な対潜兵器はあきづき型に搭載された
ウエポン・アルファのみ。
あやなみ型計画時に導入を検討した英国製スキッドは米国の反対で
ボツに。
英国海軍の対潜攻撃兵器は当時最新鋭のリンボーがHigh、スキッド
がLowの位置付けでした。英海軍では対潜が二義的な艦に搭載する
スキッドすら装備出来ない海自護衛艦の当時の対潜能力が察せられ
ます・・・
対空兵装もジェット機に対抗出来るレベルではなく、まだまだ全てにおい
て発展途上、第二次大戦の面影を色濃く残す陣容そして装備でありま
した。

潜水艦:国産艦1隻(おやしお)、貸与艦1隻(くろしお)。
たった2隻では水上部隊の対潜訓練標的と要員訓練で目一杯の状況で、
哨戒任務などまだまだ先の話でありました。

本来は現在に至るまで十年毎に書き連ねていくつもりだったのですが、
ここまでで早や140行! 相当に端折って書いてるのにこんな行数だ
もんなぁ(ニガワラ)。
紙面も尽きてしまいましたので1970年以降についてはまた次回。

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2011年1月16日 (日)

羽生田駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・羽生田駅。

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新潟県南蒲原郡田上町に所在する有人駅で、明治36年(1903年)4月19日の開業です。
前回エントリーの田上駅で触れたように、田上町の玄関駅は町名を駅名に冠する田上駅ではなく当駅です。
停車場開業の約2年前に、羽生田村と旧・田上村が合併して誕生した新・田上村の玄関駅として、当初予定されていた本田上地区(当駅-田上駅の中間地点)が地元の反対で流れた後、当時は原野であったという当地が選ばれた最大の理由は、羽生田と東方の村松町(2006年元日をもって五泉市と合併)との間を結ぶ県道の存在でした(羽生田-村松間12km弱)。
村松町はかつて村松藩三万石の城下町で、羽生田停車場開業以前に帝国陸軍の歩兵連隊が駐屯しており、その輸送路として県道-羽生田停車場が考えられたのです。
本来の輸送路であるべき磐越西線の五泉駅(村松から約3km)開業は明治43年で、折から日露関係が緊迫の一途を辿っていた当時(日露戦争勃発は明治37年2月)、有事の際の迅速な出動を求められる連隊、また陸軍当局としても磐越西線に先んじて開通する鉄道に対して、道路一本で到着出来る当地への停車場開設を希望したのでしょう。

JR東日本によると2009年度の羽生田駅一日平均乗車人員は668人で、JR東日本新潟県内有人75駅中50位で、特急停車駅の信越線・柿崎駅や飯山線・十日町駅と同レベル。
これまで観察した限りでは、旅客流動としては対新潟よりは対加茂東三条の方が大きいように感じられます。

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昔日の羽生田駅旧駅舎。
上は2005年8月、下が2006年11月撮影。
旧駅舎は昭和10年7月改築の、正面の上屋の造りがいかにも戦前の風情を感じさせる建物でした。

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羽生田駅の新駅舎、2008年3月撮影。
新駅舎は2007年12月の供用開始です。
いかにも現代建築と言えましょうか・・・ただ周囲と比較すると少々前衛的で浮いて見えるようです。
駅舎が小さく纏まった分、ただでさえ広かった駅前広場は空虚と思えるまでに広々と・・・。
なお、この駅前広場の広大さも前述の連隊輸送の名残だそうです。
なお駅前にはタクシー乗り場有り。
また月極駐車場もありますが、2007年3月現在で月5,408円也。
高いんだか安いんだかビミョーな金額ではあります。

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羽生田駅駅舎内部の様子、2009年5月撮影。
この時点での窓口営業及び待合室開放時間は0700~1755。
上の画像の左側が待合室です。
待合室内は常に人がいた為に内部の撮影は残念ながら行なえませんでしたが、室内の内装は木を基調としたもので大変落ち着いた良い感じ。
天井は高く、照明は白熱灯のような柔らかさでこれまた良い感じ。
居住性としては相当の高レベルで、成程列車到着まで腰を上げたがらないのも解る気がします。

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羽生田駅駅舎ホーム側の様子、2008年3月撮影。
トイレは改札内のみにあって男女別です。

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1番ホーム(長岡方面乗り場)の加茂駅方から見た羽生田駅構内、2004年9月撮影。

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同じく田上駅方から見た羽生田駅構内、2004年9月撮影。

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同じく旧駅舎のホーム側の様子、2004年9月撮影。

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跨線橋上から加茂方面を望む、2004年9月撮影。

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同じく田上方面を望む、2004年9月撮影。

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島式ホーム(二、三番線)田上方から見た羽生田駅構内、2005年8月撮影。
当駅の待避線(二番線)は2010年ダイヤ改正時点で有効活用されており、普通列車上り2本下り3本が当駅で特急「北越」を待避している他、当駅発着の普通列車も設定されています。
信越本線・新潟-長岡間の中間駅にはかつては待避線を持つ駅が多数存在し、1980年10月ダイヤ改正(上越新幹線大宮暫定開業以前)では当駅の他に新津、矢代田、東三条、三条帯織見附押切の各駅で、1985年3月ダイヤ改正でも当駅の他に亀田、新津、矢代田、東三条、三条の各駅で有効使用されていました。
しかし現在では当駅の他に新津と東三条のみ。
1980年10月改正ダイヤでは新津-長岡間に昼行特急23往復と同急行8往復、現在は同区間に昼行特急5往復と快速3往復。
優等列車の運行本数が約1/4に激減しておりますから待避可能駅の合理化集約化は必然です。
しかし線路を剥がし続けた結果、ダイヤの柔軟性は失われておりますなぁ・・・。

