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2010年12月23日 (木)

北条駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・北条駅。

2016年7月24日記、画像張替えを実施しました。

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新潟県柏崎市に所在する無人駅で、明治30年(1897年)11月20日に当時の北越鉄道の駅として開業しました。
当時の所在は刈羽郡北条村で、村はその後昭和32年に町制を施行した後、昭和46年に柏崎市に編入され今日に至ります。

「北条町史」によると、当駅は隣の安田村と激烈な停車場誘致合戦が繰り広げられたとの事で、事の顛末は下記の如し。
明治29年にまず安田村が北越鉄道に停車場設置の請願が出されます。
停車場設置誘致場所は柏崎小千谷間県道と柏崎岡野町(旧高柳町の中心地区)間県道の交差する地点で、安田村は交通の結節点であるこの地こそ停車場設置に適しており、県道から遠い北条村に停車場を設置するのはこの地方の利益を害し鉄道会社にも損失を招くと力説しました。
一方これを聞いて黙っていられないのが北条村。
安田村の提示した地はただ単に県道が交差するだけの何もないところで、かつての城下町で江戸時代には宿駅も置かれていた北条が地方の中心として停車場設置に相応しいと主張。
また安田村内に停車場を設置すると柏崎に近過ぎて次の停車場である塚山には遠すぎると、鉄道の実際の運転・営業の観点からも安田の主張に理が無い事をアピール。
更に停車場設置想定地点の用地も買収して「停車場の設置準備完了」の意見書を当局に送りました。
これら反論と恐らくは安田に先駆けて停車場用地を確保したのが功を奏して、停車場設置誘致合戦の軍配は北条に上がったのです。

このような経緯を経て誕生した北条駅ですが、柏崎市に編入される以前の北条町時代には、町の中心駅は当駅より20年以上後発の越後広田駅と見なされて、北条城下という戦国時代の威光も街道の宿駅という知名度もすっかり無くなってしまいました。
実際、越後広田駅との比較では、貨物取扱い廃止が昭和37年2月(北条)に対し昭和46年12月(越後広田)、無人化は前者が昭和60年3月(昭和46年2月に委託化)に対し後者は昭和61年11月。
国鉄も明らかに当駅よりも越後広田駅を重視しております、前述の「北条町史」によると、当駅と越後広田駅の乗降客数は北条駅がやや多いぐらいなのですが・・・。
また現在の「柏崎統計年鑑」の柏崎市内JR駅乗車人員表に載っているのは柏崎駅の他に東柏崎西山米山安田、そして越後広田の各駅。
いずれも柏崎市へ編入合併する以前の旧町村時代の玄関駅です。
柏崎市も旧北条町域の中心は越後広田周辺地区だと認識しているのでしょう。
現在の様子を見る限り、駅前に国道291号線が通る当駅の方が越後広田界隈より賑やかな印象を受けるのですが、実際に地域で暮らしてみればその差ははっきり有るのかもしれません。

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北条駅駅舎の様子、2005年8月撮影。
建築財産票によると平成3年12月30日の竣工。
越後広田駅駅舎と同様のクラシカルな和風のデザインが城下という土地柄によくマッチしていてなかなか良しです。
ウィキペディアによると当駅が最終的に無人化されたのは2004年8月との事で、JR東日本によると当駅が通年に渡って有人駅であった最後の年度、2003年度の一日平均乗車人員は133人で、当時の同社新潟支社県内有人86駅中79位。
当駅の現在の乗車人員については前述の「柏崎統計年鑑」には載っておらず、正確なところは不明ですけれど、「北条町史」と「柏崎統計年鑑」に記載の越後広田駅の一日当たり乗車人員を比較すると、昭和43年に約430人だったものが平成18年度には約66人で、85%減。
昭和43年時点で当駅と越後広田駅とでは当駅がやや多い程度であり、また周辺に高校開校等の乗客増要因もありませんから、現在も越後広田駅とほぼ同レベルだと推測するところであります。

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北条駅駅舎内の様子、2006年11月撮影。
室内には待合室内に券売機一台と無人駅定番ベンチ三脚とゴミ箱2つ。
2014年5月訪問時点でも、ベンチがJR定番型に置き換わっていた以外変わっていません。
トイレはホーム側にあって水洗・トイレットペーパー有り!という、改築時有人駅だった証を今に伝えておりました。

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駅舎に面した長岡方面乗り場の越後広田駅方から見た北条駅構内、2005年8月撮影。
当時、直江津方面乗り場には待合室がありました。

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同じ場所から見た2013年6月時点の駅構内。
直江津方面乗り場の待合室は撤去されて、代わりに跨線橋出入り口に上屋とベンチが設置されています。
またホームの定期列車停車範囲には黄線が引かれています。

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同じく越後広田駅方を見る、2013年6月撮影。

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長岡方面乗り場から見た構内中央部の様子、2013年6月撮影。
隣の乗り場の跨線橋出入り口が大きく手を入れられた場所です。

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長岡方面乗り場の安田駅方から見た北条駅構内、2013年6月撮影。

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同じくホーム端から安田駅方を見る、2013年6月撮影。

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北条駅跨線橋内部の様子、2013年6月撮影。
側面の造作など味も素っ気もないのですが、そこがローカル駅らしさを醸し出していて良いのです。

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跨線橋上から越後広田駅方面を見る、2006年11月撮影。
画像右側の直江津方面乗り場に待合室があった頃の様子です。
窓の高所に苦戦して傾いた画しか撮れず実に遺憾。
この当時は肉体改造を始める前で、身体が固かったのですよ。