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同じく加茂駅方から見た羽生田駅構内、2004年9月撮影。
琺瑯の駅名板が郷愁を誘います。

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同じく島式ホーム端から加茂駅方面を見る、2004年9月撮影。
新津や東三条のようなターミナル駅や特急停車駅以外の複線区間の「生きている」待避線は新潟県内では貴重な存在です。

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同じく田上駅方面を見る、2004年9月撮影。

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羽生田駅島式ホーム中央部の様子、2004年9月撮影。

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羽生田駅1番線から出発する長岡行115系電車、2012年6月撮影。



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羽生田駅を通過する485系電車T編成の金沢行特急「北越」、2005年8月撮影。

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2番線に上り普通列車を退避させ先を急ぐ485系電車T編成の金沢行特急「北越」、2013年10月撮影。
2015年3月ダイヤ改正では羽生田駅での特急退避は無くなり、2番線が使用されるのは新潟-羽生田間の区間列車が一日一往復のみになりました。

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羽生田駅1番線を轟然と通過するEF510形電気機関車牽引の貨物列車、2012年6月撮影。

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同じくEF81形電気機関車牽引の貨物列車、2004年9月撮影。

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羽生田駅前通りの様子、2008年3月撮影。
駅前広場の広大さと比較して何とも狭い通り。

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信越本線と並行する国道403号線、2008年3月撮影。
国道に沿って民家が切れ目無く続いております。
国道には加茂-羽生田駅-田上駅-湯っ多里館の路線バスが運行されています。
駅入口周辺にはミニスーパーと手作りパン屋が一軒ずつというところ。
周辺案内図には田上方向にセブンイレブンがあるとされていましたけれど、見通した限りでは確認できませんでした。
なお駅裏にも集落がありますがこちらは小規模で奥行きも無く、すぐに南蒲原の田圃の海辺に行き着きます。

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2011年1月12日 (水)

破断界を越えつつあるか英国海軍?

些か古い話で恐縮なのですが、次期中期防のエントリーがこのところ
続いた事でその関連で備忘録的に・・・。

昨年10月、英国政府は”SDSR”(Strategic Defenceand security Review”)を発表し、今後の英国国防政策と戦力構成を明らかにしました。
英国版防衛計画大綱と言えましょうか。
その中身は昨今の深刻な経済財政状態を踏まえての、国防力の更なるリストラ方針。
国家安全保障に必要不可欠な核戦力や国益追求、国際貢献の尖兵となる通常戦力については相応に維持しつつ、それ以外の特に冷戦型重装備をバッサリと切り捨てまた例え必要な戦力であっても、優先順位が相対的に低下しているものについてはあえて切り捨ても辞さないという極めてシビアな観点に立脚したものと申せましょう。
英国国防予算は2010-11年で約367億ポンド(1ポンド=130円として約4兆7700億円)。
英国政府は今後4年間で国防予算を8%削減する方針との事で、この額から8%削減となれば、2015年のそれは4兆3900億円程になるのでしょう。
(日本の次期中期防総額は23兆4900億円で、年平均では約4兆7000億円程)
また兵力は三軍合計で現在の17万5千人から15万8千人に削減。
国防省職員は現在の8万5000人から2万5000人に削減(公務員全体では4年間で49万人削減!)だそうで、この辺りの人件費削減は歳出削減にかなりの効果がありそうです。
日本ではとても考えられない削減規模であります。
しかし国防はまだ手厚く保護されているほうで、社会保障は文字通りバッサリ。
今後4年間で社会保障関連歳出を約180億ポンド(2兆3900億円)を削減する方針だそうで。
我が国ではこのような事を議論の俎上に乗せただけで政権は即死、次期総選挙での下野は確実でしょうね。

さて私にとって最も興味深い英国海軍の今後について・・・
英国海軍の戦力削減は最早量的に破断界を越えつつあるのかなぁと、一世紀前の世界最強海軍ロイヤルネイビーを振り返って見ると、実に感慨深いものがあります・・・。

前述PDF22ページによれば、”Future Force 2020”
における英国海軍の戦力構成は、下記の如し。

戦略ミサイル原潜 4隻:バンガード級。
後継についての決定は次期総選挙(2016年)後へ五年間先送り。

攻撃型原潜7隻:アスチュート級。

空母1隻:クイーンエリザベス級1隻。
二番艦の処遇は未定。搭載機はF-35BからCに変更し、それに伴う艦の改設計で就役は2020年に遅延。

水上戦闘艦19隻:45型ミサイル駆逐艦6隻、
23型フリゲイト13隻。
2020年以降は可能な限り速やかに23型フリゲイトを26型フリゲイトに更新。

また、英国空軍が運用する海上哨戒機は、次期哨戒機ニムロッドMRA4計画が「キャンセル」という報道もあって、ウィキペディアのニムロッドのページの参照項目のリンク先にあった9機調達とどちらが正しいのか気になるところです。
計画自体キャンセルとなると、英国はその周辺海域での効果的な航空対潜/洋上哨戒能力を失う事になります。
短中期的にロシア原潜が英国(及びEU/NATO諸国)の脅威になる事はあまり考えられませんけれど、洋上でのテロや海洋権益を巡る争いについてはその可能性は常に考慮しておく必要があり、海上哨戒機全廃は空母や水上戦闘艦削減以上に英国の安全保障に
とって重大な結果を招きかねないと思うのですが・・・。
英国は我が国の海保や米国の沿岸警備隊のような組織を持っておらず、海上警備哨戒においても軍がその責を負っていますからなおの事です。

さて良くも悪くも万事スローモーな日本とは異なり、決定後の行動が素早いのが英国流。
保有する軽空母3隻のうち、モスボール中で本来新型空母の一番艦完成まで維持する筈だった「インヴィンシブル」はオークションにかけられ、「アークロイヤル」は昨年末に早くも解役。
「イラストリアス」は2014年の退役が決定し、また搭載する英国空軍ハリアーが昨月退役した事で、今後3年間は単なるヘリ母艦として運用される事に。
水上戦闘艦も4隻保有する22型フリゲイトバッチ3が今年春までに退役して、フリゲイトは23型13隻のみに。

日本的な考えでは、要員確保と技量維持の観点からも新型空母「クイーンエリザベス」完成までは、少なくとも軽空母一隻を現役に留め置くのが常道。
一度削減された人員を新空母完成に合わせて再び確保というのは、一度削減が実行されたらそれが既成事実化されて回復が困難な我が国では考えられない事です。
まぁ、現役に置いても肝心の搭載する戦闘機(ハリアー)も無く飛ばすのは哨戒ヘリのみであれば、英国の直面する当面の軍事的脅威(対テロ戦)には役に立たず維持にカネがかかるだけで無駄という割り切りもあったで
あろうと推察は致します。
一方でヘリコプター揚陸艦「オーシャン」は維持されるので、新型空母はこの艦と直接交代する事として新空母に必要な最低限の要員を確保、就役後はコマンドー部隊の輸送任務を兼ねるのかもしれません。
最高級のハイブリッド・キャリアーと言えましょうか。
また新型空母二番艦は海外売却の他に「オーシャン」後継としてヘリコプター揚陸艦に充てるという話もあるものの、あれだけの巨艦をコマンドー母艦専任というのは俄かには信じ難い構想なのであります・・・。
米海兵隊のような重装備ならいざ知らず、軽快軽量を旨とする英コマンドーにはちょっと宝の持ち腐れ感あり。

・・・しかし近年の英国の国防政策の実際を見るに、この”Future Force 2020”もどこまで実現できるのやら。
新型空母の運用開始と時を同じくして、パンガード級SSBN後継計画発動と26型フリゲイトの調達開始が重なるのです。
そして英国海軍の近年の調達計画で予定通り事が運んだ試しはほとんどありません。
空母は当初2隻からとりあえず1隻に。
45型ミサイル駆逐艦は当初12隻建造予定が8隻になり最終的に6隻に切り下げ。
アスチュート級は当初スイフトシュア級後継の筈だったのがいつの間にやらトラファルガー級の後継へ。
そういった過去を踏まえた私見では、バンガード級後継の新型SSBN建造(英国が核を手放すオプションは考え難い)の引き換えに26型フリゲートは建造隻数を8隻程度に切り下げて性能も妥協、空母は運用経費に耐え切れずに就役後十年経たずに海外売却・・・?。

色々言われている我が国の次期中期防ですが、勿論英国とでは直面する脅威の質と量と現実性が違うとはいえ、まだ「頑張っている」ようにも思えます。
もっとも五年後の次々期中期防策定時には防衛計画大綱が再度見直され、BMD(英国の核戦力に相当する国家安全保障の根幹)以外の戦力大幅削減という英国並みにドラスティックな話になっているやもしれませんね。

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2011年1月 9日 (日)

ひょっとして薄手のスーツでミスアメリカ!?

ども。
今朝のゴセイジャーで次回作「海賊戦隊ゴーカイジャー」の番宣が流れたとの
事で、某特撮掲示板に早速大サイズで画像がうぷされておりました。
それは・・・

画像手前のゴーカイジャー五人の後ろに歴代戦隊勢ぞろい!