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跨線橋上からホーム上の待合室撤去の構内越後広田駅方を見る、2013年6月撮影。
今回は肉体改造の成果で柔軟な身体と頑健な下半身を手に入れたのに加えて、少々気合を入れて脚立無しでもまずまずの画が撮れました。

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同じく構内安田駅方を見る、2013年6月撮影。

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直江津方面乗り場跨線橋出入り口前の上屋とベンチ、2013年6月撮影。

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待合室があった頃の直江津方面乗り場の越後広田駅方から見た北条駅構内、2005年8月撮影。
待合室は元々島式であった幅広のホームに置かれていて、三番線が廃止されて対面式になった構内のこの位置からでは、待合室が少々邪魔に思えたものです。
最初から対面式のホームならば待合室はもっと左側に寄せて置かれて、ホーム上の見通しはずっと良いはずなのですから。

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昔の駅名標と名所案内板と待合室、2005年5月撮影。
現在ではどれも過去帳入りです。
当時は待合室の建築財産票チェックまではやっていなかったので、建物の完成年月が謎のまま終わってしまったのが今となっては痛恨事なのであります。

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待合室撤去後の2013年6月時点の駅構内、2013年6月撮影。
現在の構内の方が、すっきりした見通しで個人的には良いのです。

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直江津方面乗り場の安田駅方から見た北条駅構内、2013年6月撮影。

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完全に雑草に覆いつくされた三番線跡、2013年6月撮影。
ホームには白線さえ残っていないので、相当昔に撤去されたのでしょう。

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越後広田駅方の踏切から見た北条駅構内、2013年6月撮影。

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去り行く115系電車と古い駅名標と待合室、2005年8月撮影。

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北条駅を出発した115系電車直江津行、2014年6月撮影。

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北条駅に停車中の115系電車長野色の直江津行、2014年6月撮影。
E127系電車のえちごトキめき鉄道への転出とE129系の投入が本格化するまでの中継ぎ役として、直江津以東でその姿が見られるようになった長野色の電車ももう過去帳入りです。

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北条駅を出発し加速して遠ざかる115系電車長岡行、2013年6月撮影。

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ホーム上の待合室があった頃の北条駅を通過する、485系電車R編成の特急「北越」金沢行、2005年8月撮影。

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皐月の夕暮れ、北条駅を通過する485系電車T編成の特急「北越」金沢行、2014年5月撮影。

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北条駅を通過する485系電車国鉄色の快速「くびき野」新潟行、2014年5月撮影。

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機関の音も高らかに北条駅を通過する気動車快速「越乃Shu*Kura」、2014年5月撮影。
酒に強いあまりになかなか酔えずに面白くないので呑まない私にとっては無縁の列車ですな。

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北条駅を通過するEF64形電気機関車重連牽引の下り貨物列車、2005年8月撮影。
この機関車もこの界隈では過去帳入りです。

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北条駅前の様子、2006年11月撮影。
駅前広場はご覧のように広く、車十台分程の駐車スペースがあります。
画像左の先には上屋付きの大きな駐輪場も有り。
越後広田駅のそれらと比較すれば、当駅の方が通学生の利用も多いのではと感じるところですが・・・。

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北条駅前を信越線に並行する国道291号線、2006年11月撮影。
隣の安田駅前の辺りは交通量大で、信号機の無いところで横断するのになかなか難渋するのですが、この辺りまで来ると大分落ち着きます。
なお駅周辺には、駅前すぐにタバコ店がある以外、見通せる限りで目ぼしい商店はありませんでした。
2013年5月時点でも同様の状況です。
この道路には鉄道補完として北越後観光バス運行の路線バス柏崎駅前-杉平線が走っていて、茨目、安田、越後広田、バス停からは少々距離がありますが長鳥の各駅に行けます。
しかし平日上下9本、土休日7本と過疎ダイヤなので利用をお考えの際はダイヤをよく確認願います。

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北条城跡登り口、2006年11月撮影。
この界隈にはお寺が多く、信仰心に乏しい私も何となく背筋を伸ばしますです。
北条駅界隈の見所がここから登っていく北条城跡(柏崎市指定文化財記念物・史跡)。
築城時期は不明のようですが、有名な中国地方の雄・毛利氏と遠戚の越後毛利氏の居城だったそうです。
次の列車までの約一時間のインターバルを利用してパッと行ってみました。
駅近くという触れ込みだったのでそのつもりで行ってみたのですが・・・。

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ここからいよいよ登り始めるわけですが、折り悪く小雨が降ってきました・・・。

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登山道はこんな感じ。
道中は意外に険しく、枝や枯れ草、その下の小雨でぬかるんだ土に足を取られてなかなか侮れません。
運動不足の人がハイキングコースだからと舐めてかかると息切れするのは確実。

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頂上の北条城本丸跡。
デジカメの画像データによると、北条駅前を撮ってからここまで約20分。
道がぬかるんでいなければもっと早くこれるでしょう。
なお北条城跡は戦国時代の城跡なので、遺構はある程度の専門知識が無いと見極められなさそうな・・・。
私はその辺が疎いのでうーむ難しい・・・。

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北条城跡頂上からの眺望。
晴れた日ならもっと視界も開けて良い眺めなのでしょうけれど、晩秋の冷たい小雨の中ではこんな感じ・・・。

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2014年5月に北条駅に四回目の再訪をした際、北条城址にも再び登ってきました。
今回は駅から17分で到着。
前回は結構キツかったのですけれど、肉体改造後の今回は息が弾むこともなく楽勝でしたな。
人間、やはり日々の地道な鍛錬は必要なのですよ。

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