・・・というそれは物凄い画なのでございます。

並び的にはゴーカイジャーの後ろにゴセイジャーとゴレンジャー、そのまた後ろに
ゲキレンジャーとシンケンジャー・・・という具合。
戦隊ヒロイン変身後専萌えという気色悪い趣味の私としましては、当然の事なが
ら目が行くのは歴代ヒロインの姿。
ゴーカイイエローとピンクは、何でカメラ目線じゃないんだろうか?
そういう生意気なキャラ設定なんですかねぇ? ピンクは横向いちゃってるしw
まさか「中の人」が本編と違っていてカメラ慣れしていないのかもしれませんが・・・

後ろのゴセイイエローの無駄に力入っている<a 突貫娘っぷりとゴセイピンクの
しなっとした佇まいは、それぞれ野川瑞穂さんと蜂須賀祐一さんのような気も
しないではないし。
でもゴーカイの二人とも体はきっちり出来ている印象ですしねぇ・・・。
東映十八番の「ケンチャナヨ」精神が発動しただけなんでしょうか? 
予告編でライダー1号のベルトが外れているのを堂々と放送に載せたのに代表
される「こまけぇ事は気にスンな!」というアレ。

モモレンジャーは・・・肩幅狭っ!マスクがデカいせいもありますが。中の人は
女性ですな。
キレンジャーの体格が貧弱なのに笑ってしまった!某次郎さんを入れればいい
のにw
ゲキイエローとシンケンピンクとシンケンイエローもカメラから視線外してる・・・
中の人はJAEの研修生かエキストラ?
私もエキストラやりたいです。
ボウケンピンクは上半身のがっちり感やモデル立ちの雰囲気からして中川素州
さんが入っているのでは!?
デカイエローは・・・橋本恵子さんじゃないみたいだなぁ、それどころか中の人は
男っぽいし、なんとなくお股もふくらんでいるような・・・。
まぁしかし、デカイエローは最もユニセックスなキャラデザインですから、そのまま
男性キャラでも充分通りますからねぇ。

・・・などと思いながら必死で探すのはそうです! 勿論ミスアメリカの麗姿!
後方に目を向け・・・いたいたソレっぽいのが!
遠目でも目立つバトルケニアの右隣に金髪らしきもの発見!
「ターボレンジャー」第一話以来、22年ぶり新撮のミスアメリカであります!
多分!

前々回のエントリーの後、巷の噂では、

「ゴーカイジャーは歴代レッドにのみ変身」

などという恐ろしくガッカリする話がまことしやかでしたので、歴代ヒロイン登場を
切望する私としてもリアルな撮影事情等を想像するに、まぁそれが妥当なところ
かなぁと、諦めつつあったところでございまして・・・。
歴代レッドだけはスーツも保管されていると聞きますから、ゴーカイジャーの五人
がそのスーツを着れるのであれば問題無いでしょう。
女子はスカートを付けてその上からベルトをすればいいのですよ。
女子はスーツが大きすぎてブカブカで、見栄えはあまり宜しくないかもしれません
けど。
メイン視聴者である幼児にとっては赤が主役に映っているでしょうから、スポンサー
の商売上もレッド一押しで充分、他のメンバー、特に歴代女子を出しても商売には
プラスにならず経費がかかる分損。

しかしこうして歴代戦隊が大集合という画を見ると、やはりひょっとして・・・と一縷
の望みを持たずにはおれませんなぁ。
マスクはアトラク用のモノが残っているかもしれませんから、その場合スーツのみ
新造で。
数回だけの登場なら耐久性のハードルも低くなりますので、もっこりヒロインフェチ伝
説の存在「デカブライト」のスーツみたいな薄い生地で経費節減という手もあります。
ミスアメリカなら中の人は女性でしょうから、薄手の生地でも無問題かと。

そんな薄手の生地でデンジピンクもゴーグルピンクもダイナピンクもイエローフォー
もピンクファイブも・・・。
ピンクは中の人が女性ですから薄手の生地で女体が強調されて、特にゴーグル
ピンクは女体のラインが強調されて、竹田道弘さんが演じたオリジナル版よりも
遥かにエロティックかもしれません。

またゲイの方は薄手の生地で男性メンバーのガッチリと逞しい体型やお股のふく
らみが強調されるのでそれに釘付けになるやもしれませぬな。

そんな妄想をアレコレと抱きつつ、「ゴーカイジャー」放送開始まであと一ヶ月!
「ゴセイジャー」最終回にスーツ姿のエリ&モネが見られるか!と併せて、心して待ち
ましょう!

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田上駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・田上駅。

Tagami001

新潟県南蒲原郡田上町に所在する無人駅で、昭和24年(1949年)5月28日の開業、その前身は昭和18年9月に開設された「田上信号場」です。
同信号場は国鉄発足直前時期の地元の駅への格上げ請願によって、近隣の保内古津両駅と共に正式な駅として開業し今日に至ります。
以前紹介した長鳥東光寺と比較して駅周辺の人口が大である事に加えて、当駅の場合は駅東南1km強にある「湯田上温泉」の存在も無視出来なかったのではないかと推測致しますが、実際のところは如何に!?

田上駅は南蒲原郡田上町の所在ですが(駅開業当時は田上村で、その後1973年8月に町制を施行)、かつては市制施行前の三条、加茂、見附を、今世紀初めでもなお中之島町、栄町、下田村を擁していた南蒲原郡も、その後の「平成の大合併」の結果、所属する自治体はこの田上町だけになってしまいました。
田上町もかつては三条市との合併が考えられましたが、現在は北隣の旧小須戸町が新潟市と合併した結果、町は政令指定都市の新潟市と境を接するようになった為、こちらとの合併をと言う意見も高まっているとの事で・・・。
以前加茂駅のエントリーでも触れましたが、田上町の南隣の加茂市(加茂市の南隣が三条市)が現市長領導による独立独歩の方針の為に話がややこしくなっているようです・・・。
傍から見れば加茂も田上も三条市と合併した方が自然な形かなぁと思うのですけれど、こればかりは「中のエラい人たち」のご意向次第ですからねぇ・・・。

さて田上駅は「田上」と町名を冠してはいるものの、町役場が羽生田地区にある事に象徴されるように玄関駅は南隣の羽生田駅です。
有人駅の羽生田駅と無人駅の田上駅という現在の境遇でもそれは明らか。
元々当地域に鉄道の停車場を設置するに当たって検討されたのは、当駅と羽生田駅の中間地点の本田上地区だったのですが、地元の反対により羽生田駅が現在の位置で1903年に開業しております。
なお羽生田地区は元々は村で、停車場開業の約2年前に田上村と合併しております。

JR東日本のサイトで一日平均乗車人員表を調べると、田上駅は2003年度までは有人駅だった事がはっきりしており、2003年度の一日平均乗車人員は407人で、当時のJR東日本新潟県内有人86駅中58位(ちなみに羽生田駅は678人)。
当時の当駅のこの数字は以前紹介した安田駅五日町駅よりも多く、岩室駅同様無人化は少々性急に過ぎる気もするのですが・・・。
岩室駅の場合は地元自治体が新潟市と合併して消滅したのが大きな要因と思われまだ納得出来ないわけではないですが、当駅の場合は自治体の有り様に何ら変化は無いわけで・・・。
田上駅にはかつて売店が入っていて、窓口業務はその店に委託していたように不確かながら記憶しているのですけれど、その店が駅から撤退=駅無人化だったのでしょうか?
何分うろ覚えなもので・・・情報をお持ちの方、ぜひご一報宜しくお願い致します。

Tagami02
田上駅駅舎の様子、2007年3月撮影。
建築財産票によれば平成12年2月29日の竣工で、せっかくの窓口も有効に活用されたのはせいぜい4年程だった事になります。
建物は奇をてらわないオーソドックスな作りで、駅舎正面の茶系二色の落ち着いた色使いは流石温泉地のお膝元と言えましょう。

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この画を撮影した2007年3月時点では、画像右手の待合室は0730~1730の間のみ開放されていて、待合室内ではそば店が営業しておりました。
無人駅舎内で飲食店が営業しているのは、私が取材した限り新潟県内では「道の駅」併設のほくほく線・まつだい駅を除けば当駅のみで大変珍しい事です。
待合室外には画像でご覧のように券売機一台とsuicaの無人改札機。
トイレは駅舎ホーム側と、駅前広場のはずれに一箇所ずつという具合。

Tagami04
田上駅駅舎のホーム側を見る、2004年10月早朝撮影。
この時点ではくだんのそば店は入っておらず、待合室は吹き抜けです。
2005年8月訪問撮影時も同じ状態でした。

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上りホーム(長岡方面乗り場)の羽生田駅方から見た田上駅構内、2005年8月撮影。
駅は複線の直線上にあります。

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同じく矢代田駅方から見た田上駅構内、2005年8月撮影。

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跨線橋上から羽生田方面を見る、2005年8月撮影。

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同じく矢代田方面を見る、2007年3月撮影。
住宅は左側(国道403号側)に集中しており、右側は南蒲原の田圃の海が広がります。

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下りホーム(新潟方面乗り場)の羽生田駅方から見た田上駅構内、2007年3月撮影。
跨線橋の向きから考えて、構内撮影は羽生田方からの方が望ましいと思われます。

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同じく矢代田駅方から見た田上駅構内、2005年8月撮影。

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田上駅を出発する新潟行115系電車、2007年3月撮影。

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田上駅に到着した長岡行115系電車、2014年7月撮影。

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田上駅に到着する新潟行1湘南色15系電車、2014年7月撮影。

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田上駅を通過する上り金沢行485系電車T編成の特急「北越」、2014年7月撮影。

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田上駅を通過する四連時代の上り新井行485系電車快速「くびき野」、2005年8月撮影。

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信越線にもすっかり馴染んだEF510形電気機関車牽引の上り貨物列車、2014年7月撮影。

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早朝に単機で行き来していたEF64型電気機関車、2004年10月撮影。

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下りホーム待合室の様子、2004年10月撮影。
二番ホームには近隣ホテルなどの立て看板があって、ややひなびた温泉の情緒を何気に盛り上げさせてくれて個人的にナイスなところ。

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羽生田駅方踏切から見た田上駅構内、2005年8月撮影。
ご覧のように何の変哲も無い直線上の駅です。

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田上駅前広場の様子、2007年3月撮影。
この日はタクシーが三台待機中でした、湯田上温泉へのお客がメインターゲットでしょうか。
駅前には昔ながらの雑貨店が一軒と、矢代田方面に少し歩くとコンビニのセーブオンがありました。

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駅前の国道409号線羽生田方を見る、2007年3月撮影。
この先が湯田上温泉になります。
取材当時はこの国道に加茂-湯っ多里館間のバス路線が設定されており、一日9.5便が運行されておりました。

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2011年1月 5日 (水)

DD2隻はあきづき型!?

昨年12月17日のエントリー「外堀が、埋まりつつある中期防」の追加
補完と備忘録的に・・・

昨月23日付けの朝雲新聞ニュースで、次期中期防の海自護衛艦3隻
調達の内容がDDH1隻、「あきづき」型DD2隻と報じられておりました。
防衛省や自衛隊と繋がりの深い朝雲新聞社の報道ゆえ、他メディアより
はその内容も裏付けがあっての事でしょうからこの”「あきづき」型2隻”
はかなりの信憑性があるように思われます。

次期中期防において建造されるDD2隻が「あきづき」型そのままである
ならば、護衛艦3隻のトン数は計29,500トン。
潜水艦が「そうりゅう」型5隻で計14,500トン。
ここまでで小計44,000トン。
次期中期防での建造艦艇総トン数は51,000トンなので、「その他」
艦艇5隻のトン数枠は7,000トン。
「えのしま」型掃海艇4隻で2,280トンで残りは4,720トン。
トン数的に考えて残り1隻は海洋観測艦「すま」もしくは「わかさ」
代艦の「しょうなん」型二番艦(2,900トン)ではなく、潜水艦救難母艦
「ちよだ」(3,650トン)代艦になるのでしょうか?
2000年に就役した最新の潜水艦救難艦「ちはや」の基準排水量が
5,450トンなので、随分と小ぶりになってしまいますが・・・?
また海洋観測艦も「わかさ」は1986年就役ですから、代艦を次々期
中期防(2016~20年?)の初年度で建造するとして3年線表で
2019年の就役になり、「わかさ」は艦齢33年で退役でなんとかなり
そうですが、「すま」についてはどうするつもりなのか非常に疑問に
感じるところです。
「すま」は1982年就役で本来なら代艦建造はまったなしなのです
けれど。
海洋観測艦の運用実態についてはメディアで報じられる事も無く、外部の
野次馬には解り難い話なので、「すま」退役純減でも差し支えないのか
判断の材料が無く推測が出来ません・・・。

ともあれ次期中期防で調達されるDD2隻が「あきづき」型と見当のついた
ところで、護衛艦3隻の建造予算は残り1隻が24DDHとして2,700
億円前後、DDG「あたご」「あしがら」へのBMD改修予算を「こんごう」型
のそれにならって2隻合計600億円としてそれを合わせると、中期防一期
当たりの護衛艦調達予算は3,300億円前後になって次々期中期防では
この金額を上限ラインとして予算折衝が行なわれる事と思います。
次々期中期防で調達される護衛艦は「FCS-3型の性能向上の研究」
を踏まえて
計画されるのでしょう。ここでの焦点はDDG「はたかぜ」「しまかぜ」の代艦
を、従来通りイージス艦にするのかそれともFCS-3型の性能向上型とする
のか否かでしょうね。

私見では・・・
「あきづき」型が合計6隻整備となりBMDイージス艦に1隻づつ直衛に
つけられる事などを考えると、近い将来海自護衛艦部隊はBMD任務群
6個(各群BMDイージス艦1隻、あきづき型DD1隻、汎用DD2隻)と多用途
水上戦闘群4個(各群DDH1隻、DDG1隻、汎用DD2隻)で構成し、
後者のDDGは以前に書いたようにBMD能力を持たない通常経空脅威
対処用とするのではないかと考える次第です。

予算面を考えると、最新型ベースラインで1,500億円以上のイージス艦
、更に新しいSPY-3&VSR装備の途方も無く高額であろう新型艦をそう
おいそれと調達するわけにはいきません。
かと言って安価なSPY-1Fでは能力的にエリアディフェンスには役不足
です。
前述のFCS-3型能力向上研究によれば、捜索探知能力の向上と共に
システムの軽量化も図られているので、それが実を結べば「あきづき」型
から排水量が大幅に増大する事無しに、それなりのエリアディフェンス能力
を持つ国産DDGが1隻1,000億円程で入手可能なのではないかと
考えます。

そして次々期及びその後の中期防の十年間で国産DDGを4隻と、ダウン
サイジング化され個艦防御に特化したFCS-3型を搭載する小型DDを
最低6隻建造して、2030年の護衛艦総数は約40隻に「軟着陸」させら
れれば上々かと。
予算的にもこれなら一期あたり3,500億円程度で済みます。

40隻体制を確立できれば後の艦艇調達ペースはまだ緩やかにもなります
ので、高額高性能BMD艦は「こんごう」型代艦までのお楽しみにしておき
ましょう。
40隻体制確立途上で「むらさめ」型と「たかなみ」型に寿命延長及び能力
向上改装を実施できれば(出来れば艦の戦闘システム及びセンサーは
小型DDと同じものに)、「こんごう」代艦に割ける予算枠は更に広がる
でしょう。

・・・しかし実際の話、昨今の様子を見るに2030年に「日本国」が存在
しているのか、疑問を覚えているところでありまして、そうなればこういう
話も「獲らぬタヌキの何とやら」になってしまいそうです・・・。

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2011年1月 2日 (日)

東光寺駅(信越本線)

本日の駅紹介は、信越本線・東光寺駅。

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新潟県三条市に所在する複線上の上下独立棒線の無人駅で、現在は三条市の一部となっている南蒲原郡栄町(2005年5月に三条市と合併)との境界線上に位置しており、その立地的性格は磐越西線・新関駅と同様(新潟市旧新津市と五泉市の境界線上に立地)です。
駅名の由来も駅正面(西側)の旧栄町東光寺に由来しており、三条市と栄町の狭間でどっちともつかずによるべなくゆらゆらと浮き沈むが如きの当駅を象徴しているかの様であります。

そんな東光寺駅の開業は昭和28年7月1日。
それ以前は信号場として存在しており、その開設は昭和19年5月。
太平洋戦争末期の緊迫した時局下で決戦輸送が叫ばれた時の信越本線の輸送力増強の為でありました。
東光寺信号場開設前後の時期には信越本線新潟県内区間で長鳥保内田上古津の各駅が信号場として開設されましたが、保内、田上、古津の各信号場は昭和24年に揃って駅に昇格したのに比べ、当駅と長鳥駅は4年も遅れをとってしまっています。
長鳥駅エントリーで紹介した「親たちの長鳥駅」によると、昭和24年に国鉄が発足するに当たって、戦時下で作られた信号場が合理化で整理廃止されるのを危惧した各地で駅昇格請願が多発したとの事で、前述の三駅が揃って駅昇格を実現したのもその流れであったのです。
東光寺信号場の駅昇格経緯については残念ながら資料を見つけられず不明なのですが、当駅周辺の現在の姿を見るに、長鳥駅の事例同様に当局が新駅の採算性について問題視したのが主な原因ではなかったかと推測する次第です。

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東光寺駅舎はどことなくメルヘンチックな雰囲気を漂わせた小品で、建築財産票によると平成6年1月29日の竣工。2007年3月撮影。

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2007年3月訪問時の東光寺駅待合室内は壁沿いに一人掛けベンチが8脚と券売機一台、公衆電話一台、ゴミ箱一個という具合。
その後2008年3月にSuicaのサービスが開始されたとの事ですので、現在はホームの出入り口に簡易Suica改札機がロケーションに全く似合わない異質さを湛えつつ、つくんしぼうの如くにょきりと屹立して利用客をお待ち申しておるのでしょう。
なおトイレはホーム側に男女共用で設置されております、内部は見忘れてしまった為に水洗か否かは不明です。

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下りホーム(新潟方面乗り場)k三条駅方から見た東光寺駅構内、2005年9月撮影。
構内のホームは千鳥形で、上りホームは新潟方に張り出し、下りホームは長岡方に張り出しています。

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下りホームの帯織駅方から見た東光寺駅構内、2007年3月撮影。
この位置の後方すぐに跨線橋があり、ホームはそこで途切れています。

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東光寺駅跨線橋内部の様子、2014年7月撮影。
このクラスの駅の標準型と言えます。
窓が高所にあるので、俯瞰で撮るのは一苦労。

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跨線橋上から三条方を望む、2007年3月撮影。
跨線橋の竣工は昭和45年9月です。

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同じく長岡方を望む、2007年3月撮影。

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上りホーム(長岡方面乗り場)の三条駅方から見た東光寺駅構内、2005年9月撮影。
両方向共に見通しのよい直線区間なので、ベーシックな駅撮りに適しているかと存じます。

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同じく帯織駅方から見た東光寺駅構内、2005年9月撮影。
跨線橋と画像左側の下りホームの位置関係が良くわかります。

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東光寺駅を出発する長岡行115系電車、2005年9月撮影。

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東光寺駅に停車中の長岡行115系電車、2014年7月撮影。

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東光寺駅を通過する新潟行485系電車国鉄特急色の快速「くびき野」、2014年7月撮影。

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東光寺駅の駅前広場から帯織駅方を見る、2007年3月撮影。
駅前広場は車数台の駐車が可能なそこそこの広さ。

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駅前道路を少し進み振り返って駅前広場方を見る、2007年3月撮影。
自転車置き場は上屋付きでそれなりの規模です。

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帯織駅方の踏切付近から振り返って東光寺駅を見る、2007年3月撮影。
ご覧のように駅前に集落はありません。
この踏切のあたりからようやく東光寺集落の家並が現れ始めます。
なお駅周辺を見通す限り商店等はありません、駅前に飲料自販機があるのみ。

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踏切手前から北西に進み振り返って、田圃の真ん中にある東光寺駅を見る、2007年3月撮影。
赤い屋根は駐輪場の上屋です。
信越本線新潟-長岡間において、ず抜けてローカルなのが当駅周辺。
3km先が三条市の旧市街地なのが信じられないような風景で、越後というよりは北海道的な印象強し。

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くだんの踏切から見た東光寺駅構内、2007年3月撮影。

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踏切を越えて駅東側から見た様子、2007年3月撮影。

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東光寺駅を通過する485系電車T編成の特急「北越」、2005年9月撮影。

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2011年1月 1日 (土)

戦隊の女戦士の中の人事情

備忘録的に・・・
21世紀に甦るミスアメリカ!?」で触れた2011年度の戦隊作品

「海賊戦隊ゴーカイジャー」

のが開設されて、五人の戦士の変身後キャラクターデザインが
明らかになりました。
「マスクに唇」という擬人的なマスクデザインが好みで、ゴセイジャーのそれが
お気に入りの私的には、

「あぁ~、いつものデザインに戻っちゃったなぁ~・・・」

と、些かのガッカリ感を禁じえないところなのでありますが・・・。

さて私がこの手の番組を見るに当たって唯一最大のポイント、

「女戦士の中の人」

に関しては、イエロー=蜂須賀祐一さん、ピンク=野川瑞穂さんと、ゴセイジャー
での担当色を交換しただけという噂がもっぱらなのでありまして、実際某特撮画像
掲示板で五人の決めポーズ?を見た限りにおいては、やはりイエローはガッチリ
しておりましたから、この噂もかなりの信憑性を持つものと考えるところです。
個人的にはポスターに載っていたゴーカイピンクの三昔前の少女マンガの仇役の
大金持ちのイジメっ娘の高笑いの類型と言えそうな極めて象徴的なポーズでの

「おっほほほほほほほほっ!」

を蜂須賀さんにぜひやっていただきたかったのですがw

・・・しかし失礼ながら蜂須賀さんが2010年代に入って女形連投を余儀なくされる
という事は(なにしろ四半世紀前に女形デビューされた方ですから)、JAEのアクト
レスと女形の人材がいかに不足しているかの証ですなぁ・・・
野川さんにしてもこれまでは隔年でレギュラーだったのが今回は連投ですし。
女形では中川素州さんがJAEでの活動をひとまず休止されるそうですし、アクトレス
では人見早苗さんが顔出しの方へシフトし、小野さんはJAEを退団との事。
これで「動ける」(一年間のレギュラーが務まる)人材が一気に三人も減ってしまっ
て、消去法で考えると蜂須賀さんと野川さんしか残らないですからねぇ。
女形の次代のホープと目される藤田慧さんは仮面ライダー組に残るような話、
女性陣の神尾&橋口さんは背が低いので使いどころは限られてしまい、私が
テントリーナ以来のファンの橋本恵子さんは、レギュラーの仕事は体力的に
厳しくなっているのかやられませんし・・・。
このままですと来年以降は「中の人」の逼迫で戦隊女性キャラはひとりきり、最悪の
場合「サンバルカン」方式で女性レギュラーは変身せずという、戦隊ヒロイン変身後
専のおふぇちなマニアにとっては嘆息して思わず天を仰ぎたくなるような事態が招来
するかもしれません・・・。

この手のマニアの中には、

「動けなくても女性が中に入ってさえいればそれでイイ!」

とぼうげ・・・もとい独創的なご意見の向きもおられますけれど、かつて「ハリケン
ジャー」でブルーの小野さんが、「デカレンジャー」でピンクの小島さんがあまり動
けないので、結局アクションシーンの多くを蜂須賀さんや中川さんが代役で演じた
という、現場的にはあまり宜しくなさそうな事が実際にありました。
動けない新人を「女性だから」とレギュラーに入れても代役を常に用意しておかねば
ならず、それは他の役の人選に皺寄せが来るだけで、やはり最初から「動ける」事を
念頭に置いて配役しなければならないでしょう。

さて、やはり私にとって「ゴーカイジャー」最大の見所は、

「ミスアメリカ」!

私のヘンタイコスプレ魔道の原点たる永遠不滅の存在であるミスアメリカが、
平成の世に新たな血肉を得て21世紀の現代に「カモン♪ ベイビィ♪」の
新生の産声を上げるという点なのでありまして・・・。
各所の情報や噂をとらまえて総合するに、その可能性は少なからずありそうです。
リ・イマジンでは無くゴーカイピンクが変身する形で。
そうなると野川さんが新生ミスアメリカを演じる事になるのでしょうか?
私は橋本さんのミスアメリカがぜひとも見たい!
または若い女形が恥らいながら演じるミスアメリカも見たい!
蜂須賀さんの演じるミスアメリカも見たい!
でも野川さんの演じる、往年の小野寺えい子さんの演じたような溌剌とした
ミスアメリカも見たい!
彼も彼女もみーんな仲良くミスアメリカっ!

・・・こんなまるでどこぞの怖い病院から抜け出してきたような妄想が頭の中を駆け
巡り、夜も眠れそうにないかもしれないとはけしておおげさではない心持なので
ございます。
もし本当にミスアメリカがゴーカイジャーに登場したならば、デザインも多少変更され
ているでしょうからそのコスチュームもぜひ調達したいものですなぁ、恐らくミニスカ
になるのでしょうけれど(残念と言えば残念ですが、コスプレする身とすれば
その方が楽w)。
勿論マスクもそれ用に新造して。
それが実現できたならばどこぞの方を言いくるめて「中の人」にして、ダブル
ミスアメリカとしてあんな事やこんな事を・・・これぞ今年の私の夢の最たるモノで
しょうw
いや、私なぞが手を染めるよりはリアルおにゃのこがコミケやワンフェスでコスプレ
しそうでありますから、それを見物に行く方がてっとりバヤいかw

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